作られた溝
ルースア帝国の帝都モスク。王都から帝都へと呼称を変えただけで、街並みは何も変わっていない。以前から変わっていることがあるとすれば、わずかに活気が衰えたように感じるくらいだろう。
大陸を統べる帝国の都となったのに活気を失うというのはおかしな話だが、これには理由がある。
多くの騎士や兵が大陸西方に出兵したまま戻ってきていない。それだけでなく、ニコライ皇帝陛下まで行きっぱなしとなっており、帝都の住民たちは大陸制覇の実感も湧かず、逆に何となく忘れ去られているような寂しさを感じてしまっている。
そして、それは住民たちだけではないのだ。
「……アーテンクロイツ共和国の使者が何の用だ?」
いきなり訪れてきた共和国の使者、カムイに対しているのはルースア帝国の皇太子であるステファンだ。
金色の髪と青い瞳、美形といえる顔だちは隣に座る、母であるタチアナ妃譲りのようだ。三十前後の年齢のはずだが、くるりとしたくせ毛のせいで年齢よりも若く見える。
「はい。陛下に命じられた任務で近くまで来ていたものですから。これで皇太子殿下にご挨拶なく帰るわけには参りません」
「……ただの挨拶か」
挨拶と聞いて、ステファン皇太子は少し残念そうな顔を見せている。
アーテンクロイツ共和国のカムイが現れたと聞いて、何事かと緊張しながら期待もしていたのだ。
ルースア帝国はニコライ皇帝がようやく国の全権を握ったところ。ステファン皇太子は国政に関わる機会を与えられていなかった。これが物足りなく仕方がないのだ。
「皇太子殿下にとっては、ただの挨拶などとお思いでしょうが、我ら小国にとっては重大事です。帝国に恨まれては生き残っていけませんので」
「……そうか」
またステファン皇太子の顔が曇る。共和国のカムイのことはステファン皇太子も当然、知っている。敵とはいえ、その能力は高く評価しており、ある意味、敬意も表していた。
いつか自分もカムイのように大陸に名を轟かせたい。こう思うところもあるのだ。
そのカムイが下手に出るような態度を見せたことをステファン皇太子は情けなく感じている。
「さて、タチアナ妃殿下にもご挨拶をさせて頂けますか?」
「あ、ああ、もちろんだ」
母であるタチアナ妃は今は側室の身分。臣従国とはいえ他国の使者との謁見の場に同席出来る身分ではない。それをあえて、同席させたのは母親を側室の座に落とした父であるニコライ皇帝へのちょっとした反抗心からだ。
「タチアナ妃殿下。お目にかかるのは初めてかと存じます。アーテンクロイツ共和国代表カムイ・クロイツと申します」
「ええ。名は何度か聞いたことがあります。大層な活躍だったようですね?」
「いえ、そのようなことはございません」
「ただの妃である私が名を知るくらいなのです。何もないということはないでしょう。謙遜も過ぎればと思いますよ?」
嫌味を言っているつもりはない。タチアナ妃は社交辞令として普通にカムイの活躍を褒めているだけだ。
「仮に妃殿下のお耳に届く活躍をしていたとしても、今となってはお恥ずかしい限りです」
「何を言うのです。これからはその力を戦争ではなく、大陸の平和の為に役立ててください。それが私の望みです」
タチアナ妃の挨拶はそつのないものだ。ルースア王国の王妃となるはずだっただけのことはあるというべきか。
「ご期待に沿えるように励みます。やはり妃殿下こそ皇妃に相応しいお方。この先、色々とご苦労もあるかと思いますが、我らは妃殿下の味方。何が出来るとは申せませんが、少しでもお力になれればと思っております」
「……私の味方?」
何故、カムイがこのような言葉を持ち出してきたのかタチアナ妃は分からない。
「共和国は旧シュッツアルテン皇国には思うところがあります。こう申し上げれば、我らを信じていただけますでしょうか?」
「あっ、いえ、そうではなくて……そうなのですか?」
カムイの話から推測すれば、共和国は旧皇国、つまりクラウディアに思うところがあると受け取れる。だからクラウディアではなく、タチアナ妃に味方をすると。
これの意味することを考えて、タチアナ妃の顔は少し青ざめてきている。
「……これは失礼いたしました。少々、急ぎ過ぎてしまったようです」
カムイが謝罪を口にする。だがタチアナ妃の問いを否定するものではなかった。
「ステファンはどうなるのですか?」
「いえ、ですから急ぎ過ぎました。御子が出来たとは聞いておりませんので、今のところは何も変わりはないかと」
「……では、この先はどうなるのです?」
今のところは、とあえて付けるカムイの意図をタチアナ妃は考えた。
「どうにもなりません。皇太子殿下が後を継がれるのは当然のこと。我らの力は微細ですが、お二方のお味方は他にも大勢いるはずです」
カムイの説明はタチアナ妃の不安を否定をしているようで全くそうはなっていない。思わせぶりな話ばかりで、却って不安を膨らませることになっている。
「父上は何を考えているのだ!?」
母親とカムイの会話の意味をステファン皇太子も理解している。ニコライ皇帝への不満を言葉にした。
「そのようなお言葉は慎んでください。これは本当にただお詫びするしかありません。ディア王国の都で聞いた噂話を鵜呑みにした私の失態です」
カムイの言葉通りであれば、ディア王国の王都では噂が流れているということになる。実際に流れてはいる。誰が流しているかは言うまでもないが。
「どのような噂だ?」
「裏付けがございません、曖昧な情報をお知らせしても、混乱させてしまうだけかと」
「かまわん。話せ」
「……下世話な噂です。陛下はもう帝都に戻る気はなく、ディア王国の王都を新たな帝都にするつもりだと。何故かは口にしづらいので、ご説明は省かせてください」
「そんな……」
下世話な噂と前置きした上での説明だ。詳細は省かれていても想像はつく。
「皇太子殿下、騙されてはいけません。それは帝国を混乱させようという策略でございます」
落胆するステファン皇太子に向かって、カムイの話を否定してきた者がいる。ルースア帝国の文官のトップ。レオニード・クロモア宰相だ。
「策略だと? そうなのか!?」
クロモア宰相の話を聞いてカムイに問いを向けるステファン皇太子。その表情には怒気が浮かんでいる。
「策略と言われればそうでしょう。もう、はっきり言いましょう。共和国はクラウディア、そしてクラウディアに仕える旧皇国の者たちが帝国で権力を握ることを良しとしません。その為にタチアナ妃殿下を、もっと言えば今、この場にいる方たちを支援致します」
「そうやって帝国内部に亀裂を作ろうというのであろう?」
ここが大事なところとみて、クロモア宰相は直接カムイを問い詰めてきた。経験の浅いステファン皇太子では不安なのだ。
「皇太子殿下。我々の望みは帝国が安定し、一日も早く種族融和の精神がこの大陸に広く行き渡ることです。混乱は我らの望みとは正反対。だからこそ正当な形、皇太子殿下の帝国継承だけでなく、タチアナ妃殿下の正妃への復帰を望んでいるのです」
クロモア宰相の問いへの答えをカムイはステファン皇太子に返した。
「……うむ」
母親の件はステファン皇太子としても何とかしたい問題だ。それを支持すると言われると、カムイの話を無下に否定出来なくなる。
「皇太子殿下。そのような話に騙されてはなりません」
クロモア宰相の方はカムイへの不信感を容易に消すつもりはないようだ。権謀術策は共和国の得意技。この警戒心は一国の宰相としては当然のことだ。
「私の言葉を信じるか信じないかは聞く方の勝手ですが、一つだけ私には納得出来ないことがあります」
「それは何だ?」
「どうして陛下を帝都に連れ戻そうとされないのですか? 現状の問題は、全て陛下が帝都に戻ってこないことにあると私は考えます」
「それは……使者は何度も送っている」
クロモア宰相もカムイの言うことくらいは分かっている。ニコライ皇帝が帝都を留守にしていて良いことなどないのだ。
「使者を何度も送られているのに陛下はお戻りにならない。この事実に警戒心を抱かないことが私は不思議でなりません。私のこの考えは間違っておりますか?」
「……それは」
カムイの言葉を否定出来ない。ニコライ皇帝が度重なる帰還の要請に応えていない事実があるのだ。
「分かりました。今日はこちらも、これ以上は何も申しません。ですから、まずはディア王国の都で何が起こっているのかを詳しく調べるべきだと思います」
「分かっている」
「その上で、我らの力が必要と感じた時はご連絡ください。共和国は共和国を恨んでいるであろう旧皇国に力を持たれては困るのです。この点で我らの利害は一致していると思いますが?」
「……分かった。その時はこちらから使者を出そう」
クロモア宰相は共和国の力を警戒している。だが、それは共和国の力を認めているからだ。本当に協力を得られるのであれば、これほど力強いことはない。
「私は任務で大陸中を動き回っております。連絡については伝令係を置いていきます」
「伝令係?」
「私が大陸のどこにいても皆さまが驚くような速さで情報を伝えてくるはずです。ミヤ」
「はい」
カムイに呼ばれて黒装束の女性が進み出てきた。長く伸ばした前髪、口元まで覆う黒い布でその顔はほとんど見えないが、服の上からでもスタイルの良さがはっきりと分かる。
「この者を置いていきます。普段は侍女でも女中でも、ご自由にお使いください。それなりに仕事はこなせるはずです」
「その者は……?」
侍女や女中として使えというには、かなり怪しい風体。この雰囲気でカムイの臣下となれば、どのような素性かは想像がつく。
「ご推察の通り、魔族です。警戒は無用といっても無理でしょうから、監視を付ける付けないはご自由に。まず有り得ませんが、皇太子殿下やタチアナ妃殿下に危害を加えるような素振りを見せたときは遠慮なく処分を」
「しかし……」
好きにしろといわれても、魔族を城内に置いておくこと自体がクロモア宰相は不安だった。
「もう話しても良いと思いますが、その気になれば、こちらはいくらでも間者を忍び込ますことが出来ます。ミヤだけを警戒しても無駄かと」
「……だろうな」
カムイの説明を聞いて、クロモア宰相は渋々納得の言葉を口にする。
共和国の諜報能力の高さはクロモア宰相は良く知っている。その諜報を防ぐために、様々な試みをし、多くが失敗に終わってきたのだ。
「ご理解頂けましたか?」
「……皇太子殿下?」
クロモア宰相は判断をステファン皇太子に求めた。自分はもう反対しないという意思表示でもある。
「……良いだろう。その者を置いて行け」
ステファン皇太子に不安がないわけではない。だが、この状況で拒否しようにも、それらしい理由が思いつかなかった。本心の魔族が怖いからなどと言えるはずがないのだ。
「お許しを頂きありがとうございます。ミヤ、頼む」
「はい。お任せください」
「さて、お話ししたいことはこれで済みました。後はささやかながら、贈り物を用意しておりますので、どうぞお納めください」
交渉事はこれで終わり。後は用意してきた贈答の品のお披露目となった。
数は決して多くないが、どれもルースア帝国では決して手に入らない品々。ほぼ全てが魔族の部族の特産品と呼べるようなものだ。
タチアナ妃には、ノルトエンデにしか生息しない魔物が吐き出す糸から作られた織物。色もまたノルトエンデでしか採れない植物や鉱石などから作られた染料が使われており、色合いは独特なものとなっている。それ以外にも様々な装飾品。石は高価なものではないが、洗練されたデザインは魔族独自のものだ。
ステファン皇太子には主に武具。カムイたちが使っているオーツ鋼を魔法で加工した特別な金属で作られた剣や籠手、脛あてなどが贈られた。
珍しい贈り物にタチアナ妃もステファン皇太子も大満足。魔族に対する偏見をわずかでも薄めるための試みは、まずは成功というところだ。
こうしてステファン皇太子との謁見は終わった。
◇◇◇
アーテンクロイツ共和国が本国での動きを活発化させているとも知らずに、ニコライ皇帝はディア王国の王都での滞在を続けている。
この状況が決して良いものでないことは、同行している者たちにも分かっている。特にヴァシリーは事態を何とかしようと、会議の度に議題としてあげていた。
「いつまでも本国を手薄にしておくわけにはまいりません。少なくとも軍の半数、出来ればもっと多くを、帰還させるべきと考えます」
「ふむ。それはそうだな」
大軍を駐屯させておくだけで経費がかかる。ディア王国に負担をさせることも考えられたが、負担させようにもディア王国にはそんな金はなかった。戦乱続きで、国庫は空っぽになっていたのだ。
「では具体的に撤収の計画を。これはどなたが行われるのですか?」
ヴァシリーには軍部への命令権などない。行軍計画を考える立場でもなかった。
「軍部の方で検討する。それで良いな」
ヴァシリーの問いにボンダレフ将軍が答えを返してきた。だが、これではヴァシリーは満足出来ない。
本当の目的は、軍の帰還をきっかけとしてニコライ皇帝にも帰国を促すことだ。ヴァシリーとしては一日でも早く先に進めたい。
「それはいつまでにご提出頂けるのですか?」
「可及的速やかにだ」
即答。だが、やはり答えになっていない。
「もっと具体的な日程を」
「すぐに取り組むと言っている! まだ取り掛かっていないものの期限など答えられるか!」
具体的な期日を求めたヴァシリーに向かって、ボンダレフ将軍は声を荒げてきた。こんな態度を取られると、軍を返したくない理由でもあるのかと疑いたくなる。
これを追及してもさらに怒らせるだけなので、ヴァシリーは口にはしなかった。
「もっと落ち着いて話し合え。それでは何も決まらん」
ここでニコライ皇帝が口を挟んできた。雰囲気が悪くなる二人を和ませようといったところだ。
「恐れながら軍には軍のやり方があります。部外者に指図される云われはありません」
ニコライ皇帝が間に入っても、ボンダレフ将軍は怒りが治まらない様子だ。
「それは分かっている。だから任せる。出来る限り早く計画を立案して報告せよ」
「はっ」
ニコライ皇帝は場を治めたつもりだが、結局は具体的な期限は定まらないままだ。
「軍を帰還させるのは良いが、共和国の方はどうなっている? そちらの工作が上手くいかなければ、軍も安心して兵を返せないだろう?」
さらにニコライ皇帝は話を変えてしまった。これで今日は終わり。また明日、一から帰還の話を持ち出さなければならない。
「北部貴族の切り崩しは順調には進んでおります。ただ、独立国の内部で揉めておりまして」
内心の落胆を隠してヴァシリーはニコライ皇帝の問いに答える。
共和国弱体化の為の貴族の切り崩し工作は思ったように進んでいない。離反はうまくいっているのだが、独立する側で纏まらないのだ。
「何を揉めているのだ?」
「一貴族家で独立しても何の利点もありません。それは分かっているようで、いくつかの貴族が纏まって国を造ろうとしているのですが、いざとなると国王は誰がなるんだという話になって」
「……欲深い者たちだな」
その欲を利用して、共和国から離反させているのだ。批判出来ることではない。
「一つ一つ調停を行っていますので、時間ばかりが掛かってしまいます」
「そうであれば期限を切ったらどうだ?」
「それで決断出来ない者はどうされますか?」
「全てを取り上げてしまえ。そんな決断力の無い者に国が治められるはずがない」
「そうですか……」
ニコライ皇帝の話を聞いて、ヴァシリーは考え始めた。無になることを恐れて、どこかで妥協するだろうという考えだが、ヴァシリーには一つ懸念がある。
「何を悩んでいる? 甘い顔ばかり見せていては付け上がらせるばかり。そろそろ厳しい面も見せるべきではないか?」
「そうなのですが、その結果、共和国に残る決断をするのではないかと」
「何だと?」
ヴァシリーの話を聞いた途端にニコライ皇帝は不機嫌な顔を見せる。北部の貴族が自分の治める帝国より、共和国を選ぶと言われたことが不満なのだ。
「陛下と比べてという話ではございません。揉めているのは一貴族家では独立が出来ないと考えている者たちです。ですが自分と同列の他家が王になるのは納得いかない。そうであれば。一度は臣従を誓った共和国に残ろうと考えてもおかしくありません」
ニコライ皇帝の不機嫌の理由をすぐに悟って、ヴァシリーは理由を細かく説明した。十分にあり得る話だ。
「そうだな。ではどうする?」
「一つ考えがございます。ただ少々、強引な策ですので申し上げて良いものか」
ヴァシリーの頭の中にあるのは、かなり口にしづらい策だ。だからといって胸に秘めておくつもりはない。
「かまわん。策があるなら遠慮なく言え」
ヴァシリーの思惑通り、ニコライ皇帝は説明を求めてきた。これでヴァシリーは話しやすくなる。
「離反が上手く進まないのであれば、シュッツアルテン王国そのものを取り込む手もあるのではないかと」
「そんな策があるのか?」
前振りは十分。ニコライ皇帝はかなり興味を引かれている。
「テーレイズ王との婚姻」
「……何だと?」
「テーレイズ王には正妃がおりません。婚姻を結び、御子が生まれればシュッツアルテン王国は陛下の血縁の御方を王に戴くことになります」
テーレイズにはリサがいて、二人の間にはジグムントという息子がいる。だが、リサは身分が低いことを気にして正妻の座を拒否していた。テーレイズにしても他の妻を娶るつもりはないのでどうでも良いことだと放置していたのだが、ヴァシリーはそこを突こうとしている。
「それは、ユリアナを嫁にやれと言っているのか?」
「誰をと申し上げるのは不敬と思われます。陛下に適任者をお選びいただければと考えております」
口ではこう言っているが、ヴァシリーは頭の中ではユリアナを考えている。他に独身の皇族はいないのだ。
「……俺がユリアナに言うのか?」
ニコライ皇帝もユリアナ以外にいないことは分かっている。ただ、ユリアナはニコライ皇帝が命じても唯々諾々と従うようなタイプではない。だからこそ、未だにどこにも輿入れしていないのだ。
「陛下以外に誰がいらっしゃいますか?」
「……まずはユリアナの意向を確かめてからにしよう。書状をしたためるのでユリアナに届けよ」
「……はい」
意向を確かめれば拒否されるに決まっているとヴァシリーは思っている。自然に返事は力のないものになった。
「婚姻は良い策だと思っている。ちゃんと説得するから心配するな」
「ありがとうございます」
ヴァシリーの様子をみて、すぐにニコライ皇帝はフォローしてきた。こういう心遣いは悪いものではない。
ただ今回は自分への優しさよりも、ユリアナへの厳しい態度がヴァシリーは欲しかった。
「さて、他に何かないか?」
悪くなった雰囲気を吹き飛ばそうとニコライ皇帝はまた話を変えようとしている。
「あ、じゃあ、私が」
それに応えたのは、事もあろうにクラウディア。ヴァシリーの表情が険しいものに変わる。
「クラウが? では申してみよ」
ヴァシリーの感情を今度は無視して、ニコライ皇帝はクラウディアに説明を促した。相変わらずのクラウディアに対する甘さだ。
「剣術大会を開こうと思うの」
「……何?」
クラウディアの提案はニコライ皇帝の想像の外にあった。
「剣術大会を開いて強い人を集めるの。そうすれば共和国を恐れる必要はなくなると思うわ」
「……なるほど。そういう策か」
クラウディアの説明を聞いて、ニコライ皇帝は感心した様子を見せている。強者を集めるというのは良い考えではある。
「それは神教会が行った勇者選定の儀と何が異なるのですか?」
クラウディアの提案にヴァシリーが横から質問を投げる。ヴァシリーの言うとおり、クラウディアの提案は勇者選定の儀の真似事だ。
神教会は強者を求め、結果としてカムイが勇者として選定される始末だった。今回も同じになる可能性は大いにある。
「神教会と帝国では違うよ。成績優秀者には帝国騎士、それも特別な帝国騎士の身分をあげるとかすれば、神教会の時は出てこなかった人が出てくると思うの」
「……そうですか」
クラウディアは破格の待遇を約束して人を集めろと言っている。だが待遇の良し悪し以上に違う点がある。神教会は魔王と戦う為に強者を求めた。だが今回は公式にはカムイと戦うということを明言する必要はない。
命の危険を感じさせずに破格の待遇を約束する。確かに教会の時には出てこなかった強者が現れる可能性はある。
さらに国に属する騎士は、教会の時には参加を許されなかったはず。この制約も今回はないのだ。
これが分かったヴァシリーはクラウディアの提案を否定出来なくなった。
「どうかな?」
皇妃だというのにヴァシリーに向かって、恐る恐るといった様子で意見を求めるクラウディア。こういう態度はずっと昔から変わらない。
「悪くはないと思います」
「ほんと!? じゃあ、決まりだね?」
ヴァシリーが悪くないと言っただけでは決定にはならない。そんな権限はないのだ。だがクラウディアはもうすっかりその気になっている。こういうところも昔からだ。
「陛下?」
「良いのではないか? 大陸統一後の初めての剣術大会。どれほどの盛り上がりになるか楽しみだ」
「いや、そうですな。本当の意味で大陸最強を決める大会になります。これだけの規模の大会は大陸で初。見ごたえがありそうですな」
ニコライ皇帝に続いて、ボンダレフ将軍もやや興奮気味に話してくる。さらに他の将軍たちも。年甲斐もなく剣術大会に胸を躍らせている様子だ。
それを横目で見ているヴァシリーの胸にまた不安が広がっていく。
将軍たちは帝都に戻る気がないのではないかという不安が。