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魔王の器  作者: 月野文人
第二章 魔王編
74/218

カムイの居場所

 戦場で伝手が出来た将軍たちと、ソフィーリア皇女との繋ぎを付けた。感触は上々。皇国騎士団は、また一歩、ソフィーリア皇女派としての体制固めが進んだと言って良い。

 軍を掌握しているという事実は大きな力だ。カムイは荒事をこれっぽちも望んではいないが、相手にそれをさせない抑止力にはなる。


 オットーの商売拡張を支援する為に、目を付けていた中央の貴族家との繋ぎもうまく行った。カムイとしては、これ以上、深い絆を結ぶつもりはないが、カムイが中央の貴族を蔑にしているわけではないと、少しは勘違いしてもらえただろう。

 わずかな人数ではあるが、エルフの自由を取り戻すことも出来そうだ。


 ここに来た目的は、もう充分果たした。そうなれば、とっとと会場を後にしたいところではあるのだが、クロイツ子爵としてのカムイには、それは許されない。

 子爵には、それなりに貴族としての礼儀が求められるのだ。会場には、まだ挨拶しなければならない皇族が、二人居た。

 少し迷ったカムイは、より足が進まない方を敢えて選んで挨拶に向かった。

 会場に居る来客者たちの興味は、まだカムイに集まっている。カムイが向かった先を知った来客者たちの間から、言葉にならないどよめきが起こった。

 カムイが進む先に居るのが、テーレイズ皇子と、それに近しい者たちが集まっている場所だと分かったからだ。

 敵地と言える場所に向かうカムイに、ますます周りの注目が集まっていった。


「お久しぶりでございます。テーレイズ皇子殿下」


 テーレイズ皇子の正面で片膝をついて、軽く頭を垂れる。


「ひ、久し、ぶり、だな。ず、随分と」


「久しぶりだな。随分と活躍のようだ」


 テーレイズ皇子が最後まで言い切る前に、後ろに控えている男が、カムイに言葉を掛けてきた。


「……はい。活躍と申しましても、他の方々の手助けがあってのこと。まだまだでございます」


「け、謙遜、も、すっ、過ぎる、と、い、嫌」


「謙遜も過ぎると嫌味になるぞ」


 また、テーレイズ皇子の言葉を途中で引き取って、後ろの男が話しかけてくる。男の役目が、テーレイズ皇子の吃音を周りに聞かせない為であることは直ぐに分かったのだが、それはカムイにとって無性に腹立たしい。


「あの?」


 堪らずカムイはその男に問いかけた。


「何ですかな?」


「私はテーレイズ皇子殿下とお話をさせて頂いているのですが?」


「それは分かっている。私はテーレイズ皇子殿下のお言葉をそのまま述べているにすぎない」


「テーレイズ皇子殿下は最後まで、お言葉を述べられていないと思いますが?」


「それは……。間違ったことを言っているとは思わない」


 カムイの指摘はもっともだ。だが、男はそれを認めながらも自分の正当性を主張してきた。


「テーレイズ皇子殿下が何もおっしゃらないのですから、そうなのでしょうけど。私が話しづらいのです」


「何を企んでいる?」


「何も。ただ、思うところを言葉にしただけです」


「クロイツ子爵、そうやって、テーレイズ皇子殿下に恥をかかせるつもりですかな?」


「恥? それはどういう意味だ?」


 恥という言葉を聞いた途端に、カムイから発せられる雰囲気が変わる。入場してきた時よりも、もっと強烈な、殺気にも似た雰囲気だ。


「なっ、あ、いや……」


 男は文官。カムイが放つ気に完全に怯えてしまった。それを見たテーレイズ皇子殿下の口元にわずかに笑みが浮かぶ。


「あ、あまり、お、脅す、な」


「……失礼いたしました。そんなつもりではなかったのですが、まだ、戦場の気が抜けていない様です」


 テーレイズ皇子の言葉を受けて、カムイの雰囲気が解れる。言い訳ではなく、実際に気持ちが高ぶっている部分があったのだ。


「そ、そのまま、きっ、来たの、だった、たな」


「はい。戦地から真っ直ぐに皇都に参りました。着いて、直ぐに会場に入ったものですから、まだ戦場気分のようで」


 カムイは言い訳を繰り返す。国内に向かって、武張ったところを見せても、それは恐れを抱かせるだけで、逆効果だと思っているからだ。


「も、もう、それ、は、よ、良い。へっ、辺境、は、どうだ?」


「当家でございますか? それとも辺境全体のことでしょうか?」


「こ、後者、だ」


「私が知るのは、北と東のみですが、荒れております。特に東が酷い状況です」


「そっ、そう、か」


「王国の動きが活発のようでございます。その誘いに乗ってしまう辺境領主が多いようで」


 東部辺境領には王国から盛んに手が伸びている。今となっては、東部辺境領で起こる全ての反乱は王国が裏で手を引いているものと言って良いくらいだ。


「たっ、戦った、な」


「それほどの大軍ではございません。それに相手も探りを入れる程度の考えだったでしょうから」


「そ、それに、して、は、な」


 皇国側の戦果は上々だ。カムイの活躍で、王国にかなりの犠牲を払わせたのだ。


「少し悩みましたが、そうすることにしました」


「な、何故、だ?」


 相手の探りに、全力で応えた。敢えて、それをする理由をテーレイズ皇子は聞いてきた。


「あそこで、手を抜けば、直ぐに次の探りが来ると思ったこと、もしくは、手を抜いたことにも気が付かずに、もっと大きな争いを仕掛けてくるかもしれないと思ったからです。小さなものであっても、争いが続けば辺境領は疲弊するばかりでございます」


「ふむ。たっ、叩き、の、めす、と、どっ、どう、なる?」


「しばらくは大人しくなるだろうと思いました。あくまでも直接的な争いについてですが」


「ち、直接?」


「辺境領主へ手を伸ばすことは止めないでしょう。これまでよりも、もっと深く手を伸ばしてくるかもしれません」


「な、なる、ほど、な」


 直接的な武力での戦いが無理であれば、間接的な謀略戦での戦いにウェイトが移るだけ。特別なことではなく、当たり前の在り方だ。


「ある程度、寝返りの約束を取り付ければ、次はそれらの一斉蜂起。もっと規模を大きくする為に、王国も大規模な軍を出してくる可能性があります」


「ぜっ、全面、せ、戦争、でっ、ではない、か」


 戦争を激化させる結果となれば、今回のカムイの選択は誤りになるとテーレイズ皇子は考えた。


「王国はずっと前から、その機会を探って、というより、作ろうとしているわけですから、それは仕方ありません。いつかは必ずそうなります」


「……たっ、対応は、どっ、どうする?」


 覚悟しての行動だと分かった。だが、覚悟だけでは解決にはならない。


「それは私が考えることでしょうか?」


 カムイの考えることではない。カムイは一辺境領主に過ぎないのだ。


「なっ、何も、考えていない、わっ、訳では、あるまい」


 だが、それで終わらせては、テーレイズ皇子としては面白く無い。テーレイズ皇子は、カムイであれば、どう考えるかを知りたいのだ。


「そうですが、良い策は思いついておりません」


「のっ、述べて、みよ」


「……対策とも言えないものです。一つは、あらかじめ軍勢を東に寄せておく。ですが、これは問題の方が多いので、取れる手ではございません」


「なっ、何故、そう、おっ、思う?」


「王国を却って刺激する事になり、決戦が早まる可能性があります。ですが、これは良いです。相手の準備も不十分でしょうから。問題は、王国が動かなかった場合です」


「ふむ」


 カムイの話を真剣に聞いているのはテーレイズ皇子たちだけではない。周囲に居る武官や騎士、貴族たちも、それとなく聞き耳を立てている。


「大軍を駐屯させているだけでも、軍費がかかります。皇国はずっとその負担を強いられることになる。これが一つです。もう一つは、辺境領を刺激することです」


「ん?」


「辺境領主が、その軍を自領に向けられるのではないかと疑いを持つという意味です。それを防ぐには、辺境領との連絡を密に取る必要がありますが、それをすれば、既に王国に通じている辺境領から自軍の情報が全て漏れることになります」


「だ、駄目だな」


 カムイの話では全く良いところのない策だ。確かに対策とは呼べない。


「もう一つは、逆にこちらが王国へ手を伸ばすというものです」


「……どっ、どこへだ?」


「王国には辺境領というものはありませんが、王国の国境近くの領地も又、王国によって、滅ぼされ、併合された場所です。不満に思っている者が全くいないわけではないはずです」


「そ、そうだな」


「そういった者たちを扇動して、反乱を起こすことが出来れば、反乱まで行かなくても、不穏な動きをあからさまにすれば、王国は皇国に踏み込んでくる余裕が少しはなくなります」


「まっ、全く、やって、ないのではないだろう?」


「それは私には分かりません。でも、具体的に資金や武器を回してはいないのではないでしょうか?」


 これはカムイとしては少し踏み込んだ発言だ。自領に近い、東部辺境領の情報は、細かなことでも収集しようとカムイはしている。その結果として、そういった物資の移動はないと判断しているのだが、それを話すと言うことは、東部辺境領における情報収集の事実を明かすことになりかねない。


「ふむ」


「口だけで動けといっても、それは無理です。王国において不満を持っている者の多くは、領主権も持たない市井の民。金がなければ何も出来ません」


「そ、それも、さっ、策と、言えんのか?」


「想像だからです。実際に不満を持っている者が居るのか、居るとすれば、それは誰で、どの位の人数になるのか。それが分かっていない状況では、策とは呼べません」


「ふむ、ほっ、他には?」


「ありません。先ほど申し上げた通り、これは私が考えることではございませんので」


「そっ、そうか。そっ、それでも、よっ、良い意見が、きっ、聞けた。さっ、参考に、させて、もらう」


「……謀られましたか?」


 最後のテーレイズ皇子の言葉で、今の会話が策謀に類するものだと、カムイは気付いた。そして、それにまんまと自分が嵌って、喋り過ぎたことにも。


「なっ、何の、ことだ?」


「認める訳がございませんね。さて、ご挨拶はこれで充分かと思います。私はこれで失礼させて頂きます」


「まっ、まだ、あ、挨拶が残って、いる」


「……それは?」


「けっ、結婚は、すっ、済んでいるのだ、ヒルダは、こっ、皇族と、ど、同列だと、お、思うがな?」


「そうきますか」


 もっとも触れられたくないところ。今更、カムイも隠すつもりはない。


「し、視線、くらいは、あっ、合わせてやれ」


 ずっと存在を感じていながらも、カムイは決して、そこへ視線を向けようとはしなかった。それが却って、自分の動揺を晒すことになるのは分かっていても、それが出来なかったのだ。


「いえ、きちんとご挨拶をさせて頂きます」


 ここまで言われては、それで済ますわけにはいかない。カムイは一旦中腰になると、すぐ隣に居るヒルデガンドの正面に位置をずらし、片膝をついた。そのまま、頭を垂れて、挨拶しようとするカムイの目の前に、白い手が差し出された。


「……ヒルデガンド妃殿下?」


「テーレイズ皇子殿下がせっかく言ってくださったのですから、少し甘えてみようと思います」


「甘えるとは?」


「あら、カムイは貴婦人への礼は知らないのですか?」


「……知っています」


「では、礼に倣って挨拶を」


「そうきますか」


 不満気な声を出しながらも、カムイは差し出された手を取って、その甲に、そっと口づけをした。


「ヒルデガンド妃殿下、お久しぶりでございます」


「ええ、久しぶりね。立ち上がってくれる? それでは顔が良く見えないのです」


「まだ、何か企んでいます?」


「顔を見たいだけです。本当に久しぶりなのですよ」


「承知しました」


 カムイが立ち上がると、かつて、同じ高さにあった目線が、随分と下になっていた。

 カムイとヒルデガンドが顔を合せるのは、あの日以来となる。しかも、これだけ近い距離で並び立ってしまうと、どうしても、あの日の出来事が二人の頭の中に浮かんできてしまう。

 周りの目も忘れて、見つめ合う二人。

 ヒルデガンドはまるで合わせたように純白のドレスを着ていた。鮮やかな金髪と白いドレスのヒルデガンドと、それと対照的な銀髪と漆黒の衣装をまとったカムイ。

 それが不敬であると分かってはいても、二人が一対の存在であるかのように周りの者には見えてしまう。

 ただ立っているだけで、二人は会場の主役になった。そんな二人を見て、会場のどこからか、ため息の声が漏れた。


「……ヒルデガンド妃殿下を見下ろす日がくるとは思いませんでした」


「私も、カムイを見上げる日がくるとは思ってもいませんでした」


「それは、あんまりではありませんか?」


「でも、カムイは元々、私より背が低かったのよ」


「まあ」


 それによって、我に返った二人が、慌てて、お互いに軽口を言い合う。


「くっ、くっ、くっ」


 そんな二人を楽しそうにテーレイズ皇子が見つめていた。


「そんなに面白いですか?」


「おっ、思っていた、いっ、以上の、こ、効果だから、な」


「……これもテーレイズ皇子殿下の策略ですか?」


「こ、これは、だ」


「えっ?」


「ごめんなさい。さっきまでの策は私たちが考えました」


「私たち……。ああ、なるほど」


 ヒルデガンドの後ろで意味ありげに笑っているマリーとマティアスの顔を見て、それが誰を指しているのか分かった。


「迂闊だったね」


「さすがマリーさんと、言いたいところですが、今回は完全に俺の油断ですね」


「油断ね。まあ、そうだろうね。あまり高く評価されるとこれからがやりにくいから、もっと謙遜しておこうかね」


「謙遜?」


「お前は忙しすぎんだよ。アルトが居るにしても、手を広げ過ぎなのさ。それに比べて、こっちはお前だけを標的にすれば良いだけだからね。それも、お前を陥れる必要はない。充分に能力を発揮してもらった上で、こちらはお前との距離感を作り上げるだけだからね」


 これがテーレイズ皇子派の策略の基本。カムイが有能と認められるのは構わない。その力がソフィーリア皇女あってのものではないと周りに分からせれば良いのだ。

 テーレイズ皇子相手であってもカムイはその能力を発揮する。先ほどの諮問の様なやり取りはそれを証明する為のものだ。


「他は何もしていないってこと?」


「する必要がないからね。何もしなくても勝手に自滅していってくれる相手さ」


「それを敢えて、俺に言う意図は?」


 自分たちのやり方をわざわざ話す意味をカムイは考えた。これも又、何かの策かと思ったのだ。


「何もない。たまには優越感に浸りたいってだけさ。分かっているだろ? 私が忠告したって、お前には何も出来ない。お前が皇都に戻らない限りはね」


「……参った」


 マリーの言う通りだ。皇都に居ないカムイには打てる手はほとんどない。カムイに対しては、何も行われないのだから。


「それがそちらの陣営の致命的な弱点なのさ。主戦力が主戦場に居ないのだからね」


「言い訳だけど、誤算だったな」


「誤算?」


「マリーさんが、こんなに積極的に継承争いに関わると思ってなかった。さっき言った油断の原因の一つはこれだ」


 皇国魔道士団長はテーレイズ皇子支持だが、それは騎士団がソフィーリア皇女支持だからという消極的な理由だ。まして、マリーは父親に良い感情を思っていない。継承争いに関わるとはカムイは思っていなかった。


「別に継承争いの為じゃないよ」


「ん?」


「私はヒルデガンドの手助けをしてあげているだけさ」


「どういう意味だ?」


「それは教えられないね。誰にも教えるつもりは無い」


「えっと?」


 周りを見渡せば、全員が軽く驚いたような顔をしている。誰よりも驚いているのが、ヒルデガンドであることから、マリーが勝手な思いでやっていることは明らかだ。


「それでよろしいのですか?」


「か、かまわん。そっ、それが、こっちの、りっ、利になるので、あっ、あればな」


「それはまた御心が広い。これはまずいかな」


 この割り切りは、実はソフィーリア皇女に欠けているものだ。カムイに対し利だけを求めておけば良いのに、忠誠心まで望もうとするから、周りの余計な言葉に惑わされてしまう。


「少なくとも貴族連中は今日で完全に五分だね。まあ、感謝しておくよ」


「嫌味か?」


「本心さ。お前とヒルデガンドがそうして二人で立っているのを見るだけで、お前の本来の居場所がどこかは、誰にでも分かる」


「……不敬だぞ?」


 真っ赤になって俯いてしまったヒルデガンドを見て、カムイは苦い顔でマリーに文句を言った。


「テーレイズ皇子殿下御自身の策略だよ。非難されることじゃないね」


「まっ、そ、そうだな」


「ほら。うちの大将は心が広いんだよ」


「さすがに、これは心が広いとかいう問題じゃないような。まあ、良いか。今日のところはやられた。ちょっと考えなきゃだけど……、思いつかないな」


「だろうね」


「取り敢えず、ここに居てはいけないことだけは分かる。では、私はこの辺で」


「カムイ……、体に気を付けて」


 カムイがこの場を去るということで、ヒルデガンドが最後の言葉を掛けてくる。


「はい。ヒルデガンド妃殿下も……、うわ、駄目だ。これは卑怯だな」


 マリーと話をしたせいで、カムイは完全に気持ちが解けてしまっている。


「お前さ、少しは気持ちを隠せよ。策を弄したこっちの方が心配になっちまうよ」


「……それもそうだ。なんか、学院の時の乗りになっているな。気を付けよう。では、今度こそ、失礼いたします」


 その場を去って行くカムイ。戦場の気配など微塵も感じられない穏やかな顔だ。

 敵地である陣営に居て、心が和むという皮肉な状況なのだが、これはどうしようもない。今もカムイにとって、ヒルデガンドは特別な存在なのだから。


 そして次に向かうのは、常にカムイの気持ちを逆立てる面々の居る場所なのだが。何故か、ディーフリートがそこに居た。


「あれ? よろしいのですか?」


「このままカムイと話さないでいるわけにはいかないよね?」


「まあ……」


 この状況では、カムイも何も話さないで帰るつもりはない。これを心配してしまうことが、ソフィーリア皇女派の弱点なのだ。


「本当はソフィーリア様も、この場に居るべきなのだけどね。さすがに、二人共が席を外すわけにはいかないから」


「すみません。完全にやられました」


「やっぱり、あれは策だったのだね?」


「はい。俺が必ずしもソフィーリア皇女殿下だけの臣下ではないと思わせたかったみたいです」


「誰が皇位に就こうとカムイは皇国の為に働くか。当たり前だけど、当たり前過ぎて思い付かなかった」


 カムイは皇国の貴族だ。皇国の為に働くのは当たり前。


「……まあ」


 実際にはカムイにそんな気持ちはないのだが、ここで話すことではない。


「こちらとの関係が密であることを、もっと広めておけば良かった」


「俺は皇都に居ませんから、あまり効果がないかと」


 カムイが居ない場で、親密だと訴えるのであれば、それはテーレイズ皇子派にも出来る。しかも、今となっては、テーレイズ皇子派の方が有利だ。

 テーレイズ皇子と結婚した後も、カムイとヒルデガンドの関係は全く途切れたわけではない。それによって、テーレイズ皇子と反目することもないと、今日、大勢に知らしめたのだ。


「……そう」


「それも言われました。離れていることが、最大の弱点だと」


「離れているだけで最大の弱点?」


「……鋭すぎます」


 自分が口を滑らせてしまったことに、カムイは気が付いた。その表情に苦いものが浮かぶ。


「本当は何て言われたのかな?」


 そのカムイの反応を見て、ディーフリートは更に気になってしまう。


「気を悪くしないでください。俺が言ったわけじゃありませんから」


「分かってる」


「……主戦力が主戦場に居ない」


「……それは気を悪くするね。向こうは僕が主戦力じゃないと思っているわけか」


 ソフィーリア皇女陣営の中心はディーフリートだ。自分を無視されたような気がして、ディーフリートは気を悪くしている。


「俺が言った訳じゃありません」


「分かっているよ」


「最大の誤算はマリーさんです。動機は分かりませんが、マリーさんが向こうの陣営の策士のような位置に立ちそうです。今回の策も、どうやらマリーさんが考えたものですね」


「マリーが……。そうか、マリーにしては珍しく人の中に居ると思っていたら、そういうことなのだね」


 ディーフリートにとっても、マリーが皇太子位継承争いに積極的に絡むのは意外な思いだった。


「対応を考えなければなりません」


「そうだね。そうは言ってもな。いつまで皇都にいる?」


「明日の朝には発ちます」


 カムイは戦場から抜けてきた身だ。のんびりとはしていられない。


「……この会は夜中までだ。主役の僕たちが席を外せるのは、まだまだ後だね」


 皇族の婚約式だ。夜遅くまで宴は続けられる。これからが本番だと言って良いくらいなのだ。


「あ、あの?」


 ここで躊躇いがちに話に割り込んできたのはクラウディア皇女だ。


「あっ、これはクラウディア皇女殿下。失礼いたしました。真っ先にご挨拶すべきところを」


「ううん。大丈夫」


「いえ、きちんとしておくべきです。向こうがああいう手でくる以上は尚更」


 こう言うと、カムイは膝を折って、クラウディア皇女に向かって頭を垂れた。


「ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。クラウディア皇女殿下には、お健やかにお過ごしでございますか?」


「うん。元気だよ。カムイさんも元気そうで」


「はい。お蔭様を持ちまして」


「それで、提案があるの」


 挨拶もそこそこに、クラウディア皇女は本題に入ってきた。


「提案ですか?」


「城内に部屋を取ってあるから、カムイさんは、そこで休んだらどうかな? 後で皆でそこに集合して、相談すれば良いかなと私は思うの」


「部屋ですか……。まあ、そうですね。時間を取るにはそれしかありませんね」


「あっ、じゃあ。案内させるね。テレーザ」


「あっ……」


 クラウディア皇女に呼ばれたテレーザの顔が一気に曇る。それが何を意味するのか、テレーザには分かってしまったのだ。


「カムイさんを案内してあげて」


「はい……」


 表情を曇らせたままテレーザは前に進み出てきた。


「別に無理しなくて良いですよ。別の方に案内してもらいますから」


 テレーザに嫌がられるのはカムイにとって、いつものことだ。カムイ自身も出来るなら、他の人に案内してもらいたいくらいだ。


「そんな事ないよ。ねっ、テレーザ」


「はい」


 クラウディア皇女に言われては、テレーザは肯定するしかない。


「……そうですか? じゃあ、お願いします」


 カムイも同じだ。ここで嫌だとは言えない。だが、これだけでは済まないのが、クラウディア皇女だ。


「折角だから、ちゃんとエスコートしてあげたら?」


「はい?」


「ほら、テレーザの赤いドレスとカムイさんの黒い衣装は、並ぶとよくお似合いだよ」


「……それは二番煎じというやつでは?」


 ついさっき、同じ様な台詞を聞いた覚えがしているカムイだった。


「二番煎じって?」


「いえ、何でもありません。えっと、やっぱり止めておいた方が良いですね。テレーザさん、普通に案内してもらえますか?」


「あ、ああ。分かった」


 さりげなくクラウディア皇女の要求を流して、テレーザの先導で会場を後にするカムイ。その二人を見て、お似合いと思う者は中々居ないだろう。

 テレーザが悪いという訳ではない。

 ヒルデガンドと並ぶカムイを見た後では、誰であっても同じなのだ。

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