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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
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新婚の孤児

 オットーを連れて、孤児院に着いたカムイは早速、司教の所に向かっていた。オットーを孤児院に置く許可を貰う為だ。


「孤児の世話をしろじゃと?」


「そう。一人連れてきた」


「何を勝手な事を」


 突然のカムイの申し出に司教も呆れ顔だ。どうせ、何か裏があるに決まっている。カムイを良く知る司教には、それは明らかな事だった。


「でも、まぎれもなく孤児だ。だったら、ここに置いてもおかしくないだろ?」


「まあ、そうじゃが。それで、その孤児は?」


「目の前にいるだろ?」


 カムイの横にはオットーが立っている。


「……お前の同い年くらいに見えるがな?」


「ああ、クラスメートのオットーだ」


「おい?! なんで学院の生徒が孤児なのじゃ?!」


 国立でありながら、皇国学院の学費は馬鹿にならない金額だ。身よりのない孤児が通える場所ではない事を司教は知っている。


「別におかしくないだろ? 俺だって孤児になる前は学院の生徒だ」


「それは又、違うだろ」


「それに見ろ。着るものさえないなんて、可哀そうだと思わないか?」


 オットーの格好は、屋敷から連れ出された時のまま。素っ裸にマント一枚の格好だ。


「……いくら着るものがないといっても、マント一枚はどうかと思うがな?」


「仕方がない。財産は何もないのだからな」


「無いのか?」


「ああ、パンツ一枚ない」


「……それでは引き受けられんのは分かっておるよな?」


 苦い顔で司教はこれを口にした。

 孤児院には入るには寄付が必要だ。司教自身は全く納得いってないのだが、それが教会で決められている規則である以上は守らざるを得ないのだ。あくまでも表向きはだが。


「例外はあるはずだ」


「しかしな。この年では」


「まあ、そんな事もあろうかと解決策を用意した」


「なんじゃ、それは」


「即金では無理なので、後払いで」


「そんな話があるか!?」


「ちゃんと担保はあるぞ」


「パンツ一枚持たない者がか? まさかそのマントとか言わんじゃろうな?」


「いや、担保は彼女」


 ここで、後ろに控えていたエルフをカムイは前に出す。


「なっ?!」「なんじゃと?」


 引き出されたエルフまで司教と一緒に驚いている。それはそうだ。担保なんて今初めて聞いた話だ。


「彼女はオットーが所有する奴隷だ。耳は隠しているが、彼女はエルフだ。担保価値としては高すぎるくらいだな」


「ふざけるな! 孤児が奴隷じゃと?! いや、孤児でなくても奴隷を持つ者など認められるか!」


「さすが、司教様。その高潔な志は素晴らしい」


「……何を企んでおる?」


 怒声にも全く動じる事のないカムイの様子に、司教は敏感に悪巧みの匂いを感じ取った。


「最後まで話を聞いてくれ。たしかに奴隷を持つことは、人としてどうかと思う。だが、奴隷は法律で認められている」


「そういう問題ではない!」


「まあまあ。まだ話は途中。さて、司教様は異種族間の結婚をどう思う?」


「……種族など関係ない。本人同士の気持ち次第だと儂は思っておる」


 少し躊躇いながらも司教は答えた。司教の立場では、かなり思い切った発言といえるものだが、カムイは司教がこう答えると分かっていた。


「さすが。しかし、異種族間の結婚は法で認められていない。司教様は許されてるけど、神教でもな」


「まあ、そうじゃな」


「それでも愛する二人が共に過ごしたいと思えば、どうすれば良いか?」


「まさか?」


「その通り、奴隷契約という仮の姿をとった、愛の形がこれだ!」


「なっ!」「ええっ!」


 そのカムイの台詞に誰よりも驚いているのが、オットーとエルフの女性。今の話も又、二人は全く知らされていなかった。


「二人は愛し合っている。でもこの世界では伴侶として認められることはない。奴隷契約は二人の結びつきを公にする唯一の手段だ」


「……よくもまあ、そんなでたらめを思いつくものじゃ」


 二人の反応を見れば、カムイが言っている事が嘘である事は誰にでも分かる。


「真実の愛だ」


 それでも、カムイはそれを言い張った。何だかんだで孤児に甘い司教は、口実さえあれば、例えそれがデタラメでも許してくれる事を分かっているのだ。


「もう良い。お前がそこまで強引に押し通そうとするからには、何か事情があるのじゃろ。孤児院に入る事を許す」


「当然、愛する伴侶も?」


「勝手にせい」


「よし。あとで、警備隊が来るかもしれないけど、その時はよろしく」


「なんじゃと?! おい、まさか犯罪者なのか?」


「いや、違う。罪を問われてるのは父親。正確には父親であった人。絶縁証明はここにある。つまり、オットーは元父親がどんな罰を受けようと、それに関係する必要は一切ない」


「そういう事か、その為に、こんな物を作って孤児にさせたのじゃな」


「ちなみに元父親が問われている罪なんて、他にもやっているものは大勢いる。それが正しいとは言わないが、一部の人間だけが罪に問われるのはおかしいと思う」


「もう良い。受け入れると言ったのだ、本人が犯罪者でなければ、別にかまわん」


「さすが、司教様。その高潔な」


「だから良いと言っておる。部屋は適当にお前達で用意しろ。この絶縁証明は預かっておくぞ。警備隊が来た時にこれがないと話にならん」


「どうぞ、どうぞ」


◇◇◇


 司教の許しを得たカムイは、早速、空いている部屋にオットーを案内した。司教に言われた通りに部屋の用意は勝手にやっているのだが。


「よし、準備出来た」


「準備って何もしてないじゃないか?」


「シーツ持ってきてやっただろ。ベッドを整える事くらい自分でやれ。自分の事は自分で。これがここのルールだ」


「分かったよ。彼女の部屋は?」


「愛する二人は常に一緒にいたいだろ?」


 すっかり、この設定を気に入ってしまったカムイだった。


「それ、良いから。よくもまあ、とっさにあそこまでの作り話が出来るよね?」


「前に少し考えてた事を応用しただけだ」


「あんな話を考えていたの?」


「魔族やエルフ族がどうすれば安全にこの国で過ごせるかって考えただけだ。思い付いたのはあんな事。結局、身を守るには力がいるって事になって、実際に使う事はないと思ってたけどな」


「なるほどね」


「さて、彼女はなんて呼べばいいんだ?」


「名はディーライトだね」

 

「長いな。ディーじゃ、ディーフリートと被るし。……デトで」


「いやいや、それ全然、女性の名じゃないよ」


「何でも良いんだよ。どうせ本当の名じゃないんだから」


「えっ? そうなの?」「知っているのか?」


 疑問の声を返すオットーの横から、エルフの女性もカムイに問いを投げてきた。


「当たり前だ。俺はノルトエンドの領主の息子だって言っただろ?」


「そうか。話には聞いていたが、良い所なのだな」


「貧しいけど」


「どういう事?」


 抽象的な言葉ばかりでオットーには何の話かさっぱり分からない。


「オットーとデトはこれから長く一緒にいるわけだから、知っておいた方が良いと思うけど?」


「良いだろう」


 カムイが口にしようとしている事は、エルフ族の独特な習慣であり、あまり広く知られては困ること。カムイはディーライトに話すことの許可を求めた。


「じゃあ、簡単に説明する。エルフ族には表の名と裏の名がある。裏の名が本当の名だけど、これを告げる事はまずない」


「どうして?」


「エルフ族は精霊との誓約によって生きている。誓約、契約の類をすごく大切にするんだ。特に本当の名で結ばれた契約は絶対の意味を持ち、破る事は決して出来ない。自分の存在そのものを否定する事になるからだ」


「はあ」


「それを悪用されると、どんなひどい契約も破れなくなる。そこで表の名を使う。それでも契約に誠実である事に変わりはないけどな」


「なるほどね」


「だから、余程信頼できる人。家族以外には決して裏の名は明かさない。そういう事だ」


「わかった」


「万が一、何かの拍子でそれを知る事があっても、決して口に出してはいけない。エルフ族にとって名とはそれほど大切なものだ」


「分かったよ」


「それ以外にも色々あるけど、それはデトに少しずつ聞け。しばらくは一日中一緒にいるんだからな」


「いや、だから」


 又、カムイがからかってきたと思ったオットーだったが、そうではない。


「学院にはもう行けないだろ?」


「あっ、そうか」


「保証人である父親がいなくなるからな。俺の父親を保証人にするって手もあるけど、それには相当に時間がかかると思う。書類のやり取りだけで、半年はかかりそうだ。残る学院生活は一年ちょっと。半年は学べるかもしれないけど、どうかな?」


「あまり意味はないね。それに半年も空いたあとでは」


「だったら、ここで必要な勉強だけしてれば良い。授業で学んだ事は俺達が教えられる。あとは図書館で本を借りてきてやるから、それで勉強しろ」


「そうだね。そうするよ」


「後はその先だな。元手も人手のあても全くなくなった」


「そうだね」


 世界一の金持ちになる。これがオットーの夢を実現する為の目標だ。それは孤児になったからといって、諦めるものではない。


「それも考えよう。手っ取り早く、金を手に入れる方法は?」


「盗みだな」


 ようやく話に入れたルッツだったが。


「ルッツ、それじゃあ、本物の犯罪者になるだろ?」


「駄目か」


 当たり前だが、ルッツの意見はあっさりと却下される。


「他に」


「ギャンブル」


「勝ち目が薄い。賭けなんて胴元の勝ちと決まっている。八百長でも出来れば別だけどな」


 これも駄目……、と思われたが。


「八百長ね」


 アルトが反応を示した。


「何だ? アルトは何か案があるのか?」


「無くはない」


「それは?」


「少し先になるが、結構大きな、それでいて誰でも参加出来る賭け事がある。しかも、俺たちには八百長が出来る可能性がある」


「おっ、なるほどな」


「しかし、問題がある。成功させるには、ある程度は晒す必要がある」


「オットーの為だ。それに、それが終われば、すぐに王都を去ることになる。少々の事は平気だ」


「そうか。まあ、ほとんどバレてるしな」


「そういう事。よし、それで行こう」


 カムイの言葉で採用が正式決定。一気に動き出す事になるのだが。


「ち、ちょっと、全然わからないよ」


 肝心のオットーが置いてけぼりだった。


「ちゃんと説明する。でも、その前にダークとも相談したいな」


「裏にも手を出すのか?」


「そっちの方が勝った時大きいだろ? どうせやるなら、大きな利益を」


「そうなると、ダークの事もなんとかしたいな」


「うまくすれば出来そうだけど」


「分かった。そっちも考えてみる」


 事を起こすのであれば最大の成果を。カムイたちが物事を考える時の基本的な考え方はこれだ。


「さてと、今日の所はこんなもので、疲れているだろ? ゆっくり休め」


「あ、ああ。……カムイ」


「何?」


「ありがとう」


 カムイに礼を言うオットーの顔は今にも泣き出しそうだ。


「オットーくん、そんな真面目な顔で照れるような事言わないでくれるかな? 気にするな。俺達がやった事なんて、微々たる事だ。この先の人生はオットー自身が切り開いていかなければならない」


「わかってる」


 カムイの言葉でオットーの顔に笑みが戻る。カムイがこういう言い方をする時は、本気で照れている時だと、オットーは知っていた。


「じゃあ、俺らは自分の部屋に戻る。ゆっくり休め」


「ああ」


「休めよ?」


「ああ」


「ちゃんと休めよ?」


「何?」


「いや、愛する二人が一つ部屋で。盛りあがって、変な事になると困るから」


「……だっったら、もう一部屋用意してくれないかな?」


「それは駄目」


「どうして?」


「面白くないから」


「カムイ!」


「冗談だよ。部屋がないのは本当、空いているように見えるのは、帰ってこない奴がいるからだ」


「それって?」


「悪い誘惑は多い。かといって、それが全て駄目って訳じゃない。どうせ、大人しくしていても孤児院を出た後の働き口なんて、結局、そういうものだ」


「そう」


「まあ、ゆっくりと話すことは良い事だ。オットーが一から商売を始めるにしても、どうせなら二人で始めた方が良いだろ? そういう事も話し合っておけよ」


「一緒に? でも、彼女にとってはカムイの領地に行ったほうが」


「そんなに良いものじゃない。危険な場所だし、その危険な領地を自由に出ることも許されない。ただ生きる事を許されているだけ。デトに戦う力があるならまだ良いけど、自信は?」


 最後の質問はディーライトに向けられた。


「……ない」


 それに悔しさをみせてディーライトは答える。若くして奴隷になったディーライトには戦う力などない。それは仕方がない事だが、本人が納得できるかは別だ。


「じゃあ、外の世界とも危険度はそれほど変わらない。敵が人か魔獣かの違いくらいだな」


「そんなに?」


「もしかして、ノルトエンデを魔族やエルフ族にとっての、理想の地だなんて思ってたかな?」


「少し」


 これはディーライトの大きな勘違い。ディーライトが思うような土地であれば、人族が放っておくわけがない。人が住めないような土地だから、人族は手を出さないのだ。


「理想の土地にしたいと思ってるけど、まだまだ先の話だ」


「出来るのか?」


「さあ? でも、俺達はその為にここにいる」


「そう……」


「まあ、ゆっくり考えろ。まだ時間はたっぷりある。それに、オットーには一度、俺たちと一緒に領地に来てもらうつもりだ」


「えっ? そうなの?」


 カムイの話にオットーの方が反応した。この話もオットーには初耳だ。


「商売をするにしても、売るものがいるだろ?」


「まあ」


「それについても、少し考えている事がある。そして、それがうまく進めば、オットーは領地に来なければならなくなる」


「それって」


「具体的な事はうまく進んだら話す。期待させておいて、失敗したら、悪いからな」


「何だか、世話になりっぱなしな気が」


 全てを失った状態の自分にカムイは次から次と道を示してくれる。オットーには、それが嬉しくも、情けなくもある。


「いつか返してくれればいいさ。どんな形でも良い」


「そうは言っても」


「可愛い子どもの顔を見せてくれるだけでもいいぞ。ハーフエルフの子供も可愛いと思う」


 この設定がカムイの中から消える事はもうないだろう。


「……ねえ、セレネの時も思ったけど、カムイたちって、こういうの好きだね?」


「まあな」


 心から嬉しそうな笑みを浮かべて、部屋を出て行くカムイたち。残された二人の表情は複雑だ。

 これだけカムイにしつこく言われると、自然と相手を意識してしまう。


「……じゃあ、僕が床に寝るから」


「いや、私が床に寝る」


「女性にそんな事させられないよ」


「でも私は奴隷だ」


「それは形だけ。実際は、そんな関係じゃないよ」


「……お前、本当にあの男の息子か?」


 父親は自分を性奴隷として弄んでいた。それに比べてオットーの真面目さを驚くばかりだ。


「それを言われると、少しヘコむな。あれでも僕には、厳しくても優しい父親だったからね」


「そうか」


「それに優しくしているように思うのは、僕に君への罪悪感があるからだよ」


「何で?」


「君が奴隷になったのは僕の責任だから。君は元々、僕の奴隷として連れて来られたよね?」


「そうだった。でも、お前は私はいらないって」


「君をじゃない。奴隷なんて欲しくなかっただけさ」


「じゃあ、どうして、お前の父親は私を買った?」


「それは……。そうだね、君にも関係ある事だから、ちゃんと話をしておくよ。僕にはね、好きな人が居たのさ」


 これをディーライトに話すことはオットーにとって贖罪の気持ちなのかもしれない。


「それと私とどう繋がる?」


「僕の好きな人は奴隷だった。君の前に父親の奴隷だった人だ」


「えっ?」


「僕はその人が奴隷だって事を分かってなくて、まだ子供だったからね。それで自分の気持ちを事もあろうに父親に話してしまった」


「それで?」


「誤解されたみたいだ。その人を好きなのだという事じゃなくて、エルフの奴隷を求めているのだと」


「それで私を新たに買ったわけだ」


「そう。恨んでいるよね? 僕のせいで奴隷になんてされた事を」


「恨んでいる? それはちょっと違う」


「でも、いつも僕を睨んでいたよね?」


 その度にオットーは後悔で心を痛めていた。


「それはそうだ。自分とそれ程変わらない年の男の子が目の前にいて、片や何不自由のない生活をしていて、自分は奴隷だからな。恨むというよりは、憎たらしい? そんな感じだな」


「そうだったのか……」


「奴隷どうこうで言えば、お前の家に買われる前から、私は奴隷だ。お前の家に買われなくても別の所に売られただけだしな。その事を恨むはずがない」


「そう」


 真実はアルトたちに言われた通りだった。だからといって、オットーの目的が変わる訳ではない。オットーの野望は既にオット一人のものではない。


「待遇も聞いていたよりもマシなものだった」


「でも……」


 ディーライトは言う待遇が良いは、鞭で打たれるなどの暴行を受けなかったという最低限な事だけ。性奴隷としての扱いを受けていた事は間違いない。


「それは言うな。思い出したくない」


「ごめん」


「とにかく、そういう事だ。お前が罪悪感を覚える必要はない。どっちかというと、そう考えられている方が私には屈辱だ」


「そう。分かったよ。すぐには無理だろうけど、意識しないようにする」


「ああ。ひとつ聞いていいか? あいつらは何者だ?」


「僕の皇国学院の同級生で、ノルトエンデの嫡男とその臣下」


「たかが同級生って関係で、なんでここまでの事をしてくれる?」


「仲間だからだね」


「仲間? それは友達とは違うのか?」


「友達ではあるけど、それだけじゃない。同じ目的を持つ仲間だね」


「目的って?」


「……ごめん。今は言えない。僕だけの問題じゃないからね」


「そうか」


「ごめん」


「良いよ。そういう事はある。それに、私も言えないことはたくさんあるからな」


「エルフ族って独特のものがあるんだね?」


 出来るだけディーライトの事を知ろうとオットーは思っている。それがよりカムイたちとの距離を縮める事になるとオットーは感じていた。


「まあな。色々と縛られているって言ったほうが良いかな」


「エルフ族の国って、本当にあるの?」


「ある」


「どうして、そこに居ないの? エルフ族にとっては安全な場所だよね?」


「居られなくなったから、外の世界にいるんだ」


「それって」


「さっきも言った通り。色々と縛られている事がある。その中でも禁忌に触れてしまったエルフ族は、国を追放されるんだ」


「デトもそれを?」


「私じゃなくて、私の何代か前の祖先だな」


「……その罪を今も許されていないって事?」


 エルフ族の何代か前の祖先。それは数百年どころか千年は前の罪という事だ。人族であるオットーには理解を超えている。


「そう。エルフ族はいくつもの氏族に分かれている。氏族というのは、結構大切なもので、そうだからこそ、氏族の誰かが罪を犯すと、それは全体に及ぶ事になる」


「えっと?」


「追放は個人じゃなくて氏族なんだ。氏族を変える事は出来ないから、子孫も許される事はない。さっき話した名が関係する事だ。同じ氏、人族が言う姓だな。その姓に罪が記された以上は、同じ姓を持つ者は全て罪を負っている」


「厳しいね」


 エルフ族における制約の厳しさを、この話を聞いただけで、オットーは感じる事が出来た。


「さっきカムイが契約の事を言っただろ? 禁忌は世界との契約を破るという事。その罪を許すという事はエルフ族全体が世界との契約を破るという事になる。それをすれば、エルフ族は滅ぶ」


「そういう事なのか。少し分かったよ」


「だから形だけの奴隷って事はないぞ」


「えっ?」


「私は自分の意志でお前の奴隷になったのだから……」


 これはオットーが好きだからではない。あくまでも契約に忠実にあろうとする気持ちだ。ここまでの話で、オットーにも分かった。


「何で、そんな事を言うかな。僕にはそんなつもりはない。契約の一方がそう言っているのだから、そういう契約だって事だよ。君は僕に従う必要はない。自分の意思で生きて良いから」


「……それも罪悪感か?」


「いや、これは僕の信念であって、これがあるから、僕はカムイたちの仲間でいられるのさ」


「そうか。私は仲間になれるかな?」


「それは分からない。でも君にやりたいことが出来て、それが僕達の思いと通じるものがあれば。なれるはずさ」


「思い……」


「じゃあ、これだけは教えてあげる。僕はね、この世界から種族という壁がなくなって欲しいのさ。人族とエルフ族が自由に結婚出来て、それが特別な事じゃない世界。それが僕の望む事さ」


「お前……、凄い事考えているな」


「途方もない事だとは分かっている。でも、カムイにこう言われた。やってみなければ出来るはずがない。だから僕はやってみることにした」


「私は無理だと思う」


 何千年、エルフ族がこれを望んだ事か。結局、実現する事はなく、エルフ族は共存を諦めて、自分達の世界に引き籠ったのだ。


「そうだろうね。でもね、僕が出来なくても、僕の後に続いてくれる人がいるかもしれない。その人の為に一歩だけ、前に進めておくことが出来れば、僕はそれで良いと思ってる」


「そうか。たった一歩であっても、前進は前進だな」


 実現出来ないと思っていても、想いまでディーライトは否定するつもりはない。


「でもね」


「でも?」


「僕はカムイだったら、一歩どころか、一気に達成しちゃいそうな気もしているんだよね」


「何でそう思う?」


「彼には人の運命を変える力があるような気がする。少し彼と接するだけで、誰もが今まで諦めていた事に望みを持つようになるんだ。その一人が僕だけどね」


「だからって」


「僕一人では一歩かもしれないけど、百人集まれば百歩。一万人が集まれば一万歩だ」


「カムイには、一万人を集める力があるのか?」


「さあ? そんな気がするだけだよ。もっとも一万人じゃなくて、その何倍もだとも思っているけどね」


「……そうか」


 デトはカムイと会うのは今日が初めてだ。オットーに熱心に説明されても、どこかピンと来ていない。


「さて、そろそろ寝ようか?」


 それを察して、オットーはこれ以上の話を止める事にした。


「ああ、そうだな。ほら、こうすれば二人寝れるぞ」


 オットーの寝る場所を空ける為に、ディーライトはベッドの脇にずれた。


「……床で寝るから」


「私は心配する必要ないのだろ?」


「ま、まあ」


「じゃあ、隣で寝ろ。自分だけベッドじゃあ、私の気分が悪い」


「……じゃあ」


 デトの思いやりを拒否するのも気まずい感じがして、ディーライトの横に寝転んだオットーだったが、理性と若い男子の欲求の狭間で、その晩のオットーが熟睡出来る事はなかった。

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