小旅行その四 オットーの野望
セレネの必死の説得?で、どうにかヒルデガンドも思いとどまり、結局、朝の鍛錬はそれで終了。別荘に戻って、全員で朝食を取る事にしたのだが、ずぶ濡れの体を何とかしなければならない二人が居た。
外で何が起こっていたのか、従者たちは、しっかり把握していたようで、別荘に戻ると、すでに着替えとタオルが用意されていた。
温かいお風呂も。もっともお風呂の方は、鍛錬を終えた皆が汗を流せるようにと、湖に落ちた事とは関係なしに用意されていたようだ。
その心遣いに感謝して、早速、お風呂に入る事にしたカムイたちだったが、当然、従者たちが混浴などを許すはずがなく、女性二人が先に入る事になった。
この状況を黙ってみているカムイたちではない。早速、階段の影に集まり、こそこそと悪巧みを始めている。
「いいか、前回の合宿での失敗を忘れるな」
「「「おお」」」
「セレは間違いなく浴室に入ったな?」
「間違いない」
カムイの問いに、アルトが答える。
「よし。ではまずは確実に拠点を確保する事だな。それはどうだ?」
「別荘の作りから、有望な拠点は二階の屋根か、囲いの外からだ。だが」
「だが?」
「二階は従者と護衛騎士のガードが堅い」
下調べもすでに済んでいる。いざという時のカムイたちの行動は迅速だ。
「そうなると、外か。しかし隙間はあるのか?」
「あるはずだ。どうやら景色を楽しめるように、わざと空けているようだ」
「それは……。やるな、東方伯様」
「ああ、今は彼に感謝しよう」
ちなみに、これは濡れ衣である。東方伯が、家族の入浴を覗く理由はない。覗かせる理由はもっとない。
「よし、行くぞ」
「ちょっと待った!」
立ち上がって、外に向かおうとするカムイたち。それに堪らずディーフリートが待ったをかけた。
「……何ですか? ディー」
「やっぱり駄目だよ」
「ここで優等生に戻るつもりですか?」
「いや、それ以前に、考えてみたら、セレの裸を、君たちに見られるじゃないか」
「少しくらいの犠牲は、この場合仕方がない。作戦の成功に、犠牲はつきものだ」
「いや、犠牲って。好きな女の子の裸を見られるのを許す訳ないよね?」
「……どうしても?」
「どうしてもだよ」
「では、実力行使だ。ルッツ! ディーを押さえこめ!」
「おお!」
カムイの指示を受けて、ルッツがディーフリートに躍りかかる。
「ちょっと!」
「今こそ、本気の俺達の実力を見せてやる!」
「こんな時に見せなくて良いから!」
「よし、押さえた。ロープを!」
「ああ、これだよ」
ルッツの声に応えて、オットーが持っていたロープを差し出した。
「何で、ロープなんて持っている!?」
「裏切りの可能性を見過ごす程、甘い俺たちじゃない!」
「ちょっと、待って!」
「待てるか! よし、縛り上げろ!」
ディーフリートの拘束が完了する。その時だった。
「楽しそうね」
「…………」
階段の影から届いた聞き覚えのある声。カムイたちの動きが止まる。
「そんな楽しそうに何をやっているのかしら?」
恐る恐る、階段の上を覗き見た、カムイたちの目に映ったのは、鬼の形相をしているセレネだった。
「セレ……」
「あんたたちの魂胆なんて御見通しよ!」
「早い、早過ぎる……」
「貴方たちが同じ建物にいて、のんびりとしていられる訳ないでしょ! しかもディーまで、どういうつもり!?」
「いや、誤解だよ、僕は皆を止めようとして」
セレネの誤解を解こうと、言い訳を始めたディーフリート。
「ディー隊長、申し訳ありません。隊長のご指示で事を進めてまいりましたが、どうやら露見したようです」
それを許すカムイたちではない。
「ちょっと!? 変な事言わないでくれるかい!」
「隊長」「隊長、申し訳ありません」「隊長すみません」
「ディー! どういう事なの?!」
「いや、セレ、誤解だよ! これは皆が僕をはめようとして!」
「もう知らない! ディーなんて大っ嫌い!」
足音も荒く、階段を駆け昇っていくセレネ。その後ろ姿を、茫然とディーフリートは見送る事になった。
「……怒らせた」
「大成功だな」
落ち込むディーフリートとは正反対に嬉しそうなルッツの声。
「何が大成功なんだよ!? セレに大嫌いと言われてしまったじゃないか?」
「そんな事言われた事ねえだろ?」
怒鳴り声をあげるディーフリートに、アルトが冷静に話しかける。
「そうそう。いつも敬語で、丁寧に話されるだけだよね」
それにオットーも続いた。
「……そういえば今」
「そう。セレの素の言葉で話してもらえたわけだ」
更に、カムイが尤もらしい言葉を口にする。
「もしかして、わざと?」
「咄嗟の機転という奴だな。ほら、早く謝りに行って来いよ。ちゃんと話せば、すぐにセレの誤解は解けるし、却って仲が深まると思うな」
「……ありがとう。行ってくる」
言われた通りに、セレネの後を追って階段を駆けあがるディーフリート。そのディーフリートが階段の上から覗き込むようにして、話しかけてきた。
「君たちもね。この先も、今みたいに敬語は止めてくれ。頼むよ」
「……はい」
「じゃあ」
ディーフリートの姿は、それで見えなくなった。
「さて、計画は失敗。後始末に入ろうぜ。セレネの方はディーフリートに任せるとして、もう一人はカムイな」
「はあ? 何だ、それ?」
「ターゲットはもう一人居ただろ。あれは、さすがに少し怒っていると思うぞ」
アルトの指差す先には、もう一人のターゲットであったヒルデガンドが、久しぶりに見せる、キツイ表情でカムイを見詰めていた。
「えっと……」
「カ、ム、イ、ちょっとこっちに来なさい」
「俺だけ?」
「いいから、来なさい!」
「はい」
ヒルデガンドの剣幕に押されて、カムイは仕方なく、一人でヒルデガンドの所に向かう。
「貴方という人はどうしてそうなの? 二人の時は私を女性として見てくれないくせに、皆と一緒の時だけ、こんな風に」
「いや、そんな事ない」
「そんな事あります! 女の子に興味があるなら、私に直接言ってくれればいいのに!」
「……あの、自分が何を言っているか?」
説教にしては、ヒルデガンドの言っている事は、明らかにおかしい。
「分かっています!」
「いや、分かってないって。俺が興味あるって言ったら、どうする訳?」
「それは分かりません! でも、セレネさんの裸を覗こうなんて事はしないで下さい!」
「……ヒルダのは良いのか?」
「それは……、どうしてもというなら考えてあげても」
「いやいや、それは不味いだろ!? 結婚前の女が、男に裸見せてどうする!?」
「貴方が見たがるからでしょ!?」
「いや、だから、自分が言ってること……」
「分かっています。とにかく、別の女の子の裸を覗こうとするのは禁止です」
「いやいや」
「いやいや、じゃありません!」
ヒルデガンドの怒りの方向は、どう聞いてもおかしい。少し離れた所で、二人のやりとりを聞いているアルトたち三人も呆れ顔だ。
「あれは怒っているのか?」
「怒っているんだろうね。要はあれでしょ? 他の女に目を向けるなって言うヤキモチ」
オットーが、ヒルデガンドの気持ちを説明してきた。
「やっぱ、そうだよな。誰がどう聞いても告白なのに」
ルッツもオットーと同意見。
「カムイは全く分かっていねえ」
「全く、どうしようもないね」
「何か、寂しくなってきたな。俺にも誰か居ないかな?」
他人の恋路を眺めている事が、ルッツは空しくなってきた。
「それは言えてるな。それ所じゃねえのは分かっていても、こうも周りでいちゃいちゃされると年頃の男としては」
「アルトはまだ良いさ」
同意を示したアルトに、ルッツは不満そうだ。
「はあ? 何でだよ?」
「マリーさんが居るじゃないか」
「マ、マリーだと?」
マリーの名を出されたアルトは、あからさまに動揺している。
「仲良いだろ? 二人でしょっちゅう話してる」
「あ、あれは、設計者と製造者として話してるだけだ」
「それにしては親密だ。マリーさんも、てっきりカムイにやられたと思ったけど、そうでも無かったよね」
「それは僕も思った。何だろ、かなり認めているのは分かるな。でも、男というより、良い競争相手って感じなのかな? 恋愛とは違うよね?」
何故か、他人の気持ちを、それらしく語れるオットーだった。
「俺だって違えよ!」
「いやいや、案外あるかもよ。大体が女性に素っ気ない事に関しては、アルトはカムイ以上だよな? そのアルトが仲良くしている唯一の女生徒がマリーさんだ」
「良い加減にしろよ!」
「まあ、どうでも良いけど」
アルトの事も、ルッツにとっては、所詮は他人の恋愛事だ。
「良いのかよ!?」
「とりあえず、風呂行かないか? 汗を流して、さっぱりしたい」
「あっ、良いね」
「オットーくんは、汗かいてないだろ?」
「良いじゃないか。大浴場なんて贅沢、滅多に出来ないんだからさ。この機会に味わえるだけ味わっておかないと」
「相変わらずちゃっかりしてるな。じゃあ、行こうか」
◇◇◇
イチャイチャ?しているカムイたちを放っておいて、浴場にやってきたアルトたち。
その浴場は、想像以上の広さだった。十人は軽く一度に入れそうな大きな浴槽に身を沈め、のんびりと空を眺めている。
「いやあ、これは、想像以上の心地良さだね」
空に広がる青空を見ながら、しみじみとオットーが感嘆の声をあげる。
「雨降ったら、どうするんだろ?」
ルッツが、疑問を口にしてきた。
「上の屋根伸びるんじゃねえか? 今も半分は伸びている感じだ」
それにアルトが答える。
「なるほどね。浴場に、ここまでの工夫をするなんて、贅沢だね」
「まあ、東方伯家の別荘だからな」
「ディーフリートさんの所もこんななのかな?」
明日は、ディーフリートの家の別荘に移動だ。オットーは、そちらの様子も、すでに気にしている。
「さあ、どうだろな? でも、家格としては同格。それなりなんだろうな」
「だよね。いやあ、楽しみだね」
「なんかオットーくんも、すっかり馴染んだな」
「そうかな?」
「何かどっかで吹っ切れた感じだよな。あっ、合宿の時か」
オットーが、悪巧みに積極に参加するようになったのは合宿の時から。そのきっかけは、行きに天幕の中でカムイたちの会話を盗み聞きをしていた時だ。
「きっとそうだね」
「そう言えば、後で話すって言ってた、あれって何だよ? あの後、ばたばたしていて結局。話が出来てねえな」
その時の事を思い出して、アルトはオットーに問い掛ける。
「そう言えば。悪いな、聞いてあげなくて」
それでルッツもオットーとの約束を思い出した。
「良いよ。そんな良い話じゃないからさ」
「でも、聞くって約束だったからな。今話せるならどうだ?」
「ここで? あっ、それも良いか。三人だけって滅多にないからね」
大抵、いつもは、これにカムイとセレネが一緒に居る。この三人だけになるのは、珍しい事だ。
「カムイは居なくても?」
「居てもらった方が良いけど、どうしてもって訳じゃないよ」
「まあ、後で話せば良い事だしな」
「そうだね」
「それで、どんな話なんだ?」
「共感出来そうな所を見つけたって話」
「ああ、そんな事言ってたな。その共感出来そう所って?」
「この世から種族なんて壁が無くなってしまえば良いのに。僕もそう思っているって事さ」
「おい。それって?」
オットーの話が、予想していなかった過激な内容だと分かって、アルトが驚きの声をあげた。
「うちの実家にはね。残念ながら奴隷が居る」
「そっか。それって」
種族の事を口にしたという事は、その奴隷は人族ではないはずだ。
「エルフだよ。なんで、そんな奴隷を抱えているのかは、君たちには言うまでもないよね?」
「ああ」
「祖父、そして父親が囲っていたんだ」
「そっか」
「綺麗な人だった。外見だけでなく、奴隷の身分なんて関係なく気高い心を持っていた人だった」
「話した事があるんだ?」
オットーの言い様は、話した事があるとしている。だが、そのエルフは性奴隷だ。まだ未成年のオットーが、どういう経緯で、そうなったのか不思議だった。
「何も知らずに、偶然出会って、子供のくせに一目惚れした。一目惚れは正しくないか。少し話をして、その話がなんだか心に響いて、気がついたら好きになってた」
「マセ餓鬼だな。まして相手がエルフじゃあ、相当に年上だろ」
「その時は年なんて分かって無かったよ。それに、何だかすごく無邪気な人だったし」
「そうじゃなくちゃ、生きられねえんだよ。人族と同じ年で老成してたら、その先の数百年なんて終わってるようなもんだろ? 気持ちを若く保ち続ける事がエルフとして必要な事らしいぜ」
「そういう事なんだ。詳しいね?」
「知り合いに聞いた」
「そう」
「それで?」
「何度か会って話をして、益々好きになって。ある日、父に話した」
「おい!?」
それを聞かされた父親が、どんな反応を示すか。ロクなものではないはずだ。
「驚いていたよ。まさか子供の僕が、エルフに興味を持つなんて思っていなかったみたいだね」
「そりゃ、そうだろ」
「でも、僕の願いは叶えられた。全く歪んだ形でね」
「歪んだ?」
「ある日、目の前にエルフが連れてこられた。鎖で繋がれ、刺すような目で僕を睨む、まだ若いらしい別のエルフだ」
「…………」
歪まされたのは、オットーの想い。オットーが、そんな事を望んでいた訳ではない事は、アルトには分かる。
「その時に初めて知ったんだ。エルフが奴隷だって事を。若いエルフは高いんだ、入手するのも大変なんだ。苦労話を色々と聞かされてね。長く使えよ。最後にそう言われた」
「それで?」
「そんなつもりなんてなかった。僕には奴隷なんて必要ない。そう言ったら、散々文句を言いながらも、最後に父親は引き下がったよ」
「解放した訳じゃあねえんだろ?」
エルフの、それも若いエルフの奴隷となれば、高いなんてものではない。オットーは要らないと言ったからといって、自由にするとは、とても思えない。
「そう。父親に若い新しい奴隷が増えただけさ。最低だ。僕が何も知らずに話をしたせいで」
「まあ、そうだけど、知らなかったものは、仕方ねえんじゃねえか?」
「結局、僕が好きになったエルフは、用済みになり、どこかに売られたらしい。しばらくして、そう聞いた」
「……そうか」
「父親は奴隷を囲っている事を僕に隠すこともなくなり、若いエルフとは何度も会う事になったよ」
「そうか」
残念ながらオットーの父親は、仲良くなれる相手ではない。これが、はっきりと分かった。
「父親には媚びるような態度を示すんだ。そうしないと鞭で打たれてしまうからね。でも、僕への視線は憎しみに満ちていた。その目が言うんだ、お前のせいだ。お前のせいで私は、凌辱の毎日を送らされているんだってね」
「それは気のせいだ。別にオットーくんの家に買われなくても、別の家で同じような目に会う。それくらい、そのエルフも分かっているはずだ」
「そうかもしれない。でも、僕は……、自分を許せない」
それを言う、オットーの顔は、今にも泣き出しそうなくらいに歪んでいる。エルフの視線が、オットーの気持ちを、ずっと傷つけてきた。自分の過ちを、その視線を見る度に思いだし、後悔し続けていたのだ。
「その気持ちは正しい。そう思えるだけ、オットーくんは、人としてまともだ」
「でも、ただ悔やんでいるだけでは何も変わらない」
「……それで?」
「何かしようと思って思いついたのが、世界一の金持ちになろうって事」
「はい?」
「金持ちになって、この世界の全ての奴隷にされているエルフを買ってやろうと思った。馬鹿だよね?」
「……いや、それもひとつの方法ではある」
ただ、どれだけの金持ちになれば、それが出来るかというと、想像がつかない。
「そうかな?」
「問題は、その覚悟がオットーくんにあるかだ。あるのか? 世界一の金持ちになる覚悟が?」
「その為には、時に人を蹴落とし、人を裏切り、手を汚すことを恐れてはいけない。それをしてさえ、届く可能性なんて皆無に等しい目標だ」
「分かってるんだな。そういう事だ」
「その覚悟が出来なかったのだけどね。君たちを見ていて、ちょっと出来そうな気がして来た」
「俺達?」
「一番大切な物は何かという事だよね? その大切な何かを持ち続けていれば、手は汚れても、心は汚れないんじゃないかなってね。失敗しても、後悔はしないんじゃないかって」
「何だ、じゃあ、後はやるだけだな」
不意に背中から聞こえた声。オットーが振り返ると、そこには、カムイが笑みを浮かべて立っていた。
「カムイくん!」
「まさか、オットーくんに、そこまでの野望があるなんて知らなかった」
「野望だなんて」
「野望だろ? 何たって世界一の金持ちだ。この世界を征服すると同じような話だぞ?」
「そうだね……」
「でも、どんなに不可能と思える事でも、やって見ないと分からない。それ以前に、やってみないと出来るわけがない」
「そうだね!」
「そして、やるからには、オットーくん、いや、オットーには、是が非でも成功してもらう」
「カムイくん……」
「カムイで良い。ただ、商売については、まったく考えはないぞ」
「問題は基盤をどこに持つかだな」
すかさずアルトが口を挟んできた。
「何、もう何か考えたのか?」
「そこまでじゃねえよ。実家を継ぐのか、独立するか。まずはそれを決めないと、方策も何もねえ。オットーがやる事はまず、それを決める事だな」
「独立したらそれこそ一からだろ。オットーにとって、それは辛いんじゃないか?」
「それはそうだ。元手をどうするかから、考えなくちゃならねえからな。でも実家を継げば、自由度は狭まる。実家が世界一の商家なんて目指すと思うか?」
「思わないよな。今でも十分に大商人なんだから」
「そうなれば必然的にやれる事は狭まる。危険を恐れて無難な事しか出来ねえだろうな」
「それじゃあ、世界一なんて夢の夢か」
「それに武器商人が奴隷商になんて手を出すか?」
「えっ? 僕は奴隷商になるつもりは」
奴隷を売買して儲ける商人。それは、オットーにとって、憎むべき相手だと考えたのだが。
「一番安く奴隷を買う事が出来るのは奴隷商だろ? 全てのエルフを奴隷から解放する事がオットーの目的である以上、必ずそこに手を伸ばさなければならねえ」
「……そうか、そうだね。普通に買っていたら、それこそ世界一の商人になっても無理だ」
アルトの説明を聞いて、納得した。
「でも、それって非合法……、あれ、繋がった?」
「ダークだな。ダークが、大きくなるのと一緒に、オットーも大きくなっていく」
非合法奴隷。これの解放に動こうとしているのは、ダークも同じだ。ダークの場合は、その方法も非合法ではあるが。
「ダークって?」
「孤児院の仲間。オットーと目的は同じと言っても良いな。そう考えると良い組み合わせか」
「だな。ダークが裏でオットーが表。そうやって大きくなって行くしかねえ」
「裏……」
裏という言葉には、暗いものを感じざるを得ない。
「そういう世界で生きていく事を決めた奴だ。それこそ、目的の為には手段を択ばない。そういう覚悟を決めてな」
「……そうか。カムイたちの仲間には、そういう人もいるんだね?」
「目的を達するには独立しかない。そうなると元手と人手がいる。元手は俺たちも考えるとして、人手はオットー自身でやる事だな」
「カムイがやろうとしている事と同じだね?」
カムイたちが、人脈を広げようと、陰で動いている事に、オットーは気が付いていた。
「そう。そしてダークがやろうとしている事も同じ。結局、事を成そうと思えば、信頼できる仲間が必要だって事だ」
「分かったよ。頑張ってみる」
「ああ、取り敢えず俺達はもう仲間だから、困った事があれば、いつでも相談してくれ」
「やっと本当に仲間になった訳だね?」
「なんとなく最初から、こうなる気はしていたけどな」
「そうなの?」
「運命なんてものがあるとすれば、あのグループ分けもそうだろ。あれがなければ、特待生のオットーとは、きっと話す事なんてなかった」
「意外だ。カムイは運命なんて信じるんだ?」
カムイは、自ら道を切り開いて行く事を望む。こうオットーは感じていた。
「信じてるさ。でも運命には、いくつもの分岐がある。最終的に、どこに辿り着くかは、本人の選ぶ道次第。そうも思ってる」
カムイの考えは、オットーの考えていた事とほぼ同じだ。ただ違いは、機会というものが、運命にはあると考えているという事。それを掴むか掴まないか、どれを掴むかは、本人の判断だとしても。
「運命はいくつかの選択肢を与えてくれる。でも、選ぶのは本人次第だね」
「そんな感じ」
「僕は選んだ。はるか高みを目指すことを」
「茨の道だな。進めば進むだけ傷ついて行く」
敢えて、厳しい言葉を、カムイは口にする。
「それでも、歩みを止めるわけにはいかない。そういう事だよね?」
オットーがそれに怯む事はない。もう、オットーには覚悟が出来ているのだ。
「ああ、そうだ。欲しい物は必ずその先にあるのだから」
オットーの野望はこの日、確かに一歩を進めた。何万歩、何十万歩の内の一歩だとしても、確かに一歩先に進んだのだ。