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第3章 その2

 切れ込んだ深い入江と小島の群れを眺めつつ、アレイア海東岸を下る船団がヴラシィ港に到着したのは十一月十日の夕刻だった。ここまで来れば目的地であるコリフォ島へはあと数日、乙女像やエセ預言者との対面もすぐである。

 ルディアは帆船の甲板から護衛に囲まれたファンスウの後ろ姿を見送った。ドナで待機を命じてきたのと同じように古龍はここでも監視を残して市庁舎へ歩んでいく。

 バジルたちはファンスウ乗っ取りに着手できなかったらしい。老将の振舞いは依然変わらず、中身の入れ替えられた気配はない。逆に彼が退役兵の正体に勘付いた様子もなかったが。

 砦の仲間と直接的なやり取りこそできなかったものの、現状は推察できた。古龍を欺けているならば今のところはそれでいい。帰路にもチャンスは作れるのだ。なんならコリフォ島でだって。


「とりあえず俺、荷揚げの指示だけ出してくるわ」


 と、レイモンドが甲板下倉庫へ歩き出す。大本命のコリフォ島が近いせいか恋人の肩は力んでいた。一瞬覗いた横顔もいやに硬く強張っている。


「レイモンド君、心配ねえ」

「……そうだな」


 気遣わしげに槍兵を見やったアイリーンにルディアは小さく呟いた。

 アクアレイアを出てからずっと──否、アルフレッドが捕縛されたときからずっとレイモンドは酷く思いつめている。騎士がああなった原因はどう考えてもルディアにあるのにまるで自分が配慮に欠けていたせいと言わんばかりだ。聖像さえ取り戻せば自責の念も少しは薄らぐと思うが。


(まあ当面の目標がある今は、印刷工房で留守番するしかなかったときよりはまだましか)


 肩をすくめて息をつく。参っている恋人に何もしてやれないのがつらい。

 アルフレッドにも損な役回りをさせてしまった。ユリシーズの怒りも恨みも本来は己が引き受けるべき代物だっただろうに。

 結果的にはアルフレッドがルディアの盾となってくれたのだ。幕引きの後、勝手に終わったことにした幼い時代の清算を、全部彼にやらせてしまった。

 せめて主君として騎士に報いてやりたいと思う。重罪人の汚名は付き纏うとしても。


「──え? 本当か?」


 船上のジーアン兵が騒ぎ出したのはそのときだった。漏れ聞こえてきた声の中に「天帝」という語句を聞き取ってルディアはぴくりと耳を尖らせる。隣のアイリーンも目を瞠り、船首に固まる兵の一群を振り向いた。


「どうなさったんだろうな。祝祭の時期でもないのに」

「十将全員ということはまた戦でも始まるかな」


 拾い集めたざわめきを総合するに、どうやらヘウンバオスが将軍たちに召集をかけているようだ。ヴラシィには今バオゾから遣わされてきた伝令がいて、タイミング良く来訪した古龍に面会を申し込んでいるそうだった。

 そう言えば先刻ファンスウの出迎えに何人か騎馬兵が来ていたなと思い出す。ドナのように自由都市化していないヴラシィでは常駐兵が真面目に勤めているらしい。アレイア海を統括するジーアン帝国の拠点は、ドナでもアクアレイアでもなくここヴラシィなのだろう。


「しかしなぜ去年も今年もご生誕祝いを取りやめられたんだろうな?」


 とある兵の疑問に誰かが「おい、詮索するなど不敬だぞ」と顔をしかめる。一人が注意の声を上げると喧騒はただちに静まり、甲板にはまた退屈ムードが広がった。ルディアたちの見張りとして二度も待機を言い渡された彼らは陸が恋しそうだ。


(天帝が十将を呼び出している……か)


 案外早くジーアンの頭を狙えるかもしれない。ルディアは秘かに計を巡らす。そうして「落ち着け」と逸る己に言い聞かせた。ヘウンバオスをどうこうする前になんとかせねばならないのはファンスウだ。それに今は何よりも乙女像を入手するのが最優先事項である。


(アルフレッド、大人しく待っていろよ)


 十将が集結するとしたら、アニークもノウァパトリアへ強制帰還させられる可能性が高い。となれば騎士を庇護する有力者は誰もいなくなってしまう。

 早く戻ってやらなければ。錨を下ろした船の上、白波に揺れる甲板で晴れた空を見上げ、ルディアは拳を握りしめた。

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