運命が重なった時
「魔王の器Ⅰ」発売時の販促ショートストーリー、しかも孤児院に入るきっかけを書いたSSを知らない人には何のことって内容ですが、コンプエース9月号掲載の第二話にあわせてのSSです。
目を覚まして最初に目に入ったのは見慣れない壁。飾り気などまったくない、ただ白く塗られただけの壁だ。何故、自分はこんなところで寝ているのか。疑問が頭に浮かんでいたのはわずかな間。カムイはすぐに昨日の出来事を思い出した。
ここはシュッツアルテン皇国の皇都ミッテルブルクにある教会施設。両親を亡くした、だけでなく他にも様々な理由から身寄りがいなくなった子供たちが暮らす孤児院だ。
偶然辿り着いたこの孤児院の前で、カムイは荷物を盗まれそうになった。それが結果として、実家のホンフリート家から追い出された後、どこにも泊まれなくて途方に暮れていたカムイを救うことになる。荷物を盗もうとしていたのはこの孤児院で暮らす子供たちだったのだ。
そう。ちょうど今、目の前で行われているように。
「よいしょ、よいしょ」
声をあげながら重たい荷物を全身を使って引っ張っているのは、黒髪をツインテールにまとめた女の子。昨日の夜に最初にカムイに声を掛けてきた女の子だ。
「……あの、まだ盗もうとしているの?」
「ん? あっ、おきた?」
カムイに見つかっても女の子にはまったく焦る様子はない。これは昨日とは違う反応だ。
「起きた、じゃなくて荷物」
「マリアはカムイ兄のにもつをおかたづけしようとしているの」
「かたづけ?」
「そうなの。ちらかしたままだと、しきょうさまにおこられるの。だからおかたづけ」
「しきょう……ああ、司教様か」
マリアが言う司教様はカルロ・モディアーニ司教。この孤児院の院長をしている人だ。その司教には昨日の晩、カムイは会っている。入院の許可を与えてくれたのが、モディリアーニ司教なのだ。
「えらい?」
「えっ……あっ、えらい。ありがとう」
「へへ」
褒められたマリアは嬉しそうに笑みを浮かべ、トットットッと飛び跳ねるようにカムイに駆け寄って、頭を突き出してきた。
「えっと……」
多分こういうことなのだと考えて、カムイはその頭をなでてあげる。それに対して、嬉しそうに目を細めているマリア。カムイの選択は正解だった。
「君」
「マリア」
「えっ?」
「マリアはマリアなの」
今度は少しふくれっ面だ。弟妹のいない、年下の従弟妹たちにも甘えられた記憶のないカムイには、その仕草が可愛くて仕方がない。恐る恐る、その膨らんでいる頬に指を伸ばしてみる。
「ふ、ふふ」
カムイに頬を指でつつかれて、嬉しそうな反応をみせるマリア。彼女が嫌がらないのでカムイは、指ではなく両手でマリアの頬を挟み、軽く揉みあげてみる。
「んん、くすぐったいの」
「……マリアは可愛いね」
「またほめられた。カムイ兄はマリアのことがすきなの」
「そうだね。マリアみたいに可愛い女の子に会ったのは生まれて初めてだ」
「ふふ」
可愛い妹が出来た。不安があった孤児院暮らしの始まりは、カムイにとって良いものになった。
「……お前等、何してるの?」
「えっ……? あっ」
掛けられた声は男子のもの。入り口に立ってカムイを見つめている赤い髪が印象的な背の高い男の子。カムイは彼とも昨日会っている。イグナーツだ。
「あんまりマリアを甘やかすなよ? そいつすぐに調子に乗るから」
「ふん。カムイ兄はマリアがかわいいから、やさしくしてくるの。イグナーツ兄とはちがうもの」
「俺が普通なの。カムイ、起きたなら司教様のところに行けよ。話があるはずだ」
「ああ……なんの話?」
起き上がってモディアーニ司教のところに向かおうとしたカムイだが、何の話か気になって、イグナーツに尋ねてみた。
「ここで暮らすのに守らなければならない規則とか、とにかく面倒くさい話だ」
ここに入所した孤児たちは全員聞かされている話。それはイグナーツにとっては、面倒な説明なのだ。
「そうか。分かった。じゃあ、行ってくる」
「あっ、荷物は持って行って、使わない物は司教様に預かってもらえ。同じ孤児院で暮らすことになったからって油断しないほうが良いから」
「えっ……?」
カムイの視線がマリアに向く。今度の反応は、先ほどのものとも昨日とも違う。わざとらしく鼻歌を歌いながら、カムイから顔を背けている。
実に分かりやすい反応だ。カムイはそのマリアに歩み寄ると、先ほどとは違い、少し強めに両手で頬を挟んで、無理矢理顔を自分に向けさせる。
「マリア……」
「じ、じょうだんなの」
「盗った物は?」
「なにもとってないの。ほんとなの」
「それを信じろと?」
可愛らしい外見にまんまと騙された。それを知ったカムイは簡単にはマリアの言葉を信じられない。
「荷物はそこにあるじゃん」
「えっ?」
また違う声。金髪の小柄な男の子。彼ともカムイは昨晩会っている。最初にカムイの荷物に手を伸ばし、それが見つかると力尽くで奪おうとした男の子。ルッツだ。
「そこに置いてあるのカムイの荷物だろ?」
「そうだけど中身が」
中身だけを抜いている可能性がある。というか自分ならそうするとカムイは考えている。マリアでは重たくて荷物が運べないのは、昨日のうちに分かっているはずなのだ。
「大丈夫。マリアはお馬鹿だから」
「いや、さすがにそこまでは」
「そこまでのお馬鹿なの」
「ルッツのほうがばかなの!」
お馬鹿呼ばわりされたマリアが大声をあげてきた。
「お前には勝つ」
「そんなことないもの!」
「いや、俺のほうが上だ」
「マリアのほうがうえなの!」
どちらが馬鹿か言い合いを始めるルッツとマリア。正解はというと。
「……ルッツのほう?」
ルッツに聞こえないように小声でイグナーツに尋ねるカムイ。
「へえ、よく分かったね?」
「マリアがルッツのことは呼び捨てにしているから。良くて互角かなと」
自分にもイグナーツにもマリアは兄をつけていた。だがルッツに対してはそれがない。マリアはルッツのことを自分と対等か下だと思っているのだとカムイは判断したのだ。
「ああなると止まらないから、放っておいて司教様のところに行った方が良い」
「ああ、分かった」
今度こそと荷物を持って部屋を出るカムイ。だがそのまま真っ直ぐにモディリアーニ司教のところに向かうことは出来なかった。
部屋の外にもう一人、カムイが初めて見る男の子が立っていたのだ。
「えっと……はじめまして。俺はカムイ」
「あっ……僕はダーク。よろしくね」
少しオドオドした様子を見せながらも相手、ダークは挨拶を返してきた。
「ダーク。カムイはこれから司教様のところに行く。話はあとでゆっくりしよう。どうせこれから毎日一緒なんだからさ」
「そうだね。じゃあ、あとで」
「ああ……」
部屋の外にいたのはダークだけではない。他にも何人もの孤児たちがいた。ダークがこの場にいたのはイグナーツたちと親しいからで、そうでない孤児たちは遠巻きに、好奇心に満ちた目でカムイを見ているだけだ。
ただその中で一人。好奇心ではなく、敵意を向けているように感じられる男の子が一人いた。その視線が気になってカムイも見つめ返していると、相手はぷいと視線を逸らして、歩き去ってしまう。
「…………」
初めて会う相手に何故、あんな視線を向けられるのか。孤児院生活は良いことばかりではないとカムイは感じた。
「……アルトだ。あいつ気難しいヤツだから相手する必要ない。ちょっと頭が良いからって生意気なんだ」
「そう……」
イグナーツはこう言うが、一人にだけ異なる感情の視線を向けられると、気にしないではいられない。カムイの中でアルトは気になる存在として記録されることになる。
始まりはこんなもの。ちょっとした、きっかけからだ。
――近い将来、運命を共にすると誓う六人のこれが始まり。




