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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第4章 迷い子たちの答え合わせ
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第4章 その4

 ──囲まれる。そう思ったら矢が飛んできて、槍を構えた衛兵たちが次々と倒れていった。何がどうしてそうなったのか、なぜあの人が己を助けてくれたのか、わからないまま立ち呆ける。

 逃げなければ。なんとか自分に言い聞かせ、走り出しても胸壁を振り返るのをやめられなかった。

 協力できないと言っていたのに。再婚すると言っていたのに。どうして剣を手にするのだ。滅びに向かう人のように。


(チャド王子……!)


 引き返すべきか悩む。まだ間に合うと心が叫ぶ。だが結局宮殿に戻ることはできなかった。栗毛の馬が駆けてきたからだ。


「乗れ! 防衛隊の!」


 逞しい戦士の腕に引き上げられて馬の背に跨った。グレッグはこちらの騎乗を確認するとぐんぐん速度を上げていく。

 サール宮が遠のいた。

 チャドの姿も見えなくなる。


「王子は!? 大丈夫なんですか!?」


 問えば元傭兵団長は「大丈夫なわけねえだろ!」と一喝した。


「古王国のお姫様に乱暴狼藉したんだぞ!? んなこと聞くな!」

「……ッ」


 馬上から後方を見上げる。渦巻き状の下り坂からは歩廊のどんな様子ももう窺えなかったが。

 ──どうして。こんなつもりじゃなかったのに。

 グレッグのお仕着せの脇を掴む手に力がこもる。息を詰まらせるブルーノに彼は盛大に舌打ちした。


「意味わかんねえけど王子にあんたを死なせるなって頼まれてんだ! 悪いと思うなら生き残ること考えてくれ!」


 追手が来たら教えろとグレッグは更に馬を急がせる。降りることすらできぬままブルーノは坂道を振り返った。

 まだ追ってくる者はない。だが城塔で手旗信号らしき何かがちらついている。


「関所に合図を送られたかも」

「ちっ、門を閉じられたら厄介だな」


 サールはそこまで大規模な都市ではない。森と川に囲まれた城下は馬の足で簡単にひと巡りできる。街を出る石橋までは一本道で、通行税の徴収所である監視塔はすぐに視界に入ってきた。

 だがその橋に盾と剣を構えた兵士が布陣している。石塔の格子門は飾り付けした直後のためか下ろされずに開いていた。これなら駆け抜けられるだろうか。


「王子様の命令だ。ビビらねえで突っ込んでくれよ」


 栗毛を撫でてグレッグが言う。馬はヒヒンと勝気に応えた。

 障害物を嫌がる気質が馬にはある。だから武装兵たちは中腰あるいは片膝で馬の走行を妨害する姿勢を取っていた。

 だがこの馬は実に訓練された馬であるらしい。大盾で作られたバリケードをものともせず、速度を落としもしないまま高く胴を伸び上がらせた。

 翼が生えたかのごとき跳躍。

 あまりにも軽々といくつもの頭を越えていく。


「……ッ!」


 着地の衝撃で前後に揺れた。愕然とする兵士たちを置き去りに馬は橋の上を駆け、聳える監視塔を目指す。ぐんぐんと増すスピード。門を守っていた兵は激突を恐れて身を引っ込めた。


「よし、いい子だ! よくやった!」


 サールの城下街を抜ける。眼前には高く連なる緑の壁。アルタルーペを登る道へと入っていく。


「グロリアスに行きゃいいのか!?」

「はい! お願いします!」


 グレッグはまた後ろを見張れと言ってきた。目視はできなかったものの関所の兵が宮殿に報告信号を送ったことは明らかだった。


「あんた一体なんなんだ? 城の連中に何したんだ?」


 門を突破して少し余裕が出たからか当然の疑問が投げかけられる。

 既に加担させた以上隠しても意味がないか。そう判断して彼に答えた。


「公爵がグロリアスの古城を爆破するつもりだってこと、聞いてたのがばれたみたいです。口封じだろうなと」

「はあ!? 爆破!?」

「ジーアンの使者を始末したいみたいでした。多分事故に見せかけて」

「…………!」


 グレッグは息を飲む。何か合点することがあったらしく「巻き添え食っても平気なように王子付きの侍従ばっかり護衛にしたのか?」と声が震えた。


「馬鹿にしやがって……!」


 血を吐くように彼は吠える。憤りは止められるものでも慰められるものでもなかった。

 本当に酷い国だ。世界はそんなものだと言えばそうなのかもしれないが。


「……おい、あんた。ブルーノだったか? サールには自分で馬駆ってきたんだよな? 古道と新道の分かれるところからは一人で行けるか?」

「えっ!? ど、どうしてですか!?」


 わけがわからず問い返す。途中で降りてどうしようというのだと。


「二人乗りじゃどうせそのうち追いつかれる。あんたはさっさと古城に戻って一人でも多く俺の仲間を助けてくれ。サール宮にはこの先二度と近づくなって伝えてやってほしいんだ」


 頼むと悲痛に乞われれば首を振ることはできなかった。「だったら僕が残ってあなたが行ったほうが」と代替案を告げるもののグレッグは頷かない。


「言っただろ。王子にあんたを死なせるなって頼まれた。それに俺は団長だ。こんなときのしんがりくらい俺が務めなきゃ駄目だろうが」

「でもそんな……!」


 押し問答をするうちに分かれ道が見えてくる。更に山道の下方からは馬群の足音らしき地響きが聞こえだした。


「任せたぞ! いいな!?」


 ぼやぼやせずにグレッグが路上に飛び降りる。ブルーノにできたのは鞘しか持ち合わせない彼に自分のレイピアを投げ渡すことだけだった。


(どうして……!)


 利口らしい栗毛の馬が「手綱を握れ。鞍に移れ」とでも促すように首を振る。泣き出しそうになるのを堪え、ブルーノは温もり残る鞍に座した。

 大丈夫なはずがない。こんなことになって、チャドも、グレッグも。

 今すぐ二人を助けに引き返したかった。身体を二つに分けられるなら。


(終わったことだって言ったのに──)


 命を懸けるほどの価値が己にあったのか。

 まだ好きでいてくれたのか。

 わからない。わからないけれど立ち止まるわけにいかなかった。

 最初に自分が始めたのだ。ルディアとの入れ替わりは。


(行かなくちゃ)


 言い聞かせる。最後まで走れ、守られたなら今度は自分が誰かを守れと。

 己しかいない。仲間に危機を知らせられるのは。


(姫様、レイモンド、アルフレッド……!)


 (あぶみ)を踏み込む。前を見据える。

 景色は風のように通り過ぎていった。

 断崖に沿う古道を駆け上がっていく。狩人の射る矢よりも速く。

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