貧民街焼失
ウエストミッドの城内にある会議室。その場所でオスカーはクラウディアと二人だけで向かい合っていた。余人を交えずに話をしたい。こう申し入れた結果だ。
オスカーが何を話したいのか薄々感じ取っているようで、クラウディアは気まずそうな様子で黙り込んだままだ。
「……勇者選定の儀式をご存じですか?」
そのクラウディアに、意を決してオスカーは勇者選定の儀式について尋ねた。これを聞くことはオスカーにとっても勇気が必要だった。
「……それはもちろん、知っているよ」
知らないとは言えない。すでにオスカーの前で自慢げに話をしているのだ。
「では……その儀式の中身がどのようなものかご存じですか?」
「それは……」
クラウディアが言葉に詰まる。これは知っていると白状しているのと同じだ。
「知っているのですね?」
「……レナトゥスくんに任せていたから」
オスカーの念押しに対して、今更ながらクラウディアは知らない振りをする。
「そのレナトゥスが……我が国の魔導士を勝手に生贄にしたと言うのですか?」
「それは……」
またクラウディアは何も話せなくなる。そんなことをレナトゥスが勝手に出来るはずがない。知らない振りなど通用しないことは、クラウディアでも分かる。
「どうして……?」
分かっていたことだった。それでも自分の臣下を平気で犠牲に出来るクラウディアを、オスカーは悲しく思った。その非情なクラウディアが、オスカーの主君なのだ。
「……勇者がいれば、世界は平和になるわ」
少し間が空いたところで、クラウディアの口から理由が述べられた。オスカーが全く納得出来ない理由だ。
「戦争が終わり、世界は平和になりました。それなのにどうして?」
「反乱が起きたわ。世界はまだまだ平和ではないの」
「しかし陛下は、反乱が起こる前から勇者選定の儀式を考えていた」
勇者となった者たちは、帝国主催の剣術大会で選ばれた。それはシドヴェスト王国が反乱を起こす前だ。
「そんなことない」
オスカーの根拠が分かっていないクラウディアは、恍けて見せるが。
「いえ、そうです。陛下は剣術大会の上位八人が勇者になる予定だったと言われた。それは連邦共和国のニコラスが辞退すると分かる前から考えていたということです」
「…………」
反論の余地がないオスカーの説明に黙るしかなくなってしまう。
「仮に反乱鎮圧の為であったとしても、シドヴェスト王国やオッペンハイム王国と戦うのに勇者が必要でしょうか?」
「……シドヴェスト王国には魔族がいるわ」
「アーテンクロイツ連邦共和国にもいます」
「だから……!」
これでもうオスカーには勇者選定の儀式を行った本当の理由が分かった。アーテンクロイツ連邦共和国と戦うためだ。これも分かっていたことで、裏付けが取れただけだ。
「アーテンクロイツ連邦共和国は、カムイは、帝国への臣従を決断しました。彼の目的は明らかです。異種族の共存、つまり平和であって、自身が覇権を握ることではありません」
帝国はカムイの野心を疑っている。だがオスカーはそうではない。カムイは権力に興味などなく、そのカムイが国を造り、王になったのは目的を果たす為に必要だったからだと考えている。
その目的が果たされようとしている今、カムイが戦いを求める理由はない。
「それは……」
オスカーの話を聞いたクラウディアは不満げだ。クラウディアはカムイの野心を疑っている。オスカーに反論出来る根拠はない。そうでないと自己の行動を正当化出来ないからだ。
「どうして、そのカムイを敵視するのですか? 勇者の存在を知ったカムイがどう思うか分からないのですか? 陛下は戦乱を求めているのですか!? 人の死を求めているのですか!?」
アーテンクロイツ連邦共和国との戦いは勝ったとしても凄惨なものになる。それはロイエ平原の戦いの結果が示してる。
勇者の戦いは味方の犠牲を必要としているのだ。それは選定の儀式と同じだ。
「…………」
オスカーの話がロイエ平原の戦いを指していると分かったクラウディアは、さすがに気まずくなったのか、オスカーの視線を避けるように下を向いて、黙り込んでしまった。
「陛下……どうか何が大切なのかをもう一度お考えください。この世界の為に必要な行動をお取りください」
オスカーがクラウディアに対して行う初めての諫言といえるもの。もっと早く、勇気を持って行っていればという思いが、オスカーの心に広がっていた。
「……ちゃんと考えているよ」
オスカーの言葉を受けて、クラウディアは俯いたまま呟いた。
「そこをもう一度。陛下は……」
「考えているよ!」
諫言を繰り返そうとするオスカーの言葉を遮って、クラウディアは大声をあげた。
「陛下?」
「オスカーさん、私はちゃんとこの世界のことを考えているの。その結果の行動なの」
力強い視線をオスカーに向けて、クラウディアは語りだした。先ほどまでのオドオドしていた様子は何だったのかと思うくらいの態度だ。
「カムイは間違っているの。異種族の共存? それはこの世界の理に反することだわ」
「……世界の理、ですか?」
クラウディアの口から世界の理なんて言葉が出てきて、オスカーは面食らっている。
「人族と魔族が共生すれば、魔族の純血は保たれなくなるわ。それで魔族はどうやって、自分たちの役割を果たそうというの? 人族に血が混じれば、それはもう魔族ではない。人族なのよ」
魔族の純血主義そのままの主張をクラウディアは行っている。事情を知っている者が聞いていれば、クラウディアの言葉は確かに世界のことを考えてると思うかもしれない。だが同時に、それが何故、クラウディアの口から出てくるのかを疑問に思うだろう。
「……陛下は何をしようとしているのですか?」
オスカーはクラウディアが何を語っているのか分からない。聞き様によっては、魔族の保護を訴えているようにも思えるクラウディアの発言を不思議に思う。オスカーはクラウディアが魔族を嫌っていることを知っているのだ。
「世界の秩序を守ること。これが私の役目だわ」
「それは……」
世界秩序。この大陸を統べるルースア帝国には確かにその役目がある。だがオスカーには、クラウディアは別のことを話しているように聞こえた。
もっと大きな、それこそクラウディアが言葉にした世界の理を守ることなのではないかと。
「魔族を滅ぼしてはいけないの。純血が失われるのは魔族を滅ぼすことだわ。これがカムイには分かっていない。いえ、分かっていてそれをやろうとしているのなら、やはりカムイは滅ぼさなければならないの」
「……それがカムイを敵視する理由なのですか?」
「ええ、そうよ。私はこの世界を守る為に、ここにいるの」
昔と変わることのないクラウディアの姿、聞き慣れたクラウディアの声。だが、これを語るクラウディアは、オスカーの知るクラウディアではなかった。
「……貴女は……何者ですか?」
聞くべきではないと強く感じていながらも、オスカーはこの問いを口に出した。触れてはいけないものに、触れようとしている感覚だ。
「……嫌だなあ、オスカーさん。それどんな冗談?」
その問いに答えたクラウディアは……クラウディアだった。
「何の話だっけ? そうそう……ごめんなさい」
何の話をしていたのか本気で考えた様子のクラウディア。それを思い出したらしいクラウディアの口から出たのは謝罪だった。
「……あの、陛下?」
「レナトゥスくんが手伝いが必要だっていうから。それで私、何も考えずに許可しちゃったの。それがまさか、あんなことになるなんて」
これは明らかに嘘だ。勇者選定の儀式は複数回行われている。それで分からなかったは通用しない。だが、オスカーが気になったのはこれよりも、クラウディアの話が最初の方に戻っていることだ。
「……それは」
何から聞けば良いのか、オスカーは分からなくなってしまう。言葉を詰まらせて考え込むオスカー。
「皇后陛下」
その思考を邪魔するかの様に、二人しかいないはずので部屋に第三者の声が響いた。
「……オクさん。どうしたの? 今は会議中だよ」
勇者の一人、オクが扉のところに立っていた。
「申し訳ございません。急ぎの事態が発生いたしましたので」
慇懃な態度。勇者たちがこういった態度を向けるのはクラウディアに対してだけだ。この事実に今更ながらオスカーは気が付いた。
「何があったの?」
「レナトゥスが殺められました」
「えっ!? レナトゥスくんが?」
驚くクラウディア。だが、クラウディア以上に動揺しているのはオスカーだ。こんなに早く事が知られるとはオスカーは思っていなかった。
「はい。姿が見えないので探したところ、他の死体と共に遺体安置所に置かれておりました」
「……儀式で?」
「いえ。腹を刺された上に首を落とされております」
「そう……」
「何者が為したものか……」
こんな台詞を口にしているが、オクの視線は真っ直ぐにオスカーをとらえている。
「じゃあ、もう儀式は出来ないね」
オクの視線に気付いているのかいないのか。クラウディアは勇者選定の儀式の話を始めた。
「いえ、儀式を行うことは可能でございます。勇者である我々にはその力がありますから」
「あっ、そうなの?」
儀式が続けられると知って、クラウディアは喜びを見せている。オスカーの諫言など全く頭に残っていないようだ。
「はい。儀式は続けられます。ただ儀式を行うのに必要な人員がおりません」
「それは……あれだね」
オクの言葉でクラウディアは思い出したようだ。実にわざとらしく、オスカーに視線を向けないようにしている。
「話は変わるのですが」
「えっ、変わるの?」
「はい。儀式とは関係ない話なのですが、ある情報を入手いたしました」
「それはどんな情報?」
「どうやらこの王都で非合法奴隷を抱えている者がいるようです」
「……非合法奴隷?」
オクが何故、この話を持ち出してきたのかクラウディアには分からない。
「はい。王都で違法行為を行う不届きものなど許してはおけません」
「そうだね」
「そこで非合法奴隷を保護する為に部隊を送りました」
「えっ?」
どれだけの規模かクラウディアには分からないが、オクは部隊を出動させた。このことをクラウディアが分かっていないのが問題だ。国王であるクラウディアの許可なく、オクは軍を動かしたのだ。
「緊急性が高いと判断いたしました。このような事実が明らかになれば、ディア王国はルースア帝国からどのような処分を受けるか分かりません」
「そ、そうだね」
ニコライ皇帝の勅命に逆らったと見なされれば、かなり重い罪になる。こう考えて、動揺するクラウディア。
ただオクの発言は少しおかしい。オクは帝国騎士だ。本来は非合法奴隷を放置していたディア王国を糾弾する側の立場のはずだ。
「何故、勝手に軍を動かした?」
クラウディアが納得しても、オスカーはそうではない。オスカーはディア王国の騎士団長という立場だ。勝手に配下を動かされて、黙っているわけにはいかない。
「今、報告している」
「部隊を動かす前に報告をするべきではないのか?」
オスカーの主張は正論だ。オクの行為はディア王国の側から見れば越権も越権。厳重に抗議するべきことだ。
「その時間がなかったのだ。秘密が漏れたのを察知して、逃げようとしているという報告もあった」
オスカーの抗議をオクは全く気にする様子はない。いくらオスカーが文句を言ってもそこまで。クラウディアが勇者である自分を処分することはないと分かっているのだ。
「……そんなことがどうしてわかる?」
「情報を入手したと言った。それに基づいて動いているだけだ」
「その情報源は信頼出来るのか?」
「信頼出来るもなにも、調べればすぐに裏は取れた。王都の貧民街には非合法奴隷がいる。有名な話らしいではないか」
「……まさか、貧民街に部隊を送ったのか?」
「そうだが?」
王都貧民街に何があるのか、実際のところはオスカーも分かっていない。だがカムイと何らかの繋がりがあることは、さすがに気付いていた。
孤児院にいたカムイと貧民街の住人に何らかの縁があることは予想がつく。さらに多くの魔族が歓楽街で働いていることは周知のことだ。怪しまない方がおかしい。
それを今まで放置していたのは、ある意味、オスカーの独断だ。
オスカーだけが気付いたわけではないのだが、いくら探っても繋がりの証拠は何も出てこなかった。残る手段は強制調査、軍を動かしての調査だが、それをオスカーは許可しなかった。
その王都貧民街にオクは部隊を送り込んだという。
「それでどうなった?」
「それはまだ分からん。出動はしたがまだ戻ってきていないからな」
「……すぐに戻せ」
「何だと?」
「すぐに部隊を戻せと言っている! いや、良い。俺が命じる!」
国王であるクラウディアは別として、ディア王国の最高指揮権者はオスカーだ。なにもオクを通じて命令を出す必要はない。そもそもオクには警備隊に命令する権限はない。
「馬鹿なことを言うな。非合法奴隷がいるのだぞ?」
「いるはずがない。その情報はデタラメだ」
貧民街がカムイと繋がりがあるのであれば、非合法奴隷が存在するはずがない。そして、オスカーは貧民街とカムイは繋がっていると確信している。
「そんなものは調べてみれば分かることだ。部隊を戻す必要はない」
「俺が戻せといっている! お前にディア王国軍に命令を下す権限はない!」
「だから陛下に了承を得に来た」
「陛下は了承していない!」
オスカーの言う通り、クラウディアは驚いたり、動揺したりはしているが、部隊の出動について具体的なことは何も口にしていない。
「するさ。私の説明を聞けばな」
「なんだと?」
「陛下。実は非合法奴隷の保護を急ぐのにはもう一つ理由がございます」
オクはクラウディアの方を向いて、説明を始めた。
「理由?」
「はい。非合法奴隷の中には魔力に優れた者も多い。恐らくは勇者選定の儀式を手伝ってもらえるのではないかと」
「……馬鹿な」
儀式を手伝う。これが言葉通りの意味でないことは、オスカーには分かっている。
「いかがでしょう?」
オスカーの呟きを無視して、オクはクラウディアに了承を求めた。
「……そうだね。手伝ってもらえると助かるね」
「陛下!?」
クラウディアが何を考えているのか、オスカーにはさっぱり分からない。先ほど熱を込めて語っていたことは魔族の保護。だが今はその魔族を生贄にすることを許可している。やっていることが支離滅裂だ。
「陛下の裁可は下りた。これで文句はないだろ?」
「……安易に貧民街に手を出して、ただで済むと思っているのか?」
「何を言っている? 街の悪党を恐れるなど、それでも貴様は騎士団長か?」
「……惚けているのか? それとも本当に分かっていないのか?」
オスカーはオクはカムイを挑発する為にわざと貧民街に手を出そうとしているのだと思っていた。だがオクの反応はそうではない様子を感じさせる。
「何のことだ?」
「貧民街は……」
オスカーが貧民街とカムイの関係を話そうとした、その時――衝撃音とともに床が大きく揺れた。
「なっ、何事だっ!?」
手遅れ、というべきなのだろうか。オスカーの懸念は、オスカーが思っていたのとは少し形を変えて、現実のものとなった。
◇◇◇
貧民街に捕らわれている非合法奴隷の保護。これを命じられたのは王都の治安維持を担当する警備隊だ。貧民街の非合法活動の取り締まりは、これが初めてではない。過去に数え切れないほど行われてきたことだ。ただここ何年かはずっと戦争状態にあったこともあり、大掛かりなそれは行われていなかった。
久しぶりの出動とあって警備隊長ははりきって、はいない。面倒な仕事はとっとと終わらせようくらいのつもりで、貧民街に乗り込んでいた。
何か所かを捜索して、ある程度の成果をあげればそれで終わり。任務は達成出来て、その上、後々貧民街から手心を加えた御礼が届くはずなのだ。そういう関係が警備隊と貧民街の間では出来上がっていた、はずだった。
「どういうことだ!? 何がどうなっている!?」
「襲撃です! 襲撃を受けました!」
「何だと!?」
建物に踏み込んだ部下が狼狽した様子で引き上げてきた。その中の何人かは怪我までしている。何が起こったのか驚いた警備隊長が、事情を尋ねた結果はこれだった。
「物陰に潜んでいた奴らにいきなり襲われました」
「どうして、そんなことに……?」
何人かの非合法奴隷を保護すればそれで引き上げる予定なのだ。それは相手も分かっているはず。そうであるのに、わざわざ事を大きくする意味が警備隊長には分からない。
「なっ!?」
悩んでいる余裕など警備隊長には許されていなかった。どこからか飛んできた矢が、警備隊長の肩に突き刺さった。
「隊長!」
「下がれ! 一旦、橋まで戻るんだ!」
飛んでくる矢はそれ一本ではなかった。通りの両側の建物から警備隊に向かって矢が降り注いでくる。それに驚いて、警備隊は慌てて貧民街の入口にある橋まで撤退し始める。
「援軍を呼べ! 貧民街の反乱だ!」
反乱。こんな言葉まで飛び出してきている。
ただこのお蔭で警備隊の面々からは完全に緩みが消えた。王都の治安維持が彼らの任務。それを乱す者とは断固として戦わなければならない。
橋を抜けたところで終結し、再突入の為に隊列を整え始めた。
――これがおよそ半刻前の出来事。今、貧民街は周囲から射かけられた火矢によって炎に包まれている。
貧民街への再突入を図ろうとした警備隊だが、それは建物から現れた貧民街のごろつき共によって押し返された。
まさかのことに焦る警備隊。相手は訓練など受けたことのない戦いの素人、のはず。それに押されるなどあってはならないことだった。
さらに貧民街から後退した警備隊に向かって、沢山の矢が放たれる。警備隊の怪我人は増すばかりだった。
援軍がきても、その状況は変わらない。貧民街の入口は深い水堀に掛かっている一本の橋だけ。いくら人数がいても一度に渡れる数は限られている。数の利を活かせない。
どうにもならない状況に苛立った警備隊が採った手段は、同じように矢で攻撃するというもの。それも火矢による攻撃だ。
入り口が一つであれば出口も一つ。焼け出された貧民街の住人が逃げてくるところを橋の反対側で待ち構えていれば良い。
相手は貧民街に住む不法者、そして周囲は水堀に囲まれていて火が広がる心配はない。なかなか良い案だと警備隊長は思ったのだが。
「……どうして誰も出てこない?」
貧民街からは誰一人逃げてこなかった。
すでに火は貧民街全体に燃え広がっている。さすがに、やり過ぎたかと警備隊長は心配になっているほどだ。
その状況で何故、誰も逃げてこないのか。警備隊長には理由がさっぱり分からなかった。
「……あっ、来ました!」
警備隊員の一人が声を上げた。
その言葉の通り、橋の向こう側には燃え盛る炎を背にした何人かの人影が見えている。背後の炎の勢いが強すぎて輪郭しか見えていないが。
「そのままでは死ぬだけだ! 大人しく投降しろ!」
その人影に向かって、投降を呼びかける警備隊員。
「……くっ、くっ、くっ。はあっはっはっはっ!」
返ってきたのは笑い声だった。
「いやあ、相変わらずだよね!? 勇者なんて出てきてちょっと脅威になったかなと思っていたけど! 頭の方はお馬鹿なままだ!」
炎を背負った黒い影。その影が嬉しそうに話している。
「攻めてきたのはそっち! ねえ、これで良いよね!?」
「……何を言っている!?」
「これは正当防衛ってこと! 正当防衛って知ってる!?」
「訳の分からないことを言っていないで、さっさとこっちに来い! 焼け死ぬぞ!」
正当防衛という言葉の意味を警護隊員は知らなかった。
「焼け死ぬのはそっちだ。やれ」
そして、この言葉が届くこともない。
貧民街のあちこちから炎の玉が現れ、警護隊に襲い掛かる。それの直撃を食らった何人かの体が燃え上がった。
「なっ!? ま、魔法!?」
「さ、下がれ!」
「魔法だ! 逃げろ!」
まさかの魔法攻撃に警護隊は大混乱。我先にとその場から離れていく。
「……さて、これでどうなるかな? 本拠地を放棄するんだから、期待に応えてよ」
「ダーク様、そろそろ」
独り言を呟くダークに部下が声を掛けていた。
「ああ、そうだね。これで本当に焼け死んだらただの馬鹿だ」
「では行きましょう」
「そうだ。生まれ故郷を去るのだから最後に記念を残しておこう」
「記念ですか?」
「あの城。少し形変えられる? 今の形はもう見飽きたし」
さらりととんでもないことを言い出すダーク。
「……力を合わせれば少しは」
それに笑みを浮かべて部下は答えた。
「じゃあ、お願い。それが終わったら、逃げよう」
「分かりました」
ウエストミッドの城が魔法による攻撃を受けたのはこのすぐ後だ。
人的被害はなく、尖塔の先が崩れたくらい。被害としては軽微といえる。だが、シュッツアルテン皇国時代から、この城が攻撃を受けたのは初めてのこと。この事実は王都の住民に深い衝撃を与えることになった。
事件後、貧民街の焼け跡からは一つの遺体も見つからなかった。貧民街から逃げ出した目撃情報もなし。貧民街の住人全員が、何の痕跡も残すことなくウエストミッドから消え去っていた。




