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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第4章 迷い子たちの答え合わせ
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第4章 その13

 ようやく鷹を仕留め終わり、バジルはぜいぜい肩を揺らした。一、二、三と転がる猛禽の数を数える。もうこれ以上いないよなと。

 (くちばし)で腕をつつかれ、爪で頭を引っかかれ、どこもかしこも血塗れだったが手当てをしている暇はなかった。早くモモに助太刀せねばと少し離れた戦場を見やる。

 先程アンバーの名が聞こえた。妙な揺さぶりをかけられていないか心配だ。


(えっ!? 押されてる!?)


 戦況把握は一瞬で済んだ。まるで鉛を背負ったようにモモの動きが鈍かったからだ。──あの攻撃は多分狐に避けられる。断じたときには手は鎌を捨て、弓に矢をつがえていた。

 速射する。返す刀でモモに斬りかかろうとする狐の注意を逸らすべく。顔の真横に飛んできた矢に驚いて敵は半歩ほど後ずさりした。


「あっぶな! モモちゃんに当たったらどうすんの!?」


 怯ませて弓矢の使用を封じるつもりかラオタオは「手元狂っても知らないよ?」とわざとらしく肩をすくめる。だが脅しを聞きはしなかった。モモなら多少危ないくらい気にするなと言うに違いないのである。それに。


「当てるはずないでしょう……!」


 バジルは眉をしかめて唸った。どんな乱戦であろうとも味方に怪我をさせたことなど一度もない。モモへの誤射など尚更だ。己は彼女を援護するためだけに腕を磨いてきたのだから。


「けど弓に絶対はないじゃん? もし次この子に当たったら今度こそ致命傷になっちゃわない?」


 狐の問いに唇を噛む。ちらと覗いた小柄な身体は縮こまりうずくまっていた。風に混じるのはむせ返る血の臭い。先刻の攻撃を防ぎきれなかったのだ。


「当てないって言ってるじゃないですか!」


 叫び返して腰の矢筒から一気に三本矢を抜いた。飛距離を出す必要はない。大事なのは速度とコントロールのみだ。冷静さを保てればどちらも簡単なことだった。


「わっ!? あはは! 大盤振る舞い!」


 連射をかわして狐が笑う。半ば踊るようにして彼は草の上を跳ねた。

 モモはまだ動かない。掴んだ斧を構え直す気配すらない。

 早くなんとかしたかった。死地で戦意を鈍らせるなど彼女らしくなさすぎる。


「僕はモモを守るために戦うって決めたんです……!」


 また矢筒から矢を抜いた。人差し指、中指、薬指、小指の間に三本挟む。

 頭には砂漠で聞いた言葉しかなかった。ルディアには口止めされたがいつかモモにも話すつもりでいた遺言。どうしても今彼女を勇気づけたくて思わず口にしてしまう。


「アンバーさんにもモモのこと頼まれてるんですからね……!」


 ぴくりと少女が肩を震わせた気がした。

 厳密には頼まれたのではないけれど、そんな些末な問題はどうでもいい。

 もういない人の想いも消えずに残っているのだと。形を変えてずっと支えてくれるのだと。モモに伝わりさえすれば。

 彼女ならきっと大丈夫だ。今のあの騎士を兄と呼べる彼女なら。


「モモに何言ったか知りませんが、死んだ人の名前出すなんて卑怯ですよ!」


 ぐっと弦を引き絞り、息つく間もなく一射目、二射目、三射目を放つ。狐は地面を転がり避け、三射目は武器で弾き返した。遠ざけた隙にモモのもとへと駆け急ぐ。脳髄液の瓶を出し、真っ赤な傷口に振りかけた。


「……ごめん、ありがと」


 渋面を上げ、モモも自分の小瓶を開ける。中身は即刻飲み干された。相当な深手だったらしい。立ち上がるとき彼女は前後にふらついていた。

 だが瞳に宿る闘志はいつものモモのそれである。闇を増していく戦場に強くきっぱりした声が響いた。


「モモどうかしてた。あんな奴の話聞きそうになるなんて」


 怒りのすべてを力に変えて彼女は双頭斧を構える。己も最後の矢を手にした。ラオタオにはわかるまい。並んだ二人のどちらが先に仕掛けるか。

 半身(はんみ)の姿勢で曲刀を握る狐は笑ってはいなかった。ただ見ている。どちらが来ても対応を誤らぬように。


「アンバーは、あんたなんかに大事な人を任せたりしない!」


 大きく吠えてモモが駆け出た。同時にバジルも弓を引く。彼女が武器を振りかぶる瞬間、矢が死角から飛び出すように。だがまだきっと不十分だ。射撃を終えると全速力で近くに転がる矢を拾い、そちらもすぐさま狐に向けた。


「わお、危ない」


 思った通りラオタオはひらりと舞って同時攻撃をかわしていた。回避の勢いを上手く乗せ、彼は斜めに銀の刃を振り下ろす。刹那、得物を手にしていない(がわ)の狐の肩が開いた状態で映り込んだ。


(今だ……!)


 完全な正確さで射た矢はまっすぐ鎖骨の下を貫いた。衝撃でラオタオの曲刀の軌道が逸れる。懐ぎりぎりに飛び込んでいた、今度はモモが斧を振り抜く番だった。


「君ちょっと元気になるの早すぎない?」


 勢いたっぷりの少女を眺めて狐が呆れた声を出す。

 重心が端にある斧は遠心力を乗せやすい。剣や槍より破壊力を引き出せる。薪割りで持ち慣れているし、モモの武器としていいんじゃないかと勧めたのは己である。

 才能は開花した。称賛が追いつかぬほどに。今その美しい一撃が狐の脇腹に襲いかかった。


「まあいっか。ここまで十分楽しめたしね」


 ほとばしる血飛沫が、道を、草を、赤黒く汚す。どさりと大きな音を立ててラオタオは血溜まりに横たわった。

 真っ先に曲刀が蹴り飛ばされる。狐が手に取れないほど遠く。それからモモが倒れた彼に近づいた。おそらくとどめを刺すために。


「……なに笑ってんの?」


 彼女が問いを投げたとき、バジルも隣に駆けつけた。臓物を破られて瀕死のはずのラオタオは痛みを感じていないかのごとく口元をにやつかせている。

 正直言って不気味だった。罠ではないかと疑うほど。危惧したような展開は一切起こらなかったけれど。


「だってハイちゃんの願い事はもうどうしたって叶うもん」


 それは喜ばしいでしょとラオタオがおどける間も鮮血は溢れ続ける。勝利を確信した哄笑は実に満足そうだった。


「どういう意味?」


 まともに答える気はないらしい。疑問に対し、狐は「ふふふ」と抉れた腹をよじらせる。


「叶うんだよ。どうやってもね。あはははははは!」


 ぷつりと糸が断たれたように狐はそこで事切れた。お喋り(ラオタオ)と名付けられた男なのにもうなんの言葉も吐かない。投げ出された四肢の力は抜けきって、瞳は光を失って、魂と肉体の結び目が永遠にほどけたのだと知れた。


「…………」


 日が沈み、暗闇に包まれた山中はしんと静まり返っている。しばらく待つと笑ったままの死に顔の左目から半透明の蟲が這い出してきた。丸みある袋型のそれはどこか涙を思わせる。彼にはまったくそぐわなかったが。


「……行こう。村の人たち呼んできて、モモたちも大急ぎでアークのところへ向かわなきゃ」


 摘まんだ蟲をぷちりと潰し、モモはスカートで指を拭った。「ほら、バジルも拭きなよ」とハンカチを手渡される。

 そう言えばあちこちから血が垂れているのだった。丁重に拝借し、鷹の痛撃の痕をいたわる。


「ありがとね。助かった」


 感謝の言葉は肩越しに受け取った。少女の後ろ姿を追い、里のほうへと駆け出しながら、ああ、と思う。

 間違えたって終わりではないのだ。間違えた後にもできる何かがある。

 ここにいてもいいのだと思えることを重ねていこう。それがきっと己のためにも彼女のためにも皆のためにもなっていく。

 そうしてどうにか続けていくのだ。不恰好でも一歩ずつ。

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