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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第6章 そして遠い日の夢を見る
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第6章 その8

 怒涛のごとく時は過ぎ、長かった一日の終わりが砂漠に訪れる。

 取り急ぎ立て直された幕屋群に兵士たちが戻ってきて、追走班に後を託した旨を天帝に報告する。だが逃げた二人を捕縛するのは難しいとのことだった。街で彼らが馬を換え、広すぎる草原の道なき道を行くとすれば見つけられないかもしれないと。


「見つけられないかもだと? ここで捕えねばどこで捕えると言うのだ!」


 ヘウンバオスと同じ幕屋でルディアはじっと話に耳を傾けていた。防衛隊の武器は衛兵に没収され、見張りとともに壁際に座らされ、ほとんど虜囚の扱いだったが致し方ない。一行はまだ混乱の渦中にあった。

 安置された骸の数に陰鬱な気分になる。モモも、バジルも、レイモンドも、ブルータス姉弟も、ジーアンの将や兵たちも、暗く顔を伏せている。

 だが己まで黙り込んでしまうわけにはいかなかった。ハイランバオスが何をしようとしているか、正確な予測ができるのは自分だけだったから。


「あの男はマルゴーへ向かったのだと思う。……少なくとも最終的にはそこを目指そうとするはずだ」


 呟けば長椅子に座した男が憔悴した顔を上げる。ヘウンバオスはルディアを睨んで「なぜわかる?」と問いかけた。


「アクアレイアの──アレイアのアークが有する核を消滅させれば聖櫃が発明される未来の可能性は潰えると、そう言っているように聞こえた。嫌がらせとしてこれ以上のものはないだろう。だからきっと、あの男はこちらのアークを破壊しようと工作する」


 自分で口にした言葉に薄っすらと汗を掻く。信じたくない窮状だ。よりにもよってそこを狙われる羽目になるとは。脳蟲の本能がルディアを酷く焦らせる。心臓にざわつく波を掻き立たせて。

 管理者である師は死んだ。けれど多分、アークそのものはまだ生きている。守護する者を欠いたまま。


「……アルタルーペの山中にあるのだ。隠れ里だし、岩塩窟の深部に隠されているから、ハイランバオスもすぐには辿り着けないと思う」


 ルディアが何を言いたいのかヘウンバオスには伝わったようだった。

 これは詩人の用意したゲームだ。どちらが先にアークのもとへ到着し、壊すなり守るなり各々の目的を果たせるかの。


「マルゴーへ進軍しろと?」


 ルディアは首を横に振った。その判断は早計だ。ジーアンはアルタルーペの高峰を前に一度撤退を決めている。すんなり公国を落とせるとは思えない。

 それに今はもっと優先すべきことがあった。もしも里に着く前にジーアンの蟲の寿命が尽きれば帝国の強大な力を借り受けられなくなってしまう。


「私もお前もただ一つ世界に残るアークを守らねばならない。利害は一致しているはず。だからまず、私を信用してほしい」

「…………」


 冷めた血の色の双眸がルディアを見つめた。同胞以外、いや同胞すらも今はどこまで信じていいかわからないと言いたげな。

 当然だ。彼は彼の片割れに手酷く二度も裏切られた。よその型違いの蟲などはなから信じる気になれないだろう。

 自分自身誰も信じきれないくせに他人にはそれを乞うのかとおかしかった。だが一つだけ、運命共同体として差し出せるものがある。


「私の記憶をくれてやる。百年の猶予とともに」


 隣でバジルやレイモンドが息を飲んだのがわかった。しかし今は悠長に首を絞めに行ける機を窺っている場合ではない。

 アークの保存を願うならヘウンバオスは理解を示してくれるはずだ。記憶の共有さえすれば協力体制はきっと築ける。


「私と『接合』をしてくれ」




 ******




 ああ楽しい。実に楽しい!

 九百年生きてきた中で今が一番幸せだ。あの方の輝きのために己の全身全霊を捧げられるのだから!


 ハイランバオスは天に散らばる無数の星を見上げつつ夜の大草原を駆けた。砂漠と谷間の回廊を抜け、最も危険な地帯は脱したと言えるだろう。そろそろ馬に小休止させていい頃合いかもしれない。

 しかしまだ興奮とともに駆けていきたい気分だった。一番いい馬を拝借したし、小一時間なら無理もきくだろう。速度だけわずかに緩め、サルアルカへと続く道を走り続ける。

 今頃彼はルディアとどんな話をしているだろうか。寿命は無事に伸びたかもしれない。万全の状態で最後の戦いに挑むために。


「楽しみだねえ、ハイちゃん」


 いつも一番通じ合える狐もふふっと笑い声を上げる。急に方針を変えたのに息ぴったりに合わせてくれる我が子の存在に感謝した。心から信じられる者がいてこそ難事も成功するのである。


「これからが本番です。我が君のために頑張りましょうね!」

「うん!」


 胸弾ませてハイランバオスは燦然と光る星々を目に映した。春とは言っても日が落ちれば気温は氷点下まで下がる。馬が汗で冷えないように気をつけねば。

 ふふ、ふふふ。笑みは際限なく零れ出た。

 楽しくて楽しくて仕方ない。


 忘れられない光景がある。実際に己の目で見たわけでもないのに。

 砂塵と塩が風に舞う。じりじりと日射に焼かれて。

 ──あれは故郷の最後の日。

 水辺を求めてあの人がさまよい歩く。

 私は彼から目を離せずについていく。

 折れない人の小さな背中。深い嘆きに満ち満ちた。

 天から滑り落ちた星はきっとああいう姿をしている。


 何よりも美しい人。

 私はあなたを詩にしたい。

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