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魔王の器  作者: 月野文人
第二章 魔王編
65/218

カムイの居ない皇都

 カムイたち一行が皇都を発って、一か月が経つ。

 城内にある会議室には、いわゆる皇女派と呼ばれる面々が集まっていた。王国との対抗戦以降、ソフィーリア皇女は継承権争いに立ち上がることを堂々と宣言しており、その為の活動を隠すことをしていない。

 今、会議室に居るのはソフィーリア皇女とディーフリート、オスカー。そして、クラウディア皇女とテレーザを含めた取り巻きの数人だ。

 オスカーの父である王国騎士団長は支持を鮮明にしながらも、こういった会議には参加しない。テーレイズ皇子側の動きが、それほど活発になっていないこともあって、まだ、大人が出る段階ではないという考えがその理由だ。

 ということにしているが、継承争いを激しいものにしたくないというのが本音だ。組織の長としてソフィーリア皇女を支持しているが、騎士団長個人としては、誰が皇太子になっても向ける忠誠は変わらない。

 ソフィーリア皇女派にしても、集まって何かの策謀を練っている訳ではない。現状確認、その程度に留まっている。

 まして、今日の話題は、ただの世間話と言っても良いものだ。


「今、どの辺かしら?」


「カムイたちですか? そうですね。普通に進んでいれば、そろそろ東方伯領に差し掛かる頃でしょうが」


「カムイたちが、普通の行程を辿ると思えないわね?」


 ディーフリートがわざわざ普通に進んでいればと前置きする意味をソフィーリア皇女は理解している。


「はい。つまり何処に居るかは、さっぱり分かりません」


「領地に着けば、連絡をもらえることになっているから、それまでは我慢ね」


「半年は先になりますね」


「……やっぱり見送りに出れば良かったかしら?」


 カムイと半年連絡がつかない。これだけでソフィーリア皇女は不安に思ってしまう。


「いや、さすがにそれは。ソフィーリア皇女殿下が見送りに出るとなっては、また大騒ぎになってしまいます」


「皇女殿下だなんて、ディーは他人行儀ね」


 カムイが言ったディーフリートとの関係を深めての意味を少しソフィーリア皇女は勘違いしている。


「ケジメはつけておかなければなりません。婚約の内示は出たといっても、正式にはまだ先の話です」


「じゃあ、せめて、もう少し砕けた口調にしてもらえるかしら? こういった場だけで、かまわないから」


「……分かりました。そう変わりませんけど、そうします」


「でも見たかったわ。もう二人、カムイの臣が現れたのよね?」


「え、ええ」


 カムイの臣が、そのまま自分に仕えてくれる者だとソフィーリア皇女は考えている。それが分かっているディーフリートは、少し返事に詰まってしまう。

 アルトやルッツを知るディーフリートは、ソフィーリア皇女とは異なる考えを持っていた。


「どんな二人だったの?」


「説明が難しいですね。女の子のほうは少し調子外れというか、無邪気というか。まあ、カムイに懐いていたのは間違いないです」


 マリアの様子を思い出して、思わずディーフリートの顔に笑みが浮かぶ。


「そう。もう一人は?」


「……ちょっと得体のしれない感じでした。我々のことは全く眼中にない様子で」


 そしてイグナーツについて語るディーフリートの顔は、マリアの時とは違って固い表情だ。


「あら、そうなの? カムイには、そんな臣下も居るのね」


「……いえ、いかにもカムイの仲間という感じでした。今考えると初めの頃のカムイたちは全員があんな感じです。そう思うのは僕だけじゃないと思うけど」


 そう言って、ディーフリートはクラウディア皇女に視線を向けた。


「普通に振る舞っているけど、何考えているか全然分からなくて。私はちょっと怖かったかな?」


「そうですね。私も同じです」


 クラウディア皇女の感想にディーフリートも同意を示す。


「あら、ディーまで怖いなんて言うの?」


「ええ。底が見えない怖さですね。今もそれは感じています」


「ちょっと、どうしたの? ディーがそんなことを言ったら、またクラウが変な考えを持ってしまうわ」


 カムイに近いはずのでディーフリートまで怖いという感想を口にする。ソフィーリア皇女は驚いてしまった。


「変な?」


「クラウはカムイが信用ならないって言うの」


「それは……。そうなのですか?」


「だって……。何だか壁があるみたいで、全然本音が見えないし」


 これはクラウディア皇女に対してだけではない。ただ、それをどう感じるかは人によって違っている。


「それはクラウディア皇女殿下が作られた壁ではないですか?」


 ディーフリートは壁の存在は感じていても、気にすることはない。何とか、それを超えられないかと、積極的にカムイに接していた。

 カムイに壁を感じ、それを不満に思って自らも壁を作ったクラウディア皇女とは違うのだ。


「そんなことないわ。それに何といってもヒルデガンドの件があるわ。姉上の味方だなんて言いながらヒルデガンドと仲良くしている。最終日だってそうよ。最後に話していたのは、ヒルデガンドの部下の二人じゃない」


「あれは、たまたまです」


「そんなことない。その後もヒルデガンドと会っていたわ」


「…………」


 カムイとヒルデガンドが会う約束をしていたことはディーフリートも知っている。ディーフリートだけでなく見送りの為に側に居たもの全員だ。それを敢えてこの場で持ち出すクラウディア皇女の無神経さが苛立たしかった。


「東方伯家の御用達の店にカムイは入って行ったわ。一人だったけど、きっと中で待ち合わせしていたのよ」


「……まさか、後を付けたのですか?」


「あっ」


 途端に厳しくなったディーフリートの視線を感じて、クラウディア皇女は自分が失言してしまったことに気付く。


「えっと……、私じゃないわ」


「では、誰が?」


「それは……」


 クラウディア皇女が助けを求めるように視線を向けた先は、取り巻きの一人の男子生徒だった。


「君か?」


 ディーフリートの視線が、その男子生徒に移る。クラウディア皇女に向けていた以上の、厳しい視線だ。


「は、はい」


「何故、そんなことをした? いや、それよりもカムイに気付かれたのではないだろうね?」


「気付かれてはいないと思います」


「間違いないのか?」


「それは……」


「そんなに彼を責めないで。彼はカムイの不審なところを探り出してきたのよ? 褒めてあげても良いくらいだわ」


 慌ててフォローに入ったクラウディア皇女だったが、こんな言葉でディーフリートが納得するはずがない。かえって詰問の相手を自分に向けることになってしまった。


「それを調べて、どうするのですか?」


「カムイの裏切りを防げるわ」


「どうやって?」


「どうやって? 決まっているわ。カムイを問い詰めて白状させるの」


 クラウディア皇女はカムイの裏切りを事実として話している。だが、それに何の意味もないことが分かっていない。


「それで? お前は裏切っているのだから味方とは認めない。ヒルデガンドの、皇子殿下の下へ行けとでも言うのですか?」


「それは……」


 クラウディア皇女は答えに詰まってしまう。


「失礼ですが、クラウディア皇女殿下はカムイのことを理解していません。信用出来るか出来ないかはどうでも良いのです」


「えっ?」


「敵にさえ回さなければ良いのです」


「……何を言っているの?」


 ディーフリートの言葉の意味をクラウディア皇女は理解出来ない。出来ていれば、カムイの裏切りなど追求しないはずだ。


「少し口調がきつ過ぎましたね。そうですね、正直なところをお話ししましょう」


「正直って?」


「少し怖いどころではありません。僕はカムイが、彼等五人が心底恐ろしいと感じました」


「「「えっ?」」」


「ち、ちょっと、それどういうこと?」


 ディーフリートの口から、カムイを非難するような言葉を聞いて、ソフィーリア皇女も慌てふためいた。


「言葉通りの意味です。それを感じたのは見送りの時。彼等五人が揃ったところを見た時です。カムイたちとの距離は、かなり近づいていたと思っていたのですが、それは僕の勘違いでした」


「……何故、そう思ったの?」


 ソフィーリア皇女はその場に居なかった。ディーフリートの気持ちを言葉で聞いただけで理解するのは難しいことだ。


「実際に見ないと分からないと思います。ルッツもアルトも、イグナーツ、マリアという二人が現れた途端に、僕がそれまで感じたことのない、何とも言えない雰囲気を表に出しました。口では説明出来ません。彼等の間だけにある、独特の何かです」


「それは幼馴染としての親しさではないの?」


「そうかもしれません。でも、彼らの中に入り込むことは出来ない。僕はそう思いました。彼等が言う仲間という言葉の意味を思い知らされた感じです」


「……私たちは仲間になれないと言うのね?」


「はい。僕はそう思います」


「だったら、尚更、カムイを近づけない方が良いわ」


 ここで懲りずにクラウディア皇女が又、口を挟んでくる。クラウディア皇女のカムイへの反感は、どうにもならないところに来ているのだ。


「クラウディア皇女殿下はそれが出来るのですか? 僕は、それさえ怖くて出来ません。離してしまったら、彼等は何をしでかすか分からない。そういう怖さを感じます」


「ちょっと、おおげさじゃないか? 確かに奴らは強いけど、それは学生としてであって、それに、所詮は五人だ」


 そして、クラウディア皇女に同調する形で、テレーザも口を出す。クラウディア皇女のカムイへの反感の多くの部分は、テレーザの情報からきているのだ。


「だと良いけどね」


「何かあるのか?」


「……口には出来ないね」


「言わないと分からない」


 口には出来ない何かがあると知ってしまっては、テレーザは引き下がらない。


「言えないこともある」


「それじゃあ分からない」


「君は分かる必要はないよ」


「そんな……」


 ディーフリートもしつこく言われても応じようとしない。


「ディー、それは私にも言えないことなのかしら?」


 頑なに言葉にしようとしないディーフリートに、ソフィーリア皇女まで焦れてしまって、口を挟んできた。


「……不敬になります」


 それでもディーフリートは、言葉にすることを拒んだ。


「かまわないわ。この場だけの話として聞きます。ディーが思っていることを言ってみて」


「…………」


「話して」


 ディーフリートの気持ちはソフィーリア皇女には伝わらなかった。聞かせたくないことであるのは明らかであるのに。


「たった五人でも」


「五人でも?」


「…………」


「ディー!」


「分かりました……」


 了承を口にしながらも、ディーフリートは直ぐには先を続けなかった。一旦、言葉を切り、軽く息を吐いてから、覚悟を決めたようにして、ようやく口を開く。


「その、たった五人で、この皇国は興りました。私が彼等五人を見て、頭に浮かんだのは、そのことです」


「「「なっ?」」」


 一斉に驚きの声があがる。

 始祖と四英雄、伝説と化している五人に誰かを例えるなど、皇国では許されないことだ。それを事もあろうに方伯家のディーフリートが口にしたのだ。周りが驚くのも当然だ。


「……彼らが、始祖と四英雄に匹敵すると言うの?」


「匹敵というか……。ただ、去って行く彼らの背中を見て、恐れとともに、僕は憧れのような気持ちを抱いたのです」


「……そう。クラウは? 貴女もその場に居たのよね?」


 その場に居なかったソフィーリア皇女にはやはりピンと来ない。クラウディア皇女にも意見を聞くことにした。


「私は、別に」


「テレーザ?」


「私も、そこまでは。まあ、なんだか様になっているなとは思ったけど」


 クラウディア皇女とテレーザはほとんど何も感じていなかった。後、残るのは一人だ。


「……オスカー?」


「…………」


「オスカー?」


「……同感です」


 少し躊躇いながらオスカーはこの言葉を口にした。


「どっちに? ディー? クラウ?」


「……ディーフリートです」


「貴方も、そうなのね」


 相手の実力を図れるかどうか、それが違いだ。実力者である二人が、同じように感じたと知って、ソフィーリア皇女は二人の感覚のほうを信じることにした


「もっと言えば、あの五人の中に入れる可能性のある人間を、俺は知っています」


「オスカー! それは言うな!」


「ディー、黙って!」


「しかし……」


 知らないままで居た方が良いこともある。それがソフィーリア皇女には分からない。上に立つ自分は、全てを知る必要があると考えているのだ。


「それは誰かしら?」


「ヒルデガンド・イーゼンベルグ。学院で唯一、カムイが本当の意味で認めたと思える生徒です」


「なんですって?」


「馬鹿が……」


 ディーフリートが忌々しげに呟く。

 ここでヒルデガンドの名を出せば、カムイへの不審はソフィーリア皇女にまで広がってしまうことがオスカーには分かっている。


「認めるということになると、マリアとかいう女の子も認めていました。カムイの妻、隣に立つに相応しい女性だと彼女は言っていました」


「…………」


 さらに追い打ちをかけるようなオスカーの言葉。ソフィーリア皇女は完全に言葉を失ってしまっている。


「ソフィーリア皇女殿下。だからと言って、カムイが皇子殿下に寝返ることはありません」


 すかさずディーフリートがフォローに入る。嫌でもこうしなければならない。他には誰も居ないのだ。


「……どうして、そう思うのかしら?」


「寝返るつもりであれば、とっくにそれをしています」


「でも、先は分からないわ」


「そうだとしても、我等に何が出来ますか?」


「……そういうことね」


 打つ手はない。これはソフィーリア皇女にも直ぐに分かった。


「はい。カムイは領地に帰りました。遠く離れた場所にいるカムイに対して、我等は何も出来ません。ただ、カムイの力を、ソフィーリア皇女殿下の力だと、周りに思わせるくらいです」


「そんな馬鹿な!? 相手はたかだか子爵です! 何故、こっちが、そんなに遠慮しなければならないのです!?」


 そしてまたテレーザが余計な口を挟んでくる。これでもうディーフリートは切れてしまった。


「では、そのたかが子爵領を潰すのだね。一人残らず皆殺しで頼むよ。そうじゃないと大変なことになる」


「皆殺しって……、そんな大げさな」


 ディーフリートの過激な言葉に、テレーザの勢いは一瞬でしぼんでしまった。


「だから君たちは分かっていないと言うのさ。良いかい? いくら後を継ぐことが決まっていたとはいえ、皇位争いに巻き込まれるという大事をカムイが独断で決められると思うかい?」


「それは……」


「今回の件は、クロイツ子爵家としての決定だ。そしてクロイツ子爵領がどんなところか知っているよね?」


「辺境領地だってくらいかな?」


 このいい加減な回答でディーフリートは感情の抑えも利かなくなった。


「魔族が住む土地だ! どれだけ居るかは僕も知らない! でもクロイツ子爵家を攻めるということは、魔族を相手に戦うということだ! それの意味を考えてみろ!」


「……で、でも、魔王は居ないし」


「本当に何も知らないのだね? それで良くもまあ……。もう良いよ。勝手にすれば良い」


「えっ、いや」


 自分の考えが全く伝わっていないことで、ディーフリートは完全に怒ってしまった。温厚なディーフリートには滅多にあることではない。

 カムイが皇都を離れてしまったことへの不安、そして、その代わりをしなければいけないというプレッシャーがディーフリートをいつになくイラつかせているのだ。


「あのね」


 黙ってしまったディーフリートの代わりに、ソフィーリア皇女が口を開く。


「は、はい」


「前回の戦いは魔王を倒したのではないの。本当はね、魔王しか倒せなかったのよ」


「ちょっと意味が」


「魔族一人一人は私たち人族よりもはるかに強いわ。数で勝るとはいえ、戦いは容易ではなかったの。そこで、要の魔王を殺すことで、魔族から戦う意欲を奪った。そうやって戦いを終わらせたのよ」


 これも真実とは違うのだが、それを知る者は先帝と現皇帝夫妻、そして前クロイツ子爵夫妻だけだ。有力者にも密約の存在を誤魔化す為に、こういう風に伝えられているのだ。


「……それは分かったけど、何故、皆殺しなんて」


「唯一残された住む土地を奪われるとなれば、魔族はどう出るかしら? 自分たちの庇護者であったクロイツ子爵家を滅ぼしたら、魔族はどう出るかしら? もし、魔族に全滅覚悟で皇国に向かってこられたら、皇国はどうなると思う?」


「ま、負けませんよ」


「ええ。勿論よ。でも甚大な被害が出るわ。そこを王国に付け込まれたら、皇国は大変なことになるわ」


「王国……」


「分かった? クロイツ子爵領は辺境の中でも、とびっきり危険な場所なの。だからこそ、亡くなったお爺様は、信頼厚い前子爵に任せたのよ。そして、その後継ぎとしてカムイが現れた。これも僥倖と言っても良いわね。もし、前子爵に何かあった時に、あの地をどうするかは、皇国にとって密かな頭痛の種だったのよ」


「どうして、カムイが現れたことが、それほどの大事なの?」


 ここでクラウディア皇女が話に入ってきた。クラウディア皇女の情報に対する欲求は、ある意味で、ソフィーリア皇女よりも強い。


「あそこを治めるにはまず、魔族に認められなければならない。この領主であれば、大人しくしていようと思わせなければならないの」


「カムイは認められたの?」


「前子爵は、お爺様への忠誠厚き方だと聞いているわ。お爺様に任された領地を、いい加減な者に任せるはずがないわ」


「つまり、カムイは」


「クロイツ子爵領に住む魔族が、すでにカムイを領主として認めているってことよ。成人したばかりのカムイに魔族は従うと決めたのよ。それがどういうことか、分かるわよね?」


「…………」


 こんな聞き方をされては、分かっていないとは言えない。


「クラウが思っているよりも、はるかにカムイは皇国にとって影響力を持つ人物なの。その分、危険であることは私も認めるわ。だからこそ敵にしてはいけない。極論を言えば、兄上に付いても良いのよ。皇国に反旗を翻させるくらいなら」


「姉上?」


 残念ながら、ソフィーリア皇女の言葉は、クラウディア皇女に届いていない。

 ソフィーリア皇女には自分が皇位に就くのは、あくまでも皇国の為だという思いがある。だが、クラウディア皇女の思いは、大好きな姉をとにかく皇位に就けるのだというところで留まっている。皇国全体の利益を見るだけの視野を持てていないのだ。

 ディーフリートがまだ中心人物になり切れていない今、カムイを失った皇女派には、微妙な亀裂が入ってしまっている。


◇◇◇


 一方で噂のカムイはと言えば。


「た、助けてくれ!」


「い、命ばかりは!」


 十数人の怯えて這いつくばっている盗賊たちの前で、剣を地に差して仁王立ちしていた。


「ん? そんなに怯えなくても殺さない。それは安心しろ」


「……本当に?」


 カムイの言葉を聞いて、盗賊が恐る恐る顔を上げてきた。


「但し。ひとつ約束してもらう」


「な、何でしょう?」


「黒地に銀十字。この旗を付けた隊商は決して襲わないと誓え」


「えっと?」


 盗賊はカムイの言っていることが、直ぐには理解出来なかった。


「別にお前らが盗賊を続けようと、俺にはどうでも良いことだ。だけど、俺の身内を襲う様な真似は許せない。今回みたいにな」


「す、すみません!」


 領地に向かう途中でカムイたち一行を襲ってきた盗賊の群れ。

 大した量の荷物を運んでいる訳ではないカムイたちを襲ってきたのは、馬を御すオットーの隣に座っていたエルフのディーライトが目的だったようだ。

 ふてぶてしく、カムイたちの前に現れて、命が惜しければ、そのエルフを置いて行け、などと、お決まりの台詞を吐いたところまでは良かったが、間髪入れず放たれたマリアの魔法、その後に続いたカムイたちの剣で、あっという間に制圧されてしまった。

 その上、アジトにまで無理やり案内されて、残っていた盗賊たちも叩きのめされ、今の状況となっている。

 彼等にとって幸福だったのは、あらかじめ、盗賊に襲われた時の対応をカムイたちが決めていたことだろう。そうでなければ成り行きで皆殺しだったかもしれない。


「この約束を守るなら、このまま去る」


「もちろん、守ります!」


「後で約束を守らなかったと分かったら、皆殺しだ。どこに逃げようと、必ず見つけ出して殺してやる」


「ひっ!」


「分かったな」


「は、はい!」


 この状況で嫌だなど、盗賊たちに言えるわけがない。


「カムイ! それだと、ちょっと可哀想じゃねえか?」


 後ろのほうからアルトが声をかけてきた。


「可哀そう?」


「だってよ、旗なんて簡単に作れるじゃねえか。それを付けていれば襲われないって分かれば、間違いなく真似する奴が出てくるぞ」


「そうか。そうなると、こいつら、襲える相手が居なくなるな」


「そういうこと。もう一工夫必要だ」


「工夫ね……。思いつかないな。ちなみに盗賊を止める予定は?」


「いやあ、他に取り柄もなくて」


 自分たちの生業を認めるような発言をするカムイたちに、自然と盗賊の口調も馴れ馴れしいものに変わった。もしかして同業者、そんなことを思ったのだ。


「そうか。じゃあ、旗以外の合図を決めないとだな」


「あの、合図ってぇのは?」


「それをこれから考える。何か良いのある?」


「合言葉はどうでやすか?」


 盗賊は思い付いたものをカムイに告げた。


「それは駄目。合言葉のやりとりして見逃してもらってるなんて知れたら、こっちも盗賊の仲間だと思われるだろ?」


「ああ、それはそうでやすね」


「……とりあえず旗だけで良いか」


「ええっ?」


 さっきそれでは駄目と言われた方法でカムイは済ませようとしている。それは盗賊には問題だ。


「商売が大きくなるのは先の話だ。そんな何度も行き来する訳じゃない。問題が起きたら、その時決めれば良いさ」


「まあ、皆さん方の顔は覚えやしたからね」


「お前らだけが覚えてもな」


 盗賊はこの者たちだけではない。道中の安全を確保するには不十分だ。


「駄目でやすか?」


「ああ。実はもう一つ頼みがある」


「な、何でやすか?」


 頼みと言われて、盗賊はやや警戒の色を見せている。


「近隣の同業者にも同じことを伝えてくれ。黒地に銀十字の旗には手を出すなって」


「それは、良いでやすが……」


 カムイの依頼に同意を示した盗賊だが、語尾が濁っている。


「問題がある?」


「同業者全てと仲が良い訳じゃありやせん。言うことを聞かない連中も居ます」


「それは、こっちで何とかする。だから、そいつらのアジトの場所を教えろ」


「……どうするのでやすか?」


 何とかするの内容が盗賊は気になる。アジトの場所を聞かれたことで大体の予想はついているが。


「皆殺しにする」


「げっ?!」


「とまではいかない。見せしめだから、数人は生かすかな?」


「す、数人でやすか」


「そう。よし、じゃあ場所教えてくれ。教えてくれるよな?」


「も、もちろんでやす」


 とにかく、今の状況では、盗賊たちはカムイの言いなりになるしかない。いくつかの盗賊のアジトを素直に教えてきた。


「こんなものか……。ミト」


「はっ」


「へっ?」


 突然カムイの背後に現れた少女に、盗賊たちは驚いている。今の今まで、誰も居なかったはずなのだ。そんな盗賊たちの驚きを気にすることなく、カムイはミトに指示を出す。


「何をするか分かってる?」


「先行して、アジトの様子を探るのですね?」


「そう。じゃあ、すぐにお願い」


「はっ」


 そして又、目の前から一瞬で消えてしまう。実際はここまでする必要はないのだが、カムイに仕えることを許されたミトは嬉しくて、とにかく間者らしくありたいと張り切っているのだ。


「さて、じゃあ、俺たちも後を追うか。とっとと片付けたいしな」


「あの?」


「何?」


「真似するものが出て困った時はどうすりゃあ?」


 襲える相手が居なくなっては、盗賊たちも暮らしに困ってしまう。


「……悪い、忘れてた。その時だけは合言葉を使うことにしよう。そうやって確かめてから相談してくれば良い。こっちも旗以外の方法はあらかじめ考えとく」


「その合言葉は?」


「そうだな。……魔王様に相談がある。それに対して、魔王様は今忙しい。これでどう?」


「いや、魔王ってえのは?」


 何とも奇妙な合言葉だ。


「普段は絶対使わない言葉にしたつもりだけど」


「確かにそうでやすね。分かりました。忘れねえようにしやす」


「よし、今度こそ。もう会わないと良いな?」


「そんなことは思ってねえでやす」


 内心では思っている。カムイの機嫌を損ねないように無理して言ったことだが、余計な気遣いだった。



「馬鹿だな。また次に会うってことは、お前らが死ぬってことだろ?」


「……あっ」


「じゃあな」


 後はもう、盗賊たちを気にすることなく、カムイは皆の元へ戻っていく。それを迎える面々。オットーとディーライトの顔は少し強張っていた。


「よし、後は言うことを聞かない奴等を始末すれば、この辺は安全になるな」


「絶対とは言えねえけどな」


「それは分かってる。それでも大分マシになるのは間違いない。さて、ミトの後を追うぞ」


「いやあ、久しぶりの盗賊退治だな。今度は殺って良いんだろ?」


 ルッツの口から普段聞かない物騒な言葉が発せられる。


「ああ。でも、気の弱そうなのは数人残せよ。そいつらには、銀十字に手を出すと酷い目にあうと広めてもらわないといけないからな」


「分かってるよ。さっ、とっとと行こうぜ」


「ああ」


 嬉々として前を進むルッツの後を他の面々が続く。ルッツとは対照的に無表情のままだ。だがそれも又、何となく恐れを感じさせる。


「……どうかした?」


 そのオットーの感情を感じ取ったカムイは心配そうに声を掛けてきた。


「い、いや。ちょっと。なんだか皆が怖い感じがして」


「ああ、少し殺気だっているかな。皇都を離れて、気が抜けたんだろ」


「あれを、気が抜けたって言うの?」


 気が抜けて、どうして物騒になるのか分からない。


「皇都では、猫被っている必要があったから。それから解放されて、押さえていたものが表に出てきたんだな」


「そう。つまり、今が素なんだね」


 この何ともいえない物騒な雰囲気が、カムイたちの真実の姿。学院の時は良い子を演じていたということだ。


「もしかして、一緒にいるのが嫌になった?」


「いや、皇都に居た時も今も変わらないことがあるから」


「ん?」


「僕たちの為じゃないか。わざわざ回り道してこんなことをしているのは。僕たちがこの先、行商中に盗賊に襲われない様に」


 わざわざ盗賊退治を行おうとする意味。これをオットーは正しく理解していた。


「ま、まあ」


「雰囲気が少しくらい変わっても、仲間を大切にしてくれる気持ちに変わりはない。その気持ちが僕は嬉しい。ありがとう」


「……オットーくん、そんな照れることを言うものじゃないよ」


 冗談めかした言い方だが、実際にカムイは照れくさそうな顔をして、そそくさとオットーから離れて行った。カムイが離れたところで、隣にいたディーライトが口を開いてくる。


「ねえ、彼等ってさ」


「怖いよね。学院にいた時とは違って凄味みたいなのが感じられる」


「大丈夫なの? 付いて行って」


「平気さ。そうだね……、彼等は、例えるなら狼かな。獰猛で狡猾で、でも仲間意識が強くてさ。敵には容赦しないけど、仲間には優しいのさ」


 嘗て、テーレイズがカムイを評したのと同じことをオットーは口にした。


「私たちは仲間?」


「そうありたいと僕は思っているよ。今はまだ庇護されているだけの存在だけど、いつかは」


「じゃあ、貴方も狼になるの?」


「……柄じゃないね。でも、僕には僕の戦いがあるさ。彼等が出来ない戦が。強くなって、いつか本当の意味で彼等に仲間と認めてもらいたい」


 これがオットーの覚悟。自分の夢を実現することと共に、オットーにとって大切な目標だ。


「ふうん。良いじゃない。今の貴方は、男らしい良い顔してるよ」


「……ディーライトさん、そんな照れること言うものじゃないよ」


「真似? 馬鹿ね、もう行きましょう。置いてかれるよ」


「ああ、そうだね」


 オットーには、ソフィーリア皇女たちのようなカムイに対する不審はない。カムイたちを信頼して全てを任せ、その仲間に心からなりたいと思っているだけだ。

 ただ、それだけ。だが、それだけで良いのだ。

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