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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
55/218

剣術対抗戦その三 カムイの実力

「「「おおおっ!?」」」


 観戦席の一角から大きなどよめきが起きる。そのどよめきが、すでに諦めモードで帰り支度を始めていた多くの観衆の足を止めた。

 どよめきの元は皇国学院の生徒たち。中には慌てて立ち上がって、最前列に急ぐ生徒もいる。

 まだ、何か起こるのか? そんな生徒たちの様子が、観衆に淡い期待を生み、席に戻らせた。


「皇国学院、副将! 前へ!」


 審判の声にも、急ぐことなく、ゆっくりと、手に持った剣を引きずりながら歩くカムイ。


「構え!」


 カムイが位置についたのを確認して、審判が声をあげた。

 審判の声に何の反応を示すこと無く手に持った剣をぶらぶらと振り回して闘技台の床を叩くような動作をカムイは続けている。


「君?」


「はっ?」


「聞こえてなかったのか? 構えだ」


「聞こえてますけど?」


「では詠唱を始めなさい」


「いらない」


「はあ?」


「だから、詠唱はいりません。良いですよ。開始なら開始で」


「いや、だが」


「審判! そいつは、はなから降参するつもりなんだ! 詠唱など不要だろ!?」


「……そういう事か。では、始め!」


 ルードルフの言葉に審判も納得したようで開始の声をあげた。

 だが、始めの声が掛かっても、お互いに動くことはなかった。ルードルフはカムイの降参の声を待って、剣も構えずに立っているだけ。カムイの方は相変わらず、剣で地面を叩く行為を繰り返している。


「……おい!?」


「何だ?」


「早く、参ったと言え!」


「何故、俺がそれを言わなければならない?」


「何だと? 貴様、戦うつもりか?」


「当たり前だろ? 何だ、それを待ってたのか? こっちは降参する気なんて微塵もない。とっととかかって来い」


「……ふざけやがって。良いだろう、一撃で終わらせてやる!」


 剣を大きく上段に振りかぶるルードルフ。


「はあっ!」


 鋭い掛け声とともに、強く足を踏み出して、前に出た。

 振り下ろされた剣。それがカムイの頭上を捉えたとルードルフが確信した瞬間に、カムイはルードルフの懐に一歩踏み込んだ。

 ルードルフの腕を取り、肘を支点にして、一本背負いのようにルードルフの体を高く跳ね上げる。


「ぐがぁっ!」


 骨が折れた鈍い音のすぐ後にルードルフの叫び声が闘技場に響く。逆さまに宙に持ち上げられたルードルフの体は、そのままカムイによって腕を引かれて、頭から床に叩きつけられた。

 足を高く上げたまま倒れていくルードルフの体。その足に向かって、更にカムイの蹴りが真横から叩きこまれる。

 粉砕音とともに、反対方向に蹴り飛ばされるルードルフ。数回、床を転がった後は、わずかな体の痙攣を残すのみで全く動く気配はなかった。

 実際にそれを見ていた観衆の目にはほとんど何も映っていない。気が付いた時には、片腕と片足をありえない方向に捻じ曲げたまま、倒れているルードルフの姿があった。


「あれっ? えっと、この場合は。とりあえず、場外でも降参でもないと。よし、続行だな」


 しんと静まり返った会場ではカムイの独り言が思いの外よく響いた。


「ち、ちょっと待て!」


「何ですか?」


「続行とはどういう事だ?」


「降参した訳じゃないから、まだ対戦は続いてますよね?」


「まあ、そうだが……」


「規定通りと。さてと、しかし、生きているとはな」


 物騒な言葉を吐きながら、ルードルフに近づくカムイ。


「……なるほど、この兜のせいか。防具をつけた奴との戦いも勉強しておくべきだったかな?」


 頭から闘技台に思いっきり叩きつけたにもかかわらず、ルードルフが生きていたのは、しっかりと固定された兜のおかげ。それを確認して、カムイは納得したように呟くと、その兜を外そうと試み始めた。

 だが。固定部分が分からずに断念。


「……まあ、何とかなるか。ただ、倒れたままだとあれだな」


 そう言いながら、今度は倒れているルードルフの体を無理やり引き起こすカムイ。何度起こしても倒れてしまうルードルフの体を持て余して、一旦作業の手を止めた。

 少し考え込んでいたが、やがて何かを思いついたようで、ポンと手を打つと又、作業を始める。

 何をしているのかと疑問に思いながら審判が見ていると、カムイはルードルフの剣を支えにして、無理やり、上半身を起こした状態に整えた。


「よし、出来た」


 満足そうに呟くカムイ。


「……君は何をしているのだ?」


「試合を終わらせようと思って」


「いや何も上体を立てなくても、かまわないだろ?」


 首筋に剣を当てれば、それでカムイの勝ちは決まる。だが、カムイはそんな勝ち方など考えてはいないのだ。


「勝敗が決まる瞬間は、場外に出た時、降参した時、首筋に剣を当てられた時。それ以外にもありましたよね?」


 そう言って、カムイは転がしてあった自分の剣を拾い上げる。


「お、おい?! や、止めなさい!!」


「決着はまだ付いてない。これで終わりだけどな」


 審判の制止を無視してルードルフの横に立ったカムイは、剣を背中に担ぐように構えた。


「止めろっ! 止めろぉ!!」


 それを見てカムイが何をしようとしているか気が付いた王国側からは懸命の制止の声が飛ぶ。


「し、勝者! カムイ!」


 まさにカムイが剣を振り下ろそうとした瞬間に、審判がカムイの勝利を宣言した。


「ん?」


 怪訝そうな顔で審判に目を向けるカムイ。


「勝敗が決まる瞬間は他にもある。審判が続行は不可能と判断した時だ」


「本当に?」


「ああ、ちゃんと規定に定めてある」


「それが嘘だったら、いくら温厚な俺でも怒るぞ?」


「嘘ではない!」


「あっ、そう。ちっ、しくじった。足を折るのではなくて、股間でも潰しておけば良かったか」


「きっ、君?!」


「こいつが弱過ぎんだ。セレの痛みを何倍にもして返してやろうと思ったのに、あっさりと気絶しやがって」


「とにかく、そこから離れなさい! 王国学院、誰か倒れている彼を!」


「は、はい!」


 審判の指示を受けて、王国側は一気に慌ただしく動き出した。闘技台に昇って、数人がかりで倒れているルードルフを自陣に運ぼうとしている。


 観客席はそれと正反対。来賓席も周りの観衆と同じように、しんと静まり返っていた。


「……まるで狂犬ですな」


 そんな中で真っ先に我に返ったのは、皇国騎士団長だった。


「ソフィーリア様は、あれを飼い馴らすことが出来るのですかな?」


「出来るわ。当然よ」


「ふっ」


 ソフィーリア皇女の言葉にテーレイズ皇子がわざとらしく鼻を鳴らした。


「お兄様、何か?」


「あ、あれは、い、犬では、ない。お、狼だ。お、狼は、か、飼う事など、で、出来ん」


「狡猾で残忍。なるほど、テーレイズ様の例えは的確ですな」


「でも、狼は群れの仲間は大切するわ」


「仲間と認めればですな。そんな事よりも、やつは確かに強い。それがはっきりと分かりました」


 カムイの実力が皇国に初めて正しく認識された瞬間だ。そして、すぐにこの認識は塗り替えられる事になる。カムイの力はこの程度ではない。


「次、王国学院、次鋒を」


「は、はい」


 審判に促されて、王国学院の次鋒が闘技台の上に上がる。


「役割は分かっているな! とにかく止めろ! いいな!」


 その次鋒に対して、王国側から指示が飛ぶ。次鋒の役目は、相打ち目的で、場外に落ちることだ。


「はっ!」


「構え! ……始め!」


 審判の始めの合図が掛かるかかからないかの瞬間に、王国学院の次鋒は、一気にカムイとの間を詰める。間合いに入る直前で、軽くステップを踏み、進行方向を変えた。

 更に、ステップ。カムイの死角に入った瞬間に、体を沈めて懐に飛び込んでいった。


「ぐふっ!」


 だが、その結果は、振り下ろされたカムイに腕によって、頭から地面に叩きつけられる事となった。


「何してんだ? お前」


 足元に沈んだ相手に向かって、冷たく言い放つカムイ。痛みを堪えて、立ち上がろうとする相手に、更にカムイの蹴りが跳んだ。

 大きく蹴り跳ばされた相手だったが、その分、間合いが空き、立ち上がる時間が取れた。

 だが、そこに横薙ぎに振るわれたカムイの剣が襲う。


「避けろぉっ!」


 掛けられた声に反応して、とっさに後ろに倒れ込む王国の次鋒。それによって、わずかに逸れたカムイの剣先が、相手の顎にかする。


「つっ!」


 皮膚を切り裂く鋭い痛みが、王国学院の次鋒を襲う。血しぶきが宙に舞った。それを確認したイーゴリが、すぐに大声で審判に向かって叫び始めた。


「審判! 剣を! 剣を調べろ!」

 

「なっ?」


 イーゴリの声で初めて審判は、学院の次鋒の顎に出来た切り裂かれたような傷口から血が滴り落ちている事に気がついた。

 ただ、かすっただけで出来る様な傷ではない。使っている剣は刃先を潰し、きちんと丸めてあるはずなのだ。


「君!? 剣を見せなさい!」


「……はあ」


 カムイから剣を取り上げて、確かめる審判。刃に指を軽く当てても切れる感じはない。きちんと刃が潰されている鍛錬用の剣だ。


「違う! 剣先だ!」


 もう一度、イーゴリの叫ぶ声が響く。その言葉の通り、剣先を調べた審判の手が止まった。わずかに先の方だけ丸みが無くなり、ぎざぎざと鋸の歯のようになっている。


「君!? これはどういう事だ?」


「何がですか?」


「この刃だ」


「刃? なんですかね? 引きずった時にでも出来た傷じゃないですか?」


「君は……」


 闘技台に上る前からずっとカムイが続けていた行為の意味が審判に分かった。カムイは地面や床を使って、わずかな部分ではあるが剣を研いでいたのだ。


「何ですか? それ支給された剣です。ちゃんと調べて渡しているのですよね?」


「そうだ」


「じゃあ、問題ありませんね?」


「規定上はな」


「それは問題ないという事です。一応、剣は交換ですか?」


「ああ、そうしてくれ」


 カムイが故意であると認めない限りは、審判はこういう対応になってしまう。


「違反じゃないのか?!」


 それでは王国側は納得出来ない。審判の対応に王国学院の次鋒が文句の言葉を吐く。だが、この抗議が受け入れられる事はない。


「対戦中に出来た傷であれば、違反にはならない」


「そんな?!」


「……審判として、こんな事を言うのは問題なのだが」


「何ですか?」


「棄権しなさい。死にたくないのであれば」


「ん、なっ?」


「彼の目的は試合に勝つことではない。君たちを殺すことだ」


「しかし……」


 自陣の方を振り返る。こんな事は自身で決められる事ではない。だが、自陣を見ると言う行為が、その心情を表していた。


「……許す」


 その気持ちが分かったイーゴリが降参を許可した。


「参りました」


「勝者! 皇国学院 カムイ!」


「……ずるくないか?」


 この結果には勝利を宣言されたカムイの方が不満そうだ。


「何がだ?」


「片方の味方をするような真似。審判は公平じゃないと」


「公平にして欲しいなら、相手を殺すような真似はやめろ」


「戦いとなれば、相手を殺すのが普通ですよね? それに、仕掛けてきたのは向こうの方ですよ? 俺はまだ一言も向こうから謝罪の言葉を聞いてません」


「それはまだ、続けるという事か?」


「それは向こうに聞いてください。相手の出方次第です。さっ、次の試合を始めましょう」


「……次! 王国学院 中堅!」


 審判は試合を進める事にした。カムイに言われたからではない。この戦いを終わらせる為だ。


「は、はい」


 震える足をなんとか前に出して、闘技台への階段を上る王国学院の生徒。その心境は、まさに死刑台への階段を昇る気持ちなのであろう。


「すぐに! すぐに降参するんだ!」


 その生徒にイーゴリから声がかかる。


「は、はい!」


「構え! ……始め!」


「まっ、うげっ!」


 始めの合図から一瞬で王国学院の生徒の目の前に詰め寄ったカムイは、参ったの言葉を声に出す間も与えずに、剣の柄を使って、その喉元を殴りつけた。


「ごっ、ごほっ!」


 跪いて、苦しそうに喉元を押さえる王国学院の生徒。


「勝者! カムイ!」


 この状況を見て、カムイが剣を振るう間を一切与えずに、審判がカムイの勝ちを宣言した。


「早っ!?」


「審判判断だ」


 勝ち目がないと判断したら、強引に試合を終わらせる。審判が選んだ方法はこれだった。


「あっ、そう来る? じゃあ、次は一撃で決めてやる」


「王国学院……。次は副将だが?」


「……自分です」


 恐怖に震えてうずくまっている生徒をちらりと見て、イーゴリは自らが副将だと答えた。


「では前に」


「はっ」


 闘技台の上に昇るイーゴリ。さすがにイーゴリには怯えた様子は一切ない。


「提案がある」


「今更?」


「治療の許可をお互いに出さないか?」


「お互いに?」


「そうだ。このまま放置しておいては、治るものも治らなくなる可能性がある」


「断る」


「何だと? そちらのほうが長く……、何?」


 イーゴリの目に入ったのは、ルードルフにひどい怪我を負わされたはずのセレネが、立ち上がってディーフリートと話をしている姿だった。

 腫れは残っているが、辛そうな様子は一切ない。


「こちらは改めて治療する必要はない。という事で、提案を受ける必要もない」


「そんな馬鹿な?! あの怪我はそう簡単に」


「対戦中の治療は禁ずる。ただし、対戦チームのメンバーがそれをする場合はこの限りではない。これが規定に書かれている内容だ」


「まさか?!」


 怪我がすぐに治る治療。そんなものは魔法しか考えられない。


「それに答える必要はない。とにかく規定通りだ。そちらの治療は対戦が終わってからにしてくれ。もしくは自分たちでやるんだな」


「くっ」


 王国学院のチームに神聖魔法の使い手は居ない。それが居れば、とっくに治療をしている。


「それとも降参するか? そうすればすぐに終わるかもしれないぞ」


「それを許すつもりもないのだろう?」


「お前は許しても良いぞ。面倒そうだから」


「……そうか。では、お前を倒して終わりにしよう」


「ああ、それが一番良いと思う」


「審判!」


「では、始める。構え!」


 イーゴリの口から詠唱の声が漏れる。


「始め!」


 中段に剣を構えるイーゴリ。カムイの方はぶらりと剣を下げた構え。

 じりじりと間合いを詰めていくイーゴリに逆らうように、カムイは間合いを遠ざけていく。


「時間稼ぎのつもりか?」


「別に。そっちの間合いが嫌なだけだ」


「そうか。ならば」


 やや遠い間合いから剣を振るイーゴリ。その剣先が途中からぐんと前に伸びた。

 思わぬ距離からの攻撃ではあったが、カムイは焦ることなく体をずらして、それを避けた。

 外されたと見るや、すかさず元の間合いを取るイーゴリ。


「……簡単に避けたな」


「それはもう一回戦で見てる」


「そうか。確かに使った覚えがある。二度目では通用しないか」


「これだけじゃあないだろ?」


「さあな」


 そんな会話をしながら、さりげなく体を沈めて、一気にカムイの懐に飛び込むイーゴリ。

 そこから、一気に剣を切り上げる。


「なっ?」


 だが、そこにはすでにカムイは居ない。大きく後ろに跳んで、間合いを外していた。

 その後を追って剣を振るうイーゴリ。縦、横、斜め、あらゆる方向から、イーゴリの剣がカムイに向かう。

 それを時に横に、時に後ろに跳んで躱すカムイ。



そして、その様子を手に汗握って見ているお歴々の方々。


「ようやく剣技会らしくなってきたな」


 なんとなく皇国騎士団長の声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいではないだろう。


「カムイくんが全く攻めないわね」


「まあ、あれだけ攻められては仕方ないでしょうな。今は耐えて、相手の攻撃の途切れを待って反撃という所ですな」


「そう。余裕はありそうね?」


「そうですな。速さではもしかしたら、互角なのかもしれんな」


「王国の千人将と? それは皇国で言うとどれ位なのかしら?」


「皇国で言えば百人将という所ですかな」


「そう」


「と言いたい所ですが、皇国でも同じ千人将ですな」


「……もしかして、今の冗談かしら?」


「そんな事はありません」


 冗談の内容はともかく、やはり機嫌の良い騎士団長であった。


「学生であるカムイが千人将と互角なのね?」


「あくまでも速さ。それ以外の総合力ではそうはいかんでしょう。あの王国騎士もまだ本気とは言えないのではないかと」


「まあ、そうよね。でも、ここまで来たら勝ってほしいわ」


「戦いは何が起こるか分かりません。勝つ可能性はないとは言えませんな」


 お歴々の期待は高まっていた。


 剣を躱され続けていたイーゴリは一旦、自分から間合いを大きく空けた。やや構えを緩めて、呆れたようにカムイに話しかけてきた。


「貴様、本当に学生か?」


「お前がそれを聞くか? お前こそ学生じゃないだろ?」


「……自分はれっきとした王国学院の学生だ」


「まさか、籍はちゃんとあるってオチじゃないよな?」


「そうだとしても学生である事は事実だ」


 王国騎士団に所属しながら王国学院に入学している。詭弁ではあるが、学生である事は事実だ。


「まあ、皇国学院にも年上の同級生はいるけど……、まさか二十超えてないよな?」


 カムイが言っているのは従属貴族の子弟の事。親貴族の子弟に合わせて、入学する事は普通にある事だ。それでも、せいぜい三歳くらいのずれがほとんどだ。


「…………」


「超えてるのか? 童顔だな、お前」


「年上に向かって、お前とはなんだ!」


「いやいや、怒れる立場じゃないだろ? そこまでして勝ちたいとは」


「そこまでしているのだ。勝たせてもらうぞ」


 こう言ってイーゴリは、剣を空に向けて突き上げ、腰を低く落とした構えを取る。これまでとは違う構えだ。


「キエーッ!」


 甲高い気合が闘技場に響く。前に向かって駆けながら、カムイに向かって真っすぐに振り下ろされた剣の軌跡は、離れた場所からでは光の線にしか見えない。

 それを後ろに下がって躱したカムイに対し、すぐに一瞬で振り上げられた二檄目が打ちこまれる。

 立て続けにものすごい速さで振られる剣に、カムイはただただ後ろに下がっていった。


 闘技台の端まで追い込まれ、これが最後とばかりに振り上げられるイーゴリの剣。それが振り下ろされるよりも早く、カムイの剣が空に突き上げられた剣を真横から討ち払った。


「くっ!」


 強引にそれを振り下ろしたイーゴリであったが、バランスを崩された振りに勢いはなく、呆気なくカムイに躱されて、そのまま横を抜けられた。


「……貴様!」


「今のは?」


「自分が身につけた東方古剣術、オイエ流だ」


「それがお前の切り札か?」


「……だとしたら?」


「まだ他には?」


「オイエ流を極めるのが、自分の道だ」


「なるほど。つまりはないという事だな」


「だからなんだ?」


「昨日までの俺なら苦労したと思うけど。悪いな、今日は俺の誕生日なんだ」


「それがどうした!?」


「お前の剣は成人した俺には通用しない」


「な、何だと!?」


「今度はこっちの番だ。せいぜい、うまく受けろよ」


 とんと軽く足を蹴ったカムイの体が、低い態勢のままイーゴリの目の前に迫る。

 下から上に切り上げられるカムイの剣。それを後ろに下がって躱したイーゴリの肩口に、一瞬で上から下に切り返されてきたカムイの剣が叩きつけられる。

 剣と鎧がぶつかる鈍い金属音が響く。


「ぐっ」


 その重い衝撃に耐えきれず、片膝をつくイーゴリ。その視線に真横に振るわれてくるカムイの剣が映った。

 剣を構える時間はない。腕を交差して防御を固めたイーゴリの腕に、骨を砕く音とともに突き刺すような痛みが走った。


「くっ」


 そこに更に斜め上からカムイの剣が振り下ろされてきた。

 両腕は全く動かない。防ぐ術もなく、それをまともに受けるイーゴリ。鎧の上からでも、その衝撃で全身の骨が一斉に悲鳴を上げた。

 全身に走る痛みに朦朧とする意識の中でイーゴリの目に映ったのは。正面から近づいてくる銀色に輝く剣。

 死んだ。イーゴリは諦めてそのまま目を閉じた。


「勝者! カムイ!」


 一拍の後、審判の声が耳に届く。まだ生きている証だ。恐る恐る開けたイーゴリの目に触れるか触れないかという位置で、剣の刃は止まっていた。


「……又?」


 カムイの呆れた声がイーゴリの耳に届く。


「もう意識がない」


「あると思うけどな?」


「あっても、もう動けないだろ!」


「なんだよ、殺れなかったじゃないか」


「当たり前だ! これは競技会だぞ!」


「対抗戦、つまり戦だろ?」


「競技会だ!」


「まあ、良いや。後一人残ってるし。よし、今度こそ邪魔が入らないように確実に」


「覚えていたのか?」


「当たり前だろ? まだ俺は四人としか戦ってない」


「……とりあえず、君、闘技台を降りなさい」


「意識ないんじゃなかったか?」


「うるさい! 王国学院! 彼を運んでくれ。それと次の生徒を」


「い、いえ、それは」


 最強であるイーゴリが目の前で為す術もなく負けた上に、カムイは今度こそはと張り切っている。そんな場に一般生徒をあげられる訳がない。


「良いから、とにかくあげて、一瞬で終わらす」


「おーい、それは無いんじゃないかな?」


「もう諦めろ! よし、君、君が大将だな」


 震えながらどうにか闘技台に上がってきた生徒をカムイから庇うようにして前に立つ審判。


「構え始め勝者カムイ。はい、終了」


 そのまま、早口言葉のように一気に開始から終了までを宣言してしまった。


「これ、決勝戦の最後。つまり優勝決定戦ですけど?」


「うるさい! 王国学院、文句はあるか?!」


「あ、ありません!」


「はい。決まり。君たちの優勝だ。おめでとう!」


「えっと、どうも」


「医療班! すぐに生徒の治療を! 急げ!」


 決着がついた所で、審判は王国学院の怪我人の治療を急がせようと、声を張り上げている。多くの観衆は、何がどうなったか分からなくて戸惑っている。


 それはお歴々も同じ。なんだかよく分からない幕切れに茫然としている。


「……勝ったのですよね?」


「…………」


 話しかけられた騎士団長は、前のめりの姿勢のまま固まっていた。


「騎士団長?」


「あ、あやつは何だ?」


「カムイくんですか?」


「何故勝てる? いや、そうではない。最後の攻撃は一体何だ?」


「なんだか、速すぎて私には分からなかったわ」


 ソフィーリア皇女の席からでは、距離もあって細かな所は見えていない。見えていたのは、皇国騎士団長くらいであっただろう。


「速いなんてものではない」


「速さは互角どころか上だったという事ですね」


「速さだけではない。奴は鎧の上から相手を叩き潰しおった。力も相当なものを持っている。何というか、完全に相手を圧倒しておりましたな」


「それは、単純に王国の千人将より強かったと言う事かしら?」


 ソフィーリア皇女はさらっと言うが、皇国も王国も千人将の上は、もう将軍位。単純に個人の武勇だけで任じられる訳ではないにしても、常識では考えられない事だ。


「そういう事になるが……、信じられん。よし、こうなれば」


 意を決したように席を立ちあがる騎士団長。


「騎士団長、立ち上がってどうするつもり?」


 さっきの事もあり、警戒した様子で問いかけるソフィーリア皇女であったが、それに対する騎士団長の答えは、更に常識はずれのものだった。


「自らの手で確かめてみます。おい、誰か儂の剣を持ってこい!」


「いえ、それはちょっと。ちょっと誰か止めて!」


「騎士団長、これは学院の行事です!」


「うるさい! 久しぶりに儂の血がたぎっておるのだ!」


「そういう問題ではなく!」


「邪魔をするな!」


「騎士団長!」


 大騒ぎを始めたお歴々の方の様子を見て、ようやく観衆も、皇国学院がどうやら優勝したのだと理解した。

 ぱらぱらと鳴らされる拍手。やがて、それは会場全体に広がり、次に大歓声に変わっていった。


 剣術対抗戦は誰もが予想していなかった結果で幕を閉じた。

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