第4章 その18
蛍が一匹飛んでいく。瓦礫で埋まった空堀の中をいそいそと。
「おい、こら、イーグレット」
どこへ寄り道しているのだと呼びかけた。こちらはアークの里とやらへ早く駆けつけたいというのに。
ブルーノに話を聞いてすぐにアクアレイアを発ったが遅れに遅れた到着なのは否めない。急いだところでとっくに全部終わった後かもしれなかった。だがそこも含めて現状はこの目で確認しなければ。
「イーグレット。聞いているのか?」
カロは友人を追いかけて元は山城だったらしい建造物に足を向ける。胸壁は焦げ、城塔は崩れ、全体は一階部分に沈み落ち、近づくのも危険そうだ。だというのにイーグレットは常ならぬ速度で飛び回った。早くしろとせがむようにちかちかと光を放って。
「なんだ? 何か埋まっているのか?」
空堀の底にやっては来たが、いつ崩落が始まるかわからない古城を見上げて二の足を踏む。これ以上は何かあったとき逃げ遅れる。言い聞かせるように首を振っても友人はとある一箇所で旋回するのをやめなかった。
瓦解した塔の根元。イーグレットはぐるぐる飛んで必死にここだと訴える。
「……はあ……」
根負けしてカロは友人のもとへ参じた。平衡危うい瓦礫の山脈をそろそろと、天性の感覚だけで進んでいく。
小山を登ると概ねそこが地階と一階の間くらいの高さだと知れた。ぽきりと折れた城塔の先端がもう少し角度を変えて落ちていたら本当に近づけなかっただろう。
「おい、まさか掘れと言うんじゃないよな?」
そのまさからしい。イーグレットは積もる瓦礫の隙間に出たり入ったりして正確な位置を示した。生き埋めになったらどうしてくれると毒づきつつ、望み通りに細かい石をどけてやる。
いくつ残骸を除いただろう。ひび割れた床石の隙間から人体と思しき部位が出てきたのはすぐだった。
「……!?」
胸を反らして瞠目する。中途半端に閉じられた白い手はどこかで見たような小さな牙を握っていた。手首に触れればまだ温かい。一応脈はありそうだ。
「いや、だがこれはもう死ぬところなんじゃ……」
頭上の蛍に呟くが彼は納得してくれない。怒ったような高速でカロの周囲を飛び回る。
「わかった、わかった。俺が悪かった」
潰さぬように慎重に、動かせそうな瓦礫を一つずつ取り払った。すると手の主は螺旋階段の段差にできた小空間に上手く潜り込んでいるのだと知れた。
これなら引っ張り出せるだろうか。力をこめ、しかし足場が崩れないように注意して腕をこちらに引き寄せる。そうして徐々に暗い穴から金髪頭が覗いてくると友人が慌てふためいていた理由を悟った。
「こいつか……」
どうやら多少の無理をしてでも助けなければならないようだ。「たった一人の誰かを見つけられるまであいつの代わりに支えてやる」──約束したのは自分である。あの女にこの男が欠けていては誓いを果たせたと言えないだろう。
「冥府に行くにはまだ早いぞ……!」
腕を突っ込み、足を踏ん張り、大きな図体を地上へ戻す作業を続ける。誰か手伝ってくれないかと淡い期待をこめて付近を見渡すも、地元の者は寄りつきたがらぬ城なのか人の気配はないままだった。
「くそ……!」
仕方なく孤軍奮闘する。弱まっていく脈拍に焦りながら。
側では蛍がいつまでも心配そうに見守っていた。




