第4章 その15
目覚めるとすっかり夜が更けていた。最初に己の身体が誰か確かめる。手はグローブをはめていて、長いスカートも履いていない。色は判別つけにくいが髪は短く、濃い青か紺のように思えた。
「……ブルーノが戻ってきたのか?」
心配そうに覗き込んでくる赤髪の騎士に問う。森の中にいるらしい。大樹の根元に委ねられていた身をゆっくりと起き上がらせた。アルフレッドは頷いて手の中の小瓶をルディアに見せてくる。
「今はここに。アークの里へ戻るならあなたが動けたほうがいいと」
見回しても近辺には騎士の姿しかなかった。ほかには栗毛の馬が一頭伏せて休んでいるのみだ。鬱蒼とした茂みの向こう、浮かぶ古城のシルエットは無残に崩れ、一部はまだ赤々と燃えている。
「……説明してくれ。何がどうしてこうなった」
求めれば報告は簡潔に行われた。城の炎上はハイランバオスが謀ったことで、護衛のマルゴー兵もろとも焼き殺そうとしたのだと言われる。アルフレッドは窓から森に降りる脱出口を作り、ルディアや上階に逃げてきた兵を助けたそうだった。元傭兵団の兵士たちには騒いだりサール宮へ戻ったりせず今夜は森に隠れていろと伝えてあるとの話である。
「彼らの救出に手間取ってな。すまない、起こすのが遅くなった」
謝罪の後、騎士はブルーノから伝え聞いた宮殿での顛末を語った。チャドとグレッグが命懸けで剣士を逃がしてくれたこと。王子が刃を向けたのは古王国の姫だったこと。
「そうか」とルディアは腕を組む。肩の震えを誤魔化すために。
もう一つ確かめなければならなかった。どうしても。
「……レイモンドは?」
それまで平静に話をしていたアルフレッドが口をつぐんだ。小さく首を横に振られる。言葉にできないと言うように。
どこにも彼はいないのだ。理解するには十分だった。
「わかった。アークの里へ向かおう。暗いが朝まで待っていられん」
古城を封鎖したマルゴー兵はどうしたと聞けば「しばらくしたら引き揚げた。道中狩られる心配はないと思う」とのことだった。チャドがパトリシアに手をかけたうえブルーノに逃げ切られたから、公爵は古王国とジーアンのどちらになびくかまた悩み出したのだろう。なら後の処理は簡単だ。マルゴーが本当に頼れる国は一つに絞られたのだから。
栗毛の馬に起きてもらう。鞍の数は足りなかったが二人乗りしてアークの里へと走り出した。暗い、暗い、夜の道を。
「疲れただろう。着くまで肩でも背中でも貸すぞ」
手綱を握った騎士が言う。申し出に首を振り、馬上から遠のいていく古城を見つめた。ここへ来たときまるで墓標だと思ったそれを。
(レイモンド……)
どうしてもっと早く話さなかったのだろう。
怖がらなくて良かったのに。二人できっと優しい答えを出せたのに。
里に着くとバジルとモモと疲れた顔のヘウンバオスが待っていた。
「全部終わった。アークは無事だ」と告げられて詩人と狐に引き合わされる。鷹飼いの家の片隅。仲良く並んで目を閉じた二人は静かなものだった。冷えた唇が詩を諳んじることもない。
諸々の確認と相談で一晩はあっと言う間に過ぎ去った。
時計の針は回り続ける。悲しむ心を置き去りに。




