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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第6章 そして遠い日の夢を見る
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第6章 その6

 素早く逃げるには砂に足を取られない固い道を行くほかない。つまり往路を引き返すのだ。馬は新しいのに取り換えたし、そう長く休ませなければ逃亡は果たせるだろう。サルアルカまで着いてしまえばどうとでもなる。一時を凌ぐためだけの使い捨ての駒なら多い。

 ただ時間稼ぎは必要だった。せっかく楽しい遊びを始めたのだから、早々に捕まっては盛り上がりに欠けるだろう。やはり古王国くらいまでは上手く逃げおおせなくては。


「おや?」


 と、ハイランバオスは意外に早く迫ってきた追手に気づいて目を丸くした。弓に手をかけ、射撃体勢に移りつつ後方を振り返る。するとそこには艶やかな黒髪を大いに乱して馬を駆る演技派女優の姿があった。


「おやおや、まあ」

「ありゃ、ついてきちゃったか」


 隣でラオタオも瞬きする。宿営地に火さえ放ってくれればそれで良かったのに、何を思ったかわざわざ追いかけてきたらしい。遠方に煙が立ち昇ったのは確認したので問題はないけれど。


「しばらく並走させてもらうわよ。その間にテイアンスアンで何があったのか教えてちょうだい」


 口内に砂が入るのも厭わずにアンバーはそう乞うた。聞いた事情は仲間にも伝えると続けた彼女はなるほどなかなか本番に強い役者のようだ。

 どうしたものかなと迷ったところでまた二つほど後方の影が増える。川辺の道を追いすがるのは今度こそ本物の追手だった。


「すみません。ちょっとそれどころじゃないようです」


 ひと言詫びてハイランバオスは影に向かって矢を放つ。狙ったのは人間ではなく馬のほうだ。二頭程度なら走れなくすれば追いつけない。

 狙い通りに矢は馬体を貫いた。しかし騎乗者の気迫に当てられでもしたか、速度は衰えてくれない。激しく砂煙を上げてダレエンが迫りくる。

 ラオタオの射たウァーリのほうも似たようなものだった。次いでこちらにも彼らの放った矢がびゅんと飛んでくる。


「ッ!」


 反射的に動いたと見えるアンバーが剣で矢を弾き飛ばした。繊細な見た目に似合わずディランの身体は運動神経がいいのである。

 ちょうどいい。このまま彼女にしんがりを務めてもらおう。勝手に決めるとハイランバオスはラオタオと頷き合う。


「さっすが王国海軍! そのまましばらく守っててくれる?」

「なっ……」


 嫌そうに顔は歪めたものの、なし崩し的に戦闘に巻き込まれてもアンバーは拒否しなかった。切り抜けるにはこちらにつくしかないと判断したのだろう。ろくな防具もつけていないのに本当に盾役になってくれる。


「なぜ逃げる! どうして橋や宿営地に火をつけた!?」


 問われて思わず肩をすくめた。どうやらダレエンとウァーリは天帝の安否を確かめる前に追跡を開始したようだ。それでこんなに早く追いついてきたのかと納得する。事情くらいは聞いてから飛び出せばそんな間抜けなことを聞かずとも済んだのに。


「洞窟で一体何をやっていたの!? 落盤なんて嘘でしょう!? 申し開きをする気があるなら止まりなさい!」


 蠍の声は一笑に付して矢をつがえた。後ろを守る女優の脇をすり抜けるように一射二射と放っていく。あちらからの攻撃はアンバーの哀れな馬が全部引き受けてくれたから、ハイランバオスもラオタオもたっぷり攻撃に専念できた。


「きゃっ……!」


 何射目かでウァーリの馬が前脚を大きく上げて転倒する。一緒に彼女が地に落ちると狼は一瞬そちらに気を取られた。

 負傷した馬では追うにも限度がある。なんとしてもここで捕らえると決めたのか、馬上で彼が刃を抜いた。鞍から高く腰を上げ、突撃の姿勢を見せる。

 短期決着を狙って切り込むつもり満々のダレエンにハイランバオスも馬の足を緩めさせた。アンバーにも道端に引っ込んでいるように合図する。

 振り切るほうが簡単だが殺したほうが面白い。ちょうど彼らも追いついた。


「……ッ!?」


 風を切り、鷹が地上へ滑空してくる。ハイランバオスとダレエンが対峙したまさにその瞬間に。

 間合いに踏み込んだタイミングで障害物に横切られ、狼がやや仰け反った。彼の視界が翼で埋まった隙をつき、ハイランバオスは狼の腹に刃を突き刺す。バランスを崩した身体はあっさり地面に墜落した。


「とどめ刺しとくねー、ハイちゃん」


 残っていた矢で狐が素早くダレエンの胸を射抜く。見ればラオタオの肩にも二羽、別の鷹が舞い降りていた。


「……き、さま……」


 力なく掠れた声はものの数秒で聞こえなくなる。

 狼のほうはこれでいい。ついでに蠍も始末しよう。

 くるりと来た道を振り返る。倒れたまま微動だにしない馬の側でウァーリはよろよろ起き上がるところだった。

 ハイランバオスが矢を手にするとラオタオも曲刀を構え持つ。蠍の弓は馬の下敷きになっているからいくらでも嬲れそうだった。時間が惜しいので長々と遊んではやらないが。


「どうして……」


 攻撃に備えて身構えながらウァーリが震え声で問う。彼女は一体何について尋ねようとしているのだろう? 同胞に手をかけたことか。はたまた不届き者の味方が増えたことか。多分後者だなと当たりをつけて答えてやる。口にして教えてやらねば彼女らは何もわからないのだから。


「延命という餌があるのにジーアン内部に私についた者がいると考えなかったのですか? ああ、それとも全然違う相手を疑っていたのでしょうか」


 くすりと笑って矢を放った。蠍が横に跳んでかわすので着地点を狙って次の矢を飛ばす。踊らせるように次々と。


「おや?」


 と、調子に乗って射ていたら矢筒が空になっていた。曲刀はダレエンの腹に突き刺さったままなので丸腰になってしまう。得物を探してハイランバオスは周辺を見回した。視線を逸らしたその直後、飛んできたのはナイフだった。


「危ない!」


 声を上げ、アンバーが割り込んでくる。なんと優秀な護衛だろう。ナイフは彼女の馬に刺さり、ウァーリの武器はこれで本当になくなった。退却のための乗り物すら失った彼女ではもはや己の身一つで応戦する以外ない。

 まったく愚かな蟲たちだ。逃がすまいと勇むから道を間違える。似たような戦法で勢力を広げた時代もあったのに、どうして忘れてしまうのだろう。


「さようなら。あなたたちはあまり美しくなかったですね」


 別れの挨拶とほぼ同時、ラオタオが馬を駆りつつ曲刀を掲げた。ウァーリは跳んでかわそうとしたが鷹に邪魔されて半歩遅れる。

 赤い飛沫が干からびた道を湿らせた。頸動脈からはよく血が出る。

 ほかに追手らしい追手がいないのを確かめるとハイランバオスはサルアルカに向けて再び馬を走らせた。




 ******




 全然意味がわからない。目の前で起きていることの一切が。

 彼らはなぜダレエンやウァーリを殺したのだ? 十将の本体は接合のために保存するべきもののはずだし、彼らの器もなんらかの形で利用できたのに。


「では行きましょうか」


 転がった死体を一瞥し、エセ預言者が先を急ぐ。ラオタオも詩人のすぐ後をついていった。アンバーは二人に置いていかれないように逡巡しつつも現場をそっと後にする。


「ねえ、どういうことなの」


 尋ねても答えは返らない。ハイランバオスは「もう少しここを離れてから」と首を振る。狐のほうに視線をやっても反応は変わらなかった。「いい子だからちょっとだけ待とうねー」とたしなめられて終わりになる。

 嫌な感じだ。本当に彼らを追ってきて良かったのか不安になる。火を放ったのが己だと知られたら言い訳できないと飛び出してきたけれど、これはこれでまずい気がした。最悪将軍殺しの罪をなすりつけられるかもしれない。


(どうしよう……)


 今ならまだ引き返せば何食わぬ顔で宿営地の火事の騒ぎに紛れ込めるのではないか。肩越しに後方を振り返りつつアンバーは頭を悩ませた。わからない。舞台のどこに己の位置を定めればいいか。


「おーい、ついてこれてないよー。もっとスピード上げてー」


 と、ラオタオが前方から呼びかけてくる。アンバーの馬は複数の傷を負い、とてもではないが全力で走れなくなっていた。今動いてくれているのが不思議なほどだ。最後に受けたナイフの傷など周囲が紫に変色している。きっと毒が塗り込まれていたのだろう。これでは行くことも戻ることも不可能になりそうだ。そう危惧したときだった。前を行く二人が馬を止めたのは。


「この辺りですかねえ」

「そうだねえ」


 水の色をした双眸がこちらを見やる。側へ寄るように手招きされ、アンバーはなんとか河畔まで馬をやった。


「道端に死体を転がした理由ですが、とても単純な話です」


 ハイランバオスが語り出す。やや唐突な切り出し方に内心戸惑いが生じた。天帝やルディアの話でないのなら馬の手当てをしながら聞いてもいいだろうか。太腿に刺さったままの毒刃だけでもなるべく早く抜いてやりたい。


「見知った顔が倒れていたら一旦足を止めるでしょう?」


 詩人はにこりと微笑んだ。ほぼ同時、え、と思う間もなく何かが背を貫く。衝撃に狼狽しつつ視線を落とすと己の下腹部から突き出た曲刀が光っていた。


(え?)


 ごぼ、と喉から血が溢れる。鞍の上に座していることすらできず、アンバーは馬上に突っ伏した。後から後から鮮血が流れ出る。身体が滑り、地上に落下するほどに。


(なに……)


 全然意味がわからない。我が身に起きていることのすべて。

 なぜ、どうして。状況を見極めようとしても思考は激痛に散らされた。

 影がアンバーを見下ろす。

 そうして冷たい言葉を吐く。


「ごめんねえ、俺たち誰にも追いつかれたくないからさ」


 ついたばかりの血を払い、曲刀を鞘に戻すと狐は手綱を握り直した。何事もなかったように詩人たちは道の先へと駆けていく。


(モモ……ちゃ…………)


 視界は赤く染まっていた。死はもうそこに迫っている。

 最後の力を振り絞り、アンバーは血溜まりに身を伏した。這い出てしまった本体がわずかでもそこで長らえるように。

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