表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第3章 新たな守護者へ
318/344

第3章 その3

 不要と見なし、脇に放り捨てていたものが役に立つこともあるらしい。一年限りのマルゴーとの休戦協定は随分前に期限が切れ、以来無効のままだった。今更になって承認の使者が向かえば公爵は驚くだろう。しかし拒みはできないはずだ。聖王と揉めている今は背後の安全を確約されたいだろうから。


(マルゴーに入って今日で九日か)


 ヘウンバオスは馬上から通行税の徴収所である望楼を仰いだ。天帝印付きの旅券は高い効果を上げており、どの関所でも一行は手厚い歓待を受けている。併せて付けた書状には「この使者と防衛隊を天帝の代理人とし、交渉においてあらゆる権限を付与する」と書いてあるのだから当然だが。

 サールはもう目と鼻の先で、宮殿へ赴くにはサールリヴィス河に架かる橋を渡るだけとなっていた。アクアレイアでの片割れの動きを考えるに自分たちはおそらく七日から十日ほどの後れを取って近辺を移動している。大所帯の軍隊と違い、ハイランバオスはもっと素早くアレイア地方に戻る人数を選択できた。差ができたのはやむを得ない。

 だが考えてみればあの男が「アークは壊しておきました」などと事後報告をするはずないのだ。多少こちらが後手に回っていたとしても聖櫃は無事と断定できた。

 あれは絶対に己の目の前で事を行う。今までずっとそうだったように。


(本当に危険なのは我々がアークの里に着いてからだな)


 通行許可が下りるまでの間、待たされることになった石橋でヘウンバオスはルディアたち防衛隊を見やる。大熊には兵をつけろと最後まで食い下がられたがマルゴーに入国したのは結局己と彼ら五人だけだった。

 近習すら連れなかったのはこれが平和を保証する一団だからだ。だが本音はまったく別だった。実質的には一人でここまで来た理由は。


「お通りください! どうぞ!」


 と、門番が旅券を確認したらしく石塔を塞ぐ格子門が鎖に引かれて上がっていく。注意深く馬を駆る防衛隊一行とともにヘウンバオスも騎乗したまま望楼一階の通路を抜けた。

 一歩進むたび視界の端で黒髪が揺れる。旅の間に伸びきった前髪が。

 君主の器をファンスウに預け、その龍の身はウヤに託し、ヘウンバオス自身はウヤの──理知的な一つ結びの男の姿を借りていた。退役兵の監視役だった彼は通常の指揮系統から外れており、よそへ移しやすかったからだ。

 片割れに会えばどちらかが命あるいは自由を失うことになる。同胞の誰にもそんな運命をともにさせたくはなかった。

 それにハイランバオスもラオタオも仲間を屠るのになんのためらいも持っていない。引き連れて歩く人数が増えるほど面白半分に惨殺される可能性もまた高まった。

 一人でつけねばならないのだ。弟との決着は。

 十将には「私が戻らなかったときはジーアンを頼む」と伝えてある。ドナですべての蟲の接合を完了させ、アクアレイアの蟲と引継ぎを行った後は好きなように皆を生きさせてやってほしいと。

 無事の帰還が叶っても叶わなくてもジーアンは新たな時代を迎えるだろう。アクアレイアも真に守るべき二つめの故郷となった。過ぎ去った日々にはもう囚われまい。


(ハイランバオス……)


 胸中に片割れの名を呟けば苛烈に燃え上がる焔があった。

 あれもサールへ来たのだろうか。聖王軍が布陣したまま留まっているということは、彼自身は少数精鋭で独自に動いている可能性が高い。おそらく近くに潜んでいる。見つけ次第仕留めなければ。


(ダレエン、ウァーリ、ウェイシャン、皆……)


 弟の代わりに瞼に浮かべたのは死んでいった同胞たち。一千年、増え続ける仲間を一人も欠かすことなくここまで来たつもりだった。

 弔いをしなくてはならない。彼らを生み、夢を見させ、道半ばで果てさせてしまった者の務めとして。


(これが私の償いだ)


 望楼を過ぎてからの長い石橋は終わりに近づいていた。顔を上げれば小高い山の上の城が静かにこちらを見下ろしていた。




 ******




 飛んで、飛んで、さすがに飛び疲れた頃に例の里が見えてきて、ブルーノはほっと小さく息を吐いた。眼下の小集落は前回訪れたときと変わらず、全戸が山道の一部のごとくひっそりしている。杉林からちらほらと覗く住人たちにもおかしな様子は見られなかった。

 とりあえずハイランバオスがアークに悪さをした後ではなさそうだ。最後にもう一度羽ばたきし、画家の隠れ(アトリエ)へと舞い降りる。

 さすがにここでは名乗るだけで意思の疎通を図るのは不可能だろう。小窓を叩く(くちばし)に気づいた農婦と目を合わせ、ブルーノは必死に鳴いた。まずは里の人間に異常を察してもらえるように。


「なんだいなんだい、また鷹かい?」


 手慣れたもので、農婦はすぐにブルーノを引き入れてくれる。前回コナーを誘いにきたのがラオタオの飼い鳥だったからだろう。中身が脳蟲ということに彼女は最初から勘付いていたようだった。


「ピィピィピィ!」


 喚き散らし、ともかく早く文字表なり図表なり広げてくれと訴える。すると農婦はしばし思案し、ほかの村人を連れてくるついでにもっといいものを貸し出してくれた。


「た、大変なんです! コナー先生がハイランバオスに殺されて……!」


 ブルーノに与えられたのはどこか主君に似た風貌の村娘の身体だった。その口ですべて捲くし立てる。サルアルカの先、テイアンスアンで何が起きたか。


「姫様の話だと、レンムレン湖のアークの核を移した後、コナー先生は本体を踏み潰されてしまったって……」


 アトリエに集まった村人たちにどよめきが走る。だが彼らは平静を失わず、ブルーノがこれほど慌てて飛んできた理由のほうを尋ねてくれた。


「うちのアークには管理者の複製も核も保存されているから大丈夫だ。それで君は、そのことを伝えにここに?」

「いえ、それだけじゃなくて、ハイランバオスが今度はこっちの、アレイアのアークを狙っていて……!」


 再度どよめきが巻き起こり、より詳細な説明を求められる。しどろもどろにどうにか事の顛末を語り終えると村人たちは神妙に顔を見合わせた。


「岩塩窟に見張りを立てよう。管理者と接合済みの蟲がアークの破壊を企てているなら核の完全削除が有り得る」

「そうだね。プロテクトはしてあるけど、触れさせないのが一番だ」


 ブルーノには理解しかねる言葉を交えて彼らは防衛の算段をつける。坑道の様子を見るために出ていこうとする農婦たちに「あの!」と大きく声を張った。己も彼らを手伝わねばと。


「姫様たちも里に向かっているんです。それまで僕も使ってください。剣術の心得ならありますし……!」


 微々たる力だがないよりはましだろう。戦う意志があると示すと村人たちは「頼もしい」「ありがとう」とブルーノを歓迎してくれた。アクアレイアの脳蟲だからかともに聖櫃を守る仲間として認めてくれたようである。


「しかしあの子が帰った後でまだ良かったね」


 と、農婦が呟いた。その声に何か引っかかるものを感じてつい「あの子?」と問いかける。


「ああ、月に一回ここへ来る子がいるんだよ。いたって言うほうが正確かな。きっともう来ないだろうし」

「??? どういうことでしょう?」


 聞けばあの子とは元グレッグ傭兵団のドブという少年らしい。チャドの命で彼は毎月アウローラの養育費を届けてくれていたそうだ。そのドブが二日前、いつも以上の大金を持って里を訪ねてきていたとのことである。王子の再婚が決まったので今後は支払いを続けられなくなりそうだからと。


「えっ……?」


 思いがけず飛び出した話にブルーノは息を飲み込んだ。動揺をどう解釈したのか農婦は「古王国に攻め込まれるかもって時期に妙だろう? しかも相手は聖王の末娘だそうだよ」と肩をすくめる。

 一体どういうことなのだろう。事情が掴めず困惑する。


「体のいい人質さね。公爵は聖王軍に引っ込んでもらうために銀山と次男坊を差し出すことにしたんだろうよ」


 衝撃が身を貫いた。

 人質として差し出される? 古王国の姫君に?

 いずれは再婚することになると聞いていた。部屋住みの次男なら政略結婚に利用されることもそう珍しくはないのだろう。でもあの人にそんな事態が降りかかるなんて。


「……っ」


 マルゴーには二度と戻れないという話も、数日以内に出発するという話も、心を大きく揺さぶった。それでも今はアークの里でルディアたちの到着を待つ以外なかったが。


「さあ行こう。何もされていないのを確かめて、岩塩窟を封じなくちゃ」


 肩を押され、ブルーノは震える足で踏み出した。己のなすべきことだけを、真っ白になった頭で念じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ