表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第6章 最後の悪夢 後編
224/344

第6章 その2

 半日遅れで帰還した鷹の報告にウァーリは「は?」と顔を歪める。おかしなものは何も見ていない、不審な動きは一切なかったと言い張る彼らについ声を荒らげた。


「み、見てないってことはないでしょ! 四日も空白があったのよ!?」


 くちばしで文字表をつつく三羽は三羽とも「ルディアたちは当初の申告通り公爵を訪ね、商談をしただけだった」との主張を変えない。帝国幹部の集まる幕屋は途端異様な雰囲気に包まれた。


「ほおう、何もなかったか」


 まったく納得していない顔でファンスウが細い口髭を撫でつける。古龍の隣では無言のダレエンが若狐に目をやった。皆と同じ輪で胡坐を掻き、ラオタオは「あちゃー」と舌など出してみせる。


「……こりゃどうも出し抜かれたっぽいね?」


 彼の問いはこの場の全員に向けられていた。見かけだけの聖預言者は早くも思考を放棄して天井を眺めていたが、ウァーリもファンスウもダレエンも思うところは同じである。特に古龍は「どの口がほざくか」との思いをもはや少しも隠さなかった。


「お前さんの鷹が嘘をついている可能性はないのかの?」


 疑いは一笑に付される。「居残り組の密会を見逃した可能性も高いけど?」とラオタオは挑発的だ。暗にお前の手抜かりだろうと指摘され、狼男はぴくりと眉を吊り上げた。


「こっちはしっかり見張っていた。落ち度があるならお前の部下だ」

「でも誰もなんにも見てないって言うんだもん」

「それが変だって言ってるのよ。一羽ずつ尋問したほうがいいんじゃない? ハイランバオスになびいたのかもしれないわよ」


 ウァーリの言にダレエンも「そうだな」と頷く。三羽の鷹は嫌がる素振りで羽を畳み、トットットッと狐の傍らに固まった。


「へえ、ちょっと胡散臭いってだけで同胞を拷問にかけるつもり? んなことしたら一気に無駄な疑心暗鬼が広がっちゃうんじゃない?」


 相変わらず嫌な脅しをかけてくる男だ。伸ばしかけた手を止めたウァーリにラオタオはくすりと笑う。他人のことなど気にしないダレエンは鷹の首根っこを掴んで一羽捕らえてしまったが。


「話が進まんよりはいい。潔白とわかったときは同じだけやり返させてやる」


 ピイピイと翼を広げて鷹は暴れた。しかし動物歴の長さでは帝国随一の彼に敵うはずもなく、逃亡は一向に成功しない。頭と脚を押さえ込まれ、偵察兵は成す術もなさそうだった。難を逃れた二羽もおろおろと羽ばたきを繰り返す。


「これ! 放してやれ!」


 止めたのはファンスウだ。


「狐っ子の言う通り、猜疑心に取り憑かれれば結局我らは破綻する。疑わしいだけでは傷つけていい理由にならん」


 そう言って古龍は尋問を諦めさせる。不服げに唇を尖らせてダレエンは鷹を解放した。


「さっすが龍爺、頼りになるう!」

「その代わりこやつらはわしが預かるぞ。監視には二度と使うな」


 すかさずファンスウはラオタオに命じる。有無を言わさぬ威圧的な口ぶりにひとまず狐も「わ、わかった」と頷いた。


「残り七羽もだ。いいな?」

「えええ!? 残りも!? な、なんで!?」


 古龍は「わからんとは言わせん」と応じない。わざと焦っているようにしか見えない青年を一瞥し、ウァーリは秘かに嘆息した。

 ラオタオの信用ならなさはこれで確定した気がする。サールで獄に囚われたタイミングを考えると王女一行に何もなかったとは到底考えられなかった。

 彼らが何か隠しているのだ。最初から「怪しい動きはなかった」と言わせるために狐は鷹を同行させたに違いない。


(龍爺がなんて言っても心のどこかで仲間だって信じてたのに……)


 苦楽をともにしてきた同胞を裏切り者などと断じたくはない。けれど背信を否定するのは難しかった。これだけルディアに大々的に動かれてなんの収穫もなかったなどと言われては。


「いい加減苛々してきたな」


 ダレエンの呟きにぎゅっと拳を握りしめる。

 あの酔狂な詩人にやられ通しで情けなく感じているのは彼だけではない。

 本当に早く尻尾を捕まえなければ。生じた亀裂がこれ以上深まる前に。




 ******




 目が覚めたら随分部屋が明るくて、今が昼過ぎなのだと気づく。

 どうやら朝の打ち合わせはすっぽかしてしまったらしい。それなのに焦りも後ろめたさもなく、なんだか奇妙な心地がした。

 心が麻痺してしまったか、まあいいか程度にしか感じていない自分がいる。任務放棄など初めてだ。これからはルディアを一番にするのではなかったのかと少し呆れた。


(まあ起きられなかったのは仕方ない。時間を戻せるわけでもないしな)


 アルフレッドは外靴のまま乗り上げていた寝台から足を下ろした。寝る前に散らかした装備を跨いで水差しに口をつける。

 今日くらい不真面目でもいいじゃないかと思うのは、多分もう何をしたって望むものにはなれないと確信しているせいだろう。これからは少しでもましに見える紛い物を拾って生きていくだけなのだと。

 歩くのも億劫だったがなんとか身支度を整えて家を出た。宮殿に足を向けたのは人質役をこなさねばという義務感があったからではなく、誰が優しくしてくれる人間か知っていたからに違いなかった。





「アルフレッド? 遅かったわね?」


 心配したのよとアニークが言う。いつも正午の鐘が鳴ると一旦寝所から引き揚げるユリシーズの姿もあり、ほっと胸を撫で下ろした。


「定例会議が始まる前に会えて良かった。どこかで倒れているんじゃないかとひやひやしたぞ」


 白銀の騎士が見上げた時計は午後三時の少し前を示している。ああそうか、十人委員会があるから彼はまだ部屋に居残っていたのかと合点した。注がれる眼差しのいたわり深さから察するに、それだけでもなさそうだったが。

 行こうと思えばこの時間、海軍に顔を出しにいけたはずだ。レイモンドには煩わしさしか感じなかったのにユリシーズには素直に感謝の念が湧く。己の心がどちらに寄っているかなど考えるまでもない。

 アニークに対しても、ルディアといるよりよほど安心できる気がした。かと言って彼女を次の主君にと思えるわけでもなかったけれど。


「さあ座って。あなたを待っている間に私また詩を書いたのよ」


 促されるままアルフレッドはソファに腰かける。

 パディの心が癒しきれぬものであるのは明らかなのにアニークはまだめげていないらしい。昨日の今日でよくやるなと女帝の熱意に感心した。


「またですか? 飽きませんね」


 口からぽろりと零れた言葉が存外に冷淡で、アルフレッドはどきりとする。

 どうやら己はあの老詩人をも恨み始めているらしい。知りたくもない真実を白日のもとに晒され、天の一番高かった星を落とされて。


「ええ。騎士物語を読み返すと、じっとしていられなくなるのよね」


 こちらの変調には気づかずにアニークがそう言った。特に初期のエピソードは胸をわくわくさせて読んだことを思い出すからと。


「ユスティティアとグローリアに出会わなければ、私、自分の境遇に絶望してもっといじけていたかもしれないわ。一番苦しかったとき、私を支えてくれたものを作ってくれたのがパディだもの。少しでも寄り添えるなら寄り添いたい。私の詩にそれができるなら」


 インクで汚れた褐色の指が封筒を開く。できあがったばかりだという彼女の詩は温もりに満ち、どこまでもひたむきだった。

 羨ましくなる誠実さだ。自分にもあると信じた偽物とはまったく違う。


「それにこれは私が何かしているというより、パディの積み重ねてきたものが彼に返っているだけなのよ」


 更にアニークは己の手柄を手離すようなことを言う。成したことはどれほど時が流れても巡り巡って自分を助けてくれるのだと、ジーアンの蟲たちの長い記憶を思わせる声で。

 どんな顔で聞けばいいのかわからずにアルフレッドは目を伏せた。

 きっと彼女の言う通りなのだろう。自分のしてきたことが自分に返ってくるというのなら今の惨状も納得だ。

 偽物ばかり積み上げてきて瓦解した。自覚したなら去ればいいのにしつこくかけらを漁っている。どこかに本物が紛れてはいなかったかと。

 三時の鐘が響いたのはそのときだった。


「申し訳ありません、アニーク陛下。私はこれで」


 辞去を告げ、ユリシーズが名残惜しげに席を立つ。こちらの肩に手を添えた彼が「夜またな」と耳打ちするのにアルフレッドは頷いた。

 まだすべて終わったわけではないと言い聞かせる。まだ道は続いていると。


「ねえアルフレッド」


 部屋に二人きりになるとアニークは詩を書いた便箋を畳んだ。それを封筒に戻しつつ彼女は優しい声で囁く。


「あなたにもいつかお返しするわ。あなたが私にくれたものも、数えきれないくらいあるもの」


 どうしてか何も答えられなかった。「ありがとうございます」とか「楽しみにしています」とか返しようはいくらでもあったのに。

 他人事じみていた。自分が彼女に何か与えた覚えもなかった。


「というかその前に剣を返さなくちゃよね」


 苦笑いで女帝は壁に飾ったバスタードソードを仰ぐ。ウォード家の鷹の紋章が刻まれた、伯父からの贈り物を。

 そう言えば彼女に預けたままだったなと思い出す。今はあの片手半剣よりも白銀の騎士と揃いで持つひと振りのほうがしっくりと身に馴染んでいた。


「どうする? 私がノウァパトリアに帰るときに返すつもりだったけど、別にもう持っていっても構わないわよ?」


 問いかけにアルフレッドは首を振る。昔と同じ剣を持っても昔と同じ無垢な気持ちで喜べないとわかっていたから。

 ルディアが祝福をくれた剣。口づけを授け、騎士のものだと認めてくれた。

 あのとき主君に心を捧げると確かに誓ったはずなのに。


「……いえ、まだしばらく、あなたの手元に置いておいてください」


 腰に手をやり、アネモネの意匠の彫られた柄頭にそっと触れる。

 まだすべて終わったわけではない。

 胸中で繰り返す。たった一つ残された呪文のように。




 ******




 小会議室に現れたレイモンドとルディアを見やり、ユリシーズは力いっぱい眉をひそめた。来るだろうと予測はついていたけれど、実際二人の姿を見ると名状しがたい不快感がこみ上げる。

 よく平然と振る舞える。自分たちが一人の騎士をどれほど痛めつけたかなどどうだっていいのだろう。いつも、いつも、切り捨てる側に立つ者には。

 舌打ちを堪えて顔を背けた。さっさと旅の報告を済ませて消えろと念を送る。あまりにも胸糞悪い。同じ空気を吸っているだけで吐き気がする。


「えーっと、結果から言うと例の融資の取り付けには成功しました。使うのも怖いんで、しばらく寝かせとこうかなとは思ってますけど」


 こちらの胸中に気づくことなく印刷商はサール宮でのやり取りを説明する。謁見は穏やかに終わったと聞いて一同の緊張がやや緩んだ。

 委員会の面々はパトリア騎士物語の結末に多大な問題ありと把握済みである。抱えた詩客の存在が今すぐに外交上の障害を生む可能性は低そうで皆安堵した様子だ。


「一応これも見せときますね」


 続いてレイモンドはマルゴー公から受け取ったパディ宛の手紙を提出した。手から手に便箋が渡り、ユリシーズにも回覧の順番がやってくる。

 確認した文面は「ずっと探していた詩人の噂を聞きつけて嬉しく思っている。是非またサール宮を訪ねてほしい」という至って普通のものだった。最終章の内容を知る人間にはぞっとする脅迫文でしかなかったが。


「パディ殿には読ませんほうが良かろうな。見張っているぞと宣告されているようなものだ」


 ニコラス・ファーマーが小さく呟く。女帝の賓客を刺激しないように手紙は一旦彼が預かる運びとなった。


「お前さん、くれぐれも下巻をあのまま印刷するのでないぞ」

「わかってますって。パーキンにも今朝また釘刺しておきましたから」


 最重鎮たる老人は目を鋭くして壇上のレイモンドを見上げる。対する印刷商の締まりなさにユリシーズの苛立ちは膨れ上がる一方だった。

 涼しい顔で槍兵の隣に立つルディアにはもはや憎悪しかない。今までの執着にはわずかな情も混じっていたが、それも完全に消え失せた。アルフレッドが彼女を望んでいなければこの世から葬り去る方法を考えていたに違いない。


「こちらが王国史の原稿です」


 次にルディアから分厚い紙束が差し出された。王女はしっかり読み通した後らしく「民の目には触れさせぬほうがよろしいかと」と進言する。


「ほう?」


 老人たちの視線には微塵も動じずルディアは続けた。


「世に出せば独立の機運は高まるでしょうが、国内が再独立派と自由都市派に分かれている今は溝を深めるだけです。アクアレイア全体の方針が定まるまで厳重に封印し、ここぞの場面で出すのでなければなかったことにすべきかと」


 分裂が進めば余計に国は疲弊するとの主張にニコラスは「わかった」と頷く。


「参考意見の一つとして覚えておこう。後はこちらで検討する」


 手振りで退室を促され、二人はぺこりと一礼した。やっと出て行ってくれるらしい。

 だがユリシーズの安息はまだ訪れなかった。これでまともな呼吸ができると安んじたのも束の間、今度はドミニク・ストーンが彼らを呼び止める。


「あっ、ちょっと待ってほしい! ドナに送る小間使いの件はどうなっているかな?」


 去りかけていたルディアたちが振り返る。答えたのは王女のほうだ。その日を迎える前に自分がどうなる運命かも知らず、彼女は期日を口にした。


「ただいま最終準備を整えているところです。問題なければ一週間以内に出立できます」


 ユリシーズはごくりと息を飲む。思っていたよりルディアはすぐに動き出すつもりらしい。


(一週間──いや、事によってはもっと早いぞ)


 頭の中で計算を始める。船はおそらく海軍が出すことになるだろう。ドナへ赴く程度なら一日あれば支度できる。ラオタオは今日にも出航命令を下すかもしれない。なら最短で明後日だ。悠長にしている暇はなさそうだった。


「おお、良かった良かった。ちくちくせっつかれていたから、実は気が気じゃなかったんだよ」


 防衛隊に患者の語学指導を頼んでいたドミニクはほっと表情をやわらげる。

「では我々は失礼します」と閉ざされた扉を見やり、ユリシーズは一人秘かに拳を握った。

 急がなくては。アクアレイアを出られる前に決着をつけねばならない。




 ******




 印刷工房に向かうレイモンドと別れ、ルディアが墓島の療養院に着いたのはそろそろ太陽が西に傾きだそうかという頃だった。

 いつもならひと足先にブルータス整髪店に戻っているところだが、今日だけはそうもいかない。患者たちの側についていてやらねばならぬ理由があった。

 ──マルコムたちに蟲の存在を知らしめたのは今朝のこと。彼らはぽかんと目を瞠るばかりで初めは少しも信じようとしなかった。ブルーノの「実演」を見せてやってもまだ現実味がなさそうで。

 昼前にはじわじわと自分たちがどういう生き物か理解し始めたようだったが、どの程度受け入れられたかは不明である。彼らの困惑を考えれば今夜はモモやアイリーンたちと院に泊まり込んでやるのが良策だった。


「だいぶ落ち着いたみたい。ショックで泣いてた子も泣きやんだよー」


 談話室の扉から顔を覗かせた斧兵の報告に安堵する。「そうか」とルディアは安堵に頬の強張りを解いた。アクアレイアの未来は彼らにかかっている。一歩目を踏み出してくれたことに心から感謝した。

 モモによれば「退役兵と入れ替われば安全」という話が最も効いたようだ。己の生態云々よりもドナ行きを悲観しなくて良くなったのが大きいらしい。

 重大な役を与えられて喜ぶ者も多いという。巣のためになると聞けば働こうという気になるのが蟲の特性かもしれない。ともかくも入れ替え作戦は実行に移せそうだった。

 あとは現地でどう動くかの問題だ。誰と誰を接合させるかは即時判断せねばなるまい。アンバーやバジルとも上手く連携できればいいが。


「ねえ姫様、今のうちにちょっといい?」


 と、モモがこそこそ尋ねてくる。患者たちが静かな間に話がしたいと彼女は言った。なんのことかなど聞くまでもない。朝の打ち合わせでも彼女はずっと食卓の空席を気にかけていたのだから。


「……わかった」


 小さく頷くとルディアは談話室を離れた。療養院を出て墓地に向かえば斧兵はてくてく後をついてくる。

 モモの表情は普段と変わらない。だが今はどんな恨み言を吐かれても不思議ではなかった。彼女の兄を追い込んだのは己だし、言いたいことの一つや二つあるだろう。

 セージの揺れる墓所には間もなく到着した。振り返ったルディアを見上げ、さっそくモモが問うてくる。


「あのさ、アル兄ってレーギア宮には行ってたの?」


 やはり出てきた男の名前に苦笑いで「多分な」と答えた。


「中庭を通ったときもジーアンの連中には特に何も言われなかったし、女帝のところには顔を出していると思う。一応薬局にも寄ってから来たが、そっちは弟しかいなかった」


 斧兵は「そっか」と返す。


「それならいいけど……。いや良くはないか」


 独り言めいた呟きの後、しばし沈黙が流れた。時間が経つにつれて静けさが重くなる。草を薙ぐ一陣の風を見送ってモモはぽつりと呟いた。


「今回は立ち直れないかもしれないね」


 責めるでも嘆くでもないシンプルな現状認識に胸が痛む。今朝レイモンドが「駄目だった」と告げてきたときよりも痛みは増している気がした。

 こうなることは予期して告げた別れだったのに狼狽するなどおこがましい。たとえ言わずにおいたとしても破綻はいずれ訪れたのだ。だったらきっと早いほうが良かった。そう思うのに、何度自分に言い聞かせても苦い思いは消えてくれない。


「……何かしてやれることがあると思うか?」


 独りよがりな問いかけを斧兵は「ないんじゃない?」とばっさり切る。肩をすくめて彼女は続けた。アルフレッドとはまた別のまっすぐさで。


「姫様は国のためにやるって決めたんでしょ? アル兄一人のために退けないじゃん。だったら後はアル兄の問題だよ」


 撤回する気がないのなら余計な真似はよせというもっともな返答に押し黙る。ぐうの音も出ぬほどモモの言う通りだった。


「姫様に何かできるとしたら、アル兄がどんな結論出してきても認めてあげるくらいじゃないの? 聞き入れるか聞き入れないかは置いといてさ」


 ぶれることを知らぬ少女に「そうだな」と頷く。どうやら彼女はルディアの決意が揺らいでいないか確かめたかっただけらしい。ついでにドナでの難局を乗り越えるべく少しでも気がかりを減らそうとしてくれたようである。


「モモ、惰性では兵士続けないからね。忘れないで」


 言外にしっかりしろと告げ、斧兵は「先に戻ってる」と踵を返した。

 十月の冷たい風に吹かれながらルディアは緑の墓地を見渡す。


 ──あるよ。どうしても誰も信じられない。


 アルフレッドにそう伝えたのもここだった。

 あのときも自分は彼の心を遠ざけようとしていたのだ。待っていてもお前を信じる日など来ないぞと。

「ルディアのため」でなかったことが不満だったわけではない。ただもう彼の人生を搾取する一方なのが耐えがたかった。

 己のほうに覚悟がないのだ。アルフレッドの追いかけてきた夢の責任を負う覚悟が。


(あいつなら誰からも重用されるだろうしな……)


 暮れかけてきた空を見上げる。

 恋人でもない男に一生を捧げろなどとは言えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ