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魔王の器  作者: 月野文人
第二章 魔王編
66/218

ノルトエンデへの帰還

 木々に覆われた森の道を抜けた所で見えてきたのは、延々と連なる険しい山脈。その麓。両脇を崖に挟まれた場所に、堅牢そうな高い壁に守られた砦がある。

 その砦こそが、クロイツ子爵領への玄関口だ。他国との国境のような、その様が、クロイツ子爵領の特殊さを表している。


「いやぁ、やっと着いたな」


「着いたっていっても、砦から先だって結構あるだろうが?」


 しみじみと呟いたルッツの言葉をすかさずアルトが否定した。


「そうだけど、この山を見ると帰ってきたなって感じだろ?」


「まあ、それは否定しねえ」


 クロイツ子爵領は高い山に周りを隔てられた盆地にある。外部に繋がる街道は、一般に知られているものとしてはだが、この場所しか存在しない。ほぼ周りから隔離された土地なのだ。


「さてと、面倒な手続きはとっとと終わらせて先に進もうぜ」


 そのまま道を進んでいくと、砦の門の横に小さな建物が建っている。砦を抜けるには、そこで通過の手続きを取る必要があるのだ。

 馬車をその前に止めて、カムイたちは建物の中に入った。


「入領の手続きをお願いします」


「ん? ああ、戻ったのか。……少し早くないか?」


 声を掛けられた門番の返事はカムイに向けられたものではない。数か月前に領地を出たイグナーツとマリアに対してのものだ。門番の目線でそれに気付いたイグナーツが返事をする。


「まあ。予定が狂いましてね」


「そうか。いや、待て。つまり、この方はクロイツ子爵家のご子息か?」


「ええ。正しくは、クロイツ子爵本人ですね」


「どういう事だ?」


「こちらのカムイ様は、皇都で子爵家の継承を認められました。つまり、今のクロイツ子爵領の領主はカムイ様ですよ」


「こ、これは失礼いたしました」


 領主の息子と貴族である領主本人では、やはり大きな違いがある。椅子に座っていた兵は、慌てて立ち上がって姿勢を正した。


「そう硬くならずに。継承の通達はまだ届いていませんか?」


「はい」


「では、まずは継承の事実を確認することが必要ですね?」


「あっ、はい」


「これが、継承の認証書です。確認してください」


「はっ」


 カムイが懐から出した書面を開いて、門番は中身を確認し始めた。もっとも、これは形式的なものだ。門番程度が、皇帝陛下の署名の真偽を見極められるはずがない。


「確認いたしました。お帰りなさいませ、クロイツ子爵様」


「ありがとう。さて、砦の通過は問題ないかな?」


「はい。お通り下さい。あっ、他の方の素性も確認させて頂きたいのですが?」


 領主であっても、誰でも領地に連れて入って良いものではない。そういう土地なのだ。


「ああ、そうだね。イグナーツとマリアは良いですね。ルッツとアルトは?」


「確か学院にお連れになった方ですね」


「そう。そして、こちらが、オットー。商人です。隣にいるのが、オットーの妻でディーライト」


「カ、カムイ?!」


 ディーライトを自分の妻と紹介されて、オットーが焦っている。


「あっ、身分上は奴隷です」


「そういう事じゃ……」


「なるほど、そう言う事ですか。ええ、事情は自分も分かります。相手がエルフではそれも仕方がないですね。それで、領内で商売を?」


 オットーの戸惑いにも構わずに、門番は勝手に納得している。奴隷契約を装った異種族間の結婚はカムイが考え付くまでもなく、使われている方法であったのだ。


「商談ですね。領内の産物を使って商売をしたいとのことで。彼等はこの先、何度か領内への出入りをすることになります」


「なるほど」


「何か手続きが必要ですか?」


「クロイツ子爵様の許可証があれば、平気ですが、都度発行することになります。それが手間な場合は、常時通行許可を取られた方が良いかと」


「それはどこで?」


 常時通行許可の存在をカムイは初めて知った。


「それが……、皇都での申請が必要です」


 ノルトエンデへの常時通行許可も皇帝の認可が必要になるのだ。


「うわ、それは失敗したな」


 その皇都からカムイたちは戻ってきたばかり。知っていれば、皇都を発つ前に申請が出来た。


「申請書類は送ることも可能ですので。時間はかかりますが、取り寄せられた方が良いかと思います」


「ああ、そうします。後、彼女はミト。オットーの下働きって所ですね。彼女は領内に残ることが多くなるはずです」


「えっと……」


「何か問題が?」


 なんとなく、はっきりしないミトの顔に、門番は戸惑いを見せている。それを察した、カムイは余計な詮索を防ごうと、門番を牽制するような雰囲気を漂わせながら問いかけた。


「い、いえ。大丈夫です。では、オットー。商人であることの確認をしたい。商業許可証を見せてもらえるかな?」


「あっ、はい。これです」


 今後はオットーが差し出した鑑札を確認する門番だったが、直ぐにその目が鑑札上の一点で止まった。


「……えっ?」


「何かありましたか?」


「保証人にソフィーリア皇女殿下の名がありますが?」


「はい。皇女殿下のご好意で保証人に名を連ねて頂きました」


「そうですか……。はい、結構です。問題ありません」


 ソフィーリア皇女が保証人であるのであれば、問題があっても、何も言えるはずがない。門番は他の同行者の身元確認は諦めた。


「これで以上かな?」


「はい。では、門を開けさせますので、外でお待ちください」


 門番はお待ちくださいと言ったが、実際には全く待つこともなく、外に出るとすぐに門が開いた。

 門をくぐって砦の中に入るカムイたち。珍しい来訪者に、砦内の兵たちの視線が集まるが、それを気にする様子を見せずに、粛々と砦の中を進んでいく。

 そして、砦の奥まで進むと、そこにはまた門がある。そこを抜けるといよいよ領内だ。

 門を開けてもらう為に、そこに立っていた兵に入り口で受け取った通行許可書を渡す。それを確認した兵は大声で開門の号令をかけた。


「開門! 開門!」


 号令とともに砦の空気が一気に不穏なものに変わっていく。

 足音を響かせて、門の上に現れた兵たち。どの兵も弓を構えて、砦の外を向いて並んでいく。そして、門の内側にも武装した兵が現れた。

 これが領内に接する門を開けるときの決め事なのだ。

 兵が揃った所で、ようやく門が開く。物々しい雰囲気の中を緊張した面持ちで、ゆっくりと馬車を進めるオットー。そんなオットーに隣を歩いているカムイが声を掛ける。


「緊張しなくて平気だから」


「でも、カムイ」


「分かるだろ? この砦はうちの領地を守る為のものじゃない。うちの領地から皇国を守る為の砦なんだ」


「……そういう事なんだね」


 十年以上の時が経っても、未だにクロイツ子爵領への皇国の警戒は続いている。もっとも今となっては、少し惰性的な面が見られている。良く見れば隊列を組んでいる兵の顔は、それ程緊張したものにはなっていない。

 門をくぐると、その先は両側を高い崖に挟まれた一本道が続いている。

 しばらくは黙って歩き続けていた一行であったが、砦から見えなくなった所まで来たことを確認すると、カムイが口を開いた。


「ルッツ、イグナーツ。御者を交替しろ!」


「おお」「分かったよ」


「オットーとデトさんは荷台に乗って」


「うん。でも、どうして?」


 カムイの指示に従って、御者台を降りたオットーが理由を尋ねてきた。


「ここから先は、危険だ。いつ魔獣に襲われてもおかしくないからな」


「そうなの!?」


 進んでいるのは街道。街道に魔獣が出没するなど外の世界では考えられない。


「そういう土地なんだ」


「……大変だね」


「まあ。でも、危険であることで助かることもある」


「どういう意味?」


「この大軍なんて通れない細い道と魔獣の脅威。攻めるほうも大変だろ? 砦から先は、うちの領地を守る自然の砦ってところなんだ」


「そう」


 ノルトエンデを守る相手も皇国。カムイの皇国への意識が察せられる台詞だ。


「また緊張してる? 別に皇国と戦争しようってわけじゃないからな。元々、ここがそういう土地だって説明しているだけだ。勘違いするな」


「分かっているよ。ただ、厳しい所だとは分かっていたけど、実際に見て、話を聞くと想像以上だなって」


「まあ。それはそうだな。俺も最初来た時は、本気で後悔したからな」


「だろうね」


 カムイが皇都育ちであることをオットーは知っている。そのカムイがこの特殊な土地を継ぐ覚悟がどれほどのものだったか、ここに来て、少しオットーは分かった気がした。


「後、まだ先だけど、一つ心構えをしておけよ」


「何を?」


「魔族を見たことは?」


「……ミトさん」


「あっ、そうか。でも、ミトは人族と言っても分からないからな」


 ミトの母親の種族であるヴァンパイオ族は人族と容姿は変わらない。瞳の色が特殊なくらいだ。


「そんなに違うの?」


 カムイの言い方では、人族には見えない魔族が居ることになる。


「そうでもない。ちょっと獣っぽかったり、鬼みたいだったりするだけだ」


「それ、十分違うよね?」


「でも、心が獣だったり、鬼だったりする訳じゃない。見た目だけで判断しないようにって言っておきたくて」


「そうだね。分かったよ」


 だが、残念ながらオットーには心構えをする時間は与えられなかった。突然荷台の上から、黒い影が飛び降りて、前方に駆けて行く。


「アウル?!」


 カムイの呼びかけにも答えない。黒猫はまっすぐに道を先へと進んでいった。

 それを見たルッツは何かを察したようで、御者台に上がることを止めて、カムイに近付いてきた。


「なあ、これって」


「やっぱり、そう思うか?」


「本物の登場だ。ほら、来た!」


 ルッツの指差す先に、四つの人影が現れた。そのうちの二つは、離れた場所からでも、はっきりと、常識を外れた巨体であることが分かる。

 カムイたちには、何者であるか明らかだ。慌てて、カムイを前にしてルッツたち四人は横一列に並んだ。オットーたちも事情が分からないまま、それに倣う。

 カムイたちに向かって、真っ直ぐに歩を進めてくる四人。近くに来るにつれて、その姿がはっきりと見えるようになった。

 中央を進むのは漆黒の衣に身を包んだ美しい女性。腰まで伸びた黒髪と切れ長の赤い瞳。髪と瞳の色はミトと同じだが放たれる雰囲気は正に大人と子供。その妖艶さは直視するのも憚れるほどだ。その左右には、銀髪の、これも見目麗しいエルフ女性と巨体の獣人の男が並び、一歩下がって頭に角を生やした、これも巨体な男が続いている。

 圧倒的な存在感を示す四人に、オットーは恐れるよりも圧倒されていた。

 やがて目の前にきた四人。エルフの女性を除いた三人が一斉にカムイの前で片膝をついて頭を垂れた。口を開いたのは中央を歩いていた女性だ。


「お帰りなさいませ、王よ」


「一緒に居ただろ?」


「黒猫のアウルは私の分身に過ぎません。私であって、私ではないのです」


 皇都まで付いて来ていた黒猫のアウル。この女性はその本体だ。


「まあ、そうだな。じゃあ。久しぶりだな、アウル」


「はい。ご無事で何よりです」


「あら、アウルだけ?」


 そこで、アウルの後ろに立つ銀髪のエルフ女性が不満そうに口を挟んできた。


「シルベール師匠も久しぶり。ライアン師匠も」


「元気そうね」「帰りを待っていた」


 そして、カムイは視線を後ろにいる鬼人に向ける。合宿の時に戦ったオーガのシュテンだ。


「シュテンも迎えに来てくれたんだな」


「はい。先般は大変失礼しました」


「気にすることはない」


「では、王よ。ここから先は、我らが先導します」


 カムイがそれぞれと言葉を交わし終えたところで、アウルが又、話し掛けてきた。


「ああ、アウル。その呼び方なんだけどな」


「何か?」


「部外者、いや部外者じゃないな。新参の人が居るから、あまり使わない方が」


 カムイが新参と言ったのは、オットーとディーライト、そしてミトのことだ。


「しかし、成人した以上は」


「とにかく、事情を説明するまでは前の通りで」


「そうですか。分かりました。では主、行きましょう」


 呼び方を主に変えて、又、アウルは出発を宣言した。


「……どうして俺の周りの人はこうなんだろう?」


 カムイはやや呆れた様子で呟いた。


「はい?」


「初めて会ったのだから、お互いに自己紹介とかしなくていいのか?」


「私は別に興味ありませんが」


 こういう性格なのだ。


「……俺がする。えっと、男がオットー。元学院の同級生で、これから商人として働くことになっている。ノルトエンデの産物を扱ってもらう予定で、その為に付いて来てもらった」


「はい」


「その隣がオットーの奥さんの、ディーライトさん、デトさんと呼んでる」


「ち、ちょっと?」


「しっ! 今は何も言うな。そうじゃねえと……」


 カムイの後ろで反論しようとするオットーを隣にいたアルトが慌てて制している。


「あら、そうなの? へえ、随分、若い夫を捕まえたのね」


 同じエルフであるシルベール。人族と結婚したのだと聞いて興味深げにディーライトに話し掛けてきた。オットーの反論の声が聞こえていないのかは、分からないが、少なくとも怒った様子は見えない。


「は、はい!」


 シルベールに声を掛けられて、上ずった声でディーライトは返事をした。オットーの妻であることを肯定してしまっているのだが、それには気が付いていないようだ。


「ん? 何をそんなに緊張しているのよ?」


「シ、シルベール様は月のエルフですよね?」


「あら、それは口にしてはいけなくない?」


「あっ……」


 自分が失言をしてしまったことに気が付いて、ディーライトは顔を真っ青にして立ち尽くしてしまった。


「へえ、シルベール師匠も秘密を持ってたのか」


「まあね。でも詮索は止めてね。私は闇エルフ。それで良いの」


「了解」


 エルフ族の秘密に関わることだと分かって、カムイは直ぐに了承の言葉を返した。それでシルベールに関わる話は終わりと、紹介を先に進める。


「後はミト。新しく俺に仕えることになった」


「ほう。ヴァンパイオの血を引く者ですか」


 ミトに興味を持ったのはアウルだ。切れ長の目で、ミトをじっくりと見詰めた後で、ミトに向かって問いかけてきた。


「主に仕えると?」


「は、はい」


 アウルから発せられる威圧感に、今度はミトが固くなってしまっている。


「戦えるのか?」


「……少しは」


「主を守れるのか?」


「自信は……、ありません」


「それで、主に仕えるつもりか?」


「す、すみません」


 たった三つの質問で、ミトはがっくりと肩を落としてしまった。


「ち、ちょっと、アウル師匠。戦えるかはともかく、カムイを守れるかの質問は厳し過ぎないか?」


 完全に委縮しているミトに、慌ててルッツが助け舟を出す。カムイを守れるかと聞かれれば、自分だって同じ答えを返す。ルッツも他の三人もカムイよりも弱いのだ。


「厳しくはない。私は、主より強いかではなく、主の手を煩わせることなく、敵を払えるのかと聞いているのです」


「あっ、そういうことか」


「まあ、良いでしょう。主が認めたのですから、仕えることに反対はしません。それに足りない分は、鍛えれば良いのです」


「それは……」


 ミトの苦難を思って、ルッツは更に何かを口にしようとしたのだが。


「何か問題が?」


「いえ。ミトちゃん、頑張れ……」


 ただ声援を送るしか出来なかった。


「は、はい」


「おい、ルッツ。お前、何を他人事のように言っているのだ?」


「ライアン師匠?」


 ここでライアンが口を挟んできた。


「ノルトエンデを離れていた分を取り戻す為にも、お前にもきっちり鍛錬してもらうぞ」


「や、やっぱり?」


「アルトもな」


「うげぇ」


「あら、じゃあ、私はディーライト担当ね」


 シルベールもライアンに乗っかってくる。


「わ、私もですか?」


「だって、旦那さん、弱そうじゃない。貴女がしっかり守ってあげないと」


「……はい」


 又、妻であることを肯定する。ディーライト。こうなるともう、妻であることを否定することは絶対に出来ないだろう。


「楽しみ。同じエルフですものね。今まで出来なかったことも一杯出来るわ」


「それは何ですか?」


「カムイたちは、精霊魔法は使えない。弓も才能ないのよ。私、あまり教えることがなくて、退屈していたの。遠慮なく、思いっきり出来るなんて嬉しいわ」


「はい……」


 これでディーライトも苦難の道を歩むことが確定した。そして、それは直ぐに目の前のことだった。


「さて、じゃあ、早速始めるか」


「「はい!?」」


 ライアンの言葉に驚きの声を上げるミトとディーライト。カムイたちは、こうなると分かっていたようで、軽くため息をついただけだ。


「じゃあ、馬を外せ」


「はぁい」「はあ」「仕方ないな」


 ライアンの指示に従って、貨車から馬を外すルッツたち。もう何をするのか分かっているようだ。外された馬はシルベールが手綱を取って、貨車から引き離していく。


「さてと、どうする? 前は俺とルッツで良いか?」


「そうなると、後ろは、アルトとイグナーツか。マリアは?」


「マリアは荷台なのです!」


「お前、それじゃあ鍛錬じゃないだろ?」


「だって背が合わないのです」


「そうか、ずるいな……って。だったら、普通に走れよ!」


「ばれたか」


「あ、あの? これから何をするのですか?」


 何やら相談を始めたカムイたち。事情が分からないミトがカムイに問い掛けてきた。


「ああ、ミトには分からないか。これから、この貨車を担いで走る」


「……はい?」


「そうか。ミトとデトさんは前後ろどっちにする?」


 つまり、ミトとディーライトも貨車を担いで走るということだ。


「間に入れれば良いんじゃねえか?」


 アルトは前後ではなく間で担ぐことを提案してきた。


「そうだね。でもミトちゃんも背低くない?」


 イグナーツも同意したが、背の高さが気になっている。背が低ければ貨車の負担が軽くなるからだ。


「細かいな。それくらいおまけしてやれよ」


 そのイグナーツにルッツが軽く文句を言ってくる。


「おや? 何か、ルッツは、さっきからミトに甘くねえか?」


 甘い。その理由も分かっていてアルトは突っ込んできた。


「そ、そんなことないだろ?」


「怪しい」


「いいから、位置につけよ。こんな所でぼやぼやしている場合じゃないだろ?」


「誤魔化しているのが見え見えだけど。まぁ、今はいいか」


 貨車を囲むようにそれぞれの位置につくカムイたち。それぞれが配置についたのを確認すると、掛け声をあげて貨車を肩に担ぐ。


「……重いな」


「だって、乗せてるのは鉄で出来た壺だぞ」


「マリーズポットと言え」


 貨車にはオットーの商売の種として皇都から運んできた魔道具が積まれているのだ。


「何だ、そのこだわりは?」


「せっかく考えた名前だからな。さてと、準備出来たか?」


「「「おお!」」」「はい」「…………」


「い、いや、ちょっと待ってよ!」


 今にも駆け出しそうになっているカムイたちを、慌ててオットーが止めた。


「ん?」


「僕は?」


「あっ、忘れてた」


「酷い」


「走る?」


「それは無理じゃないかな?」


 カムイたちの鍛錬をオットーは知らないわけじゃない。自分でなくても、付いて行けるとは思えない。


「馬に乗れる?」


「無理」


「荷台」


「……彼女たちに悪い」


 オットーが乗れば、その分、貨車は重くなる。それはディーライトやミトの負担を増すことになる。


「じゃあ、どうする?」


「どうしよう?」


 こんな風に悩んでいるカムイとオットーの所に、シュテンが近づいてくる。


「主、よろしければ我が背負いますが?」


「あっ、そうだな。そうしてもらえるか?」


「はい。ではオットー殿、我の背に乗られよ」


「何か恥ずかしいな」


 いい年しておんぶされるのは、さすがに恥ずかしい。オットーはシュテンの背中に乗るのを躊躇っている。


「じゃあ、走る?」


「いえ、甘えさせていただきます」


 カムイの一言でオットーの躊躇いは吹き飛んだ。素直にオットーはシュテンの背中に乗った。

 一人だけ、おんぶされて付いて行くのは、やはり恥ずかしいのだが、カムイたちと一緒に走ることなど、到底無理だとオットーには分かっている。


「よし、今度こそ行くぞ!」


「あっと、ミトちゃんとデトさん。ヤバかったら声あげて。すぐに止まるから」


「はい」「え、ええ」


 いざ出発という所でルッツがミトとディーライトに声を掛ける。


「おや? 怪しいな」


「カムイまで何だよ?」


「いや、ルッツにしては珍しく周りに気を回すから」


「失礼なこと言うな。俺は気の回る男なんだ」


 決してそうでないことは、この場に居るほとんどが知っている。


「……自分で言って恥ずかしくないか?」


「うるさい」


「まっ、いいか。さてと今度こそ、本当に出発だ。行くぞ!」


「「「「おお!!」」」


 一応は、ミトとディーライトに気を使ったのか、最初はゆっくりと駆けだしたカムイたち。たが、徐々にその速度は上がっていった。

 やがて、全力とも思える早さで駆けだすカムイたち。もう、それでミトとディーライトの顔は真っ青だ。


「ああ、ディーライトさんに悪いな」


 その様子を見て、オットーが呟きを漏らす。考えてみれば、ディーライトも、鍛錬なんてしたことがない身。下手すれば自分よりも体力がないかもしれないことに、今更ながら、オットーは気が付いた。


「オットー殿も走るか?」


 オットーの呟きを聞いたシュテンが尋ねてきた。


「いえ、僕が走ってもディーライトさんが楽になるわけじゃありませんから」


「そうですな」


「しかし、カムイたちはずっとこんな鍛錬をしていたのですね?」


「主の鍛錬の様子は我も見るのは初めてですな」


「そうなのですか?」


 オットーはシュテンもカムイたちの師匠の一人だと思っていた。


「我が主に従う様になったのは、主が学びに出ていた時」


「ええ? いつの間に……。もしかして貧民街に?」


 魔族となると貧民街しかオットーは思い浮かばない。この魔族だと思っているところが間違いなのだが、これがさすがに事情を知っていなければ分からない。


「我は人の住む所になど居られません」


「では、どこで?」


「山に住んでおりました」


「山……。嘘? もしかして合宿の時?」


 オットーが知る中で、カムイが山に行ったのは合宿の時くらいだ。


「さあ。我にはその合宿とやらが何を指しているのか」


「そうですか。魔族の方でカムイの臣下なのは、貴方たち四人の他にも居るのですか?」


 うまく話が通じないと思って、オットーは話題を変えることにした。


「おりますな。ただ、我とシルベール殿は臣下ではありませんな」


「あっ、そうなのですか?」


「我は主の僕に過ぎませぬ。シルベール殿は、客人となるのですかな?」


「客人はなんとなく分かりますけど、僕ですか? 臣下と何が違うのでしょう?」


「本来、我は人ならざる者。かつての主に名を貰い、人がましくなっただけ。臣などと呼ばれるのは恐れ多い」


「人ならざる者……。あ、あの、アウルさんが王と呼んでいたのは?」


 この言葉の意味を考えたオットーの頭の中に一つの可能性が浮かんだ。


「それは我が話せることではありませぬ。主の口から聞かれるが良い」


「……分かりました」


 走ってもいないのに、オットーの顔から一気に血の気が引いて行く。オットーは馬鹿ではない。それどころか、かなり優秀といえる頭を持っている。

 今のシュテンとの会話だけで、おおよその事情を察することが出来た。

 アウルが王と呼んでいるのは、魔族なりに領主という言葉を置き換えたのだと考えていたのだが、それは間違いだった。

 人ならざる者、人族が魔物と呼ぶそれを従わせる存在はオットーが知る限りただ一人――魔族の王、魔王しか居ない。

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