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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第3章 新たな守護者へ
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第3章 その9

 これがコナーのアトリエで、住んでいるのは農婦とアウローラ。里には鷹が四羽いて、そのうち一羽はブルーノがジーアンから借りていた鷹。今は村娘が入っている。残り三羽がラオタオの飼っていた鷹。ラオタオの鷹に入っていたのはアクアレイアの脳蟲だから、一緒にアークを守ってくれる──。


(ややこしい……)


 眉を曲げつつアルフレッドは一つ一つ情報を整理する。主君とブルーノが姿を取り換えるのを待つ間、特にすることもなかったし、おそらく己の頭が一番こんがらがっていそうだから。

 皆が当然に知っていて自分一人だけ知らないことも多いのだろう。ブルーノがサールへ行きたいと言ったとき、なぜ部隊全員が神妙に彼を見たのか己にはわからなかった。事情はモモがそっと耳打ちしてくれたが。


(姫様たち、まだ出てこないな)


 ちらと背後を振り返る。鎧戸の閉じた小さな一軒家。入れ替わりは首絞めに慣れた農婦が行ってくれていて、アルフレッドはレイモンドと軒先で待機していた。見ていてくれと頼まれた馬を撫でながら微動だにせぬ玄関を何度も何度も確認する。


「姫様が村娘の身体に入るということは、公爵から連絡が入ったときはお前が対応することになるのかな」


 壁にもたれて腕組みするレイモンドに話しかけた。ほかの者はもうとっくに持ち場についており、隠れ家近辺には誰もいない。


「あー、そうだな」


 こちらに視線を向けもせず、彼は気のない返事をよこした。槍兵は更に鷹の旋回する空を見上げて完全に目を逸らす。


「どう言って古城に姫様を連れて入る?」

「使者殿が現地の娘をお気に召してとか言えばいいんじゃね?」

「そうか。なるほど」


 会話はそれ以上続かなかった。あちらから話しかけてくる気配もなく、風の音と鳥の鳴き声が沈黙を強調して響く。


「…………」


 ふうと小さく息をついた。彼とも一度、もっとちゃんと話しておくべきかもしれない。


「すまない。待たせた」


 物思いに耽っていたらこじんまりした扉を開いてルディアたちが中から出てきた。人目があればレイモンドも多少はこちらを気にかける。「そんじゃ行こうぜ」と槍兵はアルフレッドに乗馬するように合図した。


「三頭しかいないからな。ブルーノ、お前は私と一緒に乗れ」

「は、はい」


 相乗りするなら体重の軽い者同士のほうが馬も疲れなくて済む。二人が鞍に腰を下ろしたのを確認するとレイモンドが先頭を進み出した。アルフレッドも主君と剣士の後ろを守る形で続く。


(また一番離れたな……)


 金髪の後ろ頭を見やって小さく肩をすくめた。気づけば彼とはいつも距離が開いている。行動をともにすることは許容しても、できる限り近づきたくないと言うように。


(いや、レイモンドだけじゃないか)


 目を合わせ、公平な態度で接してくれても融けない壁のある人もいる。騎馬に不慣れなブルーノにコツを教えてやるルディアは今日も氷のごときだった。彼女が死した男の望みを受け入れて、アルフレッドを側に置くと決めてくれたのはわかるのに。


(俺はまだ、姫様の孤独を消し去れてはいない……)


 馬が走ればアークの里はぐんぐん後方に遠ざかる。

 古城へと引き返すまでの約一時間、主君と槍兵を順に眺めて沈黙は重くなるばかりだった。




 ******




 レイモンドたち大丈夫だったかな、と彼らの去ったマルゴー杉の林の向こうにちらと目をやる。主君とブルーノが入れ替わるのを待つ間くらい己も一緒にいるべきだったか。


(いや、でも、結局古城じゃ三人きりになるもんね?)


 うーんうーんとモモは唸る。閉ざされた岩塩窟の入口を守りながら。

 兄たちのことは心配だったが見送った以上できることは何もない。思い悩むのはやめておこうと気持ちを防御に切り替える。ハイランバオスがどんな策を弄してくるかわからない今、気を逸らすことはできなかった。


(バジルが戦えそうで良かった)


 同じく岩塩窟の入口を担当する弓兵の横顔を一瞥する。草原の往路では青い顔しか見なかったが、彼は随分持ち直したようだった。表情は張り詰めているし、以前ほど明るくもないけれど、それでも前を向いていると感じられる。

 彼は多分モモのためにそうすると決めてくれたのだ。自分の痛みにかまけている場合ではないと。


(モモも早く元気出さなきゃ)


 視線を正面の林に戻し、気づかれぬように浅く苦しい息を吐く。

 夜になるといつもじわりと涙が出てくる。堪えきれずに嗚咽まで上げるほどではないけれど。

 隣に彼女がいないこと、考えだすと眠れないから最近はあまり思い出さないようにしていた。けれどもうじきひと区切りつけられるはずだ。

 アンバーの仇を討つのだ。あの狐たちが殺したに違いないのだから。

 油断すると崩れ落ちる蟲の姿が脳裏によぎって指が震えた。誤魔化すように強く斧の柄を握る。

 守りたかった。彼女が生きてここにいたなら守っただろうものすべて。


(落ち着いたらドブに声かけてみよう)


 古城で働く少年を瞼の裏に思い浮かべる。かける言葉は決まっていた。

 怪しまれるかもしれなくても。拒まれるかもしれなくても。チャドのもとにいられないならうちに来てみないかと。

 半分アクアレイアの血が流れているなら上手くやっていけるよなんてとても約束できないが、マルゴーに居続けるよりましなはずだ。帝国の使者が「気に入ったから連れて帰る」と言えば公爵も素直に送り出してくれるだろう。


(それでいいよね? アンバー)


 呼びかける。微笑むだけで答えてくれない幻に。

 いつかきっと悲しみごと受け止められる日が来るんだよねと。




 ******




「では戦闘状態になったとしても実際に戦えるのはせいぜい十二、三名というところか。ふむ……どう頑張っても岩塩窟と村の出入口の見張りで手いっぱいだな」


 村人が集まる家屋の食卓で広げた図面を睨みつけ、ヘウンバオスは戦闘員の数を数えた。アークの里は十戸ほどの小集落だ。普通の村に見せかけるために大人だけでなく子供もいる。マルゴー民としての生活もあり、全員がアークを守る戦線を張れるわけでは当然なかった。

 今現在配置についている六名を除けば武器を振るえる者はたった七名。昼と夜の交代制を採るにせよ、本当に見張るくらいしかできなさそうだ。とは言えハイランバオスたちも兵を率いて現れるとは思えなかったが。

 己がウヤの身体を借りて使者役を務めることは片割れにはお見通しだったに違いない。ならパトリアのどの国も使者に手をかけようとしないのは承知しているはずである。

 少数で忍び込んでくる。その可能性が最も高い。問題は彼がどうやってこの包囲を突破しようとするかだった。


「鷹はもう空に飛ばしているのだな?」

「あ、ああ。二羽ずつ出してる。昼過ぎにでも交代させるよ」

「中身はきちんと確認したか?」

「もちろんだとも。全員こっちの脳蟲だった」


 軍議の卓を取り囲む村人の一人が頷く。この家の主で鷹の世話役でもある男は「心配なら呼び戻して確かめるか?」と首を絞める仕草を見せた。


「いや、いい。視認した者がいるなら十分だ」


 申し出を断るとヘウンバオスは解散を告げる。村民の把握も配備のし直しも後方支援の段取りも終わった。夜番の者にはさっさと仮眠を取らせたかった。


「指揮官が来てくれて助かったねえ」

「我々の本業は上手く隠すことだからな」


 ほっとした顔で彼らは自宅へ戻っていく。出番が来るまで体力を温存できるように。ヘウンバオスも鷹飼いの男の家を出て画家の隠れ家で休息を取ろうと歩み出した。


「お気をつけて。鷹から何か報告があればすぐ伝えるよ」


 男の台詞に「頼む」と頷く。

 鷹は目がいい。今のところ彼らの哨戒が敵発見に最も役立ちそうだった。

 予感がする。決着のときが迫っていると。


(私が殺す。()()だけは……)


 ヘウンバオスは思考の隅に事切れた片割れを思い浮かべた。

 田舎村のつましい家の玄関扉を閉めればもう振り返りもしなかった。




 ******




 どこにでも不運な男はいるものだ。彼は今、未曽有の混乱の中にいた。

 なぜあの人を呼び止めて助けを乞わなかったのか。男の胸中に激しい後悔が渦を巻く。

 板きれ一枚。怖気を払い、扉を開いて「お待ちください!」と声を上げればすべてを放り出せたはずだ。しかし彼にはできなかった。既に一度、預言者の頼みを拒んで仲間を殺されていたから。

 ハイランバオスとラオタオがこの里に踏み入ったのは一昨日のことである。二人は鷹にドブの後をつけさせて集落の場所を特定した。そしてゆっくり闇に紛れ、里で最も低地に位置する鷹飼いの男の家を襲ったのだ。

 詩人たちはアークの里は見つけられても岩塩窟の聖櫃を見つけるのは不可能だろうと考えていた。だからドナで未接合の退役兵を殺しておいた。

 鷹飼いの本体を奪った二人は退役兵と──煩悶しているこの男と──接合を行ったのである。村人の記憶を盗み見、道案内をさせるべく。

 目論見は上手く行った。だが異文化圏の妻子と睦まじく暮らせるほど善良な退役兵はハイランバオスたちに疑念を抱き、何を企んでいるか知らないが加担できないと首を振った。詩人のほうもただで従わせられるとは思っていない。そうして縄で拘束された男の前に蟲の泳ぐガラス瓶が取り出された。

 それは防衛隊が持ち運びきれず、ドナに残された蟲だった。第二グループの脳蟲と接合した砦の退役兵たちだ。と言っても彼には形状からジーアンの蟲としか判別はできなかったが。

 ガラス瓶の中身が半分床にぶちまけられたとき、男は半狂乱に陥った。眼前で同胞殺しが始まったのだから穏やかではいられまい。「言うことを聞くと約束しないともっと殺してしまいますよ?」と囁かれ、彼は逆らえなくなった。

 身勝手にドナに引っ込んだ退役兵にも仲間意識は残っている。それに瓶には親しい友人が囚われていないとも限らなかった。ヘウンバオスに正体を明かし、自身の保護を願うより、男は同胞の安全を取った。自分たちのものでない聖櫃がどうなろうと仲間の命には代えられなかった。


「近いうちにまた訪れるのでよく働いてくださいね」


 聖預言者の残したひと言は今も彼を縛っている。縄が解かれた後もずっと。


 ──飛ばしたふりをして鷹はどこかに隠さなければ。


 がたがたと全身を震わせて、扉に背中をへばりつけた男の頭に去来するのはもはや恐怖だけだった。

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