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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
47/218

剣術競技会その三 完全勝利

 皇国学院学内剣術競技会。いよいよ、その決勝戦が始まる。

 相手は順当にオスカーのチームが上がってきた。ディーフリートのチーム相手に四対一。圧勝である。

 一方のヒルデガンドのチームはここまで全勝。まさに決勝戦に相応しい対戦となった。


 最後の決戦を前にして、カムイも気合充分だ。一列に並んだヒルデガンドたちの前に出て、最後の仕事を始める。


「さて、いよいよ本番」


「はい」


「これまでのチームとは比較にならない事は言うまでもない」


「そうですね」


「だが、勝てる! 自分の努力を信じろ!」


「「「はい!」」」「おお!」


 こんな感じで全員に気合を入れた後は、個別指導だ。


「まずはマテューさん」


「はい」


「今回は対戦相手の情報はありません」


「えっ?」


「これは全員にです。実際の戦いで、向かい合う相手の情報なんてありません。決勝戦は本番。だから実戦として戦ってもらいます」


 競技会の為の鍛錬。カムイが受けた依頼はそういう事ではない。もっと先の為の鍛錬であるからには、競技会も練習の場に過ぎないのだ。


「はい。分かりました」


「マテューさんは、今の自分の実力を全て出しきって戦って下さい。それが出来たら、勝っても負けても構いません」


「……はい」


 勝ち目はない。カムイの言葉はそう言っているのと同じだ。それが分かって、マチューは一気に落ち込んだ様子を見せるが、続くカムイの言葉ですぐ気を取り直す。


「実力を全て出す事は勝つことよりも難しいかもしれません。気負う事なく、平常心で。この戦いで、それをする難しさを感じて下さい」


「分かりました!」


 競技会がゴールではない。目指す高みは更なる先にある。カムイの意図を正しく理解して、マチューは気合を入れ直した。


「そしてギルベルトさん」


「はい」


「ギルベルトさんは……、今回の対戦で負けるかもしれません」


「そんな!?」


 マチューに対するよりも、はっきりした物言い。


「実力的には相手が一段上です。でも、戦いに絶対はありません」


「そうだけど……」


「マテューさんと同じ。全力を出し尽くして下さい。そして負けを知って下さい」


「俺は――!」


 カムイの言葉に反論しようとしたギルベルトだったが、それを遮ってカムイは話を続けた。


「負けを知っていると思っているかもしれませんが、相手はヒルダたちです。負けても、それにギルベルトさんは納得している」


「……確かに」


「納得出来ない負けを知って下さい。もっと鍛えていれば勝てたかもしれない。そういう悔しさを知る事は、この先の役に立ちます」


 今回の負けを将来の糧にしろ、カムイはこう言っている。


「……分かった」


「絶対に諦める事はしないで下さい。諦めた負けは何の糧にもなりません」


「ああ」


 負けるにしても全力を出しきっての事。カムイの言葉をギルベルトは胸に刻みこむ。


「ランクさん」


「ああ」


「勝って下さい。ランクさんは負けてはいけません」


「そのつもりだ」


「ランクさんが負けて良いのは、ヒルダだけです」


「なっ?」


 カムイの要求はランクが考えていたよりも遥かに高い所にあった。


「今は勝てないかもしれない。でも、いつかオスカーさんにランクさんは勝てるようになります」


「俺がオスカー殿に……」


「今日だけでなく、この先も、負けない。それを背負って戦い続けて下さい」


「分かった!」


 不敗である事。それは強さを求める者の夢だ。その夢を改めて、ランクは自分のものにした。


「マティアスさん」


「ああ」


「マティアスさんも勝って下さい」


「ランクと同じようにだね」


「いえ、違います。マティアスさんが背負うのは、マティアスさんの背中を追う、マテューさんであり、ギルベルトさんです。彼らの目標であり続ける為に、マティアスさんは負ける訳にはいかないのです」


「……分かった」


 一度視線をマテューたちに向けて、マティアスは大きく頷いた。


「そしてヒルダ」


「はい!」


「勝て!」


「はい!」


「それだけだ」


「カムイ……」


 今回も自分への助言はないのかとヒルデガンドは落ちこんだ。だがさすがに、最後の戦いを前にして、カムイがこれで終わらすはずがない。


「ヒルダが負けて良いのは……、俺だけだ!」


「はい!」


 ヒルデガンドチームの気合は充分。


◇◇◇


 そして対戦が始まった。


「右だ!」


 カムイの声が会場に響き渡っている。対戦前には助言を避けたカムイだったのだが、いざ始まってしまうと、それをすっかり忘れていた。


「下がれ! 突きが来る!」


 カムイの声に反応して、マテューが後ろに下がる。それに一拍遅れて、相手の突きが伸びてきた。

 その時には、マテューは間合い十分。逆に体勢を崩した相手を攻めに掛かった。


「よし! 攻めきれ!」


「あ、あの、カムイ」


「何? 今忙しいんだけど」


「そんなに横から教えてあげたら、マテューは実力以上に」


「……あっ! 忘れてた!」


「……静かにしてましょうね?」


「はい」


 だが、手遅れだ。攻勢に入ったマテューは、そのまま相手を押し切って勝利を手に入れた。

 先鋒戦。ヒルデガンドチームは一勝を手に入れた。


「えっと、お礼を言ったほうが」


「ごめん。つい夢中になって、横から言い過ぎた」


「いえ。助かりました。しかし……」


「何ですか?」


「どうやったら、あんなに相手の動きが分かるのですか?」


「それは……、マテューさんには、もう少し先ですね。基礎が固まってからです」


「そうですか。分かりました」


 そんな話をしている間に、次鋒戦が始まる。


「……ああ。……いや、そこじゃ」


 叫ぶ事は止めたカムイだが、やはり、黙って見ている事は出来なかった。小さな声でぶつぶつと呟いている。


「カムイ」


「教えてはいない」


「それは分かっています。さっきの話です。どうやったら相手の動きを読めるのですか?」


「ヒルダだって読めるだろ?」


「ある程度はです。カムイほどではありません」


「……どうやって読んでる?」


「目線や足の向き、肩の動き……、そういった所です」


「それで良いと思うけど?」


「カムイは私より早く見切ってます」


 先ほどからのカムイの呟きはヒルデガンドの思考の先を言っていた。その差を生む秘密をヒルデガンドは求めている。


「……始めはそこから。次は逆に全体をぼんやりと」


「ぼんやりと? それでも見れるのですか?」


 カムイの説明は、ヒルデガンドの予想の外にあった。


「見れるというか記憶? これ前にセレに説明した事だけど」


「教えてください」


「ヒルダは上に跳ぶときに、膝を曲げないで、前傾もしないで跳べる?」


「……跳べないと思います」


「そう。逆に言うと、膝を曲げた、前傾したら、跳ぶ気だって分かる。これはちょっと極端な例な。実際はそこから他の動きも出来る」


 セレネにしたのと同じ説明をカムイは始めた。


「……それを読む?」


「そう。予備動作ってやつ。さっき言った姿勢からは上にも前にも後ろに跳べる。でも上に跳ぶ時と後ろに跳ぶ時は他の場所に違いがある。それも見つければ、前後も読める」


「理屈ではそうですけど」


 人の動きなど、どれだけの数があるのか想像もつかない。それを覚えられるとはヒルデガンドは到底思えなかった。


「ありとあらゆる動きを覚えこむ必要がある。もっともヒルダが言った目線や肩の動きで、かなり絞れるから、言うほどじゃない」


「それでも……、凄いわ」


「常に意識するだけ。日常で人が歩く時、どう動くかとか。色々な人を見て、共通点を知って、基本を覚える」


「えっと」


「基本を覚えると応用も利く。基本と違う動きで、同じ動きをしているとしたら、それはその人の癖の可能性がある。そうするとそこを見ると、その人は……」


 それこそ常にどうすれば強くなれるのかを考え続け、試し続けて、見つけたもの。どんなにカムイが言葉を尽くしても、すぐに分かる内容ではない。


「ごめんなさい。やっぱり、後で聞くことにします。試合前に詰め込むとおかしくなりそう」


 さすがのヒルデガンドも一旦諦める事になった。


「そうだな。それが良い」


 それでカムイは又、視線を対戦に戻した。丁度、ギルベルトが負ける所だった。


「負けたか」


「そうですね」


「でも頑張ったな。俺の予想よりは長く戦っていた」


「そうですか」


 次鋒戦の結果、勝敗は一対一の五分となった。次は中堅戦。ランクの対戦だ。


「相手は強いのですか?」


「強い。ランクさんより」


「えっ? でもランクに負けるなって」


「ランクさんは強い。でも、ランクさんは、三番手に甘んじている。それじゃあ駄目だ」


「マティアスよりも強くなれと?」


「俺は負けて良いのはヒルダだけと言った」


「そうですね。……そう言えばカムイには勝たなければいけないの?」


 自分に負けても良くて、カムイには勝たなければならないは、ヒルデガンドにとって矛盾だ。


「まあ」


「勝てるようになるかしら?」


「ランクさんが強くなれば、俺はもっと強くなって見せる。負ける気はない」


「それじゃあランクは」


 やっぱりカムイの助言はおかしかった。そう思ったヒルデガンドだったが。


「心持ち。ランクさんはそれで大分強さが変わる性格をしている。良い方向に行けば、さっきの俺の評価は変わる」


「……ちゃんと助言していたのですね」


「当然。それが俺の仕事だ。さあ、始まる」


 中堅戦が開始された。カムイが強いといった相手の評価は何なのかと思うくらいに、ランクは攻め込んでいる。


「……押し切れ。……止めるな。……そのまま」


 又、カムイはぶつぶつと呟きだした。今度はヒルデガンドも、話しかける事はしない。同じように、戦いに熱中していた。


「止まるな! 押せ!」


 攻め続けていたランクの剣が緩みを見せた瞬間に、カムイの叱咤する声が飛んだ。


「うぉおおおおおっ!!」


 途切れそうになった自分の気持ちを高める為か、ランクが雄叫びを上げる。振るわれる剣が、また威力を取り戻した。

 その急な変化に、相手の方が付いて来れない。勢いに押されて体勢を崩した所に、ランクの剣が打ち込まれた。


「やった!」「勝った!」


「うおおおおおお!!」


 ランクの勝利の雄叫びが会場に響き渡った。


 これで二勝一敗。ヒルデガンドチームの勝ち越しだ。


◇◇◇


「すまん。助かった」


 カムイの声。それが自分の支えになったとランクは分かっている。


「次は周りの声がなくても諦めないで下さい」


「ああ。分かった」


 支えがあったとしてもランクは課題を乗り越えた。次はマティアスの番だ。


「じゃあ、行ってきます」


「マティアス、頑張って」


「はい。負けません。そう簡単にランクに追いつかれる訳にはいきませんから」


「そうね」

 

「まだまだランクも背負わせてもらいます」


「ええ、期待しているわ」


 普通に受け答えはしているが、マティアスには珍しい強気な発言に内心でヒルデガンドはかなり驚いている。

 ヒルデガンドの気持ちを知りもせず、これも珍しく、気合充分といった雰囲気を周囲に振りまきながら、マティアスは前に進み出て行った。


「挑発しましたね?」


「少し」


「あんなマティアスは初めて見ました」


「怖さがないのは実はマティアスさんもマテューさんと同じ。マティアスさんの場合は性格じゃなくて、洗練され過ぎているからな」


「綺麗な剣と言っていた事ですね」


「そう。洗練さではなくて、鋭さに変わる必要がある。洗練とは違って、鋭さには恐怖を感じさせるものがある」


「そうね」


 そしてマティアスの対戦が始まる。

 気合が反映したのか、マティアスの剣はカムイの望む鋭さを持つものだ。一切の隙を見せずに、正確な剣筋で、少しずつ相手を追い詰めていく。


「ほら、恐い」


「……そうですね」


「あれを完璧にやられると、相手の心が折れる。それで勝ち」


「ええ、勝ちますね」


「それをどんな相手にも、逆に自分の心が折れないように出来たら凄いな」


「自分の心が?」


「そう。自分よりも強い相手に心の隙を見せないように、余裕を感じさせて戦う。内心ではどんなに焦っていても」


「心理戦ですね」


「それも戦いだ。よし、勝った」


 完璧に相手を押さえ込んだまま、マティアスは勝ちをおさめた。ヒルデガンドのチームの優勝が決まった瞬間だ。

 だが、チームの誰の顔にも、まだ喜びの色はない。全員がヒルデガンドが勝ってこそ、真の優勝だと思っている。


「では、行ってきます」


「ああ、勝ってこい」


「はい!」


 向かい合うヒルデガンドとオスカー。

 ヒルデガンドはもちろん、対するオスカーも気合いが入った顔をしている。チームの勝敗は決まったが、この大将戦は学院最強の称号を賭けた戦い。オスカーはそう思っている。気合いも入るというものだ。


 開始の合図とともに、一見緩やかにヒルデガンドが前にでる。

 だが、その剣速は誰もの予想を覆すほどの速さ。それに対応し切れずに、オスカーは後ろに大きく体勢を崩した。

 そこに畳み掛けるように、ヒルデガンドの剣が振るわれる。

 数合、剣を合わせた所は、オスカーもさすがという所だが、抵抗もそれまで。


「はあっ!」


 気合いとともに振り上げられたヒルデガンドの剣がオスカーの剣を宙に跳ね飛ばす。


「……ま、参った」


 ヒルデガンドの圧勝といえる戦いに、一瞬会場が静まり返る。


 そして、次の瞬間に会場が震えた。


「「「うぉおおおおおお!!」」」


 ヒルデガンドの学院最強の称号が証明された瞬間だった。


◇◇◇


 学院の剣術競技会が終わって、数日後の事。競技会の時とは全く違う不機嫌な顔で、カムイはソフィーリア皇女の前に立っていた。


「やってくれたわね。カムイ」


 ソフィーリア皇女に呼び出されて城に来てみれば、第一声がこれだった。カムイには何のことかすぐに分かったが、納得出来る台詞ではない。


「何の事ですか?」


 そう言いながら、カムイの視線はソフィーリア皇女ではなく、後ろに並ぶ面々に向いていた。

 それに対して、珍しくこの場に居るディーフリートと、後ろ暗い所があるクラウディア皇女は苦い顔。

 テレーザが唯一、カムイを睨みつけていた。


「皇国学院の剣術大会の事よ」


「それであれば、益々、何のことか分かりません。俺は責められるような事をした覚えはありません」


「東方伯家のヒルデガンドに名を成さしめたわ」


「それは俺の責任ではありません。負けた人達を責めたらどうですか? ほら、後ろにいます。その人達が」


 カムイはソフィーリア皇女の前だというのに自身の不機嫌さを隠そうともしていない。それがソフィーリア皇女の心に不安を生む。


「……貴方がヒルデガンドの手助けをしたと聞いたわ」


「その前にディーにルッツを貸しました。俺がヒルダのチームの手助けをしたのは、それを認めてもらう為の交換条件です」


「わざわざ、それをする必要があったの? ディーは後々、私の伴侶になるのよ。無条件で、ディーの支援をするのが普通じゃないかしら?」


 無条件で、このソフィーリア皇女の考えもカムイを不機嫌にさせるものだが、今のカムイの不機嫌さは、すでに上限に達している。ソフィーリア皇女の、この言葉は流される事になった。


「それでヒルダに貸しを作れと? それをいざという時に返せと言われて困るのは俺だけでしょうか?」


「それは……」


「百歩譲って、俺だけだとしても、今回程度の事で済むかは分かりません」


「でも、貴方がディーの手助けをすれば」


「しても負けました。たかが三ヶ月程度で、人はそれ程強くなりません」


「でも、オスカーもあっけなく負けたと聞いたわ。それだけヒルデガンドが強くなったという事ではなくて?」


「それはオスカーさんの自業自得です。自分の鍛錬を後回しにして、他のメンバーを鍛えていた事を俺は知っています」


「そうなの?」


「はい。それが間違いとは言いません。オスカーさんが目指すのは一剣士ではなく騎士団長でしょうから」


 団を強くするのがオスカーの役目。それを分かっての行動であれば、褒められても良いものだとカムイは本心から思っている。


「そうね。つまり、ヒルデガンドたちは?」


「彼らは騎士団長にはなれません。成る気もないでしょう。それぞれが剣士として強くなろうとしているだけです」


「……そう」


「俺が教えようと教えまいと、ヒルダのチームの優勝は決まっていました。決まっていた事を手助けしたといって、それを手助けとは言いません」


「反論の余地がないわね。カムイと言い合いで勝とうというのが間違いだったかしら?」


「それは違います。俺の方が正論だから勝ち目が無いだけです」


「そう。じゃあ良いわ。変に絡んでごめんなさい。カムイが余計な事をしたと皆が言うものだから」


「皆ですか?」


 ソフィーリア皇女が納得しても、カムイの気持ちは、それでおさまる訳ではない。


「……ディーを除いて」


「それなら分かります。話はそれだけですか?」


「ええ、そうよ。用件としてはね。それも口実ね。何でも良いから、用事を作らないと、カムイは城に来ないから」


「本当にそれだけですか?」


 ここからカムイの逆襲が始まる。カムイがやられたままで居る訳がないのだ。


「そうよ。他に何かあるの?」


「あると思いますけど……、まあ、俺には関係ない事ですから良いです」


 思わせぶりな言い方をしてみせるカムイ。


「ちょっと? 意味ありげな事言わないでよ。何があるの?」


 それにまんまとソフィーリア皇女は食いついた。


「それこそ、後ろの方々にお聞きになったらどうですか?」


「クラウ!?」


「は、はい!」


「貴女、まさか又、何かしたの!?」


「……な、何も」


「嘘おっしゃい! 何もしていないのにカムイがこんな事をいう訳ないでしょ?」


「わ、私は知らない。でも、何だか……」


「何だか?」


「相手の人が、その、おかしかったの」


「……意味が分からないわ。どういう事?」


「それは……」


 ソフィーリア皇女の問いにクラウディア皇女は答えを見つけられないという雰囲気だ。答えが分かっていても口に出来る質問ではない。


「ディー?」


「えっ、僕?」


「貴方も知っているのでしょう?」


「僕の口からは言いたくない」


 ディーフリートははっきりと口にする事を拒んだ。はっきりと拒めるのは、ディーフリートにはやましい事がないからだ。


「ではテレーザ」


「す、すみません!」


 やましい気持ちだらけのテレーザはただ謝るしかない。


「私は何をしたのかを聞いているの」


「すみません……」


「……駄目ね、カムイ。悪いけど、貴方の口から教えてくれるかしら?」


「テレーザさんに恨まれます」


「良いから、教えなさい!!」


 誰一人として答えを教えようとしない事に、とうとうソフィーリア皇女は痺れを切らしてしまう。だが、ソフィーリア皇女のそんな態度にも、うろたえるカムイではない。


「俺が怒鳴られる所かな? 違うと思うけど。そう思いませんか? クラウディア皇女殿下」


「そ、そうだね」


「そうですよね? では、ご自身の口でどうぞ」


「む、無理だよ」


「それを世間では卑怯と言います。まあ、やった事が既に卑怯ですから、今更ですね?」


「……ごめんなさい」


「もうお願いだから教えなさい。クラウたちは何をしたの?」


 自分の怒りを何とも感じていない様子のカムイに、却ってソフィーリア皇女は落ち着きを取り戻す。それも事実を知るまでの短い間だ。


「ちょっと、八百長を」


「はあ!? 嘘よね!?」


「それが残念ながら。あれだけ見え見えの八百長は誰も見た事がないと思える程、あからさまな八百長で」


「クラウ! 貴女、何て事したのよ!」


「ご、ごめんなさい! 私もあんな事になっているなんて知らなくて!」


「テレーザ!」


「す、すみません! つい、出来心で!」


「ついって……、それで許される事だと思っているの?」


「……いえ」


「この事実はどこまで知られているのかしら?」


「普通に考えれば、競技会を見ていたほぼ全ての生徒、教師もですね。暇つぶしに見に来ていただけの観客でもおかしいと思った人は居ると思います。先ほども言った通り、負けるはずのない相手が負けた訳ですから」


「最悪ね」


「最悪です。まあ、悪者はテレーザさんという事になっていますので、クラウディア皇女殿下の所まで批判はそれほど上がらないかと」


「そうなの?」


「独断でそうしました。余計な事でしたか?」


「いえ、助かったわ。ありがとう」


「大した事ではありません。元々、テレーザさんが悪いと皆思っていますから」


「そう。それで後は?」


「クラウディア皇女殿下が、相手に頭を下げる」


「それ少し白々しくないかしら?」


「八百長を謝るのではなく、気を使ってもらった事のお礼です。今もクラウディア皇女は気が付いていない。そういう事にします」


「それで良いの?」


「分かりません。でも、事はこれだけ明らかなのです。謝るか知らない振りをするか、どちらかしかありません。八百長を認め、それをクラウディア皇女殿下が知っていたとなった場合、どうなるかは俺には分かりません。学院は見て見ぬふりをするでしょうか?」


「……それは私にも分からないわ」


「では、クラウディア皇女殿下に決めて頂きましょう。どちらがよろしいですか?」


「私は……、本当に知らなかったの」


「では今も知らないと。うまく演技出来ますか?」


「……頑張る」


「わざわざ相手の所に行く必要はありません。すれ違いなど、そういう時に軽く挨拶をする程度で。テレーザさんは」


「謝れば良いんだろ」


 悪い事をしたとは思っていても、カムイに言われると反発心が湧いてしまうテレーザだった。


「逃げて下さい」


「はっ?」


「八百長を仕組んだ事がバレるのを恐れて、その場を逃げ出す最低の奴。それで行きます」


「……それ必要か?」


「必要です。良いですか? テレーザさんは最低の女です」


「おい!」


「ああ、語尾を間違えました。最低の女と思われなくてはいけません。それが結果としてクラウディア皇女殿下を助ける事になる。これは分かりますね?」


「あ、ああ」


「では最低の女で。最低の女らしく、その場から逃げ出して下さい。そして皆に最低の女と指差されて、最低の女らしく、それに堪えた様子もなく振る舞う。それで益々、最低の女と」


「おい! それ必要か!?」


「必要です」


「そんな訳無いだろ!」


 本気で反省はしていても、やはりカムイに責められるとテレーザはどうにも我慢出来なくなる。


「お前が最低な事をしたのが悪いのだろ!?」


 そしてカムイもテレーザに対しては容赦がない。

 

「うるさい!」


「おっ、開き直った。この最低女め!」


「最低、最低言うな!」


「最低だから、最低だと言っているんだ! 俺は剣を侮辱するような奴を決して許さない!」


「私がいつ剣を侮辱した!?」


「侮辱しただろ!? 剣術大会で、日頃の努力の成果を出させないってのが、侮辱じゃなくて何だ!?」


「それは……」


「お前に剣を持つ資格はない! 二度と剣を持つな!」


「そんな……」


「剣に謝れ! 今すぐ謝れ! さあ謝れ!」


「……すみません」


「許さない!」


「お前が言うな!」


 当人たちは真剣なのだが、周りで聞いている方はふざけ合っているように思えてしまうやり取りだ。実際にソフィーリア皇女はそう思った。


「ねえ、二人ってもしかして仲が良いのかしら?」


「「そんな事はない!」」


 否定の言葉が重なる。


「……誰に口聞いているのかしら?」


「「すみません」」


 案外、本当に仲は悪くても気は合うのかもしれない。そんな風にソフィーリア皇女は感じた。当人たちは絶対に認めない推測だが。

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