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魔王の器  作者: 月野文人
序章 宿命との出会い
2/218

新しい人生の始まり

 意識を取り戻して二日後には退院する事になった。

 同級生に暴行を受けた傷の痛みは、すっかりと消えていたし、倦怠感も一日、大人しくベッドに寝ている間に消えていた。

 世話になった医師と看護士にお礼を言って、帰宅の途につく。

 何となく気持ちは晴れ晴れとしていた。入院中、医師と看護師に優しくしてもらえたので、久しぶりに人の好意を感じられた事が理由かもしれない。彼等はそれが仕事であるから、当然の態度なのだが、それでも嬉しいと思えた。

 自宅に着いて、正門を避けて裏口に回る。裏口からは離れはすぐだ。誰にも見られずに部屋に戻るには、この方が良い。

 せっかく高揚している気分を台無しにしたくないと思って、これを選んだのだが、どうやら無駄に終わったようだった。


「お戻りになられましたね。旦那様からお話があるそうです。すぐに本宅に向かって下さい」


 離れの入り口で使用人が待っていて、祖父の呼び出しを告げてきた。


「退院したばかりだけど?」


「旦那様の命でございます」


 言葉づかいは丁寧だが、使用人の態度に、自分に対する畏敬の念はまったく感じられない。


「何の話かは聞いている?」


「さあ、知りません。私は確かにお伝えしましたからね」


 こう言うと使用人は、さっさと本宅の方に戻っていった。

 仕方なく、部屋に入って着替えだけを済ます事にした。着ていた服は、病院で一応は綺麗にしてもらっていたが、所々に破けた後がある。

 服装にも祖父は厳しいのだ。わざわざ怒らせる原因を作る必要はない。そうでなくても、どうせロクな話ではないのだ。

 意識を取り戻すまでに二日、それから更に二日の入院中、家族の者が病院を訪れる事はなかった。

 高揚していた気分はすっかりと冷め切ってしまい、心なしか倦怠感が蘇った体で、本宅に向かった。

 離れに近い裏口を通って、祖父が待っているであろう応接室に向かう。途中、何人かの使用人に出会ったが、話し掛けてくる者は誰も居なかった。


「カムイです。お呼びだと聞きました」


 応接の扉を軽くノックして到着を告げる。


「入れ」


 中からいつも通り不機嫌そうな祖父の声が聞こえてきた。

 扉を開けて中に入ると、そこには祖父だけでなく、次期当主となるはずの伯父も同席していた。

 伯父と会うのは、いつ以来だろう? やはりロクな話ではないようだ。


「座れ」


 祖父と向かい合って座っていた伯父が立ち上がって、祖父の隣に移る。その空いた場所に腰を降ろした。


「話は聞いた」


 体を労う言葉も何もなく、祖父はいきなりこんな言葉を口にした。

 これだけでは何の事か分からないが、聞き返すと次は怒声が飛んでくる事は分かっている。


「はい」


「学院で虐められていたそうだな」


「どこから、その様な話が?」


「どこも何もない! 近衛騎士団が学院で聞き取りをしているではないか! 話は学院だけではなく、王宮にまで広まっているぞ!」


 つまりは大丈夫かではなくて、恥を晒すなという事か。


「すみません」


「謝って済む問題か! いいか、我がホンフリート家は、祖先を辿れば皇家にも繋がる名門中の名門だぞ! そのホンフリート家の人間が、事もあろうに、学院で虐めを受けていたなど。儂は恥ずかしくて宮中にも顔を出せんわ!」


 祖父はこう言うが、有力貴族家のほとんどは、何らかの形で皇家に繋がっている。だからこそ高い爵位を有しているのだ。わざわざ自慢するような事ではない。だが間違っても、こんな事は口には出来ないので、大人しく聞いているしかない。


「ただでさえお前は貴族でありながらロクに魔法を使えないという事で、我が家の恥を晒しているのだ。それが更に恥の上塗りをするとは……」


「すみません」


「だから謝って済む問題ではないと言っている! そもそもどこの馬の骨とも分からない父親を持つお前を、ホンフリート家の一員として認めた事が間違いだったのだ! なんで、こうなった!? 光の聖女の再来とまで呼ばれた我が娘の息子が、なんでこんなに無能なのだ!? 父親の血のせいに決まっている! お前はホンフリートの血ではなく、無能な父親の血だけを引いて生まれてきたのだ!」


 そしてまた、いつもの話が始まる。父親が誰であるかは、自分にも分かっていない。母は決してそれを打ち明けようとしなかった。

 知っているのは、母が祖父の言うように光の聖女の再来と呼ばれるくらいに光属性魔法、神聖魔法とも呼ばれる回復系魔法の優れた使い手であった事。

 その力を買われて、勇者とともに魔王討伐に向かったまま行方不明となってしまった事。

 そして、その母がある日突然、実家に戻ってきた時には俺を身ごもっていた事。

 どこの馬の骨などと、今でこそ祖父は言っているが、最初のうちは勇者の子供ではないかと考え、大喜びしていた事を自分は話に聞いている。

 それが俺が魔法をロクに使えないと分かった途端に、手の平を返すように父親の批判を始めた。母はまぎれもなく祖父の娘である。自分の、ホンフリート家の血が自分のような落ちこぼれを生んだとは、決して認めたくないのだ。


「まあまあ、父上、そんな話ばかりでは先に進みません」


 延々と自分と父親への不満を口に出す祖父に伯父が話し掛けた。それが好意からくるものではない事は、自分には分かっている。

 いよいよ本題に入るわけだ。


「そうだな。つまりはお前をこれ以上、ホンフリート家の人間として認めるわけにはいかんという事だ」


「……つまり」


「勘当だ! 今後一切、ホンフリートの名を名乗る事は許さん!」


「……当然、家も出て行けという事ですね?」


「当たり前だ。何故、儂が他人の面倒を見なければならん」


 あまりに予想通りの展開に、動揺するどころか呆れてしまった。とにかく冷静でいられるのは良い事だ。


「母の遺品は私が頂けるのでしょうか?」


「それはホンフリート家のものだ。お前に渡す訳にはいかん」


 これも又、予想通り。自分が望んでいた答えだ。


「逆に言えば父の遺品は僕の物なのですね?」


「そんな物があったのか?」


「はい。母が亡くなるときに譲り受けました。それは父のものですから持って行っても良いのですよね?」


「ああ、それ位はかまわん」


「父上、ちょっと待ってください!」


 同意した祖父を慌てて伯父が止めた。


「なんだ?」


「確認してからにしましょう。その父親の遺品とやらを。もし、それがアレの持ち物であったとしたら……」


 アレ、恐らく伯父は、勇者の持ち物である可能性を考えているのであろう。勇者の所持品であったとすれば、相当価値あるものに違いない。祖父に話し掛ける伯父の目は、完全に欲に溺れた醜い目だ。


「おお、そうじゃな」


「僕の父親はホンフリートの人間ではありませんよ? 何故、父親の遺品を調べられなければならないのですか?」


 大人しく伯父の話を受け入れるのは得策ではない。無一文で放り出される訳にはいかないのだ。


「それが父親の物であるとは限らないだろ? お前はそう言って、ホンフリートの財産をかすめ取ろうとしている可能性もある」


「では、そちらが嘘を言わない保証はどこにあるのですか? 本当に父の遺品であるのに、ホンフリートのものだと、そちらが嘘を言う可能性もありますよね?」


「なんだと!? 貴様、儂を侮辱するのか!?」


 テーブルを拳で、どんどんと叩きながら、祖父が怒声を上げてきた。


「いえ、可能性の話をしているだけです。侮辱されたくないのであれば、それは無いと、どう証明してもらえるのかを教えて下さい」


「なっ!?」


 これまでであれば、これで萎縮してしまっていた自分が、普通に反論してきた事に驚いているようだ。


「納得のいく説明を下さい」


 ここは絶対に引けない所だ。視線を祖父の目に真っ直ぐ合せて、力を込める。


「それは……、おい」


 何の考えも浮かばなかった祖父は、伯父に話をするように促した。


「……いや、ちょっと」


 伯父も直ぐに何かを思いつけるはずがない。


「ではこうしましょう。ホンフリート家の財産目録がありますよね? それと突き合せればいかがですか? 財産目録に記載があればホンフリート家の物、なければ僕の父の物です」


「ふむ、なるほど。いや、しかし……」


 自分の父親の遺品が財産目録に書いてあるわけがない。自分が嘘を言って、ホンフリートの財産を持っていく事は防げるかもしれないが、父の遺品を取り上げる事も出来ない。


「……では、そうしよう。出て行くときに確認させてもらう」


 少し考えて伯父が同意してきた。だが、その目はとても諦めたようには見えない。どこまで欲深いのだろう。


「では、すぐに財産目録を持ってきてください」


「はっ?」


「いや、勘当となれば僕は直ぐにここを出なければなりませんよね? すぐに確認を始めましょう」


「いや、そんなに急がなくても良いのではないか?」


 やはり時間稼ぎにきた。自分が持っている父親の遺品を探りだし、財産目録に追加しておこうとでも考えていたのだろう。そんな事は御見通しだ。


「いえ、時間がありませんので」


「時間が?」


「ええ、目録と家にある全ての物を突き合わせるには相当の時間がかかりますよね?」


「それはどういう事だ?」


「さっき言ったではないですか。目録に書かれている物がホンフリート家の物、それ以外は僕の父の物だと。目録に書かれていない物を全て洗い出さなければいけません」


「そんな無茶苦茶な!?」


 財産目録など、こまめに整理している訳がない。書いてあるのはせいぜい本当に家宝やそれに準じるような価値の高い物だけだ。言っている事が無茶苦茶なのは自分でも分かっている。単に交渉材料として、揺さぶりをかけているだけだ。


「でも先ほど、そういう約束をしました」


「この馬鹿者が! なんだ、その詐欺師のような手口は! 貴様それでも……」


 そこまでで祖父の怒声が止まった。


「僕はもうホンフリートの人間ではありません。貴族でもね。批判されるような事ではありませんね」


「……やめだ」


「はい? 今何と言いましたか?」


「目録の突き合せなど必要ない。父親の遺品とやらは勝手に持って行け!」


「いえ、突き合わせをしましょう」


「何だと……」


「そう言う約束です。貴族が前言を翻すのですか? それこそ貴族としてどうなのでしょう? さあ、早く目録を持ってきて下さい」


「貴様……」


 歯軋りしながら、絞り出すように声を出す祖父。ここが自分の勝負どころ、この先の生活がかかっているのだ。そんな簡単に引き下がると思ったら大間違いだ。


「……幾らだ?」


「何の話ですか?」


「幾ら欲しいと聞いているのだ!」


 全く貴族の誇りなどいうものほど、馬鹿馬鹿しいものはない。そんな物を守るために、代償を払おうとしている祖父が、愚か者に見えてきた。


「……そちらはそれで良いのですか?」


 祖父が認めてもまた伯父が覆そうとするかもしれない。先に手の内を見せてもらった方が良いと思って、伯父に向かって聞いた。


「……金額次第だ」


「つまり払っても良いという事ですね?」


「ああ」


「では。こうしましょう。別にお金が欲しい訳ではありません。僕が求めているのは父とそして母の遺品です。離れにある物は僕が自由に持ち出して良いという事で手を打ちませんか? 心配しなくても家具を根こそぎ持っていくなんて事はしませんよ」


 正直、これからの生活を考えると、金をむしり取りたいという気持ちがない訳ではない。だが。ホンフリート家の金で、これからの生活を送る事がどうにも我慢出来なかった。

 結局、自分もつまらない誇りに、拘っているのかもしれない。


「それで良いのか?」


「それとは別に、今後一切、お互いに干渉しない事を約束しましょう。僕の条件は以上です」


「良いだろう。それはこちらが望む所だ」


「ではこれで。少なくとも寝る場所と食事は提供してもらっていたのですからね。御礼は言っておきます。これまでありがとうございました。そして、これで終わりです」


 ソファーを立って、出口に向かった。

 扉を開けた外には、かつての伯母、そして従兄弟たちが立っていた。

 その態度は様々だ。憎々しげに睨んでいる者、やや恐れるように逆に視線を避けている者。蔑みの色はそこにはない。どうやら外で自分が祖父と渡り合っていた会話を聞いていたのだろう。

 それらの視線を無視して、離れの自分の部屋に向かう。

 何だか、あっという間に物事が変転してしまった。いつかは出たいと思っていたこの家を、思いの外、早く離れる事になった。この先の生活を考えると少し頭が痛いが、まあ良い。

 別の生き方をしなければいけない、つい先日そう誓ったのだから。


◇◇◇


 皇都には教会が営む孤児院がある。

 そういった施設は、他の街にもある事はあるが、何といっても皇都のそれは規模が段違いだ。それは喜ばしい事ではない。それだけ皇都には親を亡くし、生活に困っている子供たちがいるという事なのだから。

 それに必ずしも教会が善意だけで、それを行っている訳ではない事も知る人は知っている。

 ひとつは人気取り。教会の慈悲の心を、人々に知らしめるためのパフォーマンスだ。

 そして寝る場所と粗末な食事を提供する代償として、孤児院は子供たちから亡くなった親の財産をほとんど取り上げている。

 そんな財産を持たない孤児はというと、孤児院に入れないまま、そのへんで野たれ死ぬか、貧民街で残飯を漁る生活を送っている。

 孤児の待遇も金次第という事だ。

 そんな孤児院を訪れた夫婦がいる。決して豪華ではないが、平民とは思えないきちんとした身なりをした二人。

 その二人は孤児院の中庭にある広場で遊んでいる子供たちに目を向けている。


「そこ! 勝手に魔法を使うな!」


「だって」


「使えるようになって嬉しいのは分かるけど、魔法は危険なものでもあるんだぞ。それに司教に見つかってみろ。飯抜き所か、独房入りだぞ」


「いやぁ」


「だったら俺の許しなく使わない事」


「はぁい」


「カムイ兄! ちょっとやろうぜ!」


「おお、いいぞ。少しは鍛えたのか?」


「ああ、教わった通りに練習したぞ」


「よし、じゃあ来い」


 木の棒を持った男の子がカムイと呼ばれた男の子に向かっていく。

 男の子のそれは、子供にしては中々に鋭い振りだが、あっさりと相手の男の子に躱されて、そのまま後ろに回り込まれた。後ろからポンと頭を叩かれて勝負はついた。


「ほう、これは」


 それを見て感心している男。


「あら、貴方が感心する程でしたか?」


「まあな。子供にしては中々の動きだ。しかし、どこであんな動きを学んだのだろうな?」


「そうですね。あの女の子なんて魔法を使っていましたよ」


「ああ、見た。許しなく、何て言っていた所を見ると、恐らくあのカムイという子供が教えたのだろうな」


「そうでしょうね。剣術も教えているようですし」


「そうだな。つまりあの男の子が中心という訳か……」


「気になりますか?」


「気にならない訳がないだろう。無駄と分かっていて来たつもりであったが……。お前はどうだ?」


「お話を聞いてみても良いかと思いますわ」


「そうだな。そうしよう」


 嬉しそうにその場を離れて、奥に進む二人。向かう先は、この孤児院の院長である司教の所だ。司教に面会をお願いすると、すぐに部屋に通された。

 部屋にいた司教は孤児院には似つかわしくない豪奢な服装をしていた。それを見て思わず顔をしかめる二人であったが、ここまで来て何も話さず帰る訳にもいかない。薦められるままに席に座った。


「さて、急な来訪ですが、どういったご用件でしょうか?」


「はい。俺は皇国から辺境領を任されているクロイツという者です」


「ほう、辺境伯爵様ですか?」


「いや、爵位は子爵です」


「子爵ですか……、それで辺境領を任されているのですか?」


 辺境領というのは、元々は皇国に併合された国の領地だった所だ。通常、辺境領は滅ぼされた国の王族が、辺境伯爵という爵位を皇国から与えられて統治をしている。子爵が辺境領を統治しているなどはあまり聞く話ではない。


「我が領地は少し特殊でしてね。辺境伯爵を受ける者がいないのです」


「ああ、そういう事ですか」


 王族が全ていなくなった辺境領、併合する時の抵抗が激しく、とても元の王族には任せておけない辺境領は辺境伯爵ではなく、他の爵位の貴族が統治をする事がある。それでも子爵というのは珍しいのだが、余程、恵まれない土地なのだろうと司教は解釈した。


「それで今日はどのようなご用件ですか?」


「実は養子を探しております」


「はい?」


「私と妻は子供に恵まれませんで、だから養子をと」


「事情は分かりますが、その養子をここで求めるのですか?」


 司教が驚くのも当然だ。貴族家への養子は普通は他家から求める。次男、三男などで実家を継げない者であれば、養子になる事を望む者はいくらでもいるだろう。実家も自家の繋がりが広がる事になるのだから、喜んで養子に出す。

 平民出身者がほとんどの孤児院に、子爵家の跡継ぎを求めに来るのは非常識といえる。


「もう少しお話した方が良いですね。実は私が治めている領地は、旧魔王領なのです」


「それは……」


「私の領地の特殊性をお分かり頂けましたでしょうか? 我々も、始めからここに伺った訳ではありません。何とか他家の子息で養子に来てくれる者はいないか、心当たりを当たって見たのですが、受けてくれる者はおりませんでした」


「やはり、厳しい場所なのですね?」


「ええ。元々貧しい土地であった所に、戦乱で更に荒れ果てております。それを復興させる領民も少ない。貴族家といっても、暮らしは厳しいものです。そんな厄介な領地を継いでくれとお願いしても、中々受けてくれる者はおりません」


「奥方には失礼ですが、側室を持たれるという選択肢もございますよ?」


 家名を残す為に、側室を持つのは当たり前の事。教会も当然の事として、認めている。


「それは私が受け入れられません」


「そうですか……。しかし、ここにいる者で子爵家を継げるような者がおりますかどうか」


「実はここに来るまでに、気になる子供を見かけました」


「おや、そうですか。それはどんな?」


「他の子供からカムイと呼ばれていました。彼と話をしたいのですが」


「カムイですか……」


 カムイの名を聞いて、司教は納得したような、それでいて困惑したような複雑な表情を浮かべた。


「何か問題がありますか?」


「カムイはここに来てまだ日が浅いのです」


「それにしては随分と周りと親しんでいましたね?」


「ええ、あれは人柄でしょうか。すぐに子供たちのリーダーのようになりましたね。それとカムイは元々、貴族の出です。ホンフリート家はご存じですかな?」


「名門ですね。しかし、何故ここに? 孤児という事ではないですよね?」


「勘当になったと聞いています。今のカムイは、ホンフリート家とは何の関係もない、ただの平民です」


「……何故、勘当になど?」


 子供の身で勘当など只事ではない。理由によっては、養子の件は考え直さなければならなくなる。


「それがカムイの問題です。彼は魔法が使えないのです」


「そんな馬鹿な? だって彼は他の、あっ、いや」


 クロイツ子爵は、子供たちが、魔法を内緒にしている事を思い出して、慌てて口籠る。だが、これは無駄な気遣いだ。


「知っています。こっそりと魔法を教えているのでしょう? 私がどんなに厳しく言っても聞きません」


「子供たちが魔法を使うのは反対なのですね?」


「過ぎたる力は己を滅ぼします。彼等は孤児です。その身一つで、先の人生を歩んでいかなければいけません。こう言ったほうが良いでしょうか、彼等には頼れる味方はいません」


「力を利用されるとお考えですか?」


「そうです。力を認められて大切にされるのであれば良いでしょう。だが、孤児の彼等を、そんな引き立てかたをする者はそうそういません。良い様に利用されて使い捨てにされるのが落ちです。そんな危険を負うよりは、地味でも堅実な人生を歩んで欲しい。私はそう思います」


「なんとまあ」


 豪奢な衣装に不快感を感じたが、その口から出てくる言葉は至極まともな事だった。その驚きをつい、クロイツ子爵は表に出してしまった。


「私がこんな事を言うのは意外ですか?」


「いえ、そんな事は」


「良いのです。そう思うという事は貴方は、きちんとした方という事ですから」


「どういう事でしょう?」


「この衣装はわざとです。孤児院の院長が贅沢な恰好をしている。それを見て不快に感じたとしたら、その方はまともな人物です」


「それを確認する為に?」


「他にもあります。私が質素な暮らしをしていると思われると、教会に納める金が増えます」


「逆ではないのですか?」


「嘆かわしい事にそうなのです。私が贅沢をして集めた寄付を懐に入れている。そう思われれば、少々、申告額が少なくても何も言ってこないのですよ」


 孤児院で集められた寄付の余剰分は教会に納められる。それ自体がおかしな話なのだ。

 本来は教会から孤児院に支援されるのが正しいあり方。だが民の信仰心が薄れた事により、寄付は教会よりも実際に困った民を助けている孤児院などの救護施設に集まるようになっている。いつの間にか金の流れが変わってしまっているのだ。

 しかも救護施設から納められた寄付は、いくつかの部署を通して最終的には教皇庁に集められるのだが、その過程で何人もがそれを懐に入れている。

 自分がやっている事で他人を非難出来ない。司教が言っているのは、こういう事だ。


「そんな事になっているのですか……」


「腐敗は国だけではなく、教会でも進んでいるのです」


「…………」


 司教は、何気なく教会だけでなく皇国までも批判している。子爵の立場では、中々にそれに同意する訳にはいかない。


「話がそれましたね。カムイですが、彼は魔法を使えない事で貴族の身分を奪われました。魔力がないというだけで相当に辛い思いをしていたようです。そのカムイが同じ貴族である貴方たちの養子に果たしてなれるのでしょうか?」


「それは……」


「私は問題ないと思います」


 戸惑いを見せるクロイツ子爵に代わって、これまで、じっと黙って話を聞いていた夫人が口を開いた。


「それは何故でしょうか?」


「彼は魔力がないのではなく、魔法の発動の仕方が、人とちょっと異なるのではないでしょうか? だとすれば私たちは、そんな彼の力になれると思いますわ」


「貴女は魔法が?」


「得意な方だと思います。でも私よりも、もっと魔法に詳しい者が私たちの領地にはいます。彼女であれば、彼に魔法を教える事が出来ると思いますわ」


「そうですか」


「彼と話させてもらえないでしょうか? 話をすればもう少し分かるような気がします」


「分かりました。カムイを呼びましょう。少し待っていただけますか」


 司教が呼び鈴を鳴らすと、扉を開けて白い服を着た女性が入ってきた。


「お呼びですか」


「カムイをここに呼んでもらえるかな?」


「分かりました。すぐに連れてきます」


 司教の指示を受けて、すぐに女性は外に出て行った。


「すぐに参るでしょう。では私はこれで席を外します。話が終わった所で、またお呼びください」


「良いのですか? 私たちだけで話をしても」


「その方が良いと思います。カムイは少々変わった考えを持っています。私の立場ではそれを叱らなければなりません。それではカムイの実際の姿は見えないでしょう」


「……分かりました。ではそうさせて頂きます」


 部屋を出て行く司教の背中を見送って、クロイツ子爵は少し緊張を覚えた。

 司教の話を聞いただけで、カムイという少年が普通では無い事が分かった。その彼と、どう向かい合えば良いのか、クロイツ子爵には考えが浮かばなかった。

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