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魔王の器  作者: 月野文人
第二章 魔王編
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動き出した悪意

 領地に戻ったカムイと入れ替わる様にして、一人の使者が皇都を訪れた。

 ジャン・リエルというレナトゥス神教の枢機卿だ。

 皇都の教会支部に大司教がいるにも関わらず、わざわざ本部から枢機卿が使者として現れた。それだけ重要な用件であるという事だが、来訪を受ける皇国側として歓迎できる事ではない。教会が言ってくることなど、大抵は碌な事ではないからだ。

 しかも今回においては、わざわざ面会は限られた人数だけでと、指定してきている。

 面会室に向かう皇帝の足は重かった。相手の希望に合わせて、宰相だけを連れて部屋に入ると、相手方も一人だけだった。


「お待たせしました」


「いえ、それ程でもございません。貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございます。まずは、その事にお礼を言わせて頂きます」


「少ない人数でという事でしたので、宰相のみを連れてきました。それでよろしいのですね?」


「はい。結構でございます。初めて、お目に掛かります。私はレナトゥス神教会にて枢機卿を務めております、ジャン・リエルと申します」


「シュッツアルテン皇国皇帝フリードリッヒ・レイ・ヴァイルブルクです。それでは、早速、ご用件を伺ってもよろしいですか?」


「はい。陛下の貴重なお時間を無駄に使う気はございません。今回、こちらにお伺いしたのは、皇国の領土内にあるノルトエンデについて、ご相談があって参りました」


「ノルトエンデが何か?」


 皇帝の警戒心が一気に強まった。神教と魔族が住むノルトエンデ。これほど相容れない関係はない。


「この度、神教会はノルトエンデの討伐を決定致しました」


「何と!?」


「それについてのご報告とご相談でございます」


「何を馬鹿な事を! ノルトエンデは皇国の領土だ! いくら教会とはいえ、そんな事を許せるわけがない!」


「許して頂かなくては困ります。なに、別に領地を頂くと言うつもりはございません」


「では、どんなつもりなのだ!?」


「落ち着いてください。それについては、これから説明します」


「……では、聞かせてもらいましょう」


「教会が調べた所、ノルトエンデは魔王に支配されております」


「馬鹿な! そんな事があるはずがない!」


「いえ、事実でございます。ノルトエンデは魔族によって統治されている。それはノルトエンデの領民であった者が証言しております」


 ノルトエンデに住んでいるからといって、住民の全てが魔族に友好的な感情を持っている訳ではない、カムイは、施策を推し進める上で、特に強硬な騎士や住民をノルトエンデから追い出している。そういった者たちの恨みを、教会に利用されたのだ。

 ノルトエンデを豊かにする事を急ぎ過ぎたカムイの行動の弊害だ。


「何かの間違えではないですか? 統治を行っているのはクロイツ子爵です。クロイツ子爵は、もともと皇国の貴族家の者。魔族などではない」


「それは表向き、そう見せているだけです。もう少し詳しい話を致しましょう。現クロイツ子爵の代になってから、急に魔族が領内で幅を利かせるようになったそうでございます」


「それはクロイツ子爵が、魔族を活用しようとしているだけです」


「いえ、そうではございません。つまり、こういう事です。魔族はずっと、ノルトエンデの支配を取り戻そうと画策してきた。その準備が整った所で、まだ若いクロイツ子爵に代替わりをさせ、傀儡として裏で思いどおりに操っている」


「全く、根拠のない事だ」


「元住民の証言があると申しております。その者たちから聞いた所では、多くの魔族が領内で色々と働いているそうでございますよ? おかしいとは思われませんか?」


「だから、それが活用という事です」


「ほう。では陛下は魔族が人族の貴族に大人しく従うと考えているのですか?」


「……従っているのではなく、協力しているのです」


 魔族が本当の意味で従う事は無い。魔族が従うとすれば、それは魔王に対してだけである事は、皇帝にも分かっている。


「なぜ、代替わりした後から急にそういう事をするようになったのでしょう? 協力する気があるのであれば、もっと前から、それをしてもおかしくないはずです」


「つまり枢機卿は、クロイツ子爵が魔王だと言いたいのですか?」


「その可能性も考えました。だが、そうではないというのが、教会の結論でございます」


「その理由も教えてもらえますか?」


「魔王の証」


「えっ?」


「陛下であれば、当然、ご存じのはずですね。魔王の証である剣の存在を」


「勿論です。でも何故、今それの話が出てくるのですか?」


「それは今、どこにありますかな?」


「この城にあります」


「そのはずですな。前魔王との戦いの後、剣は回収されて皇国にて厳重に保管されている事になっています。しかし、本当にありますかな?」


「……何が言いたいのです?」


 思わせぶりな言い方。それが皇帝の心に不安を広げていく。


「事は八年ほど前に遡ります。この城に魔族が侵入した事件があったはずです」


「何故、それを知っている?」


 侵入した魔族を捕まえる事も出来ず、その意図さえ分からないままのその事件は、先帝の意向で、関係者には箝口令が布かれている。教会が知るはずのない事件なのだ。


「それを申し上げる必要はございません。問題は、魔族が何の為に危険を冒して城に忍び込んだかです。これについて、説明は必要ですか?」


「剣を盗むために侵入した。枢機卿は、そう言いたいのですね?」


「はい。さて、そうであるとすればどうでしょう? こう考えられます。魔王はその時にすでに存在していた。もしくは、魔王として認められる為に、その剣を必要とする魔王候補が存在していた」


 剣が相手を選ぶ。それを知っている人族はいない。そして剣が選ぶ相手は、種族も、年齢も、強い弱いなども関係ないという事も知らない。ただ持つことが魔王である証。その程度の認識しか持っていないのだ。


「その当時のクロイツ子爵は、まだホンフリート家の者で、しかも幼年部の生徒です。そんな存在であるわけがない。なるほど、剣の事が事実かは別にして冷静な判断ではあります」


「真の敵を見誤ってはいけませんので。教会でも、じっくりと検討致しました」


「では、教会は誰を魔王だと思っているのですか?」


「まずは前子爵」


「ありえない! 前子爵は先帝の信頼厚き者だ。その子爵が魔王になどなる訳がない」


「そうでしょうね。恐らくは、ノルトエンデにいる魔族のどれかでしょう。教会は前子爵もまた操られている可能性が大きいと考えております」


「それだって考えづらい事です。それに話がおかしくないですか? 魔王が立っていて、何故、魔族は皇国の為に働いているのですか?」


「皇国の為という訳ではなく、あくまでも魔族の為でしょう。魔族とはいえ、住む場所は豊かであった方が良いはずです。自分たちの暮らしを豊かにする為に人族の住民は利用されていると考えるべきです」


「しかし」


「いずれにしろ、まずは剣の所在のご確認をお願いします。これ以上の話は、それを確かめてからの方がよろしいでしょう」


「……そうですね。すぐに確認しましょう」


 すぐに皇帝は自ら剣の確認に向かった。剣の在り処は、皇帝しか知らず、皇帝しか開けられない場所にあるのだ。

 そこからアウルがどうやって剣を盗み出したのか。盗み出したのではなく、先帝に頼み込んで借り受けたのだ。

 魔族はノルトエンデだけにいる訳ではない。人族の統治の下で生きる事を受け入れられない魔族は各地に点在していた。

 そういった魔族を討伐から守るために、そして、数が少なくなって子供を増やす事さえ難しい状況に陥る前に、ノルトエンデに魔族を集めたい。それをするには、言う事を聞かせる権力が必要とアウルは先帝に説明した。魔族を従わせる権力、それは魔剣カムイだ。

 アウルの訴えを認めた先帝は剣を貸すことを了承したが、それは公に出来る事ではない。先帝は誰にもそれを告げる事をしなかった。そして、現皇帝にも伝える事なく亡くなってしまっていた。


 しばらく経って戻ってきた皇帝の顔色を見て、枢機卿は、話を聞くまでもなく、剣が盗まれていたのが事実だと理解した。

 真っ青な顔で、玉座に崩れるように座り込む皇帝。


「お話を聞くまでもありませんが、一応は確認いたします。剣はありましたかな?」


「……無い」


「やはり、そうでしたか。そうなると魔王の存在は間違いございません」


「信じられない。どうやって盗めたのだろう?」


「それについては、後でお調べください。今は、それにどう対応されるのかを考えて頂く時です」


「魔王討伐に軍を出せ。そう言っているのですね?」


「いえ。魔王討伐は、神教騎士団が行います」


「何ですって?」


「それがレナトゥス神教の使命でございます」


 教会が何を考えているかは、明らかだ。前回の失敗で、すっかり落ちた教会の権威を今回の件で取り戻そうというつもりなのだ。魔王を皇国に討伐されては、教会には何の利もない。単独でそれをする事に意味があるのだ。


「勇者を選定されるのですか?」


「いえ。前回の選定から、わずかな期間しか経っておりません。勇者とは、そのように軽々しいものではございません」


 皇国の戦いの結果から、勇者という存在に頼らなくても、魔王討伐は出来ると教会は考えていた。


「神教騎士団だけで事を成すと言うのですか?」


「はい。皇帝陛下へのお願いは、まずは神教騎士団の領内の通過と、それへの物資の支援をお願いしたいと考えております」


「まずは、という事は他にもあるのですね?」


 枢機卿の言葉に諾否を告げる事なく、皇帝は質問で返した。


「はい。魔王討伐後も、しばらく神教騎士団はノルトエンデに駐留する事になります。それのご許可も頂きたいですね」


「それが目的か……」


 急に魔王討伐などと言ってきた神教の思惑の一部を皇帝は知った。近頃、急速に豊かになっているノルトエンデ。その富の搾取が教会の目的なのだ。


「目的は、残存魔族の討伐でございます」


「討伐。捕獲ではなくて?」


「……場合によっては、そういう事もあるでしょう。いくら魔族相手とはいえ、無用な殺生は教会として好む事ではございません」


 そして、魔族の奴隷化もそれに含まれる。神教の強欲さを改めて、皇帝は思い知った。


「まだ、何かあるのですか? あるのであれば、全て話してください。その上で、こちらは協議して、返答をする事にします」


「……なるほど。では、皇国には軍を出して頂きたいと思います」


「魔王討伐は、神教騎士団だけで行うのではないのですか?」


「ちょっとした作戦があります。それにご協力いただきたいのです」


「その作戦を教えて頂きましょう」


「もちろんです。皇国からみて東方の国境付近に王国が軍を出してきます。それなりの規模の軍になります」


「……王国も絡んでいるのですね?」


「まあ……」


 少し驚かせるつもりであった枢機卿としては、あっさりと、王国の侵攻も示し合わせたものだと見抜かれて、残念に思っているようだ。


「続けてください」


「はい……。その侵攻を防ぐという名目で軍を派遣して頂きたい。そして、その命令はクロイツ子爵にも出して頂く必要がございます」


「なるほど。クロイツ子爵領軍の主力を領外に出す為ですか」


「その通りでございます」


「それだけで、ノルトエンデにいる魔族討伐を神教騎士団だけで出来ると?」


「何か問題がありますか?」


「前回の魔王との戦いで皇国は皇国騎士団及びそれに従う皇国軍の半数。東方伯家の領軍の半数、北方伯家の領軍の全軍を投入しております」


「何と!?」


「枢機卿は前回の戦いをご存じないのですか? 勇者が倒されただけでなく、神教騎士団にもかなりの犠牲が出ていたはずですが?」


「それは……。まだ、私はこの地位にいなかったので」


 ジャン・リエル枢機卿は、前回の魔王討伐失敗により、全枢機卿が責任を取って、その地位を退いた事で、空いた席の後釜に座った人物だ。詳しい事情を知らされていなかった。

 勇者に率いられた神教騎士団の犠牲は、かなりという言葉でも控えめだ。

 ほぼ全滅という状態だったのだ。そして、その犠牲でさえ、教会の権威を少しでも傷つけないようにと隠されていた。


「魔族は強い。あまり簡単に考えない方がよろしいかと」


「しかし、前回の戦いで主だった魔族は全て倒したはずではないですか?」


「そうであったとしても、それに代わる者が表れていない保証はどこにあるのですか? 教会は新たな魔王が立ったと思っているのですよね?」


「それは、そうですが」


「一度戻られて、再度検討されてはいかがですか? 魔王の存在が確認出来た訳でもなく、魔族が何かしてきた訳でもないのです。その余裕はあると思いますが?」


「……すでに神教騎士団には招集命令がかかっています。王国も準備に入っているはずです」


「こちらの承諾を得ないうちに物事を進めているのですか?」


「拒否する事はないのでしょう? 魔王は、全人族の敵です。皇国も王国も今は手を取り合って共通の敵に向かうべきです」


「どうするかは協議の上、お答えすると言いました」


「拒否すれば、皇国は魔王に組していると思われます」


「それは脅しですか?」


「どう取るかは、そちらの勝手に」


「……ひとつ聞きたいのですが?」


「何ですか?」


「ノルトエンデ領外に釣り出したクロイツ子爵領軍は、どうするおつもりですか? その場に神教騎士団はいない訳ですから、こちらの判断で、処置しても構わないのですね」


「それは……、王国と相談されてはいかがですか?」


「王国と?」


「クロイツ子爵が危険な存在であれば、それにあった処置が必要だと考えます」


「つまり、討てと」


「まあ、そうなります」


「ああ、これも聞いておきましょう。王国はどれくらいの軍を出す予定なのですか?」


「詳しくは私も知りませんが、一万くらいではないでしょうか?」


「それは王国がそう言っているのですか?」


「はっきりとは聞いておりませんが、皇国への侵攻の体を取るのであれば、最低でもそれくらいいないと不自然だと考えているようでございます」


「最低でもですね」


 徐々に皇帝には、この件の裏にある事が見えてきた。教会の目的は富と名声、そして王国の目的は、変わらず皇国だという事が。


「では、もう一つ。この件は教会内部から話が出た事ですか? それとも、王国から持ちかけられたものでしょうか?」


「……教会内部に決まっております」


「そうですか。良く分かりました。さて、他に何もなければ、こちらは早速協議に入りたいのですが?」


「ああ、それがよろしいかと」


「では、枢機卿には部屋を用意しますので、結論が出るまで、そちらでお休みください」


「心遣いに感謝いたします」


「宰相、ご案内を頼む」


「はい」


「枢機卿には悪いが、案内は別の者に指示するだけで良いから。それが済んだら、騎士団長と魔道士団長を呼んでくれないか。この件について、まずは四人だけで話したい」


「かしこまりました」


 宰相に連れられて部屋を出て行くリエル枢機卿。その背中を見送る皇帝の顔は、怒りに満ちたものだった。

 自分たちの利益の為に、大人しく暮らしている魔族を利用しようとする教会、そして王国への怒りに。


◇◇◇


 皇帝自らが枢機卿とのやりとりを説明した後、しばらく会議室は沈黙に包まれていた。

 話を聞いた皇国騎士団長と魔導士団長の二人は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 それぞれの思いには微妙に異なる点はあるのだが、一つだけ共通しているのは、王国の策謀に対する苦々しい思いだ。

 魔王など口実であって、王国の真の目的は、少しでも皇国の力を削ぐ事にあるのは明らかだ。


「教会の依頼を突っぱねると言う選択は無いのですな?」


 ずっと考え込んでいても埒が明かないとでも思ったのか、騎士団長が口を開いた。


「そうだね。教会も王国もひとまとめにして、叩き潰す力が今の皇国にあれば、別の選択もあるね」


 穏やかな性格の皇帝には珍しい過激な物言いだ。いまだ皇帝の中でも怒りは治まっていない。


「今はまだ無理ですな」


「それは残念だね。そうなると断ると言う選択肢はないね」


「そうですか」


 それで又、騎士団長は口を閉ざして考え込んでしまった。元々、騎士団長は策略に長けている人ではない。何か良い案が浮かんで話を始めた訳ではないのだ。


「まずは問題を洗い出してみませんか?」


 全く進む気配がない様子に、さすがにじれた宰相がそう提案してきた。


「問題は、カムイを失う事だ」


「それ程の価値がクロイツ子爵にはあるとお考えですか?」


「ほう。宰相はそうは思っておらんのか」


「いえ、クロイツ子爵の活躍は私も存じております。あの武勇を失うのは痛手だとは思います。ですが、それによって、皇国が危機に瀕するような事はないのではないでしょうか?」


「本気で言っているのか?」


「本気と言いますか、一つの事実として述べさせて頂いただけです」


「なるほどな。宰相はあまりカムイに良い印象は持っておらんのだな」


「それは……。では、正直に申し上げます。私は枢機卿の話を聞いて、もしかしたら、そういう事もあるのではないかと思いました」


「理由を聞こうか」


「はい。クロイツ子爵の行動ですが、あれは皇国に混乱をもたらそうとしているように思えます」


「混乱? どの辺がだ?」


「皇位継承争いの件です。皇太子はテーレイズ皇子殿下で問題なかったはずです。ところが、クロイツ子爵が扇動した事でソフィーリア皇女殿下は皇位を望むようになりました」


「ふむ」


「そして、クロイツ子爵は自身の活躍により、不利であるはずのソフィーリア皇女殿下の評判をあげ、皇太子争いを逆に優位にしました」


「そうだな」


「そうであるのに、その後のクロイツ子爵の動きは奇妙です。競争相手であるはずのテーレイズ皇子殿下とも普通に接し、自分の支持が本当にソフィーリア皇女殿下にあるのか、周りに疑念を抱かせております。ソフィーリア皇女殿下有利の状況をわざわざ自ら崩しにいっているよう思えます」


「つまり?」


「クロイツ子爵は皇太子争いを複雑にし、長引かせて、争いを激しくする事で、皇国を分裂させようとしているのではないでしょうか?」


「なるほど。確かに宰相の説明を聞くとカムイの行動には疑念を感じるな」


「クロイツ子爵は皇国に利をもたらすよりも害をもたらすことの方が大きいと私は考えます。そうであるので、今回の件は、皇国にとっても幸いな事であると思います。」


 騎士団長が自分の話に同調したと思って、一気に結論まで述べてしまった宰相だったが、それは少し早過ぎた。


「だが、前提がいくつも間違っておる」


「はい?」


 策謀は苦手と言っても、皇国騎士団のトップだ。政治向きの事が全て駄目な訳がない。騎士団長は騎士団長でカムイの行動と、それに伴う影響はきちんと把握している。


「宰相は今の話を誰から聞いたのだ?」


「それは、クロイツ子爵に詳しい方からですが」


「誰からと儂は聞いておるのだが」


「それは……」


「まあ良い。大体予想はつくからな。さて、お前もそろそろ何か話したらどうだ?」


 騎士団長はここでいきなり話を魔道士団長に振った。


「ん? 何故だ?」


「カムイの事を儂が話しても身内びいきか何かのように取られるだろうが」


「身内と言えるほどの仲か?」


「うるさい。いいから、お前の口から宰相に説明しろ」


「面倒だが、まあ、今回は仕方ないか。事は皇国に関わる事じゃからな。さて、話はカムイ・クロイツの害じゃったな」


「あの、魔導士団長がクロイツ子爵を庇うのですか?」


 テーレイズ皇子派である魔道士団長が、カムイを擁護する発言をすると知った宰相が驚いて、問いかけてきた。


「庇う訳ではない。事実を言うだけじゃ」


「あっ、はい」


「そうは言ってもどこからだ? まあ、まずは間違いを指摘する所からじゃな。カムイ・クロイツが皇太子争いを引き起こした。これがまず間違い。あれが何もしなくても、ソフィーリア皇女殿下は、その気になっておった。だからこそ、クラウディア皇女殿下は、皇国学院に入ったのじゃ」


「……そうですか」


「そして、やつの活躍でソフィーリア皇女が有利になった。これは合っておるが、経緯を正しく把握しておらんようじゃな。きっかけとなった剣術対抗戦での活躍は、やつが望んだものではない。そして、それを利用したのはソフィーリア皇女殿下のほうじゃ」


「…………」


「後はテーレイズ皇子殿下じゃったな。あれはカムイ・クロイツの方がテーレイズ皇子殿下側の策に嵌ったのじゃ。出来る奴ではあるが、その辺はまだまだ若い」


「そうですか」


「宰相は本当に今の話を把握しておらんのか?」


「はい。存じておりませんでした」


「であれば宰相を辞したらどうじゃ?」


「えっ、いや、それは」


「この程度の事を理解出来ない者に、皇国の宰相は務まらんと思うがな」


「…………」


 魔道士団長の目は真剣だ。戯言ではなく、本気で言っているのだと分かって宰相は返す言葉を失くしてしまう。


「魔道士団長。今はそんな事より、教会の話を頼むよ」


 その宰相に皇帝が助け舟を出した。


「陛下は宰相に甘い。自分が見出した者だといって。ちょっと期待に応えたからといって、ずっと使えるとは限りませんぞ」


「いいから。小言はまたにしてくれ」


「はあ。諫言に耳を貸すのが上に立つ者の義務なのですが、まあ、今は良いですな。さて、カムイ・クロイツを失う事の害は、やつの武勇の事だけではなく、今話した皇太子争いにも絡んでくる」


「それは?」


「今の所、皇太子争いの決め手は、カムイ・クロイツが握っておる。それを両陣営ともに分かっておるから、貴族への接触は最低限のものになっておる。争いを激しくするどころか、押さえているのが実際の所じゃな」


「はい……」


「そして、今の状況でカムイ・クロイツがいなくなればどうなるか? 決め手を失った皇太子争いは長引き、激しさを増すことになるじゃろう。宰相の説明とは全く逆の事になると儂は考えておる」


「申し訳ございません」


「カムイ・クロイツに問題があるとすれば、奴がテーレイズ皇子殿下に付かなかった事じゃな。それも、陛下のご決断次第でどうとでもなるのじゃが……」


 誰が皇帝であろうとも、カムイはカムイ。魔道士団長の認識もこうなのだ。


「諫言を聞く耳は持っているけど、今は話題が違うよ」


「まあ、今はその決断が出来る状況ではないですな。そのカムイ・クロイツを失おうとしているのですから」


「そろそろ本題に戻ろうか。教会の申し出は受けなければならない。その上で、皇国にとっての最良の対処は何かな?」


「いっその事、失敗させてはいかがですかな?」


 皇帝の問いにすぐに魔道士団長が答えを返した。あらかじめ考えていたのだ。


「失敗?」


「魔王、いるかいないか分からないので、魔族討伐と言うべきですかな? 教会に魔族討伐を失敗してもらう」


「それで?」


「教会の権威は地に落ちるでしょうな。すでに落ちておりますが、今度こそ、立ち直れない程になるでしょう。そうなれば教会の影響力など気にする必要はなくなります」


「悪くは無いね。その為には何をするべきかな?」


「何も」


「何もしなければ失敗するか。そうだろうね。教会は前回の失敗を全く教訓にしてないようだから。そうなると問題は王国だけになるね」


「そちらの方が難しいでしょうな。おい、そろそろ代われ」


 急に視線を騎士団長に向けて、魔道士団長は話を振った。先程のお返しのつもりだ。


「はあ?」


「王国は軍事の領域だろうが」


「全く。難しい方を振ってくるとは。さて、王国ですが、まずやってくることはカムイを戦場で殺そうとするでしょう。王国の軍勢は?」


「最低でも一万と聞いている」


「なるほど。それでは自力でカムイが逃げ出すことは難しいですな。かといって、こちらが守る為に王国と戦う訳にもいかない」


「そうだね」


「こちらが拘束するしかないですな。被害が心配だが仕方がないか」


 クロイツ子爵領軍は、皇国最強と謳われている。実際にそれだけの実力があると騎士団長も考えている。拘束するにも被害を覚悟する必要があった。


「馬鹿正直に捕えようとするからだ。そんなもの、カムイ・クロイツに全てを伝えておけば良い事じゃろうが」


「そうか……」


 魔道士団長の意見が、その騎士団長の心配を見事に吹き飛ばした。


「密使を。決して、教会にも王国にも気取られないように届けるのじゃ。それで教会も失敗、王国も失敗で終わる」


「ち、ちょっと待ってください。魔王はどうするのですか? 皆様は魔王の存在を忘れています。クロイツ子爵は魔王に操られている可能性があるのです」


「それはない」


「そうじゃな。儂もそう思う」


「そんな……」


「あれが誰かに操られている者の行動か? それも見極められんのなら、もう一度言う。宰相を辞めろ」


「……承知しました。では、密使の手配は私がしておきます。どこまで告げればよろしいですか?」


「教会が攻めてくる事、戦場で大人しく捕まれ。そんな物だ」


「分かりました」


 頭の切れるも魔導士団長にも、分かっていない事がある。

 カムイへの、ノルトエンデへの悪意は教会からの使者がやってくる前から、皇国に存在していたという事を。それの意味を。

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