表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
28/218

試作品お披露目会

 帝都の裏通りを歩く生徒たち。

 一緒に来た生徒たちは、重い荷物を抱えながらも、前を歩くカムイに置いていかれまいと、必死に付いていっていた。

 薄汚れた路地。怪しげな人々の視線が、初めてここを訪れた生徒たちの不安を煽っている。

 もっとも、そんな不安な思いも、何とも卑猥な服装の女性たちが、気軽に声を掛けてくるようになってからは、かなり薄れ、今は笑いを堪えるのに必死だ。


「カムイくん、今日こそ寄っていきなよ」


「良い」


「カムイ! サービスするよ! どう、今晩!」


「いや、良いから」


「カムイ、初めては絶対にあたいだからね。別の女に手を出すんじゃないよ!」


「それは俺が決める事だ」


「カムイ!」


 多くの娼婦たちが、冗談か本気か分からない誘い文句を、カムイに向かって投げかけてくる。


「うるさい! 俺はまだ学生だぞ!」


「また照れちゃって。これだから童貞は仕方がないね」


「余計なお世話だ!」


「いつでも相手するよ! カムイだったら、タダで良いから!」


「……タダ?」


 娼婦たちの誘いを、面倒くさそうに振り払っていたカムイの足が、不意に止まる。


「ああ、あんただったらね」


「…………」


「何考え込んでるのよ!」


 黙り込んだカムイに、すかさずセレネの怒声が飛ぶ。


「おやおや、セレネちゃん、ヤキモチかい?」


「違います!」


 カムイへの突っ込みをきっかけに、娼婦たちの的は、セレネに移った。


「あんたが相手してやらないからだよ。ぼやぼやしてると奪っちゃうよ」


「私は」


「何だったらあたいが教えてやろうか? 男をメロメロにする技をさ」


「必要ありません!」


「それは甘いね。男を掴むのは、料理の腕と夜の技だよ」


「そうそう。とびっきりのテクニックを教えてやるよ」


「もう、嫌っ!」


 セレネもすっかりここの住人たちに顔を覚えられていた。このやり取りも、今では、お約束のようなものだ。

 やたらとカムイを誘う娼婦たち。それにセレネが文句を言うと、今度はからかう相手をセレネに変えてくる。

 毎度毎度の事なのだが、それに素直に反応してくるカムイたちは、娼婦たちには格好の遊び相手だった。


「なんとまあ、お前たち随分と人気者だね」


 からかう様な口調で話しかけてきたマリーだったが、その顔は真っ赤だ。声を掛けてくる娼婦たちと同じ、すれた言葉遣いをしているが、マリーも実際の育ちは良家のお嬢様だ。娼婦たちの会話は刺激が強すぎる。


「面白がってるだけだ」


「それはそうだろうけど」


「なんだ?」


「裏街の人間も随分と明るいんだね?」


「それはそうだろ。どこでどんな暮らしをしていようが、生きている事に変わりはない。それに辛い境遇であればあるほど、笑いが欲しくなるものだ」


「……なるほどね」


 カムイの言い様は、まるで自分の事を話しているようだ。それが、少し気になるマリーだが、聞く事は止めておいた。


「ああ、着いた。ほら、ここだ」


「……ここ?」


 カムイが指し示した建物を見て、マリーは呆気にとられている。ここを最初に訪れる者の、いつもの反応だ。


「そう」


「食堂にはとても見えないね」


「外観はな。中はちゃんとした食堂だ。入るぞ」


 入り口の扉を開けて中に入るカムイ。開けた扉から見える中は、確かに食堂だ。


「驚いたでしょう? 私も最初連れてこられた時は、絶対に騙されたと思ったわ」


「ああ、そうだろうね」


「さっ、入りましょう。重い荷物を持ったままじゃあ、皆大変よ」


「そうだな。ほら、扉を開けておくから、先に入りな」


「はい。入り口狭いから気をつけろ、ちょっと下げるぞ」


 建物に荷物をぶつけない様に、慎重に運び込む生徒たち。無事に中に入った所で、目の前に現れた店員に、又、驚くことになる。とても堅気には見えない強面の男が、生徒たちを迎えていた。


「おお、持ってきたか。調理場はカウンターの奥だ。そこまで運んでくれ」


「こっちこっち」


 奥の方からカムイの声が聞こえる。


「大将、こんにちは」


「ああ、セレネ嬢も一緒か。どうせ、カムイに巻き込まれたんだろ?」


「そう。いつもの事よ」


 セレネもすっかり顔なじみだ。大将の強面など、全く気にしている様子はない。


「それで、こちらの嬢ちゃんは?」


「今回の件で、一番巻き込まれたマリーさん。これを作った人よ」


「マリーです。よろしく」


 セレネに紹介されたマリーは、大将に向かって、しおらしく挨拶をする。


「ほお、嬢ちゃんがな。その年で大したもんだ。他の生徒も巻き込まれた口だな」


「そう。紹介は後でね。とりあえず荷物を置かないと」


 男子生徒たちは、ずっと魔道具を抱えたままだ。挨拶どころではない。


「そうだな。カムイが中にいるから、指示に従ってくれ」


「はい。じゃあ、皆、奥にいきましょう。調理場の入り口は、更に狭いから気をつけてね」


「「はい!」」


 設置と起動が終わると、しばらくは待っているだけの退屈な時間になる。水を満たして、お湯が沸くまでには、それなりに時間が掛かるのだ。

 もっともそれは最初だけで、一度、湧いてしまえば、使った分の水を補充していくだけなので、一度に大量のお湯を使わない限りは、短時間で沸騰状態に戻る。


「はい。飲み物ね」


 セレネが慣れた様子で、厨房から飲み物を運んできて、皆に配りだした。


「……いつも来ているのかい?」


「まあ。カムイに付き合わされてね」


「付き合わされてだと? 好きで付いて来ているくせに」


 セレネの言い様に、カムイがすかさず文句を言ってきた。


「そうなのかい?」


「本当はね。ちょっとした小遣い稼ぎ。小遣い稼ぎにはならないか。節約ね。店の手伝いをした分、ご馳走になってるのよ」


 セレネは、ちょっとしたアルバイトをしているのだ。


「あんた、辺境領の貴族の娘だよね?」


「そうよ」


「それが、こんな店の手伝い?」


「こんな店はないわよ。量もあるし、美味しいし、何よりも安い。良いお店よ」


「だから、何故、安い店を好むんだい? 辺境領の貴族って事は、元は王族だろ?」


「だから?」


 マリーの勘違いに、直ぐに気付いて、セレネはもう苦笑いを浮かべている。


「贅沢な暮らしをしているんじゃないのかい?」


「ここにも世間知らずが一人いた」


「世間知らず?」


「辺境領の暮らしが、どういうものか知らないもの。中央の何倍もの税を、吸い取られていて、領主であっても贅沢なんて出来ないわ。王都の住民とそう変わらない生活だと思うわ」


「……知らなかった」


「魔法ばっかり勉強しているからね。でも、マリーさんの父親、は魔導士団長よね? その立場でも、そういう事を教えないの?」


 魔道士団長は、宰相、騎士団長と並ぶ、三役の一つだ。国政の頂点の一人と言っても良い地位になる。但し。


「父親の興味も、魔導と魔法にしかないからね。辺境に興味を持つとしたら、独自に伝わる魔導や魔法の事くらいさ」


 魔道士団長に関しては、マリーの父親の様なタイプが多い。政治になど興味を持たない者が多いのだ。


「なるほどね。さすがと言うべきかしら?」


 魔導一筋、そう捉えたセレネだが。


「褒める事じゃないよ。魔導士としてはともかく、人としては最低の男さ」


 マリーは、セレネの勘違いだと、否定してきた。


「……嫌いなのね?」


「まあね」


「なるほどね」


「なんだい?」


 マリーは、妙に納得した様子のセレネが気になった。


「案外、カムイと似ているのかもね」


「「はあ?」」


 セレネの言葉にカムイも、マリーと一緒に驚きの声を上げた。


「ほら、気が合うじゃない」


「セレが変な事を言うからだろ? どうして、俺がマリーさんと似ている事になる?」


「カムイも生家の事は嫌いじゃない」


「たったそれだけで? そんなの他にもいるだろ? そもそも、俺は親の事は嫌いじゃない」


「そうだけど、何て言うの? 人嫌いな所あるじゃない」


「……貴族嫌いと言ってくれ」


 完全には否定出来ないカムイだった。


「それは認めるんだ?」


「認めないほうがおかしい。俺が幼年部で、どんな目に合ったか知っているだろ?」


「まあね。でも、それにしてはねえ」


「何だよ?」


「その貴族の代表みたいな人とは、随分と仲が良いみたいだけど」


 それが誰であるかは、今となっては、この場に居る全員が分かる。合宿以降、カムイとヒルデガンドの関係は、学院中の興味の的になってしまっているのだ。


「誤解を生むような発言はやめてくれるかな。ちょっと話をするようになっただけで、仲が良い訳じゃない」


「……ねえ、どう思う?」


「えっ、私?」


 いきなりセレネに話を振られてマリーは少し驚いた。セレネには、こういう所がある。カムイやマリーとは違って、人見知りする事なく、誰とでも同じように接するのだ。


「あれを仲が良いと言わないで、どれを言うのかしらね?」


「ま、まあね。というかヒルデガンドがあんなだなんて、私は知らなかったよ」


「そう言えば、マリーさんってヒルデガンドさんと親しいの?」


「親しくはないね。ただ、学院に入る前に、何度か会った事がある程度だよ」


「親同士の繋がりって事?」


「そう」


「じゃあ、ディーとか、オスカーさんとも会っているの?」


「ディー?」


「……ディーフリート、さん」


「おやぁ? 愛称で呼んでるのかい?」


 マリーの顔に意味ありげな笑みが浮かぶ。

 こっちの方は周囲には広がっていない。ディーフリートはカムイと親しいというのが周囲の認識で、セレネとの直接の接点は知られていなかった。


「内緒だぞ。実はセレは、ディーのお妾さん候補なんだ」


「お妾さんって言うな!」


「そうなのかい? へえ、あのディーフリートがね。真面目一辺倒な奴だと思っていたのに、案外やるもんだね」


「い、いや、だから違うから」


「どうでも良いけど、面倒な相手を選んだね。あんただったら、他にいくらでも居るだろうに」


 女性の目から見てもセレネは美人だ。それとなく思いを寄せている男子生徒もいるのだが、そういう事に全く鈍感なのは、セレネとカムイが似ている所。今も、ディーフリートとの話を聞いて、何気に一緒にいる魔導研究会の男子生徒二人が、がっかりしている事にも気がついていない。


「……居ないから」


「まあ、ディーフリートみたいな男は居ないね」


「そういう意味じゃないわよ」


「何だか、あんたたちは、学院の話題を、全てかっさらっていく感じだね」


「たち?」


「お前だってそうだろ? 合宿の時のヒルデガンドとの抱擁は、学院に衝撃を与えたからね」


 学院の男子生徒の憧れの的であるヒルデガンドに、恋人が居て、しかも相手は、E組の辺境領主の息子。驚くなという方が無理だ。


「……それ言うな」


「これでディーフリートと……、セレネって呼んで良いかい?」


「もちろんよ」


「セレネとの関係が広まったら、男子も女子も大騒ぎになるよ。まして学院の外に広まってみな。どうなっても知らないよ」


 マリーは、敢えて冗談めかして言っているが、実際に外部に広がれば、只事では済まない。皇家と方伯家が絡む、大事件に発展する可能性があるのだ。


「大丈夫。その辺の工作に抜かりはない」


「何かしてるのかい?」


「俺とセレが付き合っているという噂を、アルトが全力で広めてる」


 困ったときのセレネ頼み。だが、今回は、セレネにとっても利がある。ディーフリートの事が学院に広まれば、女生徒から、どんな仕打ちを受けるか分からないのだ。


「……あんた、そんな事に、大事な臣下を使うんじゃないよ」


「これだって大事だ。俺は東方伯家に恨まれて、平気な顔をしていられるほど、馬鹿じゃない」


「馬鹿じゃないだろうけど、お前だったら平気な顔してそうだ」


「どういう意味?」


「そういう意味だよ」


「それじゃあ、まるで俺が、とんでもなく鈍感みたいじゃないか?」


「鈍感よね?」


 セレネが嬉しそうに突っ込んできた。カムイの鈍感さは、セレネにとって、数少ない突っ込み所だ。


「セレネには言われたくない」


「何でよ?」


「セレネのほうが余程、鈍感だろ?」


 カムイもセレネの鈍感さには、常に呆れている。


「私はそんな事ないわよ」


 自分が鈍感であると気付かない程、鈍感なのだ。


「いやいや。ねえ、セレネって、男心に鈍感だよな?」


 今度はカムイは、いきなり男子生徒二人に話を振った。


「ま、まあ、そうかな」


「そうだな」


「ちょっと? ええっ? 私のどこが鈍感なの?」


 さすがに、カムイ以外にまで、鈍感だと言われると、セレネも気になる。


「ほら、セレネ。先輩方が困っているじゃないか。ダニエルさんもマイクさんも、そう思っているという事は、五人中三人がセレネは鈍感と感じている事になる。圧倒的な多数の支持を得た意見だな」


「それこそ、カムイに言われたくない。今日は不利だわ。これでアルトとルッツ、オットーがいれば、私のほうが多数なのに」


 三人は、常にカムイの鈍感さを口にしている。


「その三人も、セレネが鈍感である事には同意すると思うけどな」


「……もう、鈍感を競うのは止めましょう」


 カムイの言葉を否定出来なくなったセレネだった。


「じゃあ、何の話にする?」


「せっかくだから、マリーさんの話で」


「いや、私は良いよ。話題にされるのは好きじゃないね」


「でも、普段出来ないから。そうね。じゃあ、マリーさんはどういう男子が好み?」


「はあ?」


 マリーが嫌がっているにも関わらず、セレネは、とんでもない質問を放りこんできた。


「えっ? だって好みくらいあるでしょ?」


「無いね」


「またまた。じゃあ、分かり易く。カムイとアルトとルッツとオットー。誰が一番好み?」


 全く、容赦のないセレネだった。


「い、いや、それは」


「居るんだ。好みの男子が」


「……居ない」


「だって居ないなら、最初に居ないって言うわよね? それが答えに詰まったてことは、言いづらかったって事でしょ?」


 自分の事は鈍感なくせに、他人の事になると途端に鋭くなるセレネだ。こういう所も、実はカムイと似ている。


「そんな事ないよ。私はね、ガキには興味ないんだよ」


「まあ、確かに四人ともガキね。それも悪ガキってやつ」


「失礼な事を言うな」


 セレネの言い様に、文句を言ってくるカムイだが。


「あのね。女子のお風呂を覗こうとする奴らの、どこが悪ガキじゃないのよ?」


「あれは……」


 セレネに、とびっきりのカードを切られて、何も言えなくなる。


「あんたら、そんな事してたのかい?」


 合宿所を抜けだしていたマリーは、この事を知らなかった。呆れた様子でカムイに聞いてくる。


「そうなのよ。合宿の時に覗こうとして、それが見つかって立たされてたのよ」


「合宿……」


「そう言えば、マリーさんいた? お風呂場で会ってないわね」


 そしてセレネは、マリーが合宿の時に仕出かした事を知らされていない。マリーが答えに困る質問をしてきた。


「私は風呂が嫌いなんでね」


「そうなの? でも、あんなに汗をかいた後だと、入りたくならない?」


「そ、それはね」


「セレ、察してやれよ」


 マリーの窮地に、カムイが助け舟を出してきた。


「何を?」


「マリーさんはな、自分のささやかな胸を見られたくなかったんだよ」


「ふざけんな!」


 カムイなりの助け方なので、ありがた迷惑になってしまうが。


「事実だ」


「テメエ」


 フォローとは言えないようなフォローだったが、とりあえず話を逸らす事には成功した。


「ねえ、どうしてカムイは知っているのよ? あっ、怪しい。まさか、別の所でも覗いているの?」


「そんな事するか!」


「じゃあ、どうして?」


「逃げる時に疲れたマリーさんを背負ってたからだ。背中に当たるのは、固い感触しかなくて」


「いい加減にしろ!」


 事実だとしても、事実だからこそ、マリーは怒らないではいられない。


「もう、そうやって、すぐに人をからかう。カムイの悪い癖よ」


「癖じゃない。これは趣味だ」


「「もっと悪いわ!」」


「そうカリカリするなよ。ダニエルさんとマイクさんが驚いてるだろ?」


 すっかり満足した様子のカムイ。一仕事終えたという雰囲気だ。


「あっ、ごめんなさい」


 カムイの言う通り、二人が呆気に取られている様子なのを見て、セレネが謝罪を口にする。


「いや、そうじゃなくて。僕らが驚いているのは……」


「何?」


 二人の視線が、自分に向いている事に気付いたマリーは、怪訝そうな顔で、理由を尋ねる。


「会長が普通にくだらない、と言ったらあれだけど、こういう話題を楽しそうに話しているから」


「私? あっ、まあ、そうだね……」


 少し恥ずかしそうにしながらマリーは二人の話を肯定した。この態度も又、二人を驚かすものだ。


「普段は話さないの?」


 二人の話を聞いて、不思議そうにセレネが問いかけてきた。


「会長は魔導の事に関しては雄弁だけど、それ以外はあまり」


「会長なんて、よそよそしい呼び方しているからじゃない? 先輩なんだから、呼び捨てにすれば良いのに」


「いや、会長は魔道士団長の娘だから。馴れ馴れしい態度はちょっと」


 魔導研究会に入るような生徒だ。親は魔道士団員である者がほとんど。方伯家と従属貴族ほどではないにしても、やはり実家の上下関係が、子弟にも及んでいる。


「それは勿体無いな。こう見えてマリーさんは中々に、からかい甲斐がある人だ」


「どういう意味だい?」


「そういう意味だ」


「……全く」


「勝った」


 カムイにとって、満足できる結果が続く、実に楽しい場だ。


「何の勝負よ。でも、そうなのね。興味ある事しか話さないなんて、そういう所は、アルトに似てるわね」


「なっ?」


 セレネの話に、やや大袈裟な反応をマリーは示した。


「アルトもそうよね。無愛想なんだけど、自分が興味がある事に関しては、雄弁になるもの」


「そ、そうなのかい?」


 明らかに動揺を見せているマリー。これをカムイが見逃すはずがない。


「ほっ、ほう」


「……何だい、その気持ち悪い相槌は?」


「いやあ。そうか、アルトね」


「だから何だい?」


「別に。この話題は、じっくりと温めてからにしよう。そのほうが面白そうだ」


「……てめえ」


「その言葉は認める事になるけど?」


「……何をだい?」


 カムイの挑発を何とか堪えたマリーだった。


「まあ、それが無難だな」


「また悪巧み。マリーさん、気を付けてね」


「こいつに対しては、気を付けても無駄じゃないかい?」


「それは言えてる。ちょっと隙を見せると、もう駄目よね」


「天性の策士だね」


「人聞きが悪い。こんな真面目な俺を策士だなんて」


「……どの口がそれを言う?」


「「この口が」」


 カムイとマリーの言葉が綺麗に重なった。


「あっ」


「勝ったね」


「ま、負けた」


「だから、何の勝負よ?」


「随分と楽しそうだな」


 会話が一区切りするのを待っていたかのように、大将が声を掛けてきた。


「おっ、大将。どうだった。使ってみた感じは?」


「悪くないな。放っておけば湯が沸く。それも勝手に補充してくれるってのは助かる」


「好感触だな。このまま使えそうな感じ?」


 大将の反応は悪くない。ただ、カムイが目指すのは、もっと上だ。


「うむ……」


「どんな所が駄目だった?」


 黙り込むという事は、このままでは駄目だという事だ。


「ちょっとした事だがな」


「それはどんな所ですか? 詳しく聞かせてください」


 渋る大将に対して、マリーが説明を求めてきた。


「敬語?」


 がらりと態度を変えたマリーに、カムイは驚いてしまう。


「私だって、これくらいの分別あるんだよ。ていうか茶化すなよ。大事な話なんだから」


「悪い。じゃあ、大将、気が付いた事を教えて」


「ああ。まずは排水口がない」


「……排水口」


 マリーの頭には全くなかった単語だ。


「普段は良いが、掃除の時や、単純に水を入れ替えたい時に、すくい出すしか方法がないのは面倒だな。下の方に排水口があって、ちょっと捻れば水を出せると助かる」


「そうか。掃除の事なんて考えてなかったです。大型化すると、そういう事もありますね」


 元はお茶用の小さな湯沸かし器だ。手で持って洗えたので、掃除の事など、全く頭になかった。


「出来るかな?」


「やれない事はないと思います。改良点として取り組んでみます」


「そうか。後、もう一つあるのだ」


「それは?」


「熱だな。あれ自体が、結構な熱を出す。常に火を焚いている厨房で、さらに温度があがるのは、ちとキツイな。ただでさえ、夏なんて暑くてたまらんのだ」


「それは……」


 大将の話を聞いて、マリーは顔を曇らせている。それの意味する事は明らかだ。


「難しいのかな?」


「少し。いえ、かなりです。これも大型化の弊害ですね」


 水を沸騰させるのだ。それなりの熱量が必要になる。大きさからして、台所に、かまどを一つ追加したようなものだ。暑くなるのは当然と言える。


「そうか」


「でも考えてみます。うまく魔法の出力を制御して……」


「もっと簡単に考えたら?」


 悩むマリーに、カムイが助言してきた。


「どういう事だい?」


「例えば、周りを木で覆うとか、うまく熱を外に漏らさない素材があれば、それを使うとか」


「……なるほどね。魔導の工夫だけが全てじゃないね」


 元々、こういう考えで作った製品だった事を、マリーは思いだした。


「そういう事。実用的にするには、どちらかと言えば、そういう工夫の方が良いと思うな。魔導を複雑にすれば、それだけ事故が増えそうだ」


「確かに」


「他にもあるかな?」


 更に、カムイは大将に問題点を尋ねる。


「今日の所は、こんなものだな。使っているうちに、また何か出てくるかもしれんが」


「それが必要なんだ。ちょっとした事でも良いから、気づいた事を教えて」


「ああ、分かった。さてと飯食っていくだろ? 奢るぞ」


「やった!」


 奢りと聞いてカムイは喜んでいる。そして、その後ろでもセレネが、さり気なくガッツポーズをしていた。


「マリー嬢だったな。良い物を考えてくれたな。儂も協力するから、是非とも、あれを誰でも使えるものにしてくれ」


「あっ……。はい。頑張ります」


 大将の言葉を受けて、マリーの顔が赤らんだ。


「へえ」


「何だい? 何か文句あるのか?」


「いや、そうじゃなくて。良いものだろ? 人に喜ばれる物を作るのって」


「……まあね」


 魔法の才能を褒められた事は何度もある。だが、大将の褒め言葉は、その時とは違った嬉しさを、マリーに感じさせてくれていた。純粋に喜んでもらえている。それがどうにも嬉しかった。

 こんな喜びを得られる、きっかけを作ったのがカムイだと思うと、何とも複雑な感情が湧いてくるのだが、それでもやはり、嬉しさが消える事はない。

 自分は魔導が、人に喜ばれる魔導が好きなのだ。マリーは今日、はっきりと、それが分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ