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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
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剣術対抗戦その二 真打ち登場

 いよいよ決勝戦という所で、来賓席にカムイは呼び出された。王国学院の生徒が先に居て、対抗戦の運営者の教師の一人と話をしていた。 


「対戦方法の変更ですか?」


 教師がカムイに告げてきたのは、決勝戦については、星取戦を止めて、勝ち残り戦に変更したいと王国学院が申し入れてきたという事実。

 確かにカムイたちに小細工を許さないようにするには、これが一番の方法だ。さすがにここまではしないとカムイは思っていたのだが、王国側は形振り構っていられない状況だった。


「そうだ。運営側で協議を行ったが、結論は出なかった。最終的には実際に戦う君たちの意見を聞くべきだろうという事でな」


「そうですか」


「それでどうかな?」


「お断りします」


 自分たちに有利な状況をわざわざ手放すなどという選択肢はカムイにはない。


「理由を聞かせてもらおうか?」


 カムイの返答に不満そうに割り込んできたのは王国側の生徒だ。


「お前は?」


「王国学院のイーゴリだ」


「へえ」


「それで返答は?」


「まずは変えなければならない理由を説明するのが先じゃないか?」


「星取戦は組み合わせ次第で結果が変わる。それでは本来の勝敗とは異なる結果になってしまう」


「先にそれを利用したのはそっちだ」


「それは……、だが、ここまでの結果になるとは思っていなかった」


 そんなはずがない事は、今では誰にだって分かっている。分かっていて渋々黙っているだけだ。


「良くそんな事が言える。最初から全勝を狙っていたくせに」


 カムイにはそんな遠慮はない。


「……君たちも本意ではないだろう? 組み合わせだけで勝ったと言われては」


「別に。僕たちは与えられた条件で、精一杯戦うだけです!」


「……馬鹿にしているのか?」


 その通り、とはさすがにカムイは言わない。


「馬鹿にしているのは、そっちの方だろ? 自分たちが不利になったから、変更なんて、自分たちの都合ばかりだ」


「別に不利になってはいない」


「じゃあ、元のままで」


「では、こちらも四人で戦う。四対四であれば、そちらの不利も解消されるだろう」


 王国側は断られた時の事も考えていた。断られるのが普通なのだ。当然だろう。


「そっちで抜けるのは?」


「副将が抜ける」


「お前か次鋒が抜けたら考えても良い」


「それは受け入れられない」


「何故? 一番強い大将に抜けろと言ってる訳じゃない。そっちにとっては良い条件のはずだ」


「そうでない事は分かっているはずだ」


「当然。次鋒が無理ならお前で良い」


「自分が抜ける事はない」


「自分たちばかり主張して、全くこちらの言う事は聞かない。随分勝手だな。ちなみに順番はどうなるんだ? お前は三番目のままか?」


「それはお互いに自由で良いだろう。どうせ勝ち残り戦なのだ」


「勝ち残り戦を既成事実のように言うな。それを受け入れた覚えはない」


「……なかなか油断ならないな」


 学生とみて甘く見るのは間違いだとイーゴリは悟った。だからといって、どうにか出来る訳ではないのだが、それは今のイーゴリに分かる事ではない。


「それはこっちの台詞だ。ところで、一つ聞いて良いか?」


「何だ?」


「お前、本当に学生か?」


「……当たり前だ」


 わずかに間が開いたのはイーゴリの若さというものか。もっとも、それがなくてもカムイにはバレバレだ。


「それにしては口調がすでに騎士みたいだな」


「気のせいではないか?」


「そうかな。まあ、どうでも良いけどな。さて、この話はいつまで続くんだ?」


「そちらが納得するまでだ」


「何だそれ? 勝ち残り戦ね……」


 カムイとしては考えどころ、ではない。本当の所は決勝戦などどうでも良いのだ。カムイの目的は、あくまでもオットーの為の資金を稼ぐこと。個人的な感情は二の次だ。


「もう良いだろ。とっとと始めんか」


 カムイの思考を邪魔する声が届く。声がした方を見て、カムイは首をかしげている。


「えっと?」


「自国の騎士団長の顔も知らんのか?」


「あっ、オスカーさんのお父様ですね?」


「……皇国騎士団長だ。茶番はもう見飽きた。ただ強い者が勝つ。決勝くらいそんな戦いを見せろ」


「だったら最初から個人戦にすれば良いんだ」


「……口の減らん小僧だな。とにかく、決勝は勝ち残り戦。これで決定だ」


「なんだ? 王国騎士団に借りでもあるのか?」


「何故、ここで王国騎士団が出てくる?」


「あっ、負けても王国の不正を公にすれば良い。そう思ってるのか。なるほどね。さすが我が国の騎士団長は頭が回る」


「良い加減にせんか! 儂は騎士の戦いが見たいだけだ!」


「勝ち残り戦が騎士の戦いになるのかな? まあ、良いか、それが決定ならば、それに従う。僕たちは与えられた条件で精一杯戦うだけです!」


「いいから始めろ!」


「そんなに怒らなくても……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、自席に戻っていくカムイ。それを確認して、イーゴリも王国席に戻って行った。


 これで決勝戦は勝ち残り戦で決定した。

 当然、皇国側の多くはそれに納得がいかないのだが、騎士団長に文句を言える者は限られている。自分の役割を理解して、ソフィーリア皇女は席に戻った騎士団長に向かって問いを投げた。


「何故あんな事を?」


「あのカムイとかいう男の戦いを見たくなりました」


「勝ち残り戦でなければ見れないかしら?」


「見れませんな。やつは組み合わせを操って、三戦で終わらせようとするでしょう」


「まあ、カムイくんですからね。でも皇国騎士団長が興味を引くなんて、カムイくんはそんなに強いのかしら?」


「おや、ご存じないのですか? あのカムイという男、儂の愚息をして、勝てないのではと思わせるものを持っているようですな」


「……実際に戦った事はあるの?」


 ソフィーリア皇女もカムイが実力を隠している事は知っている。騎士団長の息子であるオスカーと戦うとは思えなかった。この考えは正しい。


「ありませんな。それでも、自分には真似できない剣の腕を持っていると言っておった。愚息が剣で人を認めるなど、ヒルデガンド嬢以外は初めての事ですな」


「そう……。そういえば王国騎士団って何の事かしら?」


「ああ、カムイに言われて儂も気が付きました。王国騎士団に近頃、史上最年少で千人将に昇格した者がおります。いずれ、史上最年少の将軍になると言われている男です。その男の名は、イーゴリ・ミハイロフ。あの王国学院の生徒と同じ名です」


「……それで不正ね」


「形振り構わずにも限度がありますな。これで負けたら、王国騎士団の威信が地に落ちます」


「そうね」


「いや、そこまでの不正を行っているのであれば、すぐに申し入れるべきではないですか?」


 二人の会話を聞いていた来賓の一人がすかさず提案をしてきた。王国の不正を明らかにすれば、皇国の負けは無に出来ると思ってのことだ。


「それをすれば、会場の観客が暴れ出すわよ。不正は許せない。でも、王国への過度の敵愾心は、後々、面倒な事になるわ」


「ほう、さすがはソフィーリア皇女。よくお分かりですな。そういう事です。民の声を馬鹿にしてはいかん。変に高まれば、一気に戦争なんて事になりかねません」


「……私が浅慮でした」


 ソフィーリア皇女の言葉に、更に騎士団長が同調した。これではもう何も言えない。


「要はカムイくんたちが勝てば良いのよ。それで、全て丸く収まる」


「王国の千人将相手に勝てと? ソフィーリア皇女も中々に厳しい事を言いますな」


「私に仕えるのだからね。それくらいの力は見せてもらわないと」


「……ほう」


 それとなく、カムイが自分の派閥である事をほのめかすソフィーリア皇女。それなりに彼女も政治家なのだ。

 ソフィーリア皇女も今が絶好の機会だと考えている。思いのほか、皇国騎士団長が話に食いついてきている。しかもカムイに興味を持っているのは明らか。

 ここで、皇国騎士団長の気持ちを固めたいという所だ。


 一方。来賓席でそんな駆け引きが行われているとは思いもしていないカムイは。


「それで、何の話だったんだ?」


「決勝は星取戦じゃなくて勝ち残り戦だって」


「マジかよ」


「さて、どうするかな? 絶対とは言えなくなったな」


 結果がはっきりしない賭けに乗るつもりはない。本気を出せば、勝ち目は充分にあるのだが、そのつもりもカムイにはないのだ。


「そんな強えのか?」


 それが分かっているアルトが、少し驚いた風に問いかけてきた。


「あの中堅の男。王国学院の生徒じゃなくて、王国の騎士だな。しかも、口調や周りの態度から言って、平騎士じゃなさそうだ。そうなると他の生徒も怪しい」


「おいおい、そこまでやるか?」


「必死なんだろ? オットーの方は?」


「もう少し稼ぎたい所だったが、全然足りないって程でもない」


「じゃあ、ここまでだな。足りない分はダークの方に融通してもらおう」


 賭博は表だけでやられている訳ではない。陰で裏賭博も行われている。表よりもはるかに高額な金が動いている形で。ダークはダークでそこで資金稼ぎを行っていた。


「それしかないか」


「という事で、決勝は適当に」


「適当にってどういう事よ?」


「セレは精一杯頑張って良いぞ。ルッツもな。アルトは相手次第で負けろ」


「ねえ、どうしてアルトは実力を隠すの?」


「隠し玉。頭脳派のアルトが実はそこそこ使えるなんて、相手の不意を突くには十分だろ」


「いつどこで不意を突くのよ?」


「いつかどこかで」


「……もう良い。とにかく私は全力で頑張れば良いのよね?」


「ああ。でも、あまり無理するなよ。さっき言った中堅の男とあのでかいのはセレネよりはるかに強い」


「それは言われなくても分かるわ。まあ、出来る所まで頑張ってみるわ」


 言葉ではこう言っていてもセレネの内心は勝つ気まんまんだ。ディーフリートの無念を晴らす。そういう思いがセレネにはある。

 セレネはその思いを胸に秘め、入念に戦いの準備を始めた。


◇◇◇


 予定よりも随分と遅れたが、剣術対抗戦の決勝が、いよいよ始まる。


「それではこれより決勝戦を始める!」


「うぉおおおおおお!」


 なかなか始まらない決勝戦にじれていた観客が、いよいよ始まると聞いて、立ち上がって喚声を上げている。会場は一気に興奮の坩堝の化した。


「先鋒、前に!」


 審判の声に両陣営から先鋒が前に出る。カムイの陣営はセレネ。そして王国側からは、カムイがセレネより強いと言った大柄な男だ。


「順番変えてきやがった。しかも、いきなり、でけえのかよ」


「セレ! あまり無理するなよ!」


「分かったわ!」


 フルプレートの鎧を纏った男と、身軽さを重視して軽鎧のセレネ。ただでさえ体格が大きく違う上に装備の差で大人と子供のように見える。実際にそうだが、それは見ている者は知らない事だ。


「両者! 構え!」


 審判の号令で互いに詠唱に入る。

 それが済んだ所でセレネが大きく息を吐いた。自分より強い相手という事で、また少し緊張しているようだ。


「始めえ!」


 審判の開始の声が響く。

 すぐには、お互いに動かない。じっと向かい合ったまま、相手の出方を探っている。

 動いたのは王国側からだった。大柄な体に似つかわしくない俊敏さで、一気に間合いを詰めてくる。

 そのまま胴を薙ぐように剣を振ってきた。それに剣を合わせたセレネだったが、相手の剣の力で軽く体が浮き上がる。

 無理に逆らわずに、後ろに跳んで間合いを空けたセレネ。そこに正面から男が剣を振りかぶって突っ込んできた。

 縦に振られた剣を横に躱すセレネ。だが、その頬に男の裏拳が炸裂した。


 そのまま横に吹き飛ばされるセレネ。背中から落ちた衝撃で、息を詰まらせている。それでも、すかさず立ち上がって剣を構えた。


「ほう。立ち上がるか」


「……あ、当たり前でしょ。これ位でやられるわけにはいかないのよ」


「女の癖に生意気な。まあ、その強がりもすぐに消える」


 セレネに向かって間合いを詰めていく男。それを待たずにセレネは自分から男に切りかかっていった。

 だが、上段から振り下ろされた剣は、男の剣によって高く上に弾き返された。がら空きになったセレネの胴に男の蹴り足が食い込む。


「ぐうっ」


 更に腹を蹴られて前かがみになったセレネの背中に男の剣の柄が叩きこまれた。


「ん、あっ」


 たまらず、前に倒れ込むセレネ。それでも男は攻撃を止めない。セレネの脇腹に力一杯に蹴りを叩きこんだ。


「うっあああっ!」


 あまりの痛みに転げまわっているセレネ。


「セレ!!」


 そのセレネの名を叫ぶ声が観客席から響いた。ディーフリートの声だ。

 その声に応えるように立ち上がろうとするセレネ。剣を支えにどうにか立ち上がった所で、又、男の拳がセレネの顔に打ち込まれた。

 大きく後ろに倒れ込むセレネ。


「き、君!」


「まだ決着は付いていない。負けは場外に出るか、参ったを言うか。後は剣で首を押さえられるかだ。そのどれにも当て嵌っていないだろ?」


 兜から覗く瞳にはイヤラシイ笑みが浮かんでいる。自ら、負けの状態にする気がないのは明らかだ。


「し、しかし」


「ほら、あの女はまだ立ち上がろうとしている。戦いはこれからだ」


 もう一度、剣を支えに立ちあがろうとセレネはしていた。何度も殴られた顔は、すでに青紫に腫れ上がっている。


「セレ! もう良い! もう立つな!」


 ディーフリートの懸命の声にも、セレネは言う事を聞かない。ふらふらになりながらも、どうにか立ち上がった。


「なんだ? 彼氏の言う事を聞かなくて良いのか?」


「お、お前なんかに、どう、こう、言われる、筋合いはない!」


「生意気な女だ。俺はな、女が剣を振るうのが、許せないんだ。それはな、真剣に騎士をやっている俺達への冒涜だ! 女なんてのは家で大人しく飯でも作ってれば良いのだ!」


「はっ、作ってくれる女もいないくせに」


「うるせえ!」


 男の拳がまたセレネの顔に叩きこまれる。それに抗う事も出来ずに、セレネは大きく後ろに吹き飛んだ。


「セレエエエェッ!!」


「全く、彼氏のほうは随分と女々しいんだな。あんな男がいるから、女が図に乗るんだ」


「お、お前に、ディーを、ど、どうこう、言う、し、資格はない!」


「うるせえ! まだ生きてんのか! ほら、死ね、死んじまえ!」


 倒れているセレネに向かって、何度も何度も蹴りつける男。勝つためではなく、ただ傷めつけるだけの行為だ。


「き、君! やり過ぎだ! 死んでしまうぞ!」


 さすがに審判も見ていられなくなって制止の声を発した。


「ああ?! こいつはまだ参ったと言ってないだろ!」


 男は、審判の制止も聞かずに、更にセレネを蹴り続ける。そのあまりの悲惨さに観客は声を出せないでいる。


「ルードルフ! いい加減にしろ!」


 それを止めたのは王国学院側からの声だった。


「イーゴリ様」


「やり過ぎだ! さっさと終わらせろ!」


「はっ!」


 それでも最後まで、男のやりようは変わらない。場外に向かって、セレネを思いっきり蹴り飛ばした。

 闘技台を転げ落ちて、地面に落ちそうになるセレネを抱き留めたのはカムイだった。

 セレネを両腕に抱いたカムイは無言のまま自陣に戻っていく。


「し、勝者 王国Aチーム先鋒 ルードルフ!」


 勝者を告げる審判の声に一斉に会場からブーイングが浴びせられる。


「うるせえ! 文句があるなら、この場に降りて戦ってみせろ! 何が皇国だ! 何が大陸最強だ! 真の最強は我が王国だ!! 王国こそ最強なのだ!!」


 会場に向かって自分の力を誇示するように両腕を突き上げるルードルフ。観衆からは更なる罵声が浴びせられるが、それを気にする様子もない。


 このルードルフを来賓席のお歴々は、苦々しい表情で見ていた。


「なるほどな。要はあれを言いたかったわけか」


「それは最初から分かっていた事でしょう? しかし、許せないわね」


 女性であるセレネを平気でここまで傷めつけた王国側にソフィーリア皇女も怒りを露わにしている。


「男であろうと女であろうと戦場では対等。強い者が勝ち、弱い者は負ける」


「私は、そんな風には割り切れませんわ」


「だが、敵に恐怖を植え付けると言う事にはあの男は成功している。少なくとも今はな」


「随分と冷静ですわね。皇国の生徒があんなやられ方をしたと言うのに」


「冷静、そう見えますかな」


 そう言って、上げられた皇国騎士団長の強く握りしめられた拳からは、うっすらと血が滲んでいた。


「騎士団長?」


「この場に降りて戦ってみせろだと? ああ、今すぐに降りてみせるわ。調子に乗りおって。本当の恐怖というものを思い知らせてくれる!」


「いや、騎士団長。それはさすがに」


 席を立って、本当に闘技場に向おうとする騎士団長を慌てて周りの者たちが押し止めた。


「やかましい! お主は悔しくないのか?! なんだ、あの戦いは! 騎士道の欠片もない非情の戦いだ! あんな戦いで皇国の人民が傷つけられるのを皇国の盾である皇国騎士団長として許しておけるか!」


「うるさい! 黙って見てろ!」


「なっ?!」


「テーレイズ皇子? もしかして今、怒鳴りましたか?」


「み、見てろ。だ、誰よりも、い、怒り、く、狂っている、お、男が、あ、あそこに、いる」


 テーレイズ皇子が指差しているのは、自陣でじっとセレネを見詰めているカムイだった。


「医療班! 早く治療を!」


 そのカムイたちの元に観客席を降りてきたディーフリートが医療班を呼びながら、駆け寄ってきていた。


「審判!」


 そこで王国学院のイーゴリが審判に呼びかけた。


「な、なんだ?」


「規定では対戦中の治療行為は禁止されているはずだ!」


「しかし」


「そういう規定のはずだ!」


「なんだと! 貴様、ふざけた事を言うな!」


「事実だ! そうだな、審判!」


「そ、その通りだ」


「そんな!!」


 対抗戦のルールは、本格的な剣術大会のそれに準じている。学生の競技とは異なる真剣勝負の大会のそれだ。厳しいルールを学生向けのそれに見直さなかった学院の不手際。

 もっともここまで悲惨な戦いになるなど予想出来ないという言い訳はある。


「早く治療したければ、そこにいる奴らに言ってやれ、とっとと負けろとな!」


「ふざけるな!」


 怒声をあげるディーフリートだが、王国側がそれで心を動かすはずがない。これは対抗戦の規定を利用した作戦なのだ。


「ああ、そうかい。つまりはあれだな。とっととお前等をぶちのめせば良いって事だ」


 いつの間にか闘技台に上がっていたルッツが声を発する。冷静な口調で、それを言うルッツだが、その内心は怒りにふるえている。


「出来るものならな」


「出来るに決まってんだろ! ほら、審判、さっさと次の試合を始めるぞ。次鋒はこの俺だ!」


「じ、次戦。皇国学院 次鋒! 前へ!」


「とっくに上がってるよ」


「構え!」


「ルッツ!」


 審判の号令のすぐ後に、カムイの声が響く。


「あっ? 何だよ? 待ってろよ、すぐにコイツぶちのめしてやるからよ!」


「棄権しろ」


「はあ?」


 まさかの言葉にルッツは耳を疑った。


「棄権しろと言ってる!」


「おい! どういう事だ! こんな奴やるのに大して時間なんて掛かんないぞ!」


「俺がやる!」


 もっと、まさかの言葉がカムイの口から飛び出してきた。


「……マジで?」


「ああ、だから下がれ」


「本気の本気で?」


「さあな。でも、お前よりは効率よくやってみせるぞ」


「へえ、そうか。じゃあ、俺はやめだ」


 怒りの色はすっかり消えて、ルッツの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。自分の手でという思いがあるが、カムイがやるというのであれば、ルッツはそれに従うだけ。

 何よりもカムイの本気が見られるかもしれない事をルッツは喜んでいる。


「お、おい、どういう事だ?」


「えっと、ああ、参った。これで俺の負けだろ?」


「そうだが、別に試合はまだ始まっていない。交替でもかまわないのだぞ」


「別に。カムイが出るんじゃあ、後なんて必要ない。どっちでも構わない」


「そ、そうか。では、勝者 王国Aチーム 先鋒ルードルフ!」


「ふん。訳の分からん事をほざきやがって。要はとっとと治療したいだけだろ?」


 やや呆気に取られながらも、ルードルフは憎まれ口を叩く。


「さあな。それはすぐに分かる。自分の身を持って思い知れ」


 だがルッツはもう、それに怒りを覚える事などない。相手に同情したいくらいだ。


 戦う事なく闘技台を降りて行くルッツを見て、困惑しているお歴々の方々。


「ちょっと、どういう事かしら?」


「棄権。要はそういう事でしょうな」


「何で? ルッツくんだったら、あの男に勝てるわよね?」


「恐らくは。彼女の治療を優先したという事ではないかな。さすがにあれは、急いで治療しないとまずいと思う。外傷はともかくとして、体の中もかなり痛めつけられているはずだ」


「そういう事。じゃあ……、負けね」


「ば、馬鹿な、こ、事を。あ、あの男、が、そ、そんな玉か」


「お兄様?」


「い、良いから、だ、黙って、み、見てろ」


 カムイ陣営では、闘技台から戻ってきたルッツが呆れた声をあげていた。


「はあ? そういう事は先に言えよ!」


「言う前にお前が、参ったを言うからだろ?」


「だから先に言えって……、もう良い。それで、どうすんだよ?」


「アルト。時間を稼げ」


「どれ位だ?」


「……五分だな」


「それくらいなら、何とかなんだろ。殺ったほうが早そうだけどな」


「簡単に殺ってもな」


「気が済まねえか。分かった。五分だな」


「ああ、頼む」


「皇国学院 中堅! 前へ!」


 審判の声に応えて、ゆっくりと闘技台に上がっていくアルト。


「カ、カムイ?」


「さて、始めるか。とりあえず、全体を見てと」


 心配そうなディーフリートの声を無視して、カムイはセレネの体を探り始める。


「な、何をしようとしているんだい?」


「うるさい! ちょっと黙ってろ!」


「なっ?!」


「個別に直している時間はもったいないか。じゃあ、一気に行くとしよう」


 セレネの体に両手をあてて、小さな声でつぶやき始めるカムイ。やがて、その手がぼんやりと輝きだした。


「……カムイ、君は!?」


 そのカムイの様子を見て、驚きの声をあげるディーフリート。その声にもカムイは答えずに、セレネに手を当てたまま集中している。

 カムイの両手の光が、徐々にセレネの体を覆っていった。


◇◇◇


「貴様! ちょこまかと逃げ回りやがって。さっさと降参しろ!」


 闘技台の上では、もう戦いが始まっていた。すぐにアルトが降参の声をあげると思っていたルードルフであったが、アルトには一向にそうする気配がない。

 セレネの件で挑発をしても、何の反応も示さず、アルトはただ立っているだけだった。

 そうであればと、剣を振り上げて攻勢に出たルードルフであったが、アルトは大きく間合いを空けて、それを避けるばかり。その状況がずっと続いている。


「いい加減にしろ!」


「そう言われてもねえ。こっちにも都合があんだよ」


「貴様……」


 ルードルフは足を止めて、気合を入れ直した。剣を大きく上段に振りかぶり、じっとアルトを見据えている。


「はあっ!」


 鋭い気合とともにアルトとの間合いを詰めるルードルフ。


「アルト! 終わった!」


 ルードルフが剣を振り下ろすのと、ほぼ同時にカムイの声が届いた。


「なっ!」


 必殺の一撃を放ったつもりのルードルフであったが、必殺どころかアルトの姿を見失ってしまった事に驚いている。


「参った」


 背中を叩かれて振り向いてみれば、そこにアルトが立っていた。


「……な、何だと?」


「聞こえてねえのかよ。参った、って言ったんだよ」


「…………」


「審判! 終わりだ!」


 茫然としているルードルフから視線を外して、アルトは審判に対戦の終わりを伝える。


「し、勝者、王国学院 ルードルフ……」



 ルードルフ同様に、何が起こったかわからずに茫然としているお歴々の方々。


「今の何?」


「さあ? 全く意味が分からん。分かったのは、何故か時間稼ぎをしていたという事ですな」


「セレネさんの治療を無視してね。何を考えているのかしら?」


「いや、ですから分かりませんと言っております。しかも、最後のあれは、剣を当てれば勝ちだった。それをせずに、降参とは」


「……お兄様は?」


「ほ、本命の、と、登場、だ」


 じっと闘技台を見詰めるテーレイズ皇子。その視線の先には、剣を引きずりながら、ゆっくりと歩を進めるカムイの姿があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「男は、審判の制止も聞かずに、更にセレネを蹴り続ける。そのあまりの悲惨さに観客は声を出せないでいる。」 読み直したら、この後の戦いでは、この審判直ぐに勝ち負けを告げているのに、不自然さを感じ…
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