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魔王の器  作者: 月野文人
第二章 魔王編
87/218

懲りない皇女への恐怖

 勇者選定の儀。レナトュス神教会より発せられた知らせは、大陸全土に広められていった。

 当然、それはシュッツアルテン皇国の耳にも入る事になる。


「それでは本日の会議を始めます」


 定例となっている重鎮会議。テーレイズ皇子、クラウディア皇女、そして三役とその補佐役である副官が参加している。議事進行を務めるのは、宰相代行であるシオンだ。


「最初の議題は、魔王の動向のご報告からです」


「何か変化があったのですか?」


 シオン宰相代行の言葉に真っ先に反応したのはオスカーだ。やはり、カムイの事は気になっているのだ。


「はい。ようやく情報を入手致しました。魔族が各地の神教会を襲撃している事は、既にお伝えしておりますが、それ以外にも動いていたようです」


「それ以外?」


「各国に駐屯している神教騎士団へも襲撃を行っていたようです。現時点で判明している神教騎士団の犠牲は二万から三万。戦力は半数以下に減った事になります」


「三万……。何故、それを今まで掴めなかったですか?」


「襲撃は我が国以外、主にルースア王国とその周辺国で行われていました。その為、こちらに情報が伝達されるのが遅れた事が理由です」


「皇国内での被害はないのですか?」


 問いを投げたオスカー以外の出席者にも、ほんのわずかな期待が心にわいたのだが、それは次のシオン宰相の言葉で一瞬で消えた。


「ありません。もっとも、ノルトエンデ侵攻で皇国内に駐屯していた神教騎士団もかなりの被害を出しております。あえて皇国内の駐屯地を襲うまでもないという判断ではないかと」


「ただの後回しという事ですか……」


 いずれカムイは魔族を連れて皇国にもやってくる。この場にいる全員がそれを恐れている。


「いえ、少なくとも神教騎士団が皇国内で襲撃を受ける可能性はかなり低いと言えます」


「どういう事ですか?」


「神教騎士団は神教会の指示により各駐屯地から一斉に引き上げております。教国の防御体制を固める為という理由のようです」


「魔族は教国も襲うと教会は考えているという事ですか?」


「恐らくは」


「戦争か……」


「はい。神教国と魔族は戦争状態にある。そう言ってよろしいかと」


「それで勇者という事ですか?」


「まあ、そうだと。勇者については、後でお話する事として、皇国をどうするかを先に話したいと思います」


「皇国を?」


「魔族にどう備えるかの話です。今現在、皇国内では魔族の活動はほとんど確認されておりません。しかし、いつまでもそうであるという保証はありません」


「でも……」


 ここで恐る恐るといった様子で、クラウディア皇女が口を開いた。


「クラウディア皇女殿下、ご遠慮なく発言を」


「う、うん。魔王は皇国には敵対しないという可能性はないの?」


「……そう思われる根拠がございますか?」


「魔王は、皇国で生まれ育ってきたのよ。特別な思い入れがあったりしないかな? 知り合いもいる訳だし」


「その可能性が全くないとは申しませんが、その事に期待して、何も備えないと言うのはいかがなものでしょう?」


「そうは言ってないわ。でも、いつくるか分からない敵に備えるって大変だと思うの」


「はい。いたずらに軍を動かしては、国庫の負担が大変でございますから。いつの時点で、どこまでの準備をするか。そういった事を決めておきたいのです」


「何時来るか分からないかな?」


「はあ?」


 シオン宰相代行にはクラウディア皇女が何を言いたいのか、さっぱり分からない。それはシオン宰相代行だけではない。この場に居るほぼ全員が同じ思いだった。


「知り合いがいる訳だから、そういう人に聞いてみるのはどうかな、と思って」


 続くクラウディア皇女の言葉で、ようやく理解する者が出た。シオン宰相代行もその一人だ。


「仮に知っていたとしたら、聞いて教えてもらえるものでしょうか? 私には、そうは思えませんが」


「その……、聞くにも色々と……」


「ああ、クラウディア皇女殿下は、疑わしい者を捕えて、拷問にかけてでも聞き出せとおっしゃっている訳でございますね」


「そ、そんな事は」


 テレーザのように内心を読んだ訳ではない。クラウディア皇女が自分から、何を言いたいか匂わせているだけだ。それが分かっていてシオン宰相代行は、クラウディア皇女の思惑に乗った。

 結果はこの通り。自分の残虐な考えをはっきりと口にされて、クラウディア皇女はうろたえる事になる。


「違うのでございますか?」


「ち、違うよ。でも……、そういう方法もあるのね」


「……そういえば、クラウディア皇女殿下は、魔王とは同級生でございましたね」


「わ、私は、知らないよ!」


「そのように焦らなくても……。私は別にクラウディア皇女殿下が魔王に通じていると申しているわけではございません」


 否定してはいるが、それをあえて言葉にする所に、シオン宰相代行のクラウディア皇女への悪意がある。


「じゃあ、何?」


「知っていそうな人物に心当たりがあるのかと思った次第でございます」


「……そうだね。何人かはいるかな」


「ほう。では、その人物を教えて頂けますか?」


「えっと……、一番親しかったのは……、ヒルデガンドさんだと思うの」


「なんと!? ヒルデガンド妃殿下を拷問にかけろとクラウディア皇女殿下はおっしゃるのですか?」


「ち、違うよ! 一番親しいのは誰かって話。私が知る限りは、ヒルデガンドさんだと思うの」


「いくらクラウディア皇女殿下のお話とはいえ、それだけでは。ヒルデガンド妃殿下が魔王の情報を知っているという何か根拠がございますか?」


「ヒルデガンドさんは……、魔王と何度か密会しているの」


「な、なんと!? いつの間に? つまり、魔王は城に侵入しているという事ではないですか? クラウディア皇女殿下はそれを知っていて、何故、今まで隠してこられたのですか?」


「ち、違うよ! 皇国学院の頃だよ!」


「……ああ、そういう事ですか。それは魔王と称される前の事ですね?」


「でも、親しいのは間違いないわ」


「うむ……。テーレイズ皇子殿下、何かございますか? 何と言っても奥方様の事でございます」


「ヒ、ヒルダが、会っていた、のは、おっ、俺の策だ」


「策でございますか?」


「こっ、こちらの、じ、陣営に、ひっ、引き込む為」


「……なるほど。それは今あまり議題にしたくないお話でございますね。今は継承争いなどしている場合ではございません」


 さりげなくクラウディア皇女を非難する言葉をシオン宰相代行は口にする。


「う、嘘だよ! ヒルデガンドさんは」


 それに反論しようとクラウディア皇女は又、声をあげたが。


「カ、カムイは、だっ、誰の、騎士、だっ、だったのだ?」


「……姉上」


「しっ、親しい、のは。そっ、その、陣営、だな」


 ヒルデガンドを貶めようとしたクラウディア皇女の策は、ここでテーレイズ皇子によって、ひっくり返された。そして、シオン宰相代行が、その話を引き取って、更に追い込みをかける。


「亡きソフィーリア皇女殿下の派閥でございますか……。クラウディア皇女殿下、その中で一番親しいのは、どなたですか?」


「し、知らない」


「そんなはずはございませんね? 先ほど、何人かご存じだとおっしゃられていました。今は皇国の危機でございます。私情はお捨てになって、皇族として、それに相応しい行動をお取りください。どなたですか?」


「…………」


「お答えになれませんか……。では騎士団長はご存じですか? 騎士団長もクラスは違いますが、同学年でしたね」


「自分は……」


「これも又、お答えを頂けない。困りました。これでは魔王について、話せない事があるのではと、勘ぐられてしまいますよ?」


「……ディーフリートだ」


 あっさりとディーフリートの名を口にしてしまう。オスカーは武人であって、政治家ではない。こういった駆け引きの場に出てくるのが、そもそも間違いだ。


「それと、セレネ・エリクソン、オットー」


「ディーフリート・オッペンハイム殿は存じておりますが、後の二人はどなたですか?」


「セレネ・エリクソンは南方の辺境領の者です。オットーは商人です。今はノルトエンデにいるはずです。ヒルデガンド殿下の代官として」


「なんと? それは又」


「尋問するのであればオットーだと自分は思う。彼が一番知っている確率が高い」


 ここでオスカーの機転でやや巻き返した所ではあるのだが、それを許すテーレイズ皇子ではない。


「そっ、そして、又、ノッ、ノルトエンデの、いっ、怒りを、買う、わけだ」


「それは……」


「オッ、オットーは、こっ、こちらに、つ、ついた。おっ、俺の、う、後ろだて、が、なければ、ろっ、路頭に、まっ、迷って、いたからな」


「思い出しました。亡きソフィーリア皇女殿下が保証人になっていて、ノルトエンデの産物で商いをしていた者でございますね。なるほど、二人の後ろ盾を同時に失った訳ですか」


「カ、カムイは、ノッ、ノルトエンデに、もっ、戻れば、すっ、すぐに、分かる」


「利によって動く商人らしい、あり様でございますね。私は、そうはありたくありませんが。さて、そうなるとディーフリート殿と、そのセレネ・エリクソンの二人が、尋問対象という事になりますが、中々に難しい相手でございます。一人は、何といっても西方伯家、もう一人は辺境領。今は辺境領も刺激したくはないのですが、仕方ありませんか? クラウディア皇女殿下」


 そして、シオン宰相代行は特に議論を進める事なく、オットーを対象から外してしまう。セレネについては、それをディーフリートが許す訳がないという確信があっての事だ。


「わ、私?」


「立案者はクラウディア皇女殿下でありますので」


「立案者って言うのは?」


「言葉通りの意味でございます。ディーフリート・オッペンハイム殿、セレネ・エリクソンの両名を召喚し、尋問にかけるという事で、ご提案内容はよろしいですか?」


「それは……、あっ、マリーさんも魔王と親しかったわ」


「それは誤った情報でございます」


「どうして!?」


「マリー殿は魔王に魔道具を使って無理やり従わされていたのです。それについては、既に確認を終えております」


「魔道具って?」


「詳しくは魔道士団長からご説明を頂ければと思います」


「えっ、私ですか?」


 いきなり名前を出されたマイケル魔導師団長は、その地位に相応しくない、慌て方だ。これも又、こういった場に出てこられる人物ではない。


「おや、ご存じない。そうですか……。では、仕方ありません。私からご説明いたします。少々、前魔道士団長の名誉を傷つける事になりますが、それはご容赦を」


「構いませんが……」


「従属の首輪という魔道具がございます。その魔道具は相手の意志を殺して、無理やりに言う事を聞かせる魔道具でございまして、その効果ゆえに、遠い昔に禁忌とされたものでございます」


「それを魔王が?」


「いえ、それを復活させたのは、前魔道士団長でございます。魔王はそれを入手して、マリー殿に使った。これはマリー殿、ご本人の証言でございますので、確かかと」


「……その魔道具は今もあるの?」


「いえ、全て破棄されました。その製造方法を知るものも含めて」


「えっ?」


「禁忌に触れたのですから、当然の処置でございます。前魔道士団長もあの様な事が無くても、死罪となっていたでしょう」


「そ、そう」


 クラウディア皇女の不穏な考えは、一瞬で吹き飛ばされる事になった。誰も、吹き飛ばしたシオン宰相代行さえも気付かない間に。


「強制されていた訳でございますから、親しいとは言えないのでは?」


「そうだね……」


「ちょっと待ってもらえませんか? 何故、そのような重大な事を魔道士団長である私が知らないのです?」


「それは魔道士団内部の事ですので、私には。魔道士団長のお父上を罪に問う内容ですので、周りの者が配慮されたのでは?」


「そうですね……」


 マイケル魔導師団長は、副官に視線を向けるが、その副官は知らん顔だ。それが却って、今の魔導士団長が名ばかりの存在である事を周りに示してしまっている。


「さて、話を戻させて頂きます。クラウディア皇女殿下、ご提案の内容は?」


「……あの、無理やり聞き出すなんて、良くない事だと思うの」


「つまり?」


「……取り下げます」


「承知いたしました。他の方で同様の事を申される方はいらっしゃいますか?」


「…………」


「では、この件は、却下という事で。さて、本題に戻しましょう」


 皇帝という絶対的な意思決定者がおらず、参加者にも飛び抜けて、力ある者はいない。

 多数決という話にならない限り、弁が立つ者、そして、進行を担当する者が、会議の中では圧倒的に有利になる。頭数では勝っているはずの、クラウディア皇女側は、全く会議の主導権を握れていなかった。


「備えというが何に対する備えかをはっきりさせないと、考えは浮かびません」


「はい。騎士団長のおっしゃる通りです。現時点で皇国が備えなければならない対象は、三つと考えております」


「魔王と王国、後は何ですか?」


「辺境でございます。皇国中央は度重なる不幸で混乱続きでございます。それを見て、辺境領がただ黙って見守っているとは私は思えません」


「辺境か……。でも、纏める者はいません」


「個別に蜂起されても、今の皇国では対応は難しいのではないでしょうか?」


「何故、そう思うのですか?」


「東西南北、各地で蜂起され、皇国軍が分散した所に、王国が侵攻したら? 各地に分散していった皇国軍を魔王に狙われたら?」


「……つまり、どうしろと?」


「それは騎士団長のご判断でございます。いかがいたしますか?」


「それは……」


 武勇に優れるオスカーも戦略、戦術となれば別だ。才能がない訳でない。ただ単に経験不足なだけだ、実戦を経験していない騎士団長など、未だかつて皇国には存在していなかった。そんなオスカーがやっていられるのは、父の代から仕えている補佐役がいるからなのだが、その補佐役たちは、この場に出席する資格はない。


「王国の動静は掴めているのですかな?」


 言葉に詰まるオスカーを見かねて、唯一この場にいる副団長が口を挟んできた。オスカーを助けるというよりは、騎士団の方針を曖昧にしたくないという気持ちからだ。

 序列で言えば、自分がなれる可能性が高かった騎士団長の座。副団長もオスカーへの感情は、好意的といえるものではない。


「今の所、全く動きはありません。王国も魔王の動向を掴み切るまで、身動き出来ないのではないというのが、現状の判断です」


「そして、こちらも掴めない以上は動けないという事ですな。なんとも受け身な事です」


「そして、その受け身である事が、魔族にとって有利になります」


「相手は攻め場所を自由に決める事が出来る。こちらは、それが分かってから動く。それでは、どうにも出来ない」


「そうなると、今日の本題の勇者選定に話を進めますか?」


「その方がよろしいのではないかな。勇者の件が動けば魔王は必ず動く。動向を掴む上では絶好の機会とも言えるでしょうな」


「では、そう致します。さて、神教会が勇者選定を告げた事は、皆様ご存じと思います。それへの対応について、協議させて頂きたい」


「内容は?」


「主な検討内容は、三つです。一つは勇者そのものについて、どうするか。今回は、教会は、本気で勇者を探し出そうとしております。教会の息のかかった者という事ではなく、真に強い者を探しているという意味です」


「それだけ、教会も危機感を持っているという事ですな?」


「間違いなく。残りの二つは、勇者選定後の事。同行者を皇国の人材から指名された場合にどうするか。軍の派遣を依頼された場合にどうするかです。まずは一つ目から勇者ですが、どうするべきと思われますか。勇者候補に皇国の者を送り出すか、それをしないか」


「あの、送り出したらどうなるの?」


 このクラウディア皇女の質問は無知からのものではない、勇者選定など、詳しく知る者はこの場にはいないのだ。


「選ばれたとしてですが、名誉になります」


「それだけ?」


「生き残れば、皇国は強者を一人手に入れる事になります」


「えっと?」


「勇者に選定されると教会によって神の加護が与えられます。簡単に言えば、更に強くなれるという事です。神の加護がどれほどか、本当にあるのかは分かりませんが、そう伝えられております」


 シオン宰相代行も、議題となるので慌てて知識を入れただけに過ぎない。


「そう。それをしなければ?」


「その場合は、二つ目の検討内容に絡んできます。こちらが望まない人材を同行者として指名される可能性が出てきます。まあ、皇国の者が勇者になっても、これを避けられるとは言い切れませんが」


「同行者に指名されるとしたら、誰なの?」


「教会が皇国の人材をどこまで把握しているかによりますが、まあ大体、想像はつきます」


「私には分からないの」


「恐らく名が知れた方になりますので、ヒルデガンド妃殿下、騎士団長、ディーフリート殿」


「やっぱり……」


「後はクラウディア皇女殿下でございますね」


「わ、私まで!?」


「神聖魔法の使い手でございますから、可能性は充分にあるかと」


「そ、そう」


 ヒルデガンドを同行者にして皇都から追い出せればというクラウディア皇女の思惑は呆気なく崩れた。指名は勇者の名で教会が行う事だ、ヒルデガンドになるとは限らない。自分である可能性もあるのだ。クラウディア皇女としては今結論を出すとすれば同行者を出さないという選択しか無い。


「さて勇者候補ですが、どなたかご意見はございますか?」


「それにヒルデガンドさんをというのは?」


「……クラウディア皇女殿下は、ヒルデガンド妃殿下に何か思う所がおありなのですか?」


「そんな事ないよ。さっきの中で一番強いのはヒルデガンドさんだから、どうかなと思っただけ」


「魔王に勝てますか? 魔王は皇国学院時代で、ヒルデガンド妃殿下の上をいっていたと私は聞いております」


「でも神の加護があれば」


「魔王をその頃と同じと考えない方がよろしいかと。少ない情報ながら、こちらでも魔王側の戦力分析を行っております。その結果をご報告させて頂いても、よろしいですか?」


「あっ、はい」


「まず魔王。圧倒的な力を見せつけた王国との剣術対抗戦ですが、その後の調査で、あれでもまだ本気ではなかったと分かりました」


「「「なっ!?」」」


 これをシオン宰相代行が話すのはテーレイズ皇子への事前報告以外では初めての事。多くの者が驚きの声をあげた。


「魔法には身体強化等の内魔法と、魔力を放出して攻撃する外魔法がある事は、ご説明するまでもないと思いますが、あの対抗戦で、魔王は内魔法を使った形跡がございません。魔族の魔法を人族のそれと同じに考える事が間違いである可能性もありますが、少なくとも身体強化等の準備を何もしなかったと、審判を務めた者が証言しております」


「魔族はそもそも詠唱を使わないのではないですか?」


「はい。それでも、あれは、鍛錬時のそれを越えるものではなかった。鍛錬の時に魔王は魔力を使わないそうです。これは、ヒルデガンド妃殿下の証言でございます」


「そう、ですか」


「そして魔王は外魔法を使えるようです。これは神教騎士団との戦いを調査した者からの報告です。まあ、魔王でございますから、それ位であって当然とも言えます」


「……わかりました」


「そして魔王には、四人の配下がおります。まずはルッツ。説明が必要ですか? 少なくとも、この者も、皇国学院にいた時にヒルデガンド妃殿下より強かったようです」


 これはやや誇張が入っている。実際はヒルデガンドの感触では互角だった。シオン宰相代行の報告はテーレイズ皇子の意向を反映している。カムイとは戦ってはいけない。戦うとしたら、それは一回。間違いなくカムイを倒せる準備が出来た時か、和解の可能性が生まれる時。それがテーレイズ皇子の考えだ。


「ま、まさか……」


「ご存じありませんでしたか。まあ、ルッツという者も実力を隠していたという事です。そしてアルト。この者については、情報が無さすぎて分かりませんが、アルトも又、多くの者が知る通りではない事は確かでしょう」


「そうですか……」


「そして、イグナーツとマリアという二人がおります。皇国学院にはいなかったので、あまり知られておりませんが、この二人の魔法の力は、今の皇国で勝る者はいないと判断しております」


「そんな馬鹿な!?」


「これはイスカンプ平原での戦いの報告から魔導士団に分析をお願いした結果なのですが」


「聞いていない! 妹は、マリーは何と言っていますか!?」


「私は直接お話ししておりませんので詳しい事は。報告書では、マリー殿が持つ最大級魔法をどちらかは使える、恐らく、マリー殿以上の威力でと書かれておりました」


「そんな……。マリー以上だなんて」


 少なくとも才能において、マイケル魔道士団長は、自分の妹であるマリーを皇国最高と考えている。それをどれほど羨んだ事か。


「この五人だけでどうかと思うのに、更に魔人がいるのです。彼等が師匠と呼んでいた魔族が。さて、勇者はこれを倒せるのでしょうか? 戦いは素人の私ですが、とても勝てるとは思えません。皇国から勇者、同行者を出せば、ただ有為の人材を失うだけでございます」


「じゃあ、どうするの?」


「それは、魔王の矛先が皇国に向かった場合と理解してよろしいですか? その場合は相手の何倍もの数を揃えて戦う以外にありません。別に目新しい話ではございませんね。魔族に人族が勝てるのは数の力のみ。これは遥か昔から周知の事実です」


「……和解は? 和解の可能性はないの?」


「それを皇国が単独で行うのですか? それをすれば、他の国を全て敵に回す可能性がございますが」


「他の国には知られずに、そっとすればいいのよ」


「……まあ、それも一つの手ではありますが、どうやって?」


「人質を渡せば良いと思うの」


「一応聞きますが、誰をでございますか?」


「それは、やっぱり、ヒルデガンドさんかな」


 ここで再度、ヒルデガンドの名を出す。この執拗さは、クラウディア皇女の強さでもある。

 もっとも、この馬鹿正直とも言える策をクラウディア皇女自身の考えだと誰も思っていないからこそ、出来る事でもあるのだが。


「クラウディア皇女殿下、さすがにそれは。いえ、万一、そういう事になれば候補の一人とはなりますが、それを言えば、クラウディア皇女殿下御自身もそうだと思いますが」


「私……、それは婚姻という事なの?」


「はあ?」


「だって、友好の絆となったら、やっぱり、そういうのかなって」


「あの、それは相手が了承しての事でございます。……申し訳ありません。今の言い方はクラウディア皇女殿下に失礼でした。クラウディア皇女殿下がどうという事ではなく、相手が和解を望むのか、その条件として、それが適切なのかとか、まあ、色々ある訳でございます」


「そう。そうだね」


「あの話を勇者選定に戻させて頂いても?」


「あっ、どうぞ」


「では、どう対応するかですが……」


 多くの者がクラウディア皇女の言動に苦笑いを浮かべるなかで、テーレイズ皇子の顔は厳しかった。

 策ともいえない策も含めて、ことごとく潰してきている。だが、クラウディア皇女は、それに全く懲りる様子が無く、何度も何度も、執拗に策を弄してくるのだ。

 それをずっと続けられたら、どうなるのか?

 どんなにその内容が稚拙であっても数を打たれて来たら、それを全て防げるのか?

 圧倒的な力を持つ魔族に対するには、ただ数で押し切るのみ。クラウディア皇女の行っている事は、それと同じだ。

 そして、その数の力で、人族は魔族に勝ってきたのだ。

 それを思ったとき、テーレイズ皇子は背中に寒気を感じるのであった。

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