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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
第5章 最後の悪夢 前編
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第5章 その4

 暗闇にカンテラの明かりが灯る。鎧戸まで閉めきった空っぽの店内は耳鳴りが響いてくるほど静まり返り、足音だけがいやに響いた。鋏も椅子もここには何も残っていない。己と主君の影が揺れているだけだ。

 言い表せぬ緊張に息を詰めるアルフレッドに彼女は決然と向き直った。


「お前には詫びねばならん」

「…………」


 すまないと告げられた理由がわからず首を振る。ルディアが何を申し訳なく思っているかなど、まだわかりたくなかった。


「なんと言われても私はほかの手段は取らない。今度ばかりは選びようもないのだ。ヘウンバオスに成り代われるのはきっと私だけだろう?」


 否定も肯定もできない問いを投げかけてこないでほしい。頭では彼女の言う通りだと理解できても心は微塵も納得しようとしていないのに。


「お前の事情はわかっている」


 ルディアは低く囁いた。次にどんな言葉が来るか知っていた。


「私についてこられなくても嘆きはしない。仕えるのをやめることを恥だなどとは思わないでくれ」


 当たらなくていい予感ほどなぜぴったりと当たるのか。

 アルフレッドは今度こそ力いっぱい首を振った。


「やめるなんて絶対にない。俺はどこまでもあなたについていく」

「名誉どころか不名誉を得ることになってもか?」


 すかさず問いが返された。鋭い声は痛むまいと虚勢を張る心臓を抉る。

 彼女はなぜアルフレッドが受け入れがたく感じているかわかっているのだ。レイモンドやモモならば疑問にも思わぬところで二の足を踏んでいるのが。

 ルディアが天帝に姿を変えてバオゾで暮らすようになればアクアレイア人のアルフレッドが騎士を続けるのは困難になる。商売を理由に宮廷に出入り可能な幼馴染と違い、己は祖国の非難を免れないだろう。ジーアンに屈従せずとも良くなったのになぜまだ天帝を主と仰ぐと。


「……お前に騎士というこだわりがなければ良かったんだがな」


 暗に彼女はモモやブルーノは離れて任務をこなすのを苦に思わないと言っていた。嫌がっているのはアルフレッド一人だけだと。


「俺はあなたについて──」

「アルフレッド」


 繰り返そうとした台詞は途中で遮られた。


「ハートフィールドの名を栄えあるものにしようとしてお前は騎士になったのだろう?」


 わかっていると彼女が言う。「主君のくせに夢を叶えてやれずにすまない」と腹立たしいほど優しい声で。

 こんなときルディアは強情だ。絶対に人の話を聞いてくれない。今ももう、アルフレッドを手離すことを勝手に決めてしまっている。

 こちらはまだ騎士であろうとしているのに。名誉よりも主君を取ろうとしているのに。


「アニークとは上手くやっているのか?」


 突如出てきた女帝の名前にアルフレッドは眉を歪めた。胸に広がる不安感を極力意識の外に追いやって「一応は」と短く返す。


「お前が望むなら女帝には手を出さない。寿命を迎えれば遺体は引き取らせてもらうが、それまでは好きに生活してくれていい」


 飛躍してきた話にくらりと眩暈がした。


 ──騎士というのは極めて概念的な存在だ。

 ──主君もなし、剣もなしでは誰もお前を騎士と思わない。


 どうして今そんな言葉を思い出す?

 女帝に一時仕えしろとルディアが命じたときの言葉など。


「アルフレッド、お前はアニークの騎士になれ。東パトリア帝国となら昔から深い縁がある。称賛はされても誹謗されはしない」


 彼女の笑みが穏やかで、無性にやるせなくなった。

 ついていくと言っているのにかけらもルディアに伝わらない。主君はまるでアルフレッドの本心が別にあるとでも言いたげだ。

 名誉欲など見せたからいつまでも誤解されたままなのだろうか?

 自分にとって大切なのは騎士らしくあれるかどうかだけなのに、かたくなに相手にしてもらえないのはなぜだろう?


「俺はいやだ。あなたがどこの誰になっても俺の主君はあなただけだ。ほかの人間に仕える気は微塵もない」


 ルディアが首を横に振る。「私だってお前に汚名を着せるのはいやなんだ」と彼女は小さく呟いた。


「アルフレッド、お前はよく尽くしてくれたよ。私にはもったいないくらい、お前は忠義な騎士だった」


 カンテラの炎が揺らぐ。赤い光に照らされたルディアの顔はアルフレッドを見ていなかった。

 いや、違う。奥の奥まで見通していたのだ。己の騎士がどんな男か彼女にはよくわかっていた。いつも、いつも、アルフレッドがどうして騎士にこれほどこだわってきたのか。


「……だがな、私は思うんだ。たまたま私が最初の主だっただけだと。お前は真面目な奴だから、もしも初めて仕えた相手がアニークなら、今と同じ言葉を彼女にも告げただろう?」


 ルディアの言にアルフレッドは声を失う。別の主君を得ていたらなど考えたこともなかったから、なんの反応もできなかった。

 もしも初めて仕えた相手がアニークなら?

 わからなさすぎて吐き気がする。

 すぐに否定できなかった自分にも。


「俺は──」


 思ったより動揺した声が出て更に動揺した。そんな己と対照的にルディアは微笑んだままでいる。


「私ではお前を騎士にしてやれない。だからいいんだ、別の主君を選んでも。お前にとって大切なのは騎士らしくあれるかどうかだろう。──仕える相手は私でなくてもいいはずだ」


 アルフレッドは立ち尽くした。言葉は一つも出てこなかった。

 頭の中が真っ白で、胸に渦巻く感情を言語化できない。

 ルディアは何を言っている?

 こちらに何を諭そうとしている?


(いやだ)


 聞きたくなかった。考えたくなかった。

 彼女が続けさせてくれれば済む話だ。不名誉に耐えなくていいなど言わず、自分を側に置いてくれれば。

 確かに少しためらった。だがそれだけだ。騎士なら主君とともにあるべきだと承知している。自分はちゃんと正しい道を選び取れる。


「俺の主君は……!」


 絞り出した声は悲鳴に近かった。

 当たり前だ。主君が誰でもお前のすることは変わらなかったなんて言われて平気でいられるはずがない。

 だって自分が仕えてきたのはルディアなのに。それなのに。


「お前は別に、私のために騎士でいたいわけじゃないだろう?」


 告げられた言葉に絶句する。

 今の今まで捨て置いてきた真実に。

 違うと言えない自分が理解できなかった。ああそうだ、彼女は何も間違っていないと考えてしまった自分が。

 滑り落ちた穴の底で、自分は一体誰のためにもう一度立ち上がろうとしたのだった? 主君のため? それとも理想から逸脱した自分のため? 答えなどわかりきっていた。


「──」


 抗議したいのに声が出ない。早く違うと否定しなければならなかったのに。己の最も醜い一面を暴かれて、立ち尽くすしかできなかった。

 だってその通りだったのだ。一人目の主君がアニークだったなら己はきっとルディアに見向きもしなかった。

 アルフレッドがなりたかったのは「正しい騎士」であり「ルディアの騎士」ではなかったと彼女には見抜かれているのだ。すべては騎士ごっこに過ぎず、本物の主従愛などなかったのだと。


「俺の、主君は……」


 わななく声に力はない。虚勢も張れず、アルフレッドは唇を歪めた。

 失恋なら耐えられる。過ぎ去れば消える痛みなら。

 だがルディアの突きつけてきたものは。


「お前は次のグローリアを探してくれ」


 終幕を告げるように彼女が言う。

 わかっていた。立派に見える形が必要だっただけだと。ただ自分を恥じずに生きていくために。

 だから彼女を付き合わせてきた。騎士でいるには主君が不可欠だったから。

 女を賞品のごとく扱い、指輪の儀式を穢した父と何が違う?

 王女の身分も肉体も持たぬ彼女にずっと主君でいてほしいと願った己の。


「──……」


 ルディアはもう役を降りると言っている。

 アルフレッドには何も答えられなかった。




 ******




 おや、とユリシーズは目を瞠る。酒場の奥のカウンターで項垂れている人影を見つけて。

 いつも彼はもう少し遅い時間に現れるのに今宵はこちらが出遅れたらしい。あまり長く待たせたのでなければ良いのだけれども。


「今来たところか? 明かりもつけずにどうしたのだ?」


 尋ねながら扉を閉め、カンテラを高く掲げた。すると真っ青な顔をした男がよろけつつ振り返る。


「ユリシーズ……」


 生気の欠けた声と目にユリシーズはぎょっとした。こちらを見上げる騎士の額は血が通っていないのではと心配になるほど青く、寒くもないのに小刻みに肩が震えている。


「ど、どうした? 何があった?」


 慌てて駆け寄ると何か硬いものを蹴飛ばした。見れば火のない携行ランプが足元に引っ繰り返っており、アルフレッドがしばらく一人で虚脱していたのが窺える。

 どれだけ飲んでも本当の意味で彼が理性を失ったことはない。それなのに、今ここにいるアルフレッドはとても正気に見えなかった。


「……本当にどうしたんだ? さっき広場で、ルディアたちが帰ってきたとは耳にしたが」


 問いながら静かに隣に腰を下ろす。王女の名前に赤髪の騎士はびくりと身をすくませた。どうやら彼女と何事かあったらしい。おそるおそるユリシーズは抱いた懸念を口にした。


「わ……私が協力するという話を信じてもらえなかったとか?」


 これには首を左右に振られる。違うのか、と拍子抜けした。アルフレッドが彼女と意見を異にするとしたら己の件だけと思っていたのに。


「お前のことまで……、まだ話せて…………」


 切れ切れの声が詰まって静寂が訪れる。そんなところまで話は進んでいないと聞かされてユリシーズはますます困惑してしまった。

 では一体何が原因で揉めているのだ。こうもありあり混乱が伝わるほどに。


「ゆっくりでいい。何があったのか教えてくれ」


 落ち着かせるべく肩を支えた。うつむいたきりアルフレッドは顔を上げようとしなかったが。


「姫様が……言ったのは…………」


 ぽつりぽつりとなんの整理もされていない情報の断片だけ与えられる。短い言葉を繋ぎ合わせてどうにか状況を推測した。アルフレッドの声は小さく頼りなく、本人も何を喋っているのかわからないような有り様だったけれど。

 それでもユリシーズは根気強く、一つ一つの話を丁寧に聞き取った。理解が進めば進むほど(はらわた)が煮え、心臓が焦げつく惨い話を。


「あの人は……、仕える相手は自分でなくても同じはずだと…………」


 ぽたりと滴が伝い落ちる。それを見て、己の中の何かが切れた。

 ──甦る。癒えたと思っていた痛みが。過ぎ去ったと感じていた憎しみが。


「あの女、お前にそんなふざけたことをほざいたのか?」


 怒りで白んだ頭を振ってユリシーズはアルフレッドに向き直った。

 足元に視線を落とし、赤髪の騎士は伝う涙を拭うことすらできずにいる。

 苦しげに寄せられた眉を、深く傷ついた双眸を、とても見ていられなかった。己に非があると信じ込んでいる彼を。


「……姫様は間違っていない。あの人は、主君より自分を大事にしている俺に気づいていたのに今まで言わずにいてくれたんだ。口では『騎士として』だの『主君のため』だの言いながら、俺はずっと俺のためだけに生きてきたのに、あの人のためだなんて嘘だったのに、あの人は──」


 あの人は、とアルフレッドが喉を詰まらせる。

 恋じゃなかった。忠誠心でもなかったと。

 単なる自己愛。それがたまたま今まで上手く機能しただけ。今日まで美しく見せかけることができていただけ。


「俺は全然、騎士なんかじゃなかったんだ」


 力なく彼は呻く。彼という人間を形成してきた土台を破壊し尽くされて。

 ユリシーズはかぶりを振った。「それは違う」と断固否定した。


「主君が誰でも関係なく騎士であろうとする者が本物の騎士でないはずがない。お前は潔癖すぎるんだ。心の中で誰を一番に思っていようと問われるのは行動だろう? それでは騎士は恋人の一人も持てなくなる」


 反論にアルフレッドが目を上げる。「でも」と認めようとしない彼に再度強く言い聞かせた。


「お前は誰よりも素晴らしい騎士だ。あの女も、お前自身も、それをわかっていないだけだ」


 がっしりと肩を掴むと赤い瞳が静かに揺れる。

 慰めを必要としている彼に、なんと言ってやればいいかは明白だった。


「大体どうしてお前だけが一番だの二番だの苦悩せねばならんのだ? あの女が一度でもお前を一番に考えてくれたことがあったのか?」


 声に勝手に力がこもるのを抑えられない。かつて己の受けた傷が、疼いて、痛んで、どうしようもなかった。


(くそ! あの女、適当なことばかり抜かしおって)


 何が主君は誰でも同じだ。本当にアルフレッドが自分のことしか考えない男ならとっくにアニークに乗り換えているはずだ。それなのによくそんな侮辱的な言葉を吐ける。

 今だって彼は二人目の主君を選ぶことなどまるで頭にないようだった。酷い愚弄だと怒ればいいのに、あんな女はこっちから願い下げだと言えばいいのに、我を失くして打ち震えているばかりで。

 ユリシーズは歯軋りしてアルフレッドの双眸を覗き込んだ。

 彼をなんとかしてやらねば。自分がなんとかしてやらねば。

 強い思いで問いかける。


「お前はこれからどうしたいんだ?」


 海軍で面倒を見てやるのでも、新しい主君探しに付き合うのでも、なんでもしてやるつもりだった。彼の望むことならなんでも。

 このまま放っておけなかった。何年も尽くしてきたのに一方的におしまいにされて、歩もうとした道を断たれた男のことを。


「俺は──」


 アルフレッドは黙り込む。しばらくして「わからない」とあまりに弱々しい返事があった。

 騎士は言う。別の主君など考えられない。だがルディアに仕え続けていいのかもわからない、と。


「……だって俺のわがままじゃないか。あの人の騎士でいたいなんて願いは」


 震える声が痛ましく、ユリシーズは唇を噛んだ。

 わがままのはずないだろう。胸中でそう叫ぶ。

 たとえ彼女がどんなにもっともらしく聞こえる言い分を並べ立てたとしてもアルフレッドの忠誠は確かに存在していたのだ。「アクアレイアのためです」と軽んじられた己の恋が本物だったのと同じに。

 いつものルディアのやり方だ。あの女はそうやって終わるものと終わらないものをふるいにかけようとするのだ。


「ルディアに責められるべきところがないと本当に思っているのか?」


 肩を掴んだ指先にぐっと力をこめ直す。こちらを見つめ返した騎士は答えを出すのを躊躇しているように見えた。

 彼とて薄々気づいているのだ。主君もまた不完全な人間だと。


「……計画が成功したら金で国を買い戻すとか言っていたな? 領土の譲渡や売買は古来よくある話だが、この場合誰が一番得をするかは考えたか?」


 問いかけにアルフレッドが瞬きする。実直すぎる彼にはルディアがもう一つ狙いを持っていたなどとは思いつきもしなかったようだ。


「買い戻しの中心になるのはレイモンド・オルブライトに違いない。再独立の立役者として奴は歴史に名を残すだろうな」


 随分な扱いの差だと言えば騎士の表情が凍りついた。

 王女の身体を失ったから、きっと身分を忘れたのだ。思うように生きていいと勘違いして色恋にうつつを抜かした。人の心を踏みにじったことも忘れて。


「今の彼女は冷静ではないのではないか?」


 騎士物語の姫だって意中の男にはべらべらと自国の秘密を打ち明けただろうと囁く。恋とはどんな高貴な人間にも道を誤らせるのだと。


「──思い留まらせよう。アクアレイアの王女ならアクアレイアの王女として国を守っていくべきだ」


 間近で息を飲む音がした。ユリシーズの提案に「思い留まらせる?」と赤髪の騎士が尋ね返す。


「小間使いを引き渡す際に何か仕掛けるつもりなのだろう? だったらその前に彼女を動けなくすればいい。中身を抜いて、ガラス瓶にでも閉じ込めて」


 アルフレッドは息を止めた。彼が怖気づく前に「お前のために言っているのだぞ!」とがなる。


「ルディアの騎士でいたいなら聞け! 主君の過ちを正すのも騎士の役目だと思うなら!」


 ユリシーズは精いっぱい言葉を尽くした。ジーアンの乗っ取りを期すのも、帝国自由都市を目指すのも、もっと慎重に考えなければならないと。個人的な感情が優先されてはならないのだ。ルディアはそこを履き違えている。


「レイモンド・オルブライトが英雄視され、王同然に見なされるようになれば既存勢力の反発を招く! これまでも不仲な貴族がいなかったわけではないが、自由都市派と再独立派のように民が二分されなかったのは王家の存在があったからだ! 血統という金では買えない冠が、長い間この国の要石となっていたのだ!」


 否定の声はしなかった。アクアレイアには王家が必要だと語るユリシーズをアルフレッドはただ見ていた。そうかもしれないと頷きたそうに。


「国を買い戻すまではいい。だがアウローラ姫の身体が残っているのなら彼女は王家を再興し、今度こそ女王となるべきだ」


 そうすれば騎士は騎士のまま主君の側に身を置ける。言外にそう告げる。

 名誉を失うこともない。不出来な己を嘆くなら一から歩み直せばいい。


「天帝役を担うのだって何もルディアである必要はあるまい? グレースなら喜んで引き受ける。あの女狐とて巣を守るためならこちらに協力するさ」


 アルフレッドはぐらぐらと目を揺らがせ、黙って話を聞いていた。

 ガラス瓶にルディアを閉じ込めている間に我々で乗っ取り計画を進めよう。アウローラに戴冠させたところで彼女を戻してやればいい。大丈夫だ。上手く行くよ。私がお前についている。

 ユリシーズはこんこんと騎士を説き伏せた。

 アルフレッドはほとんど頷きかけていた。

 次のグローリアを探せというルディアの言に従っても従わなくても待つのは暗い未来なのだ。頷くほかに彼に選択の余地はなかった。


「でも姫様は、もう俺を心ばえ正しい騎士だとは──」


 それなのに騎士は首を振る。主君より己を大事にしていると突きつけられたのがアルフレッドには相当ショックだったらしい。聞く価値もない戯言を気に病んで彼は動くのをためらった。


「……ッ」


 もどかしかった。そうじゃないと伝えたかった。あの女はいつも、いつも、同じように他人の好意を侮るのだと。


「お前の忠義がどれだけ低く見積もられたのかわからないのか!?」


 気がつけばユリシーズはカウンターに拳を叩きつけていた。

 腹が立って仕方ない。大切なものを二度も傷つけられたのが。


「お前は馬鹿にされたんだ! そう言えば折れる程度の思いしか持ち合わせていないと見下されたんだ! お前がどれだけ苦しんだか知りもせず、あの女は……ッ!」


 視界が滲む。遠ざかったはずの光景が甦る。

 結局ルディアは何一つ変わっていないのだ。ユリシーズの初恋を、わかってくださいのひと言で墓場に埋めたあのときから。


「……っ」


 溢れた涙を手の甲で拭う。アルフレッドは瞠目したままこちらを見つめた。

 悔しさでどうかなりそうだ。

 この痛みを忘れることなどやはりできない。


「──わからせてやればいい。お前がどこまで本気なのか」


 騎士の双眸をじっと見据えて低く囁く。

 何も殺そうというんじゃない。しばらく眠らせておくだけだ、と。


「お前ならどちらにもなれる。『正しい騎士』にも『ルディアの騎士』にも」


 ユリシーズはアルフレッドの手を取った。

 力をこめたその腕を彼は振りほどかなかった。

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