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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
46/218

剣術競技会その二 裏切りの代償は

 予選が終わり、いよいよ本戦の一回戦が始まろうとしている。カムイはヒルデガンドたちの所に来ていた。


「良いですか? ギルベルトさんの相手の弱点は、足元の守りです。下半身を牽制して、相手の動きを封じて下さい。攻撃は左斜めからの攻撃が多いですが、それは振りです。そちらに意識を向けさせておいて、逆から仕留める。それが攻撃のパターンですので気を付けてください」


「はい」


「ただ、あまり意識しないように。普段通りでも、叶わない相手ではありません。誘いに乗らずに、じっくりと機会を待って攻めれば大丈夫です」


「はい!」


「では、皆さん、頑張って下さい」


「ちょっとカムイ! 私達は? 何か助言はないのですか?」


 ギルベルトへの助言だけで、去っていこうとするカムイを慌ててヒルデガンドは呼び止めた。


「他の人は大丈夫です。普段通りにやれば、間違いなく勝ちます。ちょっと失敗しても勝ちます。絶対に勝ちます」


「……そう」


「落ち込む所か?」


「だって、何か放っておかれているみたいです」


「まあ、一回戦は。準決勝と決勝はちゃんと居ますので」


「……居ます?」


「すみません。一回戦はルッツの所に行きたくて」


「ディーフリートの所」


「ルッツの所です」


「…………」


 目を細めてじっとカムイを睨むヒルデガンド。ヤキモチを示す方法にもバリエーションが出てきたようだ。


「ルッツの所です」


「……分かったわ」


「頑張って。直接は見れないけど、ちゃんと応援しているから」


「ええ」


「ヒルダは大丈夫。信じてるから」


「分かったわ!」


 こんな感じでヒルデガンドの機嫌を直した所で、慌ただしくカムイはディーフリートの所に向かう。すでに先鋒戦が始まった所だ。


「カムイ! どうしたんだい?」


「ちょっと。ルッツとセレに話が合って」


「私? 何よ、話って?」


「絶対に勝て。完膚なきまでに相手を叩きのめせ。殺しても構わない」


「ち、ちょっと!?」「えっ、殺して良いのか?」


「「ルッツ!?」」


 セレネとディーフリートが見事に気の合った所を見せた。


「殺しては冗談。でも、わずかな勝機も与えるな。相手に一振りもさせるな」


「ああ、それは問題ない」


 カムイの要求に軽く答えるルッツだが、それはルッツだからこそだ。もう一人のセレネは、そうはいかない。


「問題あるから。私、そこまでの自信ないわよ」


「セレも勝てるはずだ。ただ一振りもさせないのが難しい」


「……それ喜んで良いのかしら?」


 カムイに勝てると言われたら、それは大きな自信になる。そう思ったセレネだったが。


「喜ぶ所じゃない」


「あっ、そう」


「一振りもさせない為に助言を」


「本気なの?」


「当然。相手の構えは中段だ。だが、攻撃は上段からになる。一度見ただけだから、絶対とは言わないが、まあ間違いないと思う」


「……だから」


 セレネの戸惑いに構うことなく、カムイは具体的な戦い方を説明していく。


「開始の合図で一拍置いて、相手に攻め気を起こさせろ。剣を上段にあげて、そこから踏み込んでくるから、初動は遅い。そこで間合いを詰めて、顔に突きを伸ばせ」


「顔?」


「そう。相手をのけ反らせる感じ。間違っても間合いを詰めるのに遅れて、振り下ろす時間を与えるな」


「難しい事言うわね」


「セレの速さがあれば間に合うはずだ」


「そう」


「のけ反らせてしまえば、こっちのもの。剣を振り下ろすには上体を戻さなければいけないから、それ許さずに、打ち込み続ける。それで決めろ」


「……何だか、簡単に言うけど」


「大丈夫だ。セレなら出来る。俺は信じてるから」


「私はダマされないから」


「……信じろよ」


 ヒルデガンドに対するようにはいかない。ヒルデガンドが単純だからという事ではなく、疑われるだけの事をセレネにカムイたちが散々してきた結果だ。


「カムイを信じたら酷い目に合うもの」


「俺の完璧な助言を」


「そもそも、そんな事を言い出すのが怪しい。カムイはヒルデガンドさんの応援をしているはず。私達は敵同士よ」


「もっと憎むべき敵が現れた」


「……それって?」


「アイツら、辺境領仲間を裏切ろうとしている。それを許すわけにはいかない」


「ちょっと、どういう事?」


「詳しい話は今は出来ない。でも、アイツらは間違いなく、俺とセレ、共通の敵だ」


「……そう。そうなると話は別ね」


「力を見せつけろ。俺たちを裏切るという事が、どういう事か、思い知らせてやれ」


「いいわよ。やってやるわ」


 結局は、カムイに乗らされるセレネだった。


「よし、それで良い。ディーも負けるなよ」


「話が分からない。けど、負けるつもりはないね」


「それで良い。さてと」


「カムイ?」


 それで去るものだと思ったカムイが、そのまま、腕を組んで立っているのを見て、セレが疑問の声を上げる。


「何だ?」


「まだ何かあるの?」


「結果を見届けようと思って」


「そう。……試合見てる?」


 カムイは正に仁王立ちという姿で、厳しい視線を正面の一点に注いでいる。試合の方向とは、どう見ても視線が逸れている。


「いや」


「何を見てるの? と言うか、誰を睨んでいるの?」


「裏切り者。俺が怒っているという事を知らしめないとな」


「ずっとそうやっているの?」


「勿論。これで少しでも萎縮してくれれば、セレの戦いも楽になるだろ?」


「そうだけど……」


「それに他にいるかもしれないからな。そういう奴らへの脅しの意味もある。二度と同じような考えを起こす奴を出さないようにしないと」


「そ、そう」


 カムイを本気で怒らせてはいけない。セレネは初めて、そう思った。


 そして、既に怒らせてしまった方は。


「に、睨んでいるぞ」


 自陣の反対側で、もの凄い形相で睨んでいるカムイに既に萎縮していた。


「気にするな。臣下がいるから応援のつもりだろ?」


「でも、バレたんじゃないのか?」


「八百長がか? 別に良いだろ? それでカムイが困る訳じゃない」


「でも」


「クラウディア皇女殿下の為だ。カムイが怒る筋合いはないだろ? あいつにとっても主筋じゃないか」


 では、カムイは何を怒っているというのか。この説明はもう一人を宥める為の、屁理屈に過ぎない。


「でも何だか恐いぞ」


「年下に何をビビってる。良いか、俺達は協力して、ソフィーリア皇女殿下を支援すると決めた。俺達が従うのはソフィーリア皇女殿下にであって、あいつにじゃない」


「それはそうだけど……」


「それを裏切りだと言うのだ。カムイが怒っているのはそのせいだ」


 二人のやり取りを聞いていた大将の男子生徒が、話に割り込んできた。その表情はカムイに負けないくらいに怒りの色に染まっている。


「何を言っている? 俺達が誰を裏切った?」


「お前たちは何も分かっていない。それとも分かっていて、惚けているのか?」


「何をだ?」


「惚けているのだな。大方、年下のカムイに主導権を握られている事を妬んでって所か」


「馬鹿にするな。俺が何故、あいつを妬む必要がある?」


「知るか。それは自分の胸に聞け」


「……妬む事なんてない。俺が納得いかないのは、あいつ一人がソフィーリア皇女殿下と接点を持っている事だ。おかしいだろ? 俺達の実家に上下関係はない。それなのに年下のあいつが何故、俺達の頭のように振る舞う?」


 普通はこれを妬みという。ただ本人たちだけが認めていない。


「妬みにしか聞こえんな。それに間違っているぞ。カムイの実家の爵位は子爵家だ。辺境伯の俺たちとは違う」


「尚更だ。序列で言えば辺境伯の方が上」


「だが、皇帝陛下に謁見出来る資格はない。直系貴族の子爵はあるはずだな」


 外様である辺境伯には、皇国内での権限などないに等しい。これも辺境領の者であれば分かっているはずの事だ。


「……それだけの事で」


「では教えてくれるか。謁見の資格もない者が、どうやって自分たちの立場を訴えるのだ?」


「それは……」


「もし、本当に分かっていないと困るから、教えておく」


「……何をだ?」


「お前らを除いた辺境領子弟は、ソフィーリア皇女殿下に付いた訳じゃない」


「そんなはずはない」


「俺達が付くのは、辺境領の待遇を改善してくれる皇太子候補だ」


「それがソフィーリア皇女殿下だろ? 俺はそう聞いている」


「今はな。だが、将来は分からない。気が変わったら、皇太子になる為の口実だったらどうする?」


「そんな……。つまり、あいつは俺たちを騙しているのか?」


 こんな発想になるのは、辺境領の待遇を改善について、本気で考えていないからだ。考えていれば、カムイのやっている事は所詮は、幾つかの中から選んだ一つの方策に過ぎないとわかる。


「どうしてそうなる? カムイはそれを分かっている。分かっているから、俺たちをソフィーリア皇女殿下に近づけないようにしているのだ。もし、そうなった時に裏切るのは自分一人。カムイはそう考えている」


「そんなはずは……」


 ようやくこの男子生徒にも分かってきたようで、表情に困惑が浮かんできた。


「いつでも付く相手を変えられる。そう思わせてこそ、交渉を有利に出来る。そんな事も分からないとはな」


「しかし、クラウディア皇女殿下は」


「騙されたのだ。あのテレーザとかいう女に。あれはカムイを敵視している。学院にいるなら、それ位、当然知っておくべきだな」


「それだったら、お前はどうして?」


「あれは説得じゃない。脅しだ。俺は脅されて仕方なく従っただけだ」


「そんな事、俺達は……」


「二つ返事で了承したのだろ? だから、そこまでされる事はなかった」


「そ、そんな……。な、なあ。俺達はどうすれば良い?」


 全てを聞いて、ようやく自分たちが仕出かした事の間違いに気が付いて焦っている。クラウディア皇女の誘いに乗ったのも、深い考えがあっての事ではないのが、丸わかりだ。


「さあな。カムイが許してくれるかなんて、俺には分からない。少なくともこの戦いは怪我しないうちに無様に負けておけ。恥をかけば、少しはカムイの気も晴れるかもしれない」


「それでは俺達の力を見せる機会が」


「お前は馬鹿か!?」


 あまりの考えなしに、ついに堪忍袋の緒が切れた。周囲に構うことなく、大声で怒声を放ってしまう。


「な、何が?」


「カムイは俺たちを見せしめにしようとしている。他に同じような者が出ないようにな。カムイがあそこにいるという事は、そういう事だ。そして、俺達は、カムイを怒らせた事を他の辺境領の奴らに知られてしまった。残りの学院生活は、過ごしにくそうだ」


「…………」


 こんな話を聞かされてしまっては、二人はもう戦う気になれない。

 カムイのセレへの助言を活かす必要もなく、あっけなくディーフリートのチームは勝利を治める事になった。


「少しは反省したかな?」


「そうなの?」


「戦う気なさそうだったからな」


「それカムイが脅したからでしょ?」


「いや、あの大将の三年生が怒った顔でずっと話してたから、そのせいかな」


「そう」


「あの三年生は覚えておこう。出来る人のようだ。ちゃんと戦ってたし」


「あの人もなの?」


「嫌々らしいけど」


「残りの二人は?」


「積極的」


「そうじゃなくて、許すの?」


「出方次第。でも、あんな戦い方したらな」


 裏切りも許せないが、剣を侮辱する事はもっと許せない。カムイはこう思っている。


「真剣に戦ったら、それはそれで許さないくせに」


「許すかどうかは、終わってからの出方次第。まあ、信用出来ない者だという事は、決して忘れないけど」


「……恐い」


「さて、次は姫様だな」


「えっ? まさか、クラウディア皇女の事?」


「そう」


「次ってのは?」


「恥くらいはかいてもらわないと。じゃあ、俺はヒルダの所に戻るから」


「ちゃんと説明しろ」


「それは後で。ここからはまた敵な。オスカーさんの所に勝てればの話だけど」


「か、勝つわよ」


「まあ、頑張れ。じゃあな」


 用は済んだと、まったく心のこもっていない応援の言葉を残してカムイは去っていく。


「セレ。結局裏切りって何かな?」


「分からないわ。でもクラウディア皇女が絡むとなると」


「ああ、あれか。それで、裏切り?」


「剣じゃないか? カムイは剣を侮辱するような事は許さないから」


 事情が分かってないルッツが、少しずれた事を言ってきたが、それはそれで納得出来る内容だった。


「そういう事か。でも、それでよくマリーと仲良く出来るね。マリーは剣を握る気も無いよ」


「仲良くしているとは思ってないだろうけど、そういう事とはちょっと違う」


「何処がかな?」


「剣を侮辱だから、興味がないのとは違う。ちなみに強い弱いも関係ない。剣にどう向き合っているかかな?」


「なるほどね。わかったよ」


 結局、ディーフリートが真実を知ることはなかった。


◇◇◇


「さあ皆さん! 次の戦いも頑張ってください!」


「え、ええ」


 あまりのカムイの張り切りようにヒルダはそれを喜ぶより戸惑っていた。


「実力を見せつけて! 相手を完膚なきまでに! 二度と立ち向かう気が起こらなくなるまで! 叩き潰しましょう! おおっ!」


「カ、カムイ。これは競技会ですよ?」


「ヒルダ、常在戦場。この言葉を忘れるな」


「……ええ、それは分かりますけど」


「まあ、それは冗談だけど、今回の対戦ではそれぞれに課題を持ってもらいます」


「課題」


「本番はオスカーさんのチームとの決勝戦。この対戦はその為の最後の練習です。まずは、マテューさん」


「はい」


「勝つだけであれば楽勝です。でも、それでは練習になりません」


「はい」


「相手に一手も許してはいけません」


「はい。……ええっ?」


 クラウディア皇女のチームを完膚なきまでに叩き潰す。カムイは本気だ。


「マテューさんは、少し大人しい所があります。それでは駄目です。実力が伯仲してくると、何というか心持ちで勝敗が決まる時があります」


「心持ち。ちょっと意味が分かりません」


「相手をどう感じているかなどです。油断していては行けません。でも、相手を過大評価しては、萎縮してしまって、それも駄目です」


「そうですね。そう言われると分かります」


「ですから、今回は相手に怖さを感じさせる為の課題です。圧勝して下さい。強さを見せつけて相手の心から余裕を奪うのです」


「話は分かりました。でも、一手もとなると」


「そうですね。ですから、今回はヒントをあげます。対戦相手は実は、マテューさんのように、少し大人しい性格です。自分から先手を取ることはまずありえません。そして、そう思われている事に気付いてもいません」


「躊躇わずに開始と同時に動けと?」


「そうです。それで先手を取れます。後はランクさんの課題と同じ。攻め切る。相手の剣を恐れる事無く、攻め続けて下さい」


「分かりました」


 ただ乗せているだけではなく、カムイのアドバイスはちゃんと研究の結果から導いたもの。マテューを納得させた所で、カムイはギルベルトに向かい合う。


「ギルベルトさん」


「はい」


「ギルベルトさんへの課題は相手の攻撃を防ぎ切る事です。対戦相手は攻撃に自信を持っています。もっとも攻撃以外は見るべきものは何もありません」


「……普通に勝ったら駄目か?」


「課題です。相手の自信を打ち砕いて下さい。そして、ギルベルトさんは自信を付けて下さい。ギルベルトさんの守りはかなり上手です。それを実戦で確認する事で、自信になります。得手を持つというのは、この先の為に必要です」


「分かった」


 ギルベルトはあっさりとカムイの助言を受け入れる。一回戦での助言がかなり効いていた。


「そして、ランクさん」


「おお。俺は?」


「ちょっと難しいです」


「……何だ?」


「一撃で決めて下さい。初撃で決着をつける」


「ふむ」


「その為には、開始の合図の前から、相手の構えを見極め、相手の意図を探り、隙を見つけなければいけません」


「なるほど、そういう課題か」


「そうです。ランクさんなら、出来ると思います。ただ万一失敗しても、そこで挫けないで下さい。攻めを止めずに倒し切る。それがランクさんの課題である事に変わりありません」


「分かった」


 そして、次はマティアスだ。


「私は何かな?」


「相手の剣をかわし続ける事。剣を合せてもいけません。ひたすら躱して下さい」


「それはいつまで続ければいいのかな?」


「そうですね。五十振りくらいにしましょうか」


「五十? 多くないか?」


「練習ですから。これくらいの数じゃないと」


「まあ、そうだけど」


「その前に相手がへたばるかもしれませんけど。とにかく大振りしか出来ない相手ですから」


「……まあ、彼女はね」


「五十いかなくても剣を振れなくなったら、終わらせてください。時間がかかるばかりだから」


「普通終わるね」


「動けなくなってからが鍛錬ですけど? あっ、相手を鍛錬する訳じゃないか」


「……分かった」


 そして最後がヒルデガンドだ。


「カムイ。私は?」


「…………」


「私は?」


「どうしよう?」


「ええっ?」


「相手はクラウディア皇女殿下だから。課題を設けても、相手が応えてくれない」


「……そうですね」


「躱す必要もなく当たらない。振れば確実に一撃。何かあるかな?」


「ありません……」


「戦うの止める?」


「剣を持つ相手に戦いを挑まないというのも……」


「それもそうだ。失礼だな。まあ、剣を侮辱しているクラウディア皇女殿下に失礼もなにもないけど」


「……やはりそうなのですね」


 クラウディア皇女のチームが勝ちあがってきた事の意味をヒルデガンドも考えていた。


「証拠は掴んでる。掴んでも仕方がないけど。……棄権させる?」


「どうやって?」


「開始の前に心を挫く。案外、ヒルダが全力で剣を振れば出来るかも」


「まさか……」


「ごめん。今回も助言はない」


「……分かりました」


 そんな調子で、準決勝が始まった。周りにとっては、全く見応えのない退屈な準決勝が。

 先鋒戦。開始わずか五秒。ヒルデガンドチームのマテュー勝利。

 次鋒戦。打って変わって一方的にクラウディア皇女チームの次鋒が攻め続ける。実に二十分間、ギルベルトは防ぎ続けるだけ。全く当たらない攻撃に相手は戦意喪失。ほとんど諦めた相手に首に剣を当ててギルベルトの勝ち。

 中堅戦。開始わずか一秒。一撃で相手は気絶。ランクの勝ち。

 ヒルデガンドチームの勝利は確定した。

 そして消化試合となった副将戦。


「逃げるな!」


「逃げてない。これは避けているというのさ」


「……逃げるな!」


「避けている」


 テレーザが振る剣をことごとくマティアスは体捌きだけで、避け続けていた。


「に、逃げる、な!」


「三十八」


「……に、逃げる」


「三十九」


「……はあっ、はあっ、はあっ」


「終わりかな?」


「ま、まだだ」


「四十」


「…………」


「終わりかな? 参ったをしてもらうと手間が省けるけど」


「……ま、参った」


 動けなくなったテレーザの参ったにより、マティアスの勝ち。


 そして、最後の大将戦が始まる。ヒルデガンドとクラウディア皇女。やらなくても結果が分かっている試合だ。

 試合前の軽いウォーミングアップ。ヒルデガンドの側から、風を切る音が聞こえてくる。手に持っているのは木剣。

 だが、たとえ木刀であっても当たれば只ではすまない事が剣の素人でも分かる剛剣。

 反対側のクラウディア皇女の顔はすでに真っ青だ。


「じゃあ。最後」


 カムイが木剣を持って、ヒルデガンドの前に立つ。


「……何を?」


「これに打ち込んで」


 そう言って、カムイは持っていた木剣を横に寝かせて、頭上に掲げた。


「あっ、分かりました」


 少し間合いを取って、構えを取るヒルデガンド。


「……はああ!」


 気合の声と共に、強く前に踏み込んで剣を振る。

 ヒルデガンドの剣はカムイの持っていた木剣を真っ二つに叩き折った。


「いいね。準備万端だな」


「はい! 行ってきます!」


 意気揚々と対戦場に進むヒルデガンド。そして反対側からは……、テレーザが前に出た。


「貴方の試合は終わっているわ」


「クラウディア様には棄権してもらう。危ない目に合わせる訳にはいかないからな」


「そう。……課題達成しましたね」


「何?」


「いえ、では私の勝ちという事で」


「棄権でな」


「それでも勝ちは勝ちです」


「良し! 完璧!」


 自分の思い通りの戦いになって、満足気なカムイだった。

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