残された思い
本話は、ちょっと気分転換のつもりもあって書いた話で幕間のようなものです。
ストーリーにはほとんど関係ありませんので、ダラダラした話が嫌いな方は読み飛ばして下さい。
アーテンクロイツ共和国の北方制圧は順調ではあるが、その進みはゆっくりしたものとなっている。
元々、北方伯家には、末端の男爵家まで含めると大小百を超える従属貴族が居て、領政を任されていた。更にその従属貴族にも臣下が居て任された領政を担当している。全体としては千を超える文武官が北方伯領を治める為に動いていたのだ。
そんな数の文武官は共和国には居ない。これが制圧が遅れている理由だ。
ただ数を集めるだけであれば、直ぐに集める事は出来る。従属貴族の殆どは臣従を願い出たのだ。それをそのまま許せば、その日から領政は動き出すだろう。
だが、共和国はそれをしようとしない。それでは、ただ北方伯から共和国に頭をすげ替えただけだ。共和国は北方に共和国の理念を、政治を行き渡らせたいのだ。それが出来る、行おうと考える人物に政治を任せなくてはならない。これまで通りでは駄目なのだ。
人材の登用は慎重に行われている。特に中核となる文武官は妥協出来ない。それなりの人物が揃うまでは、北方の領政は必要最低限のものとなっている。だが、その必要最低限でも、かなりのボリュームだ。担当する共和国の文武官たちは、寝る間もない忙しさだった。
それは国都ハルモニアに居る者たちも同じだ。
「……忙しければ、いくらでも手伝うが」
忙しく働くマティアスに、ケイネルが躊躇いがちに話し掛ける。
「気持ちは嬉しいが、君には君の仕事がある。その邪魔は出来ないな」
「仕事って……」
ケイネルの視線は、足元に座り込んで、じっと本を読んでいるジグムントに向けられた。
「陛下に任命された役割だ。子守といえども仕事は仕事」
ケイネルは、ジグムントの子守役に任命されている。カムイから言われた時は、唖然とするしかなかったが、これも試験なのだろうと納得して、毎日子守を行なっている。
もっとも、その子守もリタが仕事で側を離れる時に横に居るだけだ。ケイネルはとにかく暇なのだ。
「それは分かっているが……」
共和国は、遂にノルトエンデを出て皇国北方に進出した。大きく情勢が動いている中で、自分は子供の子守。焦らないではいられない。
「……これは言うべきじゃないかもしれない」
ケイネルの気持ちが分かるマティアスは、つい優しさを出してしまう。多くの者が出陣している中で、ノルトエンデに残っているマティアスも、わずかだが置いて行かれた様な気持ちを持っているのだ。
「何だろう?」
「君は試験だと思っているのかもしれないが、そうじゃないと私は思う」
「えっ……?」
マティアスの説明は、ケイネルを落ち込ませた。子守役が正式な仕事だとすれば、自分は失格と判断されたのだと考えられるからだ。
「そうじゃなくて、この子の子守役を任された意味を考えて。陛下は仕事として、君に任せたんだ」
落ち込んだケイネルに、マティアスが考え違いを指摘してくる。
「……子守が仕事」
それでもケイネルには分からない。これだけで分かるはずがない。
「もしかして知らないのか? その子の名前。ジグムント・レイ・ヴァイルブルクだから」
「……えっ!?」
ジグムントの姓がヴァイルブルクだと聞かされて、ケイネルは驚いている。ジグムントがテーレイズの息子である事をケイネルは聞かされていなかったのだ。
「テーレイズ殿の息子だ」
「……そうだったのか」
「しかも、レイの名を持っている」
「……皇帝にのみ許された名だ。この子にシュッツアルテン皇国を?」
レイはシュッツアルテン皇国の皇帝の証。共和国はジグムントに皇国を継がせようとしているのだとケイネルは思った。
「違う。レイは種の守護者である事の証であって、国がどこであろうと関係ないらしい」
「……まさか、この子に?」
シュッツアルテン皇国を継がせるわけではないとなると、残るのは一つだ。
「そうではないかと私は思っている」
「何故? 共和国は陛下のご子息が継がれるべきだ。わざわざ後継争いの種を作る必要はない」
皇国は後継争いにより、今の状況にあると言える。これを良く分かっているはずのカムイが、同じ轍を踏むような真似をする理由が分からない。
「これは私も納得出来ないのだが、陛下の後継者は居ないそうだ」
「……それはまだまだこれから」
カムイには子供が居ない。ケイネルはこの事を言っているのだと思った。
「そうじゃない。陛下は魔剣に認められた事で魔族の統率者となっている。陛下の御子であっても魔剣に認められなければ、魔族は陛下と同じ様には従わない。そして恐らく、魔剣が認める事はないだろうと考えられている」
魔族と一括りにされているが、実際には幾つもの種族が居て幾つもの部族がある。部族には長が居て、魔族にとっては、その長こそが王なのだ。魔族たちは、魔族を救った魔王レイ、その分身である魔剣カムイとの盟約によってカムイに従っているだけだ。
もちろん、カムイ個人に忠誠を誓う魔族も大勢居るが、そうだからといってカムイの子供に忠誠を誓うかとなると、そうはならない。
「……共和国はどうなる?」
魔族が忠誠を向けない。それでは共和国の力は大いに損なわれる事になる。
「部族長の合議で物事が決まる事になる。人族も部族の一つだ」
「それは……」
公平な様であるが、全ての事柄に対して意見が一致するとはケイネルは思えない。平時であればまだしも、今の様な乱世では混乱を招くだけだとも思っている。
これも皇国と同じだ。先帝が人事不省になってから皇国は三役と皇太子候補の合議制だった。そして、それは今も同じだ。クラウディアは皇帝であっても皇帝として臣下に何も示していない。
「元々、魔族はそうだった。一つに纏まりきれないから、我ら人族にずっと押されていたのだ」
「……そうだった」
纏まりの無さは魔族の弱点だ。魔王と呼ばれる者が居ても、やはり全ての魔族が従う形にはならず、力を結集する事が出来なかった。
魔族との戦いにおいて人族は、常にこの弱点を利用してきた。
カムイに多くの魔族が従っている今が特別なのだ。
「やや強引ながら皇国の北方制圧に動いたのは、これも理由の一つだと私は思っている。次代の為に出来るだけ物事を進めておきたいのではないかな?」
「……次代の為に」
その一つが、ジグムントを立派な施政者に育てる事。その為にケイネルは子守役にされている。マティアスの言う通りだとすると、こういう事になる。
「出来るかな? 言っておくけど、あくまでも可能性の話であって、絶対ではないと思うよ」
大陸を一つに纏め、人族から偏見と差別意識を取り除き、種族共存の世界にする。これは皇国の始祖の目的と同じだ。
ジグムントはこの後継者に選ばれたが、それはあくまでも後継者候補の一人というだけの話だ。始祖と四英雄の様に何人かの内の一人かもしれない。その何人かの中にも入れないかもしれない。
それはジグムントを導くケイネル次第だとマティアスは言っている。
「……まだ幼いこの子にそんな重荷を」
「それについては私も同感だ。ただこの子は既に重荷を背負っている。シュッツアルテン皇国の血がそれだ」
「……政争の道具にされると?」
共和国が派閥の様なものを徹底的に排除しようとしている事はケイネルには分かっている。それでも、政争の心配が必要なのかと疑問に思った。
「ノルトエンデ内であれば、平気かもしれない。でもアーテンクロイツはノルトエンデの外に出る。外は人族が支配する世界だ」
人族が持つ人間の性。それを押さえる為の第一歩が北方制圧だが、所詮は第一歩に過ぎない。実際に始祖は、その後継者たちは失敗している。
「俺は何をすれば良いのだ?」
「それは自分が決める事だ。ただ基本は、子守って言葉そのままじゃないか?」
子供を守る。マティアスはこの場合、愚かな争いからジグムントを守る事として使っている。
「……正直自信はない。だが、やれるだけの事はやってみる」
マティアスの前で大言壮語は吐きにくい。ケイネルが今言える精一杯の決意だ。
「どうやら合格かな?」
「合格?」
「今話した内容は共和国の弱点だ。これを知って、内心で喜ぶようでは、信用するどころではないからね?」
皇国が知れば、これを利用した戦略を考えてくるだろう。実現出来るかは別にして、考えるのは難しくない。とにかくカムイが死ぬのを待てば良いのだ。
「……今のは試験?」
「いや。正式なものではないし、話した内容は本当だ。無駄にする時間はないと分かってもらう為には、知っておいた方が良いと思って」
「……そうか」
マティアスの言いたい事は分かった、だが、ケイネルは子守役として何をしなければならないのかをまず考えなくてはならない。
それだけではない。やはり気になる事がある。
「他にも同じような子供が居るとして、どうやって決まるのだ?」
ジグムントの他にも同じ様に選ばれた子供が居るとすれば、やはり争いが起きるとケイネルは考えている。こちらにその気がなくても、相手もそうであるとは限らないのだ。
「さあ? 陛下が決めるのか、それとも魔族が決めるのか私には分からない。ただ継承争いを気にしているなら、それは恐らく無用だ」
「どうして?」
「継承争いの為に、他人を貶めたり、国を危うくするような者が居たら、きっと直ぐに消される。そういう冷徹さが陛下にも魔族にもあるからね」
「そ、そうか」
もしその様な事態になれば、ケイネルも間違いなく消される。これが分かったケイネルは、わずかに怯えの色を見せている。
マティアスとしては脅した甲斐があったというものだ。話した事は事実なので、忠告と言った方が正しい。
「お茶をお持ちしましたぁ!!」
部屋に流れた微妙な空気を綺麗に吹き飛ばす声。扉の所に、お盆を持ったルシアが立っていた。
「……あら? お邪魔だったかしら?」
驚いた様子のケイネルを見て、ルシアが首を傾げている。
「いや、そんな事ないよ。ありがとう」
「そうですか? じゃあ、テーブルに置きますわ」
部屋に入ってきたルシアは、持ってきたお茶をテーブルの上に置いて、席に座る。
「えっと、どうしたのかな? 頼んでも居ないのに、わざわざお茶を持ってきてくれるなんて」
これもあるが、本当はどうして席に座るのかをマティアスは聞きたいのだ。
「カムイ様が居なくて退屈ですわ」
退屈を紛らわす為のようだ。カムイだけでなく、多くの者たちが、北方制圧の為に長く国都を離れている。侍女であるルシアの仕事は減っているのだ。
「仕事は? 侍女じゃなくて、女性たちの方……」
何人かの女性たちは奴隷とされていた女性たちの世話をしている。人族に恨みを抱く者も多く、かなり大変な仕事でティアナやルシア、そしてリタなどの限られた者たちに任されていた。
「……私は、相手の人を怒らせてしまうみたいですわ」
ルシアが落ち込んだ様子を見せる。ルシアの陽気な態度は心を和ます事も多いが、時に相手の反感を買ってしまう事もある。心に傷を持っている相手だと尚更だ。ルシアの明るさを妬ましく感じてしまうのだ。
「そうですか……」
その様子を見て、少し心配になったマティアスだが。
「でも平気ですわ! さっ、早く召し上がって下さい。冷めると美味しくありませんわ」
ルシアは落ち込んだ様子を直ぐに消して、マティアスにお茶を勧めてくる。
「あ、ああ。仕事に一区切りついたら頂く」
ルシアの切替の早さに少しだけマティアスは戸惑っている。
「あら、それはいけませんわ。忙しい時でも、カムイ様はお茶の時間は仕事の手を止めて、私のお相手をしてくれましたわ。頭を切り替える時間を作った方が仕事が捗るそうですわ」
「……そう。では、私もそうしよう」
半分はルシアに気を遣っての事だとマティアスは考えたのだが、これを言えばルシアは、仕事の邪魔をしていたと落ち込むか、カムイの優しさに舞い上がるかのどちらかだ。
却って面倒な事になりそうなので、言われた通りに仕事を休んでルシアの相手をする事にした。
「ジグムントちゃんには、お菓子を用意したわ。私のとっておきですけど、特別にお裾分けしますわ」
「あ、ああ。ありがとう」
お菓子をどうやって手に入れたのかと不思議に思いながら、ケイネルは礼を口にした。お菓子は贅沢品であり、贅沢品は共和国にはほとんど出回っていないはずなのだ。
「貴方にはあげませんわ」
「い、いや、それは分かっている。この子の代わりに礼を言っただけだ」
「あら? ジグムントちゃんは人に御礼を言えないのかしら? そんな事は無いわよね?」
ケイネルの足元で相変わらず、本を読んでいるジグムントに向かってルシアは話しかけている。何気にルシアは礼儀に厳しい。
「……ありがと」
「はい、よく出来ましたぁ。では、お菓子を差し上げますわ」
テーブルの上に紙に包んていたお菓子を広げる。甘そうな焼き菓子だ。それが分かったジグムントは、直ぐに本を床に置いて、お菓子に手を伸ばした。
「もしかして、ルシア殿が作られたのか?」
お菓子を売るような店はハルモニアにはない。
「いいえ。シルベールさんに作って頂いたわ」
「……それはエルフの?」
シルベールが料理をする光景。マティアスには想像が出来なかった。
「そうよ。シルベールさんは何でも作れるわ。さすがは年の功……、これを聞かれたら、殺されますわ」
居るはずのないシルベールの姿を探して、ルシアは周囲をきょろきょろと見ている。年齢に関する言葉は、シルベールには禁句なのだ。
「平気だと思う」
「……この話は止めですわ」
「では何の話をしようか?」
「そうですね。……マティアス殿は私の事をどう思っているのかしら?」
「……えっ?」
カムイ一途であるルシアの言葉とは思えない。
「マティアス殿はヒルデガンド様が好きじゃないですか。ヒルデガンド様を好まれる男性にとって、私はどうなのかを知りたくて」
ルシアは、ヒルデガンドを好きなカムイにとって、自分の様なタイプはどう思われるのかを知りたいのだ。
このルシアの気持ちは直ぐにマティアスにも分かったが、問題は。
「……どうして私がヒルデガンド様の事を?」
ずっと胸の奥に秘めていたつもりの想いだ。ルシアに当然の様に言われたのは、かなりショックだった。
「どうして? 分からない方がおかしいと思いますわ。もし分からない人が居るとすれば、それはヒルデガンド様くらいですわね」
「……そう」
鈍感さにおいてヒルデガンドはカムイに負けていない。それは分かっているマティアスだが、ルシアの口から言ってもらえると少し安心出来た。
「それで? 私の事はどう思いますか?」
「可愛いと思います」
「まあ……、マティアス殿は口がお上手ですわ」
嬉しそうに口元に手をやって、頬を赤く染めているルシア。
上手でなくても、口に出来る台詞は限られている。ただ、お世辞ではあるのだが、実際にこういうルシアの仕草はとても可愛らしい。
「いや、本当に可愛いと思います」
「嬉しいですわ。でも、ヒルデガンド様は綺麗ですわ。綺麗と可愛いでは、やはり違うのかしら?」
「それは……、違うかもしれませんが、魅力があるという意味では同じではないかと」
「……では、師匠は?」
「師匠?」
「テレーザ師匠ですわ」
「あっ、ああ。えっと……、すまない。私にはちょっと」
テレーザの魅力を聞かれてもマティアスには答えが思い浮かばない。マティアスの中でテレーザは、ヒルデガンドと同列に論じられる位置に居ないのだ。
「やっぱり、色気ですわね?」
「えっ? 色気?」
マティアスがテレーザに色気を感じた事は一度もない。これは化けた時も同じだ。
「……私には色気がないのですわ。だから師匠の様にはうまく出来ないのですわ」
少し落ち込んだ様子を見せているルシア。確かにルシアは色気を感じさせるような女性ではない。可愛らしいという表現がぴったりなのだ。
「人それぞれ魅力は違うのではないかな? ルシア殿にはルシア殿だけが持つ魅力があると思う」
「そうですわね。私には私の攻め方がありますわ。その方法を考えなくては!」
又、ルシアは一瞬で立ち直りを見せた。しかも、自分から求めた会話の時間のはずなのに、居ても立っても居られないといった様子で部屋を出て行こうとする。
「あっ! マティアス殿、私は貴方を同志だと思っていますわ!」
そのルシアが扉の所で振り返ってマティアスに自分の思いを告げてきた。
「同志?」
「例え報われなくても相手を想い続ける。そんなマティアス殿は私の支えですわ」
「あっ、いや、ルシア殿。私はヒルデガンド様に対して、そんな……」
「隠す必要はありませんわ! 生まれ育ち、種族、家柄に関係なく自由に恋愛が出来るのが、共和国ですわ!」
確かに、これは共和国の理念だ。これはマティアスも良く分かっている。
「いや、ヒルデガンド様は王妃であって、そういう感情を向けて良い相手では」
「……マティアス殿は本当にヒルデガンド様を愛しているのですか?」
「えっ? いや、そんな……」
今まで懸命にヒルデガンドへの想いを否定していたマティアスだったが、ルシアに疑問を向けられると、それも又、否定してしまう。
「カムイ様はヒルデガンド様がテーレイズ殿の妃になった後も、想いを消していませんでしたわ。相手に夫が居ようと相手に好きな人が居ようと好きなものは好き。私は、これが本当の愛情だと思いますわ」
「……そうだね」
ルシアの諫言は、実際はちょっとずれている。
マティアスはヒルデガンドがカムイを想い続けているのを、ずっと側で見ていた。それでもヒルデガンドへの想いを捨てられなかったのだ。まさしくルシアが言う通りの想いだ。
「堂々と為さるべきですわ。ご自分の想いを否定する事なく、堂々と好きと宣言すれば良いのです」
ただルシアはもっと上を行っている。
「……ルシア殿は強いな」
ルシアはカムイへの想いを公言し、その思う通りに行動している。男女の違い、側室という目があるルシアと、決して許される事のないマティアスでは、事情は違い過ぎるほど違うが、ルシアの真っ直ぐさはマティアスには眩しかった。
「同じ思いをしている人が居ると思えばこそですわ。マティアス殿。私は貴方の同志なのです。話したい事があれば、遠慮無く話をしてくださって結構よ」
「……ああ、そうだね。そうさせてもらう」
「では、又、時間がある時にお邪魔しますわ。お仕事頑張って下さい」
最後にこれを告げてルシアは去って行った。まさか、こんな展開になるとはマティアスも、そしてケイネルも思っていなかった。
「……笑っても構わない」
「いや。笑えない。俺も、その同志だから」
叶えられない想いを抱いているのはケイネルも同じだ。
「君が?」
「俺の場合は、ちょっと事情が違うか」
ケイネルのこの言葉で、マティアスは想いの向け先を知った。
「……ソフィーリア様か」
「そうだ」
「……どちらが苦しいのかな?」
亡くなってしまった人をいつまでも想い続ける事と、すぐ目の前に居るのに決して手が届かない人を想い続ける事。
「分からない。ただ俺は、いつかは忘れられるかもしれない」
亡くなった人を想い続ける難しさをケイネルは感じてきている。思い出を忘れる事はないが、思い出以上に気持ちが募る事もない。足されない想いは、少しずつ薄れていってしまう。本人がそれを望んでいなくても。
「でも私はいつか嫌いになれるかもしれない」
「……それは無理ではないか? 嫌いになれるような所があるとは思えない」
ヒルデガンドの欠点らしい欠点は、ヤキモチくらいだ。それがマティアスに向けられる事はない。
「そうかもしれない」
「他に好きな人を見つけるしかない。それがどんな場合でも、一番の方法だ」
これを言えるケイネルは、やはりマティアスよりも少し気持ちが軽い。想いの強さの差というより、諦めの気持ちがケイネルの方が強いのだ。
触れる事も話す事も、見る事さえ出来ない相手では、さすがに想いが叶うとは思えない。
「それは分かっている。でも、そういう人は今の所、現れていない」
叶わぬ想いである事は好きになった時から分かっている。ずっと他に好きな女性が現れないかとマティアスは願っていたのだ。
「先程の女性は? 王妃殿下と正反対な所が、比べる事にならずに良いと思う」
「無責任な事を言うな。ルシア殿は陛下が好きなのだ」
「……同じか」
「同じだ。好きになった相手から、陛下への想いを聞かされるのはこれも辛い事だと思わないか?」
「……愚痴を聞いてあげているくらいに思ったらどうだ? それで彼女の気が晴れるなら、嬉しいと思わないか?」
「……なるほど。好きな人の応援をしていると思えばか」
これではヒルデガンドの時と同じだという事にマティアスは気が付いていない。そして、ルシアを否定していない事も。
「案外有りなのか?」
マティアスに聞こえないように小さく呟くケイネル。ケイネルは気が付いた。気が付いて少し面白くなった。
「……何かおかしいかな?」
笑みを浮かべているケイネルに、怪訝そうにマティアスが問い掛ける。
「いや、まさかマティアス殿とこんな話をする事になると思わなくて。不思議だなと」
さすがにケイネルも、マティアスの中にルシアへの恋心が生まれたとは考えていない。それでも、ここで余計な事を言えば、わずかな可能性も潰してしまうと考えて、誤魔化す事にした。
実際にマティアスは、ルシアと自分は似た境遇なのだと改めて認識した事で、他の女性とは少しだけ違う目で見るようになっただけだ。ルシアの言った通り、同志としての心境だ。
「確かにそうだね。でも良いんじゃないかな? 君と私は同志だから」
「ああ、俺もそう思う」
この日から、同志三人のお茶会が毎日の様に開かれる事になった。話しているのは専らルシアで、話題は恋愛話ばかり。時にリタが混じりながら。
妙な組み合わせで、妙な話題を語り合っている三人は、直ぐに城内の噂となったが、毎日楽しく話している三人はそれに全く気が付いていなかった。




