カムイ教室 実技編
ヒルデガンドたちへのカムイ教室の授業も、今は実戦を想定したものに変わっている。
ニコラスを除いてだ。ニコラスはひたすら基礎の基礎を繰り返すばかり。カムイが幼年部の頃に行っていた鍛錬をなぞっている。それさえもニコラスにとっては、厳しいものだ。ヒルデガンドでさえ、全てをこなせると簡単には言えない内容だった。
それを幼年部時代からカムイが行っていたと知って、改めてヒルデガンドは、カムイが努力の人である事を認識した。
「人の鍛錬を見ている場合じゃないから」
「あっ、そうですね?」
「じゃあ、どうぞ」
「……行きます!」
気合を込めて構えを取るヒルデガンド。カムイの方はいつもの体勢だ。特に剣を構える事なく、脱力した感じで立っているだけ。
だが、この状態からヒルデガンドがいくら剣を打ち込んでも、カムイは脚さばきだけで、それを躱してしまう。
「駄目。剣の気配が見え見え」
「そうですか……」
「まだ予備動作が大きい。と言うより早い。構えている段階で、どこに打ち込もうとしているか分かる」
「どこが悪いのですか?」
「一番は足かな? 踏みこもうとする方向に最初から重心が傾いている。それじゃあ、剣速が早くても相手は予想出来てしまう」
「……では、もう一度」
ヒルデガンドはカムイの構えを見てから、自分の構えを取った。カムイが意味もなく、脱力した構えを取っているとは思わないからだ。カムイの重心は何処に向いているか、ヒルデガンドには分からない。自分が目指す形も、こういう事だと、ヒルデガンドは理解している。
イメージするのは杭の上でのカムイの動き。足首のわずかな捻りをきっかけとして重心を移動させ、一気に剣を振る。
甲高い金属音が響いた。カムイが剣で受けた音だ。
「あっ」
「良い感じ。初動はちょっとしたきっかけで。いくつかパターンを用意した方が良いな。まずは別のきっかけで同じ動きを。それだけで相手は見切りに時間がかかるはずだ」
「分かりました」
「さて、次はマティアスさん」
「…………」
自分の番が終わってしまったと聞いて、ヒルデガンドは不満顔を見せている。
「順番だから。団体戦なのだから、ヒルダばかりが強くなっても仕方がないだろ?」
「はい……」
カムイの話を聞いて、渋々ながら引き下がったヒルデガンドの代わりに、マティアスが前に出る。
「よろしく」
「はい。ではどうぞ」
今度はカムイも剣を構える。マティアスと同じ中段の構えだ。
「……行く!」
声を掛けたものの、マティアスは剣を打ち込む事が出来ない。カムイの構えに隙を見い出せないのだ。どうにもならない状態から、マティアスが誘いの剣を打ち込むが、当然、カムイにそれは通用しない。却って、自分が隙を見せて、剣を打ち込まれる事になった。
「……厳しいな」
「マティアスさんは、慎重すぎる所があります。それは悪くはないけど、綺麗な剣のやり取りなんて真剣勝負では、そうそうないと思う」
「汚い剣を覚えろって事かい?」
「言葉は悪いけど、そういう事です。隙を見せない相手には、そういう剣も必要だと俺は思います」
「……難しいけど、もう一回頼むよ」
「もちろん」
同じように構えを取る二人。そこからマティアスは体当たりをかます様に、剣を中段に構えたままカムイにぶつかってきた。それを正面から受け止めるカムイ。
受け止められた所で、マティアスは流れるように体を横にずらすと、そこから、更に一歩踏み込んでくる。そこでカムイが大きく後ろに飛んで間合いを外した。
「どうかな?」
「悪くはないですね。でも、俺が引く時に隙があったはずです。気付きませんでしたね?」
マティアスに気付かせる為に、わざと作った隙だ。この様にカムイは、相手に合わせて工夫をしている。
「しまった……」
「では、今度はこちらから」
「ああ」
今度はカムイから攻める番だ。中段に構えるマティアスの右からカムイの剣が振られる――とマティアスが思った瞬間に変化した剣は、反対側からマティアスを襲った。
「なっ!?」
「はい。駄目です」
「……切り返しが早過ぎる」
「そんな事ありません。マティアスさんなら反応出来るはずです。変な癖を出さなければ」
「癖?」
「マティアスさんには癖があります。得手不得手と言っても良いですね。右からの攻撃を避けるのが得意なのですか、そのせいで反応が早すぎてしまいます。今の様に切り替えされると、苦手の左側はただでさえ遅い反応が、ますます間に合わなくなります」
「知らなかった」
「直して下さい。相手だって対戦相手の研究はしてくるはずです。まして、このチームは優勝候補。どのチームも徹底的に分析して戦いに挑んでくるはずです」
それでも恐らくはカムイほど、徹底的に分析している者はいないだろう。こうマティアスは思ったが、口にすれば油断するなと怒られるだけなので止めておいた。
「注目されるというのは厳しいね?」
口にしたのはこの言葉だ。
「はい。注目なんてされる必要はありません」
「君はね」
マティアスは、注目というより、実力を認められなければならない立場だ。少しだけ、カムイの身軽さを羨ましく感じた。
「まあ、ヒルダも皆さんも注目される宿命ですから仕方ありませんね。さてと次はランクさんです」
「ああ。では行くぞ」
「ランクさんは受ける方です。攻めについても言いたい事はなくはありませんが」
「何だ?」
「いや、今のランクさんは技量云々より、勢いで押し切る方ですから。細かい事を言っても仕方がないかと」
「……馬鹿にされているような気がするぞ?」
「そんな事はありません。ランクさんは勢いを相手に殺されないようにしなければいけません。先手を取れれば良いですが、そうでない場合は、相手の攻めを凌いで、逆に攻めに転じるきっかけを掴まなければいけない。その練習です」
「……分かった。では来い!」
「行きます」
その言葉と共に、一気に前に出るカムイ。
「おわっ!」
不意を突かれたランクが、驚きの声を漏らす。
「……来いって言いました。それは審判の掛け声と一緒です。油断しないで下さい」
「……分かった。では、今度こそ。……来い!」
今度は慎重に構えを取った上で、声を出したランクだったが、それでもカムイの速度に応じる事が出来ない。次々と振られる剣に防戦一方になって、後ずさるばかり。
「場外です」
「……早い」
「この早さで? マティアスさんと同じ速さのはずですけど?」
「そうなのか? とてもそうは思えん」
「あれ? もしかして、そういう事ですか?」
ランクの答えで、カムイは何かに気が付いたようだ。
「どういう事だ?」
「マティアスさんとの立ち合いに慣れ過ぎているのではないですか? それで何となく、マティアスさんの攻撃の癖を覚えている。だから、対応出来るのではないですか?」
同じ速さで振っている剣を早く感じる。それは予測が付かないからだ。逆に言えば、マティアス相手だと予測が付くという事になる。
「……なるほどな。それはあるかもしれない。立ち合いはヒルデガンド様とマティアスとばかりだからな」
「つまり、マティアスさんは攻めにも癖があるって事か。……さすがに一度に幾つもの修正は無理だな。守りが治ったらにしよう。問題はランクさんか……」
今の速さで防戦一方になる様では、ランクは守りが下手なのだと、カムイは判断した。
「俺は、どうすれば良いのだ?」
「欠点を直すのは諦めましょう。長所を伸ばします。ランクさんから攻めてきて下さい。良いですか? 必ず攻め切る様に。そのつもりで来てください」
「分かった。では、行くぞ!」
「どうぞ」
ここからランクの怒涛の攻めがカムイを襲う。だが、ランクの剣はいくら振ってもカムイには届かない。
やがて、攻め切れずに、ランクは間合いを取った……、つもりだったが、そこで一気にカムイに詰められて負けだ。
「必ず攻め切る様にって言いましたよ?」
「……全く当たる気がしない」
「そこで気持ちが折れては駄目です。どれだけ相手に避けられようと攻め続ける勇気というか、根性を身に付けないと」
「そうか……」
「もう一度です。決して諦めないで下さい」
「分かった。行くっ!」
今度も同じだが、カムイに言われた事を忠実に守って、ランクはひたすら攻め続けている。だが、やはりランクの剣はカムイには届かない。やがて、ランクの剣はその勢いを急激に落とし、……止まった。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「体力作りが先ですかね? ああ、後、相変わらず力が入りっ放しです。だから、すぐに疲れてしまうのです」
「そ、そうか……」
「素振りの鍛錬、ちゃんと続けて下さい。次はマテューさん」
ランクには休憩が必要だとみて、カムイは次の鍛錬に移った。
「あっ、はい」
「取り敢えず、守って下さい」
「気を付ける事は?」
「……守って下さい」
それ以前の問題という事だ。
「はい……」
「行きます」
無造作に剣を振るカムイ。それをマテューは剣で受ける。そして、又、振るわれる剣。受けるマテュー。徐々にカムイの剣の速さが上がっていく。
「……反応が遅れています」
「はっ、はい!」
「まだ」
「はい!」
「まだ遅れています。この程度で手間取っていてはどうにもなりません」
「はっ、はい!」
「この速さでランクさん! ……はい、駄目」
カムイの剣はマテューの頭上すれすれで止まっていた。それに対してマテューの剣は左にある。反応も出来ていなかった。
「……すみません」
「謝らなくて良いです。とにかく速さに慣れてください。今は考える時ではなく、慣れる時です。ランクさんの剣の速さを受けられるようになったら、その先に進みます」
「分かりました」
「ではもう一度。徐々に上げていきますので、対応して下さい」
「はい!」
マテューが終わるとギルベルト。ギルベルトもマテューとやる事は同じだ。ひらすらにカムイの剣に反応出来るように剣を受けていく。
「おおっ? やってるな」
そこに割り込んできた声はルッツだった。
「邪魔するな」
「良いだろ? 見るくらい。しかし、懐かしいな。それって最初に俺がやらされた鍛錬だ」
「ルッツくんが?」
自分の行なっている鍛錬を、ルッツもやっていたと知ってギルベルトは驚いた。
「えっと。お前、誰?」
「あっ、ギルベルトです」
「ギルベルトさんね。そう、俺がやったのと同じ。最も剣の速さは、そんなものじゃなかったけど」
ノルトエンデの師匠たちは、加減を知らない者たちだった。
「そうか……」
「それに真剣だったし」
「へっ?」
「死にたくないと思えば、どうにか避けられるものだ。試してみるか?」
それで失敗すれば人は死ぬ。よくて大怪我だ。
「……遠慮する」
ギルベルトの返答は当然だ。
「だよな」
「ルッツ、邪魔するな!」
カムイの鋭い声がルッツに飛んだ。
「ああ、悪い」
「しかし、お前が来たって事は……、やっぱり」
カムイが思った通り。ルッツが来た方向から新たな人影が現れた。ディーフリートとセレネの二人だ。
「カムイ。酷いよ」
「ディー。不法侵入。ここは空き家じゃなくて、東方伯家の持ち物だ」
「そうですよ、ディーフリート。人の持ち家に勝手に侵入しないで下さい」
「それについては謝る。でも、ヒルデガンド。狡くないかい? カムイに調練を頼むなんて」
「あら。そちらはルッツくんをチームに入れているのよ。その方が狡いですよ」
「それはそうだけど。これで、こちらの勝ち目は完全になくなったよ」
「ディー。初めからないから。ディーがヒルダに勝てるなら別だけどな」
「カムイに教えてもらえば」
「無理」
「あっ、そう……」
ディーフリートの期待はたった一言で切り捨てられた。さすがにディーフリートも少し落ち込んだ様子を見せる。
「そうだな。勝ちたければ順番を変えろ。それなら勝ち目は少し出てくる」
これは一応、カムイなりのフォローだ。
「それは出来ない……、けど、そうなのかい?」
「出てくるってだけ。ヒルダとルッツ、ディーとマティアスさん、セレとランクさん。この組み合わせなら可能性はなくはない」
「おい? ちょっと待て!」
カムイの説明に納得出来ない様子で、ランクが声をあげた。
「何ですか?」
「俺は、その女と良い勝負なのか?」
「今ならランクさんの勝ち。でも、三ヶ月後は分からない」
「そんな馬鹿な!?」
益々、ランクはいきりたつ。三ヶ月後の自分はもっと強くなっているつもりのランクに、今のカムイの言葉は受け入れられない。
「地力ではランクさんが上だと思います。セレに勝ち目が有るとすれば相性です」
「相性? それはどういう事だ?」
「セレは徹底的に守りを鍛えています。そうなると、さっきみたいにランクさんが攻め疲れる可能性があります。そういう事です」
「何と……」
実際に、つい先程、カムイにやられたばかり。これにはランクも文句は言えない。
「戦いは守る側が有利。それは一対一でも同じです。攻め切るっていうのは、それだけ大変な事だと思ってもらえると良いですかね?」
「……分かった。肝に命じておこう」
「でもカムイ。そうだとすれば僕たちには勝ち目があるって事だよね?」
カムイの説明に期待を抱いたディーフリートだったが。
「ルッツとセレが勝てても、他が負ける。マテューさんとギルベルトさんに、ディーの所の二人は勝てない」
「「ええっ?」」
カムイの言葉に驚いたのは、名前を出された二人だった。カムイに教わるようになってから、二人は劣等感ばかりを感じていた。だが、今、カムイは必ず勝てると言い切ったのだ。
「あれ? 驚く所でした?」
「いや、だって私たち二人は落ちこぼれというか」
「ああ。それは比べる相手が悪い。ヒルダはもちろん、マティアスさんもランクさんも普通じゃないですから。二人を普通扱いしていますけど、それは他の三人が異常だから。二人も一般的にはかなり強いですよ」
「あっ、ありがとう」
「自信を持てとは言いません。二人が目指す所は、もっと高みにあると思っていますから。それで良いですよね?」
「もちろん」「その通り」
このカムイの言葉で、これまで以上に二人は鍛錬に励む事になる。
「はあ。これで完全に勝ち目が無くなったね。カムイは本当に人をその気にさせるのが、上手いね」
「事実を言っただけだけど?」
「……もう良いよ」
「全くカムイは。こうなったら、負けないように鍛錬するしかないわね」
落ち込むディーフリートを慰めるつもりでセレネが口を挟んできた。
「その通り。セレも突っ立っている暇があったら、鍛錬しろ」
「言われなくてもするわよ。したいのだけど……、ねえ、彼は何なの?」
セレの目は杭の上で足運びを練習しているニコラスに向いていた。一人だけ、離れて、それをしているニコラスをセレネは気になっていたのだ。
「ああ、ニコラスね」
「あれ? 呼び捨て」
「ニコラスは特別。今の実力はかなり低いけど……」
「けど、何よ?」
「ヒルダの仲間じゃなければ、こちらに引き込みたい所だ」
「嘘!?」
仲間にしたい。この言葉はカムイにとって最大級の評価だ。セレネはそれを知っている。
「まあ、本人の努力次第だけど」
「努力を続けたら?」
「そうだな……、ヒルダの次に強くなる、と思う」
「マティアスさんより上なのね?」
カムイの言っているヒルデガンドの次は、学院全体での話なのだが、セレネは気づいていない。
「当然」
「えっ? まさかと思うけど、ルッツよりも?」
カムイの返事で、セレネはカムイの言っている意味を理解した。
「それは無理」
「そうよね」
「でも、俺たちに付いてくれば話は別。師匠たちに教えを受ければ分からない」
「……それは又」
「へえ。カムイがそこまでいう奴か。それは気になるな」
カムイの言葉がルッツを刺激したようだ。普段は見せない雰囲気をルッツは纏い始めている。
「殺り合うなよ。今だと瞬殺だ。それにルッツもまだ強くなる。お互いの努力次第で、将来は全然違ってくるからな」
その溢れだすルッツの殺気を感じて、カムイは釘を差す。
「……まあ、それはそうだ」
カムイの言葉だけで、ルッツの殺気は一気に萎んだ。
溢れる程の才能を持ちながら、それに何の価値も認めないカムイ。努力が全てという考えは、カムイの背中を見続けているルッツにも、深く染み込んでいる。
「努力馬鹿」
セレネのこれは、ルッツの殺気を感じて、緊張したこの場の空気を和ます為のもの。
「あっ、努力を馬鹿にするセレは絶対に強くなれないな」
それが分かっているカムイもすかさず乗ってきた。
「努力そのものは馬鹿にしていないわよ。私が馬鹿にしているのは貴方たち」
「セレ、それはヒルダたちに失礼だな。馬鹿だなんて」
「そんな事言ってないでしょ!?」
わざと始めた掛け合いもカムイにかかっては、本気でセレネが怒る事になってしまう。
「貴方たちって言った」
「カムイとルッツ。これで良い?」
「失礼だ」
「分かっていて言っているのよ」
「どう思う。こんな女?」
さらにディーフリートを巻き込もうとするカムイ。この時点ではもう、場はすっかり和んで、皆の顔に笑顔が浮かんでいる。
「いや、僕に振らないでよ」
「ディーの教育が悪い。結論が出たな。話は終わりだ。出て行ってくれ」
話を切り上げて鍛錬に戻ろうと、カムイはディーフリートたちを追い出しに掛かる。
「ちょっと? 見ているくらい良いよね?」
「弱点を探られたら困る」
「どうせ負ける」
「他のチームに知れると困る。特にオスカーさんの所に」
「徹底しているね」
「協力するとなれば、勝ってもらう為に全力を尽くす。それが俺の主義だ」
「参ったな。本当に失敗したかもしれない。カムイに教わればオスカーの所に勝ち目が出たとなると、確実にそれを選ぶべきだったね」
「オスカーさんの所に勝てるとは言ってない」
「えっ、負ける?」
カムイの視線が、やや厳しさを持ち始めた事に、ディーフリートはまだ気付いていない。
「ディーはオスカーさんに勝てるのか?」
「言わせないでよ。負けるよ」
「ルッツとセレが頑張って勝てたとして、残りの二人がオスカーさんのチームのメンバーに勝てるか?」
「……難しいかな」
「それなのに、その二人がこの場に居ない。何故、その二人を鍛えようとしない?」
「……しまった」
ようやく、ディーフリートは自分の失敗に気が付いた。それにカムイが割と本気で怒っている事にも。
「ディー。偉そうな事を言わせてもらうけど」
「いや、今までも十分に」
「何?」
「何でも無いよ。続けて」
「俺は戦争の勝敗を決めるのは、将軍同士の力量の差じゃなくて、部隊長。皇国で言えば、百人将、千人将クラスの力の差だと思う。それを軽視しているディーは問題だ」
「……それは厳しいね」
カムイの例えで言うと、ディーフリートは将軍だ。人の上に立つ者として、ディーフリートはダメ出しをされている。
「言っておいた方が良いと思って。目の前にお手本がいるだろ? ヒルダの所には、マティアスさんとランクさんという全くタイプの異なる二人がいる。ヒルダを将軍とすれば、二人は千人将だ。そしてマテューさんとギルベルトさんが百人将クラス」
「そうだね」
「そして俺がヒルダに感心したのは、他の人より実力が劣っているニコラスをここに連れてきた事だ。今のニコラスは一兵卒。だが、ヒルダはそれを何とか引き上げようとした。今のディーはヒルダに完全に負けている」
「……そうか」
「ちょっと褒めすぎた」
「えっ?」
「あっ、ヒルダを」
ディーフリートが視線をヒルデガンドに向けてみれば、その顔は真っ赤に染まっていた。
手放しで褒めるカムイに恥ずかしくなってしまったのだ。
「反省するよ。ちなみにカムイは?」
「俺は別に」
「ルッツはどこを目指しているのかな?」
答えを返さないカムイに代えて、ディーフリートは質問をルッツに向けた。
「将軍に決まってる」
返ってきたのはディーフリートが望む通りの答え。こう来ると思ってルッツに質問を向けたのだ。
「つまり、カムイはその上だね?」
「……ルッツ」
ディーフリートの言葉はカムイにとって余計な発言だ。
「わ、悪い。気持ちだから、気持ち。男と生まれたからには夢は将軍ってな」
「アルトは参謀か。宰相かな?」
ルッツの言い訳を無視して、ディーフリートは話を続けている。
「勝手に話を進めるな」
「僕が見習うべきはカムイだね?」
「それは、この場で言う事じゃない。雰囲気が悪くなる」
「……ごめん」
ディーフリートの言葉の意味に気がついたのは、ヒルデガンドとマティアスだ。二人の視線が厳しいものに変わっている。ディーフリートが自分の目指す位置を王と言った事に気が付いたからだ。
「さて、険悪な雰囲気になった事だし、出てってくれ」
「だから、ごめんって」
「冗談じゃなくて、まだギルベルトさんが途中だから。それが終わっても、まだ二回りはしたい所だから」
「……そうか。そうだね。ヒルデガンド、邪魔をしてすまない」
「いえ」
「じゃあ、カムイ、又」
「……剣術大会が終わったら」
「ええっ?」
「それまでは敵だ。もし当たるような事になったら覚悟しておけ」
「……本当に失敗した」
ディーフリートは、カムイを怒らせ過ぎた。反省しても後の祭りだ。




