第2章 その2
美しい菓子箱にも似た今は亡き王の館、レーギア宮の門を守るジーアン兵はアルフレッドの名前を聞くと「ああ」と頷き、丁重に中へ通してくれた。帝国側にも防衛隊がハイランバオスの肉体を利用していた事実は知られているはずなのに、そんな様子はおくびにも出さない。
あるいはこの門番は蟲とはまったく無関係の一般兵なのかもしれなかった。ハイランバオスは「本当に身内と呼べる仲間など何十万という兵士の中で千人ほどしかおりません」と話していたから。
(蟲の存在を認識しているのは帝国の一部と俺たちだけ、か)
案内人に続いて回廊を進みつつ、アルフレッドはちらとルディアを振り返る。防衛隊はジーアン兵に捕縛される可能性が高いが対策もせずに帰還して平気かとは船内でもぶつけた疑問だ。彼女はひと言「捕まったら捕まったときだな。まあ任せろ、どうにかなる」とあっさり返しただけだった。
己としては主君の言葉を信じるのみだが四つも五つも天幕の張られた中庭を歩いていると緊張する。遊牧民の兵たちはどこかに出かけているようで彼らの家はどれも空っぽだったけれど。
「女帝陛下はこちらです。訪問についてお伝えしますので、今しばらく前室でお待ちください」
回廊を通りすぎ、いくつかの部屋を抜け、待てと言われた衛兵用の控え室でアルフレッドは眉をしかめた。よりにもよってなぜここなのかと溜め息をつく。確かに女帝が滞在するには相応しい部屋だけれど。
「なんかやだねー」
衛兵に聞こえぬように潜められた妹の声も引き気味である。元はルディアの寝所だった一室を今はアニークがホテル代わりに使っているのだ。通い慣れた自分たちにはやりきれないものがあった。
(やはり俺一人で来るべきだった)
主君の心境を思って今更後悔する。
いくらルディアが平然と城内を観察しているように見えても変化した情勢の厳しさに思うところがないはずない。彼女はきっと誰が気落ちなんてするか、見くびるなと怒るだろうが。
「お待たせいたしました。どうぞ」
存外すぐに顔を出した案内人は扉を開いてアルフレッドたちを中へと促した。まず返礼の品を持った自分が、次いでルディアが、最後にモモが古巣へ入る。だがしかし、視界に広がる光景は以前とは似ても似つかぬものだった。
「……!?」
白壁は一面タペストリーに覆われ、天井には真新しいフレスコ画が描かれている。整然と並ぶのは古めかしい甲冑の数々。書見台には手の込んだ飾り文字で綴られた騎士物語が置かれていた。
よくよく見れば天井画もタペストリーに織られた絵も『パトリア騎士物語』の一幕を抜き出したもののようだ。趣味の世界にどっぷり浸かった空間で唯一昔の名残が見られたのは天蓋付きの柔らかな寝台のみだった。
「まあ! 来てくれたのね、アルフレッド!」
「アニークひ……、陛下、またお会いできて光栄です」
「私もよ! 嬉しいわ!」
甲冑に負けず劣らず時代を感じる深緑のドレスを翻し、アニークが書見台の前の椅子から立ち上がる。昨日とは打って変わって親しい態度にアルフレッドは秘かに胸を撫で下ろした。
あの冷淡さはやはり表向きのものだったらしい。陰鬱な気持ちは遥か遠のき、アニークの笑顔に頬を緩ませる。心通わせた人との再会はどんなときも嬉しいものだ。思わしくない現状に落ち込む日が多ければなおのこと。
「おい、貴様ら。女帝陛下の面前だぞ」
と、そこに冷水を浴びせるような鋭い声が飛んできてアルフレッドはびくりと肩をすくませた。声の主に目をやれば先程アニークが立ち上がった書見台のすぐ脇に、険しい顔で腕を組む青年騎士の姿が映る。
(えっ……!?)
出かかった声を引っ込めた。なぜこの部屋に彼がいるのだと考える間もなく驕った口に命令を下される。
「わからなかったか? 跪けと言っているんだ」
高圧的な物言いにムッとしたが、ユリシーズの命じたことは至極当然の礼儀だった。相手は東パトリアの皇帝だ。作法は順守せねばならない。
「……失礼いたしました。アニーク陛下、どうかお許しを」
贈り物を脇に下ろしてアルフレッドは片膝をつく。見ればルディアとモモはとっくに女帝に頭を垂れていた。この部屋でこんな恭順を示すのはさぞ屈辱的だろうに。
「ちょっとユリシーズ、そんなにきつく言わなくていいでしょ。アルフレッド、顔を上げて。ごめんなさい、気を悪くしないでね」
大焦りでアニークが詫びてくれても複雑な気持ちは消えなかった。ここでは確かにアニークのほうが数段も上の立場にいて、ルディアは無力な民の一人に過ぎないのだと。
「あの、どうしてジーアン兵に混じって彼が?」
少しでも使える情報を得ようとアルフレッドはアニークに問う。事も無げに彼女は「外遊中の側付きとして選んだの! 彼、サー・セドクティオみたいで素敵でしょう?」と答えた。
「は、はあ……。サー・セドクティオに……?」
どんな顔で頷けばいいか悩ましい意見だ。とりあえずユリシーズは一時的に海軍を離れているようである。思いつきでアクアレイア人を振り回せるくらいにはアニークにも権限があるらしく、そこは少し安心した。天帝の道具として搾取されているのではと案じていたから。
「その、あなたのこともいいなって思ってるのよ? サー・トレランティアの若い頃って感じがして」
アニークはなんとなく照れくさそうに、もじもじしながらそう言った。
「はは、前にも一度、俺をトレランティアの名でお呼びでしたね。今度はいい意味であれば嬉しいです」
彼女の眼差しやかけられた言葉が意味することに一切気づかずアルフレッドは持参した土産を差し出した。「騎士物語と同時代のマントだそうです。ピアスのお礼になっていればいいんですが」と説明を添えるとアニークは喜色満面で飛びついてくる。
「きゃーっ!! アルフレッド、あなたってわかってるわね! さっそく見せてもらってもいいかしら!?」
「ええ、もちろん。これはもうアニーク陛下のものですから、どうぞお好きになさってください」
高貴な女性らしからぬはしゃぎぶりでアニークは大箱の前に膝をつく。自ら銀縁の蓋を開けた女帝は中を見るなり甲高い歓声を上げた。
「まああ! 挿絵通りの赤いマント!」
頬を上気させて贈り物を抱きしめる彼女をなんとも微笑ましく眺める。だが次のアニークの言葉でアルフレッドはややたじろいだ。
「ねえ、あなたちょっと着てみてない? すごく似合うと思うのよね……!」
「えっ!? 俺がですか!?」
やれやれと書見台の向こう側でユリシーズが盛大に嘆息する。献上品に袖を通すなど無礼千万とどやされるかと思ったのに、白銀の騎士は取り立てて何も言わなかった。その理由は即座に判明する。
「ユリシーズにも時々鎧を着替えてもらうの。私のドレスだってほら、物語に出てきそうでしょ? 人数が増えればもっとそれっぽい雰囲気になるわ!」
「と、時々着替えてもらっているって」
それは周囲に誤解を与えはしないかと冷や汗を垂らす。全身鎧は着付けに人の手が不可欠なので逆にセーフかもしれないが。
(でもこんな、すぐ外に衛兵がいると言ってもベッドの置いてある部屋で……。遊牧民なら寝台は長椅子感覚だと聞くが……)
兵に用事をさせている隙にユリシーズが不埒な真似をしないとも限らない。何しろ一度は国王暗殺を試みた男なのだ。アルフレッドはアニークの無防備さがだんだん心配になってくる。
「マントなら時間もかからないでしょう? ねっ、お願い!」
「で、では、僭越ながら」
女帝の手からマントを受け取り、自分の短いマントの上にばさりと羽織る。立ち上がって「これでいいですか?」と尋ねるとアニークはまるで神殿巫女がするように胸の前で両手を組んだ。
「いい……! すっごくいい……! ねえあなた、あなたも私の側付きとして仕えてみない!? 外遊の間だけで構わないから!」
「えええっ!?」
突然何を言い出すのだと目玉を剥く。アルフレッドは迅速に、しかし丁重に固辞の意を示した。
「いえ、俺は、請け負った任務があるので」
主君やモモの視線が怖くて振り返れない。さっきから情報収集になっている気がしなかった。これ以上話が変な方向に転ばぬようにアルフレッドは手早くマントを脱ごうとする。そこに女帝のストップがかかった。
「待ってちょうだい! 任務って皇帝の相手よりも大切なこと?」
うっ、と返答が喉に詰まる。権力を振りかざされると断りにくい。自分たちの間柄なら悪く取られはしないだろうが。
「申し訳ありません。俺は部隊の隊長なので……」
「ユリシーズだって海軍提督よ? 副官に任せられないの?」
「ふ、副官にですか?」
どうせがまれてもアルフレッドにルディアと離れる気はなかった。守るべき主君の赴く場所へ自分も行くのだと決めていた。期間限定と言われても女帝の膝元でのんびりしているわけにいかない。務めを放棄するわけには。
「……申し訳ありませんが……」
少人数の部隊なのでと首を振る。希望に添えれば良かったが、身体は二つに分けられないので仕方がない。アニークも無理強いはできないと感じたのか、それ以上強くは押してこなかった。
「わかったわ……。じゃあマントを返してもらう前に、一つだけいい?」
女帝は涙目でスカートを摘まみ、寝台の向こうへ歩む。並んだ甲冑の一つを指差すと彼女は「あなたがこの剣を掲げるところを見せてほしいの」と言った。
「どの剣です?」
普通の女性に、まして高貴な家柄の姫に本格的な武器類は重すぎてまず持てない。アルフレッドはマントを引きずらないように気をつけながらアニークの傍らへ近づいた。
ベッドの陰になっていて肝心の剣はよく見えないが、彼女のコレクションが品揃え豊かなことは一瞥で窺える。本当に騎士物語を愛しているのだなと長年のファンである己が唸らされるほどだった。
「この片手半剣よ。昨日とある商人から買ったばかりなんだけど、もう今までで一番のお気に入りなの!」
示されたバスタードソードを見やってアルフレッドは息を飲む。
そこに立てかけられていたのは我が身の一部である剣だった。緋色の鞘も、鷹の紋章も、何一つ変わらないまま伯父のくれた成人祝いが置かれている。
「こ、これは俺の」
思わず口にしてしまった言葉にアニークが「えっ?」と顔を上げた。こちらの様子がおかしいことに気づいたユリシーズやルディアたちも「?」と視線を投げかけてくる。
「あ、いえ、少し前に紛失した俺の剣なんです。行商人に売られたことまではわかっていたんですが、巡り巡ってあなたの手元に届いているとは……」
「紛失したって、探していたの?」
「ええ。買い戻せるならいくら出しても惜しくないと思っています。その……アニーク陛下にそういったご意思がおありなら、になりますが」
室内に微妙な空気が立ち込める。遠回しに「売ってほしい」と頼んでいるのを女帝はどう受け止めたのだろう。バスタードソードとアルフレッドを交互に見やって彼女は難しい顔をした。
「大事な剣なら下賜してあげたいところだけど、私もこれ、手放したくないのよね……」
まだ一日しか眺め回してないしとアニークは未練たっぷりに剣を見つめる。ややあって提案された取引は、彼女の圧倒的優位を考えれば破格と言えるものだった。
「ねえ、やっぱりあなたしばらく私に仕えない? そうしたらノウァパトリアへ帰る日に剣はあなたへ贈らせてもらうわ」
「……!」
先刻と違い、すぐに否を告げられなかったアルフレッドに女帝は「どう?」と畳みかけてくる。
「いや、俺は……」
姫様の側を離れるわけにいかない。狼狽する未熟な心を叱咤して、なんとか首を横に振った。
「アニーク陛下、できないと言っている人間と交渉しても時間の無駄です」
ユリシーズの冷たい言葉に却って安堵させられる。肩を落としたアニークに罪悪感は募ったけれど、不可能なものは不可能だった。
本当にどうかしている。天秤に乗せる必要もない問題だ。剣は確かに惜しいけれど、主君とは比べるべくもない。
「いいんじゃないか? 療養院で患者の指導に当たるくらい、我々二人で十分だろう。隊長殿は女帝陛下の身辺警護に回っては?」
アニークを支援する声は思わぬ方向から飛んできた。まだ床に片膝をついたままのルディアを振り返り「何を言うんだ」と慌てふためく。
「俺は単独行動をしてまで剣を取り戻したいなんて」
そう反論を続けるもルディアは無視して取り合わない。「えっ、二人で十分な仕事って本当?」と目を輝かせるアニークに「ええ、別の仲間もおりますし」などと答える。
「ほう、十人委員会の与えた任務がたった二人で十分か」
「十分だろう? 才気溢れる海軍提督の妹君もおられるのだからな」
突っかかってきたユリシーズを彼女は見事にぶった切った。だが拍手を送るには状況も心境も複雑だ。アルフレッドは「待ってくれ!」と声を荒らげた。
「俺は部隊を率いる身なんだぞ? 勝手に決めるのはやめてくれ!」
「そうか、納得行かないか。では説得の時間をいただこうかな。アニーク陛下、一度御前を下がってもよろしいですか?」
勝手に決めるなと言っているのにルディアは勝手に話を進める。強引すぎると文句をつける暇もない。
「まあ、あなたアルフレッドを説き伏せてくれるの? どうぞどうぞ、お願いするわね」
上機嫌に承諾する女帝に恭しく一礼し、主君はその場に立ち上がった。説得なんてしたって無駄なだけなのに、己の考えは変わらないのに、知ったことかと言わんばかりだ。
「剣がなくたって俺は騎士として──」
訴えようとした言葉は途中でぷつりと切れた。こちらの腕を掴んだルディアの双眸がうっすら怒っていたからだ。
「アルフレッド、モモ、バルコニーで少し話そう」
静かだが有無を言わせぬ響きの声に面食らう。そのままずるずる、なし崩しに、アルフレッドは部屋の外へと連れ出された。
「聞いていない」
そうルディアが青い目を吊り上げる。彼女が何に怒っているか察しがつくとアルフレッドには「悪い」とうつむくしかできなくなった。
広場に面したバルコニー兼渡り廊下には強い風が吹いている。通行人からは丸見えだが通路自体に人影はなく、ルディアはすっかり隊員の仮面を被るのをやめていた。
「大金を積んでも取り戻したいくらい大事な剣ならなぜ言わない? 大方私に手紙を届ける旅の途中で何かあったんだろう。おかしいとは思っていたんだ。折れたわけでもない剣をお前が手放したなんて」
主君は既にアルフレッドが彼女のために耐えた試練があったことに勘付いている様子だった。具体的にはどんなことかわからずとも、それが決して小さな献身ではなかったことも。
「……すまない……」
帰国してからなんだかルディアに謝ってばかりだ。一つ一つは大きな話ではないのに、積み重なって気が滅入る。まるで自分たちが通じ合っていないことを自ら証明しているようで。
消沈するアルフレッドを見やってルディアがふうと嘆息する。あまり責めても仕方ないと判断してか、彼女はさっさとこの詰問を終わらせにかかった。
「まあいい、また折を見て話してくれ。幸いお前の愛剣は手元に返ってきそうだしな」
最後の言葉に反応してアルフレッドは顔を上げる。
「何を言うんだ。俺はあなたの側にいる。アニーク陛下の要望に応える気などかけらもない」
再三の主張を繰り返すも主君は眉をしかめるだけだった。剣より大事なものがある。そんな思いはどうしてなのか受け取ってくれない。
「お前がアニークといてくれると助かるんだ。今の私は十人委員会に席もない、剣一本買い戻す財力もないただの一般人に過ぎない。どんな形でもジーアンや東パトリアの中枢に近いところに情報源を持てるなら願ったりだ。
それにユリシーズのあの態度を見ただろう? あいつがあそこにいるということは、アニークを政治的に利用する腹づもりだということだ。お前と女帝が接近しすぎないように牽制までしてくるのだから間違いない。
だからアルフレッド、療養院での任務は私たちに任せ、お前はユリシーズを監視してくれないか? 可能ならアニークからジーアンや東パトリアの情報も引き出してほしい。これはお前にしかできないし、我々には必要なことだ」
女帝の傍らに控える利点を諭されてアルフレッドは反論を喉に詰まらせた。
黙って見守る妹をちらと見やれば「まあ姫様の言う通りだよね」という顔をしている。
現実的な問題の前には己の望みなど片意地でしかないことはわかっていた。ルディアの判断のほうが正しく、大人しく引き下がるべきなのだと。
(でもそれでも、もう離れないと誓ったのに)
自分自身とした約束を破ることには耐えがたい痛みが伴う。何かがねじれて戻らなくなってしまう。痛いまま、苦しいまま、もう傷を増やしたくないのに。
「……そういうことなら、わかった……」
いやだと喚く本心を胸の底に押し込めて了承の意を告げた。脳裏にはなぜか主君にマルゴーへ行くように命じられた日の情景が浮かぶ。己はまた「はい」と言うしかないのか。また間違えるしかないのか。
「頼んだぞ、アルフレッド」
さあ戻ろうとルディアが促す。けれどアルフレッドには歩き出すことができなかった。胸に湧いた一つの疑問が解消されるまでは、まだ。
「……女帝陛下の側付きをしている間は俺に騎士の称号を失わせずにいられる、なんて考えていないよな?」
今度はルディアが足を止める番だった。すぐ脇を通りすぎかけていた彼女はくるりとこちらを振り向くと「それもある」と正直に打ち明ける。お前は夢を叶えてくれと言ってくれたあの日と同じに。
「……騎士というのは極めて概念的な存在だ。昔はただ騎乗して戦う者をそう呼んだが『パトリア騎士物語』の出現以降は鋼の忠誠心を持って主君に尽くす気高き者として語られるようになった。厄介なのはそれが他人に呼んでもらう肩書きだということだ。主君もなし、剣もなしでは誰もお前を騎士だとは思わない。私はな、お前の道を途切れさせたくないんだよ、アルフレッド」
声は真摯だ。彼女は本気で言っている。心からアルフレッドの夢を応援してくれている。だがそうとわかればわかるほど堪らなく惨めになった。
ルディアの思いやりは的外れだ。自分が本当に欲しいものはそこにはない。
「誰になんと言われようと、人からどう見えようと、俺の主君はあなただけだ…………」
苦く、苦く、溺れる者が吐き出す最後の息のごとく訴える。
「わかっているよ、ありがとう」
彼女は笑むが、どこまでわかってくれているかは疑わしい限りだった。
けれど最初に彼女に勘違いさせたのは誰だったろう? ハートフィールドの名を栄えあるものにしたいのだと名誉欲をさらけだしたのは。騎士の肩書きに対する執着をありありと見せつけたのは──。
「ねえ、もう話終わった? そろそろ行かなきゃあの女帝陛下、アル兄のこと探しに来ちゃうんじゃない?」
宮殿内に続く通路の暗がりをちらと見やってモモが急かす。「ああ、行こう」と歩き出した主君についてなんとか足は進めたものの、耳の奥にはルディアの言葉がしつこくこびりついていた。
彼女が何を言いたいか、そんなものは考えずとも明らかだ。今のルディアに付き従っても永遠に「王女に仕える騎士」にはなれない。先のことも考えろと、彼女は伯父と同じ助言をしているのだ。
(要らないと言われたわけじゃない。俺の力は必要とされている)
すがるように与えられた命令を思い出す。東方の動きに目を配ること、政敵の監視をすること。ルディアはただアルフレッドが望むなら別の主君を得てもいいと言っただけで、こちらを邪魔に思っているわけではない。
(俺は姫様の騎士でいる。拒まれない限りはずっと)
思考は暗く沈んでいく。
病はもはや進行するのみと思えた。