皇国の真実と古の盟約
イスカンプ平原での戦いの状況が明らかになるにつれて、皇国の上層部は大混乱に陥った。特にカムイが魔王であったという事実は、皇帝を始め、多くの群臣に衝撃を与えている。
事を知っているのは、皇国だけではなく、王国も教会もその事実を掴んでいるはずだ。皇国の貴族が魔王であったという事実は皇国を敵視する者たちにとっては、格好の糾弾のネタになる。その影響をどうにか最小化出来ないかと、連日遅くまで会議が行われた。
だが、これといった妙案が出てくるはずもなく、情報をもみ消すか、真実を明らかにした上で皇国自身が討伐に乗り出すという選択肢しか浮かんでいない。
皇国内だけであれば、もみ消すのも可能だろう。だが、王国が黙ってそれを見ているはずがない。
では討伐かと言えば、カムイの所在は一向に掴めていないのだ。恐らくはノルトエンデにいるのであろうという事は分かっていても、レナトゥス神教騎士団の動向でさえ、はっきりと掴めていない状況では、軽々しく軍を出すわけにもいかなかった。
為す術もない状況で、会議を重ねても、ただ疲弊するだけ。皇帝陛下は周りの勧めで、久しぶりの休養を取っていた。周りがそう勧める程に、皇帝の心労の色が濃かったという事だ。
だが、休養を取ると言っても、ただ会議や庶務を行わなかっただけだ。皇后と雑談をしても、一人で過ごしても、頭の中には様々な思いが浮かんでくる。
それを振り払うつもりで早めの就寝に入った皇帝ではあったが、結局は、すぐに眠れる事もなく、ただうつろな時間を過ごしているだけだった。
そんな皇帝の下に一人の訪問者が現れた。誰にも知られる事もなく、皇帝自身も気付かない間に、その寝所に現れたのだ。
「カ、カムイくん……」
「お久しぶりです。随分とお疲れの様子ですね」
「……それは嫌味かな?」
皇帝を疲れさせている張本人は、それを言うカムイだ。その張本人が現れたにしては皇帝は落ち着いている。これは胆力があるというよりは、正しく事態を理解していないからだ。
「ええ、嫌味です。俺が嫌味を言う理由は説明するまでもないですよね?」
「恨み言を言いたいのはこっちだけど。どうやってここに?」
「あれ? 知りませんでした? この城には限られた者だけが、使うことが出来る転移魔法陣があるのです。それを使ってきました」
「知らない……。どうしてそれを君が使えるのかな?」
「それは俺に資格があるから。とりあえずは、それだけにしておきます」
「そう。つまり、魔王だからだね」
「正確には違いますけど、似たようなものです」
「皇帝である僕も知らない秘密があった訳だ。父上は知っていたのかな?」
「どうでしょう? それは俺にも分かりません。でも、恐らくは知っていたと思います」
このやり取りで、カムイには皇帝が、知らなければいけない事を知らないのだと分かった。だからといって許される訳ではない。それどころか罪はもっと重くなる。
「そう。それで、何をしに来たのかな? 世間話という訳ではないよね?」
「そうですね。転移魔法陣の存在も知らないという事は、何も知らないのですね?」
「僕は何を知らないのだろう?」
「皇国の真実と古の盟約ですね」
「それは興味深そうな話だ。参ったな。それを知らないから僕は間違ったのかな?」
「どうやらそのようです。陛下は運が悪い。歴代の皇帝の中には、いくらでも似たような事をした者がいたでしょうに」
「僕が運が悪いというのは?」
「相手が俺だった事。もっと正確に言えば、剣に選ばれた俺が今この時存在している事です」
カムイの話は皇帝には少しも理解出来ていない。それは許されない事だ。そしてカムイの言う現皇帝の不幸は、魔剣カムイが今目覚めている事にある。
「……教えてもらえるかな? 僕が何を間違えたか」
「はい。それを説明しないと話は進みませんからね。まずは皇国の真実からです。皇国の始祖が何者かは知っていますか?」
「それは、誰も知らない謎だね。皇国建国の祖である始祖の正体は当時から謎だったはずだ」
「それは事実ではありません。知っている者は少ないですがいました。例えば、四英雄は始祖が何者かを知っていた。四英雄以外にも建国時に始祖の下で働いた何人かは知っていたはずです」
「隠す必要があった訳だね?」
「そうですね。だって始祖は魔王の孫ですから」
「なっ!?」
皇帝は話の初めから信じられない事実を突きつけられる事になる。カムイが魔王だった所では済まない。皇帝にすれば皇国が引っくり返るような内容だ。
「始祖が生まれる前、今と同じように魔族は絶滅の危機にありました。それを救ったのが、魔王レイ。この世界に突然現れて、世界を敵に回して魔族を守った異世界人です」
「……馬鹿な? 魔王が異世界人だって? 異世界人は伝説の勇者と聞いているよ」
「それは後から作られた話です。確かに異世界人の勇者もいました。でも、その勇者は、勇者と呼ばれるには相応しくない振る舞いをして、その名声は地に落ちた。まあ、落ちる名声もなかったと言えますね。勇者という肩書だけが頼りな人物だったようですから」
「……それは魔族に伝わる話かな?」
カムイの話を素直に受け取る訳にはいかない。それどころか否定出来る点を見つけたい所だ。
「魔族の作り話だと思ってますか? 作り話かは別にして、これは魔族から聞いた話ではありません」
「じゃあ、誰からかな?」
「誰というか……、剣からです」
「それ自体が作り話に思えるけど」
皇帝からは、ややホッとした雰囲気が出ている。剣の話など誰も信じるはずがないと思っているからだ。
「まあ聞いて下さい。魔王の証と呼ばれる剣は、始祖の祖父である魔王によって生み出されました。魔剣カムイがその名です」
「君と同じ名だ」
「その魔剣の名にあやかって名付けられたようです。俺の父親は前魔王ですから」
「君は!? ソフィアはまさか!?」
「違いますよ。母上はちゃんと父である魔王を愛していました。その結果が俺です」
皇帝の反応にカムイは呆れている。皇帝自身にではなく、皆が皆、同じ反応を示す事にだ。
「まさか? そんな馬鹿な!?」
但し、この反応は同じではない。カムイが信じる人たちとは。
「やっぱり陛下はそこまでの人でしたね。魔族に対する偏見を持っていた。だから間違ったのです」
「……ソフィアが魔王と」
あまりのショックに皇帝にはカムイの言葉が聞こえていないようだ。
「話、聞いていますか?」
「あ、ああ」
「続けます。何故、魔王の孫である皇国の始祖が人族の国を建国したのか。それが古の盟約に繋がります」
「…………」
「始祖の目的は全ての人族を統べて、その上で人族から魔族への敵対心を消し去る事です。そうする事で、異種族共存を実現しようとしていた」
「でも、皇国の歴代皇帝は」
その皇国に魔族との戦いの歴史がある。そうであるから、魔族はノルトエンデに閉じ込められたのだ。
「そうです。始祖の理想は、代を重ねる事で失われ、皇国はその存在意義を失っていったのです」
「存在意義とまで言うのかい?」
「それはそうです。皇国は密かに魔族の存続を図る為に存在していたのですから。簡単に言えば、それが皇国と魔族の盟約。古の盟約と呼ばれているものです」
「……それを僕は破った?」
「はい。陛下が今回の事で優先すべき事は、俺の命を守る事ではなく、魔族を、ノルトエンデを守る事でした。それなのに陛下はノルトエンデを捨て石にした」
「ちょっと待ってくれ。僕は教会の侵攻の事実を君に伝えたはずだ」
「どういう手段を陛下が取ったのかは知りませんが、その情報は俺の所に届いていません」
「馬鹿な!? 確かに僕は」
「何があったのか知りません。でも結果としてそうなのです。陛下は運が悪い。そういう事ですね」
「馬鹿な……」
「陛下は古の盟約を破った報いを受けなければなりません」
「ち、ちょっと待ってくれ。そんな一方的に言われても」
「まだ信じられませんか? では、もう一つの事実を教えます。何故、この城に剣に選ばれた魔族の統率者が自由に使える転移魔法陣があるかです」
「それは」
「これは元々、始祖の祖父である魔王が、愛する女性、始祖の祖母になる人ですね。その人との逢瀬に使うために用意したものです」
「えっ?」
国の根幹という重い話から、いきなり恋愛事に変わって、皇帝は戸惑ってしまう。
「その女性は人族のある国の王家に繋がる人でしたから。公に魔王と会うわけにはいかなかったようです。まあ、公然の秘密だったと聞きましたので、そういった関係を楽しんでいただけかもしれません」
「そう……」
「その魔法陣を移設したのが始祖です。魔族を守る為に必要だと考えたのでしょう」
「……つまり、魔法陣の反対側は」
「当然、ノルトエンデにあります」
カムイがこの場にいきなり現れた理由としては納得出来る。だが、事実だとすれば、カムイの話も事実という事になる。皇都とノルトエンデ間の転送など、人族では決して実現出来ない魔法なのだ。
「それを僕に教えて良いのかい?」
これを言う皇帝の心はカムイの話を事実として受け入れてしまっている。
「本来は皇国の皇帝は知っておかなければいけない事です。古の盟約とともに」
「でも、僕は既にそれを破ったのだよね?」
「やっと信じてもらえましたか? そういう事です」
「僕を殺すために来たのだね?」
「いえ、それは何とか許してもらいました」
「許して?」
「剣にです。古の盟約の立ち会い人が魔剣カムイですから。盟約を破った事への罪を決める権利は剣にあります」
「まるで生きているように言うね」
「生きているというのが正しいかは分かりませんが、剣に意思がある事は事実です。だから、魔族の統率者を選べるのです」
「そう……。では僕への罰は何かな?」
「魔剣カムイを生み出した魔王の名はレイと言います。その魔王の名は知らなくても、レイの名は知っているはずですね? フリードリッヒ・レイ・ヴァイルブルク皇帝陛下」
「……代々の皇帝のミドルネームだ」
又、一つ皇帝が知らなかった事実が明らかになった。
「そうです。それが皇国と魔王レイとの繋がりの証。その繋がりの証を返してもらいます」
「……それだけ?」
「それだけです。それでよろしいですね?」
「あっ、まあ、それで済むのであれば」
この軽い気持ちで発した言葉が、皇国を揺るがすことになるとは、皇帝は思ってもいなかった。
「では確かに。魔剣カムイに選ばれし魔族の統率者であるカムイが、ここに宣言する。今、この時を持って、シュッツアルテン皇国と魔族との盟約は破棄された。今後一切、シュッツアルテン皇国皇帝は、レイの名を使うことは許されない。盟約の立会者である魔剣カムイよ。この宣言を聞き届けたか?」
(確かに。立会者、魔剣カムイの名において、古の盟約が破棄された事を認める)
「なっ?」
頭の中に響く何者かの声。魔剣カムイと名乗るその声に、皇帝の心が震えた。これまでのカムイとのやり取りは何だったのかと思うほどに、今の声だけで、皇帝には全てが真実だと信じられた。
「さて、俺の用件は以上です」
「い、今のは?」
「魔剣カムイと名乗ったでしょう? そういう事です」
「……何か隠していないか?」
「隠す? 宣言した通りですよ。皇国と魔族の盟約は破棄されました。それだけの事です」
「……それによって何が起こるのかな?」
カムイの話が真実だと心から信じられて、ようやく皇帝は確かめるべきは何か気付いたようだ。完全に手遅れだ。
「魔族が一方的に皇国に守られているだけだとでも思っていたか? 皇国も又、魔族に守られていたのだ。皇国は魔族の庇護を失った。それどころか、盟約を破った事で、魔族の敵になった」
ガラっと口調を変えて、カムイは皇帝の疑問に答えた。カムイにとって、皇帝はもう敬意を払う存在ではなくなったのだ。
「そんな……」
「もっと言えば、レイの名を失った皇国の皇族は、魔族にとって絶対不可侵の存在では無くなったという事だ。この先、いつ魔族から命を狙われるか分からない。覚悟をしておけ」
「ちょっと待ってくれ!」
「今すぐじゃない。先にやる事があるからな。そうだな。世話になった礼に一つだけ教えておく。皇都を守る防御魔法陣もまた魔族の庇護によるものだ。先々の為に、一から作り直す事をお勧めする。そうでもしないと、あっという間に皇都は滅ぶぞ」
数人で建国した皇国がここまで大きくなった理由の一つ。過去の戦争において、常に難攻不落を誇った皇都も又、皇国の武力の象徴だった。それを皇国は失う事になる。
「ば、ば、馬鹿……」
皇帝の心は一気に奈落の底に落ちていった。魔族を敵に回しても、皇国の力があればと思っていた、その力が魔族のものだったのだ。
「シュッツアルテンの意味は種の保護者だ。それを放棄した皇国に存在価値はない。お前は亡国の皇帝となるのだ」
「あっ……、うっ、そ……」
あまりの衝撃にその場に崩れ落ちる皇帝。もう何も話すことも出来ずに、ただパクパクと口を動かしているだけだ。
「……あれ? 刺激強すぎたかな? そこまでとは思っていなかった」
そうなるまで追い詰めたカムイの方も、予想外の状況に驚いている。
(心労が重なったせいだな。そこに更に負担が掛かって焼き切れた感じだ)
「へえ、分かるんだ?」
(元々、俺は、そういう事から本体を守る為に生みだされたからな。まあ、色々勉強したおかげだ)
「あっ、そう。剣のくせに真面目だな」
(元は剣じゃねえ)
「剣でもない、人でもない。じゃあ何だ?」
厳密には生きていた人ではないとカムイは魔剣から話を聞いていた。では何かとなると。
(説明しても分かんねえよ。この世界の知識じゃな)
魔剣カムイからは、前と同じ答えが返ってきた。
「残念。さてと用は済んだ。戻るか」
(良いのか? 命を助けろってあんなに頼んでいたくせに。これ、俺の見立てじゃあ、ほとんど再起不能だぞ)
「そんなにひどい? まあ、仕方ない。生きてはいるのだから父上との約束は守ってる」
(おや、ちょっと冷酷になったな)
「冷酷というか、考えてみれば母上を想っていたという事しか、思い入れはないからな。その母上の面影を引きずって、俺は失敗している。同じ轍は踏みたくない」
(いいね。それでこそ、俺が復活した甲斐がある)
「まさか、その影響?」
(違えよ。俺は受ける方。働きかける事はしねえよ。元々、そういう存在なんだ)
「……そう。まあ、良いか。じゃあ戻るか」
魔剣の話は理解し切れない。難しいというよりも、言葉足らずなのだ。それは教えたくないという意識表示だとカムイは理解した。
(やっぱ、お前似てるよ。それ、俺の相棒の口癖だった)
「ちょっと複雑だけど、まあ、良いか。あっ……」
(へへ)
「行くぞ。まだまだやることはあるからな」
(了解)
◇◇◇
皇帝が人事不省に陥っていっている頃、ヒルデガンドは自室で一人思い悩んでいた。
その理由であるカムイが同じ城中にいるとは露知らずに。
悩んでいる原因はカムイが魔王であったという事実。魔族への偏見を拭い去ろうとしてきたヒルデガンドではあるが、魔王その人となると、さすがに平静ではいられなかった。
そして、この事実により、この先カムイを待ち構えているであろう数々の試練を心配もしていた。
いくら考えても何かが解決する訳ではない。そもそも既に人の妻である自分は悩む事さえしてはいけないのだ。
そんな風に考えても、カムイの事が頭から離れる事はなかった。
「ちょっと良いかい?」
「……マリーさん、どうしたのですか?」
「どうしたじゃないよ。ずっと塞ぎこんでいるのは、あんたの方だろ?」
「心配して来てくれたのですか?」
「まさか。ちょっと読んで欲しいものがあったから渡しに来ただけだよ」
「読んで欲しいものですか……」
自分が何に悩んでいるかはマリーも知っているはず。その状況で、これを言ってくるマリーの真意がヒルデガンドには掴めない。掴めないのは今回に限った事ではないが。
「そう。これ。ずっと研究していたものなのさ。まだ全てを調べきれた訳じゃないけど、この辺で他人の意見を聞きたくてね」
そう言ってマリーは紙の束をヒルデガンドに手渡した。
「そうですか。分かりました。読んでおきます。感想を伝えれば良いのですね?」
「今、ざっと目を通してくれないか? 何、大した量じゃないよ」
「でも、今は」
マリーは大した量ではないと言うが、読むにはそれなりの時間が掛かりそうな枚数だ。
「結論も出ない事を考えているだけだろ? そんな暇があるなら、協力して欲しいね」
「……分かりました」
仕方なく書かれている事に目を通し始めるヒルデガンド。だが、すぐにその顔をマリーに向けた。
「創世記を研究しているのですか?」
「いや、違うね」
「でも、これは」
「先を読めば違う事が分かるよ。それはある男に聞いたお伽話さ。それが余りに本当っぽいからね。ちょっとした小説にならないかと、それらしい伝承を探して、更に本当っぽくしてみたのさ」
「お伽話ですか……」
「よく出来た話だよ。私はあやうく信じそうになった」
「あの、誰からこれを?」
しつこい位に興味を湧かせようとするマリーの態度に、ヒルデガンドは引っかかるものを感じた。
「私を騙すような口が上手い男は、そう何人もいないと思うけどね」
「……読みます」
そんな男はカムイしかいない。そのカムイが話した事をこのタイミングでマリーが持ってきた意味をヒルデガンドは中身を読み進める内に理解した。
カムイがマリーに話したお伽話。増長した人間への神の怒り、人間の衰退と、その後の再生。その中で重要なのは人族が人間という人族に似た存在と魔族との混血だという事だ。
これがもしも真実であるならば、ヒルデガンドにも魔族の血が流れている事になる。カムイが魔王である事の何を悩む必要があるだろうか。
「これは真実なのですか?」
「お伽話だって言っただろ? まあ真実らしくする為に、古い古い伝承を色々調べて、裏付けっぽくしているけどね。苦労したよ。そういう話って皇国には残っていないからね」
裏付けっぽくではなく、裏付けを取ったのだ。それも相当の時間と労力を掛けて。見るだけで、それが分かるだけの情報量が紙には書き込まれていた。
「じゃあ、どこで見つけたのですか?」
「辺境領の元王族なんかに伝わっている伝承だね。意外に皇国以上に古い国ってあるからね。まあ、それも意外だった。皇国が一番歴史があるってのは皇国の見栄。つまり嘘だね。滅ぼしたのだから嘘とはいえないか」
「マリーさん」
これが真実であるなどと言えるわけがない。これは人族にとって禁忌といえる事だ。それでも遠回しに、自分が真実であると信じている事を伝えてきている。そして、皇国が時に歴史に対して、嘘をつくという事も。そんなマリーの気持ちがヒルデガンドには堪らなく嬉しかった。
「どうだい? 中々面白いだろ?」
「ええ。とっても興味深い内容です。もう少し真実味を増す材料があれば、もっと良いですけどね」
「まあ、これ以上はね。他国のそういった情報調べるのは難しいしね。それに恐らく、一番真実っぽく出来る材料は教会が持っているだろうからね」
「それは難しいですね。そうですね。教会ですね」
最も真実をねじ曲げたものがいるとすれば、それは教会という事になる。人族至上主義の教会の教義は、神の怒りを買った人間という存在の思想に、似たものを感じるのは、ヒルデガンドの気のせいではない。
「これを知らせて、どうなるものでもない事は分かってる。それでも変に思い悩むよりはマシだろ?」
「ええ、気持ちが楽になりました」
「……でも、カムイは敵になるよ。人族は魔族を裏切り続けている。そして又、裏切った」
「敵を許すようなカムイではありませんね」
「そう」
「覚悟は決めます。私はカムイと約束しているのです。もし、カムイが間違った道を進んだら、止めると」
「どっちが間違った道かね?」
「その時はカムイが私を止めてくれます。そういう約束なのです」
「そうかい。全く、あんたら二人ときたら」
「そういう存在である事が私の支えです」
ヒルデガンドにとって唯一の、そしてヒルデガンド以外には誰も持たない、カムイとの繋がりだ。
「一つだけ言っておく。無理をするんじゃないよ。無理をしても最後は自分の気持ちに従うんだ」
「でも……」
「あんたとカムイに約束があるように、あたしにも約束がある。あたしは、その約束が守れる事を祈っているよ」
「それは?」
「今は言えないね。約束が守れた時に教えてやるよ」
「そうですか」
「さて、じゃあ、あたしはこれで」
「あっ、はい。マリーさん、ありがとう」
「……礼を言うのは早いね」
「えっ」
「じゃあな。今日はもう寝な。いい夢を見るんだね」
「あっ、はい」
ずっと思い悩んでいたヒルデガンドとは正反対に、今回の事態を喜んでいる者たちが居る。皇国というカムイにとっての鎖が切れた事を喜んでいる者たちだ。ヒルデガンドを慰めているマリーも実はその一人だった。
ようやく彼らも本来の目的の為に動き出す事が出来る。その動きは目的を果たすまで、決して止まることはない。




