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魔王の器  作者: 月野文人
第二章 魔王編
89/218

勇者選定の儀その一 候補者の選定

 レナトゥス神教国の都ベネディカ。

 普段は神教の熱心な信者が参拝に訪れるだけの都に、今は多くの人たちが集まってきている。どれもこれも信者とは思えないような物騒な雰囲気を漂わせた者ばかり。勇者になる為に、各地から集ってきた腕自慢とその同行者たちだ。

 あまりの人数に、勇者選定の儀を取り仕切る教皇庁は、混乱に陥っていた。前回の選定もそうだが、勇者は神教騎士団員や熱心な信者の中から選ばれるのが常であり、一応は腕を競わせるのだが、それも形ばかりで、わずかばかりの候補者が集まって一人三戦もすれば結果が出るようなものだった。

 だが、今回、集まってきた勇者志願者は三百人以上。そして、今もそれは増え続けていた。


「凄い反響ですぞ」


 選定の儀を取り仕切っているシスモンド・カタラーニ司教枢機卿は、候補者の多さに浮かれているが、彼以外の二人の司教枢機卿の顔は苦い。


「数は集まっていてもシュッツアルテン皇国からもルースア王国からも名の通った者は誰も参加していないではないですか。集まった者の多くも食い詰め者ばかりと聞いています」


「いや、それは」


 コンテ司教枢機卿の指摘に浮かれていたシスモンド司教枢機卿の顔が曇った。


「しかし、シュッツアルテン皇国とルースア王国はどういうつもりなのですかね。教会を無視するとは」


「両国からは同行者という名目で、集めれば良いのです」


「その手はありますけどね。それで優秀な者はいましたか?」


 コンテ司教枢機卿は話を神教騎士団の纏めであるビアンコ司教枢機卿に振った。


「まだ報告はもらっておらん。とにかく数が多すぎて、選別にはまだ時間がかかる」


「それくらい把握しておいてもらえませんか? 未だに魔族の襲撃は続いているのですよ。一日でも早く勇者を選んで、それを止めさせないといけません」


「分かっておる。だから教都にいる教会騎士の中でも強者と呼ばれる者が総出で、一人一人の相手をしているのだ。騎士として登用できそうな腕の者はすでに何人か見つけておるわ」


「それは勇者とするには力が足りないと言っているようなものですね」


「……そうだが」


「しかし、教会騎士には一人もいないのですか?」


「いるかいないのかの判断が出来ん」


「どういう事です?」


「こちらが強いと思っていても、それが魔王に通用するとは限らないであろう? もう失敗出来んのだ。とにかく、少しでも強い者を勇者とする。そういう事だ」


「そうですね……」


 神教騎士団の被害を知って、司教枢機卿たちも、さすがに慎重になっている。今回の勇者選定に政治を絡めるつもりにはなれない。


「そういう意味では数が集まったのは良い事だな。無名であっても強い者はいくらでもいる。そういう者をなんとか見つけたいものだ」


「それについては、騎士団にお任せします。儀式の準備状況はどうですか?」


 又、シスモンド司教枢機卿の担当に話題が戻った。


「会場の拡張を急がせています。まずは問題ないでしょう」


「もう一つの方は?」


「……本当にやるのですか?」


 もう一つ、シスモンド司教枢機卿の担当となっている仕事があるが、これについては、選定の儀とは違って、全く乗り気ではない。


「勇者の門出を飾るには絶好です。魔王を育てた異端者、魔王と接したせいで異端者になった。どちらでも良いですね。とにかく、魔王の関係者を贄として捧げるのです」


「贄などと。そんなものを神は望んでいません」


「言葉の綾です。教会の人間であったとしても、それが魔王の関係者であれば断固処断する。教会の意志を示すのです」


「その方法が火刑ですか? 少々、残酷ではないですか?」


「今更、何を言うのです。もう決まった事です」


「それは、そうですが」


「とにかく会場の準備はお任せします。神の御使いをお迎えするに相応しいものに仕上げて下さい」


「……分かりました」


 そして又、教会は自らの行動によって不幸を呼び寄せる事になる。


◇◇◇


 教都に集まってきた勇者志願者たちは、受付を済ませると、すぐに教会騎士と立ち合う事になる。最終選定での候補者を絞り込む為だ。

 相手をしている教会騎士は十数人。交代で一度に五人が出て志願者の相手をするのだが、それが中々、教会側の思う様に進まない。

 勇者志願者としては、少しでも弱い教会騎士と戦いたいと、その実力を見極める為に、対戦の様子を周囲で見つめているばかりだった。

 その見極めもようやく終わり、勇者志願者たちは、教会騎士の前に列をなす。当然、一カ所にそれが集中する事になった。教会騎士たちが、何度それを正そうとしても、列を離れては又、元の場所に戻る。そんな感じでいつまで経っても、絞込みは進んでいない。

 一方で、そんな志願者たちを無視して、他の列での戦いに熱い視線を送っている観衆たちも多くいた。彼等には、そうする目的があった。


「おい、若いの。お前さんは戦わないのか? お前さんも志願者なんだろ?」


「そうだったのだけどな」


「どうした?」


「勝てそうもないから、諦めた」


「はあ? そうなのか? 見た目は結構強そうだけどな。ほら、あの教会騎士なんて、何度も負けてるじゃねえか。あそこなら勝てるんじゃねえのか?」


「あれに勝っても意味はないだろ? 他に強い教会騎士がいて、それに勝った奴らに勝てないと勇者にはなれない」


「まあな。でも、実力が認められれば、教会騎士になれるそうだぜ」


「それは最悪だな」


「なんでだ? 噂じゃあ、結構良い暮らしが出来るそうだぜ」


「知らないのか? 神教騎士団はあちこちで魔族に襲われていて、いくつもの師団が全滅している」


「何だって!?」


 神教騎士団への襲撃の件は、公にはされていない。知れば教国内が大混乱になるのは目に見えている。それを防ぐ為だ。


「教会騎士になっても、すぐに殺されるだけだ。俺は御免だな」


「……知らなかった。そんな事になってんのか?」


「教会は慌てて、教都を守るために神教騎士団をここに呼び集めたらしい。でも、それも失敗だな」


「どうして?」


「目的地が分かっていれば、襲うのは簡単だろ? 今も教都に向かう神教騎士団のいくつかが襲われていると思うな」


「……教都は大丈夫だよな?」


「さあ? でも、その為の勇者だろ」


「そりゃあ、そうか」


「ああ、これで一攫千金の夢破れたな」


「真面目に稼ぐんだな」


「それが出来ないから、勇者になんてなろうとしたんだ。戻る金も乏しいのに」


「じゃあ、せめて小遣い稼ぎしていけ」


「やっぱりあるのか?」


「当然だろ? こんな機会は滅多にねえ。その為に俺はここんとこ毎日、ここにきて見てんだ」


 勇者選定の儀は神聖な儀式、などと教会が言っても一般の人たちにとっては、ちょっとした娯楽の一つだ。選抜の戦いが行われるとなれば、当然、賭け事の対象になる。


「なるほど。これまでに凄い奴いたか?」


「おいおい、それを教える訳ねえだろ?」


「それもそうか。じゃあ、今日以降で探してみるかな。まあ、今日はもう見る必要もなさそうだけど」


「どうしてだ?」


「戦う相手を選ぼうとする奴らが強い訳ないだろ? それくらい俺にだって分かる。後、今日見ただけで、断トツに強い奴も分かったし」


「断トツ?」


「ああ、桁が違う感じだな」


「……これまで見て強そうだった奴、教えてやろうか?」


「はあ?」


 ついさっき話したばかりの言葉をあっという間に男は翻してきた。当然、それには理由がある。


「その代わり、その断トツって奴を教えてくれ」


「そういう事ね。良いだろう。彼だ、あの若い奴」


「……嘘だろ?」


 男が指差したのは。どこにでも居るような普通の体格の男。ぱっと見、強いようには見えなかった。


「教会騎士との戦いで手を抜いていた。あれは他の志願者の手前、実力を隠していたな」


「本当に本当か?」


「言っておくが、俺だってそれなりのつもりだ。相手の実力を見抜く力も少しはある。その俺から見て、やばいと思うのは彼しかいない。後の奴らなら剣がなくても勝てるな」


「そうか……。分かった」


 そこまでの実力があって勇者を諦める。この矛盾に男は気付いていない。


「そっちは?」


「あ、ああ。一昨日見た黒い大きな奴だな」


「……さては、おっさん見る眼ないだろ?」


「いやぁ、俺は素人だからよ」


「じゃあ、金寄越せ」


「はあ?」


「情報料だ。ただで人から情報とろうなんて許せないからな」


「……じゃあ、銅貨一枚」


「銀貨一枚」


「そりゃねえよ! 高すぎだろう?」


 実際に高すぎる。そんな金を払える裕福さがあるなら、男はこれ程、必死に情報集めをしていないだろう。


「実力隠しているのだから、それなりに倍率上がると思うけどな。そこに賭ければ銀貨一枚くらい軽いだろ?」


「そうかもしれねえが、必ず勝つって保証はねえだろ?」


「まあ、それはそうだな。勝負はただ強弱だけで決まるものじゃない。じゃあ、銅貨三十枚で手を打ってやる」


「十枚」


「二十枚。これ以上はまけない。これを払わなければ他の奴にも教える。そうなれば倍率は一気に下がるだろうな」


「……二十枚で」


 あっけなく男は受け入れた。男の方も十枚と言った時点で、落としどころはここだと考えていたのだ。


「はい、決まり。さっきも言ったが強弱だけで決まるわけじゃないからな。負けたからって文句言うなよ」


「分かってる。ほらよ、銅貨二十枚だ」


「確かに。じゃあ、明日以降は一人につき十枚にしてやる」


「……おい? それじゃあ、俺はいくら払うんだよ?」


「さあ? 聞いた分だけ払う訳だから、そっち次第だな」


「なんか、騙されてるような気がしてきたぞ?」


「情報は確かだ。それをどう生かすかは、そちら次第」


「まあ、そうだけどよ。まっ、気が向いたら又聞きにくる」


「ああ、どうぞ」


 少し首を傾げながら男は、その場を離れて行った。そして、それと入れ替わる様に別の男が声を掛ける。


「剣が無くてもね。それで彼は? 剣を持ったらどうなのかな?」


「まあ、勝てるかな」


「だろうね。まったく銅貨二十枚の為に、ご苦労な事だね」


「だって、暇だろ? 実力の見極めなんて本番を見れば良いだけだ」


「それはそうだけどね」


「こんな話はどうでも良い。司教様の件は事実なのか?」


「ああ。それっぽい準備が進んでいたね。よりにもよって火刑みたいだ」


「……マリアのほうが良かったか?」


「馬鹿にしないでくれるかな。炎を扱う事にかけても、結構自信があるよ」


「それもそうか。そうなると、当日を待つだけか。後、何日とか分かったか?」


「最長で五日って所かな。なんでも星の巡りが関係するそうだ」


「それはないな。まあ、そう思い込んで日を決めてくれる事は良い事だ。最長五日ね。それまでは宿に帰って寝るか」


「五日間も?」


「……それは無理だな」


「まあ、でも、その方が良いね。目立つ事は一応避けないと」


「そういう事。じゃあ、戻ろう。あっ、それとも美味しい食い物探しに行くか?」


「宿」


「ちぇっ」


 敵地のど真ん中でフラフラと出歩けるほどイグナーツは自信家ではない。平気でそんな事をしようと考えるのは、カムイくらいだ。


◇◇◇


 勇者選定の本選は、それから三日後に行われる事になった。

 教会も馬鹿ではない。戦う相手を選ぼうとする候補者は、それをした時点で切り捨てる事にしたのだ。それでも、三日後となったのは、ぎりぎりまで粘っての事だ。

 本選出場の候補者は、三十二名。その三十二名でのトーナメント方式で行われる事となった。

 会場の盛り上がりは、そこが教都であろうと変わりない。露店で食べ物を買って、観戦を楽しもうとする者。賭け目当てで、真剣な表情で候補者を見つめる者。ただただお祭り騒ぎを喜んでいる者。そんな人たちで、ごった返していた。

 それと全く異なる視線で、本選を見ているのは、カムイとイグナーツの二人だ。


「……王子殿下に悪い事したかな?」


「どうして?」


「これなら、そこそこの所まではいったかも」


「まあ。でも、勇者になれないと恥をかくだけだから、あれで良かったんだよ」


 今の所は、カムイたちの目に留まるような候補者は現れていない。二人にとっては、退屈な勝負が繰り広げられているだけだ。

 最大の敵になるかもしれない勇者の実力を確かめる事と、モンディアーニ司教の救出。それの為にカムイ自らが、敵の本拠地に乗り込んできたのは、カムイなりのこだわり。

 勇者はともかくとして、司教の事は私事。私事の為に、魔族を巻き込むわけにはいかないと考えての事だった。

 当然、周りは猛反対したが、救出を諦めろとも言えず、かといって魔族が集団で教都に潜り込むわけにもいかず、カムイとお目付け役としてのイグナーツ二人で、教都に来ている。

 アルトやルッツでないのは、いざという時は、教都に攻め込む事を想定しての事。二人は、その指揮役だ。

 そして、イグナーツであれば、魔法一発である程度、敵を混乱させる事が出来るという理由から。それがマリアでないのは、言うまでもない。カムイ以上に暴走しそうなマリアを教都に送り込む訳にはいかないからだ。


「あっ、出てきた」


 一人の候補者の登場で、ようやく退屈な時間も終わりそうだった。

 カムイと同い年くらいの黒髪の青年が、対戦場に現れた。カムイが断トツと言った青年だ。


「黒髪だね」


「ああ。案外、勇者の末裔だったりして」


「魔王の末裔って可能性もあるけどね」


「どっちであろうと関係ない。強いかそうじゃないかだ」


「あれ? 結構気にしているんだね」


「実力を隠しているからな。実は、俺が見切れないくらいに強い可能性もある訳だ」


「慎重だね。まあ、その方が正しい。じゃあ、この何戦かで見極めないとだね」


「そう。でも、今回は無理だな。相手が弱すぎた」


「……終わった?」


 ほんのわずかな時間、会話をしている間に対戦は終わってしまっていた。開始の合図とともに前に出て、二合ほどで勝負を決まっていた。


「また退屈になる……」


「他にいないの?」


「どうかな。後は見極めたと思えるんだよな。まあ、強いのはいるから、それを楽しみに待つか」


「そうだね。……ねえ、一つ疑問なのだけど」


「何が?」


「どうして剣? 魔法で競わないのかな?」


 魔法を得意とするイグナーツとしては剣の実力だけで勇者を決めるというやり方に納得いかないようだ。


「ちゃんと理由がある」


「どんな?」


「勇者に与えられる加護は、内魔法の類らしい。魔法そのものというより、魔力量とか純度とからしいけど、効果としては簡単に言えば身体強化」


「なるほどね。それなら納得だ」


「これの影響を受けてか、各国でも剣術競技会ばかりで、魔法競技会って行われないらしい。これは事実かは分からないけどな」


「つまらないな」


「でも、魔法競技って難しいだろ? 模擬魔法なんて無い訳だし」


「命中度とか、威力とかあるじゃないか」


「それだと地味だよな。一人一人、的に向かって魔法を打つわけだろ?」


「……盛り上がりには欠けるね。玄人にしか分からない」


「そういう事。結局、剣を競うなんていっても、周りを見れば分かる通り、見る人たちはお祭り騒ぎを楽しみたいだけだ」


「そうだね」


 その後の対戦でも、その青年以上と思われる候補者は現れなかった。いよいよ明日、勇者が決まる。結果が半分以上分かった二人には、その明日も又、無駄な一日になる。

 そう思いながら、二人は会場を後にした。


◇◇◇


 宿に戻って、早めの就寝に入った二人だったが、思う様にはいかなかった。窓の外から聞こえる争いの声がうるさくて眠れないのだ。


「……うるさいな」


「教会騎士って何しているのだろうね」


「さあな。早く終わらせるか、誰か止めろよな」


「そうだね」


「……ああ、もう」


 イラついた様子でカムイはベッドから跳ね起きた。


「どうするの?」


「気になって眠れないから、止めてくる」


「……目立たないでよ?」


「大丈夫。速攻で終わらすから」


 ベッドから降りたカムイは、置いておいた剣を手に取ると、そのまま窓から飛び降りて行った。


「……目立つなって言ったのに。ここ三階だよ」


 そんなカムイに文句を言いながらも、イグナーツは布団をかぶって、そのまま眠りに入った。イグナーツは別にうるさくないのだ。


 宿の三階から飛び降りたカムイは、まっすぐに声がする方に歩いて行った。路地を曲がって直ぐの所で、予想通りの光景に出くわす。

 背後から男に押さえつけられている女性。叫ぼうとしている口は、その男の手でふさがれていた。そこから漏れる声が、カムイがうるさいと言った音の正体だ。今のカムイは、こんな声も感じ取れてしまう。

 そして、その前で、数人に暴行を受けている一人の男。うめき声もあげずに、じっと耐えている男は、勇者候補の青年だった。


「……うるさい」


 音も無く近づくと、カムイは女性を羽交い絞めにしている男を殴りつけた。声をあげる間もなく、男は、その場に崩れ落ちる。


「えっ?」


「うるさいから静かにしてもらえますか? もしくは、逆に大声で人を呼んで事を終わらすか。では、お願いします」


「ち、ちょっと!?」


「何ですか?」


「彼を助けてください!」


「彼……。ああ、彼ね」


「そうです」


「分かりました。おうい! 人質は解放されたぞ! もう我慢しなくて良いぞ!」


「なっ!?」


 カムイのあげた声に女性も、そして青年を襲っている男達も驚きの声を上げた。


「ちょっと! 助けると言うのはそうじゃないわ!」


「あれ? 彼、強いよね?」


「え、ええ」


「立ち上がらないな。思っていたより、ダメージ大きかったか。さて、どうしよう?」


「どうしようじゃなくて、貴方が助けてよ」


「俺が? うーん。目立つなと言われているんだよな」


「そんな事を言っている場合じゃないわ!」


 中々、助けようとしないカムイだったが、女性の望みは、すぐに叶えられる事になる。暴行していた男たちによって。


「手前、よくも仲間をやりやがったな!」


「絡まれた……。貴女のせいですよ?」


「私? って、そんな場合じゃないでしょ?」


「ふざけてんじゃねえ! おい! まずはこのふざけた野郎を黙らせるぞ!」


「おお」「へっへ」「馬鹿が」


 お約束のように悪党そのものの台詞を吐いて、カムイを取り囲む男達。そして、取り囲んだ場所で、男達は順番に倒れて行った。剣を使うまでもなく、回し蹴りだけで失神していったのだ。


「はい、助けました」


「……あ、ありがとう、ございます」


「心がこもってない……」


「ちょっと驚いて」


「まあ、いいか。彼、早く治療してあげたほうが良いと思うけど」


「あっ! ラルフ! 大丈夫、ラルフ!」


 慌ててラルフと呼んだ青年に駆け寄る女性。頭を抱きかかえて、懸命に青年の名を呼んでいるが、それに反応は無かった。


「……はあ、仕方ないな」


 それを見て、ため息をつきながらカムイは二人に近付いて行った。


「い、医者を呼んで……」


「その前にちょっと任せてくれるかな」


「な、何を……」


「恵みの力、癒しの力、その力を顕現し、この者の傷を癒したまえ、ヒーリング!」


 カムイの両手からあふれ出す光のしずく。そのしずくがラルフの体に降りかかる。

 包み込むように広がった光は、一段とその輝きを増し、辺りを照らしている。


「し、神聖魔法? 貴方は教会騎士なのですか?」


「……まあ、そんな感じ。さてと、外傷は問題ないけど、体の中の傷みは、すぐには癒えない。安静にさせるように」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして。じゃあ、俺はこれで」


「あ、あの!」


「名乗る程の者ではありません」


「…………」


「あれ?」


「宿まで運んで欲しくて……。私一人だと、その……」


「……そうですね」

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