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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
16/218

二回目のデート、なのか?

 放課後になっても、カムイのクラスの生徒たちは、教室から一向に去ろうとしない。別に、友達との談義に花を咲かせているという訳ではない。教室のあちこちに集まって、それらしい雰囲気を作っているのだが、どのグループも、話を弾ませる所か、じっと黙って耳をすましている。

 ほとんど喋る者の居ない教室では、このような状況を作った人の声だけが、響いている。カムイに話し掛けているヒルデガンドの声だ


「ねえ、カムイ。カムイは孤児院で生活しているのよね?」


「は、はい」


「孤児院ってどういう所なのかしら? 私は行ったことがないから分からないの」


「まあ、そうですよね? ヒルデガンド様が行くような所ではありません」


「…………」


 カムイの言葉にヒルデガンドは子供みたいに頬をふくらませて、黙ってしまった。そのヒルデガンドの態度を見て、アルトなどは頭を抱えてしまっている。これでは、折角流したカムイとセレネの噂など、全く無駄に終わってしまう。


「えっと」


「ヒルダと呼ぶ約束ですよ」


「個人的な会話の時という約束です」


「あら、今は個人的な会話だわ」


「そうでした……」


 周りに誰も居ないという条件も付けるべきだったと、カムイは、大いに後悔している。


「今度行ってみたいわ」


「それは難しいかと」


「駄目なの?」


 今度は子供みたいに拗ねた表情を見せるヒルデガンド。ヒルデガンドが、こんな仕草を見せる度に、周りの生徒たちから、ざわめきが起こる。常のヒルデガンドからは、想像出来ないような態度なのだ。


「嫌とか、そういう事ではなくて、司教様が驚いてしまいます。ヒルダはこう言われると嫌だと思いますけど、東方伯家のご令嬢の来訪って事になりますからね」


「……そうね」


 方伯家の令嬢となると、本人の気持ちに関係なく、相手の方が気を遣ってしまう。そういう経験を、ヒルデガンドは何度も経験して分かっている。


「まあ、機会があれば。あらかじめ、司教様に話しておけば大丈夫かもしれません」


 ヒルデガンドの、がっかりした顔を見て、直ぐにフォローしてしまうカムイ。


「そう!? じゃあ、楽しみにしているわ!」


 途端にヒルデガンドの顔がパッと明るくなる。カムイはそれを見て、ホッとした様子だが、横で見ているアルトは堪らない。カムイの言葉に、一喜一憂しているヒルデガンドの話など、学院に広まっては困るのだ。


「カムイ……」


 囁くような声で、そっとカムイの名を呼ぶ。


「何?」


「周り」


「……あっ」


 さりげなく周囲を見渡せば、ほとんどの生徒が、二人の会話の内容を、少しでも聞き漏らすまいと耳を傾けているのが分かる。


「どうしたのですか?」


「えっとですね、そうだ、ヒルデガンド様、この間の話の続きですね」


「ヒルダ」


「ああ、えっと……、とりあえず、その話はここでは、あれですので、外で話をしましょう」


「あっ」


 とにかく、周りの生徒が聞き耳を立てている中で、これ以上話をするのは不味いと考えたカムイは、ヒルデガンドの手を取って、強引に教室の外に連れだした。

 それはそれで、後ろでアルトが頭を抱えているのだが、そんな事にカムイは気が付いていない。

 ヒルデガンドの手を握ったまま、足早に廊下を進んでいく。


「あ、あの?」


「何ですか?」


「人前で手を繋いで歩くのは、少し……」


「あっ!」


 慌てて手を離して、辺りを見渡すカムイ。人影が少ない事に安心して、ヒルデガンドに向き直った。


「すみません」


「謝らなくても平気です。ただ少し恥ずかしかっただけです」


「そうですよね」


 舞踏家などの場であればともかく、普段、未婚の男女が手を繋いで、人前で歩くなどあり得ない。


「教室を出て、どうするのですか?」


「何も考えていませんでした」


「あの、もう少しお話をしたいのです」


「ああ、それは構いません。でも、どうしましょうか? あまり人目につく場所で話すのもあれだし」


「それは……。迷惑ですか?」


 教室を出た理由が、ようやくヒルデガンドにも分かった。


「へっ? そんな事ないですよ。でも、ヒルダと話していると、周りの注目を集めてしまうので、それが少し気になるだけです」


「やっぱり、私のせいですね」


 カムイの話を聞いて、ヒルデガンドは落ちこんだ様子を見せる。

 自由に友人と話す事も出来ない。ずっと前から分かっていた事だが、こうした思いをするのは、久しぶりだった。


「俺の言い方が悪かったですね。ヒルダが悪いのではなくて、俺があまり目立ちたくないだけですから、気にしないでください」


「でも」


「ああ、そうだ。良い場所があります。滅多に人が訪れる事がない場所ですから、そこで話をしましょう」


「そこは?」


「俺に付いてきて下さい。学院の中ですから、直ぐですよ」


「はい」


◇◇◇


 カムイがヒルデガンドと話をするのに選んだ場所は、鍛錬に使っている学院の端にある林の中だった。

 滅多に人が来ない場所という事で、鍛錬に使っているのだ。二人きりで話すには、丁度良い。


「ここは初めて来ました。カムイは良く来るのですか?」


「そうですね。割と頻繁に」


 毎日だが、こう言うと、鍛錬している事を説明しなければならなくなると考えて、曖昧な言い方にしておいた。


「静かな所ですね」


「はい。さっきも言った通り、あまり人が訪れる場所じゃありませんから」


「カムイは、どうしてこんな所に?」


「昔からたまに来ていました」


「昔?」


「幼年部の頃からです。俺にとっては、思い出の場所ですね。良くも悪くもですけど」


「そう……」


 良くも悪くもの意味が気になるヒルデガンドだが、何となく、すぐに問いに出来なかった。


「ああ、この辺で良いですね」


 普段、鍛錬を行っている所から、少し手前で足を止めると、カムイはさっと自分の上着を脱いで、地面に置いた。


「さっ、どうぞ」


「上着が汚れるわ」


「気にしないで下さい。ヒルダの服が汚れるよりはマシです」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 少し躊躇いながらも、カムイの上着の上に、腰を下ろすヒルデガンド。そのヒルデガンドのすぐ隣にカムイも座った。


「カムイは優しいですね?」


「そうですか? 普通だと思いますけど」


「優しいわ」


「まあ、女性には優しくしろと小さい頃から言われていますので」


「それは誰から?」


「母親からです。女性への接し方ついては、やけにうるさい人でした」


 躾けらしい躾けなど、一切しようとしなかったカムイの母親が、唯一、厳しく言っていたのが、これだった。


「どうしてかしら?」


「父親がそういう人だったそうです。とにかく母に対して優しくて、そういう父が大好きだったと言っていました。だから俺にも父と同じようになれと」


「カムイのお父様って、誰だか分からないのよね?」


「はい」


「勇者だって噂もあったと聞いたわ?」


「そうですね。でも、それはあり得ません」


 カムイの父は勇者。これは今も一部では噂されている話だ。だが、カムイは、きっぱりと否定した。


「それは自分に魔力が……、ごめんなさい」


「謝らなくて良いですよ。今は気にしてませんから。勇者が父親でない事は、母から聞きました。そう噂されるのが、母には我慢ならなかったみたいで、父の素性については、何も語らない母が、それだけは、はっきりと教えてくれましたね」


「我慢がならないって?」


 勇者との噂は、どちらかと言えば光栄な事だと思うヒルデガンドは、我慢ならないというカムイの母親の言葉を不思議に思った。


「嫌いだったみたいです」


「勇者を?」


「はい。母の一方的な話ですから、どこまで真実かは分かりませんが、勇者である事を利用して、随分と酷い事をしたそうです。そういう意味では、勇者の隠し子はどこかにいるかもしれませんね。それも何人も」


「あの、それは……」


 初心なヒルデガンドも、カムイの言っている事の意味は分かる。勇者があちこちで女性と関係を持った。それも強引な手段でだ。ヒルデガンドの中での勇者のイメージが崩れ去っていく。


「あっ、すみません。女性に話すことではありませんね」


「そうですね。でも、勇者が……、ちょっと驚きです」


「神教の都合の良い人間が選ばれただけのようですからね? はっきりと言えば、ちょっと力があるだけで、神教に媚を売るような卑屈な人物です。同行したルースア王国の王子こそ、勇者に相応しい人だったそうで、勇者の美談は、全て、その王子がした事と母に聞きました。謙虚な人でもあったそうで、自分が誰であるかを言わなくて、周りが勝手に勇者だと思い込んだそうです」


 勇者に同行したのは、カムイの母親だけではない。皇国の隣国、ルースア王国の王子も同行していた。


「もしかして、その王子が?」


「正直、そうであったらと思った事はありましたね」


「そうだったら、カムイは王国の王位継承の一位になってしまうかも。亡くなられた王子の事を、今もルースア国王は嘆いているらしいから」


「でも、それも違います」


 ルースア王国の王子も、カムイの父親ではない。


「それもお母様が?」


「まあ、そうですね」


「残念ね」


「そうですね。もし俺が王族であったらヒルダとも釣り合うのに」


「……そ、そうね」


 カムイのその言葉でヒルダの顔はあっという間に真っ赤になってしまった。


「冗談ですよ。ヒルダは本当に初心ですね? 直ぐに反応してくれるので、からかい甲斐があります」


「酷いわ」


 また子供みたいに、ヒルダは頬を膨らませて、むくれている。それが又、面白くて、カムイは教室では出来なかった事を遠慮なくする事にした。

 指を伸ばして、その膨れている頬をつつく。


「プッ」


「あっ」


 ヒルデガンドの口から、可愛らしい音が漏れた。


「…………」


 顔を赤く染めたまま、目を見開いてカムイを見つめるヒルデガンド。


「あの、すみません。孤児院には小さな子が多いので、よくこんな事をして遊んでいて。それで、つい」


「い、いえ」


「ちょっと調子に乗り過ぎました」


「そうじゃないの。昔の事を思い出して」


「昔?」


 今度は、ヒルデガンドが昔話を語る番だ。


「小さい頃、お兄様がよく同じような事をして。私もそうされるのが楽しくて。それを思い出しました」


 ヒルデガンドが頬を膨らませるのは、その時の癖だ。普段は表に出す事のない癖だが。


「お兄様がいるのですね?」


「いえ、今はいません。随分前に亡くなりました」


「えっ?」


「実は私も肉親を失くした経験があるのです。私の場合は、両親も、弟もいますから、カムイとは少し違いますけど」


「いえ、失くした悲しみは変わらないと思います。仲が良かったのですね?」


 ヒルデガンドの悲しげな表情は、兄への強い想いを、物語っている。


「ええ。お兄様は私の憧れだったのです。頭が良くて、強くて、優しくて。東方伯家は安泰だと、更に栄えると周りから言われていました」


「それでですか?」


「それでって?」


「ヒルダが頑張っているのは。そのお兄様に負けないような自分になろうとしているのではないですか? それも周りの為に」


「……はい」


 本来は、娘であるヒルデガンドが頑張る必要はない。だが、幸か不幸か、ヒルデガンドは有り余る才能を持っていた。女の子だと周囲が放っておけないくらいの才能だ。


「その気持は分かります。分かりますけど……」


「けど?」


「勝手な事を言いますけど、それで亡くなられたお兄様は喜ぶでしょうか? それでヒルダが幸せなら喜んでくれるとは思います。でも、無理をしているのであれば。いえ、無理をしていても、それがヒルダ自身の為であれば良いのですが」


「…………」


 カムイの言葉に、ヒルデガンドは、黙り込んでしまった。


「やっぱり勝手な事ですね。俺はヒルダのお兄様じゃない。その気持が分かるわけがありません」


「いえ。カムイは、この間言ってくれました。実家は関係なしに、私自身は何をしたいのかと」


「はい」


「お兄様にも似たような事を言われていたのです。家の事は俺に任せて、ヒルダは自分の生きたいように生きれば良いのだよ、って。あの時、それを思い出しました」


「そうですか」


「でも、もうお兄様はいないのです。だから私は……」


 代わりに東方伯家を背負う覚悟をした。そうする事で、兄を忘れないでいようと考えていたのだ。

 時にそれを重荷に感じても、もう降ろす事は許されない。


「背負ってしまったものは、簡単には降ろせません。それは俺にも少し分かります。でも、それでも、自分らしさは失わない方が良いと思います」


「う、うん」


「偉そうな事ばかり言っていますね。そんな立場じゃないのに」


「そんな事ない……。ねえ、少しだけ、背中を貸して」


 ヒルデガンドの瞳からは、涙が溢れそうになっている。それを見れば、ヒルデガンドが何をしたいのかは、明らかだ。


「……胸でも良いですよ」


「じゃあ、胸貸して」


 そのままヒルデガンドは、カムイの胸に顔を埋めて、声を殺して泣きだした。


「ここには誰も来ません。泣き声は聞かれないと思う」


「……うん」


 カムイの言葉に小さく頷くと、ヒルデガンドは、声を殺すことを止めて、大声で泣き始めた。

 そんなヒルデガンドの背中に、躊躇いながらも、カムイは手を回すと、泣き止むまで、ずっと背中を撫で続けた。


「……ごめんなさい。私、まるで子供みたいですね」


 どれだけの時間、そうしていたのか。不意にヒルデガンドが顔を上げて、恥かしそうに呟いた。


「まあ、こんなヒルダも可愛いと思いますよ」


「又」


「余計な事を言いました?」


「やっぱり、カムイはお兄様に似ているのね。お兄様もそうやって照れる事もなく、可愛いって言うの。カムイに可愛いって言われると、私は幼い頃に戻ったように感じるわ。だから、私は、カムイに甘えてしまうのね」


「それは光栄ですね」


「ねえ、これからも時々、話をしてくれるかしら?」


「えっと……。人目につかない所で良いですか?」


「えっ?」


「変な意味じゃないですよ? さっきも言った通り、目立つ事が嫌なだけです」


「そう。ええ、私はカムイと話が出来るなら、どこでも良いわ」


「じゃあ、そういう事で」


「あっ、猫」


「げっ!?」


 突然目の前に現れた黒猫。カムイにはその目が自分を批判しているように見えてしまう。

 実際に批判されているのだ。


「どうしたの?」


 驚きの声をあげたカムイに、ヒルデガンドが不思議そうに問い掛けてくる。


「あっ、ああ。その猫は俺の知り合い」


「知り合い? 猫が?」


「ああ、そうじゃなくて、飼っている、いや、違うな。前から知っている猫なんだ」


「そう。名前なんてつけているのかしら?」


「……アウル」


「まあ、立派な名前ね。アウル、おいで」


 黒猫の、アウルの目はますます批判の色が強くなる。そんな事はヒルデガンドには分からない。普通の猫だと思って、手を前に出して、近くに来るように誘っている。

 当然、アウルが、それに応えるはずがない。


「……来てくれないわ」


「人見知りだから」


「猫が人見知り? なんだかカムイは人みたいに話すのね」


「えっと……、長い付き合いだからね」


 付き合いの長さと人の様に話すことは、全く繋がらないのだが、ヒルデガンドはそれに気が付かなかったようだ。それよりも長い付き合いという言葉だけが気になった。


「えっと?」


「初めて会ったのは、幼年部を退学する直前だから」


「そんな前から……。久しぶりの再会って事かしら?」


「いや、あっ、そうかな?」


 再会は二年も前とは言えない。


「それを長い付き合いと言うの?」


「孤児院でも一緒だった。そう、そういう事なんだ」


「それは飼っているというのではなくて?」


「でも、ほら。自由にさせているから飼っているのとはちょっと違う」


「……そうね」


 カムイらしくない、シドロモドロの説明を、ヒルデガンドは疑問に感じている。


「さてと、そろそろ行きませんか? 大分時間が立っていると思います」


 カムイは強引に話を切り上げにかかる。 


「そうね……」


 まだカムイと話していたいヒルデガンドは、帰ることを渋る様子を見せている。だが、カムイとしては一刻も早くこの場を立ち去りたいのだ。


「話す機会は何度でもあります」


「そうよね」


 又、会うことを改めて約束出来た事でヒルデガンドは納得して立ち上がった。


「……顔、変じゃない?」


 帰るとなると、ヒルデガンドは、泣き顔が気になってしまう。


「変ではないですね。ヒルダはどんな時も可愛いですよ」


「……ありがと」


「でも、ちょっと涙の後だけは拭いておいた方が良いですね」


 ポケットからハンカチを取り出すと、何の遠慮もなく、ヒルダの髪を掻きあげて、涙の後を軽く拭っていくカムイ。ヒルデガンドもそんなカムイに任せっきりだ。

 ヒルデガンドが亡くなった兄に重ねて、カムイに甘えているとしたら、カムイは、孤児院の子供たちの面倒を見ている感覚なのだが、そうであっても、二人の距離が縮まっている事に変わりはない。


「平気?」


「ああ、もう大丈夫」


「おかしくない?」


「大丈夫だって。ちゃんと綺麗にしたから」


「髪は?」


「ちょっと待って。うん、大丈夫」


「ん。ありがと」


「どういたしまして」


 兄妹か、恋人同士のように接している二人を見つめるアウルの目からは、批判の色が消え、呆れたような、それでいて、どこか暖かく見守っているようなものに変わっていた。


 そして、少し離れた場所では、また違った目で見ている者たちがいる。


「誰がどう見ても恋人同士だな」


「滅多な事言うんじゃ無えよ。俺の苦労はどうなる?」


 ルッツの呟きを聞いたアルトが文句を言っている。


「確かに。しかし、どうする? カムイも分かっているのか、分かっていないのか」


「でも、人目を避けているのだから、一応は分かっているわよね」


 二人の様子を除いているのはルッツとアルトだけではない。セレネも一緒だ。


「セレネさん、俺が言っている事はそういう事じゃない」


「どういう事?」


「人目を避けても、本人をその気にさせてどうする?」


「……そうね」


 ヒルデガンドの内心までは、セレネたちには分からない。

 分かるのは、ヒルデガンドが、カムイの胸に顔を埋めて泣いたという事実だけだ。そして、学院の生徒で、他に、そんな事をされた男子生徒は居ないという確信がある。


「とにかく、噂が広まるのは抑えなきゃならねえ」


「どうやって?」


「それは、これまでと同じだ」


「ええ? 私、又、カムイとの噂を広められるの?」


「セレネさん、それは違う」


「……何だか嫌な予感がする」


 セレネの感は鋭い。この場合、セレネでなくても、察しが付くだろうが。


「鋭い。広められるのじゃねえ。自分で広めるんだ」


「冗談じゃないわよ。自分で、私、カムイと付き合ってるの、なんて言うの?」


 自由恋愛は、貴族の令嬢には認められていないのだ。実際には、存在していても、それを公言する女生徒など居ない。


「そこまでは言ってない。ちょっと、イチャイチャしてくれれば良いだけさ」


「イチャイチャ?」


「腕を組んで歩いたり、あっ、いっその事、人目を偲んでキスしたり。何気に見える場所で」


「……死ねっ!」


 一言、アルトにこう告げると、セレネは立ち上がって、林の出口に向かって、大股で歩き始める。


「あっ、セレネさん、ねえ、セレネさん。俺の話を聞いてくれねえかな? セレネさん!」


このアルトの声は、離れた場所に居るカムイたちにも届いてしまっている。


「……カムイ、誰か来たみたいですよ?」


「ん、空耳じゃないですか?」

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