続 チートに頼らない俺TUEEE
昨日、敵国の首都に対する攻撃の失敗により、世界を滅ぼすに至った魔法使いミアジンは皇帝に呼び出され釈明を求められていた。
「それで、ミアジン殿は世界を滅ぼしたことについて、なにか言い訳をすることはあるかのね? “偉大”な魔法使いが自分のやったことについて理解していないわけでもあるまい?」
でっぷりとした腹を持ち、肥えた丸顔に禿頭の大臣が皮肉気な口調で問いただす。
この男は日ごろから何かとミアジンに対して辛辣な物言いをすることが多く、それなりの資金を投じた今回の作戦が失敗したことを追求する腹積もりであった。
「これはおかしなことをおっしゃる。私は陛下に任された仕事を完璧にこなしました。結果的に多少やりすぎたとはいえ、ピカール殿から追及を受ける立場にはありませんぞ」
緑色のローブからわずかに顔をのぞかせたミアジンは、自分が追及を受ける立場であることが信じられないとばかりに強い口調で反論した。
「多少とおっしゃるが、あなたの魔法で世界が滅んだのは事実ではないか! あなたは魔法を使った直後に亡くなられたようだが、私は家族ともども塵に埋もれたのですぞ。それを多少とおっしゃるか?」
「神の力によって全て元通りになったのだから、問題点の洗い出しを労せずして行えたと考えればよいではありませんか。これで、陛下の命令の通りに敵国を完全に破壊せしめることが可能だと判明したのですから、次回は確実に敵国だけを消滅させてみましょう」
ミアジンは全く悪びれることもなくこともなげに言い放つ。それどころか、自らが引き起こした惨事について思うところが無いようである。
「あれだけのことをしでかして反省の言葉があるのかと思えば、『次回は確実に敵国だけを消滅させてみましょう』とは、狂人の振る舞いではありませぬか」
「我々のような研究者にとっては、“狂人”と呼ばれるのは褒め言葉ですなあ」
ミアジンはピカールの言葉を軽く受け流す。
「ピカール大臣もミアジン殿も落ち着いてください。巨石を高速で飛ばしただけで、あれほどの威力になるとはだれも思わなかったのです。結果的に世界が滅亡してしまったのは残念なことですが、神の手ですべては元通りになったのですから前向きに未来について考えましょう」
このままでは言い争いが続くだろうと察したミアジンの弟子が二人のやり取りに口を挟む。
「前向きに考えたいのはやまやまなのだが、自分の考案した魔法の威力も理解できないような者に物事を任せるのは問題なのだ。それよりも、弟子である君に任せた方が物事がずっと上手くいくのではないかと思うのだが…… 技術そのものは完成しているのだろう? 君が少し手を加えて適切な威力に調整することはできないのかね?」
「小型化したからといって制御が簡単になるわけではありません。巨石を利用したのは威力もありますが、単純に力任せで細かい制御の必要が無いので、あれほどの大きさになったのです。小型化したものを制御する高度な技術を私は持ち合わせておりませんので、私では師の代わりは務まりません」
「ピカール殿はご存じないようだが彼女の得意分野は『生命創造』だ。ホムンクルスや肉体の再生を行うのならば私以上であるが、それ以外の魔法に関しては優秀ではありこそすれ、私の能力には今一つ劣るというものだ」
「専門分野にも拘わらずに世界を破滅させた愚かな魔法使いよりは役に立つのではないかね?」
「攻撃魔法は私の専門ではありませんので、この件に関して私以上の適任者がいるのであれば代わってもらって結構です。ですが、私の代わりが務まる人材居るのですかな? まさか、陛下を輔弼する大臣ともあろう方が適当な人材も見繕えないわけでもありますまい?」
「……」
「黙っているとは具体的な案が無いようですし、この話は終わりにしてよろしいですかな?」
「……代わりの人材が居ないのは認めるが、責任問題についての話は終わっておりませんぞ」
「それほど言うのならば陛下に判断していただきましょう。私は陛下の命を受けて研究していたのですから」
それまで二人のやり取りを黙って見守っていた皇帝が口を開いた。
「此度の件に関して、ミアジンの行為は不問とする」
「しかし、陛下。それでは示しがつきませんぞ!」
「私は、『敵国の王都を消滅せしめろ』と命令したのだ。意図したものとは別の結果にはなったが間違いなく『敵国の王都は消滅』したのだ。被害は予想をはるかに上回っていたが改良をすればよいだろう」
「しかし、世界が滅んだことで国民に多大な犠牲が出たではありませんか」
「いつだ?」
「それは……」
「そうだ。神の御業により滅びる前の世界に我々は戻ってきているのだ。あるいは魔法を使う前なのかもしれぬが…… 少なくとも、“今”はまだ何も起きていないのだ」
「確かにそれはそうですが。道理というものがあります」
「其方の言うことも理解している。多額の資金を投じて必要以上に過大な威力の魔法を研究してしまったのは事実だ。それに関しては責任を取ってもらおう。新たなる計画を成功させるという形でだ」
「あれほどのことがあったというのに破壊魔法の研究を続けるのですか!? 許されませんぞ。資金も人も物も有限なのです。それなのに新しい計画などと!」
大臣は声を荒げる。
「研究をさせる必要は無かろう。あれだけの破壊効果をもたらした魔法なのだから、威力を弱めればいいだけであろう」
皇帝は黙って話を聞いていたミアジンに話を向ける。
ミアジンは待っていたとばかりに皇帝に対し新たなる攻撃魔法の説明を始めた。
「例の魔法は巨石を高速で飛ばすものでした。それを応用して小さな岩石を光の速さで飛ばせば高い破壊力を得られると思われます。しかし、理論上のものであるために実験は不可欠でありまして、正直なところ狙った効果を発揮できるかは現在のところは不明です」
「実験の許可を与えたいところだが、世界が滅ぶような威力ではないと証明できないことには、おいそれと許可は与えられぬ。矛盾する物言いだが、威力に関する確証はないのか?」
「それに関しましては神に授けられた『うんどうえねるぎーけいさんき』なるもので調べましたので理論上は問題ありません」
「神に何かを授かったとの報告は聞いてはいたが、『うんどうえねるぎーけいさんき』とは一体、どのようなものなのだ?」
「これは重さと速さを入力しますと破壊力が数値で表される機械であります。試しに前回の魔法の威力を入力したところ、TNT換算で一〇テラトンの威力であるとの結果が出ました。神に授けられた書物を紐解いたところ威力の比較なども載っていまして……」
「聞いたことのない単語ばかりで何を言っているのかさっぱりわからぬ。『TNT換算』というものと具体的な威力についてのみ述べよ」
早口でまくしたてるミアジンを皇帝は遮る。
「TNT換算というのはTNT火薬を爆発させたときの破壊力を示します。テラトンというのは重さの単位で一兆トンを意味します」
「ふむ…… 具体的な威力は想像できないほどだが途方もない威力だというのは分かった。それで、小さな岩石を飛ばした場合ではどうなるのだ?」
「計算結果によりますと一キログラムの岩石を音の八〇万倍の速さで発射しますと、TNT換算で八七〇万トン弱といったところになります。これは、前回の威力に比べるとはるかに弱いものですが、敵国の王都を破壊するには十分な威力になるでしょう」
「本当に大丈夫なのかね? またしても世界が滅亡しましたなどと言われても困るのだぞ」
いかにも不信であるとばかりにピカールがミアジンにねめつける。
「実際にどうなるかは実験してみれば問題ないでしょう。適当な小島から南の砂漠に向けて発射すれば、予想以上の結果になったとしても被害は最小限で済みましょう。理論値では半径二キロメートル圏内の生命体は、ほぼ即死します」
◆
帝都より南西に五キロメートルの草原でミアジン率いる魔法使いたちが岩石の発射実験に使用する魔術式加速装置の最終点検を行っていた。
装置の見た目は車輪のない大砲によく似ている。もっとも、筒の部分には何やら複雑な文様が描かれており、とても兵器であるようには見えない。
筒先から岩石を押し込み、台座と箱型の複雑な装置が組み込まれている後端に触れないように岩石が据え付けられた。
この装置の仕組みは、前回、間接的に世界を滅ぼすに至った魔法の方向性を変えたものである。前回の魔法は重量四八〇〇億トンの巨石をマッハ四十の速さで飛ばすものであったが、今回は一キログラムの岩石を光の九割程度の速さで飛ばすものである。
力の方向性が重さから速さに変わったものの、“加速魔法”の質を高めるという視点で見れば、前回よりも魔法使いや技術者たちの総数が増えているのも納得できるものであった。
「それにしても帝都近郊で実験することになったのは何故なんでしょうね? ピカール大臣は失敗を恐れているとばかりに思いましたが」
マリーナが言った。
「ピカール殿の考えることだ。大方、監視の目が複数ある方が安心できるとでも考えたのであろう。それほどに信用できないのならば、自分の眼で監視すればよいものを臆病なことだ」
「小心なのか大胆なのかわからない方ですねぇ……」
とりとめもない会話をしていると一人の兵士がミアジンたちの待機している司令部に駆け寄って来た。
「加速魔法装置の準備は全て整いました。あとはミアジン殿とマリーナ殿の許可を頂ければいつでも発射できます」
ミアジンは兵士の言葉に黙ってうなずくと発射の許可を出した。
加速装置は大砲に似た形状をしているが発射の仕組みも大砲によく似ている。大砲と違うのは、岩石が発射されて一定の時間が経過した後に魔術で加速される、二段式の加速が行われることである。
発射直後に予定の速度に達してしまうと加速装置が衝撃に耐えられず、一度で破壊されると考えての処置である。
加速装置から発射されて数百メートルほど飛んだ岩石は、魔術的な効果で光の九割にもなる速度で再加速を果たした。
音の八〇万倍の速さに加速された岩石は周囲の空気を押しのけ進んでいく。しかし、十億分の二秒後に岩石が“あるもの”に衝突したことによって変化が生じた。変化とは核融合である。
岩石の速さが音の速さと同じ程度であるのならば、空気は岩石を避けるようにして周囲に回り込むように流れていくだけであろう。しかしながら、岩石の速さは音の八〇万倍にも達するのだ。本来ならば避けることが出来たはずの空気分子は岩石を構成する様々な分子と衝突し核融合を起こした。
十億分の三秒後には岩石から剥がれ落ちた破片が周囲に散らばった。散らばるといっても速さは岩石本体と大差のない速度である。散らばった破片も空気分子に衝突し新たなる核融合が発生させた。
核融合が生じるたびに発生するガンマ線により周囲の空気は高温となりプラズマ化した。人間が巻き込まれたのならば無事では済まない。
岩石の発射を見守っていた周囲の人間は高温で絶命することは無かったが、自らも核融合を起こし崩壊していった。痛みもなく絶命できたのは不幸中の幸いだった。
百万分の一秒後には強烈な光があたりを包み込む。
それから、数秒後には直径数キロにも及ぶ大火球が出現し衝撃波が周囲を襲った。
火球は赤々と燃えながら天高く昇っていく。超高温により気化した周囲の土砂は、上空の冷たい空気に冷やされて雲となっていく。爆発で生じた粒子は水平上に広がっていくが、重力に引かれやがて落ちていった。観察することが出来るのであれば巨大なキノコのような雲であるとの感想を持ったであろう。
帝都は文字通りに灰燼と化した。火球に飲み込まれた地域の温度は二〇〇〇万度に達し何もかもが一瞬にして消滅をした。運良く――運悪く――火球から離れた地域の木造建造物は一瞬にして発火し時速千キロを超える爆風により土台ごと吹き飛ばされた。石造りの建物は木造建造物よりも長持ちはしたが、それでも数秒の差でしかなかった。
人々は誰一人生きてはいなかった。もしかしたら深い地下室の一室で生き残った人はいるのかもしれなかったが、爆心地から半径三〇キロの地上に存在した生物は八〇〇度の高温に晒され松明となって燃えつきたのだった。
実験は成功した。わずか一キログラムの岩石さえあれば王都を消滅せしめることが出来ると証明された。
問題は帝都が消滅してしまったことであるが、皇帝の願いである帝国と王国の戦争を無くすという目標は図らずも成功した。“帝国の事実上の終焉”という結果に目をつぶるのならば。