意外なきっかけ
それぞれが目指す時代を造り上げる為に、様々な思惑が交差する中、きっかけは意外なところから現れた。
ルースア帝国先代のアレクサンドロス二世の死去。先代と呼ぶべきかは微妙だ。帝国成立の過程で、王位を譲られることなくニコライは帝国皇帝の座についた。初代皇帝であるのだから問題ないと言えばないのだが、病床にあったアレクサンドロス二世の立場は曖昧なままに据え置かれていた。既にないルースア”王国”の国王のままに。
帝国内ではともかくとして、大陸全体では忘れかけていた存在。そのアレクサンドロス二世が亡くなったのだ。
この事態において、さすがにニコライ皇帝もウェストミッドにとどまっていられなくなった。父の死を蔑ろにするわけにはいかない。大陸を統べる皇帝の父に相応しい葬儀を執り行わなければならなかった。
幸いというのは不謹慎ではあるが、ウェストミッドには宰相も滞在していた為に意思決定という点では困ることはなかった。後は決定事項を本国の文官に伝え、準備を進めさせるだけ。
数多くの伝令を飛ばしながら、ニコライ皇帝は帝国軍三万を引き連れて本国へ戻った。
――そして今日がいよいよアレクサンドロス二世の国葬の日。帝国の都モスクには、多くの弔旗が立ち並び、街全体が厳粛な空気に包まれている。
葬儀は早朝から行われている。城を出たアレクサンドロス二世の棺は帝都内を巡回し、斎場である帝国騎士団練兵場に運ばれる。
実際にはアレクサンドロス二世の遺体の埋葬は済んでおり、棺の中はいくつかの遺品が入っているだけなのだが、参列はそれを一切感じさせない物々しさだ。文武の高官が周囲を囲み、前後には正装した近衛騎士団が隊列を組んで進んでいる。
沿道を埋める多くの国民の前で、行列は何度も立ち止まっては、文官が亡きアレクサンドロス二世の功績を称える言葉を人々に聞かせる。その話を聞きながら、人々は用意してきた花を棺に捧げていく。
積もった花は棺が動き出すと地に落ち、行列の通り過ぎた後は多くの花が道を彩る結果となる。そしてまた別の場所で多くの花が棺に捧げられる。
これを繰り返しながら棺は帝都内を回り、帝国騎士団練兵場にたどり着く。
騎士団練兵場で待っているのは、ニコライ皇帝を始めとした皇族の人々や文武官、帝国貴族、そして各国からの参列者だ。
シュッツアルテン皇国が分裂したことで多くの小国が生まれ、ルースア帝国はそれらを従属国としている。他国からの参列者の数に関しては、帝国が望んだ通り、これまでにない規模の葬儀となっている。
そしてアーテンクロイツ連邦共和国からはカムイがテレーザと共に参列していた。公式にはほぼ無役なカムイではあるが、ルースア帝国がそれを咎めることはなかった。代表であろうとなかろうとアーテンクロイツ連邦共和国の頂点はカムイであることは明らかである上に、亡きアレクサンドロス二世と関わりがある者はカムイしかいないのだ。
参列者席でアレクサンドロス二世の棺が式台に進み出るのを見ているカムイ。今この時は素直にアレクサンドロス二世の死を悼んでいた。
敵対していた間柄ではあるが、それだけではない何かをカムイも感じていたのだ。
「……こういうのが一つの時代の終わりってやつなのかな?」
葬儀の様子を眺めながら、テレーザがぼそりと呟いた。確かにそうなのかもしれないが、この場で口にして良い台詞ではない。
「公式の場では思ったことをすぐ口にしない」
案の定、カムイに怒られることになった。
「今の駄目なのか?」
テレーザは何故叱られたのか理由が分かっていない。
「常に駄目ってことじゃない。でも帝国が起こってすぐなのに時代の終わりなんて言えば、良い気がしない人もいるだろ?」
「……あっ、そうか」
ルースア帝国の成立は新しい時代の始まりだ。その始まりの時に時代の終わりなどと言っては、帝国の者たちは良い気がしないだろう。帝国の終わりを望んでいると捻くれて捉える者もいるかもしれない。
何と言ってもカムイたちは帝国にとって、もっとも警戒すべき存在なのだ。
「ただ時代を変えたのは間違いないな」
「そうなのか?」
テレーザのアレクサンドロス二世に対する評価は低い。旧ルースア王国が皇国に勝ったのはカムイたちが裏で様々な謀をしていたからだと思っているからだ。
「当時の皇国と戦って勝ち、覇者の座を奪い取ったのだから」
「そうだけど、それはカムイたちが」
「俺たちなんて、何もしていないと同じだ。ルースア王国を強国に造り上げ、戦争に勝った。それは称えられるべきことだな」
何もしていないは嘘だ。だが当時、何をしていたかを公に認めるつもりはカムイにはない。わざわざ手の内を明かす必要はないのだ。
「そうか……」
カムイの説明にテレーザは納得してはいないのだが、無理に否定することでもないと思って受け入れた。二人にとって、ただの雑談に過ぎないのだ。
二人が雑談をしている間も葬儀は進んでいる。アレクサンドロス二世の棺は式台の用意された台座に置かれ、生前の功績が語られている。
これらが終わると、参列者による献花が行われる予定で、カムイたちも式台に向かうことになるのだが。
「……このタイミングでか」
葬儀の場に相応しくない慌ただしさで、何人かの騎士が棺の正面に並ぶ武官、セルゲイ。バスキン将軍に向かって駆けていく。
「何かあったのか?」
「多分、予想していたことが起こっただけだ」
「ああ。そういうことか」
「ただ、このタイミングで伝わるって」
カムイはまたタイミングを口にする。何が起こったかは予想が付いている。だがそれは葬儀の場で明らかになるべきことではなかった。
式台では葬儀が中断されて、ニコライ皇帝の下に文武官が集まっている。愁いの表情か怒りの表情のどちらかを見せて、何やら話をしている様子が見える。
「さて、どうかな?」
それを見ながら、カムイが呟く。
「何が?」
「献花。これくらいは許して貰えるか、それとも、その気持ちの余裕もないか」
「えっ、それって」
献花をすることを許されない状況とはどういうことなのか、テレーザの頭にはすぐに浮かばなかった。
「……どうやら後者だな」
多くの騎士が緊張した面持ちで参列者席に向かってくる。目的が自分にあることをカムイは分かっている。分かっているが。
「……カムイ・クロイツ殿。我らと同行願いたい」
声を掛けてきたのはヴァシリーだった。以前からだが、共和国に関しては何から何までヴァシリーが窓口になっている。
「これから献花だというのに?」
「それはまた別の機会に」
「そうだとしても理由くらいは教えるものじゃないか?」
理由は予想が付いているが、それでもカムイはヴァシリーに説明を求めた。ちょっとしたことだが、こういう振る舞いがこの場合は必要なのだ。
「理由は……西方で反乱が起きた」
「まさか共和国が反乱を起こしたと言うつもりか? それは有り得ないと思うけど?」
「共和国ではない。……シドヴェスト王国連合だ」
分かっているくせに。こんな気持ちをありありと見せながヴァシリーはこれを告げた。
「……なるほど。それは大変だ。それで?」
シドヴェスト王国連合が、ディーフリートが動いた。だからどうしたという態度をカムイは見せている。
「少し話を伺いたい。部屋に案内するので、そこでしばらく待っていて頂きたい」
「そのしばらくって、いつまでだろう?」
「それは……状況が明らかになるまで」
やや苦しい答えになった。本当のことを言えば、シドヴェスト王国連合の反乱に共和国が、カムイが関わっているのではないか疑っているので、しばらく拘束するなのだが、他国の参列者もいる中で、これは言いづらい。
本当は反乱についても言葉にするべきかヴァシリーは迷ったのだが、これはすぐに知れることだと思って口にしたのだ。
「……なるほどね。じゃあ、部屋に案内してもらおうかな」
手に持っていた花をヴァシリーに渡しながら、カムイは拘束を受け入れた。抵抗する必要はない。こうなる可能性があると分かっていて、葬儀に参列したのだ。
「……ではこちらへ」
カムイを案内してその場を去っていくヴァシリーと騎士たち。その姿が見えなくなったところで参列者席は大騒ぎになった。
誰もがいつかは起こるのではと予想はしていたが、ルースア帝国成立以来、初めての反乱が現実に起こったのだ。
◇◇◇
カムイとテレーザが案内された部屋は、パッと見は普通の部屋だ。それなりの広さがあり、テーブルやベッドなどの家具も置かれている。
だが細かいところを見れば、入り口の扉は通常のものよりもかなり厚く、重量もあるようであり、当然それを据え付けている壁の厚さも同様に分厚い。窓はあるのだが、小さなものがいくつもあるという形で、人が通れるだけの幅はない。
過ごしやすい牢屋といった感じだ。
拘束が目的で連れてきたのだから、当然の備えではあるが、こういう部屋が普通にあることにカムイは感心している。
「……こういうの皇国の城にもあったのか?」
「ああ、あったな。皇国の場合は城の中でなくて隣の塔だったけど」
「塔?」
「そう。身分の高い人が罪を犯した時の為の監獄塔。私は中に入ったことないけど、これよりもずっと豪華だと思う。皇族が入ることもあるからな」
身分が高ければ罪人であっても、それなりの処遇を与えられる。ただその先に待っているのは大抵が死であるのだが。
平民に下るか、死を選ぶか。これが身分の高い者にとっての極刑であり、多くの場合は死が選ばれる。平民として生きても、ほとんどの者は生活など出来ない。緩やかな死が待っているだけだからだ。
「部屋はこれで十分だけど、退屈だな」
「何日くらいだ?」
「さあ、それは分からない。明日かもしれないし、何か月も先かもしれない」
「……殺されることは?」
不安そうにテレーザが尋ねてきた。
拘束だけでは済まない可能性はある。カムイに脅威を感じているのであれば、その一番の解決策は殺してしまうことだ。
「そう考えることはあるかも。でも殺されるつもりはない」
「そうだよな」
カムイの言葉で一気にテレーザの顔は明るくなる。カムイが大丈夫といえば、それでテレーザの心の中からは不安が消え去るのだ。
「葬儀を途中で止めてはいないだろうから、それが終わるまでは何もないだろうな。退屈だから寝て待つか?」
「えっ……でも、まだ明るいし……」
「そうだけど、何もすることがない」
「まあ、私はカムイがしたいというなら、いつでも……」
テレーザは頬を赤く染めてモジモジしながら、こんなことを口にする。言うまでもなく、お約束の勘違いだ。
「……そうじゃなくて。昼寝って意味」
「あっ……そ、そうか」
更に顔を赤くするテレーザ。別の意味での羞恥のせいだ。
「それに葬儀に来ているんだから、そういうのは不味いだろ?」
「えっ? そうなのか?」
「いや、だって葬儀中にそういうのって」
「ずっとここで閉じ込められてもなし? 一か月でも? 三か月でも?」
「……いや、まあ、さすがに……それは……」
ずっと二人でいて、そこまでの禁欲生活が出来る自信はカムイにもない。
「ふふん」
カムイの反応を見て、テレーザは打って変わってご機嫌な様子だ。
「何?」
「ずっと二人きり」
「……まあ、そうだな」
今度はカムイが照れる番だった。
「ヒルデガンド様はもう二人きりで旅行しているから、私も楽しんで良いよな?」
「まあ、出来る範囲では……」
軟禁中の身で何を楽しむのだろうと思いながらも、カムイはテレーザの問いに了承を返した。
「じゃあ……」
嬉しそうにカムイに身を寄せるテレーザ。
「今日は……いや、今は駄目だぞ?」
すでに気持ちがかなり揺らいでいるカムイだった。
「分かってる。カムイの体温を感じているだけで良い」
「…………」
ダメ押しともいえるテレーザの台詞に、カムイは心の中で葛藤することになる。それを助けた?のは、テレーザ本人だった。
「……ディーフリートはどうして今立ち上がったのだろう?」
テレーザは普通に会話を楽しもうと疑問に思っていることを口にしてきた。
「出る前に説明聞いただろ?」
「聞いたけどアルトの説明の仕方は難しい」
「そっか……。簡単に言えば、大陸西方から帝国の軍勢が引き上げたから。残ったのはディア王国と合わせて九万。グラーツ王国を足しても十二万だ」
「シドヴェスト王国連合は?」
「四万ってとこかな?」
「三分の一。それで勝てるのか?」
「オッペンハイム王国の三万がいる。それに帝国軍は他国にも備えなければならない。勝ち目があると考えたのだろうな」
カムイの言い方には含みがある。シドヴェスト王国連合側が必ず勝つとは思っていないのだ。
「やっぱり勝てないのか?」
「何をもって勝ったというか。これが問題だな」
「戦いに勝つだけじゃないのか?」
「そうだけど。十二万の軍勢に勝ったとして、それで終わりじゃない。本国に引き上げている帝国軍とも戦わなくてはならない。しかも到着までに西方にいる十二万を殲滅するか、完璧に支配下に置ければ良いけど、そうならなければ」
時間など関係なく、十二万もの軍勢を殲滅出来るはずがない。完璧に支配下に入れるのもまず不可能だ。
「あれ? 結局、大軍と戦うことになるのじゃないか?」
戦略、戦術の類を得手としていないテレーザでも分かる。
「その通り。わざわざこの時期に立ち上がることに意味はない」
「じゃあ、どうして?」
「ディーフリートは一つきっかけがあれば、大陸西方全体に戦火が広がると読んでいる。もしくは広げさせようとしている。西方に残っている帝国軍との前哨戦に勝てば、それで戦力差は埋まると考えているんだな」
「あいつ、もしかして馬鹿なのか?」
テレーザにこんなことを言われたと知れば、普段は温厚なディーフリートもさすがに怒るかもしれない。だが、テレーザにこう言わせるだけの理由はあるのだ。
「何を焦っているんだか。自分の都合でしか物事を考えていない。それとも案外、元からこういう性格だったのかな?」
温厚で人当たりも良い性格だが、ディーフリートには昔から強引なところもあった。わずかに懐かしさを感じながら、カムイはそれを思い出した。
「やっぱり周りは動かないのか?」
「北の小国はまず動かない。問題はまだ表に出ていない。帝国に王にしてもらえたという恩を感じていても恨みはない」
帝国成立と共に出来上がった小国。この先、様々な問題が起こることは目に見えている。だが、それはもう少し先の話だ。帝国への不満は少ないだろう。
「東方、じゃなくて中央は?」
「……動かないだろうな。立ち上がれば帝国本国の軍と真っ先にぶつかることになる。奴らがそんな貧乏くじを引くはずがない」
以前からシュッツアルテン皇国とルースア王国に挟まれていた旧東方辺境領主たちは、実にしたたかだ。自分たちが不利な状況で、立ち上がるはずがないとカムイは考えている。
「じゃあ……うちは?」
カムイが説明した状況をひっくり返せる可能性が一つある。アーテンクロイツ連邦共和国が立ち上がることだ。それはテレーザも充分に分かっている。
「……ディーフリートは二つ間違いを犯した」
少し間を空けて、カムイはこれを口にした。
「間違いって?」
「一つは魔族を戦力として利用しようとしたこと」
「えっ?」
魔族の力。それを最も利用しているのはアーテンクロイツ連邦共和国だ。これを間違いだというカムイの説明はテレーザには驚きだった。
「あれ? もしかして気付いてない?」
「何が?」
「教会への復讐とか、表には見えないところでの戦いは別にして、俺たちほとんど魔族は戦場に投入してないからな」
「嘘?」
「嘘はこっちの台詞。気を使ってきたつもりなのに、相手方には分かってなかったってことか……」
元は敵側だったテレーザが、戦場に魔族がいないことに気付いていなかったと知って、カムイはかなりショックを受けている。
「どうして、そんなことを?」
「一つは数。強いといっても戦場に出れば、やはり死者は出る。かなり数を減らしている状態の魔族にそんなことはさせられない。将来に渡って種を残せるだけの数に戻ってもらわないと」
「そうか」
「もう一つは恐怖。俺たちが気を付けていたのはこっちの方だな。人族が魔族を迫害するのは、いつか魔族が自分たちを淘汰するのではないかと恐れているからだ。そんなことはあり得ないのに人間の性はそれを理解出来ない」
「そうだよな」
魔族にとって人族は血のつながりのある子孫のようなものだ。もともと人族を生み出す為に地に送り出された魔族が、その人族を淘汰するはずがない。
この人族の古の記憶にもあるはずの事実がなかなか世の中に浸透しないのがカムイの悩みだ。
「こんな状況で、さらに殺し合いなんてして溝が埋まると思うか? 魔族が戦場で強さを発揮すればするほど、人族は魔族を恐れ、滅ぼそうとするに違いない」
「……ディーフリートはそれをしているってことか」
「そういうこと」
テレーザの話では効果はあまりなかったようだが、カムイたちがこれまで気を使ってきたことをディーフリートは台無しにしようとしている。
これがディーフリートが犯した間違いの一つだ。
「力で圧倒するじゃあ駄目なのか?」
恐怖が消えないのであれば、その恐怖を利用して人を支配するという方法もある。かつて人間も、人族も行ってきたことだ。
「一時の為であれば。でも力の支配はいつか崩れると思う。より強い力によって」
「……難しいな」
何千年もいがみ合ってきた、多くは人族の一方的な敵視であるが、二つの種族の融和など簡単に出来るはずがない。それはカムイもずっと前から分かっている。
「俺たちの代で出来るとは思わない。でも、そのきっかけは作りたい。それも無理であれば……」
先の内容をカムイは言葉にしなかった。何気にカムイは会話の内容には気を付けている。こういう部屋だ。どこかで聞き耳を立てている者がいるに違いないと考えているのだ。
「ディーフリートが勝って、新しい皇帝になればどうだ? ディーフリートとなら仲良く出来る」
テレーザが楽観的なことを言ってきた。暗くなりそうな会話を盛り上げようと意識してのことだ。
「難しいと思うな」
テレーザには残念なことに会話は盛り上がることなく、カムイは難しい顔をしてディーフリートが皇帝になる可能性をあっさりと否定した。
「やっぱ勝てないか」
「そうじゃなくて、勝てば良いってものじゃないと思う。そういう意味で、ディーフリートは最悪の時に行動を起こした」
「……葬式の最中ってこと?」
「そう。実際にはもっと前に行動を起こしているのだけど、よりにもよって、それが伝わるのが葬儀中って……運がないと言うのか?」
「どうして?」
「アレクサンドロス二世王はルースア王国ではかなり敬われている。何と言っても皇国を倒して、宿願であった大陸の覇者になったのだからな。そのアレクサンドロス二世王の葬儀を台無しにするような真似をすれば」
「国民はディーフリートを許さないか」
そして騎士も兵士も、その国民だ。ルースア帝国軍のシドヴェスト王国連合との戦いに対する士気は大いに高まるだろう。例え一、二戦負けることになっても静まらないくらいに。
「そうでなくても喪中の軍事行動は、あまり褒められたものじゃない。他の国も良い印象は持たないと思う」
「……ディーフリートは嫌われたのか」
「分かりやすく言うと、そういうことかな。嫌われたまま人の上に立てば、いつか足元をすくわれる。人の上に立つ理想は仁徳によって人を治めることらしい」
「ジントク?」
「人への思いやりとか、そういうこと。出来た人が自然と人に崇められて上に立つってこと?」
これについての細かい説明はカムイにも出来ない。カムイも人から聞いた話で、しかもあまり深く話せた内容ではなかった。
「……カムイがそうだな」
「はっ?」
「カムイは皆に望まれて王になった」
「……いや、俺たちは武力と謀で今の地位を築いたから。そういうのは覇道といって、長続きしないらしい」
ノルトエンデは、アーテンクロイツ連邦共和国も確かにそうだ。武力と謀によって今の国を造ったといって良い。
「そうかな? それは誰の話だ?」
ただテレーザが話しているのは、その国の中でのカムイのことだ。カムイの説明に納得していない。
「……親切な人が教えてくれた。今のままでは、世界は混乱したまま、崩壊してしまうって」
「それを皆が望んでいると思うけど……」
アルトたちは大陸に混乱を引き起こそうとしている。その混乱を収束させる中で、カムイに世界を治めさせたいのだ。
「それは分かってる。でも、それは私事だ。俺たちはもう皆が公人なのだから、好き勝手にやるわけにはいかない」
「……でも、その方が楽しそうだ」
「はい?」
「学院時代のお前たちは好き勝手やっていた。その時のお前は見ていて、楽しそうだった」
テレーザは昔の様にカムイをお前と呼んだ。それが尚更、カムイにも昔を思い出させる。
「……そうか。楽しそうだったか」
「何もかも背負う必要はない。カムイもカムイがやりたいことをすれば良いと私は思う」
「テレーザ……」
学院に入学する前からカムイには背負うものがあった。だが、その時とは比べものにならないくらいにカムイに圧し掛かるものは大きく重くなっている。カムイの気持ちまで押しつぶしてしまうくらいに。
分かっていたはずのこのことを、今初めてカムイは気付いたように思えた。
「私は、いや、私たちは何があってもカムイに付いていくから。したいことをして、もっと生きることを楽しめば良い」
ずっと感じていたことを、この際だからとテレーザは口にした。少しでもカムイが楽になればと思ってのことだ。
「……じゃあ、まずは」
カムイの顔に笑みが浮かんでいる。テレーザの言葉は、少なくとも今この瞬間は、カムイの気持ちをほぐすことが出来たようだ。
「何かあるのか?」
「欲望に忠実になってみようかな?」
カムイの腕がテレーザの腰に回る。その腕に込められた力で、テレーザはカムイの胸に体を預ける形になった。
「馬鹿……でも、良いかも」
葬儀の最中に不謹慎な。さっきまでのそんな考えは綺麗に吹き飛ばして、カムイとテレーザは体を重ねていった。
盗聴者の存在の可能性もすっかり忘れて。




