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魔王の器  作者: 月野文人
第四章 大陸大乱編
185/218

共和国解散!?

 神族という存在はあまり世の中の人族には知られていない。レナトゥス神教会の教えにおいては神族という呼称は使われず、神の御使いや天の御使い、もしくは天使と呼ばれており、人族を含む他の種族とは別格の存在として扱われているからだ。

 まして神族が他の種族の前に現れることはまずない。

 エルフ族やドワーフ族のように隠れ住んでいるというのではない。地上に住んでいないのだ。神族のいる場所は天。神が住まう場所といわれている天だ。

 では全くいないのかとなると、それも少し異なる。元は神族でありながら、地に落ちて暮らしている者たちがいる。

 それが魔族だ。魔族のほとんどは天に住んでいた神族が地に落ちて、実体化した者たちだった。

 当然、こんな話を知る人族は極々限られた者しかいない。いや、これまで一人しかいなかった。カムイだ。

 カムイはこの真実を会議に参加している者たちに告げた。


「……魔族が元神族であるとなると、それは、その……つまり?」


 カムイの話を聞いて動揺を見せているマティアスだが、自分の役目は忘れていないようで、真っ先に問いを発してきた。


「もし、敵が神であるならば、協力してくれる魔族はいないだろうな」


「敵に回ることは?」


「あるかもしれない」


「そんな……」


 これまで味方であった魔族が敵に回る。その様な事態になればアーテンクロイツ連邦共和国の戦力は大いに低下する。それ以前に連邦共和国そのものが崩壊することになる。


「変わらず味方でいてくれるかもしれない」


「……どちらなのですか?」


「分からない。そもそも、まだ敵が神であるとは決まっていない」


「……しかし、陛下がそう考えられる根拠はあるのですね?」


 これだけ重大なことを根拠もなく話すカムイではない。今この場で話すからには、話さなければいけない理由もあるからだ。


「陛下って……」


「事は連邦共和国の問題ではなく、我ら……とにかく、カムイ様に仕える我らの問題ですので陛下は陛下です」


 アーテンクロイツ連邦共和国はいくつかの種族や部族の国の集合体。その中で正式に人族の国といえるのはシュッツアルテン王国だけだ。ではカムイたちはどこの国の所属なのかとなると、共和国の所属となる。


「いや、国もないのに陛下は変だろ?」


 連邦共和国の話ではないとなると、カムイたち個々人のこととなる。陛下と呼ぶのは確かにおかしくはある。だがこれは、今議論することはでない。


「今はそのようなことに拘っている場合ではありません!」


「あっ、はい……ごめんなさい」


 温厚なマティアスを怒鳴らせることになった。


「……それで根拠は?」


「根拠はルースア帝国が選定した勇者は普通ではないということ。今は……五人か。元々神教会が行っていた儀式では、五人も立て続けに選定出来るはずがない」


「やはり、そうなのですか」


 ルースア帝国は勇者を短期間で五人、最終的には八人も選定しようとしている。これが出来るのであれば、これまでも複数人の勇者を選定しているはずだ。

 出来ないから、勇者一人では心許なくて、戦力を補完する為に強者を選んで同行させてきたのだ。


「護民会のモディアーニ会長に色々調べてもらってようやく分かったことが幾つかある。まず勇者選定の儀式を行えるかどうかは月や星の配置が関係するらしい」


「配置ですか?」


「どんな配置かは聞くな。それが分かる者は護民会にはいなかった。この世の中に分かる者がまだいるかも分からない」


「しかし帝国は儀式を行いました」


「それはまた別だけど、帝国の儀式にも知っていたはずの一人はかかわっていた。レナティス神教会の始祖の血を引く者だ。その者たちは何代も秘儀を受け継いでいて、星詠みと呼ばれていたそうだ」


 神教会の始祖の子孫は、星の配置を読むというだけの仕事を代々受け継いできた。世襲の教皇として教会内で権力を握ることなく。


「その者が帝国に協力したというわけですか」


「協力はしたかもしれないが、それでもおかしい。月と星の配置は日々変わっていくらしい。だから選定の儀は配置が大きく崩れない間の数日しか行えない」


 帝国の勇者選定は数か月を空けて行われている。これはカムイが聞いた儀式の条件に当て嵌まっていない。


「……短期間でまた同じ配置になるということはないのですか?」


「それは分からない。もしかしたらあるのかもしれないが、過去の記録で、短い間に勇者が選定された事実はなかった。まあ、記録に残っている限りだから絶対とは言えない」


「……期間がどうこう以前に、五人の勇者というのが異常ですか」


 たとえ数日しか出来なくても、その間に複数人を同時に選定出来るのであれば、神教会は過去に行っているはずだ。


「その通り。これは、はっきりとした情報ではないが、選定の儀式とは生贄を捧げることで、無理やり神の使いを地上に降ろすものと言われている」


「強引にですか?」


「そう。神族は本来、地に存在出来る性質ではない。それを強引に、短い期間だけど、地に降ろして加護を求めるのが勇者選定の儀式だそうだ」


「……魔族は?」


 魔族は元神族が地に落ちて暮らしている者たちと、先ほどカムイの口から聞いたばかりだ。


「魔族は地に落ちる時に、実体化と共に、神族としての本来の力をかなり失っている」


「……魔族で」


 その本来の力を失っている魔族でも人族に比べると、個々の力はかなり上なのだ。神族という存在の力はマティアスには想像出来なかった。


「だから本来の力じゃないって言ってる。神族は全ての力を地に持ってこれない。持ってこれる程度に力を落として魔族となるか、もしくは人族の中に力を移すか。後者が加護というやつだ」


「だから勇者は強くなるということですか」


 神族の力を分け与えられているのだ。魔族との混血によって人族が力を得るのと同じことを、もっと直截的に実現しているのだ。但し混血と違って、その力は一時的、一代のものとなる。


「ここからは俺の仮説だ。帝国の勇者は実はこれに当て嵌まっていないのじゃないかと考えている」


「それは何故ですか?」


「力を分け与えられただけであれば、人格は元のままだ。だが帝国の勇者は、勇者となってから性格が極端に変わっている可能性が高い」


「そうなのですか?」


「ああ。それはこっちで調べた。といっても全員を調べたわけじゃあねぇけどな」


 マティアスの問いにはアルトが答えた。帝国の勇者の素性をずっと調べていたのだ。


「そもそも、勇者とは何者なのだ?」


「素性は様々だ。分かっているのは、都市国家連合の傭兵、元神教会の騎士、元北方伯家の騎士なんてのもいた」


「バラバラなのか」


 アルトの語った素性は簡単なものだが、それだけでも充分に共通点はないと判断出来るものだ。


「剣術大会の勝敗には特別な意味はねえな。強い奴らが勝ち残ったってだけだ。誰でも良いってわけじゃねえみたいだな。元々強ければそれだけ強くなるのか、加護を与えるにはある程度の強さが必要なのかは分からねえが」


「そういえばニコラスも誘われたのだったな。そうなるとニコラスは一番強くなれたのかな?」


 剣術大会の優勝者はニコラスだ。アルトの言う通りであれば、ニコラスがもっとも強者になりえたことになる。


「い、いえ、そんな……」


 マティアスの言葉にニコラスは恐縮してみせている。加護を受けなくても、かなりの強者になっているニコラスだが、性格の方は変わらない。


「おまけに、その大人しい性格も変わったかもしれねぇな。まあ、それが良いこととは思えねぇけどな」


「性格か……」


「そう。神教会にいた奴と北方伯家の騎士だった奴は、それなりの実力者ってことから、知っている奴を見つけられた。神教会の騎士は剣はなかなかだが大人しい性格だったそうだ。ニコラスに似てるのか」


 共和国には元神教会の騎士は大勢いる。ヴェドエルなどは元教会騎士団のトップだ。有力騎士については、きちんと把握していた。


「それが?」


「探ってみた感じ、人を見下すような態度をみせるようになっている。勇者になって驕ったってことかもしれねぇが、別の可能性も考えている」


「別の可能性とは何だ?」


「この表現が合っているかは分からねぇが、体を乗っ取られているんじゃねぇかって可能性だ」


「何だって!?」


 他人の体を乗っ取るなんて話はマティアスは聞いたことがない。それはこの場にいる全員がそうだ。話しているアルトも、カムイでさえ同じ。これはあくまでも仮説なのだ。


「神族が地上に留まっている為には体が必要なんじゃねぇかと考えた。魔族のように自身を実体化しなくても、人の体の中に入り込んじまえば平気なんじゃねぇかって」


「……しかし、そんなことが出来るなら」


「そう、カムイの中に入れば良い。そこでまた仮説が生まれる。それをしねぇのは出来ねぇ理由があるから。神族は自由に地に降りてこれない。儀式が必要なんじゃねぇかって仮説だ」


「しかし、その儀式は」


 ここで話が戻ってしまう。その儀式は頻繁には行えないはずのものなのだ。


「無理やり落とすことは頻繁に出来なくても、自ら落ちようという意思があれば、月や星の配置なんて関係ないのかもしれない」


 マティアスの疑問には、最初に話をしていたカムイが答えた。


「……あくまでも可能性ですね?」


「その通り。これが真実かどうかは、本人たちに聞くしかない。聞くためには、倒すしかない」


「勇者をですか……」


「そう。恐らくはこれまで知られている勇者より、遥かに強い勇者を」


 仮説が真実であれば、分け与えるなんてものではなく、詰め込めるだけの力を詰め込んだ勇者のはずだ。


「しかも五人、いや、最終的には七人ですか」


「いや。クラウディアが気になることを言っていた」


「彼女は何と?」


「もうすぐ凄い力を手に入れるそうだ。つまりクラウディアも勇者になる」


「……今初めて、暗殺を肯定する気持ちになれました」


 ヒルデガンド同様に真っ当な考えをするはずのマティアスも、さすがにこの事態には、こんな考えを生んでしまう。


「残念。今の俺にその気はない」


「分かっております。しかし、八人の強力な勇者と魔族の支援なしに戦うなんて気に良くなれましたね?」


 普通に考えれば勝ち目はないと思ってしまう。この勝ち目のない戦いに何故、カムイが乗り出す気になったのか。それともすでに勝ち目を見つけているのかがマティアスは気になる。


「奴らの戦い方だ」


「戦い方ですか?」


「そう。奴らは味方を殺すことを何とも思っていない。それどころか必要以上に犠牲を増やすような戦いをしている。何故そんな戦いをする?」


「確実に勝つために……ではないのですか?」


 カムイたちも恐らくは勝つ為には平気で味方を犠牲にする。カムイたちが守るのは仲間であって、味方は利用する為の存在なのだ。


「俺たちだったらな。でも、相手は神の使いだ。神は人族を守る為に魔族を遣わした。その神がどうして人族を殺すような真似を許す?」


「……分かりません」


 信心深いというわけではないが、それでも真面目なマティアスは神の考えを推察することに抵抗を覚えてしまう。たいして考えることなく、分からないと口にした。


「俺も分からない。でも何かが違うと思う。その何かを知らないままに、好き勝手やられるのは気に入らない」


「神の御業だとしてもですか?」


「だったら尚更だ。神が人族を殺すことを何とも思わないのだとしたら、それはこの世界の終わりだ。かつて人間が神の怒りに触れて絶滅寸前に陥ったように、人族も、もしかしたら地に生きる全ての人たちが滅ぼされるのかもしれない」


「…………」


 この場にいる者たちは全員が、真の創世記を知っている。人間の驕りが神の怒りを呼び、その結果、世界がどうなったのか。実際にはどうなったのかなど分からない。分かるのは、想像も出来ないほどの惨劇が世界を襲ったということだ。


「さて、これまで話した仮説が事実だとすれば、今のところ勝ち目は見つからない。一緒に戦えというのは死ねと言うのと同じだ。だから、強制はしない」


「陛下!?」


「だから陛下じゃないって。統率者としての魔族との関係は解消する。アーテンクロイツ連邦共和国も解散だ。全ての人が自分の意思で行動する自由を与える」


 魔族の統率者としての立場、そしてアーテンクロイツ連邦共和国の解散は魔族を自由にするためのものだ。魔族が神と契約の間で葛藤することのないように、あらかじめ解放しようとカムイは考えている。


「だから、お前らも自由にしろ。これは無謀な戦いだ。避けることは恥ではない。生き残ることを選ぶことも勇気だと俺は思う」


「……その勇者に勝てれば、僕はカムイ様に追いつけますか?」


 一番最初に口を開いたのはニコラスだった。自分が最初に意思を示さなければならないとニコラスは分かっているのだ。


「……勇者だからな。俺と同じで、魔王とでも呼ばれるんじゃないか?」


「魔王ですか。それは強そうですね。では僕はその称号を手に入れることにします」


「……本当に良いのか? 避けることも勇気だと俺は言った」


「一人残っても意味がありません。不戦勝で世界一になっても何の価値もありません」


 ニコラスは分かっている。この場には戦いから逃げる者など一人もいないことを。


「口の方が先に立派になったな。俺はまだお前に負けるつもりはない。お前だけではない。俺は誰にも負けないと誓ったのだ」


 ニコラスに続いたのはラングだ。ラングが強者との戦いを避けるはずがない。このラングの気持ちを聞く前に、ニコラスは自分の決意を伝える必要があったのだ。決して、他の者に流されての決意だと思わせない為に。


「つまり、これはようやく私たちも死ねと言って貰えたということでしょうか?」


 さらにマティアスが続く。カムイはアルトやルッツたちは平気で死地に送り込む。同じ臣下であっても、四人との差を感じていたのだ。


「……そうなるのか?」


「そうなると私は受け取ります。そうであれば、その信頼には意地でも応えなければなりません」


 カムイの本当に意味での信頼を手にする機会は今。その最後かもしれない機会を手放すつもりはマティアスにはない。


「もとより我らは死に場所を求めて、カムイ様に仕えております」


 ヴェドエルがここで口を開いてきた。元神教騎士は皆、死に場所を求めている。自分たちが犯した罪を償う為に、ノルトエンデの為に働いているのだ。


「相手は神、そうでなくても神族だ。それでも良いのか?」


「神教会は過ちを犯し、それをカムイ様に正して頂きました。今、神が、神族が過ちを犯そうというのであれば、我らはそれを正す為に死にましょう」


「……そうか。分かった」


 神の過ちを正すなど、神教会騎士の言葉ではない。ヴェドエルは教会など関係なく、己の信念の為に戦おうとしているのだとカムイは理解した。


「ケイネル。お前は自分の役目を忘れるな」


 ケイネルが何かを言う前に、カムイの方から言葉を発した。ケイネルは戦いに向かう必要はないという意味だ。


「私は……」


「お前を信頼していないわけじゃない。その逆で信頼しているからこそ、お前はお前の主と共に確実に生き延びてもらいたい」


「生きて何を?」


「分からない。この戦いの先に何があるのか、俺も分かっているわけじゃないからな。でもお前なら、何が起きても必要なことが何かを考え、それを実行出来るはずだ」


「……分かった。任せてくれ」


 カムイの言葉には戦いの後に自分が生きているという前提がない。遺言でもあるような、この言葉を聞いては、ケイネルはそれが何であろうと受け取るしかない。


「他の騎士や兵士、文官たちにも今の話をそれぞれから伝えてくれ。この件は俺の口からは話さないほうが良いと思う」


「「「……はっ」」」


 カムイの口から話せば、ほとんどの部下は行動を共にすると言うはずだ。それをあえて避けるカムイの思いを全員が感じ取った。

 今考えている以上に困難な戦いが待っているに違いない。こう思いながら、それぞれ自分の部下のところに向かう為に会議室を出ていく。

 会議室に残ったのは、カムイとヒルデガンド、そしてテレーザの三人だけになった。


「……聞く必要はあるかな?」


「答える必要がありますか?」


 カムイの問いにヒルデガンドは穏やかな笑みを浮かべながら答えた。


「私はすでに二人に命を捧げているからな」


 それにテレーザも続く。


「そうだな。脱落者はなし。物好きな連中だ」


「分かっていたでしょう?」


「分かってはいた。それでも、実際にこうだと……あれだな」


 照れ笑いを浮かべているカムイ。去る者はいないと確認するまでもなく分かっていても、実際に皆の言葉を聞くと、心に響くものがあったのだ。


「守る者がいる強さは、守ってくれる者のいる強さでもあるのです。今のカムイは昔のカムイよりもずっと強い。私はこう思います」


「そうか。じゃあ、負けられないな」


「ええ。私たちは負けません」


「後は……彼女たちに話してもらえるか? ただ彼女たちには別の選択をして欲しい」


 カムイの身近にいる者全てが戦えるわけではない。ルシアやティアナといった戦う力を持たない女性たちもいる。


「カムイが説得した方が良いと思いますよ?」


「ヒルダやテレーザの言うことを聞かなければ俺が話す。ティアナはまだあれだけど、ルシアはちょっと説得する自信がない」


 カムイにとってルシアは妹のような存在。そのルシアに対して、変な甘さがあることをカムイは知っている。


「……彼女はもういい大人よ。ずっと子供扱いしようというのはカムイの我が儘ではないかしら?」


 ヒルデガンドは、ヒルデガンドだけでなく皆がルシアのカムイへの想いを知っている。子供の頃からのルシアの想いを。


「……そうだな」


「もう私たちには国はないのでしょう? そうであれば、ルシアの実家がどこであるかなんて言い訳にはならないわ」


 ルシアの実家は元東部辺境領シュトラッサー家。カムイが特定の辺境領主と結びつくのは問題あるというのが、ルシアを受け入れない建前上の理由だ。


「それって……」


 それを持ち出してくるヒルデガンドの意図を思って、カムイは戸惑っている。


「私たち二人のことは気にしないで。いえ、私たちの気持ちなど関係なく、カムイには彼女に対する責任があるわ」


「……そうか。そうだよな。やっぱり、ルシアには俺から話す」


「では話してください。私たちは席を外しますから」


「えっ?」


 テレーザと共に席を立って会議室を出ていくヒルデガンド。その二人と入れ違いにルシアが姿を現す。その表情は泣いているかのようだ。


「……えっと、あれだ」


「…………」


 いざ話すとなっても、何を話せば良いのかカムイは分からなくなっている。


「今度の戦いはかなり厳しい」


「……待っていますわ」


「いや、さすがに今度は駄目かもしれない」


「……待っていますわ」


「……生きて帰れないかもしれない」


「……それでも待っていますわ」


 ルシアの口から出てくるのは、待っているの言葉ばかり。そして、これがルシアの気持ちの全てだ。ずっと待ち続けていたのだ。


「ルシア……」


「ずっと待っていましたわ。だから、この先もずっと待っているなんて平気ですわ」


「……戻ってこれないかもしれないんだ」


「では、あの世でカムイ様と会える日が来るのを待ちますわ」


 真っすぐにカムイを見つめて、死ぬまで待ち続けると言うルシア。当たり前のことだが、ルシアはもう出会ったばかりの頃の少女ではない。

 改めて大人になったルシアを見て、カムイは胸に痛みを覚えた。

 その痛みは、ルシアの大切な時をただ待つだけで終わらせてしまったことへの後悔か、それともずっと自分を思い続けてくれたルシアへの愛おしさか、カムイには分からない。


「……じゃあ、待っていてくれるか? 俺が戻ってくるのを」


 これ以外の言葉をカムイは口に出せなくなった。


「それは……結婚の申し込みですわね!」


 ルシアの方にもこんな機会を持つことへの照れがあった。いつもの調子で答えてみせたのだが。


「ああ、その通りだ」


「えっ……?」


「俺の負け。ルシアはもう俺の妹じゃない。俺の奥さんになってくれ。三番目で良ければだけど……」


「……もちろん、もちろんですわ!」


 カムイに向かって飛び込んでくるルシア。その体を受け止めて、カムイは少し躊躇いながらも、優しく抱きしめる。

 そっと伸ばした片手はルシアの頭にのせられた。


「……もう子供じゃありませんわ」


「ああ、ごめん。可愛いから、つい」


「……か、可愛いって」


 カムイの言葉に頬を赤く染めるルシア。大人になってもルシアのこういう仕草は変わらない。二人が出会った時からずっと変わることがない。

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