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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
142/218

ラルフの居場所

 カムイにとって、テレーザが魔族にも認められたという事実は、実に喜ばしい事だ。だが、カムイを敵視する者にとっては、正反対の感情を与える事となる。

 特に、今回のそれは、共和国を快く思わない者にとって、全く理解不能な出来事だった。近衛の試験という意味はまだ理解出来た。だが、側室である事にも試験が必要という意味が分からない上に、その合否の判定も何だか、よく分からないもの。

 ましてや、それを魔族が認め、何だか儀式まがいの事まで始めたとなっては、もう理解しようという気さえなくなる。

 人は理解不能な出来事に出会った時、多くの場合、一つの行動を取る。

 それを無視し、避ける事。

 ユリアナ王女の選択もそれだった。


「明日、王国に戻ることに致しました」


 やっと叶ったカムイとの面会の席での、ユリアナ王女の言葉はそれだった。


「そうですか。それが良いですね。王国の方々も心配されているだろうから」


 カムイにとっても願ってもない事だ。いつまでも居られては、滞る事も多いのだ。


「はい。つきましては王に一つお願いがございます」


「……何ですか?」


 禄でもない事であるのは、何となく分かる。


「王国に一人連れて行きたい者がおります。そのお許しを頂けますか?」


「許しというからには、この国の国民という事ですね?」


「ええ。そうです」


 ユリアナ王女の顔には満面の笑みが浮かんでいる。情報収集という目的は全く果たせていないが、この件で、共和国に一矢報いたと思えるからだ。


「なるほど。まずは、それが誰かを教えてもらえますか?」


 王国に行こうなどと考える人物に、カムイは全く心当たりがない。


「ラルフ殿ですわ」


「あの馬鹿か……。そう言うからには本人もそれを望んでいるのですね?」


「ええ。ラルフ殿から言い出した事ですから」


「なるほど……。えっと、ルシア、馬鹿を呼んできてくれるか?」


 まずはラルフから話を聞こうと、カムイは考えた。


「あっ、今さっきティアナが凄い勢いで」


「……それ、連れてくるのにいつまで掛かるか分からないな」


 ティアナが、ラルフの所に行って、何をしようとしているかは、分かり過ぎるくらいに分かる。


「そうですわね。連れてきても死骸になっているかもしれませんわ」


「冗談に聞こえないな。やっぱり、ルシアも行ってくれ。ちゃんと生かして連れてくるように」


「はい!」


 久しぶりにカムイの命を受けて、ルシアは嬉しそうに出て行った。


「ここは楽しそうに行く所じゃないから」


 その背中に苦笑いを浮かべながら、カムイが呟く。


「あ、あの、カムイ様?」


 すっかり、放っておかれていたユリアナ王女が声を掛けてきた。


「ああ、説明が必要ですね。ティアナさんは馬鹿の妹です。話を聞いて、怒り狂って馬鹿の所に向ったのだと思います。馬鹿は、ティアナさんには頭が上がらないから、今頃は、殴られてるか蹴られているか。まあ、そんな感じです」


「そ、そうですの」


 王族であるユリアナ王女には、全く想像がつかない事態が起こっている事だけは確かだ。


「ついでに言っておくと、馬鹿は居候であって国民ではない」


「えっ?」


「そういう意味では俺の許しなど不要なのだけど、一応は本人の話も聞いてみたくて呼びました」


「国民ではない?」


 この事実を、ユリアナ王女は、ラルフの口から聞いていない。


「そう」


「居候というのは、何をしているのかしら?」


「居候だから特に決まった事は何も。好きな事をしていますね。あれの場合はもっぱら鍛錬か」


「そうですか……」


 ユリアナ王女にとっては、誤算だった。共和国の臣下を引き抜いてきたという事で手柄にしたかったのだが、これでは引き抜いた事にならない。


「あっ、でも長く居るのですわよね?」


「まあ。建国前からですね」


「では良いです」


「何が?」


「いえ、別に」


 ユリアナ王女の顔に、また笑みが戻った。居候であったなどと正直に話す必要はない。要はラルフが共和国の情報を王国にもたらせば自分の手柄になるのだ。


「はっ、離せ!」


「うるさい! 馬鹿兄貴!」


 そんな会話をしている間に、入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。ルシアの後を、ティアナが引きずるようにしてラルフを連れてきていた。


「カムイ様。ラルフ殿をお連れしましたわ。ちゃんと生きております」


「いいえ、今殺しますから。カムイ様のお手を煩わせる事はしません。ご安心下さい」


 ルシアの報告に続いて、ティアナが物騒な事を言いだす。


「ティアナさん、とりあえず生かしておいてもらえるかな? 話したい事があるから」


「……カムイ様がそう仰るなら。ほら、この馬鹿兄貴! さっさと跪け!」


 カムイに向ける笑顔とは、全く異なる鬼の形相で、ティアナはラルフを怒鳴りつける。


「どうして俺が!?」


「まずは跪いて詫びろ。ほら、早くして」


 ラルフの腕を引っ張って、強引に床に跪かせようとするティアナ。


「離せ! この鬼妹!」


「何ですって!?」


 そのティアナに、ラルフも口で抵抗する。腕力を使わない所が、ラルフのティアナに甘い所だ。結局は、ただの兄妹げんかだ。

 面白くはあるが、いつまでも放っておく訳にもいかない。


「出来ればもう少し静かにしてもらいたい」


「……はい」


 カムイの制止の声を聞いて、ティアナの勢いが一気に萎んだ。


「さてと、話は聞いた。お前、王国に行くのか?」


 ティアナが静かになった所で、カムイはラルフに問いを向けた。


「……ああ」


「王国に行ってどうする?」


「それは分からない。行ってから考える」


「相変わらずだな。ユリアナ王女殿下。彼の処遇は決まっていないのですか?」


 何も考えていないラルフに呆れながら、カムイは聞く相手をユリアナ王女に変えた。


「私の近衛にと考えておりますわ」


「近衛か。ちなみにユリアナ王女殿下の近衛が戦争に出ることはあるのですか?」


「ありませんわ」


 女性の活躍の場などない王国だ。戦争に出る機会などあるはずがない。


「そう……。お前、それで良いのか?」


 カムイは又、質問の相手をラルフに戻した。


「良いも悪いもない。そういう仕事だという事だろ」


「分からないな」


 ラルフの態度は、どこか不貞腐れていて、何を考えているのかカムイには分からなかった。


「カムイ様、ラルフ殿は王国に行くと言っているのです。それで良いではありませんか? それに、そもそもラルフ殿は共和国の方ではなく」


「少し黙っていてもらえませんか? 俺は本人に話を聞きたいのです」


「……はい」


 ユリアナ王女を黙らせた所で、カムイは又、ラルフに向かって、問いを発する。


「お前は何の為に王国に行くんだ?」


「仕事を求めてだ」


「じゃあ、何の為に、この場所に来た?」


「それは……」


「強くなりたいからではないのか?」


「そうだ」


 カムイと同じ環境で、同じ鍛錬をすれば、同じように強くなれる。ラルフが、ノルトエンデに来たのは、こう考えての事だ。


「王国に行って強くなれるのか?」


「なれる。別にどこにいようと俺は強くなる。強くなっていつかお前を超えてみせる」


「そうか。それは変わらないんだな……。じゃあ良いかな?」


「カムイ様!」


 カムイが容認する言葉を口にした事で、慌てて、ティアナが大声を上げた。


「あっと、ティアナさんはどうする? 付いて行くのか?」


「それは……」


 ティアナの顔が陰る。ティアナとしては、こんな質問をカムイにされる事が、ショックなのだ。


「その前に!」


 ここで助け舟を出したのはルシアだった。


「な、何?」


「カムイ様がどうして欲しいかを、先に言ったほうが良いと思いますわ」


「あっ、そうか。えっと、残って欲しいと思っている」


「では残ります!」


 望んでいた言葉を貰えて、ティアナの顔は一瞬で明るくなった。


「早いな。じゃあ、ティアナさんはこれまで通りで。でも良いのか?」


「はい。兄妹と言っても、いつかは別の人生を歩む事になると思っていましたから」


 カムイの側に残る口実だとしても、言っている事は間違いではない。


「そうか。それもそうだな。じゃあ、これからもよろしく」


「はい!」


 元気に返事をするティアナとは、正反対に、二人のやりとりを見ていたラルフの顔は歪んでいる。


「何で俺には……」


 このラルフの呟きは、ティアナと話していたカムイには聞こえなかった。

 だが、ユリアナ王女には、聞こえてしまった。ラルフの呟きの意味を知ったユリアナ王女は慌てて、話を纏めようと口を開いた。


「カムイ様、では、ラルフ殿を王国にお連れしてよろしいですわね?」


「ああ、本人の希望であれば、俺に止める権利はない」


「それは先ほどお聞きになった通りですわ。では、これで私の願いは聞き届けられたという事で」


「ただ俺からラルフに頼みがある」


「何かしら?」


「ラルフにと言ったのですが?」


「…………」


 懲りないユリアナ王女だった。


「何だ?」


 カムイの言葉を受けて、少し、ふて腐れた様子で、ラルフが問い返す。


「強くなれ。俺を倒せるくらいに強くな」


「……もちろんだ」


「そうなったお前に頼みがある。もし、俺が間違った道を進んでいると思ったら。この世界の人々を苦しめるような事をしていると思ったら、その時は俺を止めてくれ」


「止める?」


「殺せという意味だ」


「な、何を言っている?」


 自分を殺してくれと頼むカムイの意図が、ラルフには分からない。


「俺は以前、大きな間違いを犯している。この先もそれをしないとは限らない。一国の王となった俺が間違いを犯したら、それは多くの人々を苦しめる事になるだろう。だからと言って、俺は歩みを止めるつもりはない。俺たちの夢はまだ遠い先にあるからな」


「そうであっても、自分を殺せなどと言う奴がいるか」


「そういう存在がいるから、俺は安心して前に進める。間違ってもそれを正してくれる者が居ると思えば、迷わずに進めるだろ?」


「お前……」


 ラルフにとって、初めて聞くカムイの弱気。常に余裕を感じさせているカムイが、内心でこんな事を考えていたなど、ラルフは知らなかった。


「実はこれは前にヒルデガンドに頼んでいた事だ」


「王妃に……。そうなのか?」


 ラルフはその視線をヒルデガンドに向けて問いかけた。


「はい。そして私もカムイに、私が誤った道を進んだら、止めて欲しいとお願いしました。皇国学院を卒業する頃ですね」


「そんな前に? お前らって……」


 二人の付き合いが長い事は知っている。だが、二人がこんな事を誓い合っていたなど、ラルフには初耳だ。


「ヒルデガンドは俺の妻だからな。もう、その役目は果たせない。俺が道を踏み外せば、ヒルデガンドも一緒に落ちていくだろう。だから、その役目をお前に頼みたい」


「……何故、俺に?」


「お前は馬鹿だから」


「何だと!?」


「馬鹿だから、真っ直ぐな道を進もうとする。正道ってやつだな。正道を進むお前は、俺たちに染まる事がない。だから、常に俺たちの批判者で居てくれる。そんな、お前だからだ」


 目的の為には手段を選ばない。こう誓って、カムイたちはここまでやってきた。それを後悔してはいないが、正当化するつもりはない。

 悪事は、どんな理由があろうと悪事なのだ。批判者は、これをカムイたちに思い出させてくれる。


「まさか、最初からそのつもりでここに来いと?」


「いや。最初はそこまで考えていなかった。でも、ずっとお前を見ていて、お前がそういう奴だと分かった。それからだな。これを考えるようになったのは」


「ずっと見てた?」


「そういう奴が俺たちには必要なんだ」


「あっ……」


 カムイの言葉にラルフは一瞬呆けたような顔をしたが、すぐにその顔を隠すように俯いてしまった。


「どうした?」


「……ずっと見てた?」


「あ、ああ見てたな」


「ずっと……」


「な、何?」


「ずっと、今の言葉が聞きたかった」


 震える声で、やっとラルフは、これを口にした。自分の存在をカムイは、忘れないでいてくれた。これがラルフには、堪らなく嬉しかった。


「……あっ、そうか。済まない。あまり馴れ合ったらと思って、わざと距離を取ってたから」


「そんな事で……、そんな事で俺がお前の事なんて好きになるか!?」


「好きって」


「俺は何があっても一生、お前を批判し続けてやる!」


「あ、ああ」


「ずっとお前の行動を監視し続けてやる!」


「い、いや、それは止めて欲しいな」


「俺はずっと、ずっと……」


 ラルフは又、下を向いて、この先を続けようとしなかった。


「えっと?」


「あの、カムイ様」


 戸惑うカムイに、ティアナが声を掛ける。


「何?」


「あの、つまり、うちの馬鹿兄貴は、ずっと側にいてやると言いたいのではないかと」


「……はっ?」


「あっ、側にはおかしいですね。つまり王国には行かないという事かと」


「えっ? そうなのか?」


「……王国は遠い。そこからだとお前を殺すのは大変そうだからな」


「まあ」


 ティアナに一番言い辛い事を言って貰えたので、もうラルフには躊躇いはなくなった。話している内容は素直とは言い難いが。


「近くだとすぐだ」


「……ああ、そうだな。じゃあ、そうしろ」


「良いのか?」


「そうしたいのだろ? だったら好きにすれば良い。お前にはその自由がある」


 居候であろうと、心の底から望むのであれば、居場所は用意する。アーテンクロイツ共和国とはそういう場所だ。そういう場所にしたいと、カムイは思っている。


「分かった」


「馴れ合うなよ?」


「誰がお前となんか馴れ合うか」


「居候のままだぞ?」


「俺はお前に仕える為に残る訳じゃない。いざという時にお前を止めるために残るんだ」


「そうだな。それで良い」


 満面の笑みを浮かべるカムイ。それに照れくさそうにしながらもラルフも笑みで応えた。

 当然、それに納得いかないのはユリアナ王女だ。


「ちょっと待って下さい。それでは私との約束が」


「俺は本人が望むならと言ったはずだ」


「ではラルフ殿。約束はどうなるのですか?」


「ああ、悪い。忘れてくれ」


「そ、そんなに軽く」


「軽くと言うけど、そっちだって、付いて来たいなら、来れば良い、と軽く誘ったと思うけどな」


「……そうかもしれませんが」


 取り繕う必要のない相手だと思うと、すぐに高飛車な態度を取るのは、ユリアナ王女の悪いくせだ。


「付いて行きたくないから、行かない。そうじゃ無いのか?」


「……そうなりますわね」


「じゃあ、そういう事で」


「…………」


 何も言えなくなったユリアナ王女だが、その顔は屈辱で真っ赤に染まっていた。気持ちの中では、全く納得していないのだ。


「……えっと、ユリアナ王女殿下。話が一段落した所で、食事でもどうですか?」


 一応は他国からの来賓であるので、カムイは気を遣ってみた。


「食事……。もうそんな時間ですか」


「少し早いけど、皆待ちくたびれているだろうから」


「皆と言いますと?」


「テレーザの試験に立ち会った者達です。せっかく集まったのだから、皆で楽しもうという話になって。良かったらご一緒に」


 つまり、魔族の部族長たちだ。これが分かると、ユリアナ王女の返事は決まっている。


「……失礼、私、少し疲れが出たようですわ」


「そう……。じゃあ、仕方がないですね。部屋に食事を運ばせましょう」


「よろしくお願いします。では、私は失礼致しますわ」


 これ以上は、一時もここに居たくないとばかりに、早足でユリアナ王女は、部屋に戻っていった。


「完全に怒らせたな」


「あっ、悪い。俺のせいだな」


「いや、それがなくても同じだ。気にするな。それに向こうが好意的であったとしても、こっちが願い下げだ」


「どうしてだ?」


「疲れたなんて、あからさまな嘘をついて。魔族と同じ席につきたくないだけだ」


「そういう事か」


「まあ、対応を考えるのは後で良い。とりあえず飯にしよう」


◇◇◇


 ユリアナ王女が参加を辞退してくれたおかげで、夕食の席は気兼ねのない、賑やかなものになっていた。これだけの面子が揃うのは久しぶりの事でもある。

 それぞれが、話したい出来事を山ほど持っていて、ネタは尽きることがない。

 それでも、何と言っても今日の話題の中心はテレーザだ。


「テレーザ! いつまでも、そこで話してないで、こっちにも来い」


「あっ、はい」


「良いのよ。あんな獣人相手にしないで。ちょっとライアン。邪魔しないでくれる。今は大事な話をしているのよ」


「大事な話だと? カミラの話など、どうせ男の口説き方だろうが」


「悪い?」


 テレーザに男の口説き方を教えようという強者が、魔族には居る。


「テレーザ。ヴァンパイオにそんな話を聞いても無駄だ。こっちで武術の話をしよう」


 ライアンは構わず、テレーザに近くに来るように誘った。


「あっ、はい」


「テレーザ。良いのよ、あんなの放っておいて」


 返事をして、席を立とうとするテレーザをカミラが引き止める。


「えっ、あっ、はい」


「独り占めするな。テレーザは今日の主役だぞ?」


 すかさず、ライアンが文句を言ってくる。


「側室となったのだから、こういう話は大切でしょ?」


 カミラの方も譲るつもりはない。

 

「何が大切だ。そもそもヴァンパイオに口説くも何も無いだろうが?」


「何よ?」


「テレーザ、良いことを教えてやろう」


「は、はい」


「ヴァンパイオの女には気をつけろ」


「えっ、どうして?」


「そいつらはな、その気になれば、何もしなくても男を惹きつけられるのだ。気を付けないと王を取られるぞ」


 ヴァンパイオの女性全てが持つ性質。魔法など関係なく、男性を魅了する力が発動するのだ。


「ええっ!」


「ちょっと変な事言わないでよ。テレーザ、安心して。ちゃんと封印してるから」


「封印って……」


 つまり、ライアンの言っている話は事実という事だ。


「封印を解けば、それで終いだろうが」


「あら、それはどうかしら? 私は王には効かないと思うわ」


「おっ? お前、さては試したな?」


「まさか。あっ、でも一度くらいは試してみようかな?」


「だ、駄目っ!」


 カミラの冗談に、慌てて、テレーザは反応する。


「まあ、可愛い。テレーザは純情ね。大丈夫よ、そんな事しないから」


「本当に?」


「本当」


「いいから、テレーザを寄越せ。俺の次にも待っている者はいるのだぞ」


「「そうだ! そうだ!」」


 ライアンの言葉を受けて、一斉に他の部族長が声を上げる。


「もう、仕方ないわね。じゃあ、テレーザ。又、ゆっくりね」


「はい」


 こんな感じで、テレーザは、引っ張りだこになっていた。

 そんな様子を見て、カムイも一安心という感じだ。テレーザが何の抵抗もなく、魔族と打ち解けているのが何よりも嬉しかった。


「嬉しそうですね?」


「えっ、ああ。まあ、仲良くしてくれたほうが俺も気が楽だから」


「そんな言い方して。私はそんなヤキモチ焼きではありません」


「……そうかな?」


 ヒルデガンドがヤキモチ焼きである事は、今や疑いようもない事実だ。


「何ですか?」


「いや、何でもない」


「……でも、正直、あのテレーザさんが、こんなにも打ち解けられるなんて思いませんでした」


 何かと、カムイに突っ掛っていたテレーザをヒルデガンドは思い出している。それを辺境領の子弟への偏見、そんな風に感じていた事もあったのだ。


「アウラがテレーザに月になれって言ったけど、良い例えだと思う」


「どういう事ですか?」


「テレーザは……、鏡と言ったほうが、わかりやすいかな? 接する相手によってその姿を変える」


「……良い人相手だと良い人。悪い人だと悪い人。そういう事ですか?」


「まあ、そんな感じ。俺もずっと無神経な女だと思っていたけど、実はそうじゃなかった。人一倍、相手の気持ちに敏感で、その気持ちに沿うように気を使ってしまう。だから、あんなだった」


 その汲み取る相手が、自分勝手で無神経な女だったという事だ。


「テレーザさんの事、良く分かっているのですね?」


「……やっぱり、ヤキモチ焼き」


「違います。でも、それって、テレーザさんはクラウディア皇帝の気持ちを映していたって事ですか?」


「多分」


「……テレーザさんが行ってきた事は、クラウディア皇帝が、心の中で考えていた事?」


 ヒルデガンドのクラウディアへの印象も、やはり世間知らずのお人好しという所だ。テレーザの仕出かした事の裏に、クラウディアが居るとは想像出来なかった。


「想像だけどな。でも、そう考えると色々と辻褄が合ってくる。クラウディアには謀臣なんていない。ケイネルがそう見えるけど、あれは実はそれ程、悪辣な事が出来る性格じゃないと思う」


「あっ」


「どうした?」


「それで思い出しました。戻ったら、すぐに見てもらおうと思っていた物があって」


「何?」


「これです」


 そう言ってヒルデガンドは一枚の紙を取り出して、カムイに差し出す。


「用意がいいな」


「本当に急いで確認しなければと思っていて。でも、テレーザさんの試験で機会を逃してしまっていました」


「ああ、バタバタしてたからな。これって?」


「砦に留めている入国希望者の一覧です。とにかく見て下さい」


 ヒルデガンドに渡された紙に目を落とすカムイ。そこに記されてあった名前を確認して、すぐに顔を上げた。


「これって先帝の名前だな。来たのか?」


「それに皇太后も。テーレイズ皇子殿下が連れて来られたようです」


「アウラが約束したらしいからな。病気を治してやるって。それでだな。回復していると聞いていたけど、まだ調子悪いのかな?」


「それは聞いてみないと。でも見て欲しいのは、先帝たちではなく、その下に書いてある名前です」


「あっ、そう。……ん?」


 続けて書いてある名前にカムイの目が釘付けになる。


「……嘘だろ?」


 カムイが目を止めた、その場所には、ケイネル・スタッフォードの名が記されてあった。

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