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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
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小旅行その六 ヒルデガンドの決意

 辺りはまだ、夜の闇に覆われている湖の船着き場の上で、ヒルデガンドは腰を下ろして、じっと正面を見つめている。

 暗がりの中で、浮かんでいる様に見えるカムイの姿。

 ヒルデガンドからは、ほとんど見えない杭の上を、昨日と同じように滑らかに舞っている。


 魔性の舞、そうアルトは冗談めかして言っていたが、本当にそうなのかもしれないと、ヒルデガンドは思い始めている。

 静寂の中で、剣が宙を切る音だけが響く。それを見詰めていると、深く深く心の奥底に沈んでいくような感覚にとらわれていく。

 それは、決して恐怖を感じるようなものではなく、心地よい感覚だ。それがカムイの剣舞によるものか、自分の気持ちによるものかは分からない。


 ただ心に浮かぶのは、いつまでもこの時間が続けば良いのにという想い。


 カムイは間違いなく強い。そんな事は立ち合うまでもなく分かっている。自分より強い男というヒルデガンドの理想が、目の前で剣を振っている。実際はそんな事は関係ないのだろう。それが分からないうちから、カムイに惹かれていたのだから。

 カムイとの距離は、今回の旅行で間違いなく縮まっている。自分の気持ちはもちろんの事、カムイの自分に対する壁も、かなり取り払われているように感じている。

 それは嬉しくもあり、悲しい事でもある。


 中等部を卒業したら、すぐに皇子との婚約の準備。そう父親が伝えてきた。そのつもりで準備をしておけと。

 一体何の準備をすれば良いのか。それを考えた時に、ヒルデガンドは残った時間を出来るだけ、カムイと一緒に過ごそうと決めた。それが父親の言う準備とは全く異なるものと知りながら。

 カムイと話し、カムイを知る。そうすればするほど、想いが募っていく。好奇心であった最初の思いは、もうすっかり恋心に変わっていると自分でも自覚している。

 そんな自分の想いを、カムイは決して受け止めはしない事も分かっている。万が一、受け止められても、いずれ自分から離れていかなければならないのだ。


 頭に浮かぶ、そんな思いを振り払おうとヒルデガンドは頭を振った。

 今は、こんな事を悩んでも仕方がない。この時間を、もっと素敵なものにする事に集中しようと、視線をカムイに戻した。

 東の空から昇ってきた朝日が、湖面を照らし始めた。きらきらと輝きだした湖。その上で舞うカムイの姿も輝いている。

 またヒルデガンドの心が深く沈んでいった。今度は、目の前に広がる湖に包まれているような気がした。


「タイミングは全く問題ないな」


「そうですね。剣速にぶれがなくなってきたのが自分でも分かります」


「さすが。たった一日で振りを変えられるのか」


「カムイの教え方が良いからですよ」


「実際に剣を振るのはヒルダだ。俺の教え方なんて関係ない。後は振った後だけど、これは一日二日でなんとか出来る話じゃないな」


 剣速が上がったのは良いのだが、その分、振り切った後の体勢が、わずかに乱れるようになった。一撃必殺がシュッツアルテン流の目指す高みとはいえ、さすがに一回振る度に体勢を崩しているようでは、実戦では使えない。


「そうなのですか?」


「問題は下半身の安定なんだ。一日で下半身を強くは出来ないだろ?」


「身体強化魔法の配分のコントロールですね」


「まあ、それでも良いけど」


「違うのですか?」


「俺の場合は、体を鍛える。魔法での身体強化は、あくまでも元となる力の補助だ。身体強化魔法を熟達したら、効果があがるなんて話を聞いた事は?」


「聞いた事ないですね。持続時間が長くなるというのは聞きますけど」


「そういう事。人によって強化の効果は異なる。でもそれは個人差であって、魔法効果が高まることはない。じゃあ、自身の能力を高めようと思えば」


「本来の体の力を高めるという事ですね」


「そう」


「それはどうやって?」


「もしかして全くやった事ないの?」


「はい。その、体が太くなるからと」


「へっ? ああ、そうか」


 ヒルデガンドの体は、中等部最強という実力に合わない女性らしい曲線を描いている。すらりと伸びた手足、括れた腰、太いと言えるのは胸元くらいだろうか。当然、それは筋肉によるものではない。上から下まで眺めた所で、納得したようにカムイは頷いた。


「そんなじっくりと見ないでください」


「あっ、ごめん。そうか、ヒルダは女性だ。筋肉で太った体という訳にはいかないか」


「私は気にしません」


「いや、気にするのは相手だから。そうか、そうなると厳しいかな」


「ちなみにどのような方法なのですか?」


 ヒルダ本人は、見た目よりも、強くなる方に興味がある。まして、カムイの鍛錬となれば、尚更だ。


「やる事は単純。ただ、屈伸を繰り返すだけ」


「それだけ?」


「馬鹿にしたものじゃない。長く続けていると足がガクガクになる。あまり無理をすると怪我するくらいだ」


「そうなのですか?」


「まあ、実際は分からないけど、そう聞いた。決められた数をこなすだけで、それ以上の無理はするなって」


「それは誰にでしょうか?」


「俺たちの師匠。ヒルダに分かり易く言うと、うちの領民」


「はあ、そんな事まで知っているのですね?」


「伊達に長生きしていないから。経験と知識は人族が及ぶものじゃない」


「そうですね」


「そうなると。効果がどこまで出るかわからないけど、魔法の効果の方だな」


「それは出来ないのではないですか?」


 つい先程、カムイ本人が、魔法による強化を否定したばかりだ。


「既に効率良く使えていれば。でも無駄があれば、その分、改善できる」


「それはどうやって?」


「魔力の循環は分かるよな?」


「当然です。魔力の活性化、循環は基礎の基礎です」


「その循環の効率を高める。やって見て」


「はい」


 ふうと軽く息を吐くと、ヒルデガンドは魔力の活性化に向けて、意識を集中し始めた。やがて、淡い光がヒルデガンドの体を包む。魔力の活性化が出来た証拠だ。

 体内に活性化された魔力を、体内にめぐらすことを循環という。そこに魔法の効果を付与すれば、それがそのまま身体強化魔法となる。


「じゃあ、ちょっと確認」


 そう言いながらヒルデガンドの両手を取るカムイ。


「えっ?」


「集中したままで。ちょっと違和感あるけど我慢して」


 カムイが行おうとしているのは、ソフィーリア皇女の体の異常を探った方法と同じだ。違いは相手が循環させている魔力にそれを重ねる事。重ねたうえで、全身に自身の魔力を通していく。その隙間があれば、そこは循環がうまくいっていない証拠だ。


「……これは?!」


 両手から、自分の物とは異なる魔力の流れを感じて、ヒルデガンドが戸惑いの声をあげた。

 この世界で他人の体に魔法をかける技はヒルデガンドが知る限り、神聖魔法しかない。


「あっ、通った」


「何がですか?」


 通ったと言われても、ヒルデガンドには、何の事か分からない。カムイが言っているのは、カムイの魔力が通る隙間が、ヒルデガンドの体内にあったという事だ。


「はい。終わり」


「あっ……」


 体から何かが抜け出るような感覚がヒルデガンドを襲う。カムイの魔力が抜けただけなので、何の問題もないのだが、なんとなく喪失感のようなものをヒルデガンドは感じた。


「幸いというべきか、残念というべきか、循環に無駄があるな。もっと全身にくまなく流すようにすれば、効果があがる可能性がある」


「そうですか」


「鍛錬は循環を繰り返すだけ、漠然とではなく、丁寧に。隅から隅まで自分の体を探ってくような感じだ」


「……分かったわ」


「あれ? 嬉しそうじゃないな」


 更に強くなれる可能性を示したのに、ヒルデガンドの反応は、カムイの思っていたものではなかった。


「いえ、嬉しいですよ。でも」


「でも?」


「やっぱり魔法が使えるのですね?」


「今更? とっくに気が付いてただろ?」


「ええ、気が付いていましたよ。でも、それが神聖魔法だなんて思ってもいませんでした」


「ああ、そっち」


 神聖魔法は特別な魔法。これが世間の常識である事を、いつもカムイは忘れてしまう。


「貴方って人は」


「まあ、一応、母親の血を引いているって事で」


「光の聖女の再来と呼ばれたお母様の血ですか。とんでもない事ですね。これが知れたら」


「言わないよな?」


「はい?」


「これが知られたら、俺も色々と面倒に巻き込まれる事になる。だから言わないよな?」


「卑怯です……。そんな風に言われたら私が話せる訳ないじゃないですか」


「確かに、ちょっと卑怯かな。まあ、俺が正式に領地を継ぐまでだ。治める領地がある以上、中央に招聘される事は中々ないだろ?」


「随分先の話ですね?」


「そうでもないかな」


「……どういう事ですか?」


「父親の具合があんまり良くない。無理に無理を重ねてきた結果だな」


「そんな?!」


「あっ、別に命がどうこうじゃないから、そこまで心配しなくて平気。ただ領主の仕事って激務だろ」


「……まあ」


 ヒルデガンドの反応は、又、カムイの思ったものではなかった。


「あれ違うの?」


「いえ、うちが特別なのだと思います。臣下の数が多いですからね。従属貴族の数も。そういう人たちが領政のほとんど担っていますので、お父様は、報告を聞くくらいです。他にやる事があって忙しいのは同じですけど」


 東方伯の領地は広大だ。その広大な領地の統治は、街単位などで分割されて、臣下や従属貴族家に委任されている。東方伯自身は、領地全体に関わる事柄や、国政に近い部分が主務なのだ。それさえ、多くの臣下に実務の細かい部分は任せている。


「そうか。うちみたいに何でも領主がって訳じゃないのか。うちは父親がほとんど一人で背負ってやってきたから、そろそろ隠居させてやろうと思って」


「そう言う事なのですね。当然、アルトくんもルッツくんもですね」


「そう。俺が一人で抱えたら父親と同じになるからな。仲間と協力してやるって事」


「それでも三人です」


「領地に戻れば、後二人いる」


「そうなのですか?」


「その二人も孤児院の時の仲間。それ以外にも募集中。ノルトエンデに来てくれるような奇特な人をね」


「その為に学院に来たのですね?」


「他にもあるけど、理由としてはそれが一番かな」


 ヒルデガンドが、そう考えてくれるのであれば、その方が、カムイには都合が良い。


「色々と考えているのですね?」


「考える事に元手はいらないから」


「それ、この間も言っていました」


「そうだな。さて、話ばかりしていても強くなれないから、鍛錬に戻ろう。自分の鍛錬をしても?」


「あ、はい。そうですね。付き合せてばかりで、ごめんなさい」


「謝らなくて良いから。俺が、嫌な時は嫌って、はっきりいう性格なの知ってるだろ?」


「そうですね……」


 また、ヒルデガンドの胸が、とくんと小さく鳴った。カムイが自分の意思で、鍛錬を見ていてくれたのだと分かったからだ。

 少しずつ、カムイの中に自分の居場所が出来ているような気がして、嬉しかった。


「ちょっといいかな?」


 カムイがヒルデガンドから離れて、自分の鍛錬を始めた所で、それを見計らったようにディーフリートが近づいてきた。


「ディーフリート、どうしたのですか?」


「久しぶりに手合せしない?」


「望む所と言いたいのですけど、今はカムイの鍛錬を見ていたいのです」


「……女だね」


 ディーフリートは、ヒルデガンドの言葉をカムイの事を、ずっと見ていたいという女心と捉えた。


「ち、違います。カムイのやり方は、独特なものが多いみたいで、興味があるのです」


 それを慌てて否定するヒルデガンド。実際にヒルデガンドの気持ちは、ディーフリートが考えるようなものだけではない。


「あ、なるほどね。それはあるかもしれないな」


「立ち合いがしたいのであれば、セレネさんとすれば良いではないですか?」


「それがセレは立ち合いを禁止されているみたいで」


「禁止?」


「基礎が固まるまでは駄目なんだって。元の癖が抜けなくなるらしい」


「それはカムイの教えですね?」


「そうだろうね」


「ルッツさんは?」


「アルトくんと立ち合い中。しばらく続くね。と言うより、あの二人には休むという概念がないみたいだ」


「強そうですか?」


「まあ」


「アルトさんのほうです」


「アルトくん? あれ、そうなのかい?」


「彼も実力を隠していると思います」


「それは気が付かなかったな」


「つまり、今、二人が行っている立ち合いも、本気ではないという事ですね?」


「ルッツくんは、そんな感じだったけど、アルトくんもなのかな? アルトくんを鍛える為に合わせているのだと思っていたよ」


「そういう鍛錬なのかもしれませんよ。今、カムイがやっている素振りも、何か意味があるのでしょうね」


 ヒルデガンドから離れたカムイは、ただ素振りを繰り返しているだけ。剣先に虫が止まりそうなほど、ゆっくりとした動きで。


「分からないな。何だろう?」


「さあ、私にも分かりません。何かの基礎固めなのだとは思いますけど」


「勝てるかい?」


「はい?」


「ヒルデガンドは、自分がカムイに勝てると思うかい?」


「恐らくは勝てないでしょうね。私にはカムイの実力を見極める事も出来ていません」


「他の二人も?」


「ルッツくんは、かなり見えていると思っています」


「勝てる?」


「いえ。勝てるとしても十戦して半分取れれば良い所だと思います」


「そこまでかい?」


 カムイはともかくとして、ルッツまで、そこまでの実力を持っているとは、ディーフリートは考えていなかった。


「ええ、少なくともマティアスでは勝てませんね」


「なるほど、つまり、学院最強は彼らのチームなんだね?」


「それは分かりません。アルトくんと、そしてセレネさんの力がどれ程かという事になりますね。オットーくんは戦えませんから、この二人のどちらかが必ず勝たなければなりません」


「彼等を引き出そうと?」


「それは貴方でしょう? だから王国の話を、それとなく彼等にしたのですよね?」


「御見通しか」


「私も王国学院との対抗戦の話は聞いていますから」


 ヒルデガンドが言う対抗戦とは王国側から申し入れてきている皇国学院と王国の王都にある王国学院との剣術対抗戦の事だ。王国学院も又、王国の中枢を担う学生が集うエリート学校。その二校で剣術の腕を競おうという話なのだが、そんな普通の理由だけで、王国がそんな申し入れをしてくる訳がない。


「なぜ、そんな事を王国が言ってきたのか、その意味を聞いているかい?」


「自国の力を見せつける為だろうと。王国は、本格的に皇国と争うつもりがあって、対抗戦はそれの前哨戦のつもりではないかとも聞きました」


「僕もそう聞いた。しかも、敢えて僕たちの学年にぶつかろうとしている。自分で言うのも何だけど、学院では僕たちの学年が最強だよ?」


「その私たちに勝つことに意味があると思っているのでしょうね?」


「近年で最強と言われているこの学年相手にか……」


「それが出来れば、王国の士気は大いにあがり、皇国は自信を失うでしょう。十年後の皇国を担う世代が、王国に負けるのですから」


「実際の戦争に影響するかな?」


「皇帝陛下が仮に、いえ、いずれは亡くなられます。次代の皇太子殿下は、武の面では高い評価を得ていません。実際、そういうお方のようですし」


「その上、その次の世代まで、王国に負けるとなれば、武力で君臨してきた皇国の権威は失われるか。他国へも影響を与えるね。なかなか考えている。やっぱり負けるわけにはいかない」


「勝ちますよ。負けるつもりなど微塵もありません」


「万が一という事がある」


 ヒルデガンドは自らの手で、勝利を手にしようと考えている。一方で、それに自信のないディーフリートは。


「カムイを無理に引き出しても無駄です。それでは彼等は本気を出しません。例え、それが皇国の名誉が掛かった戦いであったとしても」


「じゃあ、ヒルデガンドには、そのつもりはなかったのかい?」


「私は言いました。負けるつもりはないと」


「……そう。でも、そうなるとカムイの本気を見る機会はないね」


 ディーフリートは、ヒルデガンドの気迫にやや押されている。この言葉は、それへの照れ隠し、ちょっとした意地悪だ。


「いえ、そんな事はありません」


「それって」


「私がカムイを本気にさせて見せます。ディーフリートのおかげで、ちょっと気持ちが熱くなりました。言っておきますが、剣士としてですよ」


「……そうだね。今の君の目は女性ではなく、戦士のそれだ。いつ?」


「明日にはもう帰らなければいけません。機会は明日の朝ですね」


「今日じゃなくて?」


「万全にしたいのです。カムイを本気にするために」


「……そうか。期待しているよ」


 朝の鍛錬を終えた後は、朝食。その後は風呂で汗を流して、勉強に勤しむ。昼食の後は軽い休憩を取り、辺りを散策しながら、のんびりと過ごし、そして又、夕方から鍛錬。

 好きな事を思いっきりして過ごした休暇も、今日で終わり。明日は、帰宅の途に就くことになる。


「もう終わりか。何だか凄く充実してたな」


 夕食後のお茶の時間。ルッツがしみじみと呟いている。


「ルッツの場合は、嫌いな授業がないからだろうが。好きな剣だけやって、遊んで。そりゃあ、充実した気にもなるわな」


「まあな。ほんと病み付きになりそうなくらい、良い生活だ。特に風呂に朝晩入れるって最高だよな」


 アルトの突っ込みも、ルッツは素直に認めている。


「そうだね。本当に贅沢だ」


「オットーは汗も流していないのに、風呂ばっかりだからな」


「ちゃんと勉強はしていたよ。ルッツが昼寝を楽しんでいる時間もね」


「はあ、この生活も明日で終わりか……」


 ルッツにとって、本当に極楽な生活だったようで、ボヤキが止まらない。


「また来れば良いじゃないですか。私の所はいつでも歓迎ですよ」


 ルッツのボヤキに、笑みを浮かべながら、ヒルデガンドが、又の来訪を勧めてくる。ヒルデガンド自身も、次の機会は望む所だ。

 

「僕の所も当然。僕も楽しかったしね」


 ディーフリートも、ヒルデガンドの言葉に同意を示す。


「ディーの場合は、楽しいの意味が違うな。次は俺達なんていなくても、セレはついて来るんじゃないか?」


 からかうネタは、見逃さないカムイだった。


「そうかな……」


 それにまんまと嵌るディーフリート。


「あっ、卑猥な想像してる!?」


「どうして、ここで卑猥な想像になるのさ!?」


「二人っきりでゆっくりとなんて、想像してたくせに」


「嫌、それは」


「ちょっと、カムイ。あまりディーをからかわないでよ!」


 ディーフリートが言葉に詰まった所で、すかさずセレネの怒声が響いた。


「……反応早いな」


 もう少し、続けたかったカムイは、少し不満そうだ。


「ふふ、別にディーフリートとセレネさんが別でも良いじゃないですか? その時は、うちの別荘にずっといれば良いのです」


「マジっすか?」


 ヒルデガンドの言葉に、ルッツが反応を示す。余程気に入ったのだ。


「おい、ルッツ」


「だってよ。ひたすら鍛錬なんて最高だろ?」


「領地に帰れば、いくらでも出来るだろ? それこそひたすら鍛錬だ」


「あれは鍛錬じゃなくて、ただの地獄だ」


「……まあな」


 カムイとルッツの表情が途端に暗くなる。こんな態度を見せられると、どの様な鍛錬なのか、ヒルデガンドは気になってしまう。


「そんなに厳しいものなのですか?」


「そうだな。一日に最低一回は死んだと思うくらいは」


「……はい?」


「ただの体力作りで何度気を失った事か」


「……想像出来ません」


「それは、まだ良いさ。そういう時は、どちらかと言うと気持ち良いからな。意識が途切れる瞬間、ふっと力が抜ける感じで。あれなんてひどかっただろ? ツインウルフの巣に叩き落された時」


 ルッツも領地での鍛錬について話してきた。カムイの説明では、本当の恐怖が伝わらないと思ったのだ。


「数十匹の群れに周り囲まれてな。絶対に助からないと思ったけど、必死になれば、何とかなるものだと分かった」


「カムイは良いよ。俺なんか、爪で腹裂かれたんだぞ? 傷口から、何かが飛び出して来るし」


「ああ、そうそう。あれは完全に死んだと思ったよな。でも押し込んだら、何とかなったな」


「なってないだろ!? あの後、何日寝込んだと思ってるんだ!」


「そうだったか?」


 やはり、カムイとルッツの感覚には、大きなズレがある。


「カムイは、もう忘れてんのかよ? ルッツは三日くらいは寝込んでただろうよ。さすがの師匠たちも、あれには焦ってたな」


 ここでアルトも会話に入ってきた。


「ちょっとだけだろ? 俺が元気になってから師匠たちに何て言われたと思う?」


「知らねえ、何言われたんだ?」


「お前思っていたより弱いな。もっと鍛えないと駄目だ、だぞ?」


「あっ、それで更に厳しくなったのか。ルッツのせいだ。どうしてくれんだよ?」


「どうにも出来るかっ!?」


 カムイたちの会話の内容は、とても事実とは思えないような内容だ。だが、普段は実力を隠す彼らが、ここで嘘を言う必要はない。

 常識はずれの鍛錬を、カムイたちが続けてきた事に、ヒルデガンドもディーフリートも驚いている。鍛錬の内容だけでなく、それをして無事でいられるカムイたちの能力にもだ。


「……よく分からないですけど、とにかく凄そうですね?」


「まあ」


「そういう鍛錬を行えば強くなれるのですね?」


「生き残れれば、なれるだろうな」


「そして、カムイたちは生き残った。そんなカムイが、どれ程強いのか、見てみたいですね?」


「はい?」


「見せてください。相手は私がします」


「いや、でも」


「お願いします!」


「いやっ、ちょっと!?」


 立ち上がって、カムイに向かって深く腰を折るヒルデガンド。それに焦ったカムイが止めるように言うが、一向にヒルデガンドは、頭を上げようとしなかった。


「……分かりました。頭をあげてください」


 了承を口にするカムイ。ヒルデガンドの粘り勝ちだ。


「立ち合ってもらえますか?」


「はい。立ち合います。いつが希望ですか?」


「明日の朝、日の出の時間に」


「じゃあ、その時間で」


「手加減は無用です」


「……それはヒルダ次第ですね」


 ヒルデガンドに向かって、これを言えるだけの力が、カムイにはある。


「……分かりました。必ず、カムイに本気を出させてみせます」

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