女性を口説き落とすって
カムイからの返答があるまでは、ただ与えられた部屋で待ち続けていようと思っていたテレーザであったのだが、それは次の日には破られる事になる。
「師匠! さあ行きましょう!」
「あの、ルシアさん? どこへ行くのですか?」
「ん? またその口調ですか? 私相手にそれは不要ですわ」
「それはそうだけど」
ルシアに言われて、テレーザはすぐに素に戻る。
「そうそう。さあ、行きますわよ」
「いや、だから、どこに?」
腕を取って強引に部屋の外に連れだそうとするルシアに、テレーザは行き先を尋ねる。テレーザはあまり人に、特に皇国学院時代の知り合いと顔を合わせたくないのだ。
「カムイ様の所です」
「えっ?」
ルシアの答えはもっともテレーザが望まない答えだった。
「珍しく、外に出て鍛錬の様子を見ておられます。こんな機会は滅多にありませんわ」
「その機会って?」
「練習に決まっていますわ。私、考えたのですけど、いきなり技を使うのは難しいと思うのです」
「そうかな? 何とかなると思うけどな」
いきなり出来てしまったテレーザだからこその台詞だ。
「そう思えるのは師匠だからですわ。私には師匠のような才能はありませんの」
「才能って言うのか?」
才能だとしても、あまり望ましいものではないのだが、ルシアの言葉が真っ直ぐなので、テレーザは嬉しくなってしまう。
「才能ですわ。とにかく、私にはいざという時に備えた練習が必要なのです。それを今日、試してみますので、師匠に見ていてもらいたいのです」
「だから、私が見たって」
「私のやり方に問題があれば、指摘してください。さあ、カムイ様が執務室に戻らないうちに行きますわよ」
「あ、ああ」
結局、ルシアに押し切られる形でテレーザは部屋を出て、カムイの所に向かう事になった。その場所に着いてみると、ルシアの言った通り、カムイは騎士たちの鍛錬の様子を見ていた。
「今ですわね。今なら周りに邪魔者はいませんわ」
「ああ。それでどうするつもりだ?」
「……考えていませんでしたわ」
カムイが居るから、そこに行く。ルシアが考えていたのは、これだけだ。こんな所も、テレーザは親近感を覚える。
「何だか、昔の自分を見ているみたいだ」
「とにかく、意外性ですわね」
「そうそう」
「普段、おしとやかな私ですから、ここは活発な女性を演じるべきですね」
「…………」
「冗談ですわ」
「だよな」
「まずは当たって砕けろ、ですわ」
「砕けたら……」
テレーザの呟きを聞いた様子もなく、ルシアは真っ直ぐにカムイに向かって行く。これではテレーザを連れてきた意味はない。
「カムイ様」
「ああ、ルシア。へえ、テレーザ殿と一緒なのか?」
「はい」
「何かあった?」
「いえ……」
「じゃあ、どうした?」
「い、いえ……」
「……具合悪いのか?」
「……いえ」
全くノーアイデアのルシアであった。
「やっぱり熱でもあるんじゃないか?」
そう言ってカムイはルシアのおでこに手を当ててきた。ルシアの顔が見る見る赤く染まっていく。
「熱はないようだけど、顔赤いな。ひどくならないうちに、今日は休んだらどうだ?」
「だ、大丈夫です。失礼します!」
全く為す術もなく、退散したはずのルシアだったのだが。
「師匠、成功です!」
「それは残念……、成功!?」
「カムイ様に髪を撫でられるなんて久しぶりですわ。あんなに優しい言葉を掛けられたのも。やっぱり師匠の技は凄いですわ」
「い、いや、あれは撫でたとは……」
「よし。もう一回ですわ」
「ち、ちょっと!」
テレーザの止める声を聞くことなく、またルシアはカムイの所に向かう。
「カムイ様!」
「……休まなくて平気なのか?」
「はい。カムイ様のおかげで元気になりましたわ」
「……そう」
そんなはずがない。ルシアが何かを企んでいるのは分かった。ただ、それにテレーザが絡む意味が、カムイには分からない。
「カムイ様」
「何?」
「カムイ様にとっては遊びでも……、いえ、たとえそうでも私は……」
ワザとらしい、しなを作ってカムイに寄り添うルシア。子供っぽいルシアが、これをしても、ふざけているとしか見えない。
「うん、間違いなく熱あるな。今すぐに寝ろ。ここで寝ろ」
「ええっ? ここは、意外性を感じて、私にときめく所だわ」
「……なるほど。そういう事か。テレーザ殿! ちょっとこちらに来てもらえるかな?!」
ようやくテレーザが、この場に居る理由がカムイにも分かった。
「……はい」
鉛のように重く感じる足を、引きずる様にして、テレーザはカムイの所に向う。何故、カムイに呼ばれたのかなど、考えるまでもない。
「なんでしょうか?」
「ルシアに何を教えた?」
「……男性の口説き方を」
「やっぱり。余計な事しないでもらえるか?」
「申し……」
「カ、カムイ様!」
謝罪を口にしようとするテレーザを遮って、ルシアがカムイの名を呼ぶ。
「何?」
「師匠は悪くないのです。私が師匠に無理を言って、教えてもらったのです」
「師匠って……」
「師匠のお言葉は大変参考になりますわ」
こういうルシアの真っ直ぐさを見せられると、いつもカムイは怒る事が出来なくなる。
「……えっと、テレーザ殿」
「はい」
「責める様な言い方をして悪かった。ただ、ルシアには不要な事だ」
「申し訳ございません」
「いや、そういう事じゃなくて。ルシアの事を俺はそれなりに知っているつもりだ。良い所も悪い所も。それを分かって、側にいてもらっている訳だから」
「そうですか」
「ルシアも。どんな理由で俺の気を引こうとしているか分からないけど」
「「分からないんだ?」」
「えっ?」
師弟の心が一致した瞬間だった。
「いえ、何でも」
「とにかく無理して演技しているルシアよりも、普段のルシアが俺は好きだな」
「す、好きって言いましたわ」
カムイの言葉に、やや萎れた様子だったルシアの表情がパッと明るくなった。
「えっ?」
「師匠! カムイ様は今確かに私を好きって言いましたわね!?」
「いや、好きは好きでも……」
LIKEとLOVEの違いはテレーザでも分かる。
「今日はお休みですわ! この喜びにゆっくりと浸る事にしますわ!」
だが、師匠であるテレーザの声も、浮かれるルシアには届かない。
「いや、ルシア、人の話はちゃんと」
そして、カムイの言葉でさえ。
「では師匠。又、明日ですわ!」
「明日も?」
そして又、テレーザの驚きの声を聞き流して、ルシアはその場から足取りも軽く、駆け去って行った。
「……どうしてああなる?」
苦笑いを浮かべながら、カムイはテレーザに尋ねた。
「さあ?」
「ルシアと仲良いんだな?」
「何か、あの勢いに押されて自然と」
「そうか」
「可愛いよな。一生懸命で。馬鹿な事をしてると思っても、つい応援してしまう」
テレーザにとって、ルシアは、初めて自分を慕ってくれる年下の女の子だ。それが嬉しくて、そんなルシアが可愛くて仕方がない。
「それで男の口説き方を?」
「いや、どうしてもって言うからさ」
「どうしてもって。さすがにちょっと違うだろ?」
「そうだけど、凄いって褒めるから調子に乗って」
「なるほどな。昔っからお前は調子に乗り易い性格だからな」
「お前って言うな! ……あっ」
咄嗟に口から出た言葉。テレーザが何度この言葉をカムイに向かって吐いた事か。
「テレーザさんはその話し方が良いと思うな」
「わざと怒らせただろ?」
「まあ。引っかかり易いのも昔からだ」
「……違います。私はもう学生の頃の私ではありません」
以前の関係を思い出させようとしたカムイのやり方はどうやら失敗だったようだ。仲は最悪だったが、ある意味で、無邪気に遣りあえた学院時代は、テレーザにとって、今の自分の汚らわしさを思い知らせてしまう。
「戻ったか。残念」
「昔話であれば、二人っきりでゆっくりといかがですか? そうすれば、クラウディア陛下の事も思い出されて、皇国との関係も今よりはずっと」
「そうだな。じゃあ、今晩部屋に行く」
「えっ?」
「ゆっくりと話そう。じゃあ、一旦これで。俺も忙しい身だから」
驚きの言葉を残して去っていくカムイ。テレーザは茫然と、その背中をいつまでも見つめていた。
◇◇◇
テレーザにとって、夜までの時は長いようで短い時間だった。
ルシアがいなければ話す者もいない。部屋の中でただカムイが来る時を待つばかり。鏡の前で何度も化粧を直し、服装を整える事を繰り返していた。
「私は何をやってんだ?」
そして、そんな自分に対して、呆れた声を放つ。カムイの訪れを待ちわびているような、自分の振る舞いが恥ずかしいのだ。
そんな時間が過ぎ去って、いよいよ、その時が来た。
「待たせたかな?」
「あっ、ああ、そういう事か」
カムイが入ってきた扉は、ルシアが鍵がかかっているといっていた扉だった。
「ん? ああ、この扉な。俺の執務室に繋がってる。側室の所に来るのは、大っぴらにするものじゃないらしい」
「そ、そうですね」
側室という言葉が、自分に向けられているような感じがして、テレーザは少し戸惑ってしまう。
「一度も使った事ないのに。俺の父親も側室なんて持たなかったからな」
「では、何故、そのような作りに?」
「領主館ってこういうものらしい。建物が立った時からこうなってたって聞いている」
「そうなのですか?」
「テレーザ殿の実家には無いのか?」
「あったのかもしれませんが、私は実家ではほとんど暮らしておりませんので」
「そうか。ずっと城暮らしだったのだな」
「はい」
「さてと何から話そうか」
そう言いながら、カムイはテレーザに近づくと、そのまま隣に腰掛けた。そこで又、テレーザは戸惑ってしまう。テレーザが座っているのはベッドなのだ。
「……お、思い出話からでは?」
「そうだな。出会いはどうだったかな。ああ、思い出した。グループ分けの時だ。テレーザ殿は俺たちと同じグループになるのを嫌がっていたな」
「そうでした」
もし、同じグループになっていたら。ふとそんな思いがテレーザの心に浮き上がった。良い事ではない。胸が苦しくなるだけだ。
「未だに理由が分からない。あれはどうしてだったのかな?」
「……どうしてでしょう? 正直自分でも分かりませんわ。ああ、でも、カムイ王が教師に対して、ずいぶんと失礼な態度で、そんな人をクラウディア様に近づけてはいけないと思った覚えがございます」
「そんなだったかな?」
「ええ。その態度で先生に始末書を書くように言われてました」
「そうだった。あれが最初だ。その後、何枚書かされた事か」
「そうでしたね」
「その後は……、ああ、そうだ。クラウディア陛下に近づく度に睨まれていた」
「そうでしたか?」
惚けてはいるが、テレーザもはっきりと覚えている。とにかく、カムイの事は気に入らない。当時は、この気持ちが全てだった。
「そう。後は……、ああ。孤児院に来た事もあったな」
「そうですね」
「行く途中で喧嘩になって、結局、俺は三人を裏町に置いていった」
その時は、ディーフリートも一緒だった。カムイとテレーザとクラウディアの四人。仲が悪くても、まさか、ここまで拗れた関係になるとは、夢にも思っていなかった頃だ。
「ええ、あれは少し怖かったです」
「何もなかっただろ?」
「何か言ってくれたのでしたよね?」
「それはそうだ。皇女殿下に下手な事をすれば、大変な事になるからな」
「そうでしょうね」
「それと、何だったかな? ああ、クラウディア陛下と席が近いと文句を言われた事もあったな。名前の順番で並んでいるだけなのに」
ただの言い掛かりだ。今となっては、テレーザも自分がやった事ながら、恥かしく思ってしまう。
「……そのような事がありましたか?」
「あった。後は、教室に入ったら真っ先に挨拶をするべきだとか。他にも色々文句を言われた覚えがある。一つ一つ挙げられないくらいに」
「申し訳ございません。私も覚えておりません」
「それからしばらくは何もなかったかな? 又、接点が出来たのは、ソフィーリア皇女殿下との繋がりが出来た後か」
「そうでした」
「それからは……。思ったのだけど、皇国学院時代の話をして、友好的になれるのか?」
「……そ、そうですね」
皇国学院時代どころか、カムイとテレーザはその後もずっと険悪な関係だった。一方的に悪意を向けるのはテレーザばかりだったが、向けられたカムイの方も当たり前だが、テレーザへの感情は最悪だった。
「何だ、結局、テレーザ殿とはずっと遣り合っていた訳だ」
「本当に申し訳ございません」
「唯一、近づいた事があったとしたら、あの時だな」
「それは……」
カムイは知らない。その時が、テレーザが悪女になるきっかけを生んだという事を。
「あの時以来だな。こうして一つ部屋で二人きりになるのは」
「そうですね」
「あの時は今とは雰囲気が違っていた」
「あの時は、まだ若かったですから」
「今は?」
「…………」
男心を読むのに長けたテレーザも、今のカムイの意図は分からない。何となく、誘っているようにも感じるのだが、カムイがそんな事をするはずがないという思いが、それを否定している。
「そうだよな。あの時は二人共、子供だった」
「誘いを断られました」
「子供だったから」
「では、今は?」
「どうだろう?」
「……お誘いしてもよろしいですか?」
「今のテレーザ殿にそれをされるのは辛いな」
「それは私に魅力を感じて頂けているからと思ってもよろしいですか?」
さり気なくテレーザの手がカムイの胸に伸びていく。それを払われる事がないと分かると、テレーザは大胆に体を預けていった。
それさえも、カムイは拒否しない。内心ではそれに戸惑いながらも、テレーザは顔を上に向けると、カムイの首筋にそっと口づけをした。
「……慣れてるな」
「……色々と経験をしました。王がお望みなら、もっと色々として差し上げます」
そのまま、首筋に当てた唇を少しずつ、上に這わせていく。
頬に、そしてカムイの唇に。カムイの唇にわずかに触れた所で、テレーザは少し顔を離して口を開いた。
「王よ、私を好きにして下さいませ」
「……じゃあ、一つ頼みがある」
「何でも、王のお望み通りに」
「素のテレーザ殿に戻ってくれ。抱くのであれば、悪女の仮面をかぶったテレーザ殿ではなく、俺が知っているテレーザ殿が良い」
「…………」
カムイの言葉に、一瞬でテレーザの顔は強張ってしまう。
「望み通りにと言ったはずだが?」
「……今の私はお嫌いですか?」
「虚を抱く気にはなれない。抱くのであれば本物のテレーザ殿が良いな」
「虚などと。今の私も私です」
「いや、違う。今の貴女は俺が知っている貴女ではない。素に戻ってくれないか?」
「……出来ません」
心の盾を外して、男に身を任せる勇気はテレーザにはない。
「そうか。じゃあ、ここまでだ」
「あっ」
カムイはテレーザを押しのけると、ベッドから立ち上がった。
「又、来る」
そして、又、入ってきた時と同じ扉からカムイは部屋を出て行った。それを見送った所で、テレーザは独り言を呟いた。
「カムイと、キスしちゃった……。また来るとか言って、あいつ本当に私を抱きたいのかな? だとしたら、あいつも他の男と同じなのかな」
テレーザの中でのカムイ像がわずかに崩れてしまっていた。
一方で部屋を出たカムイの方は。
「常に見張りを一人付けてくれ。自殺なんて決して許すな」
ミトに向かって指示を出していた。他の任務がない限り、カムイの影の護衛はミトが務めている。これは、ずっと以前から変わっていない。ミトがその座を譲らないからだ。
「参ったな。絶対に無理。俺、女性の口説き方なんて知らないし」
「別に知らなくても……」
何人もの女性が、カムイに心を惹かれている。ミトとしては実に困った事だ。
「何?」
「いえ」
「キスしちゃった。テレーザと」
「知ってます」
素っ気ない態度で返事を返すミト。これはカムイが悪い。テレーザとのキスを、ミトに話すカムイはやはり相当な鈍感なのだ。
「……機嫌悪いな?」
「別に」
「明日はどうしよう?」
「私に聞かれても」
「それもそうか。まあ、良いか。当たって砕けろだ」
「砕けては……」
これではルシアと同じだ。
◇◇◇
昨晩の事でカムイと顔を合わせるのは気まずいはずのテレーザなのだが、その足は無意識の内に昨日カムイがいた鍛錬場に向っていた。
「いないか」
会いたくないはずのカムイの姿を探してしまうテレーザ。ほっとしている自分と残念に思う自分。二つの感情で、戸惑ってしまっている。
そんなテレーザに声をかけてくる者がいた。
「テレーザさんか。何? 鍛錬したいの?」
「ルッツ殿。いえ、私は剣のほうは、もう置きました」
「そうなのか? 剣好きそうだったのに」
「私はルッツ殿とは違って、才能を持ちあわせておりませんので」
「才能があるなしじゃなくて、好きか嫌いかだろ?」
ルシアと同じで、ルッツも真っ直ぐだ。だが、ルッツの真っ直ぐさは、テレーザを辛くする。
「そうかもしれませんが……」
「……なあ、その口調、何とかならないか? 別人と話しているみたいだ」
「お気に触って申し訳ございませんが、今の私はこういう口調なのです」
「ふうん。何か無理してる感じ」
「そんな事は……」
無理はしている。無理をしなければ、生きられないからだ。ルッツの真っ直ぐさは、こんな自分との違いを見せつけられているような気持ちになってしまう。
「鍛錬じゃなければ、ここに何の用? カムイなら執務室だと思うけど」
「別にカムイ王に用があるわけではございません。部屋でじっとしているのも、退屈ですので」
「それはそうだ」
「あの?」
「何?」
「カムイ王とヒルデガンド様は、あまりうまく行ってないのですか?」
色々と考えた結果、昨日の事に理由があるとすれば、これだとテレーザは思っている。テレーザには、男性が女性を抱くのは欲望を発散する為、という思いしかない。
「はあ? そんな訳ないだろ? やっと一緒になれたんだ。と言っても昔と変わらないかな」
「そうですか」
「どうして、そんな事を?」
「いえ、別に。ふと思っただけです」
「あの二人は特別だ。これまでの全ての事は今、この時の為にあったって感じかな?」
「そう、ですか」
「そういう意味ではテレーザさんもかな?」
「私ですか?」
「カムイには何ていうか、人の運命を変える力がある。テレーザさんが今、ここにいるのも、何か意味があるのかも?」
「そんな事は……」
ルッツの言葉には策謀の色がない。テレーザにとっては、それが余計に辛かった。期待が生まれれば、それを失う不安も同時に生まれてしまう。
「暇なら見てな。見ているうちにやりたくなったら、いつでもどうぞ。ここは相手には事欠かないから」
「え、ええ」
しばらくはルッツたちの鍛錬の様子を見ていようかと思ったテレーザだったが、直ぐに思い直して部屋に戻った。ルッツが楽しそうに鍛錬している姿を見ていられなくなったのだ。
そして、又、一人部屋での退屈な時間。
食事を終えて、夜も更けてくると、約束通りにカムイがやってきた。昨晩とは違って、余計な話をする事はしない。
すぐにテレーザを抱きしめると、自ら唇を重ねてきた。
「あ、あの、王。私は……」
「素のテレーザさんに戻らないか?」
「それは……、出来ません」
「そうか……。じゃあ、又、来る」
昼間は街をぶらぶらして、夜になるとカムイが来るのを待ちわびる。
これがテレーザの日課となった。




