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魔王の器  作者: 月野文人
第四章 大陸大乱編
193/218

燃え上がる戦乱の炎

 大陸西方の戦況がようやく動きを見せた。ルースア帝国本軍はグランツーデンに一万を残して西進。シドヴェスト王国連合とオッペンハイム王国の連合軍との戦いに臨むこととなった。一方でディア王国軍とルースア帝国西方駐留軍には西方北部へのけん制として軍の展開を指示している。これは積極的にノルトエンデに攻め込むというよりは、後背を襲われない為の備えとしてだ。そうでなくてもディア王国軍に関しては積極的に戦おうとはしないだろうが、それは命令を下したルースア帝国には分かっていない。

 

「いやぁ、思い通りに動いてくれて助かった」


 レーネ山にあるアジトの建物の一室で、ミトの報告を聞いたカムイはわざとらしい声を上げている。ウエストミッドの近くにあるレーネ山は大陸西方のほぼ中央。動き回るには都合が良いので、暫定的な指揮所のように使っているのだ。


「助かったじゃねえよ。計画が台無しになるところだっただろ?」


 そのカムイの軽い言い方にアルトが文句を言ってくる。何度も繰り返している文句だが、アルトの気持ちはなかなか収まらない。


「しつこいな。お蔭で勇者たちの意図が少し見えてきただろ?」


「偉そうに言うな。たまたまじゃねえか」


「たまたまだとしても、奴らの考えが少しでも分かるのは良いことだ」


 勇者側がカムイの真意を読めないのと同じか、それ以上にカムイは勇者たちの目的が分かっていなかった。単純に自分を討つことだけが目的ではないのはこれまでの行動で何となく分かっている。では真の目的は何なのかという疑問をずっと抱いていたのだが、それもようやく確信が持てそうになるくらいになってきた。


「……しかし面倒な相手だな」


「それはそうだ。なんたって神の使いだからな」


「そういう意味じゃねえよ。敵の目的が戦争の中で多くの人族が死ぬことだとすれば、俺らはそれをどう防ぐ? もともと戦争を激しくしようとしていたのは俺らだ」


 大陸を混沌の中に引きずり込むというのはカムイたち、というよりアルトたちが狙っていたこと。その点では勇者たちと目的を同じくしている。

 そうであればと、反する行動に切り替えようとしても簡単ではない。


「どう防ぐかは明らか。勇者を皆殺しにすることだ」


「殺せるのか?」


 南部での戦いでカムイがそれなりに苦戦したことをアルトは聞いている。一人でも苦労した勇者が七人もいるのだ。皆殺しなど簡単に出来ることではない。


「殺すしかないだろ? 出来なければこちらが殺される」


「そりゃあそうだけどよ。ようやく魔王らしくなってきたじゃねえか。しかも七人もの勇者を送り込まれるなんて史上最強だな」


「魔王って……配下に魔族いないし。魔法も王だなんて誇れるものは持ってない。それで魔王と呼ばれるのはおかしいな」


「真面目に否定するな。冗談だ」


「分かってる。冗談はそろそろ止めて、現状を整理しておくか」


「ああ。連合軍と帝国軍の戦力は連合軍側に少し分があるな。自領内で迎え撃つ形になると連合軍が有利だ。本来は好都合だが……」


 戦いの激化を避けようと考えると、この状況はよろしくない。ニコライ帝が率いているルースア帝国側が簡単に引くはずがない。不利になっても引くことなく、増援を加えて激しい戦いを繰り広げるはずだ。


「そこまで気にする必要はない。戦争になれば多くの人が死ぬ。それは当たり前のことだ。神ではない俺らにはそれを回避する力も責任もない」


「じゃあ、どうして勇者と戦うことに決めた? 人族が減った方が魔族の危険は減る。カムイにとっても良いことじゃねえのか?」


 数が減り、国がバラバラになれば魔族にとっての人族の脅威は減る。それは魔族の安寧を願うカムイの気持ちにも合致している。


「それが地に生きる者の手で為されるのであれば、俺は何とも思わない。だが、奴らは天に生きる者たちだ。地のことは地に生きる者で決める。この約束を奴らは破ろうとしている」


 「地のことは地に生きる者で」。これは魔王レイが神族と交わした約定だ。それを破るような真似をカムイとしては見過ごすわけにはいかない。それ以上に自分たちの気持ちひとつで、地を自由に動かそうとする神族が気に入らない。


「……ひとつ疑問なんだが。魔族は約束を破らねえ。どうして神族はそれが出来る?」


 魔族の多くは地に落ちた神族の末裔。本来は精神体であった彼らだから約束、契約は絶対なのだ。そうであれば神族は当然、魔族と同じように約束や契約は守るはずだ。だがカムイの話では神族は約束を破ろうとしている。それがアルトには理解出来ない。


「それは俺も分からない。だから奴らが本当は何者か知りたかった。神族だと思っているが実は全く違う存在なのか。それとも……これは口には出来ない」


 もう一つの可能性をカムイは口に出来なかった。不敬であり、それ以上に自分が信じてきたこの世界の否定につながる考えを簡単には受け入れたくないからだ。


「やっぱり面倒だ。こうなると余計なことは考えねえで、とにかく勝つことだけに集中するしかねえな」


「ああ。そうだ。はっきりと先が見えていないのだから、自分たちがやれることをやるしかない」


 混沌を引き起こそうとしているカムイたちも、混沌の中にいる。探り探り動くというのは彼らの性に合っていないのだが、今の状況では諦めるしかない。


「まずはディーフリートには頑張って敵を引き付けてもらう。頑張ってくれるかねぇ? いきなりここで躓いたら最悪だぞ?」


「あれだけ挑発したんだ。簡単には逃げ出さないだろ? そうでないと生かした意味がない」


 ディーフリートの役目はルースア帝国軍を西に引き付けて離さないこと。生かすと決めた時にこの役目を押し付けることにした。今のディーフリートであれば降伏など受け入れないだろう。オッペンハイム王国も巻き込んで最後まで抵抗するに違いないとカムイは考えている。


「ルースア帝国の苦戦が続けば、きっと勇者が回される。何人を回すか分からねえが、二手に分かれることにはなる」


「そこでもう一手打っても三分割……最低でも二人同時か……」


 カムイたちが狙うのは勇者の分散。もともとルースア帝国と戦う時に備えて、戦場を分散させる手は打っていたが、相手が勇者となるとそれも充分とは思えない。一対一でも討てなかった勇者が相手だ。二対一となれば討たれるのはカムイの方になる可能性は高い。


「さすがにそれ以上は無理じゃねえか? 分散させ過ぎると、今度はこちらの手が薄くなる」


「……そうだとしても、もう一か所、本当は二か所は欲しいな。それが無理ならアンファングか、ノルトエンデに引き付けるか」


「耐えられるか?」


 カムイたちの手勢はそれほど多くない。分散させ過ぎれば、手が回らないところが出てきてしまう。かといって一か所に勇者が集中しては、それはそれで厳しい戦いになる。


「耐えるしかない」


「まあ、そりゃあそうだ。どこかで戦わなければならねえからな」


「問題は勇者たちがいつ出てくるかだ。人族同士で争う状況は奴らの望むところ。それをそうそうに終わらせるような真似をするかな?」


 勇者たちの目的がカムイの思うようなものであれば、高みの見物を決め込む可能性もある。もしくはカムイを討つことだけに集中してくる可能性だ。

 

「……本当に面倒くせえ奴らだな。いっそのこと、ウエストミッドに乗り込んだらどうだ?」


 カムイにはウエストミッドの城に侵入する手段がある。アルトはそれを言っているのだが。


「相手が本物の神族ならきっとばれてる。飛んで火にいる夏の虫なんて、俺はゴメンだ。死ぬにしても意味ある死に方をしたいからな」


「これも冗談だよ。いやあ、久しぶりの難問だ。なかなか答えが見つからねえな」


「まあな。ただ答えが見つかろうが見つかるまいが事は動き出す。動き出したら一気だ。後は出たとこ勝負だな」


「……何だかねえ。最後の最後にこんな形になるとはな」


 結末が見えていない中で策略は動き出してしまう。これまでとは異なる、不本意な状況となってアルトはうんざりした表情を見せている。


「それはそれで楽しいだろ?」


「まあな。お前といるとホント退屈しねえ」


「俺もだ」


 カムイたちが長い時間をかけて仕込んでいた策略。それがいよいよ動き出す。少々、ターゲットは違っているのだが、それはもう仕方がないとカムイたちは思っていた。敵は強大……であるはず。敵の力が見極められていないのであれば、手札を惜しみなく切るしかない。勝つにしても負けるにしても、これが最後の戦いなのだ。


◇◇◇


 カムイたちがいる大陸西方中央にあるレーネ山から遠く離れた場所で、仕込んでいた策略の一つが動き出そうとしていた。

 大陸東方東部。ルースア帝国と東方諸国連合の国境が接する場所にあるこの城塞は、ルースア帝国側の防衛拠点だ。そこに黒の軍装に身を固めたおよそ三万の軍勢が迫っている。


「敵襲! 敵襲だっ!」


 敵の接近を告げる見張りの声が城塞内に響き渡る。その声を聞いて城塞内の騎士や兵士たちは一斉に迎撃態勢に移っていく。


「どこの国だ!?」


「軍旗は東方諸国のもの……いえ、それと……あれは確か……」


 城砦の指揮官に攻めてきた国を問われた見張りは、先の軍勢の間ではためく軍旗を見つめている。見えたのは東方諸国六国それぞれの軍旗だけではない。それ以外の旗も見えている。黒字に銀十字の旗だ。


「それと、何だ!?」


「……アッ、アーテンクロイツ共和国の軍旗です!」


「何だと!?」


 この場所はルースア帝国の東の外れ。大陸東方東部だ。大陸西方の国であるアーテンクロイツ共和国の軍旗、正確にはカムイ・クロイツの軍旗が存在することに指揮官は驚いている。


「敵が魔法を放ちました!」


 さらに敵の攻撃開始を告げる声が響く。


「こちらからも攻撃しろ! 急げ!」


 反撃を指示する指揮官。だが、その指揮官の命令は守られなかった。この地でずっと任務に就いていた彼は知らないのだ。大陸西方の戦いで使われている魔法、そしてそれを運用するノルトエンデの魔法士部隊の威力を。

 城塞を囲む壁、正しくはその壁を覆う防御魔法に着弾した敵魔法は破裂音を響かせて爆発した。その爆風が壁の上にいる兵士たちをなぎ倒す。


「なっ!? 何だ!?」


「第二波! 来ます!」


「伏せろ! 爆発に備えろ!」


 また同じように防御魔法によって直撃は防いでいるものの、その後の爆風が兵士たちに襲い掛かる。今回は来るのが分かって備えていたので、兵の被害はなかったが動揺は増すばかりだ。


「……あれが融合魔法なのか?」


 存在だけは指揮官も知っていた。


「どう致しますか!?」


「どうもこうもない! さっさと反撃しろ!」


「距離が遠くて届きません!」


「何!?」


 カムイ軍の魔法の強みは融合魔法ではない。その飛距離だ。飛距離が上だというだけで、敵の魔法が届かない距離から一方的に攻撃を行うことが出来る。魔法の応酬では城塞側に為す術がない。


「投石器だ! 投石器の準備を急げ!」


 魔法が届かないのであれば投石器。そう考えた指揮官は準備を急ぐように指示を出す。だがそれを待つカムイ軍ではない。飛距離だけが武器ではないのだ。


「たっ、竜巻ですっ!」


 城塞の前面に突如巻き起こった竜巻。それは勢いを増しながら城塞に近づいてくる。その竜巻が防御魔法に接した瞬間――ガラスが割れたような音が周囲に響いた。防御魔法が破壊された音だ。


「まっ、まさか!? 魔法なのか!?」


 戦場にいきなり竜巻が起こって城塞を襲った。そんな都合の良い、ルースア帝国にとっては都合の悪い、自然現象が起こるはずがない。そんなことは分かっている指揮官だが、あまりの威力に思わずこんな言葉が飛び出してしまった。


「敵魔法! 来ます!」


「盾を構えろ! ない者は伏せろ! 急げ!」


 防御魔法を失ったからには、次の魔法は城砦に直撃する。指揮官は懸命に個々で魔法を防ぐように指示を出した。

 それに従って動いた兵士たちだが、全く犠牲を出さないというわけにはいかない。爆風に飛ばされ城壁から落ちる者、爆風を身に受けて火に焼かれる者と犠牲者が出た。


「指揮官!?」


 このまま城壁の上にいては一方的に魔法でやられるだけ。それが分かっている騎士が指揮官に指示を仰いだ。


「盾を揃えろ! 敵の魔力切れを待つ!」


 指揮官の指示は待機だ。魔法の直撃、爆風も盾で防いで敵魔法士の魔力切れを待つというもの。無策のようにも聞こえるが、防御側の選択肢は限られている。敵は味方をはるかに凌ぐ大軍。その敵を相手に打って出ても勝ち目はない。

 そもそもこの城塞の役割は味方の援軍が来るまで、敵が国境を超えることを防ぐことにある。耐えることが任務なのだ。指揮官の判断は間違っていない。ただ戦う相手が悪すぎただけだ。


「敵騎馬隊! 突撃してきます!」


 見張りの兵が敵騎馬隊の接近を告げる。


「迎撃準備! 弓兵を前に出せ! 魔法士部隊も! 敵を近づけるな!」


 次は騎馬による突撃と見て弓と魔法での迎撃準備に入る。だが迎撃準備を整えたルースア帝国軍はまた驚かされることになる。城塞の壁に並ぶ弓兵、魔法士に向かってその敵騎馬隊から放たれた魔法が襲い掛かった。


「伏せろっ!」


 壁に隠れるルースア帝国軍。その耳に何発もの爆裂音が届く。それとともに感じる揺れ。それが何であるかは城塞内、城壁の下から聞こえてきた声が教えてくれた。


「門を破られた! 敵が突入してくるぞ!」


 爆裂音は城砦の門扉に向かって放たれた魔法によるもの。その攻撃によって門扉は吹き飛ばされてしまった。


「……こんなことが」


 この城塞は東方諸国連合による侵攻からルースア帝国を守る防衛の要。それがこれほど簡単に攻め込まれることなどあってはならないことだ。そのあってはならないことを目の当たりにして、指揮官は動揺してしまっている。

 だが指揮官が動揺しているからといって、敵は攻撃を待ってくれない。城塞内に侵入した敵騎馬隊が放つ魔法がルースア帝国軍の兵士を倒し、建物を破壊していく。


「迎え撃て! 敵は少数だ! 一人残らず討ち取れ!」


 下の方から聞こえてきた味方の声に我に返った指揮官。


「……敵騎馬隊を攻撃しろ! これ以上の勝手を許すな!」


 侵入してきた敵を壁の上から攻撃しようと、近くにいる兵士に指示を出す。だがこれも少し遅すぎた。


「敵だ! 討ち取れ!」


 すぐ近くから聞こえた声に指揮官が視線を向けると、その先には自分の背丈ほどもある巨大な剣を振り回している黒い軽鎧を身に着けた小柄な男と、その男に次々と討たれていく味方の姿があった。


「貴様!」


「……お前が一番偉い奴か?」


 瞬く間に周囲の味方を討ち取ってしまった男が指揮官に問い掛けてきた。指揮官は知らない。この小柄な男がカムイの四柱臣と呼ばれる中の一人であるルッツであることを。知っていたからといって、何かが変わるわけではないが。


「だとしたら何だ?」


「それ聞く必要あるか? 殺すに決まっているだろ?」


「貴様などに討たれる……」


 指揮官が言葉に出来たのはここまで。巨大な剣が一閃。それにわずかに遅れて、首が前に倒れ、城壁の上を転がった。


「緩い。口を動かす前に剣を抜けよ。さてと」


 ルッツは転がっている指揮官の首を掴むと、城壁の下からも見えるように高々と掲げた。


「大将はこのカムイ・クロイツが討ち取った! 降伏しろ!」


 カムイの名を騙ったのは敵を混乱させる為だ。ルースア帝国軍の兵士の動揺はさらに激しくなり、戦意を失って逃亡を図る者も少なくなかった。背中を向けた兵士に襲い掛かる魔法。それが混乱に拍車をかけていく。


「……マリア、張り切り過ぎ。全員倒したら、相手に伝わらないだろ」


 地上での戦いを見て、呆れた様子でルッツは呟く。ルースア帝国側の戦意が喪失したことで、ほとんど戦闘は一方的なものに変わっている。東方諸国連合の勝利は間違いない。


「ミカ。悪いけどマリアに攻撃止めるように伝えてもらえる?」


「はい」


 ルッツの声に黒装束を着た女性が答える。ミトの配下、諜報部隊の一人だ。


「ああ、それと工作ご苦労さん。おかげで楽に落とせた」


「ありがとうございます。では行ってまいります」


 こう言うとミカは八レートはあろうかという城壁を飛び降りて、マリアの下に向かっていった。


「……怖くないのかな?」


 恐る恐る下を覗いてルッツは呟く。ここまで上ってきたものの、あまり高い場所は得意ではないのだ。

 反対側からは後方に控えていた東方諸国連合の本隊が近づいてくる様子が見える。戦いの決着の時だ。

 ――城塞を落とした東方諸国連合軍三万は、この後、国境を越えてルースア帝国領内に雪崩れ込んでいく。東方諸国連合の参戦により、戦乱は大陸東方にも拡がることとなった。

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