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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
27/218

学院最大派閥はマリー派

 演習合宿での悲劇から半年以上が過ぎた。

 皇国は、速やかに討伐軍の準備を整え、実に五千という魔物討伐としては異例の人数を揃えて、山中に入った。討伐対象がオーガとはいえ、大がかり過ぎる編成だ。

 これは、亡くなった生徒の親族からの強い圧力を受けた結果だった。護衛に付きながら生徒に十名近い犠牲者を出した事で、その面目を失った皇国騎士団に、その圧力を跳ね返すことは出来ない。

 多大な軍費負担を強いられ、五千の騎士団で半年間という長期に渡って捜索を行った結果、得られた成果は、亡くなった生徒、そして騎士団員の遺品の回収と、幾つかのゴブリンの集落の掃討という成果だけだった。

 オーガの姿どころか、その痕跡さえ見つけること無く、討伐軍は任務を終えて帰還した。

 そして以後、山中に続く山道は封鎖され、その入り口には軍の監視所が置かれることになる。

 事情を知っているカムイからすれば、無駄な事をしているとなるのだが、それを説明する機会は、するつもりも、カムイにはない。


 半年の時間が過ぎたことで、学院もすっかり落ち着きを取り戻している。

 先に逃げた組と、自力で逃げ延びた後続組との間にあった冷ややかな雰囲気も、ようやく薄れ、普段通りの学院生活を、生徒たちは送るようになった。

 変わったのは。実技授業の様相。

 後続組の伸長は目覚ましいものがあった。本当の意味での実戦を経験した者の強み、これも大きいが、一番は実力を出すことを控えていたE組の生徒たちが、本気を出し始めたことだろう。

 カムイの戦いぶりを見た彼等は、自分の実力のなさを思い知らされた。実力を出し渋っていては、永遠にカムイに追いつけない。こう考えた結果だ。

 実技の授業は激しさを増し、合同授業ともなれば、より強い相手を求めて、立ち合いを繰り返す彼らの姿は、周りの者から見れば、異常なくらいだった。

 そして、その標的となるヒルデガンド、オスカー、ディーフリートたち三人にとっては、次から次へと相手を求められ、合同演習の時間は、休む暇もない。

 もっとも三人にとっても不満はない。自己を鍛えることへの貪欲さにかけては、三人も負けていないのだ。ヒルデガンドとディーフリートの二人に不満があるとすれば、その相手にカムイが入っていないことだ。その不満はマティアスも同様に持っていた。

 カムイは相変わらず、飄々と実技の授業をこなしている。立ち合う相手は常にアルト。それも動きをひとつひとつ確認しながらの、のんびりとしたものだ。

 マティアスが、何度もカムイとの立ち合いを求めたが、一切、それに取り合わなかった。ヒルデガンドも、何とか他の生徒を振り切って、立ち合いを求めようと試みたが、それは周りに邪魔をされた。

 自分の立ち合いが終わるたびに生徒たち、後続組の面々が、カムイの所にやってきて、意見を求めてくるのだ。

 カムイは、その一人一人に自分が気付いた事を丁寧に説明している。それに割り込むことが出来ずに、ヒルデガンドは、カムイとの立ち合いを何度も諦めることになった。

 一方でマティアスは、早々にカムイとの立ち合いを諦め、側でカムイの話に聞き耳をたて、自分に参考になる事を見つけては、他の生徒との立ち合いに臨むということを繰り返している。

 カムイ教室。いつの間にか生徒たちに、そんな風に言われるようになった。

 元々は、事情を知らない生徒たちが、劣等生のカムイに教えを乞うような真似を馬鹿にしてつけた呼び名だったが、カムイ教室の生徒たちが着実に力を付けているのを見て、徐々にその呼び名は意味を変えて行った。

 カムイ教室は四十人を超える大所帯だ。同学年では半数に近い。学院全体ではともかくとして、同学年では最大派閥と言って良い。実際、そう言われるようになっている。


 こんな状況をカムイは放っておくわけにはいかない。何といってもカムイのモットーは、目立たず静かに学院生活を送る、なのだから。

 カムイは、ある部屋に向かい、目的の場所に辿り着いた所で、ノックもせずに扉を開けて中に入った。


「よお、元気か?」


「お前……、馴れ馴れしく話しかけるんじゃないよ!」


 部屋の中に居たのはマリーだった。


「挨拶は礼儀の基本だ。関係はどうあれ、疎かにして良いものじゃない」


「何だい、そのこだわりは……。それで何の用だい?」


「研究会存続できそうか?」


 魔導研究会はマリーが作った会だが、会員の生徒たちがまとめて亡くなったことで、学院規程の必要人数に足りなくなっていた。新しい会員が増えなければ、魔導研究会は正式な部活とは認められなくなる。


「無理だね。研究会に入ろうなんて生徒は最初から入っているさ。新しい会員なんて見つかりそうもない」


「そんなお前に朗報だ」


「朗報? お前が言うと凶報にしか思えないね」


「酷いな」


「それで、その朗報ってのは?」


「新しい会員を集めて来てやった。十人はかるく超えているから、会の存続は間違いないぞ」


「……そんな人数をどこから?」


 マリーにとって良い話ではある。だが、それをカムイが持ち込んできたとなると、素直に喜ぶことなどマリーに出来るはずがない。

 うまい話には裏が有る。まして相手はカムイなのだ。


「まあ、ほとんどは名前だけだ。実際にここに顔を見せるのは俺たちくらいだな」


「……今、何て言った?」


 カムイの台詞の中に、マリーは聞き捨てならない言葉を見つけた。


「ほとんど名前だけ」


「その後だ!」


「実際に顔見せるのは俺たちだけ」


「要らない」


 やはり、マリーにとっては凶報だった。


「酷いな。折角、集めてやったのに」


「どうせ、何か魂胆があるんだろ?」


「魂胆じゃない。取引だな」


「やっぱり」


 カムイが善意だけで行動するはずがない。マリーの予想通りの展開だ。


「会が存続すれば部費が継続して出る。それを半分よこせ」


「お前ってやつは」


 小遣い稼ぎが目的、とマリーは思ったが、これは甘すぎる。


「この部屋が使えるのも俺達のおかげだから、半分使わせろ」


「……後は?」


「ここにある本の貸し出しを許可しろ。持ち出しが無理なら、この部屋で読ませろ」


「ふざけんな! それじゃあ、乗っ取られるも同じだろ!」


「おっ、鋭い」


「鋭いじゃない!」


「でも、これはお前の為でもあるんだぞ」


「どこが?」


「魔法を使えないお前が魔導研究会? どうやって研究するんだ?」


「…………」


 それはお前のせいだ、という内心を、マリーはカムイを睨みつけることで示している。本当は怒鳴りつけたいところなのだが、森での経験から、相手の感情を高ぶらせるのもカムイの策の一つだとマリーは思っている。


「魔導研究会としての活動をちゃんと続ければ、他の生徒に必ずばれる。そこで俺たちの出番だ。魔導研究会とは名ばかりの普通の勉強会に変えてしまう。そうすればお前が魔導から離れていても、不自然じゃない」


「それは表向きだろ、裏は?」


 今のカムイの説明では、マリーの為ということになる。マリーは信じる気にはなれない。


「ない」


「嘘をつけ!」


「嘘をついてどうする? お前には調べてもらうことがある。それまでのちょっとした支援だ」


「何を企んでいる?」


「何も。例えあったとしても、お前に拒否する権利はない」


「……分かったよ」


 いくら文句を言っても、カムイの言うとおり、マリーには選択肢はない。渋々といった様子ながらも、了承を口にした。


「よし、決まり。魔導研究会の会長は変わらず、お前だからな」


「……なんで改めて、そんなことを言う?」


「会の長だから」


「……なるほど。つまり、派閥の長はあたしだって言いたいんだね?」


 ようやくマリーにもカムイの目的が見えた。カムイの動静くらいはマリーも常に把握しているのだ。


「派閥、嫌だな。研究会だろ?」


「魔導研究会がマリー派と呼ばれていることくらい、あたしだって知ってるよ」


「じゃあ、それでも良い」


「でも、あたしが長なんていうのは形だけで、あたしの言うことなんて聞くつもりはない」


「当然だな」


「それが裏か?」


「何の事でしょう?」


「惚けるな。一緒に逃げた奴らが皆、お前のもとに集まっていることは知ってるんだよ。それを周りが新しい派閥だなんて言っていることもね。お前はそれが迷惑だから、形だけ、マリー派になろうとしている」


「良かったじゃないか。噂では、学年最大派閥だそうだぞ?」


「やっぱりね。でも何であたしの所なんだ? もっと仲の良い二人がいるだろ?」


「貴族家の派閥になんて入ったら、後々、面倒だろ? その点、お前の父親は勢力争いには一切興味がない。まあ、魔導研究の為に多少の政争はあるみたいだけどな。でも、それなら貴族家の俺や実家が巻き込まれることはないはずだ」


「よく調べてるね?」


「情報は何よりも大切だ」


「もう良い、勝手にしな」


「おっ、どうも」


 これで話は終わったものだとマリーは思って、カムイが来る前に読んでいた本に目を戻す。

 魔法が使えなくなったからといって、勉強が出来ない訳ではない。父親とは関係なしに、マリー自身も魔導研究は好きなのだ。分厚い魔導に関する本を読んで一日が終わってしまうなんてことは、いつもの事だった。


 しばらく、本に没頭していたマリーが、ふと顔をあげると、同じように本に没頭しているカムイの姿があった。


「お前、何してんだ?」


「……ん? 見て分からないか? 本を読んでる」


「何を勝手に」


「言っただろ? ここにある本を自由に読ませろって。取引はもう成立した。別に問題ないはずだ」


「……全く」


 そういう約束だったの覚えている。ただ、いきなり読み始めるとは、マリーは思っていなかったのだ。


「せっかく良い所だったのに……。まあ、良いか、少し休憩にしよう。会長」


「……何だ?」


 一瞬で、悪い予感が、マリーの胸に広がった。


「お茶」


「ふっ、ふざけるな!」


 予感がしていたのに、まんまとマリーは、カムイの挑発に乗ってしまった。


「冗談だよ。お茶くらい自分で淹れる。すぐ怒るんだからな」


「お前が怒らすからだろ?」


「怒らせてるつもりはない」


「どこがだ!?」


「又、怒る……。お湯は?」


「そこにあるだろ?」


 マリーが指差したのは、お茶の容器の、すぐ隣に置いてあった、壺のような形をした器だ。


「これか。湧いてるのか? おっ、湧いてる。……これ、もしかして魔道具か?」


 壺に描かれている模様を見て、カムイは、それが魔道具であると気が付いた。描かれていたのは魔導文字。魔法陣を描く時に使われる文字だ。


「ああ、そうだよ」


「火属性、もしかして水属性も組み合わせてるのか?」


「お前……」


 一目見て、魔法陣を解析してみせたカムイに、マリーは驚いている。


「なるほど、減った分を水属性で供給し、火属性で常に一定の温度に保つ。込められてるのは入門魔法程度だけど、中々、細かい制御がいる仕事だな。うん、これは良く出来てるな」


「そ、そうかい?」


 なんとなく照れたようなマリーの仕草。


「もしかしてお前が作ったのか?」


「悪いか?」


「いや、へえ、こういう物を作るんだ。実用的な良い魔道具だ」


「つまらない魔道具だって言われた」


「誰に?」


「父親に」


「見る目無いな。これこそ本当の意味での魔道具だと思うけどな」


 マリーが作った物だと知っても、カムイは茶化す様な真似はしない。魔導に対して、真摯なのは、カムイも同じだ。


「どうして?」


「一般家庭では贅沢かもしれないけど、食堂なんかは助かると思うな。いちいちお湯を沸かす手間が省ける。人の暮らしを良くするのが、魔道具の役割だろ? これ絶対喜ばれると思うな」


「そうかな?」


「もっと大きく出来るか?」


「器を変えるだけだからな」


「温度の調整は?」


「それは個々に作らないと……」


「温度別に、それぞれ用意する訳か。問題ないな。飲み物用、料理用。あと何だろ? 一度、大将に聞いてみてからだな」


 お茶を入れることをすっかり忘れて、カムイは魔道具の前で考え事を始めている。そのカムイの様子は、マリーには意外だった。


「なあ、何考えてる?」


「実際に使ってもらおう。それで改良しなければいけない所が色々と出てくるだろ」


「いや、でも」


「俺は、これ実用化が出来ると思うな。まあ、判断は実際に使う大将に聞いてみてからだけどな」


「……でも、あたしは魔法使えない」


「これ入門魔法程度だろ? それは使えるって言ったはずだ」


「でも魔導の制御が」


「はあ? 魔導の制御は、魔力とは関係ないぞ。力と制御は別物だからな。それに制御は細かな作業だ。魔力が少ないほうが却って楽なんだ」


「そうなのか?」


「そうだ。よし、大将の所に行って話を聞いてみよう。他にも何か要望があるかもしれないからな。じゃあ、俺行くわ。また、明日な」


「おい!」


 結局、淹れかけのお茶をそのままにして、カムイは部屋を出て行った。


「何なんだ彼奴は。……人の暮らしを良くするのが魔道具。父上はこんなこと言ってくれなかったな」


 皇国魔道士団の作り出す魔道具は、優れた武器、防具、それ以外の物も何らかの形で、軍事に関わるような物ばかりだ。

 多くの魔力をいかに込めるか。威力や効果をいかに最大化するか。それが魔導研究の最大の目的と聞いていた。

 それが間違いであるとまではマリーも思わない。でも、それで人の暮らしが良くなるのかとなると、それはないと断言できる。

 皇国魔道士団の魔道具は、その多くが人殺しの道具なのだから。


「お前は人の魔道具を褒められるほど凄いのかってんだよ」


 カムイの淹れかけのお茶にお湯を注ぐ。しばらく待った所でカップに移して口に運んだ。

 いつもよりも美味しいと思えたのは、何故だろう。そんなことを思いながら、マリーは又、本の中に没頭していった。


◇◇◇


 次の日も、約束通り?、カムイは魔導研究会の部室にやってきた。今日は一人ではない。アルトとセレネ、そしてオットーまで一緒だ。


「そんな人数でどうした?」


「改良点を相談したい。その為に必要な人間を連れてきた」


「改良点?」


「その湯沸し魔道具の」


「本気だったのか?」


「当たり前だろ? よし、早速打ち合わせだ。皆、席につけ」


 部屋の真ん中に置かれたテーブルに座ると、すぐにカムイが話を始めた。


「必要な温度は、二種類で良いそうだ。飲み物用と料理用。料理用は沸騰した湯、飲み物用は、少し温度を下げることになる」


「沸騰? それはちょっと」


 カムイの説明に、マリーが躊躇いを見せる。一般的に、魔導による効果は、魔法の効果よりも、遥かに落ちる。沸騰温度にするのは、結構、大変な事なのだ。


「難しいのは分かってる。かなり効率を高める必要があるからな」


「ああ、まずは、込める魔力の量を増やす為に……」


 効果を高めるには、使う魔力量を増やす。常識的な対応方法をマリーは口にしたのだが。


「そうじゃない。実用性を考えれば、その方法では駄目だ」


 カムイが、ばっさりと否定してきた。


「どうして?」


「魔力の量を増やすとなると、魔道具の大型化が必要になる」


「それは仕方がない」


「駄目だ。調理場に置ける大きさには制限がある。その上、料理用のお湯は使う量が多い。お湯を貯める部分を出来る限り大きくしたい」


 カムイの考え方の基本は、実際に使える魔道具だ。実用性を無視した開発を行うつもりはない。


「魔導部をそのままで湯の量を更に増やすのか? それじゃあ、沸騰なんて無理だね」


「魔導で困難な部分は材質で補う。湯を貯める部分に、魔法伝導効率の良い素材を使う」


「……なるほど」


 カムイの説明に、マリーは心の底から感心した。カムイの魔導に関する知識は、マリーの想像を遥かに超えるものだ。


「かと言ってミスリル鋼なんて使えない」


「どうしてだい? 魔法伝導といえばミスリル鋼が一番だよ」


 ミスリル鋼は魔法を伝え易い性質を持っている為、魔道具に使われることが多い。軍事利用の魔道具は、ほぼ全てがミスリル鋼で作られている。


「高い。そんな素材で作った魔道具が街の食堂で買えるか?」


「買う? 売るつもりかい?」


「当たり前だろ? 実用化とは商品化と同じことだ」


「お前ってやつは……」


 今度は違う意味で感心する。人の暮らしを良くするのが魔道具。このカムイの言葉は、本心からのものなのだとマリーは思えた。


「一応、案は考えてきた。アルト、説明してくれ」

 

「ああ。まずは使う素材だな。ウーツ鋼を使う」


 カムイに言われて、アルトが、説明を引き継いだ。


「おい、ウーツ鋼だって高いだろうよ」


「ミスリルよりは安い。それに全てをウーツ鋼で作る訳じゃねえ」


「どういう意味だい?」


「部分的に使うってぇことだ。使う部分は底の部分と上の部分」


「……何でそこなんだい?」


「底は水を温める為。温まった水は上に溜まる性質がある。だったら下から温めた方が良いだろ?」


「上は?」


「水の供給。冷たい水は下に溜まる性質がある。だから上から供給すんだよ」


「なるほど、悪くはないね」


 目指すのは、魔導そのものの効率化ではなく与える効果の最大化。カムイたちの考え方がマリーにもわかってきた。


「問題は、伝導効率の違う素材が混在することで、制御が難しくなるってぇことだ。その辺をうまく仕込まないといけねえ」


「伝導効率が異なるわけだから、そこに齟齬が生じる可能性があると。まあ、そうだね」


「この辺は設計のし直しだ。基礎は考えてきたから、確認してくれ」


 アルトは持ってきた設計書をテーブルに広げた。魔導言語にする前の、基本設計のような物だが、必要な機能や関連が細かく記されている。その綿密さに、マリーは驚かされた。


「アルトが設計した。解析は俺のほうが得意だけど、一から考えるのはアルトの方が上だ」


「なるほどね。でも、これだと別にあたしが居なくても作れるんじゃないか?」


「俺は理論まで、魔導のほうは得意とは言えねえからな。製造はそっちに任せる」


 役割分担としては、企画はカムイ、設計がアルト、製造がマリーという所だ。


「そうかい。後の二人は?」


「オットーくんには経費の計算。使う素材の量を計算して、作成に必要なお金を算出してもらう。その後は、売値の計算もだな。実際に売れる金額になるかは大切だ」


 オットーの役目は、商品化。商家の息子であるオットーには相応しい役割だ。


「そこまでやるのか……。もう一人は?」


「そうよ。私は何をするの?」


 自分に魔導の才能がないことを、セレネはよく知っている。


「セレはお茶くみ」


「「はあ?」」


「冗談だよ。温度調整の確認。沸騰はわかりやすいけど、飲み物に適した温度って難しいだろ。セレ、飲み物にうるさいから、そういうの詳しいかと思って」


 確かにセレネは、飲み物というよりも、お茶にはうるさい。実家に残る、今では数少ない王族であった頃の習慣の一つが、お茶を楽しむことだった関係だ。


「それ役に立つの?」


 確かにお茶には拘りがあるが、それは淹れ方を含めて、味に対してだ。魔道具開発の何に役立つのか、セレネには理解出来ない。


「商品にするには付加価値が必要だろ? ただ湯が沸くじゃなくて、美味しいお茶が入れられる湯が沸くの方が売れる」


「……それは分かった。でも、試作品が出来上がるのは先の話よね?」


「それまでは暇だろうから、お茶くみでもどうだ?」


 雑用係、これがセレネの役割だ。


「最初から、そのつもりだったでしょ!」


「そんなことは、ない」


「今、嘘ついた! 私に嘘は通用しないから」


「……何で分かる?」


 嘘をついたと白状しているようなものだ。ただ、嘘がばれてもカムイに困ることは全くない。


「教えてあげない」


「……じゃあ、お茶くみしろ」


「どうしてそうなるのよ?」


「嘘をつかないで、正直に話してみた」


「もう、馬鹿カムイ!」


「別にお茶くみだけじゃないぞ? 材料の買い出しもあるし、会計管理も必要だ。雑務と言えば言葉は悪いけど、いざ始めれば人手は多い方が良い」


「そういえば、お金どうするの?」


 こういう所をしっかり気にするのは、貧乏辺境領主の娘ということではなく、セレネの性格だ。


「魔導研究会の部費があるだろ?」


「おい! 勝手に決めるなよ!」


 カムイの説明に、マリーがすかさず文句を言ってきた。


「これだって研究だ。部費を使うことは間違いじゃない。ちゃんと俺達の取り分からも出す」


「……そう言われると、そうか。まあ、良いよ。この話は面白そうだ」


 あっさりと、カムイの説明を受け入れる。この件には、マリーも、既に乗り気になっているのだ。


「ということで、どうする?」


「どうするって何をだい?」


「参加者。こっちは今居るメンバーで全てだな。あとは冷やかしでルッツが顔を見せるくらいだけど、全く役には立たないと思え。製造の方は俺も少し手伝えるかもしれないけど、正直、作るのは得意とは言えない」


「そうだね。さすがに一人はきついね。他の部員にも声を掛けよう」


 多くの研究会の部員が森で命を落としたが、一人も居なくなった訳ではない。


「新生魔導研究会の初の研究課題だな。共同研究って所か」


「つまんないことを言うな」


「……マリーさん、嬉しそうね」

 

 こういうことには、割と敏感なセレネだった。


「どこが?」


 言葉では否定してもマリーが喜んでいることは明らかだ。魔導への思いの深さがよく分かる。

 実際に、この日からマリーは魔道具の改良に、一日のほとんどの時間を費やすことになる。それはカムイたちも同じ。マリー程ではないが、空いた時間は研究会の部屋に籠りっきりで作業を続けた。

 やると決めたら妥協はしない。これがカムイたちのモットーだ。

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