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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第4章 狐騙りと狐狩り
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第4章 その1

 その日一通の文が届いた。届けたのは鷹ではなくて薄灰色の(ガン)である。

 秋の曇り空の下、海を臨む無人の望楼でウヤは手紙を握り潰した。

 これは仲間にも見られてはならぬ──否、仲間だからこそ見られてはならぬ通信だ。密命を受けてウヤが退役兵に紛れている事実を知るのは古龍と天帝の二人だけなのだから。


(ついにこのときが来たのか)


 狐狩りを実行せよとのファンスウの指令に口元を引き締める。ドナに来る前こっそりと耳打ちされていた話だ。いよいよ彼を捨て置けなくなったそのときは「退役兵の暴走」という形でラオタオを始末すると。

 裏切りの確たる証拠が出たわけではないだろう。だがもはや制限つきの自由さえ許容するのは不可能になった。若狐の挙動不審がそういうレベルに達したということだった。

 それでも彼を同胞と信じたい仲間の反発をかわすには同じ蟲である退役兵をぶつけるのが一番いい。そしてゴジャを煽るのに己以上の適役はいなかった。


(このためにラオタオとの間に溝を作らせていたのだしね)


 何食わぬ顔で望楼を下り、怠け者どもが美酒と快楽を貪る中庭に引き返すとウヤはゴジャの不貞寝する幕屋へ向かった。図体ばかり大きな息子は長椅子にだらしなく手足を放り、素焼きの壺から直接酒を飲んでいる。

 近頃のゴジャは一瞬たりとも素面でいられない様子だった。先日ラオタオにこってりと絞られて以来見るからに彼は不機嫌だ。少し水を向けてやれば簡単に動き出してくれそうなほど。


「ゴジャ、さっきアクアレイアから連絡がありました。どうやら明日また狐が砦に帰ってくるようです」


 報告にゴジャが「何?」と面を上げる。極力淡々と「新しい小間使いたちを連れてくる予定だそうで。もっとも彼らの所有権は我々にはないそうですが」と伝えれば息子は汚い無精ひげの顔をしかめた。


「あの野郎、俺たちをのさばらせないように見張りでもさせる気か?」


 舌打ちと同時、酒壺が床に叩きつけられる。不快な音を響かせて飛び散った破片と液にウヤは内心辟易した。

 己の記憶を受け継ぐ蟲にこの程度の知性しか備わっていないとは嘆かわしい。しかしまあ、付け入りやすそうな被害妄想ではあった。けしかけるのに言葉を選ぶ必要もなさそうだ。


「……ゴジャ、ちょっといいですか?」


 わざとらしく声を潜めてウヤは酔っ払いの足元に腰かけた。常ならぬ空気を嗅ぎ取ってゴジャが「?」と半身を起こす。


「前々から頭にあったことなんですが。この機会に我々でラオタオを捕まえてしまいませんかね?」

「えっ?」


 提案に彼はぱちくり瞬きした。お前は何を言い出すのだという顔でまじまじ見つめ返される。

 想定通りの反応だ。ウヤはわずかに身を乗り出し、戸惑う息子にこう続けた。「どうもファンスウは彼を持て余しているように思うんです」と。


「天帝陛下が一度はお許しになったとは言え、あの男とハイランバオスが裏で繋がったままだという可能性は高いでしょう? 我々がラオタオを捕らえれば龍爺は助かるんじゃないですかね? もしかしたら本当にドナを退役兵だけの街にしてくれるかも」


 甘言に説得力を持たせるためにウヤは現在の十将の微妙な関係に言及した。

 ファンスウは明らかに狐を疑っているけれど、穏健派の将軍たちが「怪しいだけでは罰せまい」と主張したため監視をつけるしかできなかった。性悪狐を表舞台から引きずりおろせば彼に猜疑を抱く面々から感謝されるはずである。仮に狙いが外れたとしても狐の「本体」を回収すれば帝国幹部と交渉しやすくなるのは確かだ。やってみる価値はあるのでないか──と。


「我々には命綱が必要です。そうでしょう? いつ天帝陛下のお気が変わってドナを取り潰すと言い出すかわからないわけですから」

「……!」


 最初は及び腰だったゴジャも次第にその気になり始めたようである。「それはまあ、確かにな」と同意する兆しが見えた。

 元々彼の心には今の生活を続けていくのは難しいかもという不安、軽々しく帝国に反旗を翻した後悔が巣食っているのだ。希望をちらつかせて揺らがせるのはたやすかった。


「あなたがドナの頭として十分な実力を発揮できれば皆の心もあなたにぐっと惹きつけられるに違いありません」


 これが最後のひと押しとなり、「わかった」と了承の意が告げられる。砦の外に安寧と幸福を求めて出ていった仲間たちに未練のある証拠だった。

 まったく愚かだ。袋小路に入り込んだ馬鹿者ほど正しさの証明を欲しがるのだから。


「……よし。ラオタオが帰ってくるのは明日だったな? 今夜中に砦の連中に知らせるぞ」


 進み出したら後に引けないのがゴジャという男の性分である。これで上手く事が運ぶなとウヤは一人ほくそ笑んだ。

 酔いと騒ぎがあるばかりでつまらぬ一年を過ごしてしまった。

 だがようやく、退屈な子守からも解放されそうである。




 ******




 いよいよだ。生き残りを賭けた勝負の大一番が迫っている。

 潮風を受けて進むガレー船の甲板でアンバーは小さく指を握り込んだ。

 海軍の青年たちが漕ぐ船はアレイア海を東進し、まっすぐドナへと向かっている。晴天が荒れそうな兆しはない。この風向きなら日没までに港入りできるだろう。西から東に吹く風を受け、白い帆は目いっぱい膨らんでいる。

 気がかりなのはドナに着いてからのことだった。あの砦で何が待つかは既に察しがついていたから。


(随分あっさり送り出してくれたものねえ)


 一瞬ぶるりと走った悪寒を散らすべくアンバーはかぶりを振った。

 震えるなどらしくない。けれどもやはり、さすがに緊張しているらしい。

 気分はあのときと似ていた。死を覚悟して駝鳥(ダチョウ)の半身を晒して、ニンフィの聖堂に降り立ったあのときと。

 死神の鎌が首にかかっているのを感じる。だがその刃が振り下ろされる前に逃れてみせる。舞台の準備はぎりぎり間に合ったのだから。


(本当にぎりぎりだったけど……)


 腕組みは解かずに船上を見渡した。船尾に立って右舷左舷を埋める漕ぎ手を眺めれば彼らの意欲がとみに低下しているのが知れる。

 誰も彼も不安げだ。ユリシーズのいなくなった海軍に未来などない。帝国のいいように使い潰されて終わりだと、そんな空気に満ちている。

 総崩れになるのはもはや時間の問題だった。このまま誰もあの英雄の跡目を継げねば最初の一人が抜けた途端に残りも全員逃げ出すに違いない。

 一応にせよ彼らがまとまって見えるのはジーアンへの恐怖心があるからだ。海軍を抜けたいなどと申し出たらどんな目に遭うかわからない。そんな保身が緩やかに彼らを結びつけているだけ。働きに期待など持てなかった。

 それでも今のアンバーにとっては貴重な盾の一つである。この先は身を守るためになるべく彼らと離れないほうがいいだろう。ドナへ渡ればおそらく命を狙われる。推測が外れる気はしなかった。


(結局あの子たちまではアクアレイアから連れ出せなかった)


 ルディア一行を見張らせるべくマルゴーへ飛ばした三羽の鷹。彼らに満足な報告をさせなかったことが十将の──とりわけファンスウの疑心を強めている。アンバーに多大な恵みと枷を与えた狐の知見は「俺が龍爺なら面倒事は退役兵に押しつけるね」と言っていた。

 記憶を受け継ぎ、彼になりきることに慣れた今の己を頼もしくも恐ろしくも思う。昔ならやり過ごしつつ助けを待つ以外の方法をきっと考えもしなかった。立ち向かう勇気はあっても出し抜く知恵は備わっていなかったから。

 千年を生きる蟲の歴史。確かにそれは己の一部となりつつある。


「はーあ」


 と、すぐ横で漏れた溜め息に思考が現実に引き戻された。振り返れば預言者代理を務めるウェイシャンが慌てて姿勢を正すところで、不自然に反らされた胸と偉ぶろうと頑張った顔に思わず吹き出してしまう。


「あはは。ちょっとくらい気ィ抜いてたっていいんだぜ? ここにゃうるさい連中の目もないんだし」


 耳打ちすればウェイシャンは「そおですか?」といくらかほっとしたように目元を緩めた。肩の力どころか全身の力を抜いてへにゃへにゃ座り込んだ彼は咎める者がいないと知るや立膝に肘などついて項垂れる。


「いやあ、この任務、毎日ほんと疲れるんすよね。しかもこれからドナでしょ? 楽しそうな退役兵を目の前にこっちは仕事かと思うと憂鬱で憂鬱で……」


 偽預言者は半べそで「贅沢言わない、一杯くらい飲みたいな」とささやかな希望を呟いた。

 どうやら彼は本気で嘆いているらしい。いつでもどこでもハイランバオスのふりをして聖人ぶらねばならないのに、務めなど放り出したいと言わんばかりだ。

 この駄犬が己の監視にあてがわれたのも油断を誘うためなのだろう。不穏な動きを見せないか確かめるのに「抜け道」を用意するのは基本である。思惑が明らかだったから今までは本格的な懐柔を避けてきた。だがもうそれも不要な気遣いかもしれない。勝負のときが近づいていることを思えば。


「飲んだらいいじゃん。俺だって飲むし、身内だけの宴なら『ハイちゃん』が酔っ払ってたってなんの問題もないだろ?」

「えっ」


 さすがにそれはファンスウに怒られるんじゃと戸惑うウェイシャンはいつも通りと言えばいつも通りだった。会議中、幕屋の片隅でごろ寝するほかは何もできないような男に古龍が狐の暗殺指令を下すとも思えない。ならば彼は安全だ。頭の中で冷徹に断じ、アンバーはにこやかに犬っころに笑いかけた。


「黙っててやるって。たまには羽目も外さないとな!」


 馬乳酒の誘惑に負けてウェイシャンは「ま、まあ、息抜きも大事っすよね」と頷く。じゅるりと大きく舌なめずりの音が響いた。ちょっとつついただけでこれとは動かしやすい男である。

 だが彼もまたファンスウの用意した駒であることを忘れてはならない。己の喉元に突きつけられた刃の一つだということ。

 何がどう転ぶか知れないのだ。すべてが終わってみるまでは。


「…………」


 アンバーはちらと船首を仰ぎ見た。ガレー船のわずかな余地に身を寄せ合う三十名の小間使いと彼らを守るように立つルディアたちを。


(モモちゃん……)


 海軍にどんな目で見られるか承知で船に乗り込んできた堂々たる少女の姿に勇気を貰う。友達のために、自分のために、祖国のために、この化かし合いを制さねばならない。

 対抗策は決まっていた。もとより打つ手は一つしかないのだ。

 どうにかして小間使いらの脳に巣食う蟲たちを退役兵に移し替える。

 この先は本当に、一歩も踏み違えられなかった。




 ******




 なんだかいつもと砦内の様子が違う。無視できぬほど大きくなった違和感にタルバは秘かに顔をしかめた。

 今日は暇を持て余した退役兵がただの一人も建築現場に来なかった。迷宮の完成を今か今かと楽しみに待つ同胞が、早朝から夕闇も迫ろうというこの時間まで一人もだ。

 おかげで作業は捗ったし、バジルも心安らかに過ごせたようだが嫌な感じの胸騒ぎは消えなかった。どうもゴジャたちが良からぬことを企んでいるような気がして。


(俺の考えすぎならいいんだが)


 出来上がりつつある鏡の間を見渡して息をつく。本当はもっと嬉しい気分で自分たちの作品を眺めたいのに。

 肌に感じる空気が急速に塗り替わっている。仲間と協力して事を起こすとき、今とよく似た静寂が漂っていた気がする。潜り込んだ都市の住民のふりをして中から城門を開いたときも、国境を守る兵の一団と入れ替わって夜中に奇襲を仕掛けたときも。

 己のあずかり知らぬところで何か始まろうとしているのではないか。そんな懸念が頭から離れない。


「そう言えばラオタオ将軍が今日にも帰還するそうね。道理で中庭が静かだと思ったわ」


 向かい合って重い鏡を運ぶケイトの発言に疑いはますます強まった。

 狐が砦に帰ってくる。それなら退役兵たちの常ならぬ挙動も納得だ。同時に何か起こるかもという予感も確たる輪郭を持ち始める。

 同じ第十世代の蟲でも生まれたときから幹部扱いのラオタオは羨望と嫉妬の的だった。享楽に浸ってなお死の不安から逃れ得ず、自棄を起こした退役兵が狐に何かしでかしても不思議ではない。


(ちょっと気をつけたほうがいいかもな)


 タルバは胸中でひとりごちた。

 全体ゴジャたちは冷静さを欠きすぎだ。一時的にでも彼らがドナの支配権を握ればまたバジルを危険に晒すかもしれない。

 そうでなくても友人はラオタオに惨い仕打ちを受けたのだ。今度こそ自分が盾となり、難事から守ってやらねばならなかった。


「えっ!? ラオタオ将軍が戻ってくるんですか!?」


 それなのにこちらの会話に加わってきたガラス職人の声が明るく、タルバはぱちくり瞬きした。思わず顔を見合わせたケイトも同じような表情である。

 組み上がった複雑な迷路の奥、仕掛けを熟知した足取りで現場監督は小走りに駆けてきた。先日までの蒼白ぶりはなんだったのだと思うほど生き生きと。


「グッドタイミングじゃないですか! 明日には迷宮も完成に至りそうですし、是非とも踏破に挑戦していただきたいですね!」


 周辺の水銀鏡に映り込む何十という緑の瞳が一斉に輝く。

 ──お前あの人が怖くないのか?

 そう問おうとしたときだった。灯台の鐘が鳴ったのは。


「ラ、ラオタオ様だわ!」


 下働きの誰かが叫ぶや鏡の間に集まっていた召使い全員がどよめく。

 どうやら今日の工事はこれでしまいのようだ。頑張れば夜が更ける前に片をつけられそうだったのに、誰も彼も持ち場を放り出してしまう。

 だが砦の主の帰還とあっては致し方あるまい。狐を迎えるためにばたばたと走り出した彼らを追い、タルバたちも急ぎ中庭へと向かった。




 ******




 前回訪れたときよりもドナの港はしっかり整備されていた。二年前には藻が溜まり、瓦礫の積み上がっていた埠頭が今は澄んだ波に洗われている。閑散としてはいるが働く者もいるようだ。人の戻った灯台で鐘を打ち鳴らす音が響くとほっとした。


(良かった。これなら水夫さえ集まればまたやっていけそうだ)


 ガレー船を降りたルディアは更に詳しく現地の様子を観察した。激しい戦火に焦げついた門や税関以外、過去あった戦闘を想起させるものはない。停泊中の商船には大型のものもあり、女子供と老人しか残されなかったこの街でよくここまで湾港機能を回復したなと感心した。それが一体誰の成果かを考えると陰鬱な気分になったが。


(退役兵とアクアレイア商人を結びつけ、特需を独占できるように根回ししたのはユリシーズなのだろうな……)


 風にはためく貝殻紋のアクアレイア旗を見やってルディアは息をつく。広い港にほかの所属を示す船は一隻も見られなかった。

 祖国の生命線である交易をどうにか維持せんとあの男もまた奔走したのだ。力を失った海軍を率いて商船を保護するのは骨の折れる仕事だったろうに。

 ユリシーズの抜けた穴は大きい。前を行くレドリーたちの虚ろな背中を目にしていると否応なく思い知らされる。国力が回復し、もっと多くの人材が再び立てるようになるまでは、海軍はもはや海軍足り得ないと。


(本来ならユリシーズに代わって兵を掌握すべきレドリーがあの消沈ぶりでは仕方ないが……)


 ガレー船に乗り込んだ防衛隊にぶつくさ文句を垂れる以外、気力のかけらも見せなかった彼を思い出して嘆息する。結局レドリーが海軍を暴走させたのは一日足らずのことだった。「なんでお前らなんか乗せてやらなきゃいけないんだ」という不満の声もアンバーのひと睨みに抑え込まれて。

 彼の力ではその程度が限界なのだ。少なくともユリシーズの遺志を継ごう、己が海軍を背負って立とうという気概はない。アルフレッドと同じ色の双眸が映し出すのも深い怨恨のみである。


(しかしこの状態の兵たちを船に残さずに連れ歩くとは思わなかったな)


 視線を列の中央に移す。偽預言者の隣を歩くアンバーはまだ「ラオタオ」の仮面を取ろうとしていなかった。合流は早ければ早いほどいいのにそうしないのは何か理由があるのだろう。大勢の部外者で周りを固めていたい理由が。


(ひとまず今は黙ってついていくしかないか)


 声をかけるのは諦めて大人しく隊列の後に続く。

 小高い丘に(そび)える石の砦までは長い坂を上らなければならなかった。ちらと後ろを振り返り、遅れている者がいないか確かめる。

 患者たちは皆張りつめた面持ちをしていた。気の弱いオーベドだけでなく、いつも落ち着いたマルコムも、本当に上手く行くのか心配だという表情だ。

 彼らはまだ信じきれていないのだ。「ラオタオ」の中身がこちらの味方であるということ。雌ダチョウの羽根一枚渡されたきりろくな言葉も交わせていない現状、信じろと言うほうに無理があるのはわかっているが。加えて「ラオタオ」はいかにも裏のありそうな態度を見せる男なのだから。


(裏のありそうな、か……)


 ジーアン側でも狐が背信を疑われているのは間違いなかった。「ラオタオ」の傍らに常に偽預言者の姿があるのは監視されているからだ。こちらが想定する以上にアンバーは危地に立たされているのかもしれない。役に立ちそうもない海軍を連れ回すのも、見せかけだけでも威嚇せねばならない相手がいるのかもしれなかった。


(しかし考えものだな。どうやって入れ替え作戦に手をつけるべきか)


 アンバーと個人的な話をする機会が巡ってくればいいが、彼女の協力なしで事を進めねばならない可能性も高そうだ。「接合」についてもアンバーが自身に起きた現象に自覚的とは限らない。


(アルフレッドのために早くドナを落とさねばならんのに……)


 焦るなとルディアは小さくかぶりを振る。ついさっき街に着いたばかりではないかと。何はなくとも初めはドナの実情を把握するところからである。騎士を救おうと思うならもっと冷静にやらなければ。

 近づいてきた城門を見上げ、ルディアは唇を引き結んだ。下ろされた跳ね橋を渡って海軍や「ラオタオ」たちが砦内へと入っていく。もう一度患者たちを振り返り、ルディアは彼らに頷いた。

 記憶を共有する「接合」は型の異なる蟲同士の接触によって起きる。つまり退役兵と入れ替わるためにはまず双方の「中身」を取り出す必要があるということだ。

 敵に悟られないように罠にかける方法は現場で考えねばならない。ここでもまた危ない橋を渡ることになりそうだった。

 見上げれば西の空が薄赤く染まり始めている。無言のままルディアは敵地に足を踏み入れた。

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