第4章 その5
主館から飛び出してきた海軍兵士の一団はこちらを振り返りもせずに砦の門を後にした。まさか港に油を撒いた犯人が中庭で寛いでいるとは夢にも思わぬ急ぎぶりでアクアレイア人たちは晴空の下を駆けていく。
さあこれで若狐の鎧は剥がれた。手勢を残していたとしてせいぜい五、六人だろう。口角を上げ、ウヤは傍らの息子を促す。
「行きましょう」
「ああ」
背中を叩けばゴジャはこくりと頷いた。いけ好かない男をぶちのめす機会とあって既に血はたぎりにたぎっている様子だ。彼の周囲に集まった同胞たちも全員似たような目つきをしている。
結局蟲の継ぐ知恵は何度も何度も参照し、己の血肉としなければ意味のないものなのだ。生まれたときに見たきりで頭の奥に押しやれば開かぬ書庫と大差ない。それなのに己を特別と思い込むからこうして簡単に乗せられる。
「ついてこい、てめえら!」
ゴジャの号令に愚か者たちが威勢のいい吠え声で応えた。退役兵は誰も彼も軽装だが、それでも腰の曲刀だけは良いものを帯びている。可能ならラオタオの肉体は無傷で再利用したいところだが、逃げられるくらいなら容れ物の生死はどうでもいい。ウヤもぐっと曲刀の柄を握りしめた。
集団の先頭、ゴジャの隣を守りつつ中庭を突っ切って主館の扉を開け放つ。踏み込む足を止める者はない。吹き抜けの広間から迷わず上階へと続く壁際の階段に向かった。
昨日ラオタオが話していた通りならあの男は鏡の迷路で防衛隊と遊んでいるはずである。強襲を受ければひとたまりもないだろう。何しろこちらの戦力は彼らの十倍、五十名を超えるのだ。本体回収に小一時間もかかるまい。
が、しかし、ウヤの立てた袋叩き計画は意外な形で頓挫した。思いもよらぬ伏兵が──それも身内である蟲の中から現れたからだ。
「おっ? お前ら迷宮が完成したって聞いて集まったのか?」
そう言って振り返ったのはガラス工に弟子入りしているタルバだった。若者は嬉々として作品の解説を始めようとしたものの、一同が殺気立っているのに気づいて怪訝そうに眉根を寄せる。
「おい、ラオタオの野郎はどこだ?」
威圧的なゴジャの問いにタルバは表面上冷静に答えた。
「奥の寝室でバジルたちと一緒だけど──どうしたんだ?」
タルバはほかの退役兵と違ってあの緑髪のアクアレイア人に恩義など感じている。騒がれると後々面倒だ。極力怪しまれないようにウヤはにこりと笑みを返した。
「何、ちょっと話がありましてね。私たちの待遇についてラオタオに直談判をしたいんです」
呼び出してもらえないかと頼めば彼は首を横に振った。曰く、ラオタオは今体調不良のウェイシャンを介抱していて部屋を出られないそうだ。あのクソ犬、と頬が引きつりかけるのを堪えて「おや、そうですか」と肩をすくめる。
「体調不良とは心配です。しかし困りましたねえ。一日引っ込んでいるつもりなのでしょうか」
急ぎたい旨を匂わせるもタルバはやはり呼び出しを承諾しない。にべもなく「そうなんじゃないか?」と返されただけだった。あまりもたもたしていたら海軍兵士どもが火を消して戻ってきてしまう。どうしたものかとウヤは思考を巡らせた。
「まどろっこしい。出てこねえなら押し入りゃいい話だろ。邪魔なもんは全部ぶっ壊してよ」
と、ゴジャが忌々しげに双眸を歪めて扉の奥、進むべき道を塞ぐ何百枚もの鏡の城を振り仰ぐ。傲岸不遜なその言葉にぴくりと耳を跳ねさせたのはタルバだった。
「──は? 今なんつった?」
ああもう、馬鹿が。どうしてわざわざ怒らせる物言いをするのだ。喧嘩などしている暇などないときに。
嘆く間もなく空気は一触即発のものに変わった。ゴジャに同調して同胞たちまでタルバを睨む。標的は狐一匹と言ったのをもう忘れたのか。
「どけよ。てめえにゃ関係ねえ」
「関係なくねえ。この迷宮を作ったのは俺たちだぞ? しかもお前が俺たちにそうしろって言ったんじゃねえか」
「いいから引っ込めっつってんだよ!」
「魂こめて作ったもんをぶっ壊すなんて言われて引っ込める奴がいるか!」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。一歩引いて見守りながらウヤは眉間にしわを寄せる。
胸倉を掴まれても一切怯えたところを見せず、タルバはゴジャを睨んでいた。必要ならこの若者はまた己を斬ってから行けと凄むのだろう。
「ラオタオに会いたきゃここを抜けていけばいい。ただし一人ずつ迷路としてだ。お前らの頼みで作った以上、お前らだって俺たちに相応の敬意を払うべきだろう? これは俺が死ぬ前に、この世に何か遺したいと思って形にしたもんなんだよ……!」
退役兵に吠える男は梃子でも動かなさそうだ。タルバ一人くらい無視しても良かったが、ドナに不穏の種が残るとファンスウにもうしばらく残ってくれと頼まれる羽目になるかもしれない。危なそうな芽は先に摘んでおきたかった。
(はあ……)
仕方ないなと前へ出る。今にも曲刀を振るいそうな息子の耳元に「一人ずつ行って、向こうに十人ほど集まったら襲いかかればいいでしょう」と囁いた。
「ここであんまり争うと耳に入って警戒されるかもしれません」
忠告にゴジャは舌打ちと了承を返す。タルバを強く睨んだ後、息子は仲間を振り返り「まず俺が行く。その次はウヤだ」と指示を出した。乱暴狼藉の気配が去り、タルバもひとまずほっとした様子だ。
「お前らも順番に来い。こんな迷路、その辺の道と変わらないってとこ見せてやれ」
荒々しい声で告げるとゴジャは大柄な身体を折り曲げて迷宮に入っていった。
ふう、と小さく息をつき、ウヤは残った面々を一列に並ばせる。誰より後は嫌だとかなんだとか駄々をこねられないうちに「最優先事項が何かはわかっていますね?」と小さな声で釘を刺した。荒くれどもを落ち着かせると反抗期の門番を振り返る。
「ゴジャがゴールしたかどうかはどうすればわかるんです?」
問いに答えてタルバは片端が迷宮内部に続いているベルの紐を引っ張った。踏破者が出ると鳴らされる仕掛けらしい。続いて今度はタルバがこちらに質問を投げてくる。
「ラオタオに直談判したいことって?」
「何、物騒な話ではありませんよ。ドナにはなかなか外の情報が入ってこないでしょう? もう少し我々にも帝国の現状を伝えてほしいと思いましてね」
誤魔化し半分の返答だったが嘘ではなかった。自分たちの知らぬ間に周りが敵だらけになっているのではという懸念は全員の心にある。少なくともタルバにも「ほかの蟲は与えられた任務をこなしているのに自分はドナで遊んでいていいのか」という後ろめたさはあるはずだった。
「そうか、わかった」
三白眼は緩められないままだったが、ひとまず追及の手は止まる。呼び鈴が最初の合図を送ってくるまで長い沈黙が続いた。
「…………」
建設時から薄々そんな気はしていたが、迷宮は相当手の込んだものらしい。ゴジャが寝室に到着したという知らせは一向にもたらされなかった。
すぐにも敵と相見えるつもりでいた退役兵は見るからに苛立ちを募らせる。中でゴジャが癇癪を起こしていないか心配で、ウヤの心も落ち着かなかった。チリンチリンと涼やかな音が鳴ったときは安堵の息をついたほどだ。
「よし、では次は私が」
ともかくもウヤは水銀鏡で埋め尽くされた部屋に向かった。一歩踏み込めばそこは奇妙奇天烈の空間で、どちらを向いても己と目が合う異様さに立ち眩む。
無数の虚像。細切れの世界。すべて認識しようとすると頭の奥が痛くなる。平衡感覚が狂い始めるのがわかった。鏡は斜めに立てかけられたものもあり、平らな床まで歪んで映る。
(余興としては面白いのだろうがな……)
頭がおかしくならないようになるべく天井を見上げて進む。前進しているか後退しているかはそれでおおよその見当がついた。目を庇いながらでも気分は悪くなったけれど。
目指す寝所に近づくには段差を乗り越え、横道を抜け、断続的に襲ってくる眩暈に耐えねばならなかった。
どうにか重い木扉の前に辿り着き、ほっと胸を撫で下ろす。後続の者のために目印でも置いてくれば良かったと悔いながらノックしたドアを押し開けた。
「おっ、もう来たの? すげー早かったね」
広い寝室には砦の主人であるラオタオと不真面目な監視役のウェイシャン、先にゴールしたゴジャが並んでいた。消火の手伝いに行ったのか防衛隊の姿はない。思ったよりも流れる空気は険悪でなかった。臥せっていると聞いていた犬も額こそ青かったものの背筋は普段より伸びていたほどで。
不思議に思いつつウヤはゴジャに目を向ける。息子は無骨な腕を持ち上げ、ちょいちょいとこちらに手招きした。
「ウヤ」
なんとも言えぬ何かが一瞬ウヤの足を留まらせる。ゴジャはいつもこんな声で己を呼んでいただろうか? 大嫌いな狐を前に平静なのも珍しい。
だがともかくウヤは歩を踏み出した。彼は彼なりにラオタオを油断させようと談笑していたのかもしれない。ならば少しは利口になってくれたのだろう。
「──え?」
足払いをかけられたのは直後だった。その場に盛大に尻餅をつき、引っ繰り返った視界に「!?」と瞠目する。
対応不能な異常事態はまだ続いた。若狐に腕を取られ、息子に思いきりのしかかられ、そのうえ喉を存外な力で絞め上げられて。何が起きたのかすぐには理解できなかった。
──どうしてゴジャがラオタオと一緒に襲いかかってくるのだ?
もがいたが、後手に回ってしまったために抵抗らしい抵抗はできなかった。
思考が結論を導く前に世界は無慈悲に暗転した。
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「……ああ! こいつ! こいつが裏でファンスウと繋がってた煽動役みたいです!」
額を押さえて起き上がったマルコムの叫びにルディアは「!」と目を瞠った。二人目で大当たりとはついている。黒髪を一つに結んだ理知的なジーアン人を皆で囲み、逸る気持ちを抑えて「何を知っている?」と問う。
蟲の記憶共有は頭の中に書庫が一つ増えるような感覚らしい。最初の数分は混乱しても、己がどちらに紐づけられた記憶を参照しているか次第にわかってくるそうだ。
「退役兵の中では一番頭の働く奴よ」とアンバーが言うので接合相手を利発な少年に決めたのは正しい選択だったらしい。療養院でも患者らの中心となってくれていたマルコムは、古龍が退役兵をどう操ってラオタオを襲わせるつもりだったのか、ウヤ自身はその要望にどう応えたか、淀みなく説明した。
「なるほど。それでは狐の『本体』を強奪するのに成功したと嘘をつけば連中は満足して中庭に戻るわけだな?」
事態を収束させるには目論見が成功したと思わせるのが手っ取り早い。数で勝る退役兵を全員は入れ替えられないし、ある程度で切り上げるのが後のためにもいいだろう。ルディアはよし、と水桶を囲む仲間たちに告げた。
「捕獲はもう八人ほどにしよう。その後はラオタオを陥れたふりをする」
「八人だけでいいんですか?」
疑問の声は防衛隊やアイリーンからではなく、衝立裏で出番を待つ患者たちから発せられた。ルディアは「ああ」と頷いてこれからの方針をわかりやすく伝えてやる。
「まずこの場を不自然でない形で落ち着かせるのが第一だ。新入り小間使いがいきなり全員消えても目立つし、十将と入れ替わる者を残しておきたい」
退役兵十人がかりでラオタオを押さえ込み、首を絞めて「本体」を回収し、肉体は頂戴したという筋書きにすればウヤとゴジャが同胞に持ちかけていた話とも相違はない。入れ替えなかった退役兵には袋虫を閉じ込めたガラス瓶でも見せておけばいいだろう。それで彼らは「狐はこちらの手に落ちた」と勘違いしてくれるはずだ。
「なるほど。私が一時的にこの身体を離れて『ラオタオは空っぽになった』と思わせれば更に信憑性が増すわね」
相変わらず理解の早いアンバーが拳を打つと防衛隊のほかの面々もこくこくと頷いた。
「じゃあまずはあと八人、退役兵を部屋に引き込めばいいの?」
「そうしたらハイランバオスに入った僕と、ゴジャに入ったオーベドさんと、ウヤに入ったマルコム君と、ラオタオに入ったアンバーさんで不意打ちすると」
「わ、私と姫様は皆と一緒に衝立の裏に隠れていて、大変そうなら手伝うのでいいのよね?」
「ああ、各自所定の位置につけ。そろそろ次を呼ばせるぞ」
患者たちがマルコムの空いた身体を抱えて衝立の裏に引っ込むとルディアは壁に垂れ下がった紐をぐいと引っ張った。遠くでベルの鳴る音がする。これでまたバジルが獲物を誘導してくれるはずだ。
拍子抜けするほどあっさりと敵は罠にかかり続けた。途中待つのを嫌がった退役兵が数人で迷宮に押し入るなどのトラブルもあったが、仕掛け鏡が彼らをほどよく分断し、あれよと言う間に計十体の入れ替わりが完了した。
幸先がいい。これならきっとダレエンやウァーリ、ファンスウやほかの十将も早い段階で乗っ取れる。
(待っていろよ、アルフレッド)
瞼の裏に囚われた赤髪の騎士を浮かべてルディアは小さく指を握った。
アクアレイアが帝国自由都市として永続自治権を獲得するのにおそらくまだ数年はかかるだろう。現実的な見通しを持って考えれば祝祭の減刑に期待するにはこれでも遅すぎるほどである。
本当に、早くなんとか打つ手を思いついてやらねば。
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ルディアから「ありがとう、終わったよ」と礼を述べられたのは退役兵らがまだ四十名近く入口付近で待機しているときだった。
「えっ? もうですか?」
驚いてバジルが寝室を振り向くと「とりあえずな。残りは適当に誤魔化す」とひそひそ声で告げられる。
出入りの調整役だった己は中で何が起きていたのか直接は目にしていない。わかるのは主君がドナでの目的を果たしたらしいことだけだ。「後で詳しく説明するが」と前置きしてルディアはバジルにこう続けた。
「今から迷宮に入れる退役兵にはラオタオの肉体とウヤの『本体』を見せる。二つ並べて置いておけば囚われたのは狐のほうだと思い込むだろう? まずは連中に『これでラオタオは終わった』と誤認させる」
主君によればゴジャもウヤも元々騒ぎを大きくする気ではなかったらしい。なのでラオタオ襲撃はひっそりと行われ、居合わせた防衛隊も「無事に故郷に帰りたきゃ余計な口をきくな」と脅されたことにするという話だった。
表向きドナでは何も起きていない、タルバに何か聞かれても知らんふりしろとの命令にバジルは秘かに息をつめる。必要な嘘とわかっていても胸の痛みは消しきれなかったが。
「細かい調整はこっちでやる。事が済んだらお前はいつも通り過ごせ」
「わ、わかりました」
了解を伝えるとルディアはすぐに室内に引っ込む。ややあって次の退役兵を呼ぶベルが鳴り、迷宮の扉が開く音がした。
その後も計画は滞りなく進んだようだ。寝所は静かなものだった。
何も知らない退役兵は勇み足で鏡の奥から現れて一人また一人と本物の迷宮に飲み込まれる。誰が「接合」なんて事象に気がつけるだろう? 自分たちの仲間がよその蟲と記憶を共有し、宿主から追い出される災難に遭ったなんて。
「……はあ……」
バジルは嘆息を飲み込んだ。タルバ以外のジーアン人などいなくなったほうがいいはずなのに、してやったりと思えない。
このまま行けばそのうちタルバを陥れる日が来ることになるのではなかろうか。よしんばそんな日が来ないとしても、友人の命は間もなく尽きようとしているのだ。「接合」が記憶だけでなく寿命をも分け与えるならどうにか彼もその恩恵にあずからせたい。できれば部隊の皆には内緒で。
(うう、これからどうしよう……)
バジルは秘かに途方に暮れた。タルバに何も打ち明けられなさそうなことも心をますます重くする。何か良い道が見つかればいいのに。
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順番待ちをしていた退役兵全員が寝所に集まるとまた新たな動きがあった。ウヤとゴジャ──既に中身は別の蟲だが──が彼らを率いて出てきたのだ。
仕掛け鏡の裏に隠れたバジルが息を潜める中を、一列になった退役兵たちは笑いながら歩いていく。迷宮の入口へ引き返す彼らのうち、最初にここを踏破した十人が誰だったか覚えておらねば誰がアクアレイア人で誰がジーアン人か区別はつかなかっただろう。
一団が去ると今度は新入り小間使いたちがおずおずと現れた。彼らも主君に「時が来るまで小間使いらしくしていろ」と命じられたらしい。手伝うことはあるかと問われ、バジルは厨房に下りるように勧める。
ルディアたちはなかなか部屋から出てこなかった。きっと今後の段取りでも確認し合っているのだろう。流れを掴んだ彼女がここで手を緩めるはずがない。ドナはこのまま少しずつ塗り替えられるに違いなかった。
(タルバさん……)
誰かが鏡の間のドアをそっと開いた音がする。迷いない歩きぶりで迷宮奥の様子を見にきた友人だと察しがついた。
退役兵が戻ってきても小間使いが戻ってきても防衛隊が戻らないので案じて入口を離れたようだ。彼を寝所に入れるわけにいかないから、バジルは静かに仕掛け鏡を閉ざしてスタート地点へ向かった。
「ああ、良かった。無事だったか」
途中出くわしたタルバが笑顔で息をつく。「何もなかったか?」との問いには視線を泳がせながらでしか応じることができなかった。
「何がです? 別に何もありませんでしたよ? まあ僕はずっと鏡の陰にいただけですけど」
こちらの嘘に気づかなかったのかタルバは「ならいいんだ。なんか昨日からゴジャたちの様子がおかしかったからさ」と続ける。真摯な瞳に見つめられると苦しくて、知らず目を伏せていた。死にかけているのは自分のくせに他人の心配ばかりするのはやめてほしい。
──黙っているしかないのだろうか。
──何もしてやれないのだろうか。
鉛を飲み込んだようなこの心地はしばらく続きそうだった。
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己のあずかり知らぬところでとんでもない異状が起きている。ファンスウにわかったことはそれだけだった。
一体何がどうなっているのだろう。かけらも予測しなかった事態にごくりと震える息を飲む。
人払いさせた宮殿の奥、今はもう使われていない文官用の政務室で、思考もまとまらないまま一人立ち尽くした。考えても考えても生じた謎の答えは少しも見いだせない。
(なぜラオタオの飼う鷹からアクアレイアの蟲が出てくる……?)
蠍と狼の目を盗んで「尋問」しようとした公国帰りの三羽とも、人の身体に移そうとしたらこうである。もしやと思いラオタオの配下であった残り七羽も首を絞めたらやはり脳蟲が出てきた。
元々入っていたはずの同胞たちはどうなった?
なぜ今まで誰も気づかなかったのだ?
足元に累々と引っ繰り返った鷹たちを見ても不可解さは増すばかりである。だが一つ、若狐が裏切り者であることだけは確信した。気づかぬ間にあの男に過度な自由を許してしまっていたことも。
(これはじっくり話を聞きだす必要がありそうだの)
脳蟲を泳がせている水桶に目をやってファンスウは怜悧な双眸を光らせた。
ダレエンもウァーリも拷問の対象が身内でなければ止めはすまい。逆に己も同席させろと言ってくるに違いなかった。
ラオタオを疑いたくなさそうだった十将の何人かも観念してくれるだろう。滞っていた諸問題が、これでようやく少しは前進するはずである。




