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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
112/218

遠足の終わり

 ノルトエンデにある大洞穴。その入り口近くで、カムイは頭を抱えて、しゃがみ込んでいた。


「あの、お加減が悪いのですか?」


 そのカムイにリタが心配そうに声を掛ける。


「ええ、かなり」


「それは大変! すぐにお医者様を呼ばないと!」


「いえ、医者は要りません。治す方法は分かっていますから」


「……消えませんよ!」


 ダークと全く同じ展開のカムイの台詞に、リタは先手を打って答える。


「分かっていましたか。まあ、消えろと言っても無理ですね」


「はい」


「しかし、本当に来るとは……。笑ってないで何か言ったらどうですか? テーレイズ皇子殿下」


 リタから視線を外したカムイの目は、後ろで楽しそうにやりとりを見ていたテーレイズ皇子に向けられた。


「ひっ、久しぶり、だな」


「この状況で挨拶? まあ、挨拶は大事ですね。テーレイズ皇子殿下もお元気そうですね。今の所は」


「もっ、もう、しっ、知って、いるのか」


「当たり前です。そうでなければ俺がここにいるはずがないですよね?」


 テーレイズ皇子がやって来るのを知っているから、カムイはここで待っていたのだ。


「そっ、それも、そうだ」


「お迎えに来ました。とりあえず、移動しましょう」


「ああ」


「出発の準備を!」


「はっ!」


 テーレイズ皇子たちを迎えに来たのは、カムイだけではない。カムイの後ろには、千人程の兵が集まっていた。その兵たちが一斉に立ち上がって、移動の準備を始める。


「たっ、大層な、でっ、出迎えだ」


「それは皇国の皇子殿下のお出迎えですから」


「…………」


「と言うのは嘘で、部隊を動かすなら、ついでに調練でもしようと思いまして」


「だっ、だろうな」


「えっと……、聞いたのですけどね」


 ここでカムイは又、リタに向き直った。


「……リタです」


「そう、リタさん。体調は? お腹が痛いとかありませんか?」


「はい」


「それは良かった」


「丁重に運んでいただきましたから」


「そんな気を使う者たちだったかな?」


 地下に住む魔族たちへのカムイの印象はとにかく無口というくらいだ。ただこれは性格的な事ではない。地下では声が良く響くので、トーンを押さえる習慣が身に付いているだけだ。


「私と言うより、お腹の子供の為のようです」


「なるほど。生まれてくる命は大切にしないとですね。さて、馬車を用意してあります。それに乗ってください」


「はい」


「テーレイズ皇子殿下も」


「……諾」


 テーレイズ皇子は途端に不機嫌な様子を見せる。ノルトエンデに来たからには、カムイとゆっくり話したかったのだ。

 その様子を気にする事もなく、カムイは兵たちの方に歩いて行った。そのカムイと入れ替わる様にしてテーレイズ皇子たちの前に、馬車が止まる。


「テーレイズ様、さあ、行きましょう」


「諾」


◇◇◇


 テーレイズ皇子たちが乗った馬車を囲むように兵たちは隊列を組んで移動している。

 大洞窟から離れるにつれて、辺りの様子は変わっていった。途中からは道も整備されてきて、馬車の揺れをほとんど感じない程だ。

 街道の周りには麦畑が広がっている。他にも色々と植えられているようだ。


「ほう」


 外の景色を見ている内にテーレイズ皇子の機嫌も直ったようで、変わったものを見つけては感心して声を上げていた。


「聞いていた話と違いますね。ノルトエンデは、荒れ果てた土地だと聞いていました」


「カ、カムイ」


「カムイ殿がなされたのですか?」


「違いますよ!」


「えっ?」


 急に聞こえてきた声に、リタが驚きの声をあげた。


「反対! 外です!」


 その声に反対側を向くと馬に乗ったカムイが馬車に並んでいた。リタが座っている場所をそちらに移すと、カムイは続けて話を始めた。


「俺が耕した訳じゃありません。ノルトエンデが豊かに見えるとしたら、それは領民の力です」


「そうですか。ノルトエンデはどこもこのような感じなのですか?」


「この辺りは特別です」


「やはり」


 豊かなのはここだけ、とリタは受け取ったが、これは間違い。


「色々と試しているのです。ノルトエンデに適している農作物は何かを」


「……じゃあ、他の所は?」


「米が一番多いですね。ただ水路整備とか色々と問題があって、別の作物への切り替えを考えています。ここはその為の実験場です」


「いえ、聞きたい事はそういう事ではなくて、ここよりも豊かなのかと」


「それは場所によりますね。耕作地に適していない場所もありますから」


「適している場所は?」


「それは当然、ここよりもっと広い水田とか畑が広がっています」


「そうですよね……」


 又、リタはノルトエンドへの印象を改める事になる。初めに思った以上の豊かさがノルトエンドには存在しているのだと。


「きっ、危険では、ないのか?」


「危険? 魔獣の事ですか?」


「そっ、そうだ」


「それは危険です。だから今はそれの対策を主に行っている所です」


「まっ、魔獣、とっ、討伐か」


「ちょっと違います。魔獣の……、移住?」


「いっ、移住?」


「魔獣を捕えて、平野部から山間部に移しています。これが結構大変で」


「なっ、何故、そっ、そんな、事を?」


「魔獣は実は活動範囲が狭いのです。ある範囲から外には出ようとしない。縄張りとは違うようですが、とにかくそういう性質を持っているので、山間部に移して、そこを生活拠点としてしまうと、平野部には余程の事がないと出てこなくなります」


「そ、そんな、せっ、性質が……」


 テーレイズ皇子は魔獣について詳しい訳ではないが、それでも、カムイが説明してくれた事実を知る者は皇国にほとんどいないのだろうと考えた。


「飢えていれば別です。餌を求めて移動してしまいます。ただ山間部は、獣も多い。餌に困る事はあまりないでしょう。その分、猟師が困りますけど、それは何とか納得してもらいました」


「……なっ、何故?」


 猟師を説得してまで魔獣の移住を行うとなれば、それには特別な理由があるはずだ。


「今、説明しましたけど?」


「こっ、殺さない、りっ、理由だ」


「無駄な殺生は嫌いです」


「……うっ、嘘を、つけ」


「本当です」


「まっ、魔獣を、ぼっ、防衛に、つ、使う、つもり、だな?」


 カムイの答えを聞くまでもなく、テーレイズ皇子には予測がついていた。


「……分かっているなら聞かないでください。惚けたのが恥ずかしいじゃないですか」


「やっ、やはり、な」


「えっ、どういう事でしょうか?」


 二人が何を話しているかなど、ただの侍女であるリタには分かるはずもなかった。


「知りたいですか?」


「是非」


「……好奇心旺盛なのですね。まあ、良いか。じゃあ、簡単に。ノルトエンデはどこにいっても魔獣が闊歩しているような危険な土地です」


「はい。そう聞いていました」


「それは元々、魔獣が多い土地だったという事もありますが、魔族が意図的にそうした面もあります」


 山地や森に比べれば、平原は魔獣にとっての餌は少ない。本来であれば住み着くような場所ではないのだ。


「えっ?」


「それが防衛という事です。人族がノルトエンデに踏み込めば、魔族と戦う以前に多くの魔獣と戦わなくてはならない。弱い者であれば、魔族に会う事もなく、魔獣にやられてしまいます」


「でも、魔族も」


「リタさんが思っている以上に魔族は強いのです。それに畑仕事などをする事はありませんから、そもそも外を出歩くことも少ない」


「そうなのですか」


「でも、今のノルトエンデには人族も多くいます。だから、生活圏内から魔獣を排除しなければいけません」


 理由はこれだけではない。外から攻めて来られても、ノルトエンデを守りきる自信が出来たという事もある。


「そうですね」


「でも、領民が安全になるという事は侵入してきた者にとっても安全になるという事。そこで、魔獣を殺すのではなく、侵入者がくる場所に集めるのです。ノルトエンデが山に囲まれている土地だという事は?」


「知っています」


「ノルトエンデにとって、その山が防衛線。だから魔獣をそこに放つ。という事です」


 これもまだ全てを話している訳ではない。魔族の多くは山地に隠れ住んでいた。その山地において魔族はより強さを発揮できる。魔獣など必要ないのだ。


「……分かりました」


 これで説明が終わったと思ったリタだったが、カムイの話はまだ続いた。


「そして、平野部が安全になれば、領民が街の外に出る時に護衛の役目を負う部隊の負荷も減ります」


「はい……」


「兵を内向きの守りにではなく、外向きの守りに回す事が出来るようになります」


 魔族も又、この外向きの守りに加わる。街や村、力のない領民を守る為に、かなりの魔族が平地に出てくる予定だ。


「……はい」


「理解しています?」


「……いえ」


「やっぱり。まあ、続きを聞けば分かります。護衛部隊を外向きの守りに回せれば、今まで、外向きの守りをしていた部隊は、外に出られます。つまり……、攻める側に回れるという事です」


「えっ?」


「理解しましたね? 着いたばかりで申し訳ありませんけど、ノルトエンデは他国と戦争をする事になります」


「戦争……」


「たっ、他国と、いっ、言ったな」


 戦争と聞いて落ち込むリタとは異なり、テーレイズ皇子はカムイの別の言葉に反応を示した。


「はい。ノルトエンデは一つの国として、皇国から独立します。実態としては、とっくにそうなっていますけど」


「どっ、独立? そんな?」


 更に独立という言葉に大いに驚いて見せるリタ。

 テーレイズ皇子に付いてノルトエンデに来ただけで、リタに特別な思想はない。リタの反応は皇国の一国民としては当たり前の反応だろう。


「驚く所ですか?」


「それはもちろん」


「でも、そうでないと、リタさんが困る事になりますよ?」


「私ですか? 私はそんな」


「ここで悪報です!」


「……何でしょうか?」


 カムイは陽気に宣言したが、言葉は悪報だ。リタの心は益々不安になる。


「テーレイズ皇子とリタさんは、ソフィーリア皇女殿下、前騎士団長、前魔道士団長、おまけにディーフリート・オッペンハイム殺害の主犯として、皇国から逮捕命令が出ます」


「嘘っ!?」


 居なくなったのを幸いとばかりに、全ての罪を擦り付けられている。誰に、など考える必要もない。クラウディア皇女の意志が押し通された結果だ。


「ちなみに生死問わず」


「…………」


「ノルトエンデが皇国領だと命令に従う必要があるのです。つまり、これはリタさんの為に」


「私の為に!?」


 そんなはずがない。


「偽」


「……ですよね」


「残念、騙されないか」


「当たり前です」


「驚いていましたけど?」


「……振りです」


「そうですか。実際には逮捕命令は正式に発令されていません。でも、恐らく時間の問題です」


「……く、草?」


 非公式である皇国の情報を何故知っているのか。テーレイズ皇子が思い付いたのは、これだった。


「草って?」


「他国の国民に成りすまして、何年でも、何世代でも、じっと自国からの命令を待ち続ける間者の事です」


 カムイの疑問にリタが答えを返す。ソフィーリア皇女の暗殺事件で、テーレイズ皇子に教わった知識だ。


「ああ、前宰相みたいな人ね。そんなのうちにいる訳がない。まだ国も出来ていないのに」


「な、何故?」


「内緒。それを話したら駄目ですよね?」


「……まあ」


「ここからの話は長くなります。二人が地下に籠って二か月ですからね。この先は館に着いてからにしましょう。ほら、あそこが目的地です」


「……あっ、あんな、まっ、街が」


 目の前に見える街を見て、テーレイズ皇子は驚いている。

 反乱が起きた時に、拠点にされる事を防ぐ為にノルトエンデの街はどれも小さなものばかりのはず。だが、目の前に見える街は、城壁も備えた下手な貴族家の街よりも大規模なものだった。


「ハルモニア。この街がこの国の都になります」


◇◇◇


 見るからに堅牢な城壁に囲まれたハルモニア。その門をくぐると――広大な空間が広がっていた。都と呼ぶには何もない街だ。


「まあ、とりあえずは周りを優先という事で」


「……だっ、だろうな」


 これだけの大きな街が、そう簡単に出来上がる訳がない。建物と呼べる物は数える程しか見えないが、それでも街の中は活気に満ちていた。

 広場のあちこちに詰まれた木材や石材。その周りで多くの人たちが働いていた。木を切っている者、石を削っている者。それらを抱えて運んでいる者。


「凄いですね」


「新しい物を作る時って、こういうものですよね。大変だけど楽しい」


「魔族が多いですね?」


「力仕事は魔族の方が優れていますから目立つのではないですか? 人族の方は、細かい作業ですね。まあ、それも人それぞれ得手不得手があるので、厳密には決まっていません」


「そうですか」


「それに人族の領民は農作業とかありますから、こういった作業に携わるのは魔族の方が多くなります」


「出来上がっている建物は?」


「真ん中くらいにあるのが、政務用の建物。俺の家も兼ねています」


「あれが……、小さい。あっ、すみません」


 ここが国であれば、カムイは国王だ。皇都の城しか知らないリタには、随分と小さく見える。


「別に。仕事が出来れば良いだけなので、あれで十分です。それに仮屋ですから」


「そうですよね?」


「その隣は兵舎です。後は、端に固まっている建物は作業者用の宿泊施設、食堂、大浴場」


「大浴場!?」


「仕事をして疲れた体には必要ですよね?」


「ま、まあ」


「それと、少し離れた、あそこにあるのが学校で」


「学校!?」


「あれ? 何かおかしいですか? 驚かれてばかりです」


「学校、それに浴場とか、そういう物を先に作るものなのですか?」


「さあ? 普通はどうなのかは知りません。一応は優先度が高いものから、作っているつもりですけど」


 この優先度が、リタの感覚とは違っている。カムイにとっては国は土地や建物ではなく人だ。人の為の施設を優先しているつもりなのだ。


「そうですか……。ちなみに今作っているのは?」


「商業用の建物です。中に何が入るかは決まっていません。出店希望者を募ってからですね。ああ、宿屋は決まっています。泊まるところがないと来た人も困るでしょうから。後は役所です。文官の仕事場ですね」


 ようやく都らしい建物の名前が出てきた。


「住宅は?」


「それは最後の方ですね。当面は、作業者等の宿泊施設で寝る事になります」


「……あの、この街は誰が住むのですか?」


「政務、軍務に携わる人たち、それと、住宅などの環境が整ったら、その家族たちです」


「一般の人はいないのですね?」


「商売をする人はいるでしょうけど、それ以外はあまり。戦争になれば、真っ先に狙われるのはここですから。そこに戦えない人を集めても」


「そういう事ですか」


「それに商売以外の仕事もないですし。この周りの農作地は、さっき言った通り、実験用です。それをするのは、文官って事ですから」


「文官が農作業!?」


「また、驚かれた。農業は国政の中でも重要です。それを担当する者が農作業を知っているのは当然ですよね?」


「そう言われれば、そう思います」


 ただ、そう思っても出来るものではない。ノルトエンデで可能なのは、その文官が元は農民だからだ。


「さて、着きました。聞きたい事があったら、又、後で」


「あっ、はい」


 建物の前に着いた所で、カムイは馬車から離れて行った。だが、その声はすぐに辺りに響く。


「解散だ! 半刻の休憩の後、通常業務に戻れ!」


「「「はっ!」」」


 その声を聞きながらテーレイズ皇子とリタが馬車から降りると、一人の女性が近づいてきた。


「遠路はるばる、ようこそ。ハルモニアへ」


「貴女は?」


「私は、カムイ様の妻のルシア・シュトラッサーです。初めまして」


「ん?」


 妻と聞いてテーレイズ皇子の顔がわずかに歪む。


「まあ、奥方様ですか。わざわざお出迎えありがとうございます。私は、リタと申します。こちらのテーレイズ皇子殿下の側室です」


 リタの方は、何も気にする事なく、愛想良く挨拶を返している。


「側室……。お腹の子はテーレイズ皇子殿下の?」


「はい」


「それはおめでとうございます! 私、リタさんとは仲良くなれそうですわ!」


「あっ、はい。お願いします」


「そうよね。子供よ、子供さえ出来てしまえば。その為には、何としても……」


 テーレイズ皇子とリタの存在を忘れたかのように、ルシアは思いつめた様子で呟いている。


「あ、あの、奥方様?」


「はい?」


「おっ、お前、ほっ、本当に、カ、カムイの、つ、妻か?」


「……妻です」


 ルシアの嘘はあっさりと見破られた。


「じ、自称」


「う、うるさいですわ! 自称でも何でも妻は妻よ!」


「あの、それは妻とは言わないのでは……?」


「まあ、リタさんまで! 酷いわ、せっかく仲良くなれると思ったのに!」


「いえ、でも」


「ルシア! 何をしている! 早く、二人を部屋に案内してくれ!」


 いつまでも動き出さないルシアたちに焦れたのか、離れた場所に居るカムイが大声を上げてきた。


「はあい! カムイ様!」


 それに甘えた声でルシアは応える。


「……じ、侍女」


「い、今は侍女扱いでも、いつか必ず」


「はっ、早く、あっ、案内、しろ。じっ、侍女」


「こ、この男……」


「あ、あの。すみません。ルシアさん、とにかくお部屋に案内して頂けますか?」


「……奥方様と呼ぶのは終わり?」


「奥方……、候補様?」


「こ、この女……」


「ルシア! ぐずぐずしていると先に行くぞ!」


「はあい! 今行きまぁす!」


◇◇◇


 館の一室に案内されたテーレイズ皇子とリタ。

 二人とも、まだまだカムイに聞きたい事はあったのだが、さすがに長旅の疲れは激しく、部屋で落ち着いてしまうと、すぐに動く事は出来なくなった。

 その上、二か月ぶりの柔らかい布団の感触である。いつの間にか眠ってしまっていた二人が目を覚ました時には、すっかり夜も更けていた。


「まあ、大変!」


「…………」


「今、何時でしょう?」


「無、解」


「日が沈んでしまっては、分かりませんね」


「お目覚めですか?」


「えっ?」


 不意に聞こえてきた声。リタが周囲を見渡しても、声の主は見つからない。


「驚かせてしまって申し訳ありません。お二人が目を覚ましたら、伝えるようにと王より言付かっております」


「はい。あ、あのどちらに?」


「これは失礼しました。目の前におります」


「えっ!?」


 誰もいなかったはずの空間に突然一人の男が現れた。それと同時に部屋に明かりが灯る。


「王の伝言です。食事を用意しております。部屋と食堂のどちらがよろしいですか? もし、お疲れであれば、無理して食されなくてもかまわないと」


「そうですね。お腹はすいています。部屋と食堂は?」


「し、食堂」


 リタの問い掛けにテーレイズ皇子は迷わず、食堂を選んだ。


「では、食堂でお願いいたします」


「承知しました。ではご案内致します」


「今は何時ですか?」


「十刻と半頃かと」


「そんな時間……。もしかして食事係の方を待たせてしまいましたか?」


「その様な者はおりません。そういう事ですので食事について、あまり期待されないように。皇国の皇族が食すようなものではないと思います」


「無、問」


「そのような事はお気にされないように。用意して頂けるだけで、感謝しております」


「……では、こちらです」


 扉を開けて部屋を出る男の後を追って、二人も廊下に出た。


「貴方にも謝らなければいけませんね」


 男の怪しげな様子など、リタは全く気にする様子がない。


「何故?」


「遅くまで待たせてしまって」


「いえ。遅くはありません。私の今日の仕事は始まったばかりですので」


「こんな時間から?」


 皇都の城でも確かに夜に働く者は居る。だが、それは警護役の近衛騎士などだ。だが男の服装は騎士のそれではない。

 ただ、半分はリタの誤解だ。騎士の恰好をしていなくても男は、その辺の騎士よりも強い。そして残りの半分は。


「ここでは昼に働く者と夜に働く者で分かれております。私は夜番です」


 実際に護衛以外の夜勤が居るのだ。


「……ずっと働いている方が」


「皇国でも人が寝ている間に働いている者はいるはずですが?」


「私は何も知らなくて。あの、カムイ様はどうされるのですか?」


「さすがに夜は眠られます」


「そうですよね?」


「もうすぐ夜番への引き継ぎが終わる頃ですので、後一刻ほどで休まれるかと」


「……そういうものなのですか?」


 リタが問いかけたのはテーレイズ皇子に対してだ。皇国の皇帝もこういう働き方をしているのかと聞いたのだが、それに対して、テーレイズ皇子は首を振って否定した。


「はっ、話せる、か?」


「王とですか? 王がどう返事されるか分かりませんが、伝えておきます」


「たっ、頼む」

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