序章
初めて呼ばれた王宮は洗練された調度品と華やかな芸術品に飾られて、それ自体がまるで一幅の絵画だった。
赤絨毯の柔らかさに自分が浮遊している気がする。ふわふわとした心はまだどこか夢見心地だった。
謁見の間に入る前に留め置かれる控えの間。妹や幼馴染らも緊張の面持ちで立っている。真新しい防具を纏い、皆見慣れぬいでたちだ。
一番軽装なのはレイモンド。支給の胸甲で胴の上部だけを覆い、身の丈ほどある槍を背にきょろきょろ周囲を見回している。
その隣にはこれまた落ち着かぬ様子のブルーノ。理容師の父親が一時宮殿に出入りしていた関係で彼は特別質のいいレイピアと短いマント、金属製の肩甲と胸甲を賜っていた。
逆にすべて自前の装備なのがモモだ。支給品は「可愛くない」と売り払い、仕立て直した胸当てに固い革のワンピースを合わせ、双頭斧を腰にぶら下げた姿は全隊員中最も堂々としている。
その傍らに陣取るバジルは自作の弓を携えて、改造済みの胸甲をつけ、少々居心地悪そうに何度も三つ編みを整えていた。
アルフレッドも手甲や腕甲、その他の着衣に乱れがないか入念に確かめる。隊長職に就くならばと伯父の揃えてくれた装備一式を。
あいにくフルプレートとはいかなかったが、歩くたびにガシャガシャと鳴る足甲は心を浮き立たせてくれた。風になびく朱のマントも丈の割には見栄えがするし、腰に帯びたバスタードソードは言わずもがなだ。
怠ければすぐに技に出る片手半剣はお前がどんな人間か証明してくれる──。成人の際、この剣をくれた伯父の言葉が甦る。幼い頃、アルフレッドが騎士になりたいと言ったときブラッドリーは笑わなかった。
今日ついにその日が来たのだ。
王女の騎士に叙せられる日が。
胸の高鳴りはとても静められなかった。天にも昇る気持ちでアルフレッドはすべてを眩しく見つめていた。
背の高い窓の外から荘厳な鐘の音が響く。おそらく正午を告げるそれ。少しして「入りたまえ」と衛兵の声がした。
どきん、どきん。鼓動がうるさい。促され、玉座の前に首を垂れる。跪いてすぐ涼やかな声が降ってきた。
「顔を上げて」
アルフレッド・ハートフィールド。
モモ・ハートフィールド。
ブルーノ・ブルータス。
レイモンド・オルブライト。
バジル・グリーンウッド。
部隊全員の名前を呼ばれ、また少し緊張が増す。おそるおそる目を上げて、そうして息を飲み込んだ。
──忘れがたいあの光景。
──騎士物語の一幕に似た。
王国で最も尊く豪奢な椅子から立ち上がったアンディーンの現身はゆっくりこちらへ近づいた。一人一人に血と温度の通う激励を与えると、乙女は最後にアルフレッドを前にする。
歓びで満足に思考もできぬ己に対し、彼女はなんと言ったのだったか。
覚えているのは小さく可憐な唇が剣に祝福をくれたこと。
そう、それから。今日からあなたは私の騎士だと。
「隊長はあなたに任せます。心ばえ正しく、立派な騎士になってください」
十七歳。命をかけられる人に出会った。
あれはもう三年も前のこと。
目で、頭で、心臓で、全身で強く予感した。
──ああ俺は、この先きっとこの人のためにどんなことでもするだろう。




