クラウディアの嫉妬
黄金の世代。クラウディア皇女の学年はそう呼ばれている。
始めは、学院の教師たちが言い出した事だが、いつの間にか、それは生徒に、そして生徒から話を聞いた親たちにも広がっていき、今では城中でも、その言葉は当たり前に使われるようになった。
だが、クラウディア皇女は少しずつ、そう呼ばれている事に不満を覚えるようになった。
学院の派閥の領袖と呼ばれているのは、ヒルデガンド、ディーフリート、オスカー、マリー、そしてクラウディア皇女自身もその中に含まれている。
だが、自分は他の四人と同列に見られるだけのものを持っているのか、となると自分でも、とてもそうは思えない。
それなのに自分もその世代の核を成す一人のように扱われている事が、どうにも気恥ずかしいのだ。
そしてクラウディア皇女をそんな気持ちにさせる最大の要因はカムイの存在だった。
カムイは一辺境領主の息子である。
家柄で言えば、皇族であるクラウディア皇女はおろか、他の四人とも比するまでもない。だが、学院における存在感は、他の四人と同列どころか、それを上回っているようにも感じる。
それでいて、生徒以外には不思議なくらいに、その存在を知られていないのだ。
カムイは、あきらかに実力を隠し、誰かの陰に隠れ、目立つ事の無いように振る舞っている。
最近は少しずつ、その片鱗を見せるようにはなってきているが、それも、違う学年や、ましてや学院の外には、そうそう広まることなどない。
事情を知らない者にとって、黄金の世代とは、あくまでもクラウディア皇女を含む有力家の子弟たちを指しているのだ。
それがどうにも納得がいかなくて、まるで自分が馬鹿にされているようにクラウディア皇女は感じてしまう。
クラウディア皇女のカムイに対する感情は複雑だ。
自分の予想を遥かに超える裁量を見せるカムイに感心する一方で、それに届かない自分が悔しくもある。姉の力になる為に、自分は一生懸命に頑張っているつもりなのに、カムイはそんな自分をあらゆる面で軽々と凌駕していってしまう。
自分が見出して、姉に紹介したつもりのカムイが、その自分を差し置いて、姉の信頼を一身に集めてしまっている。ようは嫉妬だ。
これはカムイの態度にも問題がある。実際にカムイはクラウディア皇女を軽視しており、ソフィーリア皇女に何か話す時も、事前にクラウディア皇女に相談する事をしない。
カムイにとって、味方する相手は、ソフィーリア皇女であって、クラウディア皇女ではないのだ。
そんなカムイの態度が、クラウディア皇女に自分を無視しているように感じさせ、姉であるソフィーリア皇女の一番の存在でありたいクラウディア皇女に不満を抱かせている。
そして、そんな感情に更に拍車をかける存在がクラウディア皇女のすぐ近くにいる。
「何か納得がいかない」
口をとがらせて、不満の声をあげているテレーザだ。
「テレーザは、さっきから、何に文句を言っているの?」
「あいつは、クラウディア様の部下なのに、何で、ヒルデガンドなんかと仲良くやっているんだろ?」
「さあ。でも、別に誰と仲良くしようとカムイさんの勝手よ」
「カムイさん、何て呼ぶ必要はありません。クラウディア様がそんな態度だから、あいつは図に乗るんですよ。ちゃんと、自分の立場ってものを分からせてやらないと」
「でも」
「とにかく、あいつがこれ以上、ヒルデガンドと近づくのは禁止しましょう。うん、それが良い」
「禁止って、そんな事出来ないよ」
「一言、命令すれば良いんです」
「そんな事言っても、カムイさんは言う事聞くかな?」
カムイは言う事を聞かなければ、結果として、恥をかくのは自分なのだ、とクラウディア皇女は思っている。
「それで言う事を聞かなければ、もうソフィーリア様との接触を禁ずるって言えば良い。そうすれば、あいつは言う事を聞かざるを得ないはずです」
今、カムイに去られて困るのは、ソフィーリア皇女の方なのだが、それを全く分かっていないテレーザだった。
「別にかまわないって言われたら?」
さすがにクラウディア皇女の方はそこまで短絡的ではない。カムイがソフィーリア皇女の味方をしているのは、そこにカムイにとっての利があるからだと、何となく分かっている。
「その時はその時です。大体がたかが辺境領主の子息が、皇族であるクラウディア様やソフィーリア様と親しく接する事自体が間違いなんです」
「そんな事ないと思うけど」
「いいえ、間違いです。考えても見てください。あいつだけを特別扱いする事は、決して良い事ではないです。他に味方してくれている生徒たちが、どう思うと考えますか?」
「それは、そうだけど……」
「中央の貴族の不興を買えば、ソフィーリア様の継承に大きな影響を与えます。今、大切にするべきは誰か。それは明らかですよね」
このテレーザの意見はある点では正しくて、ある点では大きく間違っている。クラウディア皇女の取り巻きの生徒たちがカムイを快く思っていないのは、事実だ。
彼等は、カムイのように、頻繁にソフィーリア皇女と会う事は出来ない。次代の皇帝、もしくは皇后になるべきソフィーリア皇女に近づき、なんとか自家に利益をもたらそうという彼らにとって、それは大いに不満の種になっている。
だが、そういう気持ちで近づいている生徒と、実際にソフィーリア皇女に利をもたらそうとしているカムイを同列に並べる事が、根本的に間違っている事にテレーザは気が付いていない。
もっとも、気が付いていても、カムイに対して、良い感情を持っていないテレーザは同じ事を言うのかもしれない。
「うーん。でも、どうやって切り出せば良いんだろう?」
そして、クラウディア皇女もそれに気が付いていない。カムイが只者ではないとは分かっていても、一学生であるカムイに継承争いで出来る事は限られているとクラウディア皇女は思っている。
それは自分も、そして他の生徒も同じなのだが、継承争いに当事者意識を持っているクラウディア皇女は、自分自身は別と考えてしまっている。
「クラウディア様が言いづらければ私がガツンと言ってやりますよ。任せてください」
「でも」
「任せてください」
「う、うん」
という事で、テレーザはガツンとやるどころか、やられる事になってしまう。
「今、何て言いました?」
言葉づかいは丁寧であるが、カムイは侮蔑の色をあからさまに顔に出している。
「ヒルデガンドとこれ以上親しくするな。彼女が私たちにとって、どういう存在か分かっているよな?」
「どういう存在なのですか?」
「政敵に決まっているだろ。その政敵と仲良くするなんて認める訳にはいかない。いいな、これは命令だ!」
「お断りします」
「何だと?!」
「何で、そんな命令を受けなければいけないのですか? 俺は、テレーザさんに命令される立場にはありません」
「私は、クラウディア様の命令を伝えているのだ!」
「クラウディア皇女殿下の? それは本当ですか?」
「ああ、本当だ。ちゃんと、クラウディア様も知っての事だ」
「……そうですか」
テレーザのこの言葉でまたカムイはクラウディア皇女の評価を大きく下げる事になる。どうやら自分がやってきた事をクラウディア皇女は全く理解していない。
カムイたちは、他の学年の生徒に対しても、継承争いで影響力を持つことの利点、その為に辺境領が意見をひとつにする必要性を説いてきたのだ。
それに賛同した生徒たちの中には、既にそれを実家に伝えている者までいる。これまで皇国に存在していなかった辺境領勢力。それは漸くに形を取り始めている所なのだ。
「分かったな」
「ええ、お断りします」
「何だと!」
「それがクラウディア皇女殿下の命であっても、同じ事です。俺はクラウディア皇女殿下に命令される立場にはありません」
「お前は貴族だろ! クラウディア様は皇国の皇女だぞ!」
「皇族への尊崇の念は忘れていませんが、我等、貴族はあくまでも皇帝陛下その人に仕える者です。陛下の命であれば、それに逆らうつもりはありませんが、一皇族のご命令に従ういわれはありません」
「そこまで言うからには覚悟があるのだろうな?」
「覚悟が必要な事を言った覚えはありません」
「では、今後、ソフィーリア様への拝謁を禁ずる。二度と登城は許さないからな」
「それは困ります」
「だろうな」
そこでようやくテレーザの顔に笑みが浮かんだ。偉そうな事を言っていても、カムイも皇族への接点を絶たれる事を恐れている。そう思ったのだ。
「陛下からお召しがあったらどうするのですか? まさか、クラウディア皇女殿下に禁じられたから、登城は出来ませんと言えと?」
全くテレーザが想像していなかった問いがカムイの口から出てきた。
「そ、それは……。じゃあ、登城は禁じない。だが、ソフィーリア様への拝謁は許さないからな」
「それはソフィーリア様のご命令なのですか?」
「そもそもソフィーリア様にお前を会わせたのは、クラウディア様だろう?」
「なるほど。そういう事ですか。分かりました」
「やっと分かったか」
「はい。ソフィーリア皇女殿下には二度とお目通り致しません」
「……何だと?」
カムイの言葉は予定していた答えとは異なるもの。テレーザは困惑の色を隠せていない。
「そういうご命令なのですよね?」
「……そうだ」
「先程も申し上げた通り、陛下のご命令以外には従う理由はないのですが、わざわざ嫌がられる事をするつもりもありません。ですから、言われた通りに致します。お話は以上ですか?」
「あ、ああ」
「では、俺は用が出来ましたので、これで失礼します」
こう言うとカムイは席を立って、教室を出ていこうとする。これにはカムイの強気は、駆け引きだと思っていたテレーザも本気で焦ってくる。
「おっ、おい!」
「まだ何か?」
「本当に良いのか? ソフィーリア様に拝謁出来なくなっても」
「別に問題ありません」
「ソフィーリア様の命があれば拝謁出来るなんて考えても無駄だぞ。それを取り継ぐつもりはないからな」
「その必要はありませんし、それに従うつもりもありません」
「なんだと?」
「一皇族の命に従ういわれはないと俺は言ったつもりですけど?」
「おい? それって、どういう意味だ?」
さすがにテレーザもカムイのこの言葉に何かを感じたようだ。だが、それを、カムイがテレーザに対して親切に教えるはずがない。
「それを教える必要はもう俺にはない。アルト、ルッツ行くぞ」
「ああ」「了解」
後は、もうテレーザに視線を向ける事もなく、真っ直ぐに教室の出口に進んでいく。
「カムイ!」
そのカムイを呼び止めたのはセレネだった。
セレネの声だと分かったカムイが後ろを振り返る。
「……何?」
「三日、いえ、二日待ってちょうだい」
「待ってどうする?」
「お願い」
「でもな……」
「私とディーの為に、時間を頂戴」
これを言われると、カムイも無下には出来ない。ふっと息を吐いて、表情を緩めた。
「そう言われるとな……、夕飯三回」
「二回で」
「ここでケチるか!?」
さすがセレネ。テレーザとは違いカムイとの駆け引きのし方をよく知っている。
「いいじゃない。待ってもらう日数と同じでしょ?」
「……分かったよ。じゃあ、二食で手を打とう」
「ありがと」
とセレネの気持ちが緩んだ所で。
「あっ、言っておくけど、五人前だぞ」
「何で?」
「オットーとデトの分。二人も金欠だからな。それを受け入れないなら、この話はなし」
「……分かったわ」
交渉事はやはりカムイの方が一枚上手だった。
「よし。浮いた分はオットー貯金だな。じゃあ、セレ。約束は守れよ?」
「ええ」
さっきまでの不機嫌さを綺麗サッパリ消し去って、カムイは楽しそうに教室を出て行った。
その正反対に不機嫌の極みなのはセレネだ。
「もう、最悪」
「何の話だ?」
「貴女の話よ! 一体何を考えているの!?」
「な、何って、何だよ?」
セレネの剣幕が凄すぎて、テレーザはこれくらいしか言い返すことが出来ない。
「知りたければ、今、ここで起こった事をきちんとソフィーリア様に話すのね。自分が何をしでかしたか、教えてもらえるわ」
「いや、それは」
「いいから話しなさい! 今日中よ! それ以上、カムイは待ってくれないから」
「だから何をだ?」
「それもソフィーリア様に聞いて。私も帰る。貴女の顔を見ているとイライラするわ」
「何だと?!」
文句を言い返そうとしたテレーザだったが。
「……いいわね。手遅れになる前にちゃんと話しなさいよ」
「あ、ああ」
いつも以上に厳しい、そして真剣な視線を向けたセレネの言葉に、テレーザも素直に頷く事しか出来なかった。
◇◇◇
「貴女たちは一体、何を考えているのよ!?」
普段は穏やかなソフィーリア皇女だが、今はその表情は怒りに震えている。その前で、クラウディア皇女とテレーザの二人は怯えて小さくなっていた。
「最後のほうの台詞をもう一度言ってみなさい!」
「セレ、約束は守れよ……」
「貴女に言った台詞よ!」
「すみません! 確か……、一皇族の命に従ういわれはない、そんな感じです」
「そう、確かにそう言ったのね。ゼンロック?」
「ソフィーリア様の味方を止めるどころか、テーレイズ皇子に付くという事ですな」
「なっ?!」「ええっ?」
話を聞いただけのゼンロックにでも分かることが、クラウディア皇女とテレーザには分からない。
「やはり、そういう事よね。……最悪ね」
「あの、どういう事なの?」
ようやくクラウディア皇女も問題の大きさを理解したようで、自ら問いかけてきた。
「私はずっと一皇族のまま、カムイはそう言ったのよ。それはつまり、皇太子争いで私を勝たせないという事よ」
「でも、カムイさんが兄上の味方をした位で……」
能力は評価しているくせに、カムイの影響力については、クラウディア皇女は何も分かっていない。辺境領主の子弟であり、まだ一学生に過ぎない。この気持がクラウディア皇女にはある。
「何も分かっていないのね? まあ、私も悪かったわね。ちゃんと説明しておけばこんな事にはならなかったかもしれない」
「それって?」
「カムイは辺境領の意見を固めようとしている。皇太子争いで辺境領の支持をひとつにまとめようとしているの」
「でも、辺境領の意見なんて」
「反映されるわよ。それがひとつのまとまりを持っていればね。いい? 皇太子は将来の皇帝よ。その皇太子に辺境が嫌がる皇族を選ぶとどうなると思う?」
「どうなるの?」
「一斉に辺境が蜂起する」
「そんな?!」
「実際にそうなるかは別にして、そういう素振りを見せられて、皇国が無視できると思う?」
「それは……、出来ない」
それくらいは分かる。辺境領は一つ一つは小さいが纏まれば、さすがに無視が出来ない力になる。
領土の広さだけで言えば、皇国の半分に届こうかという辺境領なのだ。
「当然よね。辺境領は皇国にとってずっと頭痛の種よ。それが、これまで大きな問題にならなかったのは、辺境領がそれぞれバラバラに動いていたから。それが一つにまとまる事態になれば、無視出来ない勢力になるわ」
「それをカムイさんが?」
「ええ、彼はそれをやろうとしている。辺境の意見をひとつにまとめようと、色々と動いているの。実際にそれは少しずつ形になってきていると聞いているわ」
「どうして、そんな事が出来るの? カムイさんはまだ学生なのに」
「同じ学生である貴女はそもそもどうして学院に行こうと思ったの?」
「それは今から、将来の味方を作る為に」
「それをカムイくんもやっているだけよ。皇国学院の生徒の多くは、いずれ領地を継ぐ者達。その意見を実家は無視できるかしら? それに、もともと辺境領にとっては、学院で得られる中央の情報って、とても貴重なものなのよ」
「そうなの?」
「そうよ。中央の情勢が与える辺境への影響は大きいからね。ましてカムイくんが、その生徒たちにもたらす情報は、それこそ将来の中央の動静に影響を与えるようなもの。その影響力は一学生と無視できるものではないわ」
「そのカムイさんが」
「そう。お兄様に付くと言っている。まとめ上げた辺境領と共にね」
「…………」
「自分たちがやった事が分かったかしら? 貴女たちは最も大切な味方を敵の方に追いやったのよ!」
「どうしよう?」
「セレネさんに感謝しなければね。彼女のおかげで二日待ってもらえた」
「その、待って、も分からないのだけど?」
「お兄様の為に動き出すのを、待ってもらったの。彼等はこうと決めたら、すぐに行動に移すわ。時間がない事を良く理解しているからね」
「カムイさんはヒルデガンドの所に……」
これを口にするクラウディア皇女は、やはり、物事が見えていない。それはソフィーリア皇女の責任でもあるのだが。
「言っておくけど、カムイくんとお兄様は面識があるわよ」
「嘘?」
「お兄様に言われたの。珍しく話しかけてくるから何の事かと思ったら、カムイの名を出してきたのよ。あの時は本当に驚いたわ」
「兄上は何て?」
「面白い者を見つけたなって。あと、使いこなせないなら、いつでも引き取るとも言われたわね」
「兄上が?」
「そう、あのお兄様がよ。あの人嫌いなお兄様が自ら話題に出して、しかも引き取るとまで言ったのよ? これだけでも彼がどんなに重要な人物か分かるでしょう?」
「はい……」
「もう私たちは引き下がれないの。西方伯家はもちろんの事、皇国騎士団の取り込みも既に動き出しているのよ。それは貴女も分かっている事でしょう?」
「はい」
「それでも五分」
「でも中央の貴族は」
「彼等は勝ち馬に乗るわ。全てを賭けてなんて度胸は中央の貴族連中にはないのよ」
「そんな?」
ソフィーリア皇女の言葉は、クラウディア皇女がやってきた事を否定したと同じ。クラウディア皇女の顔に不満の色が浮かんだ。
「全てを賭けて、この皇太子選定に望んでいるのは、実はカムイたち、辺境領の人たちなのよ。彼等にとって将来の皇国のあり方は、自分たちの生死に直結しているからね」
「でも、それだとこちらが勝てないとなったら」
「お兄様に付くわね」
「それじゃあ、いつ裏切られるか分からないよ」
「付く時期があるのよ。もう勝ちが決まった状態で、そちら側に付いても、辺境領の待遇改善は期待できない。どちらが勝つか分からない情勢で味方につく、しかも、それによって味方を勝たせる。それが出来て初めて、辺境領は将来に期待が持てるの」
「今はどちらが優勢なの?」
「幸いな事にこちらよ。お兄様のハンデは小さくないから」
「それでもカムイさんが兄上に付いたら、兄上が優勢になるの?」
「それは分からないわ。でも、何といってもカムイくんだからね。まだまだ何か考えている可能性はあるわ。それが何かは私も分からないけど」
「そう……」
「さて、どうやって引き止めれば良いのかしら?」
クラウディア皇女たちへの話は止めて、ソフィーリア皇女はゼンロックへ振り返った。
「また条件が必要ですな。ですが、今約束している以上の条件など提示できますかな?」
「分からないわ。本人に聞いてみるしか無いわね」
「では、聞いてきましょう」
ゼンロックは交渉に自信がある訳ではない。他に出来るものがいないから、自分がやるしかないと思ったのだ。
「……平気?」
「成功するかは別にして、話が出来るのは儂しかおりません。彼らの性格から言って、クラウディア様とは話そうともしないでしょう」
「登城しろと言っても、断るわね」
「今は彼らの方が優勢です。自ら和解を求めるような行動はしないでしょうな」
「……手強いわね」
「敵に回せばです。味方であれば。これほど心強い者たちはおりませんな」
「そうね。それを忘れないようにしないと。クラウたちもね」
「は、はい」
「では、行って参ります。正直気が重いですが」
「ごめんなさい。嫌な役目を押し付けて」
「いえ、こういう時の為に儂は居るのです」
結局、その日の内にカムイはクラウディア皇女の言葉の取り消しを認めた。
カムイが出してきた条件は二つ。
オットーへの商業許可と、ソフィーリア皇女自身がその保証人になる事。そして、ディーフリートとの接触を早める事だ。
ソフィーリア皇女にとっては、思いの外、簡単な条件であった為に、その日の内に結論を出せたのだが、ソフィーリア皇女もゼンロックも、そしてクラウディア皇女も気が付いていない。
カムイが本当に望んでいたのは、単にクラウディア皇女か、テレーザの謝罪だけであった事に。
結局、カムイとクラウディア皇女の間の溝は、ここでも埋まることはなかった。




