後始末
ロイエ平原の戦いの結果が、ただちに各国の動向に影響を与えるということはなかった。シドヴェスト王国連合とディア王国がそれぞれ自軍の勝ちを主張している為に、各国には状況を見極める時間が必要だったのだ。そもそもシドヴェスト王国連合とオッペンハイム王国の反乱はまだ前哨戦に過ぎない。ルースア帝国本隊が参戦していない今は、判断を下すには早すぎるのだ。
ただ、この各国が動きを見せないという状況は、反乱側にとっては大きな誤算だ。大陸西方全体に反乱の火を広めることがディーフリートの戦略であり、反乱を成功させる為には絶対に必要なことだった。
このまま膠着状態が続けば、帝国本国からの増援が到着し、反乱側は数の上で不利になる一方だ。ディーフリートとしては黙って見ていられる状況ではない。
ロイエ平原の戦いからグラーツ王国王都攻略戦へと戻ったディーフリートは事態の打開の為に動いていた。表には見えない密やかな動きだ。
グラーツ王国との戦いの指揮はカルロスに任せて、ディーフリートは天幕に籠りっきりで、打ち合わせを続けている。
「シュッツアルテン王国は動かないのか?」
「テーレイズ王が首を縦に振らない」
ディーフリートの問いに答えたのはシドヴェスト王国連合の諜報部門の男、魔族だ。
シドヴェスト王国連合に組したのはライアン族だけではない。ライアン族の様にカムイに従っていなかった別の部族もいくつか参加している。その中の一つ、サーキパス族は戦闘力は劣るが隠密性に優れていた。それを知ったディーフリートが諜報の役目を任せたのだ。
「テーレイズが承諾しないのは初めから分かっているよ。働きかけているのは臣下だ。ディア王国から流れた者たちは、旧皇都を奪いたくてしかたがないはずだ」
ディーフリートが働きかけを強めているのは、ルースア帝国への臣従に、シュッツアルテン皇国の名を捨てることに納得出来なくて、シュッツアルテン王国に移った者たちだ。旧皇国領の回復、あわよくば皇国の復活までを望んでいるのは間違いない。
「それについては何人かは完全に乗り気になっている。その何人かの説得にテーレイズ王は応じない」
「下から突き上げても駄目だというのか。簡単に折れるとは思っていなかったけど」
皇国旧臣を利用して、シュッツアルテン王国を動かそうというディーフリートの計画は上手く進んでいない。だからといって諦めるわけにはいかない。
「イーゼンベルク家はどうかな?」
元東方伯家。これもディーフリートが動かそうとしている勢力の一つだ。
「まずは頼まれていた件だ。北と南の間に、ほとんど接触はない」
「……未だに?」
魔族の報告はディーフリートには意外だった。イーゼンベルク家は旧皇国への忠誠を貫こうという元東方伯と、カムイに従おうという、息子であるサミュエルの二つの勢力に分かれたが、帝国が成立した時点で元に戻ったものとディーフリートは考えていた。
「公にはしていないようだが、北は連邦共和国に所属しているも同じだ。ノルトエンデとの間で盛んに人が行き来している。北と南はもう別の国だな」
「完全に共和国に組していたのか……では動きは?」
「北についてはない」
「だろうね」
そのような状況であれば独断で動くはずがない。旧東方伯家の北半分は連邦共和国が動かないかぎり、反乱に参加することはないと分かった。
「南もないがな。テーレイズ王と同じだ。イーゼンベルク家の当主に動く様子はない」
元東方伯マクシミリアン・イーゼンベルクは、今回の反乱だけでなく、ルースア帝国の成立の時点から沈黙を守っている。ディア王国から独立するわけでもなく、忠誠を向けている姿勢を見せることもなく。
「……それでは困るんだよね。イーゼンベルク家を動かすことで、シュッツアルテン王国を動かすか、シュッツアルテン王国が動けば、イーゼンベルク家も動くか」
鶏が先が卵が先かではないが、答えの出ない問いをディーフリートは口にしている。この答えを見つけるには、最低でもマクシミリアンの気持ちを確かめなければ無理だ。
イーゼンベルク家がディア王国から独立しない理由。この真意を知らなければ、イーゼンベルク家の動きは予想出来ない。
「いくら考えても、結局はカムイに戻るわけだ」
ディーフリートも分かっている。カムイの、アーテンクロイツ連邦共和国の動きが、全てを決めるといっても過言ではないことを。
「カムイ・クロイツは帝都に閉じ込められたままだ。動く気はないのではないか?」
「動く気になれば、帝都からなんて簡単に抜け出せるはずさ」
「それをしないのだから、やはり動く気はないのだ」
魔族の言う通りだ。カムイには動く気はない。そして、これもディーフリートは分かっている。
「……それでは困る。何とかして動く気にさせないと。どうすれば良いと思う?」
「私に聞かれても分からん」
「魔族の考えを聞きたい。何が起こればカムイは動く?」
「あの者は魔族ではない」
この魔族の男、サーキパス族もカムイを魔族の統率者として認めていない。だからこそ、この場にいるのだ。
「そうだとしてもカムイは魔族としての約束事を守ろうとしている。魔族の考えを聞くことは役に立つ。魔族はどういう時に、全てを捨てても戦いに挑むのかな?」
「……家族に危険が迫った時」
男の答えは魔族だから特別というものではなかった。
「それはそうだろうね。他には?」
そう思って、ディーフリートは他の答えを求めたのだが。
「お前の問いは、どの様な場合にカムイ・クロイツが帝国と戦うかではないのか?」
「そうだけど」
「では他にはない。あえて挙げれば、相手が重大な契約違反を行った時だが、契約が解除されるからといって敵対するとは限らない」
さきの男の答えは当たり前のことを答えたのではなく、きちんとディーフリートの意向に沿ったものだった。
「契約……カムイの帝国への臣従は契約だと言うのかい?」
「契約以外の何だ? 相手の要求に対して、それを受け入れる条件を提示し、相手はそれを受け入れた。どう聞いても契約だと思うが?」
「……そうか」
男の言う通りだとディーフリートは納得した。そうであれば、その契約が破棄となる方法を考えれば良い。
「カムイの家族……ヒルデガンドか。ノルトエンデを帝国が攻める可能性は少ないね。テレーザもそうだとしても、確かカムイと一緒だったね。城内で……はないか」
ディーフリートの考えは危険な方向に進んでいる。だが、それを止めるであろうカルロスはこの場にいない。
「それは人族の考えだ。魔族にとって家族の範囲はもっと広い。分かりやすく言えば、部族全てが家族だ」
「身近な者たちもとなると……アルトたちもかな? でも彼らも恐らくノルトエンデにいる。他にいるとなると……いや、まずは契約を破棄にするところからか……」
ルースア帝国とアーテンクロイツ連邦共和国との契約関係を壊す方法をディーフリートは真剣に考え始めた。
自分がどれほど危険なことを考えているか、ディーフリートは分かっていない。これがディーフリートの甘さであり、カムイたちを理解していないところだ。
◇◇◇
ディア王国の王都ウエストミッドでは、ロイエ平原の戦いについての検証が行われていた。検証としているのは、皇后であるクラウディアに遠慮してのことであって、事態は査問だ。独断で軍を動かした上に、多数の犠牲者を出した。何事もなく済まされることではない。
査問官の役目は、帝国軍のボンダレフ将軍とその部下数人が務めている。ニコライ皇帝率いる帝国本国軍から、一部の部隊と共にウエストミッドにやってきたのだ。
「一万の軍勢で出撃し、およそ半数を失った。この事実に間違いはありませんな?」
「……う、うん」
厳しい表情で問い質すボンダレフ将軍に、怯えた様子でクラウディアは答えた。
「半数とは……惨敗ではありませんか」
死傷率どころか死者率五割だ。これほど犠牲を出した負け戦をボンダレフ将軍は聞いたことがない。勝手に軍を動かした点も含めれば、処分としてはかなり重いものになる。
「でも……皆は勝ったって……」
「半分の軍勢を失って、何が勝ちですか? 確かに巷では帝国の勝利となっておりますが、それは情報操作によるものです」
ウエストミッドだけでなく、周辺国にもディア王国の勝ちだと広めている。惨敗したと知られて、反乱に同調されるのを防ぐためだ。
「でも……実際に勝ちだって……」
「敗北を認めたくないお気持ちは分かりますが……」
「それについては私から説明しよう」
横から割り込んできたのは勇者の一人ケヴィン・オクだ。
「……罪を問われているのはお前もだ。帝国騎士の身でありながら、陛下の命もなく、無断で出撃するとは」
「皇后陛下の命に従ったまで。非難される覚えはない」
「何だと?」
ボンダレフ将軍からしてみれば、帝国騎士であるオクは部下だ。不遜な態度に怒りを覚えている。
「それよりも戦いの勝敗についてだ。我らは勝った。これは揺るぎない事実だ」
オクはボンダレフ将軍の怒気を気にすることなく話を進めようとしている。
「そのような強弁が通用すると思っているのか!?」
当然、その態度はボンダレフ将軍の怒りを助長することになった。
「強弁とは失礼な。私は事実を述べているだけだ」
「五千もの兵を失った。それでどうして勝ったと言える?」
「敵にそれ以上の損害を与えたからだ」
「何だと?」
「敵の魔族はおよそ千。そのほとんどは討ち果たした。魔族千を倒すのに人族の兵が五千。悪くない戦果だと思うが?」
「それは……」
オクの言う戦果が妥当であるか、ボンダレフ将軍には判断出来ない。ボンダレフ将軍は魔族の部隊と戦ったことがないのだ。その強さを知らない。
「では連邦共和国の魔族部隊はどれだけの数がいる?」
「……はっきりとは分かっておらん。確認出来ているだけであれば三千だが」
「では、その魔族部隊を殲滅するのに必要な兵士は一万五千だ。以前、魔王と呼ばれた魔族とシュッツアルテン皇国は戦争をしたことがあるはずだな。その時、どれほどの軍勢を動員した?」
オクは旧皇国が魔王、カムイの父親と戦った時のことを尋ねた。今回と比較させるつもりだ。
「ルースア王国の騎士であった自分には正確な数字は分からん。だが、六万かそれ以上ではなかったか」
「それでも勝てなかった。それに比べて今回の戦果はどうかな?」
「……確かに」
厳密にいえばノルトエンデに攻め込むのと、今回のような平原で戦うのとでは比較にはならない。だが、一万五千の動員で共和国の魔族部隊と戦えるという計算はボンダレフ将軍にとって驚くべきことだ。十万を遥かに超える軍勢がいながら共和国との戦いに尻込みしていたルースア帝国軍なのだ。
「もっと言えば、他の三将も神の加護を得られればもっと楽に戦える。アーテンクロイツ連邦共和国など恐れるに足りん」
「……勇者にはそこまでの力が」
ボンダレフ将軍は勇者に対して懐疑的だった。これはルースア帝国の他の将軍、そしてニコライ皇帝も同じだ。これまで教会が選定してきた勇者の愚かさを帝国は知っているのだ。その愚かな勇者の一人によって、将来を嘱望された自国の王太子が殺されたことを恨んでもいる。
「これまでの勇者もどきと同じにしないでもらいたい。我らは神に選ばれて、その上で加護を受けている。これまでの勇者がお情けで与えられていた加護とは違う」
「……そうか。その残りの者に加護が与えられるのはいつだ?」
ボンダレフ将軍の勇者に対する考えはすでに変わっている。この勇者たちに力があれば、アーテンクロイツ連邦共和国を恐れる必要などなく、本当の意味でルースア帝国は大陸の覇者になれる。こんな思いが心の中に広がっている。
「今日も一人が儀式を行っている」
「そうか! では残りは?」
「それは……準備がなかなか整わないようでな。残りの将の儀式の日取りはまだ決まっていない」
「急がせるのだ。必要なものがあれば言え。こちらでも協力する」
「そうか……それは準備をしている者に聞いてみよう」
「なるべく早くに頼む。自分は急いで陛下のところに戻って、軍を進めてもらうように進言する。六万の軍勢が西方にくれば、それでもう西方制覇には充分であろう」
ボンダレフ将軍の中で目的が、反乱の鎮圧から大陸西方全体の力による制圧に変わってしまっている。
「……充分だ。我ら勇者が率いるのであればな」
「そうか。その力強い言葉、陛下もお喜びになるであろう。ますます急いで陛下の下に戻らなくてはだな」
オクの言葉は受け取りようによっては、ボンダレフ将軍を含む勇者以外の将は不要だと言っているように聞こえるのだが、それに気づいていないようだ。
「では準備をするが良い。儀式に必要なものがあれば、すぐに伝えよう」
「そうだな。では一旦帰還することにしよう。今回の件の処分についても陛下のご裁可を仰がねばならんからな。まあ、これについては不要だと思うが」
元々の役目が査問であったことは、一応は忘れていなかったが、これでは忘れているのと同じだ。処分を課すなどボンダレフ将軍は全く考えていない。
ご機嫌な様子で、会議という名目の査問会の終了を宣言すると、ボンダレフ将軍は部下を引きつれて、とっとと会議室を出て行った。オクに言われた通り、ニコライ皇帝の下に戻る準備をすぐに始めるつもりだ。
クラウディアもホッとした様子で、それでいて少し怯えを見せながら、そそくさと会議室を出て行った。ロイエ平原での戦いを目の当たりにしてからクラウディアは勇者たちを恐れている。一人で一緒にいたくないのだ。
「……良いのか? あんなことを言って」
勇者たちだけになったところでオフィエルが口を開いた。
「何のことだ?」
「惚けるな。魔族の話だ。ノルトエンデの魔族を滅ぼすような真似が許されると思っているのか?」
ボンダレフ将軍が、クラウディアでも、聞けば大いに驚くようなことをオフィエルは口にした。
「刃向かってくれば戦うしかない。だがそんなことにはならない」
「……言い切れるのか?」
「仮に刃向かってくる者がいたとしても、それは仕方がない。良いではないか。それに見合った数の人族も消えるのだ」
オクも同じだ。誰が聞いても驚くような言葉を平気で口にする。
「もう良いのではないか? それなりに長い年月が経った。人族も魔族も、一度リセットしても良い頃だ」
さらにフルが、彼らにしか分からない話をしてきた。
「勝手なことを言うな。それを決めるのは我らではない」
そのフルをファレグがたしなめる。
「分かっている。その為にも早く残りの者の儀式も終わらせないとならない。何故、あの将軍に言わなかった?」
フルはオクに問いを向けた。儀式の準備に必要なもの。担当の者に聞くまでもなく、何が必要か分かっているのだ。
「言えるわけないだろ? 魔力に優れた者を百人か二百人捧げろなど」
必要なのは生贄。生贄になる者が持つ魔力だ。
「皇后陛下はそれを許した」
「あの方は虚ろだ。虚ろであるから、全てを受け入れることが出来る。だから器になれるのだ」
「そうだな」
「普通の者に同じことを言えば騒ぎ出すだろう。狂人として我らを討とうとするかもしれない。討たれるつもりはないが、今の地位を失うわけにはいかない」
「……それはそうだな。やはりシドヴェストとの戦いを切り上げたのは失敗だったな。魔法士の確保を諦めるべきではなかった」
なぜウエストミッドを出て戦おうとしたか。その本当の理由は、残りの将の儀式のためだった。
「我らの力はまだ安定していない。あのまま戦い続けていれば、思わぬ不覚をとっていたかもしれない。引いたのは正解だ」
儀式を終えたばかりでは、加護の力はまだ安定していない。つまり勇者はまだ強くなるということだ。
「そうだな。別の方法を考えるか、それが駄目であれば、また戦いに出れば良い。その頃にはもっと楽に戦えるはずだ」
「ああ、その通りだ」
この勇者たちの会話を聞いている者がいれば、はっきりと分かったであろう。確かに彼らは、彼ら自身が言うように、これまでの勇者とは違う特別な存在なのだと。
その存在は、必ずしも自分たちに味方するものではない、怪しい存在であることを。
だが聞いている者は誰もいない。勇者である彼らを疑う者は誰もいなかった。ただ一人を除いて。
◇◇◇
ウエストミッド城の地下通路。存在は知られていても、出入りする者は滅多にいない、その場所で、オスカーは息をひそめて先を見つめていた。通路の先には巨大な扉があり、その奥はかなり広い空間となっている。
オスカーの考えが正しければ、その地下空間で、勇者選定の儀式は行われている。勇者の三人が扉の奥から出て、地上に戻っていったのは確認済みだ。
だがまだ扉の奥からは、かすかに人の気配が感じられる。それがオスカーに先を進むのを躊躇させていた。
(……躊躇っていても仕方がないか。事情を知っている者がいるのであれば、逆に好都合だ)
覚悟を決めて前に進む。取っ手をゆっくりと引くと、大して力を入れることなく、扉は開いた。
警戒しながら中を覗くオスカーの目に入ったのは……沢山の干からびた人の死体と、それを泣きながら運んでいる男の姿だった。
「……何をしている?」
「ひっ!?」
オスカーの問い掛けに、男は怯えた声をあげる。
「何をしている!? その死体は何だ!?」
「わ、私じゃない! 私は無理やり!」
怯えながらも男は自分の仕業ではないと否定してくる。こんな言い訳を鵜呑みには出来ないと思う反面、男の無理やりという言葉でもう事情が分かったような気がオスカーはしている。
「何者だ? 名を名乗れ」
「……レナトゥス・サイジョー」
「やはり。レナトゥス神教会との関係は?」
クラウディアはレナトゥス神教会の者だと言っていた。それで名がレナトゥスとなれば特別な存在だと普通に思う。
「……祖先が神教会を興したと聞いています。ただ実際にそうかは知りません」
「どうして分からない?」
「代々、教会に仕えていましたが、開祖の子孫といわれる割には地位は低く、重要書類など見ることは出来ませんでした。だから調べようもなく」
「そうか……その死体はなんだ?」
素性を聞いてもあまり詳しい話は聞けそうにないと思って、オスカーは本題に入った。
「これは……儀式で……」
「……まさか、勇者の儀式の為に殺されたのか?」
床に倒れている死体はどれも干からびている。死んだばかりだとはオスカーは思っていなかった。
「儀式には多くの魔力が必要で……簡単に言うと生贄が必要で」
「そんな馬鹿な……彼らは何者だ?」
想像していた以上にろくでもない儀式だと知って、オスカーは顔を歪めている。
「この国の魔導士だと聞いています」
「……何だって?。勇者の為に……何十人もの魔導士を殺したというのか?!」
生贄という残虐の行為でも許せないのに、さらに、重罪人でもなく、無実の自国の魔導士を犠牲にしたと分かって、オスカーの感情は嫌悪から怒りに変わった。
だがオスカーは知らない。実際には、目の前の遺体の何倍もの魔導士が犠牲になっていることを。知ったとしても、これ以上の怒りはないかもしれないが。
「わ、私は、無理やり、脅されて……」
無理やり脅されて。これを誰が行ったのかと考えると一つの答えが浮かぶ。その途端にオスカーの気持ちは一気に冷えた。
「……陛下にか?」
「頼まれたというべきなのですが、いくら断っても許してもらえなくて。ずっと部屋に閉じ込められて、このまま死んでしまうのかと思うと怖くなって」
詳しい事情をレナトゥスは話し始める。強制されていたのは事実で、オスカーであれば、もしかしたら助けてもらえるのではないかと考えたからだ。
だが、それは間違いだ。
「そうか……」
「……えっ?」
いきなりレナトゥスは腹部に激痛を感じる。だが、それもわずかの間。すぐに何も感じなくなった。
「……すまない。陛下の所業は人に知られるわけにはいかない。これ以上、儀式を続けさせることも許せない」
床に転がるレナトゥスの頭に向かって、オスカーは謝罪した。
逃がしてやるわけにはいかなかった。ここで行われたことが世間に知られては困るのだ。それ以上にこの非道な儀式を、強制されたとはいえ、行ったレナトゥスがオスカーは許せなかった。
罰するべきなのは、それを強要したクラウディアだと分かっている。だがオスカーの立場ではそれを行うわけにはいかなかった。