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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
134/218

懲りない皇国の面々

誤字を修正しました。

 アーテンクロイツ共和国と同様に皇国でも国政組織の変更が行われていた。もっとも組織態勢そのものを、大きく変えた訳ではない。先帝が人事不省に陥った後、合議体制のようになっていた組織を従来の皇帝を頂点として運営に戻しただけだ。

 ただ、その中身は大きく変わっていた。従来の世襲から実力主義への転換へ。これは、それだけ皇国の危機感が強いという事だ。

 皇帝臨席の最高会議には、新顔がいくつも見えている。


「では、私からご報告させて頂きます」


 会議の進行を務めるのは、変わらず宰相を務めているケイネルだ。


「共和国との交渉については、ようやく進展を見ました。まずは、陛下の即位式への参加の約束を取り付けております」


「それで誰が来るの?」


「共和国外交局長マリー・コストル」


「えっ?」


 自分の知っている名が聞けるとは、クラウディアは思っていなかった。クラウディアにとっては思いがけない、良い報告だ。


「重臣は派遣出来ないという話だったのですが、実際に先方が伝えてきたのはマリー・コストルの名です」


「どうしてかな?」


「分かりません。交渉を深める必要性を共和国側が感じたのか、それとも何か策を考えての事なのか」


「断れ」


 口を挟んできたのは前北方伯だ。前北方伯は領地を離れ、政務顧問として国政に参加していた。


「……理由をお聞かせ願えますか?」


「マリー・コストルは反逆者ではないか。そのような者を、陛下の即位式に参列させる訳にはいかん」


「なるほど。こちらがその罪を許したという事になる訳ですか。一つ理由が分かりました。しかし、断れば共和国は参列を断ってくるかもしれません」


「構わん。そもそも反乱領主の者を何故、参列させる必要があるのだ?」


「では、その先は? 反乱の鎮圧に赴くと言うのですか?」


 前北方伯は、とっくの昔に決めた事を、蒸し返してきている。

 ケイネルは、内心ではうんざりしているのだが、相手は皇国の重鎮。無下には出来ない。仕方なく説得する為の話をしている。


「当然だな」


「王国はどうするのです?」


「ヒルデガンドを取り戻す為に戦うのだ。それが終わるまで待ってもらえ」


「なるほど、それも一つの方法です。ただ問題が」


「何だ?」


「勝てますか?」


 軍事であれば質問する相手が違う。これを前北方伯に聞くのは、ケイネルの中で、苛立ちが治まらなくなってきたからだ。


「……きちんと軍を整えていけば勝てる」


「お答えが曖昧になりました。自信がおありではないのですね?」


 絶対に勝てると言える相手であれば、こんな苦労はしていない。答えが分かっている質問だ。


「では、ノルトエンデと交渉してどうするのだ? ヒルデガンドを返せと言って返してくる訳がない」


 前北方伯は、勝てないとは答えずに、質問で返してきた。


「王国との再戦で協力してもらえるかもしれません」


「……王国と戦う気はあるのか」


 ただ単に戦争に怯えているだけの弱腰。前北方伯は、このケイネルへの評価を、少し改める必要が出来た。


「共和国とも王国とも仲良くなど出来るはずもありません。要はどちらを敵に回さないでおくかです」


「何故、王国を選ばん?」


「では王国と結んで、王国は共和国との戦いに協力してくれるでしょうか? 仮に協力を得る事が出来て共和国に勝てたとして、その後も友好な関係は続くのでしょう?」


「それは共和国でも同じだ」


「共和国は、少なくともカムイ王がいる限り、一度、約束した事は守ると思います」


 カムイの言動がこれを証明している。中には策謀の類は、あるにしても、誠意に対して、裏切りで返す事はない。


「約束など……」


「では、共和国に確実に勝てると。その理由も含めて説明してください」


「兵数が違う」


「共和国への進入路は一カ所しかありません。そこは堅固な砦に阻まれていて、その場所も大軍が展開できる場所ではありません」


 兵数だけで、ノルトエンデの地を落とせるのであれば、先々帝は、何の苦労もしなかったはずだ。共に戦っている前北方伯は、分かっているはずなのに、このような事を言ってくる。


「他を攻めれば良いのだ。東南の辺境領を攻め落とせば、それでノルトエンデの戦力、影響力は大きく低下する。その後で、じっくりと締め上げれば良い」


「それなりに聞こえますが」


「皇国騎士団で東部辺境の制圧は可能だな、南部は西方伯家を動員すれば良い。戦術的には……」


そこでまた口を挟んできた者がいる。クリストフ・ベック元将軍、今は軍事顧問という肩書になっている。


「私は軍務省長に話を聞きたいのですが?」


 うんざりした顔でケイネルは、話を続けようとするベック軍事顧問を遮った。

 実力者の登用。これ自体はケイネルも大賛成だ。実際にケイネルは皇国学院時代の繋がりや、実家の伝手を使って、優秀な人材の登用に努めてきた。

 だが、その横でクラウディアも同じような事を、全く別の観点で行っていた。

 経験豊富な者を顧問として置く事は間違ってはいないが、問題はそれを押さえる者がいない事だ。結果として、嘗ての重鎮たちは、顧問という立場を超えて意見を押し通そうとしてくる。


「では話して見るが良い」


「……はい。全軍を動員する余裕は、現在の皇国にはありません。少なくとも、来年の税収を得るまでは。それでも長期戦となるとどうかと」


 軍務省長が、財政の観点から否定的な意見を述べる。


「臨時徴収という手もありますよ」


 その意見に対して、又、横やりを入れてくる者がいる。もう一人の政務顧問であるカルク元宰相だ。


「……国民に負担させろと言うのですか?」


「中央貴族家へ負担させれば良いのです。中央貴族は前回の戦乱で何の活躍もしていません。領地に余裕はあるはずです」


「結果として、その地の領民への負担となります」


 そもそも、中央貴族に余裕などない。活躍しようとしまいと、出陣するだけで、戦費は掛かるのだ。


「今は有事ですよ?」


「それで中央貴族領で反乱が起こったら、目も当てられません」


「中央貴族にそんな度胸はない」


 議論が自分たちに有利に進んでいると見て、また前北方伯が話に入ってきた。


「……私は、その中央貴族の出ですが、今の皇国であれば、それなりにやって見せる自信はあります」


「なんと!?」


 これを口にしたケイネル宰相は完全に切れている。老害がよってたかって文句を言ってくる。この所の会議はずっと同じだ。どんな辛抱強い者でも、いつかはこうなる。


「南方は未だ叛いたまま。東方は流動的。そして西方も動きがおかしい。西方伯は一向にこちらの召喚に応じないではないですか? 中央で大規模な動乱が起きた場合、皇国はそれを治めきれますか?」


「中央貴族軍は実戦経験も乏しい。皇国騎士団単独で十分に制圧可能だ。それに北方伯家がある」


「そこを王国、もしくは共和国に突かれたら? 共和国はともかく、王国は喜んで、援軍の名目で攻め込んでくるでしょう。どちらの援軍を名乗るか分かりませんが」


「…………」


 ケイネルの言った事態になる可能性は充分にある。これが分からない程、前北方伯は馬鹿ではない。


「戦争の話を今行っても無駄です。まずは、敵の数を減らすために外交を使うべきです」


「では王国と結べ」


「なぜ?」


「外交とは他国と行う事だからな」


 偏見と無駄なプライド。これが、前北方伯たちを盲目にさせている。


「そんな建前は無用にして頂きたい。アーテンクロイツ共和国も、東部諸国も、皇国の下にはありません」


「東部辺境領まで国と呼ぶのか……」


「事実です。東部辺境領は、再興を宣言して、国を立てております。それを辺境領だなどと呼ぶのは現実を無視した考えです」


 この現実を、前北方伯たちは、認めていない。自分たちの時代の、栄光の皇国を取り戻す事しか、考えられないのだ。


「そんな事を安易に認めては、皇国は成り立たん」


「成り立っていない今の状況をどうするか議論しているのです」


「王国との講和を正式に成立させ、国内の反乱を治める。そう言っておる」


「……何故、それほど共和国を敵視するのですか?」


 それが現実的な選択ではないと、ケイネルは言っているのだ。これを理解出来ない前北方伯たちが、逆に、ケイネルは理解出来ない。


「暗殺などという卑怯な手を使う者は信用出来ん」


「……結局それですか?」


 出てきた答えは、ケイネルに言わせれば、実にくだらない感情論だった。 


「何だ、その言い方は?」


「先々帝の時代に一緒にいた方たちが殺された。それを恨んでいるのですね?」


 前南方伯の死。これを、皇国では、カムイの仕業だと考えている。正解である。


「恨むのは当然だ」


「私事を国政に持ち込む事は止めて頂きたい」


「何だと!?」


「私もカムイ王を暗殺して事が済むのであれば、喜んでその手を選びます」


 それが皇国の為になるのであれば、自らの手を汚す覚悟を、ケイネルは持っている。


「……では、やれ」


「ではお手本を見せてください。私にはカムイ王を暗殺する手段が浮かびません」


「何だと?」


「個人としても強い。その周りも、飛び抜けた強い者たちが守っている。真っ向からでは無理。では言葉通り、暗殺をしようにも、情報収集の為に忍び込ませようとした間者は、全て消息を絶っています」


「…………」


 カムイ側が、本気になれば、近づく事さえ出来ない。暗殺は容易ではない。


「一方で、北方伯家に本人が簡単に忍び込んできた。何をどうしたのか、調べても手掛かりもなし。違いましたか?」


「……違わん」


「そんな相手をどうやって? 私は暗殺する方法より、暗殺を防ぐ方法を考えた方がまだマシだと思います」


「…………」


 前北方伯は、何も言えなくなった。暗殺を許す気になったのではない。カムイ側の恐ろしさを、改めて、感じたのだ。


「話を前進させて頂いてもよろしいですか?」


「ちょっと待ちなさい」


 ようやく前北方伯を黙らせたと思ったら、次はカルク政務顧問だった。ケイネルの苛立ちは、更に募る。


「まだ、何か?」


「物事を進めるには、方針というものをはっきりさせておく必要があります」


「そんな事は分かっております。それを混乱させているのは、どなたですか?」


「感情的にならずに冷静に話を聞きなさい。良いですか? 皇国の現状の問題は、王国との講和を正式に成立させる為にはヒルデガンドが必要なのに、それをノルトエンデに押さえられている事にあります」


「だから?」


 そんな事は分かりきっている。カルク元宰相に対しても、ケイネル宰相の態度は遠慮がなくなって居る。


「だから、王国との再戦は避けられないと考え、ノルトエンデとの交渉を進めている。ノルトエンデもそれは分かっているので、色々とこちらに要求を飲ませようとしている」


「それも分かっております」


「主導権をノルトエンデに渡したまま、交渉を進めても、皇国にとって何ら良い事はありません。それを打開する事が先決だと思います」


「その方法が見つからないから」


「ヒルデガンドという問題を取り除く事を考えるべきです。王国との講和条件を変えて、別の事で正式な講和を結ぶ。皇国がまずやるべきはそこです」


 ケイネルも、これを考えなかった訳ではない。だが、新たな講和条件が見つからなかった。それだけではない。そもそも王国は、本気で講和を結ぶつもりはないのではないかと、ケイネルは思っていた。


「……王国が飲む条件がありますか?」


「東部辺境領の割譲」


「元に戻しただけです。それで条件合意が出来なかったから、今のようになったのではないですか」


「もう一度、交渉してはいけないという事はありません。それを元に細かく詰めて行けば良いのです」


「しかし」


 ケイネルにはカルク元宰相はただ単に自分の失敗を取り戻したいだけにしか思えない。


「今はノルトエンデの思惑から外れて動く事が大事なのです。これまで皇国は、ずっと後手を踏んできました。ここから先は、先手を取って動くべきです」


「それは分かりますが……」


「即位式はすぐに行いましょう。貴方が気にしているのはそれですね?」


「いえ」


 即位式など、ケイネルは、どうでも良い。それに拘っているのは、クラウディアだけだ。


「隠さなくても良い。別に参列者が少ないからといって、即位式が無効な訳ではありません」


「ええっ! そんな!」


 ずっと黙っていたクラウディア皇帝が声を上げる。関心は、ここにしかないと言っているようなものだ。


「陛下、ご自身の事より、皇国の事をお考えください」


「…………」


 納得した訳ではない。反論が見つからないだけだ。クラウディアに皇国の事を考えられるのであれば、すぐに皇帝の地位を退くだろう。


「ご了承頂けたものと判断致します。これでノルトエンデとの交渉が長引こうと、皇国にとって何ら問題ありません。王国との交渉に注力する事が出来ます」


「そうかもしれませんが」


「貴方がたはノルトエンデを恐れ過ぎています。油断はいけませんが、過度の恐れは、判断を誤る事になりますよ」


「過小評価する事も、判断を誤る事になります」


「過小評価も何もありません。ノルトエンデは辺境のはずれの小さな領土です。皇国に敵対する力は本来ないのです」


「…………」


 耳を疑う台詞に、驚きのあまり、ケイネルは言葉を失ってしまう。


「分かりましたか?」


 ケイネルをやり込めた、そう思ったカルク政務顧問だが。


「いえ、あまりの見識のなさに、これでどうして宰相が務まったのかと、呆れているのです」


「はい?」


 ケイネルの侮辱に、今度は、カルク政務顧問が、自分の耳を疑う事になった。


「お聞きしますが、東部諸国は戦乱で荒れた領地を急速に復興させています。その資金はどこから出ているのでしょう? 南部反乱軍も又、これだけの長い戦いの戦費をどこから調達しているのでしょう?」


「……共和国から出ていると言うのですか?」


「はい。私はそう思っております」


「それこそ呆れますね。そんな財力が、どうしてノルトエンデにあるのです?」


「まずは私の質問にお答えください。東部と南部の資金はどこから出ているとお考えなのですか?」


 カルク政務顧問の誤魔化しを、ケイネルは許さなかった。重ねて、質問の答えを求める。


「……良いでしょう。ノルトエンデの国力が想像以上である事は認めます。ですが、それが王国を超えるものではないことは間違いありません。まずは弱い所から攻める。これは基本です」


 ノルトエンデへの認識の誤りは認めたものの、主張を変えるつもりは、カルク政務顧問にはない。


「攻めるといっても」


「では私の案を説明しましょう。東方伯家へノルトエンデ制圧の指示を出します」


「言う事を聞かなければどうするのです?」


「どちらでも良いのです。東方伯家について、必要なのは旗幟を鮮明にさせる事です。敵なのか味方なのか分からないでは、こちらも動きようがありません」


「敵であれば?」


「実際それは心配しておりません。東方伯は皇国への忠義に厚い。私情に走って皇国を裏切る事はありません。今はきっかけが掴めないだけでしょう。そのきっかけをこちらから作ってあげるのです」


 これを聞いて、又、ケイネルは、どうして宰相が務まったのか疑問に思う事になった。

 カルク政務顧問は優秀な事務方ではあるが、無から何かを生み出す者ではない。だからこそ宰相だったのだ。何事にも優秀な先々帝が必要としたのは、自分の構想を寸分たがわず形にする人材だった。


「……最悪の場合を考えるべきでは?」


「最悪、東方伯も反乱を起こしたとして、それがどうなのです? 東方は皇国と王国に挟まれた場所にあります。両側から攻め込めば良いのです」


「…………」


 ケイネルはここで言葉を失ってしまう。あまりに都合の良い考え方。今の話は、もう王国との講和が成立している前提だ。


「次に南方です。南方伯に恭順の使者を。恐らくもう限界でしょう。手を差し伸べてやる時期です。前南方伯と異なり、息子は小物です。身の安全とちょっとした贅沢が出来る待遇を与えてあげれば、簡単に降伏するでしょう」


「それで? 南部と戦うのですか?」


「そうなります。西方伯家に動いてもらいます」


「ですから西方伯は」


「そこを動かすのです。なんでも良いではないですか。領地でも何でも与えれば良いのです。しばらくはそれで繋いで、皇国騎士団を動かせる余裕が出来たら、東部かノルトエンデの制圧です。どちらに向けるかは東方伯家次第ですが、まあ、東部でしょうね」


「絵空事だ」


「絵空事は言い過ぎですね。これは大方針に過ぎません。細かい所は各部署で整えて行けば良いのです。今が状況を大きく変える時です。そして皇国はかつての栄光を取り戻す。クラウディア皇帝陛下の下で。いかがですか? 陛下、この様な方針で」


「えっ、あっ、うん」


 カルク政務顧問に問われたクラウディアは、いつもの調子で、相手に合せてしまう。完全に自分の立場を忘れていた。


「陛下!?」


 慌てて、ケイネルが声を上げたが、手遅れだ。少なくとも、カルク政務顧問は、手遅れにするつもりだ。


「皇帝陛下のご裁可は下されました。さて、各部署で具体的な計画を立ててください」


「貴方にそんな権限はない!」


「ご裁可を下されたのは私ではなく、陛下ですよ?」


「陛下!?」


「あっ、そうだね」


 ケイネルの剣幕に、自分の過ちを悟ったクラウディアだが。


「陛下。上に立つ者は簡単に前言を翻すものではありません。それが皇帝というものです」


「う、うん。そうだね」


 クラウディア皇帝という人物は操るには、実にもってこいの人物だった。但し、操る側が複数いる場合は、混乱の種になる。


「さあ、ケイネル宰相、貴方も臣下として陛下の思う事を実現する為に尽力すべきですよ」


「……覚えておけ」


 捨て台詞を吐いて、会議室を出て行くケイネル。

 カムイたちが何をするまでもなく、皇国は勝手に主導権争いを繰り広げて、自滅する事になる。


◇◇◇


 会議室を飛び出したケイネルを、オスカーは追い掛けていた。たどり着いたのは、今は使われていない部屋だった。


「ここに来るとは……。重症だな」


 ここは、ソフィーリア皇女が嘗て使っていた部屋だ。


「ケイネル、入るぞ」


 返事を聞くことなく、オスカーは扉を開けて、部屋の中に入った。その目に映ったのは、部屋の窓から外を見ているケイネルの背中だった。


「大丈夫か?」


「大丈夫? 心配されるような事はない」


「よく言う。最後の言葉はお前らしくない。頭にきたのは分かるが、もう少し、うまくやるべきだったな」


「分かっている。だが、どうにも我慢ならなくなった」


「まあ年寄りどもはな」


 あの強引さは、感心する程だ。ああいう厚かましさがなければ、国政など出来ないのかと、オスカーは思ってしまうくらいだった。


「いや、今の自分がだ」


「おい?」


 だが、ケイネルの答えは、考えていたものと違っていた。


「俺は、これでも本気で皇国を変えたいと思っていたのだ。皇国を憂いて、それを、何とかしたいと」


「それはよく分かっている」


 長い付き合いで、オスカーにも、これは分かっている。出世目当てであれば、こんな苦労には耐えられない。


「何とか出来ると思っていた。それだけの能力が俺にはあると思っていた」


「お前は、頑張っている」


「違う。そんな思いはとっくの昔に消えている。カムイたちを知った時にな」


「そうか……」


「敗北感に打ちのめされて、自信を失って」


「それは……、仕方ない」


 この経験はオスカーも同じだった。だが、ケイネルとオスカーの経験には、少しだけ違いがある。


「それでも楽しかった」


「なっ?」


「楽しかったのだ。この部屋でソフィーリア様を中心にして、皇国を何とかしようと様々な事を話し合っていた時は。いつかカムイたちを越えよう。自分もソフィーリア様の力になろう。そんな情熱に燃えていたあの頃はな」


「……それは情熱のおかげではなく、ソフィーリア様の事が」


 ケイネルが昔を懐かしむ理由も、オスカーは知っていた。


「言わないでくれ。口にしてはいけない想いだ」


「……そうだな」


「それがどうだ? 皇国は変わるどころか、先々代の時代に逆戻りだ。いや逆戻りなら良い。彼らは、かつての栄光にしがみつき、現実を見ようとしない老害に過ぎない。国政はそんな老害どもに振り回されていて、俺もそんな皇国政府の一員だ。今なら少し俺はテーレイズ皇子とシオン宰相代行の気持ちが分かる気がする」


「ケイネル、それは言ってはいけない。それを考えてしまっては……」


 オスカーもこの先を言葉に出来ない。言葉にしてしまっては、それが現実になる。そんな恐れを抱くオスカーも、今の皇国に不安を抱く一人という事だ。


「分かっている。分かっていても、今は押さえ切れない。俺はソフィーリア様になんとお詫びすれば良いのか、そうも思ってしまう」


「……ケイネル。諦めたらそれで終いだ」


「慰めてくれているのは分かるが、それも違う」


「そうか。どう違っていた?」


「目的を見失いそうだ。そのくせ目標はある。それがどうにも歯がゆい」


「目標?」


「実力次第で、家柄なんて関係なく能力を発揮できる国。一部の特権階級の為でなく、国民全ての為の国。それが俺が目指していた国だ」


「これからも目指せば良い」


 懸命にケイネルを慰めようとするオスカー騎士団長だが、その思いは通じない。ただ騎士として、武の高みを目指していたオスカーと、ケイネルでは見ているものが違うのだ。


「では、オスカー。それが目の前にある場合はどうすれば良い? そして、それを壊そうとしている自分をどう納得させれば良い? 教えてくれないか?」


「……お前、それは」


 ケイネルが理想の国としてどこを指しているかは明らかだ。アーテンクロイツ共和国なのだ。


「そのままじゃないか。カムイたちは孤児、これはまだ良い。ヒルデガンドたちの一党も、しかるべき地位に就いただろう。これもまだ良い。あそこには元神教騎士団の騎士たちもいる。彼らも又、かつての恩讐を超えて、能力に見合った地位に就いている」


「そうか……」


「知っているか? 皇国学院の同年代の多くの平民たちが今、共和国に流れ込んでいる」


「何だと?」


「こちらが新たな人材を登用しようとしているのと同じ様に、共和国も人材を登用している。こちらが結局、貴族しか登用できない中、身分に関係なく、優秀な人材をな」


「そうだったのか」


「人材の質の差は開く一方だ。結局、かつての魔族との戦いと一緒。皇国は数でしか対抗出来ない」


「それでも、その魔族との戦いを優位に進めていた」


「それは魔族が本気で戦わなかったからだ」


「そんな馬鹿な!? 魔族は数を減らす一方で、滅亡の危機に瀕していたではないか!」


「その理由は……、いや、さすがにそれは言えないか。本来は知ってはいけない事だ」


「おい? お前、何を言っている? 何を知ったのだ?」


「いずれ分かる時が来る。徐々にその話は広まっているからな」


 知らないのは皇国ばかり。その中でケイネルは、その立場から、王国辺りで広がっている、ある教えをいち早く知ってしまった。


「それはどういう事だ?」


「俺の口からは言えない。どうしても、それを知りたければ、アウレリオ・ファニーニ元教皇の噂を探れ。それでおおよその事は分かるはずだ」


「元教皇……」


「ひとつだけ言えるのは、神教会は真実を隠していた。そして、皇国は真実を忘れている」


「それは?」


「オスカー。これを言うとお前は怒るだろうが、それでも伝えておく」


「何だ?」


「今のままでは皇国は滅びる。その時になって、国民を苦しめないように終わり方を考えておけ」


「お前……」


「皇国は間違った。そして俺も」


「お前、まさか死ぬ気じゃないだろうな!?」


「馬鹿な事を言うな。諦めたらお終い。それはさっきお前が言った事だろ?」


「そ、そうか」


「俺は諦めない。かつて胸に抱いていた目的をもう一度取り戻す」


「そうか」


 残念ながら、ケイネルの真意は、オスカーには通じなかった。お互いに友と思っている二人ではあるが、そうであっても、全てを分かり合える訳ではない。


「……心配かけて悪かったな。もう大丈夫だ」


「本当に大丈夫か?」


「ああ。だが、もう少し、ここで頭を冷やしていく。思い出に浸りながらな。悪いが一人にしてくれ」


「……ああ」


 もう少し、深く話を聞くべきだった。後にオスカーはこう言って、この日の出来事を後悔する事になる。

 この日が、オスカーがケイネルを見た最後となった。皇国は又、優秀な人材を失うことになったのだ。

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