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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第15話 再び夜が明けるまで
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序章

 起床したルディアの双眸に映ったのは見覚えのない天井だった。

 賊のねぐらにしては意外に小綺麗だ。寝かされていたベッドも硬すぎるとか臭うとかいうこともなく、さっぱりと清潔である。

 鎧戸の隙間からは朝の光が漏れていた。もう夜は過ぎたらしい。

 誘拐されたはずなのに腕も足も縛られておらず、どういうことだと困惑する。ともかくもルディアは音を立てないように起き上がった。ここがどこかは不明だが、本島のどこかには違いない。ならば隙を見て王宮に戻らなくては。

 結婚間近の王女が消えてレーギア宮は今頃大騒ぎになっているはずだった。婚姻の発表は九時の鐘と同時にと言われていたのを思い出す。はたして今から間に合うだろうか。

 一晩気絶していたので絶対にとは言えないが、我が身の純潔はまだ奪われていないようである。賊どもに見つからぬように、しかし素早く出て行きたい。そろそろとベッドを下りてルディアはドアノブを回した。


(鍵がかかっていない……)


 不用心だが幸いだ。ほくそ笑み、薄暗い廊下へと滑り出た。

 こそこそと忍び歩いて出口を探す。するとすぐに下へ続く階段が見つかった。上階からは人の歩き回る足音が響いていたが、同フロアや下階には気配自体を感じない。見張りすらいないとは妙だなと首を傾げつつ階段を下りていく。

 踏まないように長い髪を持ち上げておこうとして、ルディアはあるべき己の髪がばっさりと切られているのに気がついた。思わずあっと叫びかける。姫の可憐さと王族の威厳を醸し出すべく腰より長く伸ばしていたのに。何年かけたと思っているのだ。悔しさにぎりぎりと歯噛みした。いや、しかし、髪だけで済んできっとまだ良かったのだ。

 階段を下りきるとわずかに開いた扉がある。覗いてみれば奇妙な部屋が目に入った。台のついた壁に向かって一定間隔に並ぶ小椅子。小椅子の前には銅を磨いた丸鏡。ほかにはカツラや髪飾りがあちらこちらに置かれている。


「……床屋……?」


 ぽつり零した呟きは静寂に溶けて消えた。

 昔読んだ騎士物語にこんな店が出てきた気がする。だが部屋の種類が知れたところで困惑は深まるばかりだった。どうして床屋が王女を拉致する?


(いや、待てよ。ブルーノの実家は確か整髪店だったな)


 一年前に行わせた防衛隊員の身辺調査。あのとき剣士が理容師コンラッド・ブルータスの息子だということを知った。なるほどやはりこの店は逆賊どもの本拠地であるらしい。

 室内は無人だったのでルディアは中へと踏み込んだ。店の扉から出て行けば大鐘楼の屋根くらい見えるだろうと思ったのだ。国民広場まで出れば城は目と鼻の先。誘拐犯など一網打尽だ。

 ルディアはさっと店内を走り抜けようとした。そうしてぎょっと目を瞠った。


「ブルーノ・ブルータス……!?」


 誰もいないと思ったのに鏡に賊の片割れが映る。慌てて後ろを振り向くが、奇怪なことに人の気配はないままだった。


「えっ……?」


 見間違いだったかと金属鏡に目を戻す。だがやはり、何度見てもブルーノ・ブルータスはそこにいた。なぜかルディアと同じ動作を取りながら。


「えっ……?」


 たじろぎながらルディアは店の出口に後ずさりした。外へ出て、明るい場所で事実をきちんと確かめなければならなかった。

 まだ夢を見ているのかもしれない。だってそんなことは有り得ない。他人と身体が──魂が入れ替わっているなんて。


「おーっす! おはよ、ブルーノ!」


 明るい声が真後ろで響く。びくりと肩をびくつかせ、声の主を仰げば側には背の高い金髪の青年が立っていた。知っている、見たことのある顔だ。名前は確かレイモンド・オルブライト。己の直属部隊である王都防衛隊の一員だ。


「昨日あんまり眠れなかったの? なんか顔色悪いよ?」


 長身の陰からひょこりと顔を出したのはピンクの髪の小柄な少女。彼女とも一度宮殿で会っていた。ブラッドリーの姪、モモ・ハートフィールド。


「ふわーあ。ブルーノさんもまだお布団にくるまっていたいですよねえ」


 大あくびをする緑髪の少年はバジル・グリーンウッド。緩い三つ編みを肩で揺らし、眠たげに目を擦りつつ彼はモモの隣に収まる。


「ひとまず急ごう。そろそろ九時だ。国民広場の警備は海軍がやっているとは言え、防衛隊も遊んでいるわけにいかないぞ」


 堅物そうな太眉の、夜明けの空に似た赤髪の青年がそう呼びかけた。彼らはどうやら今日から始まるカーニバルの自主パトロールに出るつもりらしい。


(アルフレッド・ハートフィールド……)


 己の騎士に任じた男は主君がすぐ目の前にいるのにまったく気づいた様子がなかった。槍兵も弓兵も斧兵もルディアをブルーノとして扱う。

 ──一体何がどうなっているのだ。考えても考えてもわからなかった。

 持ち上げた手を見つめてみる。日々の稽古で節くれたそれはどう見ても男のものだった。清らな乙女の、私の身体はどうなってしまったのだろう。


「あ、ブルーノってばグローブ忘れてきてるじゃん。取りに戻る?」


 目ざとく装備の欠如に気づいたモモがそう尋ねてくる。「特別報酬もないのにやっぱやる気出ねーよな!?」とレイモンドも勝手にうんうん頷いた。「モモさえいれば僕はなんでもいいですけどね」と聞いてもいないのにバジルが語る。


「お前たち、いいから急げ! グローブなら兵舎に予備があるだろう!」


 アルフレッドに急き立てられて三人は小走りに路地を駆け出した。これからニンフィへの左遷を命じられるなど夢にも思っていない顔で。

 ルディアはまだ呆然と動けないでいた。己に何が起こったのか、どうすれば元の肉体に戻れるのか、一つもわからなかったから。


「どうしたんだ? ほら、行こう」


 橋の上から騎士がこちらを振り返る。ルディアにその手を差し出しながら。朝日を映して輝く水面(みなも)に目を細めて。



 あの日から随分遠くへ来てしまった。

 彼らとともに歩んだこと、決して後悔はしていない。

 けれど私は彼らに十分応えることができたのだろうか。

 皆の好意と献身に見合うだけの報いを与えてやれたのだろうか。

 ──それだけがいつも。

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