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第3章 その5

 参ったな、とひとりごちる。一筋縄では行かないだろうと思ってはいたが、状況は更に一段厄介そうだ。

 神殿を出たルディアたちは人気の少ない入江の脇の細道を歩いていた。右隣にはレイモンド、その向こうにはハイランバオス、エセ預言者の足元には犬と呼ぶべきか狐と呼ぶべきか悩ましい毛むくじゃらの獣がいる。見上げれば空を飛ぶ鷹は三羽から二羽に減っていた。おそらく一羽はファンスウのもとへ報告に行っているのだろう。


「お前たちはどこで何をしていたんだ?」


 悩んでいても仕方ないのでルディアは二人に近況を問うた。だが思った通りまともな返事はなされない。


「私たちは古王国で色々と。ま、何をしていたかは後のお楽しみですね」

「バウバウッ!」


 ハイランバオスがそれ以上明かそうとしないのでルディアも追及は諦めた。「あなた方は?」との質問にはこちらもはぐらかしつつ応じる。


「印刷事業を本格的に開始した。レイモンドもコーストフォート市で先駆けてあれこれやってくれていてな。今は五隻も自前の船を持っている」


 顎でレイモンドを示せばエセ預言者は「わあ、それはすごいです! 服装がグレードアップしておられるのでどうしたのかなと思ったら、大富豪じゃないですか!」と槍兵を称賛した。ほかにもルディアはコリフォ島まで彼の船団で来たことやアクアレイアで二軒目の印刷工房ができたこと、騎士物語の続編が刊行されたことを告げる。


「なるほど順調なようですね。うんうん、さすが私の見込んだ方です」

「いや、それがそうでもない。実は今かなり厳しい状況に置かれているんだ」


 アークやコナーの話題には微塵たりとも触れぬままルディアはユリシーズの死とアルフレッドの冤罪についてざっくりと説明した。騎士の命を救うためにどうしても聖像が必要なのだと。すると一度は落ち着いたはずのレイモンドが急にそわそわし始める。


「俺やっぱ、神殿の人たちと話し合いに戻ろうかな?」


 槍兵は立ち止まり、後方を振り向いた。そのときだった。立ち並ぶ列柱の間から駆けてくる者が見えたのは。


「ブルーノさん、レイモンドさん、ディランさん!」


 ふっさりとした髪を揺らし、ジュリアンがこちらに近づく。ルディアたちに追いつくと少年はぜえぜえ息を整えた。なんの用かと思ったら彼は今まで下で石工たちを説得してくれていたらしい。だがやはり良い顔はされなかったようで、対策を考えるべく合流しようと思ったとのことであった。


「祭司様だけならなんとかなりそうなんですけど……。あの方は、返せるものなら波の乙女は本国に返したいと前に仰っていたので」


 聞けばジュリアンは偽物と本物を入れ替える過程で頻繁に神殿に出入りするようになったそうだ。少年の見解によれば祭司は住民の安全と心情を考慮して慎重になっているだけで、本音では聖像を手離したいとの考えを持っているという。いつまでも波の乙女がアクアレイアを留守にすれば、古王国に「もはやあの国は西パトリアとは言えない」と見なされる可能性が高まる。そうなればコリフォ島は完全にカーリスの領地に組み込まれるかもしれないと。


「なるほどな」


 かっちりとした聖衣を纏い、背筋正しく眼光も鋭かった老巫女を思い返す。記憶が正しければ彼女は十人委員会の保守派筆頭、トリスタン老の妹であったはずである。いまだにコリフォにいるほどだから島への愛着は強いのだろう。だがほかよりは話の通じる相手かもしれない。少なくとも乙女像を本国に戻す利については一考してくれそうだった。


「そうだよな、住民の安全と心情はでかいよな……」


 ぽつりとレイモンドが零す。槍兵はしばらく考え込んだ後「神殿じゃなくて街の中回ってみたほうがいいかも」と呟いた。するとジュリアンが間髪入れずに「案内しますよ!」と申し出る。


「僕、コリフォの皆さんとはよくお話しするんです! 何かお役に立てるかも」

「おお、んじゃそうしてくれるか?」


 利害の調整には長けた男だ。レイモンドが行くと言うならそうするのが賢明だろう。それにやはり乙女像は、彼の力で持ち帰らせてやりたい。


(でないとこいつ、一生アルフレッドの件で思い悩みそうだしな)


 よし、とルディアはハイランバオスを振り返った。このままここに留まっていても部外者が一緒ではこみいった話はできない。なら先にアンディーン像の件に見通しを立てておきたかった。


「私たちはちょっと島をうろつくから、その間にお前は旅支度を整えておいてくれるか?」

「おや? 聖像だけでなく我々もお持ち帰りなさるつもりで?」

「ああ。ヴラシィで面白い話を聞いたんだ。天帝がどうやら十将全員に招集をかけているらしい。何かあったのだと思わないか?」


 詩人の興味をそそるのにこれ以上の言葉はなかった。「おや、そうですか」と妖しく微笑み、ハイランバオスはムク犬の頭を撫でる。


「ふふ、それは確かにご一緒したほうが楽しめそうですねえ」


 にこやかに了承の意を告げると彼はラオタオを連れて歩き出した。「詳しくは船でお聞かせください!」と手を振るエセ預言者に「ああ、わかった。用事が済んだら迎えに行く」と声を張る。


「寝泊まりしている宿はどこだ?」


 仮住まいを聞いたのは必要あってのことだった。裏切り者のねぐらくらいは古龍の耳にも入れておかなくてはならない。ルディアが息を飲んだのは、彼の返事に虚をつかれたせいである。


「丘の上のあばら家です! 古い灯台守のお家ですよ!」


 軽やかに指し示された西部の丘に目をやって小さく肩をわななかせた。だがすぐに一歩を踏み出し、忍び寄ってきた硬直を振り払う。


「……行こう。多分この島に長居はできない」


 また減った頭上の鷹を数えてルディアはレイモンドとジュリアンに告げた。

 したいことと、やるべきことと、できることは全部別だ。

 骸さえあればいつかきちんとあの人を弔えるかも。そんなこと、今は忘れていなければ。

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